夏休み本番の8月をパワーアップに使わない手はないとリコたちは合宿に参加するのであった。
ミーティングを終わらせた後は完全休養日として部室にて解散となり、それぞれにオフとなった。
ポケモン愛護団体よりせっつかれた形で全国学生ポケモンバトル協会が設けた完全休養日の制度だが、抜け道がないではなかった。
シンプルな話、ポケモンをトレーニングに絡めなければいいのだ。
リコはミーティングの後に学園からロードワークでお月見山の入り口まで走り、往復で戻って来てからはアンとトレーニングルームに入った。
「……」
「……フン」
先客としてペックフライで体の外から内に絞る軌道の動作を繰り返して汗を流しているドットと目が合ったが、リコもドットも言葉を交わしはしなかった。
女子のニドリーナ寮、男子のニドリーノ寮ともに創立80年の記念として前年の時点から寮の改装工事により、本場のスポーツジムでも導入されている最新式の機材が寄贈されていた。
ただ寮生活というのは原則としてどこまでいっても縦社会。上級生に対して下級生があらゆるところで順番を譲るのは暗黙の了解、というか当然の理屈だ。
夏休みでクラブ無所属の生徒は帰省し、他の運動部が遠征や合宿で寮を離れている今この時だけは、リコたち下級生がトレーニングルームを気兼ねなく使える数少ないタイミングなのだ。
この辺りはリコたちの学年が上がり、バトル部の地位向上が進めばある程度は解消されることだというのはホタルの談である。
そんな完全休養日の穴を突き、より強くなるために肉体をいじめていたのより1週間後は月が変わった8月1日。
その間、変わらず練習漬けの日々を過ごしたセキガクバトル部は、フルメンバーでバスに揺られて移動していた。
「あれ? 監督珍しく起きてるじゃん。どったの?」
「まぁ、その、アレだ。大人には色々あるんだよ」
「?」
いつもなら早々に爆睡するフリードが意識を覚醒させたままなのに気付くアン。
フリードからの返事はまるで要領を得ないものであり首を傾げるより他なかった。
そうしてバスが到着したのは彼方に灯台を構えた浜辺だった。
ジョウト地方アサギシティ……『潮風香る港町』の浜辺を辿った先にある古風な建造物こそが、リコたちの目的地であるアサギ塾だ。
全国大会の出場校12チームは7月中に出揃った。その中でベスト4までに残った各地方の予選参加校に対してアサギ塾が招待状を送り、8月からの合同合宿参加を呼びかけるのが慣例であった。
全国区や、それにほど近い強豪校の生徒が夏休み期間中に親睦を深めつつ、互いのストロングポイントを吸収し合うことで学生バトル界をより盛り上げていこうという意図から、アサギ塾が全国区として名声を確固たるものとしたポケモン歴2008年頃より開催され始めた。
地方予選を突破したことで、セキガクにもアサギ塾から合同合宿への招待状が来たのだ。全国制覇を目指すリコたちにとってこの誘いは願ってもない話であった。
「リコちゃん!」
「ビワさん!」
アサギ塾から手配されていた送迎バスから下車したところで真っ先に駆け寄って来たのはビワだった。
可憐な顔立ちとは裏腹に全身至る所の筋肉がバキバキに仕上がっている長身とリコは手を取り合い、再会の喜びを分かち合った。
「オレンジアカデミー、全国出場おめでとうございます!」
「それはリコちゃんたちもだよ! セキエイ学園、やったんだね!」
キャッキャとはしゃぎながらリコとビワは互いのチームの快進撃を讃え合う。
パルデア地方予選を勝ち抜き、全国出場を決めたオレンジアカデミーのバトル部ごとスター団の面々も揃い踏みであった。
「やっほ! 1週間ぶりね」
「ミコトさん!」
ポン、と右肩に置かれた手でリコが振り返れば、そこにはミコト以下トキワ台のメンバーもやって来ていた。
「全国は逃したけれどベスト4には入ってるからね。私たちも来年を見据えてってやつよ」
「ぴかぴかぁ〜」
白い歯を見せるミコトの右肩には、相棒のピカチュウが変わらず指定席としていた。
「これはこれはマフィン部長。全国大会出場おめでとうございます」
「ありがとうミサキ部長。準決勝で一戦出来なかったのが悔しいならウチはいつだって練習試合OKだよ?」
「それはそれは。また近いうち是非お願いしますわ」
顔を見せに来たミサキに対し、マフィンは掴みどころのない奴のだと思う。
