SEKIGAKU DIARY   作:nami73

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 合同合宿にて課されたアサギ塾の練習メニューは凄まじくハードでスパルタ満点なものだった。
 徹底的に身も心も疲弊させられるリコたちだったが、学校の垣根を越えた友情が活力になっていると知るのであった。


うずまき島を目指せ!

 アサギ塾での合同合宿は翌日以降からが本番であった。

 初日は参加校が集まり、塾長挨拶があった関係上10時30分から練習開始だったが、2日目からは8時30分より練習が始まるのだ。都合1時間半の練習が計5回、30分の休憩と1時間の昼食を挟んで1日7時間半行われることになっている。

 何より恐ろしいのはアサギ塾内での曜日設定……旧世紀のジョークとして扱われている『月月火水木金金』が大真面目に採用されていたことであった。つまりこの合宿における3週間、休日などという概念は存在しないのだ。

 これもナンテ塾長の方針として、ポケモントレーナーは個人事業主、365日24時間常にポケモンと向き合い己を鍛えるべきであり体や心を休めるタイミングというのは日々の暮らしの中自分で見つけなければならないというポリシーから来ていた。

 こんな無茶苦茶なスケジュールがまかり通っているのも、アサギ塾があくまで私塾の立場を貫いているからに他ならない。

 

「はぁ……はぁ……ねぇウルト。アサギ塾って凄いんだね。こんなハードな特訓毎日やってるんだろ?」

 

「はぁ……はぁ……毎日はやってねーぞ。学校ある日は午前中は授業やってるから練習は午後だけだ。お前らにとっての土日やこういう長期休暇の時はこんな感じだけどさ」

 

 午前1回目のメニューを片付け、ロイとウルトは砂浜に寝転がっている。ロイは学園指定の海パン姿で、ウルトは純白のふんどし一丁だ。

 アサギ塾では男子はふんどし一丁、女子はサラシとふんどしが春夏秋冬問わず指定の下着として採用されている。

 浜辺の一角に疲れ切った学生たちの横たわる姿が広がるのは、アサギ塾が出来てからお馴染みの光景となっていた。

 

「ほーらみんな! まだまだもう一丁!!」

 

 グロッキーとなっているのを塾生も他校生も問わずサラシにロングスカート姿のマネージャー軍団が発破をかけていく。選手のみならずアサギ塾はマネージャーも屈強で、夏の日差しに負けてはいない。

 

「休憩まで残り10分……やろう、ウルト!」

 

「たりめぇだ……!」

 

 マネージャーに尻を蹴られる前に体を起こし、ロイもウルトもボールを手に取る。身体が疲れている時にこそポケモンバトルを通して瞬発的な思考力を養うのだ。

 

 

 

「ぐぅー……」

 

「今日も布団敷いたら即だねぇー……」

 

 リコは、用意されていた布団を敷き横になれば、あっという間に睡魔に感覚を支配され夢の世界へ意識を旅立たせていた。

 日中の練習を終え、夕食から入浴までを済ませてからあてがわれた空き教室へ戻る頃にはだいたい完全消灯30分前後となる。余暇を見つける隙間などはない。皆過酷なトレーニングの前に寝る以外にやることなどない。そうでもなければ合宿の意味もないのだが。

 

「あれ?」

 

 ふとアンはドットの姿がないことに気付く。女子寮の大浴場までは確かに一緒にいたのだが……。

 

「ま、いっか。おやすみー……」

 

 そこから思考を巡らせるだけの体力はアンには残っていなかった。

 布団を被り、ぐぅと寝入ってしまう。アンも眠気としてはリコと大差なかった。

 

 

 

「……」

 

 入浴を済ませ、あとは寝るだけというタイミングでドットはセキガクの一団からこっそり抜け出し、浜辺に佇んでいた。

 

「ぐるぅ!」

 

 ボールを放ってぐるみんを出せば、ドットは寝巻きのハーフパンツにあるポケットからゴツゴツとした石を取り出した。

 つきのいし……リコが入部してきて初めての週末練習にて、お月見山でズバットの群れに襲われていたところを助けたお礼としてイシツブテからもらった物だ。

 今ではそのイシツブテはリコのポケモンとしてゴローンに進化し、頼れる仲間となっている。

 

「ぐるぅ?」

 

 ドットはつきのいしをぐるみんの側に置き、片膝をついて視線を合わせる。

 月光に照らされ、石の表面がキラッと光った。

 

「ぐるみん。このつきのいしに触ればお前は進化してニドクインになれる。そうすれば間違いなく今よりパワーアップするだろう。でもボクにとってお前はニドラン♀の頃からずっと一緒だった相棒だ。ボク1人の一存だけでお前のことを決めたくないんだ」

 

「ぐる」

 

