そんなアメジオを狙う悪辣なスナイパーは、正義のマイティGにより人知れず対処されるのであった。
洞窟から出てきたリコの右手に包帯を巻くアンは、何故そんなことになったのかと理由を聞く野暮はしなかった。
先に出てきたアメジオがオサム教官にぎんいろのはねを提示し、その後にリコが戻ってきたのでおおよその事情を察したのだ。
「ありがとう、アン」
「いいってことよ!」
アンに感謝するリコの気持ちは二重のものだ。
1つは手当てをしてくれたこと、もう1つはアメジオに敗れた悔しさのために岩壁を何度も殴り付け、手の甲側の皮が破れて出血するまでになってしまっていた。そんな経緯を聞かずにおいてくれたことだ。
「次こそは……でしょ?」
「うん……!」
ルームメイト同士、主語がなくとも通じ合う。
アンにリコはしっかりと頷いて見せた。次こそは、必ずアメジオに勝つのだ。全国の舞台で。
アンが問い詰めないのならば、とセキガクの仲間たちもリコが手を怪我して帰ってきたのを聞きはしなかった。
それもまた、彼らなりの『粋』なのだ。
「よし! 現刻限を以てうずまき島争奪サバイバルは終了! 各自気を付けて帰るように!」
「「「「「押忍!!」」」」」
オサムが号令を飛ばす時刻は15時半。ここから泳いで帰れば、いよいよ1軍メンバーとの練習試合が待っているのだ。
「これよりアサギ塾1軍vs混成チームによる練習試合を行う!! 混成チームはセンターラインへ!!」
うずまき島から泳いで帰り着けば、既にアサギ塾のマネージャーたちが試合のためのフィールド整備を完了させていた。
「さぁ、思いっきりやっといで!」
選手枠よりも肝っ玉が目立つマネージャーの快活な声が響く。
進行を務めるモヒヒゲの号令に合わせてバトルコートの西側サイドから4人が飛び出していった。
「いよいよだね!」
「うん!」
リコたちはフィールドの周囲を囲うように集まり観戦の構えだ。学園指定の競泳水着から上はポロシャツ、下はジャージに着替えている。
「そいつは本当なのか?」
「あぁ。ついさっき聞いてきた」
「なにかあったの?」
試合が始まる直前まで辺りをフラフラと彷徨いてたナギからの報告に怪訝な顔を見せるホタル。
2人のやり取りにロイが食い付いた。
「いやな? アサギ塾の1軍なんだが、ついさっきまでタマ大相手に遠征して帰ってきたばかりなんだとよ」
「タマ大って……」
ナギから話を聞けばロイはたまたま近くにいたカオルを見る。
目が合ってしまえば口を開くところがカオルのお人好しであった。
「わたしたちじゃあなくて先輩方……正真正銘タマムシ大学バトル部の方よ。定期的にここの人たちと試合やってるみたい」
「大学のチームと試合を!?」
素っ頓狂な声をロイが上げる。セキガクに入り、同じ中学生同士であっても、学年の違いがゲットしてあるポケモンの戦力やトレーナーレベルにおいて無視できない差として横たわっていることを知ったが故の反応だ。
大学生相手に中学生のチームが試合など考えられないという驚きは真っ当なものである。
「大学生相手にガンガンやり合ってるもまた強さの秘訣。流石は全国最強アサギ塾の面目躍如ってところね」
「ぴぃかちゅ」
アサギ塾の強さの秘訣が分かった気がする、とミコトは腕を組みながらフィールドをジッと見つめる。肩に乗る相棒ピカチュウもやり合ってみたかったと悔しがる。
腰回りに引っ付いているクロコに関しては、どこかのタイミングで引き剥がせばいいだろうとしてミコトは捨て置いてやることにした。スキンシップが過剰を通り越してセクハラになりかねないクロコだが、馬鹿な後輩ほど可愛いというところだ。
「続けて1軍チーム! センターサークルへ!!」
「モヒヒゲ教官、ちょっと」
「なんじゃ急に! ってじゅじゅじゅ、塾長!?」
遠征帰りで試合前にユニフォームに着替えるべく時間をもらっていた1軍メンバーに呼び掛けるモヒヒゲに、背後から声をかけたのは塾長ナンテだった。
「試合の前にちと余興を挟ませていただこうかなと思ったんだが、よろしい?」
「は、はい! 塾長の申すままに!! 混成チームは一旦ベンチに戻り待機ーッ!!」
いきなり現れたナンテに飛び上がりながらモヒヒゲは混成チームを下がらせる。
「なんだ……?」
ベンチに引き下がるアメジオは怪訝な顔になるよりない。
