素早いポケモンチェンジにより巻き起こる砂嵐で不意を突かれ、ホタルのニンフィアは手痛い一撃をくらってしまうのであった。
「ふぃあ、ッがッ……!」
ニンフィアはリボンを構えてのガードをギリギリ間に合わせ、直撃こそ避けたもののそこは強力なスペックを誇るガブリアス。
「がぁぶぁッ!!」
全ポケモンの中でも屈指の攻撃力を持つドラゴンポケモンのパワーのままにリボンごと手刀ならぬ爪刀を振るい抜き、ニンフィアの首筋を打ち抜き、弾き飛ばして見せた。
ガントルのいわなだれやロックブラストを事前に何度も防いでいた分のダメージが響いたのだ。
『タイテン選手、すなあらしの中でガブリアスにポケモンチェンジ! ニンフィアにキツイ1発を喰らわせたーッ!!』
「ちょっと! アレ『ノーコール』じゃあないわけ?」
ミコが怪訝な表情をしながらガブリアスを指差す。
ポケモンバトルの公式戦においてはポケモンの入れ替えに際しては原則として、引っ込めるポケモンと代わりに投入するポケモンをコールしなければならないというルールがある。
理屈としては交代際の不要なトラブルを回避するためのものだが、その公式ルールに抵触しているのではないかということだ。
少なくともセキガクベンチ側にタイテンのコールは聞こえていない。
「審判が動かねェってこたぁ、おそらくは審判には聞こえるようにコールは入れてあんだろうな。あの副武将、もとい副部長がその辺りを忘れるとも思えん」
「……タイミングとしてはカバルドンが出て来た時。すなおこしで砂が撒き散らされてる隙に交代したと思われる」
カバルドンの特性『すなおこし』はその性質上、体内からフィールド全体を砂嵐状態に出来るだけの砂を一気に噴出する。そこに乗じての交代だとキラリは読み取った。実際のところそれは正しい。
この辺りのダーティーなやり取りは、ペテンバトルが得意なナギの得意とするところであった。
そこにキラリがデータ補足を加えた形だ。
「アン……」
リコは、すなあらしの中、完全にホタル側と分断されている相棒と共に戦うアンの背をジッと見つめるよりなかった。
「このすなあらしの中じゃ、ニンフィアがどこにいるやら……ならやることは1つ!」
アンは努めて口角を上げ続けていた。トレードマークの八重歯は見せれば口の中に砂が入って来てしまう。
すなあらしが厄介ならば、その元を叩いてしまえばよいのだ。
「フタチマル! 掴むは1つ! 勝利の輝き!!」
逆転の意気を込めて放り投げるテラスタルオーブが、アンの手を離れて真っ直ぐフタチマルの頭上まで届けばクリスタルの輝きが放たれる。
「ホタちゃん先輩も一丁かましちゃいましょうよ!」
「ホタちゃ……あぁ、そうだな」
つい本人のいない裏で呼ぶ『愛称』を口にしてしまったので目を見開くアンに、ホタルはフッと笑みを浮かべ、提案に乗ることにした。
フタチマルがテラスタルを発動し、カバルドン狙いとなれば状況は擬似的なタイマンの形がフィールドに二つ並んだ形である。
フィールドアドバンテージこそ握られてしまったが、ここまでどう勝ち上がってきたかで優っている勢いを活かして戦うべしと唱えたのは自分自身なのだ。
そこを思い出させてくれたのがアンに、ホタルも応えねば女が廃るというものだ。
『まだまだ色々と見定めねばならんが、このままいけばアンは……』
意を決したホタルはZパワーリングを発動させ、フェアリーのゼンリョクポーズを取る。
「ぬうう、この闘気ッ!!」
「向かい風の強さは己のゼンリョクの証!!」
ホタルから放たれたZパワーがニンフィアへ注がれ、どくづきにより叩き込まれた毒状態に苦しみながらも双眸はすなあらしの中でガブリアスをしっかりと捉えている。
「素晴らしき勇気、勇猛たる闘志! ……故にその高らかなる鼓動が我らに居場所を伝えてくれる。カバルドン、ストーンエッジ!」
「んかぁ〜!」
カバルドンの咆哮により地面が砕け、隆起する石柱がフタチマル目掛け突き進んでゆく。
「そこかぁーッ!!」
みずのテラスタルジュエルを被ったフタチマルからすれば、迫る石柱の先にカバルドンがいるのは明らかだった。
「フタチマル! テラスパワー全開だよ!!」
「たちゃあああ……!!」
再度構えたホタチから伸びるみずエネルギーの刃はカイリキーに斬りかかった時のものより長くて太い。テラスタルによるパワーアップの恩恵だ。
「輝けニンフィア!! ラブリースターインパクト!!」
「ふぃぃぃぃぃあッ!!」
