地方予選を戦ったライバルたちに加え、アメジオたちエクシード学園とともに厳しい合宿をスタートさせるのであった。
アサギ塾の起こりは今から28年近く前までに遡る。
元々この地にはジョウト地方のバトルフロンティアが建造される予定であったのだが、肝心のフロンティアブレーンが揃わないために計画そのものが頓挫。残った土地を本来フロンティアブレーンの1人として内定されていたナンテがバトルフロンティアのオーナーエニシダから買い取り、小さな私塾を建てることにした。
そこから塾長であるナンテ個人の繋がりからデビュー前の子供たちを預けられ、ポケモントレーナーとしての指導を行ったことが全ての始まりだった。
ジョウトチャンピオンのミー・スノードン……ホウエンチャンピオンのマサト……カロスチャンピオンのユリーカ……。
ポケモン歴2012年に3地方同時に戴冠が成された新チャンピオンは、いずれもこの時ナンテが指導した子供たちである。
これより前の2005年前後には既に中学卒業資格を有した状態で規模を広げて活動しており、ナンテの指導と彼らの活躍が合わさることで学生バトル界では無類の強さとネームバリューを手にして現在に至っている。
「コレがアサギ塾の練習かぁ〜! キツイとは思ってたけど想像以上だよコレ!」
「ん……!」
アンがリコの隣で既に全身から滝のように汗を垂れ流しながら体を動かしていく。
寝泊まり用に案内された空き教室で水着に着替え、浜辺に集まった生徒たちを待っていたのは早速アサギ塾流のトレーニングメニューであった。
全体のスケジュールがこうなっている。
6:00 起床
6:30 朝食
8:30〜10:00 練習(1回目)
10:30〜12:00 練習(2回目)
13:00〜14:30 練習(3回目)
15:00〜16:30 練習(4回目)
17:00〜18:30 練習(5回目)
19:00 夕食
21:00 消灯
『人間の集中力はどれだけ研ぎ澄ませようとも1時間半しか保たない。ならば集中力が持つギリギリの量を繰り返すことで質を保つべきである』というのがナンテ塾長の方針であった。
以上のスケジュールで活動しつつ、練習における基礎トレーニングメニューは以下の通りだ。
1号生
・腕立て伏せ1000回×10セット
(背中にイシツブテを2匹乗せながら。20kg×2)
・腹筋1000回×10セット
(お腹にイシツブテを2匹乗せながら)
・背筋1000回×10セット
(背中にイシツブテを2匹乗せながら)
・スクワット1000回×10セット
(両手にイシツブテを1匹ずつ持ちながら)
※イシツブテを落としたら最初の1回からやり直し
・アサギシティからタンバシティまでを遠泳5往復×10セット
2号生
・腕立て伏せ1000回×10セット
(背中にゴローンを乗せながら。105kg)
・腹筋1000回×10セット
(お腹にゴローンを乗せながら)
・背筋1000回×10セット
(背中にゴローンを乗せながら)
・スクワット1000回×10セット
(両手でゴローンを持ちながら)
※ゴローンを落としたら最初の1回からやり直し
・アサギシティからタンバシティまでを遠泳5往復×10セット
3号生
・腕立て伏せ1000回×10セット
(背中にゴローニャを乗せながら。300kg)
・腹筋1000回×10セット
(お腹にゴローニャを乗せながら)
・背筋1000回×10セット
(背中にゴローニャを乗せながら)
・スクワット1000回×10セット
(両手でゴローニャを持ちながら)
※ゴローニャを落としたら最初の1回からやり直し
・アサギシティからタンバシティまでを遠泳5往復×10セット
流石に合宿として一時的に外部からやって来たリコたちの分も筋トレに協力してくれるイシツブテたちはいないので、彼らを乗せたり持ち上げたりはアサギ塾の塾生たちしかやっていない。
それでもマフィンのような運動音痴は最初の腕立て伏せの時点で既に顔面蒼白のグロッキーであった。
女子用の指定水着のままうつ伏せで砂浜に突っ伏している。砂浜は暑くないのか? などと心配してやる余裕はホタルたちにもなかった。
そんなマフィンはともかくとして、他にもグロッキーな生徒はちらほらいた。それがアサギ塾のトレーニングの壮絶さを物語っていた。
