彼の認めるバトル部に成長の糧を見出し、ロイは一旦冒険を止めセキガクに入ることを決めたのであった。
「アン。先行ってるね」
「うーい」
リコがそそくさと教室を後にする。
箒とチリ取りを持ったアンは日直として教室の掃除に邁進していた。
長期休暇明けにリコがバトル部に入部してから次の週を迎えた5月12日。週明けの月曜日はオフなのだが、部室にて週単位の予定の確認と意見交換が行われることになっている。このミーティングは特記事項がない限りは30分とかからず解散する定期的なものだ。
「お疲れさまで、す……えっ?」
「にゃおお〜……!」
2年生用のほのお校舎に入り、部室のドアを開けたリコはギョッとしながらその場に立ち尽くす。
足元から一緒に移動していたニャオハも全身の毛並みを逆立てては激しく威嚇をした。
「ぐー……がごー……」
部室内に散らかる雑貨の片隅に置かれている、あちこち破れたソファにていびきをかいて寝ている男は、リコの記憶にない人物だ。
肌は褐色で、白髪の若い男。顔立ちは……まぁなかなかに整っている。いわゆるイケメンの部類だろう。
「あれ、どったのリコ?」
「みぃじゅ?」
部室の入り口で突っ立ったままのリコに、日直の仕事を片付けて来たアンが合流する。足元には相棒のミジュマルもいた。
「あの人、誰?」
リコの指差す先を見れば、
「アッハハハ!」
腹を抱えて盛大に笑い出した。
「だ、誰なの? あの変な人?」
「あーごめんごめん! そーいえばリコは見るの初めてか」
「『変な人』、なのは間違いないね」
2人の間を通り抜けるようにドットが部室へと入る。
そんなドットの後ろには、今度はアンも見慣れぬ少年が続いていた。
「ドット、その子は?」
「入部希望者」
椅子に座り、スマホロトムを見ながらドットは雑に返す。
「こんにちは! 僕はロイ! 今日転校してきたんだ。よろしく!!」
リコは見慣れぬ顔が立て続けにやってきたので反応に困る。元より人見知りなところもあるのだ。なかなかに堪えた。
「あっ、チーッス!」
「あぁ。お疲れ」
助かったのは、ちょうどマフィン以下上級生らも部室にやって来てからであった。
「いやーどうもどうも! はじめまして、ってのもちらほらいるから名乗っておこう。俺はフリード! ここで監督やらせてもらってる。よろしくな」
ミーティング開始となり、ホタルにソファを蹴られて目を覚ました褐色白髪の男が開口一番、気さくに名乗る。
垂れ目の中の金の瞳は、見るものにさっぱりとした印象を与えるものだとリコは思った。それはそれとしてぐうたらな印象は部室を開けた時に見た爆睡模様が目に焼き付いているためそうそう拭えるものでもないが。
「僕はロイ! ナギ先輩からの紹介で来ました! よろしくお願いします!」
「ナギ先輩?」
「オンライン勢の先輩。普段あちこち回ってバイトしてるんで、試合の時くらいしか顔出さないんだって」
「アルバイト……」
改めてのロイの自己紹介に、部員一堂歓迎の拍手を送りながらまた知らない名前が出たという表情のリコにすかさずアンが話す。
セキエイ学園では寮から登下校をするのと他に、外部からオンラインにて授業を受けるので、生徒ごとの生活事情に則した学生生活を提供しているのだ。
「ところでフリード。わざわざ顔出しに来たってことは、練習試合の話の1つや2つ持って来てくれたんだよね?」
「ま、まぁな。今週末と来週末に1校ずつだ」
「えらく調子がいいな。去年は年間通して3校、3回分しか持ってこなかったくせに」
それまで明るく、というよりはお気楽に白い歯を見せていたのが、練習試合の件をマフィンに聞かれた途端閉口してしまうフリード。
リコは、この青年監督に対してのマフィンら上級生の態度がどうにも強圧的に見えた。
部の全体を取り仕切る副部長のホタルですら言いたい放題なのだ。そもそもマフィンに至っては呼び捨てである。
「……それで、どことどこ?」
キラリの無機質な声音は相変わらずも、どこか急かしたような視線をフリードに突き刺している。
僅かなやり取りでしかないがこの監督、部内で立場が相当に弱いのだろうとロイは思った。
「まぁ……今週はエクシード学園。来週はアサギ塾、って塩梅だ」
「「エクシード学園にアサギ塾!?」」
苦笑いのフリードが言い終えるのを待てずにマフィンとホタルが興奮で声を荒げる。
リコ、アン、ロイはそんな部長と副部長をキョトンとして見た。
