着実に追い込んでいたかに見えたがライチュウの飛ぶコッペパンチの前に粉砕させられてしまうのであった。
「ばくれつパンチを振り抜いて拳のエネルギーを氣として発射する……こんな技、俺がいた頃には……!」
「えぇ。あなたがいた頃はまだ理論的には可能、という段階で実用化には至っていませんでした」
テディの放ったばくれつパンチはかくとうタイプの技、テラスタルによりあくタイプとなっていたリザードンにとっては効果抜群であった。
『台風の目』から放り出されるように吹っ飛び、背中からフィールドに落着するリザードンはぐったりしたまま起き上がることは出来なかった。
ほどなくしてテラスタルジュエルも霧散する……。
「り、リザードン、戦闘不能! ライチュウの勝ち!! よって勝者、ナンテ塾長〜!!」
「ちう〜」
潜行帽のダミ声のジャッジが響けば、テディは行きと変わらずポテポテと歩いて主人の足元へ帰り着いた。
「おう、よしよし」
ナンテはテディの頭を目一杯撫でてやってからセンターサークルへ向かう。
「よく頑張ってくれたな。リザードン」
リザードンを労い、ボールに戻すフリードも合流し、ナンテから差し出された右手に応えればフィールドを拍手が包んだ。
「先生……」
「若い子たちの一生懸命なところを支えたいと言うのなら、我々指導者もまた歩みを止めてはなりません」
「えっ」
俯きがちであった視線を上げれば、そこには普段と変わらぬ柔和な笑みを携えた恩師の顔があった。
「あなたがここで得たこと……そしてここを出てから得たことの中で教え子たちにとって善き影響となるであろうものを厳選して伝え、そして自らもまた現在、未来に向けて刷新を重ねてゆく。それこそが教え伝える側の責務です」
ナンテの瞳には、フリードが隠していることを問い詰める気配などもう微塵もない。同じ教育者としての道行きを後押しする暖かな情だけがあった。
フリードは、自分が恥ずかしくなった。若い子たちの一生懸命なところを、という思わず口から飛び出てしまっていた台詞に対して真摯に受け取る恩師に対して、これまでぐうたらであったのがなんと情けないことだろうか。
「私はこれからもずっと励みます。1つのチームを、生徒さんたちを預かる立場なら、あなたもお励みなさい。フリード監督」
「……押忍」
握手を解き、教え子の肩を軽く掴んでから立ち去るナンテの背中にフリードは深々と頭を下げる。同時にこれまでの己の自暴自棄を恥じた。
そしてセキガクバトル部の監督として心を入れ替え、善き力と在り方を伝えていかねばならぬと誓うのであった。
「塾長殿」
「おぉランドウ教官。お疲れ様です」
手招きを受けたナンテがランドウに近寄り、なにやら話があるというので耳を貸す。
「昼間の鍛錬の際、洞窟内に忍び込んでおったポケモンスナイパーを締め上げ、連れ帰った。そやつはどうやらエクシード学園の部長を狙っておったようでな」
「ほうほう」
由々しき事態であった。いかに他校の生徒といえど、合同合宿中の責任は招待側のアサギ塾に帰属する。もしものことがあったらばナンテの進退に関わる問題だ。
この時点でスナイパーは、もっと言うならスナイパーを雇った黒幕は、アサギ塾そのものに対して喧嘩を売ったことになるのだ。
「今若手の教官たちが話を聞いておるのだが、やはりというかなんというか」
「口を割らない、と」
ランドウは首肯を返す。
ポケモンスナイパーとは得てして依頼主からの報酬を目当てに動く。単独犯であるはずはないと見るのが常識だ。こうして捕まったとてそう易々と依頼人に繋がる情報を吐きはしないだろうとナンテは考える。
「他に何かおかしな点はありましたか?」
「そやつが連れていたキングドラだが、異様な気配を漂わせておったな。なんというか、ピンク色のモヤを纏ったような」
「なるほど……ジャキくん」
ひと通りの報告を受けてからナンテはジャキを呼び付ける。
「私はここで席を外します。試合の方は頼みましたよ」
「押忍」
後事を主将に託してナンテはランドウを伴い校舎へと向かった。下手人から搾れるだけの情報を搾り尽くすのを急務としたからだ。
「らいらい〜」
ナンテの側を指をポキポキ鳴らす仕草をしながらテディが付いて歩く。ただライチュウには指がないためコッペパンみたいな手をポムポムと弄んでいるようにしか見えなかった。