他校からして意外だったのは、練習を見守るアサギ塾の教官たちが、上手くトレーニングを進められていなかったりサボっていたりする生徒を見つけてわざわざ咎めることがない点にあった。
これもナンテの方針としてあることだった。苛烈なメニューに際して律儀にこなして自分の限界を超えにかかるもよし、限界を前に危険を感じて調整するもよしと、必ずしもトレーニングの完遂を絶対視しているわけではないのだ。
モヒヒゲ始め、一見世紀末に湧いて出る野党のようにしか見えない強面の教官たちが目を光らせながら見守っているのは、ただ単に生徒たちが怪我をしてしまわないようにという警戒からなのだ。
「……!」
学校指定のスクール水着で快調に腕立て伏せをしていたリコは、途中で動きを止める。
「リコ?」
アンが動きを止めたリコを見上げる。
「ゴローン、お願い。あの人たちについてる子たちみたいに手を貸して」
リコはゴローンをボールから出し、筋トレへの協力を指示したのだ。
「マジィ!?」
「……!!」
「いらっしゃ〜い!」
アンやドットが驚く中、一瞬躊躇しながらゴローンはリコの背にゆっくり乗っては、
「い、ち……! に、ぃ……! さ、んッ……!」
リコはゴローンを背に乗せたまま1から腕立て伏せをし直す。
『この合宿で私はもっともっと強くなる。そのためには体を目一杯鍛え抜かなきゃ駄目なんだ!』
瞬く間に全身から流す汗を倍増させながら筋トレに励むリコの姿は、目の当たりにした者たちを否応なく発奮させた。
『あいつにだけは、負けてたまるもんか……!』
リコのように重いポケモンを持たないドットが考えたのは、与えられたメニューをこなす以外の部分を充実させることだった。そのためにはノルマを速くにこなす必要がある……。
「アーマーガア。俺の背に乗れ」
「「アメジオ様!?」」
そんなリコに触発され、アメジオが黒鉄の外殻に包まれたカラスポケモンアーマーガアを重り代わりとするのでジルもコニアも仰天する。
「本音を言うなら……ジルのサイドンが適任なんだろうが……それではジルのトレーニングに悪いからな……」
「くぁぁ……!」
アーマーガアでも75.0kgはある以上は重りとして機能する、とアメジオもまた体に負荷をかけて1から数え直した。
「おう、お前ら! アメ公も必死でやってんだ。サボってちゃいかんぜよ〜!」
「「「おうよ!」」」
エク学の部員たちもまた発奮。元より部長として信頼を置くアメジオの頑張りに、レギュラーではない単なるいち部員ながら着いて行こうとしてくれる気のいい奴らであるのだ。
「ほー……」
そんな浜辺でのやり取りをナンテは塾長室から見ていた。
ナンテは、バトル文化の行く末を憂う者であった。
シロナ、カルネを輩出した『華の68年組』にポケモン歴1972年の『チャンピオン世代』出身であるワタルやツワブギ・ダイゴ、ミクリにダンデ……。
各地に現れた傑出したチャンピオンたちを相手にマサラタウンのサトシを筆頭とした1987年生まれの『最強世代』が世代交代を果たして久しい現在、円熟味を重ねた68年組やチャンピオン世代、そして最強世代を相手に追いつけ追い越せが出来るほどの逸材が2000年代以降ほとんど育っていないことが気がかりであった。
唯一、パルデア地方のチャンピオンランクであるネモだけがチャンピオン世代や最強世代を相手に対等に戦えている状態なのだ。
「ミーやマサト、ユリーカはチャンピオンサトシらと程近い生まれな以上、同じ世代のようなもの。あの子たちでは新時代としては世代が近過ぎる」
窓の向こうの燃え滾るような青春模様は、ナンテの表情を綻ばせる。
「そんな中、あなたには新たな世代の旗手として期待してたのですが、まぁそこはいいでしょう。あなたにはあなたの人生設計というのもあるのですから」
そんな景色から、呼び出されて以降ずっと生きた心地のしていない表情で口元だけ力無く笑みを浮かべるフリードへとナンテは視線を向ける。
「アサギ塾を出てからの13年間、あなたは一体何を見て来たのです? チャンピオンになった子たちと同等か、それ以上の才覚を有していたあなたが何故そうも腑抜けたことになってるのか、自分はそこが気になるのですよ、フリード」
フリードは、恩師から目を背けてしまった。
鉢合わせすればこうなることは分かっていた。だから近寄りたくはなかったのだ、母校には。