「あの……そんなに凄いところなんですか?」
「……エクシード学園は、ガラル地方に本社を置く大企業がお金を出して、トレーナー教育に精を出してるお坊ちゃん学校って奴だね。常に最新設備を整えて、最先端の教育カリキュラムでガチガチに生徒を育成してるみたい」
「お金持ちのためのエリート学校、ってことか」
ロイが呟く中ドットがスマホロトムの映写機能を使って画像をホワイトボードへ映し出せば、エクシード学園の公式サイトを見せる。
バトル部の紹介ページには、毛先がはねた水色の長髪が特徴のスピネル監督の顔写真と、インタビューへの回答が文章として長々と記載されている。
整った顔立ちながら、どこか見るものを小馬鹿に見下しているような虹彩が、リコとロイの心内に若干の反感を芽生えさせた。要するに、『いけすかない野郎だ』というファーストインプレッションだった。
「アサギ塾は正真正銘の全国常連で、去年の優勝校だ。全体としてウチのスポーツ特進クラスとよくて同等か、それ以上のスパルタ指導で生徒をビシビシ鍛えてるらしい。まぁ、友人からの聞き齧りなんだが」
「去年で優勝何回目だっけ?」
「20年くらい前に開業して、去年で確か11回目だったかな。全国行きを逃したのは各年代が揃い切ってなかった最初の3年だけで、それ以降は全て地方予選を突破してる」
アサギ塾に関してはホタルが説明をすれば、マフィンが質問するのでそこにも答える。
「あれ?」
その間ドットがスマホロトムで検索をかけるも、ホワイトボードに映し出されるのは求人広告ばかりであり、公式サイトの類は見つからなかった。
「全国制覇を何度も経験してる強豪だってのに今時ホームページはないし、SNSもやってないみたいなんだ」
「そのスパルタでかなり人を選ぶらしい。なんでも旧時代の軍隊のようなシゴキをやってるんだと」
ドットにホタルがフォローを入れる。
頷いたドットは映写機能をオフにした。
「にしてもさぁ。よくこんな大物掴んで来れたねフリード。去年の3校はどこもカントー圏内の、ぶっちゃけあんまり強くないところばっかだったじゃん」
「昔のツテが引っかかってくれた、ってだけさ。今ならキャンセル入れられるが、どうする?」
バツが悪そうに頭をかくフリードに、マフィンの瞳は『愚問』と如実に返していた。
「願ってもない機会だよ! 我らセキガクバトル部が目指すは1つ、『全国制覇』あるのみ!! そのためなら強豪との試合はいくらでもドンと来いさ!!」
「うむ。よく言った! それでこそマフィン、我らがキャプテンだ。キラリ! そっちからも念押しでナギの奴に今週末と来週末、すっぽかさないよう連絡入れておいてくれ」
「……了解」
思いがけぬ相手との練習試合が決まり、テンションをぶち上げる上級生らに、リコとドットは圧倒させられる。
「うぇーい!!」
「なんだか楽しそう!」
アンとロイはとりあえずその場の勢いに乗っていた。快活な性格から、盛り上がることは大歓迎なタチであった。
ミーティングを終えたリコは寮室へ戻り、ジャージに着替えていた。ロードワークに出かけるためである。
アンやドットと違い、1ヶ月遅れで入部して来た分を少しでも取り返そうと始めた自己判断での体力作りだ。
「にゃあお!」
「うん。行こっか」
ボールから出て来たニャオハを足元に引き連れニドリーナ寮を出る。
歩きながらリコは、ゲットしたばかりのイシツブテのトレーニングも考えねばと思い至った。
誰が一緒ということもないオフの日のロードワークであるのを活かし、リコはトキワシティから南方向に進路を取り走った。この選択が僥倖であった。
「イシツブテ! ころがる攻撃!」
「らっしゃいごろごろぉ!!」
ガツン! 道端を転がるイシツブテの肉弾攻撃がことりポケモンオニスズメの逆立った頭部にヒットする。
ロードワーク中に絡んできた群れとバトルに発展したのだ。
「けゃーい!」
群れの1体がKOされ、たまらず飛び出す2体目、3体目もイシツブテの猛烈な勢いによるころがる攻撃により薙ぎ倒されてはたまらず尻尾を巻いて逃げてゆく。
1番道路を走るリコのニャオハに目をつけて襲って来たところを、イシツブテが返り討ちにした形だった。
「お疲れさまイシツブテ!」
「らっしゃい〜!」
主人に褒められご満悦なイシツブテ。
「にゃおう」
ニャオハはせっかくの出番を取られた、とご機嫌斜めな顔になるが、
「行こ、ニャオハ」
