互いに今ある全てを出し切り、リコとミコトの死闘は爽やかな幕切れを迎えるのであった。
「「「「「ありがとうございました!!」」」」」
団体戦が終了し、セキガク、トキワ台両チームがセンターサークル内で一礼をする。
「やったやった! お姉さんたち勝ったよ博士!!」
「ほう! ほう! ほほほう!」
「そうだね。見事な勝ちっぷりだ」
イチオシしているリコの勝利が決め手となりセキガクが勝ち抜けたのでチャンのテンションは一気に爆上がり。勢いのままにシゲルに飛び付いていた。
生まれ持った甘いマスクから女性相手の対応はお手の物なシゲルであったが、チャンが回す両手によりピンポイントに首周りを締め上げられているのは地味に辛かった。
チャンと一緒にはしゃぐオドリドリがそこに気付く様子もない……。
試合後にフィールドから離れたセキガクバトル部は客席ではなく、あてがわれた控え室に集まっていた。
時刻は正午を少し過ぎた頃のこと。決勝開始は15時であるため昼食とミーティングを同時に行うことにした。
「決勝の相手のタマ大附属は今更言うまでもないが、これまで戦ってきた相手とは段違いのチームだ。それは地方予選だけに限定してではなく、過去の練習試合を全て引っくるめてのことだ」
ミーティングの進行をするホタルは喋り切ってから一旦箸を動かし唐揚げを口の中へ放り込む。
セキガクの生徒寮全体で休日の際は支給されているマードック特製の愛情弁当も長期休暇の際は急な帰省や外出もあり在庫が余りがちとなる。
皆余っていた弁当を二人から三人分は持参して来ていた。
ホタルから目配せを受けたキラリがフリード監督に持って来させたプロジェクターに接続済みのタブレットロトムを操作し、ホワイトボードに映写を行なっていく。
問題なく映写機が任務を遂行しているのを確認しながらキラリは箸を動かしている。
「分かっちゃいたがひでぇ戦力差だな。カタログスペックだけで見るならウチで連中とまともにやり合えるのはマフィンくらいしかいねェじゃんか」
ナギが口の中を気にすることもなく喋る。
映写機が写すのはタマ大附属の各メンバーの能力を表したレーダーチャートだ。
6角形でそれぞれ『攻撃』『防御』『スピード』『戦略』『経験値』『意外性』の6つのファクターからトレーナーの力量を大まかに可視化するシステムは28年前の時点で完成している。
タマ大附属のメンバーと張り合えるだけのレーダーチャートを形成出来ていたのは、セキガクではマフィンだけであるのだ。
「早い話、向こうの編成はマフィンが5人いるようなものってことか」
「ぶぶぅい……」
言ってみてミコも苦笑いだった。ナギが語る通り彼我戦力差は明らかであるからだ。
ミコの膝の上でイーブイも武者震いを禁じ得ない。
「でも僕たちはトキワ台に勝って来たんでしょ?」
「だな。そう悲観し過ぎることもねェさ」
ロイの言にナギはからからと笑って見せた。先の一言も現実の把握という一点からであり、別段絶望からの台詞ではない。
決定的な戦力差をひっくり返して勝つのが勝負の醍醐味であるというポリシーから、相手にとって不足なしと気合いじゅうぶんな宣言であった。
その辺りを理解しているが故に同期もナギの言動に対して反応を示しはしなかった。
「ロイの言う通りだ。今のボクたちには『強豪・トキワ台』を倒したという勢いがある。タマ大もチャバ農を倒して決勝までやってきてはいるが、あちらは順当な勝ち抜けに対してこちらはまごうことなきジャイアントキリング。その事実をあちらも意識していることだろう」
勝負には流れと勢いがあり、そこに乗ったものが勝ち、逆らったものが負ける……ホタルとしても実にスピリチュアルで根拠のない話だと内心自嘲する。
しかし、チームのために敢えてコレを声高に唱えることこそがセキガクバトル部における自分の役割であると認識していた。
「故に勢いに乗れば勝てる! そのために今日まで練習を重ねて来たんだ。皆自信を持って挑み掛かろう」
「「「はいッ!!」」」
元気よく返事をするのはリコ、アン、ロイ。
ロイは食べていた卵焼きを喉へ通しながら声を出したのでたまらず咳き込み、水筒のお茶をがぶ飲みしてどうにか難を逃れる。
「ウス」
ワンテンポ遅れてのドットの返事は相変わらずであった。
「ふぅー……」