ミコトのように高潔でプライドの塊である人物が形だけでも部員として収まっている以上そこまで悪辣でもないだろうとは見ていた。
ともあれ、同じカントー所属の学校としてこれからも付き合いが続けば相応のレベルアップは望める。そう考えれば悪い話でもない。
2年生が主戦力としてメンバーを構築しているトキワ台は、来年も今年とさほど変わらぬ選手層を維持しているであろうから……。
「リコー!」
「ムラエリちゃん! ということはチャバ農も?」
「うん!」
入れ替わり立ち替わりの形で今度はムラエリがリコに声をかける。
チャバ農もまたベスト4敗退により3年生が引退。2年生を中心とした新体制で合同合宿へ臨んでいた。
そして、新体制にて動き出しているのはチャバ農だけではない。
「よう。お前らも来てたか」
「兄貴……」
気さくに右手を挙げるナギに、カオルは一言呟くのみでそれ以上リアクションすることなく、マフィンに対してペコリと会釈をしてから引き連れた部員たちの先導を再開する。
「頑張ってるみたいだね妹さん。新部長として」
「みたいだな」
タマ大附属も3年生が引退し、カオルを新部長として新体制が始動。それでも部員の質に明確な低下が見られないところがやはり全国区の威容といえた。
全国単位で有望な児童をスカウトしているだけあり層の厚さはカントー圏の学校内では群を抜いている。
「あっ、リコ! リコ! アメジオだよ! エクシード学園も来てるみたい!」
「の割には……」
ロイが目敏く黒と薄鈍色のツートンカラーの髪を見つける。
ドットが首を傾げたのは、アメジオとその左右を固めている大柄の男と目力の強めな女……おおよそ自分やアメジオと同年代とは思えぬジルとコニア以外はほんの数人ほどしかエクシード学園のジャージ姿が見えないところにあった。
彼らの部員数としてはセキガク1年の総勢60人近くとほぼ同数であり、そのほとんどがいないのだ。キーキーうるさいサンゴとかいう女子も、こちらを路傍の石のように見下して来るオニキスとかいう男子もいない。
「おーいアメジオー!」
「ん……やぁ」
ロイが手を振るのを見ては、アメジオもセキガクメンバーに気付いて柔和な笑みと共に歩み寄る。
「全国出場おめでとう、アメジオくん」
「ありがとうございます」
部長同士のやり取りとしてマフィンとアメジオが握手をする。
「他の部員たちは遅れて来る系?」
「いや、エクシード学園からこの合宿に参加するのは俺たちだけだ」
アンの問いに簡潔に答えるアメジオ。潮風がツートンカラーの髪を撫でれば、爽やかな香りがした。
「なんで? せっかく強くなれるチャンスなのに」
「俺もそう思ってたのだが、スピネル……ウチの監督にとってはどうも違うようでな」
苦笑いもつくづく絵になる色男だ……ドットはそう思った。これでバトルも腕が立つというのだから本当に出来過ぎている。
開校以来初の全国大会出場を決めたエクシード学園、その部長をスピネル監督から祖父への……学園の母体であるエクシード社会長であるギベオンへの媚び売りとして押し付けられているアメジオであるが、それでも与えられた責務であると真摯に取り組み、チームを1つの形としてまとめ上げることに注力し続けていた。
だがそこに関して、スピネルがアメジオに協力することなどは一切ないのが現状であった。
部の功績は監督である自分のもの、部の失態は部長であるアメジオのものとして、チームワークを強化する方針に対しては完全な無視を貫いている。
スピネルからすれば、アメジオもバトル部も所詮はギベオン会長へ自分を売り込むための道具に過ぎなかった。
『合同合宿? 我がエクシード学園は文武両道。部活にかまけて勉強をおろそかにする要因などは言語道断。トレーニングに関しては最新技術をふんだんに導入した科学的なスケジュールを遵守していればいいでしょうに。大体、今どき合宿などというスポ根じみたものは時代遅れなのですよ。どうしても行きたいというならばアメジオ部長、あなたの責任で以て有志を募って勝手に行けばよろしい』
部長として筋を通し、合宿参加を打診したアメジオへのスピネルの返答がコレだった。
とかくスポーツや根性といった要素を毛嫌いしている。スピネルの科学信仰とは、体育会系否定のための方便に過ぎないのだ。
エク学バトル部内におけるスピネル派自体は一定数存在こそしているが、それらはあくまで監督の指示に従うべきという精神性の生徒がいくらかいるというだけで、監督を迎合する派閥からしても、スピネルの人間性そのものに信頼を寄せている者は皆無だ。
