ダブルバトルに出陣したウルトとメロコだったが、アサギ塾1軍の前にはあっさり弾き返されてしまうのであった。
「バ……バカな……簡単すぎる……あっけなさすぎる……」
学生バトル界において、学年の違いはあらゆる面で大きな差を生む。1年生と2年生では扱うポケモンのレベル差が単純計算にして約10〜15。3年生ともなればレベル20ほどの差もさほど珍しい話でもない。
もちろんこのレベル差が絶対のものでもないというのは知っているジルだが、このダブルバトルの結果は衝撃的であった。
ウルトもメロコもぎんいろのはね争奪サバイバルを勝ち抜いて来ていた。いやしくも全国から集まった才気溢れる生徒たちの中から選抜されたメンバーなのだから。
「くっそぉーッ!!」
「悪い。なんも爪痕残せなかった」
「ナイスファイトだった。2人とも。いい感じだったぞ」
ダブルスを組んで思いついた戦法がまるで通じず、あしらわれるように敗れたウルトとメロコをアメジオが励ます。
戦術そのものは悪くなかった。単にレベルの差が顕著に出た形だ。
「あとは任せてくれ。2人の分も戦い抜き、必ず勝って見せる」
「余計なものを背負って勝てる連中じゃあないよ」
トレーナーサークルへ向かわんとするアメジオの背中へマフィンは一言呟いた。
「マフィン部長」
「あっ、ごめんごめん」
好青年であると気に入ってはいるものの、やはり他校の生徒には自分で気付かせるのが筋だとは思いはしたのだが、そこからお節介が出てしまった。
「忠告、痛み入ります」
アメジオはマフィンに一礼してからネクストサークルよりトレーナーサークルに入る。
こちらに向けた爽やかな口元に、マフィンはもったいないなと思う。彼のような清廉潔白さと実直さを尊ぶタイプとは得てしてエクシード学園のギスギスとした空気の中に居続けてはいずれ潰れてしまうだろう、そんな予感めいたものすら容易く浮かんだ。
その辺りはやはりアメジオ自身が決めた道である以上、口を挟む権利はないのもマフィンは百も承知ではあったが。
「これよりシングルバトル2! アサギ塾3号生ラセツ選手vsエクシード学園1年アメジオ選手の試合へと移る!!」
潜航帽からの試合進行に応じるトレーナーサークルの2人がそれぞれボールを構える。
「ゆけ! ソウブレイズ!!」
「ぶふぅッ!」
「ドリュウズ!!」
「りゅおお!!」
アメジオはソウブレイズ、ラセツはドリュウズが先発だ。どちらもボールより繰り出されてすぐに空中で姿勢を調整し、主人のニュートラルポジションへと身軽な着地を披露する。
「ドリュウズ、じごくづき!!」
試合が始まり、先手を取ったのはドリュウズ。
両腕の鋭利な爪にあくタイプエネルギーを纏わせてから迫り、容赦無く突き立てに来る。
「つじぎり!!」
「ぶれあッ!!」
ソウブレイズは真正面から同じくあくタイプエネルギーを纏わせ、激しい鍔迫り合いに応じる。
「よく受けた。だがわしのドリュウズのじごくづきはまだ終わっておらぬ」
「なに……!?」
「ずおりゃあああ!!」
両者ともに両腕をぶつけ合わせたままの形から、ドリュウズが頭にある突起を突き出す。
「ぬうッ!!」
頭の突起にもあくエネルギーが纏わせてあるのでアメジオは肝を冷やした。
両腕のみならず、頭も含めてじごくづきの範疇なのだ。なんならドリュウズの全身これ即ち武器であるとしてもなんら不思議はない。
「ゴーストダイブ!!」
ドリュウズの頭突きでの1発が決まる直前にソウブレイズは影の中へ溶かす。
攻防ともに重宝される影の中への退避は、ギリギリのタイミングで頭突きを空振りさせた。
「ふぅ。危なかったぁ」
危ういところからソウブレイズが逃げ延びたところでロイはホッと胸を撫で下ろす。
「あのドリュウズのパワーは見るからに明らかだ。まともに入れば如何にアメジオのソウブレイズとてタダでは済まない」
「影の中へ逃れたはいいが、あそこから素直に奇襲させてくれるタマではなさそうだな」
のっけから息の詰まる展開にナギはヒュウ、と口笛を吹く。
「ソウブレイズはほのお、ゴーストの2タイプ。ドリュウズはじめん、はがね……互いに攻撃力自慢かつ、弱点を突き合える相性。ファーストアタックがそのままフィニッシュにもなりかねない、いかにもスリリングな盤面でござるな」
「そうだね」
シュウメイの分析は的を得ているものとしてボタンも首肯する。
先に一撃を叩き込んだ方が場を支配する……外野の予測としてはこの一言で大体まとまっていた。
「先のダブルスはそちらが影と視界不良の双方から攻めていたが、此度はこちらから視界を揺さぶってみるとしよう! ドリュウズ、すなあらし!!」
「りゅおおおう!!」
雄叫びと共にドリュウズは体内より力を放出する。
「くッ……! ソウブレイズ、周囲を警戒しろ!」
ドリュウズがじめんエネルギーを発散させることでフィールド内をすなあらし状態へと変えていく。
「ぶふぃ……!」
視界が明瞭でなくなり、より奇襲の重要性が増したことでアメジオの額から汗が滴り落ちる。
すなあらしはじめんタイプであるドリュウズの領域だ。
『気配を探るんだ……』
フィールドの優位性を取られながらも砂塵に紛れた気配を手繰り寄せる。
『むむッ!?』
僅かに見えた物陰を、紫の瞳が捉えた!