ミーティングを済ませ、昼食を食べ終えたのは13時過ぎ。
そこから試合開始となる15時の30分前に控え室へ集合ということで休憩時間を得たリコは、控え室でそのままゆっくりしてる途中にトイレで用を足して戻るところであった。
「「あっ……」」
トイレを出て少し歩いた先の通路でバッタリ出会う影にリコは反射的に道を開ける。
道を開けられたのはカオルだった。
通路は向かい合う同士が歩いて狭いようなスペースではなく、互いに前方を意識していれば道を譲り合う必要もない。
カオルが呆けていたのは、まさしくこれからセキガクと試合をするという一点が原因であった。
兄がいる、セキガクと……。
「ありがとう」
道を譲ってくれたリコにカオルは感謝を口にした。
これから試合をする相手チームのメンバー相手へのものとして、カオルの対応は真摯的といえた。
リコが見るに、強豪としての驕りは少なくとも彼女からは見受けられない。
「準決勝、見せてもらったよ。ナイスファイト」
「ありがとうございます!」
すれ違ったのがリコであったのがカオルにとって幸運だった。
『兄は自分のことをどう言っているのか?』そんなようなことをついつい聞かずに済んだからだ。
「ナギ先輩と、カオルさん……兄妹、か」
通り過ぎていくカオルの背中に渦巻く葛藤に、リコは言葉を投げかけることが出来なかった。
一人っ子のリコには兄弟同士の関係に対してかけられる言葉などないからだ。
「よし! フィールドへ行くぞ!」
「「「はいッ!!」」」
「ウッス」
「俺もうヘトヘトなんだけど〜……」
休憩時間を終えたセキガクバトル部はセキエイスタジアムの外周部を3周することでウォーミングアップとし、入場口へ戻る。
最後尾で既にグロッキーとなり、足元の覚束ないマフィンを気に留める者はいなかった。
『総勢16校で争われた全国への切符を求め、残るはたった2校のみ!! これよりその2校がぶつかり合います!! 全国のポケモントレーナー、ポケモンバトルファンの皆さん、こんにちは! 本日はここセキエイスタジアム放送室から第98回全国中学校ポケモンバトル選手権大会カントー地方予選、決勝戦の模様をお伝えします!! 実況は私ジッキョー!!』
「おや、珍しい顔が」
「そっちの方がこの場では珍しかろう」
決勝を迎え、居ても立っても居られなくなったチャンが最前列のフェンスから身を乗り出してリコたちの入場を待つ中、席を1つ空けたシゲルの隣にサングラスをかけた男が座る。
トキワジムのジムリーダーシンジと2代目オーキド博士であるシゲルは知己であった。
元々はマサラタウンのサトシを間に挟んで始まった交友だが、程なくして隣町同士の名士とジムリーダーということで引き合わされる席が多くなっていった。
お互い特に仲良くしているわけでも、したいというわけでもない間柄である。
「学生さんたちの中に『お気に入り』でもいるのかい?」
「さてな」
サングラス越しに横目で見るシンジからの『暇なのか?』というような意図の視線をシゲルは華麗に受け流している。
互いに同じ相手をライバルとする同士、譲れぬ部分も多々あるが、今ここでぶつかり合うのは大人げないという理性は持ち合わせていた。
「「「「「常〜!! 勝〜!! タマムシ大!!」」」」」
応援団がパフォーマンスを始めたタイミングから程なくして、タマ大のメンバーがセンターサークルへと入場をしてきた。
『カントー予選15連覇! 全国では大健闘の結果として昨年ベスト4に終わりましたが、過去には全国制覇回数5回を誇る中学ポケモンバトル界の雄! タマムシ大学附属中学ポケモンバトル部の精鋭たちが堂々入場であります!!』
部長のヒカミを中心に一糸乱れぬ行進で入場をする。
ここだけの話、部員たちからすれば普段の練習より緊張感に溢れる恐怖の一大行事がこの入場行進であった。
万が一行進に僅かなズレでも見せようものならば、試合の後にキツーイ指導と、倍増されたトレーニングメニューが待っているからだ。
そんなプレッシャーに負けるようではタマ大のレギュラーは務まらないというのもまた伝統であるのだ。
カントー最強を誇る強豪の自負とは、実力以上にその立ち振る舞いから徹底されている。
「あっ! お姉さんだ! おーい!!」