きちんと目を合わせて笑みを向けてくるリコが、決して自分を蔑ろにしているわけではないと感じることが出来たので水に流してやることにした。
「アレが……『伝説の生まれる町』……」
息を整え、額の汗を拭いながらリコは小高い丘から彼方に見える町並みを凝視した。
「にゃお?」
「らっしゃい」
その足元には一緒に走って来たニャオハと、ゴロゴロ転がっての並走を見せたイシツブテがいる。
マサラタウン……『真っ白、始まりの色』という町のキャッチコピーから、元々はマッシロタウンという名前であったのは、歴史総合の教科書の片隅にコラムとして書いてあったのを思い出す。
今から約80年ほど前に伝説的な活躍をしたポケモントレーナー、オーキド・マサラ氏からあやかって改名されたのだという。
そこからマッシロタウン改めマサラタウンは、マサラ氏の一族からポケモン研究界の権威である初代オーキド博士こと『オーキド・ユキナリ』とその名を引き継いだ2代目の『オーキド・シゲル』を輩出する。
オーキド一族以外にもマサラ出身の著名人は数多くいるが、その中でも代表として挙げるにダントツなのは、やはりポケモンバトル界にて現在もリーグチャンピオンとして君臨している『マサラタウンのサトシ』以外にあり得ない。
リコが呟いたのは、そんなマサラタウンに充てられた裏の異名であった。
「あそこの建物かな?広いお庭がある……」
あばれうしポケモンケンタロスの群れが所狭しと爆走している庭園が、有名なオーキド博士のポケモン研究所なんだろうとなんとなくリコは見た。実際のところ、視界に見える山岳地帯全てが研究所の敷地内だというのまでは知る由のないことだった。
「いつか行ってみよう。ポケモン研究所」
これからオフの間や練習終わりは自主トレや勉強に明け暮れてゆくことだろう……そんな中での小さな目標が出来た。
「帰ろっか!」
「にゃお!」
「らっしゃいーん!」
踵を返してリコは走り出す。
その足元をニャオハは走り、イシツブテは転がりついていった。
「んー? あのジャージ……」
リコたちの姿を水面越しに見るは、オレンジ色の髪に白い競泳水着の美女。肩にはパーカーをかけ、水面に釣り糸を垂らしている。
「セキガクの学生さんね。ニャオハとイシツブテはー……どっちも大体レベルは15.6くらい。と、なるとニャオハはもうじき進化する頃合い、か」
呟く中身としては、完全に職業病であった。ポケモンの戦闘力を推し量るのが抜けようのない癖になっている。
「おッ! 引いてる引いてるぅ!」
垂らした釣り糸の反応を目敏くキャッチした美女は立ち上がり、竿をガシリと掴む。
競泳水着に閉じ込められている三桁に届くスレスレの乳房と尻肉が釣り竿を引くのに合わせて揺れまくる。師匠譲りのダイナマイトボディであった。
「おりゃあーッ!!」
熟練の釣り竿捌きにより一気に獲物を引き上げる!
「とさき〜〜〜んと、とさきんととさきんととさきんと、とっさっきぃ〜〜〜んと」
「あらまぁ〜……」
釣り上げられ、川辺でビチビチとはねるの技を使うのはきんぎょポケモントサキント。
美女からすればごくありふれた1体であり、特にゲットするほどのものでもなかった。
「ごめんなさいね」
トサキントを抱え上げ、そっと川の中へとリリースする。
吹き抜ける風が、夕暮れの到来を告げた気がした。
「潮時、か」
釣り竿を片付け、オレンジ色が映える自転車に跨り家路に着く美女の名は、カスミ。
お月見山を超えた先にあるハナダシティのジムを預かるジムリーダーで、世界的な強豪トレーナーの1人だ。たまの休日に趣味の釣りをするのが、彼女流のリラクゼーションであった。
「頑張ってるわねスポーツガール! ナイスファイト!」
28年前から現在に至るまで、変わることなくポケモンマスターを目指し続けている『腐れ縁』に自転車をかっぱらわれた出会いの小道を走り、カスミは瞬く間にリコに追い付き、チリン、とベルを鳴らす。
「あ、はい! ありがとうございます!」
追い越し、追い越され際に両者は軽く言葉を交わした。それだけで互いに気持ちが軽くなる。
38歳となった現在でも、往年のファンたちは以前と変わらずの愛称で以てカスミを愛し、慕っていた。
『世界の美少女』……『おてんば人魚』……と。
『フリード』
25歳。セキエイ学園ポケモンバトル部監督。
ポケモン博士の資格を持っているほどの知識人なのだがぐうたらしているダメ監督。
専ら外部に出向いて練習試合を取り付ける役割を担っているんだ。