「やれ! ソウブレイズ! 俺から向かってセンターサークル右斜め前だ!!」
「れいあらぁぁぁッ!!」
刹那、影から飛び出したソウブレイズが両腕の刃を振り下ろす。そこに手応えは、なかった。
「……あのドリュウズの特性はおそらく『すなかき』。すなあらし中に素早さが倍増することで得たスピードにより残像を作り出したと思われる」
「じゃあ、今のソウブレイズは……?」
「ゴーストダイブ姿を晒して危険な状態」
キラリの分析にアンはコレはまずい! と口をあんぐりさせるもすぐに閉じる。砂塵が口の中に入ってきてはたまらないからだ。
「とったぞ!! ドリルライナー!!」
「どりゅりゅりゅりゅうッ!!」
今度はドリュウズがソウブレイズを襲う。しかも前後左右に残像を伴った突撃であった。
『上に跳んでも追撃が待っているのは明らか……影に隠れても同じことの繰り返しでジリ貧になるのはこちらか……!』
アメジオは歯噛みする。すなあらしによりチリチリとした砂粒のが絶えずボディを打ち続けることでソウブレイズの体力は僅かながら確かに削れ始めている。
仮にすなあらしが止むのを待つにしてもすぐまた展開されれば同じことなのだ。
『万事休すか……!』
「頑張れ!! アメジオ!!」
「ッ…!!」
普段物静かなリコが上げた大声に周りが皆目を丸くする。そしてすぐに宜なるかなと理解を示した。
「なんのこれしき」
ひどくシンプルで抽象的なエールが、アメジオにまだ出来ることを想起させた。少なくとも、このままやられるなどは論外であると思えた。
「ソウブレイズ!! むねんのつるぎだ!! 回転斬り!!」
「ぶれれれれれぁぁぁッッッ!!」
「な、なにィッ!?」
ラセツとしてはソウブレイズは上空へ跳ぶか、影の中へまた潜むかのどちらかだと踏んでいた。そのためにドリュウズは砂嵐の中に身を潜めている。
それがなんだ? 両腕を振るい、自身の体をまるでベーゴマのように激しく回転させたではないか。
「だが……!」
ダンディな髭を携えたラセツの口角が不敵に吊り上がる。
「回転ならば負けていないぞ!!」
ドリュウズというポケモンは頭の突起と両腕の爪を掛け合わせることで自身を巨大なドリルに見立てることで分厚い鉄板を貫くほどのパワーを発揮する。
ソウブレイズの回転に対し、こちらもまた脇腹部分を抉るように回転をぶつけることで互いの技エネルギーが衝突の影響を受けて爆発。強烈なモヤが内側から放たれすなあらしを消し飛ばした。
「一体どうなったの……?」
「……」
強烈ななモヤが視界を乱すのでアンが目を凝らす隣からリコはアメジオに叫んでからハッとなり、口元を真一文字に閉じていた。
アメジオの窮地に気付けば声が出ていた。そしてすぐ、アメジオが誰かに負けるというのが気に入らないのだと自身の心を理解した。少なくとも、自分がリベンジを達成するまでは。
「その感情はポケモントレーナーとして正しいものだ。恥ずかしがることはないんだぜ」
「監督……」
そんな胸の内を肯定してくれたフリードの瞳に情熱の炎が灯っていたのがリコには分かった。
そこには、知り合ってからのぐうたらな監督の姿はもうなかった。
「見えてきた」
モヤが晴れ、ドットが呟く。そこに広がる光景は……
「ぶ、ぐぅ……」
「りゅ〜……」
ソウブレイズとドリュウズ、砂嵐もモヤも激突の前に吹き飛ばし、どちらもフィールドに倒れ伏した姿であった。
ドリルライナーの直撃を脇腹に叩き込まれたソウブレイズが意地だけでむねんのつるぎの直撃をお返しし、双方ともに完全にダウンとなった。
「ドリュウズ、ソウブレイズ、共に戦闘不能! よってこの試合、勝者なしの引き分け〜!!」
「「「「「オオオオオ!! ヒューッ!!」」」」」
壮絶な決着に歓声が上がる。