強烈なニンフィアが全身より纏った星型のZパワーを放射し、
「フタチマル!! 突撃〜!!」
「たちまらららららぁ!!」
フタチマルはシェルブレードの二刀流で正面からストーンエッジの石柱を掘り進める形で突っ切ってゆく。
「「いっけぇぇぇぇぇッ!!」」
「ふぃあああああッ!!」
「たちゃあああああッ!!」
無我夢中だった。ニンフィアもフタチマルも持てる限りの全開の一撃を叩き込んだ。
「ふ、副部長……!」
「くぅッ……!」
渾身の一撃、その手応えは……なし。
『おーっと! ガブリアスもカバルドンも砂嵐状態の中でみがわりを発動していたーッ!! セキガクタッグは完全に切り札システムを空振りさせられてしまったぞーッ!!』
Zワザが撃ち抜いたのも、テラスタルパワーを込めた斬撃も、タマ大タッグのポケモンたちが作り上げたみがわり人形を痛め付けただけのことだった。
「これほどまでに練り上げられた一撃……まともに叩き込まれればガブリアスであろうとカイリキーであろうとひとたまりもあるまい」
「同感だ。テラスタルと特性『げきりゅう』を掛け合わせたピンチをチャンスに変える発想力も素晴らしい」
「故に嬲り殺すは礼を失する! ガブリアス!!」
「カバルドン!」
「「あなをほる攻撃!!」」
ニンフィアとフタチマルの足元が崩れた時には、既にどちらも上空へカチ上げられていた。
みがわりで注意を逸らされ、足元からの奇襲に完全に反応が遅れたのだ。
「ニンフィア!」
「フタチマル!」
ニンフィアはガブリアスから、フタチマルはカバルドンからあなをほる攻撃による突き上げをくらい、着地もままならずにダウンする。
フタチマルはテラスタルジュエルが消失し、ニンフィアも目を回していた。
「ニンフィア、戦闘不能! ガブリアスの勝ち!! フタチマル、戦闘不能! カバルドンの勝ち!! よって勝者、タマムシ大附属3年タイテン選手&シモーニ選手!!」
「うむ! 敵チーム、打ち倒したり〜!!」
タイテンは高々と右腕を上げ、シモーニは満足げな笑みと共にカバルドンを戻す。
『剛と芸の鉄板タッグの融合戦術No.3が綺麗に決まり、まずはタマ大附属が1勝目! ここまでストレート勝ちをして来たセキエイ学園は初めての黒星スタートとなりました!!』
「お疲れフタチマル!」
倒れた相棒をそれぞれボールに戻せば、アンがホタルへと体を向ける。
「ホタル副部長……すいません、あたし……」
口を開けば、ホタルは腕を回してアンの肩を抱き寄せた。
「ほへ?」
「何に対して謝りたいのかは分からんが、切り札を切るタイミングはあそこしかなかっただろう。あのまま小手先の勝負を続けていても向こうの掌の上でジリ貧になっていただけだ。本来ならボクが率先して指示を出さなきゃいけなかったところを、アンはボクより早く答えに辿り着いたんだ」
「それは……」
「ただ単に破れかぶれだっただけ、か?」
図星だった。アンが苦笑いとともにそっぽを向くのでホタルはフッ、と笑いながら肩に回した腕を戻す。
思案の結果であろうと反射的なものであろうと、結果としてベストの一手に辿り着けた後輩の成長を喜んだ。あとは、結果だけだ。
「次やる時は必ず勝つぞ。次とは無論、全国だ」
「ッ……! はいッス!!」
バトル終了とともにすなあらしが止む。
アンは八重歯を見せながらホタルに続き、トレーナーサークルを後にした。
「お2人ともお疲れさん。おっとぉ、男女で過度なタッチはセクハラだったな」
ネクストサークルから出て来たナギとすれ違う。
ホタルは、つくづくこの軽薄な面構えが気に食わないが、今この時に限っては憎まれ口を叩ける立場でない自覚もあった。
現実的な問題としてチームは追い込まれているのだから。
「相手は妹さんだが、大丈夫なのか?」
かろうじて絞り出すホタルの問いかけに、ナギはフフンと笑うのみだった。
少なくとも自信はあるのだろう。そこ以外は何を考えているか分からない。だから気に入らないのだ、この男のことは。
「やるだけのことはやったが力及ばずだった」
「凄かったです! ホタル副部長もアンも」
「えへへー、ありがとリコ」
ベンチに戻ったホタルとアンをセキガクの皆で出迎えれば、リコがタオルを2人に渡す。
「あの、お疲れ様ッス」
「あぁ、ありがとう」
ホタルは、言葉少なにドリンクを差し出すドットから快く受け取り椅子に座る。
アンに対してはポイ、と放り投げていた。
「雑じゃなーい?」
「うっさい負け犬」
「酷くなーい?」