 語りかけるドットをぐるみんは見上げ、小首を傾げる。

 ポケモンに進化の可否を委ねる。この方針もまた、憧れのチャンピオンサトシのイズムの受け売りであった。

 それ以上にドットは幼少期からの相棒に対し、これまで一緒にやってきてくれた敬意と感謝を示しつつ、自分なりの言葉を尽くした。

 

「ぐる……」

 

 ぐるみんは主人の目を見る。揺れ動く紫の瞳には、ぐるみんをバトルに投入してイマイチピリッとした結果を出せていない現状への焦りが垣間見えた。

 ドットとしては、ぐるみんがたとえ進化する選択肢を取らないとしてもそれならばと受け入れ、相応の鍛え方を考えるだろう。

 ただ、進化することで得た力が主人のためになるならば……?

 

「るぅみ」

 

 ぐるみんの腹は決まった。強くなりたいと願うドットのポケモンとして、当然の選択肢を取るまでであった。

 

 

 

 それからも強烈な合同合宿は続いた。何せ休日の概念など存在しないアサギ塾だ。来る日も来る日も変わることのないメニューをこなし続けるより他にない。

 リコたち外部参加の生徒たちはもちろんのこと、アサギ塾の塾生たちも陽が沈む頃には心身ともにボロボロのヘトヘトとなって食事を腹の中へ詰め込み、風呂場で体を清めてから寝所へ帰り着いては布団を広げて寝る。

 日が昇って朝が来れば布団を畳んで顔を洗い、歯磨きしてから朝食を腹の中へ放り込み、食堂より配布される山盛りの特製弁当と水筒を片手に水着に着替えて浜辺へ向かう。ひたすらにこの繰り返しだった。

 

「集合!!」

 

 そんな変わらない日々の中で変化があったのは、合宿開始から2週間が過ぎた頃だった。

 午前中の練習を終え、昼食休憩の後に午後の練習というタイミングでモヒヒゲが全生徒に号令をかけたのだ。

 

「なんだろ?」

 

「さぁ?」

 

 アンと顔を見合わせるリコも首を傾げながら号令に従うよりない。

 少なくとも変わり映えのないトレーニングで身体をいじめ続けるのみの日々になんらかの一石が投じられるのは確かなことだろう。

 

「塾長からのお達しにより、午後からの鍛錬は普段とはちと趣向を変えたものとする! 筋トレを省略し、諸君にはこれよりすぐに沖島へと向かわれたし!」

 

 どよどよと声が上がる。アサギシティとタンバシティを繋ぐ41番水道の中央部に存在する沖島、銀岩島、赤岩島、黄岩島、青岩島、デカポッポ島の6島からなる地域の総称は『うずまき島』とされている。

 この6つの島と周辺地域は伝説のポケモンルギアのお膝元とされ、現地でも強く信仰がなされていた。

 

「押忍! 教官殿! タイオ1号生、質問があるであります!!」

 

「許可する。言うてみい」

 

「押忍! 確かうずまき島の周辺海域には常に強烈な渦潮が発生しており、侵入不可能であるはずですが?」

 

 タイオの質問は皆が共有するところであった。

 アサギシティとタンバシティを往復する遠泳トレーニングにおいてもうずまき島がある南方への海域への接近は渦潮の存在から固く禁じられ、アサギシティからはまず西方へ、タンバシティからは北方への泳行が徹底されていた。

 いかに教官たちが目を光らせていようとも自然の脅威の前に人の命などは脆く、軽い。危険に際し近寄らないよう判断をつけるのもポケモントレーナーの責務であるというのもナンテ流の教育だ。

 

「それはだな。塾長が仰られるに……」

 

「今日はちょうど長潮だから渦潮の勢いが弱まってて、泳いででも島まで行けるってこと?」

 

 モヒヒゲが答える前に全て話してしまったのはオレンジアカデミーのマネージャーであるボタンだ。

 

「う、うむ。その通りである。鍛錬の内容は現地の教官より説明があるだろう。ただし気を付けろよ? いかに潮の流れが穏やかだからといっても相手は自然現象、不測の事態は起こりうる。無茶はせずに各自の判断で自身とポケモンの安全を確保しつつ行動するように! 以上!!」

 

 目指すはうずまき島の沖島……何が待っているかは皆目検討もつかない。それでも目的地として示された以上、出発しないことには始まらない。

 

「よーしサイドン! ここのところの猛特訓で水を克服し、泳げるようになったお前の努力を見せてやる時がやって来たぞ!! ってあらら!?」

 

 勢いよく先陣を切って飛び出したはいいが、ジルの乗ったサイドンはコニアのしがみ付くゴルダックにあっさり追い抜かれてしまう。

 

「いくらサイドンが泳げるようになったといっても本場のみずタイプ相手に水泳勝負は無茶でしょ」

 