「ぬう……! よく働いたドリュウズ」
ドリュウズをボールへ戻すラセツからすれば、順調に手繰り寄せていたはずの勝ちがこぼれ落ちたようなものだった。形の上では引き分けだが負けたも同然に思えた。
「ご苦労だったソウブレイズ」
そんな己の不明すらどうでもよくなるほどにアメジオの所作は見てて気持ちが良かった。
ソウブレイズを回収してからラセツを見ては、軽くお辞儀をしてベンチへと戻ってゆく。
「この決着は是非全国でつけようぞ。エクシード学園の里
「はい!」
爽やかな立ち振る舞いには、こちらも爽やかに返すよりない。ラセツは口角を自然に吊り上げながら再戦を持ちかけ、振り向くアメジオの首肯で以てシングル2は幕を閉じた。
「アメジオ様〜!!」
健闘を見せたので感激し、飛び跳ねながら手を振るコニアに、アメジオも若干気恥ずかしげに手を挙げ応える。
「すみません。勝ち切れませんでした」
「OKOK」
戻ってきたアメジオに軽い調子で返すマフィンはピラピラと手を振って見せる。
練習試合という性質上、たとえ片方がダブル、シングル2と連敗したとしてもシングル1まで確定で試合は行われる。
マフィンはトレーナーサークルに入り、至天王の中でも一際鋭い目力に晒された。
「アサギ塾1軍の主将の周りを囲う我ら4人を『至天王』とし、俺はその至天王の将たる任を拝命している」
「だから負けられない、って感じ?」
「いかにも」
「これよりシングルバトル1、アサギ塾3号生エイケイ選手vsセキ学3年マフィン選手の試合を行う〜!!」
「リコちゃ〜ん! 見ててね見ててね〜!!」
最終戦の張り詰めた空気の中で急にマフィンがリコへ向き、両手を振るのでたまらず皆脱力してしまう。
「ホントリコのこと大好きだよねあの人」
「あ、あはは……」
アンが言うのにリコは苦笑いするよりない。
『大した奴よ。俺の闘気に対していささかの怯えも見せぬとは』
エイケイは独自の空気で以てテンションを崩さないマフィンに対して認めながらも警戒度を高める。
「ゲッコウガ!」
「げこッ!」
マフィンの先発はゲッコウガ。
対するエイケイは……
「ゆけッ!!」
「おにゅうらい」
体色は顔、左耳、両手に紫がかかった白色で、紫色をした鉤爪が際立つ長身痩躯のスラリとした姿で長く伸びる左耳は風に靡いていた。
「なんだあれ?」
「ニューラ? マニューラ? それとも色違いみたいな?」
見慣れぬポケモンにアンはすぐさまスマホロトムのポケモン図鑑アプリを開く。
『オオニューラ、クライミングポケモン。ニューラヒスイの姿の進化系。他種を圧倒する身体能力と猛毒を持ち、寒冷なる高地においては敵なし。群れなさず単独を良しとする性質』
「ヒスイの姿?」
「リージョンフォームだよ。社会の授業でやったでしょ」
「アレー? そうだっけ?」
受けた授業の中身などすっかり忘れているアンにリコはジト目を向ける。
ドットとロイはここからリコに話を振られると困るのでそっぽを向いていた。2人ともアン同様、普段から授業の内容などこれっぽっちも覚えていないからだ。
「……ポケモン歴2000年から全国各地でリージョンフォームの保護活動が進み、今ではある程度個体数を持ち直した種も多い」
「ヒスイニューラの系列もその一部ということか」
キラリはホタルに首肯し、フィールドへ意識を向け直す。
普段なかなか実物をお目にかかることのないリージョンフォームのポケモンを前にマフィンがどう立ち回るのか、試合を見守る皆の行き着くところといえば、結局はそこにしかなかった。
『ラセツ』
17歳。アサギ塾3号生。
1軍メンバーにして『至天王』の一角を務めている。
刺突技に絶対の自信を持ち、己が鍛錬を欠かさぬどこまでもダンディーなストイックマン。