サーナイトの必殺パンチからカオルは兄の心意気を理解し、兄妹のわだかまりは解けるのであった。
「これよりシングルバトル1! タマ大附属3年ヒカミ選手vsセキガク3年マフィン選手の試合を執り行います!!」
「正直なところを言うならば、地方予選でシングル1までいくとなればトキワ台相手くらいのものだと考えていた」
「それはそれは……。天下のタマ大附属を率いる『柔のヒカミ』さんの予測を外させてしまいまして」
「いや? むしろ感謝している。全国に行く前にこれほどの強度を持つチームと対戦できるというのは僥倖」
遠回しに、想定よりは苦戦しているが自分たちが負けることはない……そう宣告されるマフィンは静かに燃えていた。
何が何でも勝ちを掴み、この麗人の余裕ヅラを引っぺがしてやろうと思った。
『さぁー、両チームともに大将出陣! 部長対決を制し、全国の切符を掴み取るは果たしてどちらか!?』
「ゲッコウガ!」
「こがッ!」
「ゆくぞ、エルレイド!」
「えれぃッ!」
マフィンはゲッコウガ、ヒカミはやいばポケモンエルレイドを繰り出す。
「試合開始ィィィッ!!」
審判のコールと同時にマフィンが仕掛けた。
「ゲッコウガ、みずしゅりけん!」
「く、ががッ!!」
ゲッコウガが太腿の十字模様に手を当て、自身の粘液を混ぜ合わせた水により成形した手裏剣を投擲する。先手を取った一撃だ。
「エルレイド、サイコカッターで薙ぎ払え!」
「れぃぃぃあ!!」
ラルトスの最終進化系としてサーナイトと同様に亜人型のボディを持ち、緑色の腕にある肘を伸長させた刃に変え横一文字に振り払う。
エルレイドの強烈なひと振りが飛ぶ斬撃となってみずしゅりけんを弾き、勢いの衰えぬままゲッコウガを襲った。
「あくのはどう!」
「げこぁぁぁいッ!」
みずしゅりけんを吹き飛ばして迫る飛ぶ斬撃の前にマフィンは表情1つ変えることなく指示を飛ばす。
ゲッコウガは全身から漆黒のあくタイプエネルギーを放ち、飛ぶ斬撃を真正面から受け止めてみせた。ダメージは、ない。
「あのゲッコウガ、へんげんじざいを上手く活用しておるわ。だがそこはヒカミとて」
『柔のヒカミ』に対して『剛のタイテン』として並び立つ副部長からすれば、一連の攻防はすべからくヒカミの予測の範疇であった。
サイコカッターの飛ぶ斬撃を放ってすぐにゲッコウガへ距離を詰めるところから明らかだ。
「せいなるつるぎをくらえ!」
「れぃぃぃッ!」
両肘の刃を構えるエルレイド。渾身のひと振りを見舞うその面前で、ゲッコウガは自らの影の中へ自身を溶かした。
「かげうちか」
今のゲッコウガはゴーストタイプとして影の中に身を隠している。
ヒカミは、すぐさまエルレイドの内包するサイコパワーと自らの意思をリンクさせる。
エスパーポケモンを扱って周囲の索敵を行う『サイコ・リンク』は、現在大女優としてイッシュを拠点に活動している元ヤマブキジムのジムリーダーナツメより教わった技術である。
「む……退いたか」
サイコ・リンクで辿った影の中の気配……ゲッコウガは退き、マフィンの側まで舞い戻っていた。
「こが!」
「ご苦労様、ゲッコウガ」
マフィンが自らの影へ向けボールの回収光線を打ち出せば、影の中からゲッコウガが引っ込んでゆく。
あのまま下手に攻めればエルレイドから手痛い反撃をくらってしまう、そう踏んだが故の一時退却だった。
そしてそれは、続く1体で仕留めにかかる算段を既にまとめていた……。
リコは、全国まであと1歩というところの大一番に臨むマフィンの背中をネクストサークルからずっと見ていた。
『弱小セキガク』を率いた男の野望、その最初の段階がクリアされるかどうかの瀬戸際なのだ。
「部長……」
背後のベンチからマフィンを応援する仲間たちの声にリコの呟きは埋没してゆく。
『リコちゃんには、セキガクの柱になって欲しいなって』
5月に語りかけられたマフィンからの願いがリコの中で反芻される。
この試合の中で、マフィンが自分に託そうとしたがっている『柱』とはどういうものなのか、その一端を知りたいと思っていた。
これほどの大一番ならば見れるはずだという根拠のない確信があった。
『マフィン選手、かげうちによる移動を利用してゲッコウガを交代! 次なるポケモンでどのような攻めを見せるのか!? あーッと、こ、これはーッ!?』
マフィンが次のポケモンを繰り出すより前だった。
ヒカミがリストバンドと一体化しているキーストーンを見せるので会場がざわついたのは。