タマ大附属とは反対側の入場口よりセンターサークルへと向かうセキガクを見ては、チャンは両手を大きく振りながら目一杯エールを送る。
『常勝タマムシ大に対しますは元ジョウトリーグチャンピオンワタル氏の在籍していたポケモン歴1982年からの全国制覇V3を果たして以降、好成績が遠のいていたセキエイ学園が堂々と入場であります! 準決勝に引き続きジャイアントキリングはあるのでしょうか!?』
「あのチャンって娘、すっかり熱烈なリコ推しの大ファンだね」
「あはは……」
前を歩くアンからの言葉にリコはなんとも言えない反応で苦笑いを作るよりない。
未来の後輩が瞳を輝かせながら向けてくる熱視線を前に嬉し恥ずかしといったところだ。
そうして両陣営がセンターサークル内に揃い踏み、横一列にならび正対をする。
「これよりタマムシ大附属vsセキエイ学園の試合を行います! 礼ッ!!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
試合前の挨拶、声量においては五分と五分。
次いでスタジアムのモニターに映し出される対戦表は以下の通りだ。
ダブルバトル
タイテン&シモーニvsホタル&アン
シングルバトル2
カオルvsナギ
シングルバトル1
ヒカミvsマフィン
控え
ツバツvsリコ
「ッ……!!」
「カオル」
「分かってます部長。むしろいい機会です」
対戦表を見てカオルは目を見開くも、気丈に持ち直してみせる。むしろ願ってもない展開だ。
「タマ大バトル部の一員として試合に出る以上、目指すはチームに勝利を捧げることのみです! たとえ相手が誰であったとしても!」
「そうか」
地方予選を迎える直前の7月には早々と次期部長にカオルを指名しているヒカミだ。1年近くの付き合いを通してその人となりを知らないはずはない。
カオルは物静かで、厳しい練習を黙々とこなし続けることで着実に力をつけてきた。その成長と実直さを買ったが故の次期部長指名である。
今のカオルの饒舌が、動揺を振り払うためのものだというならばヒカミとしては咎めることもない。
『神様ってのはどうにも因縁ってモンがお好きなようで』
一方の兄妹対決実現という事態を受け止めた片割れであるナギは、その事実に対し不敵な笑みを向けるだけで言葉はなかった。
普段饒舌で軽薄な男が口を噤むというのはよっぽどのリアクションであるのがリコたちには明らかであった。
「ミーティングでも話したが、ここまで勝ち進んで来た内容から勢いの上ではこちらに分がある。今日まで積み重ねてきた練習と、そこで培ってきたボクたちの力を信じて戦い抜こう。そして皆で掴み取るんだ!! 全国への切符を!!」
「「「はいッ!!」」」
円陣を組みながらホタルは口上に熱を込める。
ナギに降りかかった皮肉な運命に関しても、事実上部を統括する身として深入りしようとは思わなかった。
「部長、声出し前に一言」
「油断せず行こう」
ホタルに促され、マフィンの紡ぐ一言も簡素なものだった。
夢にまで見続けてきた全国の舞台まであと一歩……そこには普段の緩い空気が微塵も感じられない。
「セキガクゥゥゥーーーッ!!」
「「「「「ファイオゥッ!! ファイオゥッ!! ファイオゥッ!! ファイオゥッ!! ファイオゥッ!!」」」」」
「ウオーーーーーッ!!」
「いくぞ! アン」
「ういッス〜!!」
円陣を組み終え、ホタルがアンを引き連れトレーナーサークルへと入る。
「ふふふ、来よったな」
「今宵もバトルフィールドに芸術の風をば吹かせましょうぞ」
対するタマ大側は既にタイテンとシモーニのタッグが待機済みであった。
「これよりダブルバトル! タマ大附属3年タイテン選手&3年シモーニ選手vsセキガク2年ホタル選手&1年アン選手の試合を行います!! 試合方式は2C1D、各種切り札システムの使用はどれか1つを1度のみ!!」
試合に臨む4人はそれぞれに先発に決めたポケモンのボールを手に握り込む。
「それでは、試合開始ィィィィッ!!」
審判の宣告により予選決勝、カントーから全国へ駒を進める1校を決める決戦が始まった……!
『タイテン』
12歳。タマムシ大学附属中学校3年生。
『柔』のヒカミに対して『剛』を担当する副部長。
持ち前のパワーファイトに加え高い思考の柔軟性を併せ持つ。
想定CVは三宅健太さん。