実力主義の部内の空気により幅を利かせているサンゴやオニキスにしてもスピネルのことは嫌っている。
無論、アメジオとしてもスピネルとは反りが合わない。要するに嫌いなのだ。
自分の責任で勝手にしたらいい、と言質を取れたのでアメジオは合同合宿に興味のあるメンバーを集めてやって来ていた。
目的は当然、チームとして強くなるためである。
「よぉ! 来たなお前ら!」
「ウルト!」
リコたち外部からの参加チームがあらかた揃ったタイミングで合同合宿を呼びかけたアサギ塾の塾生たちが出迎えとして出て来た。
8月となり、暑さが最盛を迎えた季節でも彼らは変わらず長ラン姿であり、顔面はもちろんのこと、胸元を開けた塾生たちの分厚い胸板からは例外なく汗が絶えず滲んでいた。つまりはめちゃくちゃ暑いのだ。
「それ暑くないの?」
「へへん! シントーメッキャクって奴だ」
ロイに尋ねられるウルトはフフン、と鼻を鳴らす。
心頭滅却すれば火もまた涼し、と言いたかったのだが全部言えるほどウルトは勉強に熱心ではなかった。
「合宿参加の方々には俺たちについて来ていただく。塾長からの挨拶もあるからな」
ゴウジの呼び掛けから、参加チームは皆誘導に従いアサギ塾校庭へ場所を移した。
「これより3週間の合同合宿に際して、参加してくれた他校チームの諸君並びにアサギ塾塾生たちへ塾長からの挨拶とありがたーいお言葉がある! 現在の世界情勢からバトル文化の立ち位置、そして諸君ら学生がどう生きるべきかを語ってくださる! 心して聞くよーに!!」
校庭にそれぞれ縦一列に部員が並び、並列しているのはセキガクやエク学、オレンジアカデミー……タマ大やトキワ台にチャバ農だけではない。
アサギ塾のトレーニングノウハウを吸収し、明日の全国制覇を狙う強豪校たちが多く集っていた。
「こんなクソ暑い日だってのに長ったらしくご講釈ってか」
呟く小言によりホタルからほんのり殺気を飛ばされるもナギはどこ吹く風である。
実際、直射日光が当たる中でダラダラと長話をされては熱中症にもなりかねない、とはホタル自身も考えてはいたが。
「長話になりそうですわね」
ミコトの後ろからクロコもゲンナリとしている。
「……来た」
キラリが呟く。
「では、塾長」
「ちうちう」
合宿開催の場を取り仕切るモヒカンにヒゲ面の教官、通称『モヒヒゲ』からマイクを受け取り、登壇する和服姿の男の側にはねずみポケモンライチュウが付き従っていた。
「アレが現役時代は各地方でベスト入りに加え、バトルフロンティア完全制覇経験者……」
「指導者としても地方対抗トーナメントでアローラ代表の連覇に関わり、その3連覇に関してはジョウト代表監督として追い詰め、ジョウト、ホウエン、カロスの3地方の現チャンピオンを教え子に持つ名伯楽……」
ミコトが、カオルが、それぞれに登壇する男の来歴を語る。
「自分がアサギ塾塾長、マサラタウンのナンテであります」
ライチュウの体色に合わせた橙色の眼鏡の奥にある瞳が、瞬く間に集まった生徒たちの品定めを済ませる。
その穏やかながらも自分たちの才覚を見抜かんとする鋭さを秘めた瞳に、居並ぶ皆は相当の長話を覚悟した。
アサギ塾の塾生たち以外は。
「以上ッ!!」
長話を覚悟したところから、たった一言自己紹介のみで挨拶を済ませて踵を返すナンテに一同盛大にズッコケてしまった。
アサギ塾の塾生たち以外は。
「なんだそりゃ〜!」
ズッコケ、起き上がりながらノリよくナギが突っ込みを入れる。
同時にこのクソ暑い中で長話を聞かされるよりはずっとマシだと安心もしていた。
「ありがとうございました塾長!!」
「いつ聞いてもズシリと重たいひと言じゃ。あのひと言に全てが集約されておる」
「えぇ……」
「とんだアホ学校だろう。ここは」
起き上がるリコは教官たちのリアクションに困惑し、ニヒルな笑みを崩さぬ1号生のモモに苦笑いを返すよりなかった。
「それではそれぞれ割り当てられた空き教室へ荷物を置き、水着に着替えてから10分後に浜辺へ集合! 解散ッ!!」
モヒヒゲの号令が飛び、3週間の合同合宿がスタートするのだった。
『ナンテ』
48歳。アサギ塾塾長。
現役トレーナーからポケモン評論家までマルチな実績を持つ。
最新技術を自らも取り入れており、現役時代から実力はむしろ上がり調子だ。
想定CVは田中秀幸さん。