「ヒカミ部長がメガシンカを切るだと!?」
「それ相応の相手だということらしいな」
タマ大側の応援団たちも思わず唸ってしまう。それだけにヒカミの圧倒的な実力への評価は絶対的なのだ。
「メガシンカを扱えるのはそちらだけではないということさ!」
「そうみたいだね」
「げげん?」
ヒカミが大見得を切る中でマフィンはゲンガーを繰り出す。同時に左サイドのハートヘアピンへと左の人差し指と中指を運んでいた。
マフィンもマフィンで切り札を切るつもり満々だったのだ。
『あーッと! ここで両選手キーストーンを起動! メガシンカにより勝負をかけにいくようです!!』
「勝利こそ伝統! 絆の力で紡ぎ続けよう、タマ大の魂を!!」
「輝け勝利の栄光よ! 驚け世界よ! これが俺たちの、進化を超えた進む先!!」
キーストーンの輝きが2つ、ゲンガーとエルレイドを包み込んでゆく。
「エルレイド!」
「ゲンガー!」
「「メガシンカ!!」」
虹色の繭に包まれた2体が、メガシンカによる進化を超えた姿を披露する。
「るるぅえいッ!!」
頭は兜状に変化し、胸にあった赤い器官の大半が特徴的な両肘へと移って赤く大きな刃を成形。
背にはマントを広げるメガエルレイドが素振りの演舞を見せれば、
「げげげげげ!」
頭の角や両腕、尻尾が大型化し、鋭角なフォルムとなり足元を異次元空間へ沈み込ませたメガゲンガーが高笑いをする。
「こいつはすげェ! メガシンカvsメガシンカだぁ〜!!」
双方同時のメガシンカは、見栄えしかよく分からない観客の興奮を誘うにはじゅうぶんであった。
このカントー地方予選における盛り上がりがどこになるかと言うならば、1番といっても過言ではないだろう。
メガゲンガーとメガエルレイド……マフィンとヒカミの対面とは即ち、カントーの中学生トレーナーのトップを決める戦いともなっていた。
「ゲンガー、シャドーボール!」
「げげ、ばぁッ!」
ゲンガーが大きく広げた口から闇球を発射するのに対し、エルレイドは動かない。
「れぃあッ!」
動くまでもないことであった。左手でマントを広げ、盾としてシャドーボールを防ぐ。
「れぃ……!」
シャドーボールを防ぎ、マントを戻した視線の先からゲンガーが消えていた。
マフィンからすれば、シャドーボールは当たろうが当たるまいがどちらでも良い話。
エルレイドが対応する間にゲンガーの身を影の異次元空間へ沈み込ませる。そのための僅かな隙さえ確保できればそれでいいのだ。
「影に隠れて隙を窺うか」
ヒカミの声色には、マフィンの芸のなさに対する失望が漏れ出ていた。
「エルレイドとのサイコ・リンクで姿を消した先の気配は察知されてしまう。事実上奇襲は不可能だ」
「えぇ!? じゃ、じゃあ部長は打つ手なしってことッスか!?」
ホタルにアンの声が上擦ってしまう。主力技で弱点を突けるシャドーボールもメガエルレイドのマントによりあっさり防がれているのを見ていたが故の危機感だった。
「メガエルレイドとなったことでエルレイド側のサイコパワーも強化されているはず。早い話が向こう側のレーダーはより高性能ってことよ」
「姿を見せるどころか、気配を読まれた先にあのサイコカッターが飛んでくるのか……!」
スポーツドリンクを飲み干しながらのナギにロイも唸るよりなかった。
飛ぶ斬撃としてもゲッコウガのみずしゅりけんをものともしない破壊力のサイコカッターが直撃するなど、たとえ弱点でなくても想像を絶する話だった。
自分のポケモンで対峙するというのは考えるだけで気が遠くなる思いだ。それほどまでにヒカミのパフォーマンスは盤石にして圧倒的である。
「それでも部長はメガシンカをゲンガーに切った……勝算があるからだろ」
「ドットの言う通りだ。ボクたちは信じて見守るしかない。マフィンが勝つことを」
マフィンが勝つ、即ち全国への道が開ける。
セキガクバトル部の中で誰よりも長く、誰よりも強く願い続けて巡ってきたこのチャンスを、当の本人がみすみす逃すはずはないのだ。
そう、ホタルは結論付けるよりなかった。
口にこそ出さないが、キラリも、ナギも、ミコも、気持ちは同じだった。
「部長……」
ネクストサークルより、リコは依然としてマフィンの背に視線を向けていた。
「ぬぅん……!」
エルレイドのサイコパワーに意識を繋ぎ合わせる。大方の予想通りにメガシンカした分、よりサイコパワーが強化されたことにより鮮明な索敵が可能になっていた。
影より潜む気配、その場所は……!