わたた、と手元で若干ボトルを掴むのに難儀してからのアンとドットのやり取りに悪意はない。この2人だけの距離感というものがあるとリコもロイも分かっていた。
4月からずっとバトル部にいた同期同士にしか芽生えない絆の深度というのもあるのだろう。
その辺りには途中参加のリコやロイも立ち入るにはまだセキガクバトル部としての経歴が薄いのだ。ほんの1ヶ月分程の差でしかないが。
「ナギ先輩大丈夫かなぁ?」
そんな2人はさておきとして、ロイはトレーナーサークルに入ったナギの背を見る。
ナギの様子としては普段と変わらず、左の握り拳を腰に当て右腕はダラリと下げたリラックススタイルだ。
「久々にナギの本気が見れそうだね」
ネクストサークルに入るマフィンは呟く。ナギが逆境を楽しむタイプであるのは、同じ男同士によるシンパシーから得られる知見だった。
マフィンの瞳には、ここでナギが負けるはずがないという絶対の自信が宿っていた。
「カオルよ! ヒカミに気をつかってやる必要はないぞ。準決勝のように一気に決めてしまえばよかろうなのだ!」
「事情は察するが、我らはタマ大。そこだけは失念するべからず」
「はい。ご助言ありがとうございます。先輩がた」
タイテンとシモーニからすれ違いで言葉をかけられ、カオルはトレーナーサークルに入る。
背後より感じる視線は、瞳の持ち主と同じくシャープながら確かな温もりがあった。
『ヒカミ部長……1年生の頃から男所帯であったタマ大バトル部にたった1人の女子部員、それも選手として入部して実力を示し続け、今では部を引っ張る立場となった。そんなあの人の姿に憧れて、わたしもバトル部の門を叩き、研鑽を積んできた』
相手側のトレーナーサークルに立つは、兄……。
『負けられない……兄貴だからこそ負けるわけにはいかない! ここで勝ち切って、全国を決めてやる!! そうでなければ私はここにいる意味なんてないんだ!!』
「これよりシングルバトル2! タマムシ大附属2年カオル選手vsセキガク2年ナギ選手の試合を行います!! シングルバトルの試合方式は3C1D!!」
『さぁ続きましてシングルバトル2の試合です! なんと、これから戦うナギ選手とカオル選手は双子の兄妹だそうです! ライバル校に分かれた兄と妹、兄が意地を見せるのか!? 妹が名門の全国進出を決めるのか!?』
「「「「「常〜勝〜!! タマムシ大!!」」」」」
「セキガク! セキガク! セキガク! セキガク!」
「ほう! ほう! ほう! ほう!」
先に1勝し、にわかに盛り上がるタマ大応援団の常勝コールが絶えず湧き起こる中、負けじとチャンとオドリドリがセキガクの応援をする。
熱意はともかくとしてやはり多勢に無勢、タマ大応援団の複数人の声量が圧倒的に優っていた。
ろくに期待されていないセキガク側にはチャンやシゲル以外の応援者などおらず、全国クラスの吹奏楽部なんて駆け付ける道理もありはしないのだ。
ナギもカオルも互いにボールをホルダーから取り出す。指先からのボールタッチは全く同一のものだ。
「正々堂々、力一杯やり合おうや」
「……」
トレーナーサークルから初めて語りかけられた兄の言葉に、カオルは何も返さない。
「両者ポケモンを!」
「いくぜ相棒!!」
「しゃううッ!!」
「ゆけッ、エーフィ!」
「ふぃいッ!」
双方ともに先発は最初の相棒でイーブイの進化系。四つ足でシュタリ、とフィールドに降り立った。
「それでは、試合開始ィィィッ!!」
「エーフィ、マジカルシャイン!!」
「……!」
審判のコールと同時にカオルがエーフィへ指示を入れる。
シャワーズがこの時点でニュートラルポケモンから飛び退いたので、カオルは試合前の予感を確信に変えた。
「ふぃーッ!!」
エーフィが全身より放つフェアリーのエネルギー光。眩く輝く熱量が、飛び退いたシャワーズの『虚飾』を剥ぎ取って見せた。
「けぁぁい……!」
フィールドラインギリギリに着地するはテカテカとした青いボディではなく、赤いタテガミに漆黒の姿……。
「何が正々堂々よ。聞いて呆れる」
カオルは吐き捨てる。
ナギは、ゾロアークとともになんとも脱力する笑みを浮かべるだけであった。
『ポケモン交代時のコール義務』
いわゆる『ゆけっ!』だったり『戻れ』だったりのボールを介したアクションに関しては分かりやすく示すのがポケモントレーナーの努力義務となっている。
みんなもポケモンの出し入れは大きな声でコールしようぜ。