合宿初日の練習を終え、リコたち他校組は体育館に集められた。
身体中悲鳴を上げる中、この上まだ何かあるのかと身構えた先の光景は、体育館全体を使ったビュッフェ会場であった。
「いくらでも食べな、食べ放題なんだ。足りないとは言わせないよ」
アサギ塾の料理主任である老女が言い放ちながら真新しいキャンディーの封を切って口の中で転がす。
極限の疲労に苛まれる肉体、鼻腔を刺激する料理の数々は、痛めつけられた体細胞から皆欲している物だった。
「アサギ塾のメンバーは寮で食べているみたいだな」
体育館は招待されたメンバーの食事用に開放されているとのことだった。
ホタルたち体力自慢の2年生としてもアサギ塾流の練習は初日は堪えていた。
それでも食べなければ体力は戻らない以上、動かすのも億劫な腕には酷使に耐えてもらわねばならなかった。
「生き返るぅ〜……」
食事の後は入浴の時間。男女それぞれに寮の大浴場をそのまま使わせてもらう形であった。
コニアやミサキがその豊満な乳房を湯船に浮かべ、疲れ切った肉体を癒していた。
「うっは! めっちゃ焼けてる」
セキガクメンバーは皆、炎天下の中をスクール水着姿で筋トレから遠泳をこなしていたため、たった1日でくっきりと日焼け痕がついていた。
キラリの背中を流しながらアンは首元や腕、脚周りのこんがり焼けた肢体を見る。
「にしても初日からずいぶんハッスルしたもんだねリコ」
「おかげで未だに両手の感覚があまりないです……」
シャワーを浴びながらからからと笑うミコに対し、隣で腋周りをゴシゴシと洗うリコは苦笑いを返した。
無理もない話であった。本来ならば2号生がやるはずのメニューを、ゴローンを持っているからと言って1年の身で独断でこなしてしまったのだから。
それでも夕食が最低限自分の身の回りのことが出来るだけの活力を与えてくれたことにリコは感謝している。
「……!」
そんなリコやアンのスク水痕がくっきりついた肢体をドットはとんでもなく悪い目つきで見ていた。
『いや目つき悪っ』
通りかかったミコトがドットの目つきに内心ツッコミを入れ、視線の先をなんとなく追えばミコトもまた目つきが悪くなってしまう。
ドットからすれば、リコとアンの乳房がまたぞろ成長を見せていたのが分かった。ドットのそれが一向に膨らむ気配を見せない中で、である。
ミコトもまた、他校とはいえ1年歳下より明確にサイズ差で負けているのがショックであった。
「お姉様〜ん、げふッ!!」
大浴場ですっぽんぽん同士、引っ付いてセクハラしてこようとするクロコを蹴飛ばすミコトの力は、普段より2割ほど強くなっていた。
「いやあ悪いねぇ。天下のエクシード学園バトル部部長さんにこんなことしてもらっちゃって」
「いえ。セキガクの皆さんには色々お世話になっているのでこれくらいは」
一方の男子風呂は平和な物であった。女装癖の染み付いているマフィンの水着の形に日焼けした小さな背中をアメジオが流していた。
アメジオは、個性豊かなセキガクメンバーの中でなんだかんだリーダーとしての立場を確立出来ているマフィンを素直に尊敬していた。
サンゴの暴走や寡黙なようで無関心なだけのオニキスを御することの出来ていない自分の力不足を悔やんでいた。
「……お互い部を抱える身だし色々あるけどさ。人生山あり谷あり。悪いことばかりでもないと思うよ」
背中を流す手先の感覚からなんとなくアメジオの抱えているものをマフィンは察した。
マフィンもマフィンで健気な1年生部長を買っていたのだ。
「俺は今年で卒業だけど、出来ることならホタルやリコちゃんたちと今後とも仲良くしてやってほしいな。それで、一緒に高め合っていけたらいいよね。この合宿みたいに」
「……はい。俺もそうなりたいです」
アメジオは、マフィンの言葉に深く首肯を見せた。
「よーしもういいぞ。今度は俺が背中を流してやろう」
「やったぁ!」
部長同士のやり取りを隣に置いて、ロイとジルはキャッキャと楽しげであった。
『バトルフロンティア』
ポケモンリーグとは別枠のバトルを極める者たちが目指す舞台としてオーナーエニシダが創設した。
7人のフロンティアブレーンとの真剣勝負に勝ち抜き、7つのシンボルを獲得することで完全制覇と認定され、新たなブレーンとしての資格を得ることが出来るのだ。