「右だエルレイド!」
「るれいッ!!」
右腕を振り払い、真横のフェンスにかかった影目掛けてエルレイドがサイコカッターを放つ。
飛ぶ斬撃がフェンスに命中して切り込みを作る。手応えは、なし。
「左斜め45度!」
「いどぁッ!!」
指示された方角へ今度は左腕を縦一文字に振り下ろす。
『メガエルレイドの強烈な斬撃! メガゲンガー、コレには手が出ないかーッ!?』
こちらも飛ぶ斬撃が徒らにフェンスへ切り傷を作るのみに終わった。
『まさか……こちらの察知が読まれている?』
2度の空振りから至ったヒカミの予測は真実であった。
マフィンはサイコ・リンクによりゲンガーの気配を察知してくるヒカミとエルレイドの攻め手を逆探知していたのだ。
「ポケモンのサイコパワーとトレーナーの意識を繋ぎ合わせるサイコ・リンク……中学の時点であそこまで仕上げているヒカミ選手は流石全国区の部長クラスなだけあるね。彼女なら今の段階でもリーグの地方予選でベスト入り出来るくらいの実力がある。が……その完成度の高さがこの場においては仇になっているね」
誰に語るでもなくシゲルの口から言葉がついて出る。
祖父の跡目を継いだことでメディアへ顔を出す機会とともにコメントを求められることが多くなっていた。こうして口が動いてしまうのも職業病である。
「ヒカミ選手がエルレイドのサイコパワーに意識を繋ぎ合わせたように、マフィン選手は自らの霊感をゲンガーと繋ぎ合わせた。研ぎ澄まされたサイコ・リンクにより導き出される一手を、マフィン選手はゲンガーを通して先んじる形でキャッチしてしまう……」
フィールドでは依然としてエルレイドが腕を振るい、斬撃を飛ばし続けているがゲンガーを捉えられる気配は見られない。
「いわゆる『ゴースト・ハック』という技術だね。ゴーストタイプはエスパータイプに強いのもあるけれど」
シゲルが意識して視点を向ける先はエルレイドの足元の影……絶対王者打倒のカウントダウンが今、ゼロを迎えようとしているのが見えた。
「このままでは埒が開かぬ……!」
技巧派として全国区の評価を得るヒカミの実力の源泉とは現状にこだわり過ぎない柔軟な思考力にある。
ヒカミは、その柔軟な思考からメガエルレイドでの攻め手に可能性を見出せないと判断した。
「一旦退却だエルレイド」
ボールを向け、回収光線を放つ。
「れぃッ!?」
が、エルレイドの両足が、影が異次元空間に取り込まれていて回収光線を受け付けなかった。
『あーッとヒカミ選手、エルレイドを引っ込めようとするも交代失敗! 戻すことが出来ません!!』
「メガゲンガーの特性『かげふみ』……しかもメガエルレイドの影が異次元空間に捉えられ、足元を完全に固定されたか」
シンジとしても強豪タマ大の選手ということでヒカミのことはある程度評価している。
だがこの場においてはマフィンがフィールドを支配した、それだけの話であった。
「もう帰るのかい?」
まだ決着はついてないし、表彰式だってあると言外にシゲルが席を立つシンジに話しかける。
「勝負は見えた」
シンジは、ただ一言返してから立ち去っていった。
「ゲンガー、シャドーボール!」
マフィンの指示とともに最後のフェンスより伸びる影から闇球が発射される。
「エルレイド、斬り捨てろ!」
「れぃるぁ!」
ズバ、と右腕のブレードでシャドーボールを迎撃して見せるエルレイド。そこにすぐさま次弾が飛べば、これも見事に斬って落とす。
「れがッ…!?」
すかさずヒカミの背後の影より3発目が放たれ、エルレイドの背に被弾する。
「くッ……!」
ヒカミは事態の深刻さを噛み締めるよりなかった。異次元空間に影を捉えられたことで、エルレイドは両足をまともに動かせなくなっているのだ。
足を動かせない以上、方向転換にも限度がある……!
「全国に行くのは、俺たちセキガクだ」
マフィンに油断はない。
サッ、と右手をエルレイドへ向け、霊感からゲンガーに指示を飛ばす。
フィールド中の影から次々とシャドーボールが放たれ、エルレイドを襲う。
「れぃどぉぉぉ〜ッ!!」
ヒカミのポケモンとしてエルレイドは意地の咆哮とともに闇球を迎撃してゆく。
「ぎ、れぃッ……!」
しかし、四方八方からのシャドーボールの連打を前に次第に迎撃が追い付かず、ボディへ着弾し始めてゆく。
「セキガク部長マフィン……まさか、これほどとはッ……!」
ヒカミは戦慄するよりなかった。ゲンガーの包囲網は、完全にエルレイドを捉え、押さえ込んでいた。
『サイコ・リンク』
ポケモンの持つサイコパワーとトレーナーの意識を繋ぎ合わせる高等テクニック。
視界の共有や指示の伝達力アップなどメリットは計り知れないが、トレーナーの体力消耗が激しく、サイコパワーの枯渇により寸断される弱点がある。