「く、くそう!」

 

「……お先に」

 

「あっ!?」

 

 コニアのゴルダックの隣をスイーッと追い抜くのはキラリが乗るサメハダーだった。

 

「じゃあみんな。沖島でね」

 

「げこッ」

 

 マフィンは華奢な身体をゲッコウガにお姫様抱っこさせ、水上をスタタと走らせる。

 両足に纏わせた粘液により、身体が沈み込む前に前進を可能としていた。

 ゲッコウガは水上走りで瞬く間に浜辺より遠ざかっていく。

 

「おっ、マネージャーちゃんも行くのかい?」

 

「まぁ、みんなのサポートをしたいんで一応」

 

「「しゃう〜あッ!!」」

 

 シャワーズ同士を泳がせるのはナギとボタンだ。

 

「じゃあリコ。あたしたちも行くね」

 

「うん」

 

 アンはフタチマル、ドットはウェルカモにしがみつく形で穏やかな海へ飛び出して行く。

 

「アーマーガア!」

 

 アメジオはアーマーガアを繰り出し、空路から沖島へ向かった。

 

「待ってよアメジオ! 僕も行く!」

 

 アメジオを背に乗せ、飛び立つアーマーガアを見てはロイもボールを手に取る。

 

「頼むぞ、タイカイデン!!」

 

「くぁぁ!!」

 

 アメジオの後を追うように空路を選んだロイが繰り出すのはぐんかんどりポケモンタイカイデン。

 カイデンの進化系であり、この合宿中に進化を果たしていた。

 ロイもまた、空路を選び、タイカイデンの両足に捕まり飛んでいった。

 

「さて、ボクたちは安全第一で泳いでいこうか」

 

「は、はい」

 

 みずタイプやひこうタイプといったポケモンの力を借りることの出来ない者たちに残された選択肢は、自らの手足を使ってまっすぐ泳ぐ以外にない。

 ホタルやミコに続き、リコも海に入り沖島目指して泳ぎ始める。そこに泳ぐよりない他の生徒たちも続いていった。

 

 

 

 ガラル地方シュートシティ北部にある高さ300メートルの建造物は合併吸収されるまでは『ローズタワー』と呼称され、エクシード社の傘下となる前は地方随一の大企業『マクロコスモス』の本社ビルとして運用されていた。

 パルデアに本社を構えていた頃よりそのまま移転された地下研究部の存在はエクシード社の会長であるギベオンとその私兵集団エクスプローラーズに関わる者たちのみがその存在を把握しており、そこでは日夜表社会には公表していない秘匿物質の研究が進められていた。

 『ラクリウム』……この星の外より飛来したとされる未知の物質にはポケモンの本能を刺激し、力を増強させる作用があるとの研究成果と、その一定数の保有もまた彼らが独占していた。

 

「例の試作品を持たせた人員の配置は完了した。いつでも作戦行動に移れるとのことだ」

 

「そうですか。それはいい。早速行動開始していただきましょうか」

 

 地下研究部全体に漂う過剰な滅菌処置がなされているツンとしたアルコール臭がスピネルの精神を落ち着かせた。アゲートが持ってきた研究スタッフからの報告を聞く表情も穏やかなものである。

 スピネルもアゲートも元々この地下にある研究部出身であり、エクスプローラーズの新規スタッフを囲い込む学園担当としてバトル部監督の任を仰せつかったスピネルに対して、アゲートが秘密裏に研究部の進捗を伝達していた。

 

「シンオウ地方にはボールに専用のシールを貼り付けることで開閉の際に発生するエフェクトに彩りを加えるボールデコなる技術がある……我がエクシード社の科学力ならば、その技術を応用することでボールの裏側部分にごく少量のラクリウムを埋め込むことも容易……!」

 

 1人笑みを浮かべるスピネルに対してアゲートがリアクションすることはない。

 

「遠いジョウトの地まで合宿に行けば『事故』もつきもの……創業者一族のお坊ちゃんには痛い目を見てもらい、あわよくば『不慮の事故』ということで……ウフフフフ」

 

 アメジオがこの監督を嫌っているように、スピネルもまたアメジオの清廉潔白とした爽やかさが嫌いだった。

 正々堂々を旨とした正統派のナイスガイとして声望を集めるプリンスが不愉快でならないのだ。

 薄ら笑いを浮かべたままのスピネルの瞳には、ドス黒い感情が渦巻いていた。

 そこにアゲートが言及することはない。特段興味もないからだ。

 

 

 




 『アゲート』
 27歳。エクスプローラーズ所属。
 寡黙で他人に興味を示さない褐色の女性。スピネルの研究に協力している。
 互いに協力し合う間柄ではあるものの、スピネルの思想面に寄り添う姿勢は見られないが…?
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