「合同合宿に参加してくださった生徒の方々並びにアサギ塾の塾生諸君! 夏休みも後半となり、今日は一風変わった鍛錬を楽しんでもらえたでしょうか? 年に1度のこの楽しい合同合宿をより盛り上げたく、メインイベントの前の余興を用意させていただきました! ぜひ堪能して下さい、この戦いを!!」
「あぁ!? アレって!?」
「監督……!?」
指を差し、声を上げるのはアンだ。隣のリコも目を見開く。
ナンテの口上が済んだところに姿を見せたのがフリードであることにセキガクバトル部は驚きを隠せなかった。
あのぐうたらがなんのつもりか、という色も強いが。
「で、では予定を変えましてエキシビジョンマッチ! アサギ塾塾長ナンテvsセキエイ学園監督フリードの試合を行います〜ッ!!」
そこからさらに、あのアサギ塾の塾長と試合をするというので驚きがプラスされた。
時は遡る。
合同合宿初日、ナンテはセキガクの監督としてやって来たフリードを塾長室へ呼び付けた。
13年前、アサギ塾を卒業してからパルデアの高校へと推薦で進学し、そのままエスカレーター式に勉学に励み続けた教え子がポケモン博士の資格を得たことについては大いに喜んだ。それはいい。
ポケモン博士の資格を取得し、ガラルの大企業に就職したという話を聞いて以降、ナンテからはフリードの消息が杳として知れなくなった。
塾に在籍していた頃から期待をかけていたナンテとしては、卒業後の経緯を知りたいと思うのは教え子への情であった。
「……それは、言えない。言いたくないッスね」
その辺りの塾長の配慮が分からないフリードではない。だからこそエクシード社で見てきた物を軽々しく喋るわけにはいかなかった。
フリードは知っている。この塾長、口調こそ穏やかに徹しているものの、それは強固な理性のもとに押さえつけているに過ぎない。
本質的には激しい性情の持ち主であり、なによりポケモンが大好きなのだ。ポケモンを使った怪しげな実験現場の話など出来るはずがなかった。
ポケモンをこよなく愛するナンテの人となりからして、自分の見てきた光景を知れば、表情には出さないにしても怒り狂うことなど分かりきっていた。
その証拠としてフリードが塾生であった頃に他所の地方へ遠征した際、現地にあったポケモンハンターの基地へとナンテが単身乗り込んで行って粉砕したことも日常茶飯事だった。そんなような話は在学中、1度や2度ではない。
エクシード社の地下で今も行われているであろうラクリウムの研究に携わる全ての人が、科学のための犠牲であるとポケモンに対して割り切っている訳ではないだろう。
実験の話を聞き、頭に血が昇った塾長がその辺りの分別をつけられるかといえばそれは否だと思えた。つけられない、というよりはつけることすらしないだろう。
「俺に落ちぶれてた時期があったのは事実です。だけどそれは俺自身の問題だし、今も続いてるわけじゃあない。先生と同じで、若い奴らが一生懸命やってるのを支えることの気持ち良さってのを肌で味わってんです」
この返しを聞いた時点で、ナンテはフリードがよからぬ目に遭ったないしは目の当たりにしたことは把握出来た。あっさり白状されるよりはこうやって切り返してくれる方が、人付き合いする分には他人として好みであった。
「なるほど。で? それで私に納得しろと?」
ナンテの言葉に圧が増す。フリードが卒業後に何を見てきたかはこの際聞くまい、と話を納めてやるにしてもこれから先、アサギ塾を旅立っていく教え子がフリードと同じ轍を踏む可能性だってある。その辺りを言外に突いていた。
「ここで『その先』をなおも求めるならば、俺はこうするより他にありませんぜ」
フリードがモンスターボールをナンテに向ける。まさしく真剣勝負……どうしても知りたいなら力尽くしかないと意思表示をしたのだ。
「ちう」
それまでナンテの椅子を占領し、モチモチなお腹を仰向けに晒していたライチュウのテディはここに来て明確な反応を示す。『何やら面白い話になってきた』とばかりに不敵な笑みを浮かべる。
「そうですか……いいでしょう」
フリードは生唾を呑み込む。ナンテの双眸にギラギラとした火が灯ったのが見えたからだ。
「合宿3週目にレクリエーションを兼ねたうずまき島での鍛錬にてウチの1軍と戦うメンバーを募ります。その練習試合の前に一戦致しましょうか!」
「押忍……!」