「ふぃ〜……」
「監督、お疲れ様!」
試合を終え、引っ込むフリードにロイが駆け寄りタオルを差し出す。
「あぁ、ありがとうな」
タオルを受け取りながらフリードはセキガクの皆が集まっている場所に合流する。
本当ならば今すぐに心を入れ替えてこれからやっていくことを伝えるべきだと思う。だが、当の皆がこの後のメインイベントに意識を向けている中では意味をなさないと思い、一旦は一緒に観戦に努めることにした。
「それでは改めて、これよりアサギ塾1軍vs混成チームによる練習試合を行う!! 双方、礼ッ!!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
エキシビジョンを挟んで行われる練習試合、その対戦カードは以下の通りだ。
ダブルバトル
マンジマル&センクウvsメロコ&ウルト
シングルバトル2
ラセツvsアメジオ
シングルバトル1
エイケイvsマフィン
「なによ。帝王様は出ないんだ。混成チーム相手だからって舐めてるわけ?」
「そうじゃねェ。ウチの決まりで、監督不在の場合はチームのキャプテンが代行を務めるようになってんだ。1軍はナンテのとっつあんが引っ込んじまったんでジャキ先輩が代行するしかないのよ」
ゴウジの説明にミコトは素直に納得を示す。それでも噂の『帝王』のお手並みを拝見したかったという気持ちは残った。
ゴウジとしてもその辺りの気持ちは理解出来た。同じ塾生としても1軍のバトルを観れるのは貴重な機会であるからだ。
アサギ塾の慣例として、1軍が試合にエントリーされるのは地方予選のベスト4を確定させてからしかない。それ以前の試合は2軍チームに経験を積ませる目的で割り振られている。故に皆数少ないチャンスをフイにしないよう日々の鍛錬から試合まで死ぬ気で戦うのだ。
『塾長がおられるならば試合に当たり仰るであろうことは1つ……勝つにせよ負けるにせよその先の成長とは真剣勝負の中で死力を尽くして戦い抜いたものにしか訪れぬ。故に相手が誰であろうと、どんなポケモンが繰り出されようとも死兵となりて臨むべし。俺としても言うことは変わらぬ』
ジャキの送り出す言葉を至天王は皆胸に刻み込んでいる。トレーナーサークルに並ぶモヒカン頭とリーゼントヘアーは全身より並々ならぬ闘気を放ち続けていた。
「これよりダブルバトル! アサギ塾3号生マンジマル選手&センクウ選手vsオレンジアカデミー1年メロコ選手&アサギ塾1号生ウルト選手の試合を行う!! 試合方式及び切り札システムは公式戦に準じたものとする!!」
「あいつらホントにオレらより1つ上で済んでるのか?」
こりゃたまげたとナギが声を上げる。
トレーナーサークルから対峙する両タッグは、アサギ塾側が身長180cmオーバーであまりにも潔すぎる純白無地のユニフォームをはち切れんばかりの筋肉量で虐めているのに対し、混成チームのタッグは身長からしてメロコもウルトも160cm未満の如何ともし難いフィジカル差が発生していた。
「ポケモンバトルはトレーナーの体格でするものでもあるまい」
「そりゃあそうだけどよ」
ホタルの言も正論であるとナギは認める。
「……実際トレーナー・マッスルが豊富だと普段のトレーニングにも幅が出てくる」
「結局のところポケモンたちの技のキレを確かめるなら自分で受けてみるのが手っ取り早いもんね」
「ぶいぶい!」
1軍メンバーの鍛え抜かれたボディからキラリは呟き、ミコの論理には相棒ポケモンを連れているが故の実感が伴っていた。
「メロコ! やっちゃいなさい!」
「任せろ!」
飛ばされた檄にメロコが拳を突き上げ応える。ミサキを相手に疲弊していたところのミコトに挑んだメロコがぎんいろのはねを勝ち取ったのが縁だった。
獲物を掠め取られる形に終わったのは自分が未熟だったからに過ぎないとミコトは根に持つことはしなかった。サッパリとした人となりなのだ。
その辺りの性質がメロコと共鳴していた。
「やってやるぜ先輩さんがたよォ! 今日からオレ様が1軍だ!!」
「身の程知らずの小僧めが」
「まぁ、威勢がいいのは悪いことではない」
1軍が塾生相手に敗れればその場で蹴落とされ、破った者が昇格となるアサギ塾特有の成り上がりルールは当然ここでも適用されている。
