SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 双子対決は一進一退の形で続き、カオルは準決勝で進化したばかりの切り札ボスゴドラを投入する。
 タイプ相性から攻めるナギだったが、メタルバーストによる反射がシャワーズを襲うのであった。


兄の背中

「うわわっ!?」

 

 シャワーズがベンチより向かって左側のフェンスまで吹き飛ばされ、激突の衝撃音でロイは飛び上がってしまい天井に頭をぶつける。

 

「いたたた……!」

 

「シャワーズだいじょぶだよね!?」

 

 ロイが涙目で頭を抑えながらベンチより身を乗り出し、シャワーズがどうなったか確認するのにアンもリコも続く。

 ポケモンバトルの公式戦においては試合中、緊急時を除きフィールド内を自由に動き回れるのは試合を行うトレーナーの指揮下にあるポケモンと審判のみである。

 トレーナーサークルやネクストサークル、及びベンチからみだりに飛び出せばそれだけで審判から注意が飛び、行為に悪質性が見受けられればその場でチーム全体の失格措置もあり得る。

 故に原則としてベンチ待機のメンバーは身を乗り出して応援し、試合の行く末を見守るより他に出来ることはないのだ。

 

「ポケモンチェック!」

 

 その審判が走り寄り、シャワーズの状態を確認する。

 こちらも緊急時以外は決してポケモンに触れることなく戦闘続行の可否を判断し、適切なジャッジをしなければならない。そのために審判に求められる要素は豊かなポケモン知識と眼力であった。

 

「むむッ!」

 

 クレーターが出来上がったフェンスよりドロドロとした液体がボトリと落下した音とともに、真っ青の液体がのそのそと地を張ってナギの元へ戻るのが見える。

 

「試合続行!」

 

 審判は鋭くコールし、審判サークルへと走って戻る。試合再開となればモタモタしていたらポケモン同士の技の応酬に巻き込まれるハメになるからだ。

 バトルの際の攻防の停止タイミングを読み違えたり、審判サークルに戻り損ねて技の流れ弾に当たり怪我をするのはポケモンバトルの審判あるあるであった。

 

『ハイドロポンプだったら今ので決められてた、かな?』

 

 シャワーズは生態として自身のボディを液体に変換する力を持つ。

 審判が戦闘不能のコールを出さなかったのを見て、カオルはシャワーズが液状化能力を駆使してメタルバーストの威力をある程度受け流していたのだろうと判断をする。

 

「ボスゴドラ、がんせきふうじ!!」

 

「ごぁぁぁ!!」

 

 ボスゴドラの周囲のフィールドがくり抜かれ、無数の岩弾として蠢く青い液体へ放たれる。

 

「よく耐えたシャワーズ。ゆっくり休んでくれや」

 

 ナギは、ギリギリのタイミングでシャワーズをボールへと回収する。

 標的を失った岩弾はフィールドに落着し、バラバラと崩れ去った。

 

 

 

「「あ、危なかった〜……」」

 

 アンとロイがホッと肩を撫で下ろす。

 がんせきふうじでシャワーズが押し潰されてダウンする最悪の光景を心のどこかで幻視させられていた。それだけにここまでカオルが押しまくっているようにしか見えなかった。

 

「でもナギ先輩、ここからどうするつもりなんだろう……」

 

 リコの呟きにひと安心も束の間とばかりにアンもロイも見開いた目で互いを見る。

 ゾロアークによる奇襲も、シャワーズによる受け流しからの反撃も対策されてしまっている。

 特にシャワーズに関してはたまたま今日の審判が腕利きな方だったから戦闘不能のジャッジを取られずに済んだだけだろう。見極めの甘い新人審判だったらメタルバースト直撃時点で戦闘不能のジャッジを下しかねないのだ。

 少なくともナギの知る2体では、カオルのボスゴドラに対する手立てが浮かばなかった。

 

「まったく。迂遠なやつだ」

 

 1年生たちが出してしまう沈痛な空気をホタルが涼しい声で吹き飛ばす。

 気にくわない相手だが、この絶体絶命な状況こそがナギの想定した盤面であると確信をしていた。

 というよりは、コレで負けたら承知しないぞ、と同期へ発破をかける思いが大半であり、ナギの逆転のための仔細に関しては分かりようがなかった。

 ホタルとナギは水と油……ホタル的にはどこまでいっても理解できるはずのない相手なのだから。

 

 

 

「さぁ、こいつで勝負だ!」

 

 口角を吊り上げたままナギが投げ入れるボール。飛び出すは……。

 

「さなぁ……!」

 

 

 

『ナギ選手の3体目はほうようポケモンサーナイト! コレで互いに3C1Dルールの使用上限いっぱいを用いた形となります!! 以降ナギ選手は場に出ているサーナイトに加えてゾロアークとシャワーズ! カオル選手は場に出ているボスゴドラに加えトゲチックとエーフィのそれぞれ3体でサイクルし、相手の1体を撃破しなければなりません!!』

 

「ここまで来たら小手先のサイクル戦は時間の無駄だろうね」

 