ナンテが宣戦布告を受け取るのでフリードは戦慄した。齢50をそろそろ迎えようかという塾長の肉体も覇気も、自分がいた頃と比べていささかの衰えも見られないことを察したのだ。
この合宿中、リコたちがフリードをろくに見なかったのはナンテとやり合うに際して別の場所で鈍った体を鍛え直していたからである。
もっともリコたちからすれば練習メニューがあまりにもキツ過ぎて、普段いてもいなくても変わらないぐうたら監督の存在などは早々に意識の外へと押し出されていたに過ぎないのだが。
「ええか貴様ら! 塾長のポケモンバトルなどそうそうお目にかかれるものではない! なにしろあのお方は今でこそ3人の現役チャンピオンを教え子に持つ名伯楽として知られておるが、かつては御自らも各地のリーグ戦でベスト入りを重ね、バトルフロンティア完全制覇を果たした武人じゃからのう!!」
「押忍! 教官殿、質問があるであります!!」
「なんじゃシンイチロウ」
「その塾長とこれから試合をされるセキガクのフリード監督とは、どういった人物でありますか?」
「うむ。フリード……奴こそは当塾史上初の全国大会V3を達成した精鋭! 我らがアサギ塾における『栄光の5期生』!! その中心であった!!」
「栄光の5期生……あの人が……」
モモがじっとフリードを見る。
「ダブルはリップ、キハダによる黄金ペアで固め、シングルはフリードが収まり確実な勝利をモノにしていった……アレこそまさしくアサギ塾の歴史における最強の布陣として未来永劫語り継がれるものであろう!! 各々、塾長と偉大なOBのバトルを目ン玉目一杯広げて余す所なく脳みそに焼き付けておけい! 必ずや貴様らにとってプラスとなるであろうからな」
モヒヒゲのダミ声はこの場の全員に丸聞こえである。
想像以上のフリードの経歴にリコとアンは目を丸くしながら互いを見合う。とてもフリードがそんな大人物だとは思えなかったからだ。
トレーナーサークルに散る2人、ナンテの背を見るベンチにはアサギ塾1軍メンバーが座っており、異様な闘気を放っていた。
「ほぉ。塾長が試合をなされるとは」
「珍しいこともあるものだ。いつもは我々への稽古として稀にお相手して下さる程度だというに」
ともに金髪で、1人はモヒカン頭にマスクを着けるはマンジマル。角張ったリーゼントヘアーに薔薇を咥えるのはセンクウと言う。
「5期生のフリード先輩……いったいどのようなバトルをなされるのか」
「この勝負、見逃せぬな」
濃ゆい眉にダンディな口髭を蓄えるのはラセツに短髪に一際鋭い眼光を携えたエイケイは頷く。
『ナンテの親父め。何を考えているのやら』
そんな彼ら4人を『至天王』としてまとめ上げる中学ポケモンバトル界の『帝王』であるアサギ塾1軍主将ジャキは黙して語らず、ただ腕を組んだままであった。
「それでは審判はこの潜行帽が務めさせていただきまする! エキシビジョンマッチ、時間無制限! 試合方式は3C1D! 切り札システムの使用はどれが1つを1度のみ!!」
スイムキャップにゴーグルをかけた髭面の口上に、フリードもナンテも了承の意を込めて首肯を見せる。
「らいらい?」
「えぇ。お願いしますよテディ」
ナンテの足元にずっとついて回るテディがトレーナーサークルから出てポテポテと歩き、フィールドにインする。
「ちうちう!」
ファイティングポーズを取り、コッペパンみたいな手でシャドーボクシング。
何も知らない人からすれば可愛げのある絵面だが、バトルに精通している者やナンテを知る者からすればその細かなストロークから放たれる洗練された殺気に冷や汗モノでしかない。
正真正銘ナンテのエースポケモンとして、確かな覇気を放っていた。
『頼むぜ……!』
一度啖呵を切ってしまった以上、恩師を自分の事情に巻き込むわけにはいかない、そう念じながらフリードは強くボールを握り込み、
「ゆけッ!!」
勢いよく放り投げる。
投げられたボールが開き、中から飛び出すのは……
「がんめぇ〜!!」
屈強なボディのカメックスだった。
『アサギ塾栄光の5期生』
ポケモン歴2010年から2012年にかけて全国大会V3を達成したアサギ塾1軍メンバーで主将にキハダを置きリップ、フリード、オリオとマネージャー兼任のミモザを加えた5名を指す。
彼らの活躍によりアサギ塾は全国規模のネームバリューを不動のものとした。