マンジマルとセンクウからして、ウルトの威勢のよさは嫌いではなかった。それはそれとして戦うならば叩き潰し、勝利あるのみであるが。
「双方、ポケモンを!!」
「手筈通り頼むぞ! いけコータス!!」
「分かってる! いけヤミラミ!!」
「くお〜ッ!」
「きしししし!」
メロコはコータス、ウルトはヤミラミをそれぞれ繰り出す。
メロコのコータスがフィールドに降り立てば、甲羅からパワーボールが打ち上がり、夕暮れ時に強烈な日差しが追加される。特性『にほんばれ』だ。
「ゆけズルズキン!!」
「ゆくぞ、ロズレイド!」
「ずッきッ!!」
マンジマルが繰り出すのはズルズキン、センクウの繰り出すロズレイドは両腕のブーケにある薔薇が真っ黒に染まっていた。
『マンジマルのズルズキンは主人の体術をことごとく会得しており、センクウのロズレイドが構える黒薔薇の花言葉は『彼に永遠の死を』……アサギ塾1軍ダブルスの真髄を見せてやるがよい』
ジャキは腕を組み、黙したまま語ることはない。チームメイトの至天王に対して絶対的な信頼を寄せているが故に軽々しい言葉などは不要だと確信しているからだ。
「へへッ! いい感じの日陰が出来てら! ヤミラミ!!」
「きぃしッ!!」
コータスの影へ飛び込むヤミラミはそのまま姿を溶かしてゆく。ゴーストタイプ特有の影を通り抜ける力を用いたのだ。
「コータス、えんまく!!」
「くぉんふぅ〜ッ!!」
コータスの強烈な鼻息がフィールド中を包み込む煙幕となる。
「ひでりで影を増やし、ヤミラミを影から飛び回らせ、コータスはえんまくで影への視界を封じる……よく考えておる」
黒薔薇を咥えたままのセンクウは素直に相手タッグの戦術を褒めた。ただ単に褒めただけだ。
『よし、真後ろを取った!』
煙幕の中でもウルトはヤミラミがズルズキンの背中の影に入ったのを見ていた。あらかじめ戦術として話を通してあったのが大きい。
「シャドークロー!!」
「きしゃあ〜ッ!!」
陰から飛び出し、ヤミラミが襲いかかる。
「こわいかお」
「なにッ!?」
ズルズキンが正確にヤミラミの襲撃ポイントである真後ろを振り向き、ギヌロ、と鋭い視線を飛ばすのでウルトは面食らう。
「みみみ!?」
ヤミラミはズルズキンからの強烈なプレッシャーを前にたまらず体を逸らし、着地を余儀なくされてしまう。
その僅かな着地音と硬直こそがマンジマルの狙い目であった。
「伊達や酔狂でこんな頭してるんじゃねえんだ!! 俺たちは!!」
ズルズキンはすかさず背後へ振り返り、両手を自慢のモヒカンへ構える。
「あくのはどう!!」
「きィん!!」
そのままモヒカンからブーメラン状に凝縮されたあくタイプエネルギーが発射され、ヤミラミは危うくステップで回避する。
「みッ!?」
「なッ!?」
ズルズキンからの反撃を避けてひと安心、とはならない。避けた先には既にロズレイドが控えていたからだ。
「マジカルシャイン!!」
「れいあ!!」
両手の黒薔薇から漆黒の光を放つ。色こそ異彩なれども確かにフェアリー技であり、ヤミラミには効果抜群であった。
「やみゃあッ!!」
「ヤミラミッ!!」
「ちくしょう! こいつら視界封じても意味ねェのかよ!!」
自分たちの撹乱戦法が徒労であったこと、そこにウルトとメロコがそれぞれ気付いた時には遅かった。
「ッ……!」
ズルズキンがコータスの間近まで辿り着いていたからだ。
「く、コータス、かえんほうしゃ!!」
「とびひざげりッ!!」
「ずぅりゃいッ!!」
コータスの口からブレスが放たれるより先にズルズキンの膝が顎を蹴り上げる。
ボボン! と口内で行き場を失った火炎が暴発し、コータスは甲羅を地につけひっくり返ってしまう。
同時に煙幕が晴れ、フィールドにあるのはダウンしたヤミラミとコータスの姿であった。
「ヤミラミ、戦闘不能! ロズレイドの勝ち!! コータス、戦闘不能! ズルズキンの勝ち!! よって勝者、アサギ塾3号生マンジマル選手&センクウ選手!!」
『センクウ』
17歳。アサギ塾3号生。
1軍メンバーにして『至天王』の一角を務めている。
黒薔薇をこよなく愛し、その花言葉に違わぬ強さで相手を確実に仕留める絶対のテクニシャンだ。