 シゲルの呟きにシンジがリアクションすることはない。ただ、呟き自体は的を射ていると思った。

 ポケモンバトルにおいて無用な交代は相手に有利な空気を明け渡す行為にしかならず、愚策中の愚策であるのだ。

 そんな愚策を踏むつもりはフィールドの兄妹には毛頭なさそうなところを認めては、シンジは軽く鼻で息を吐いた。

 

 

 

『ボスゴドラを相手にサーナイト……はどうだんか、それともきあいだま?』

 

 盤面としてははがねタイプであるボスゴドラに対して保有しているエスパー、フェアリーの両タイプともに効果今ひとつに抑えられてしまうサーナイトだ。この盤面での投入を自殺行為と考えるのは基本的なタイプ相性からして客席の中にもちらほらいた。

 しかし、カオルはそんな浅はかな連中と思考を同じくはしなかった。

 冷静にサーナイトの覚える技範囲を把握し、ボスゴドラ相手に有効打があると確信していた。

 

『どちらにしても高い特殊攻撃力を活かしてくるのは変わらない。ならば取るべき択は1つ!』

 

 カオルの腹は決まっていた。

 

「ボスゴドラ、両足に力を込めて踏ん張って!」

 

「ごぉどろぁい!!」

 

 両手を構え、ドッシリと重量感のままに『待ち』の姿勢に入るボスゴドラ。

 

「さぁなぁ……!」

 

 サーナイトは、ジッとその鋼鉄のボディを睨んでいた。

 

 

 

「不味いね。妹さんは完璧にメタルバーストによる1発狙い……ナギから仕掛けてくるのを待ち構えてる。ナギのペテンは相手の攻め気に合わせて虚を突き、引っかけて倒すもの。相手が動きを見せないんじゃあ引っかけようがない」

 

「ぶい〜……」

 

「思えばはりきりボーイのトゲチック以外、妹さんはほとんど自分から仕掛けるようなことはしていないな。トゲチックにしてもはがねのつばさという明確な防ぎ手があったからなのだろうが」

 

「……全てナギの予想通り」

 

 ミコとホタルが話す中、ここまで沈黙とともにタブレットロトムにひたすら入力をしていたキラリの一言にセキガクの皆ギョッとさせられた。マフィンを除き。

 

「どういうことだキラリ?」

 

「……昼食後すぐ、ナギは私に自分が考案した妹さんによる自分自身への戦略プランを話しに来た。それは、私が組み上げた対ナギ専用プランと96.8%一致していた」

 

 ホタルからの問いに対するキラリの言にミコはわお、と感嘆する。

 

「もしかして、相手が妹さんだから手の内が分かったとか?」

 

「……それもあるかもしれない。だが、それだけではない」

 

「えっ?」

 

 キラリはメガネのブリッジ部分をクイ、と持ち上げ、ズレを直す。

 

「……ナギが言うにはペテンとは、相手のパターンを読み取ることが事前準備として必要。コレは、妹さんに対してだけではないはず」

 

 ロイに答えながら、キラリは何故自分がナギのペテン殺法の解説をしているのか若干疑問に思っていた。

 キラリからしてもナギのやり方は自身の戦術論から見て完全に埒外であるのだ。

 

「それで? 我らがセキガクきってのデータマンであるキラリからして、この後どうなるのかな?」

 

 ネクストサークルからマフィンが問いかける。

 

「……見てれば分かる」

 

 キラリは、簡潔に答えた。問いかけをしてきたマフィンとしてもこの後の展望はすでに見えているのが分かったからだ。

 データマンとペテン師で見据えたシュミレートが一致していることに奇妙さを感じながら。

 

 

 

 サーナイトとボスゴドラが対峙したまま互いに1歩も動かず5分が経過する。

 

「コラー! いつまでお見合いやってんだー!」

 

「どっちからでもいい! 早く仕掛けろ〜い!」

 

 バトルの妙味を知らない客の一部がヤジを飛ばすがナギにもカオルにも届くことはない。

 どちらも真剣勝負の空気に意識をトリップさせていた。

 

「一分の隙もない、ときたか……」

 

 サーナイトが睨みを効かせるボスゴドラはなおも動かない。メタルバーストによる反射でケリをつけると徹底しているのが見て取れた。

 キラリがベンチで語っていた通り、ナギにとってはズバリ的中していた光景だった。

 

「悪いなカオル! 勝たせてもらう」

 

「ッ!?」

 

 唐突な勝利宣言にカオルは一瞬怪訝な表情を浮かべ、すぐにハッと目を見開く。

 

「し、しまったッ!!」

 

 同時に、ボスゴドラへ徹底させた待ちの戦法そのものが仇となっている現状に気付いたのだ。

 

「ぼ、ボスゴドラ! 作戦変更! アイアンヘッドで直接叩きに……」

 

「遅いぜ!!」

 

 ナギが左腕のZパワーリングを起動させ、両手を顔の前でクロスしてから両腕で正拳突きを繰り返す。

 

「偽りの衣を脱ぎ捨て、いざ真実の勝利を掴まん!!」

 

「さなぁぁぁぁぁ!!」

 

 全身より放たれたZパワーがサーナイトへ注がれれば、あっという間にボスゴドラの懐まで飛び込み、ゼンリョクの右ストレートにZパワーを集約させて思い切り振りかぶる。

 

「全力無双激烈拳ッ!!」

 

「さなおらぁッ!!」

 

 高い特殊攻撃力を活かした遠距離戦が根強くあるイメージからは完全にかけ離れた渾身の右を、サーナイトはボスゴドラのお腹へ叩き込む。

 

「ごどあ〜ッ!!」

 

 360kg近くのボスゴドラが50kgにも満たないサーナイトのパンチ1撃で吹っ飛び、後方フェンスに激突するインパクトは、カオルが内に押し込めていた気持ちを表に引きずり出そうとしていた。

 

 

 

 兄妹の両親はいわばそこら辺によくいるエリート崩れで、ポケモントレーナーとしてなんら功績を残せぬ者同士傷の舐め合いの結果として、ナギとカオルが産まれた。

 その後も『傷の舐め合い』は続き、2人の後にも兄弟が3人ほど増え、長男長女として10歳を迎える頃には両親の好みはカオルに傾いていた。

 ナギの成長過程において身につけていった性格的な軽さが、人を食ったような態度として両親から疎まれていったのが原因としてあった。

 その過程に関わっているのが『何者にもなれなかった自分たちへの悔恨』を子供たちに向け続ける両親への反抗であると知っているのはカオルだけである。

 

『いいかカオル。チビたちの金がかかるようなことはオレがなんとかする。お前はタマ大でたくさん勉強して、お前のやりたいことをやったらいいんだ』

 

 カオルがタマ大を受験すると決まった際のナギの言葉だった。これだけ説いて兄は、伝統しか取り柄のないセキガクへ進学していった。

 兄は自分のために自らを犠牲にした……そう思っていた。

 

 

 

「兄貴は見つけたんだね……自分の力で、自分の居場所を」

 

「そりゃあお前もだろ? タマ大の次期部長さんよ」

 

 ナギに対してカオルの表情から険が取れてゆく。

 

「ご、どぅふぅッ……!」

 

 審判がボスゴドラへ駆け寄れば、フェンスに作ったクレーターの中心からズシンとお腹よりうつ伏せに倒れ込み、表情は完全に目を回していた。

 

「ボスゴドラ、戦闘不能! サーナイトの勝ち!! よって勝者、セキガク2年ナギ選手!!」

 

 

 

 セキエイスタジアムに集まるほとんどはタマ大の勝ち抜けで全国行きを予測している。

 当然まとまった応援団も来ているのはタマ大側ばかりであり、セキガクの勝利を祝うのはごく僅かだ。

 

「やったやった! お姉さんたちが1勝取り返した!!」

 

「ほほほーう!」

 

 セキガクを応援している、といえるのはチャンとオドリドリ、それにシゲルくらいのものであった。

 

 

 

『ナギ選手、カオル選手の待ちの戦法を引き出したところにパワー満点のZワザを叩き込み、見事兄妹対決を制しました!! これで互いに1勝1敗、シングルバトル1へと移ります!!』

 

「おう。望み、繋いどいてやったぜ」

 

「ん」

 

 入れ替わり際にナギはマフィンと視線を交わす。

 

「相手は上手いこと引き分けに持ち込めるようなタチじゃあなさそうだぜ?」

 

「直接戦わせるばかりが潜在能力を覚醒させるでもないさ」

 

 主語のない会話、話題の中心は控えとしてネクストサークルに入るリコだ。もしもマフィンが引き分けに終われば、控え戦に回されているリコに勝敗を、セキガクの全国行きを委ねることになるだろう。

 ナギは、マフィンがシングル1で終わらせるつもりであると瞳の色から察してそれ以上言葉を続けずベンチへ戻った。

 

「ナギ先輩、お疲れ様!」

 

「応よ」

 

 ロイからドリンクとタオルを受け取り、ドカリとベンチへ座り込む。

 自分の役割は果たした、とばかりに喉を通すスポーツドリンクの冷たさが格別だった。

 

 

 

「待ちを徹底し過ぎてZワザへの警戒が薄れたようだな」

 

「申し訳ありません」

 

「咎めるつもりはない。今日の敗北は明日の勝利で補えばよい。それもタマ大のポリシーだ」

 

 カオルと入れ替わりでヒカミがトレーナーサークルへ入る。

 片や、男装の麗人。片や、女装の変人。セキガクとタマ大の全国行きを賭けた大一番は、互いの部長に委ねられた。

 




 『タマムシ大学』
 その名の通りカントーの都市部タマムシシティにある大学でポケモン研究の最前線。
 ナナカマド博士やオーキド博士(初代、2代目ともに)など著名なOBも数多く、偉大な先輩たちからの薫陶を同じく受けているのもタマ大附属の強みだ。
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