シングル1に登場するマフィンと戦うのは至天王の将、エイケイであった。
「オオニューラ、きりさく!」
「おおにゃい!」
シャキン! と爪を構えてオオニューラが駆ける。
「かげうち!」
瞬く間にゲッコウガを爪の射程に入れ、思い切り両手を外向きに横薙ぎするも手応えはなかった。
ゲッコウガが透過し、オオニューラ自慢の爪から逃れたのだ。
「げこぁ!」
きりさくをまんまと透かしてからゲッコウガの蹴りがオオニューラのお腹に突き刺さる。
「ちィッ!!」
肉体的なダメージは問題ないとして、先手をカウンターに返された精神的なダメージにエイケイは舌打ちをした。
ゲッコウガのスピードは元より、マフィンのレスポンスに舌を巻いた。
「みずしゅりけん!」
すかさずゲッコウガが両手でみずエネルギーを成形するところにオオニューラの双眸がキラッと光る。
「させぬ! はやてがえし!」
「おにゃあッ!!」
蹴りを受けて後退りさせられながらも持ち堪えたオオニューラがすかさず距離を詰め直し、素早い掌底を放てば今度はゲッコウガを吹き飛ばした。
「げッこ……!」
たまらず両手のみずしゅりけんが霧散する。はやてがえしによりエネルギー成形が失敗したのだ。
先制技のさらに先を突かれたことでゲッコウガは怯んでしまった。
「ゲッコウガ!」
「オオニューラ!」
互いに主人が叫ぶ。ゲッコウガとオオニューラは跳躍。フィールドを所狭しと駆け回りながらの激しい打ち合いとなった。
「どちらも高速アタッカーなだけあって速いな」
打ち合いに突入したところでホタルが呟く。
隣のキラリは試合の記録と、オオニューラというポケモンのリサーチを並行して行っていた。
「……オオニューラというポケモンは爪の間の器官から猛毒を扱う。得意技のフェイタルクローはどくのみならずまひ、ねむり状態にも相手を陥れる可能性がある」
「だのにあのオオニューラ、得意なフェイタルクローではなくきりさくから攻め手を組み立て始めた、そこが腑に落ちねェってか」
言葉を繋いだナギにキラリは沈黙し、肯定の意を込めて小さく小首を動かした。
「俺のオオニューラはどくタイプとしての強みを最大限に引き出すため、日々の鍛錬や食生活から徹底的に毒素成分の活性化に努めている。さらに隠れ特性の『どくしゅ』により毒のパワーを必殺の域にまで高めている!」
キラリの疑問に答えるようにエイケイが捲し立てる。
オオニューラは鉤爪を振るう乱舞にて呼応し、みずエネルギーのクナイを両手に構えるゲッコウガと真正面から打ち合っていた。
『流石に強い……!』
相手は全国最強アサギ塾の1軍、苦戦は免れないことなどは分かり切っていたマフィンだ。心の内で呟くのはただの確認でしかない。
混成チームに選ばれ、オーダー決めで年功序列を理由にシングル1へ半ば強引に収まったのは元より『帝王』を仮想敵に見据えてのことだった。
エイケイを期待外れとすることはないが、ジャキを想定していたよりは幾分か気は楽というものだ。
「ここぉ……!!」
「おおにゅあ……!!」
ゲッコウガとオオニューラの疾駆がセンターサークル内で止まる。
オオニューラの鉤爪をゲッコウガは両手のクナイを連結、変形させたみずエネルギーの刀で受け止め、鍔迫り合いとなった。
「タマ大のヒカミを破った張本人を相手にダラダラと切り結び続けるつもりはない!」
「こちらこそ、至天王の将に出し惜しみはナシさ!」
マフィンはメガヘアピンを開き、エイケイはテラスタルオーブを取り出す。
「輝け勝利の栄光よ! 驚け世界よ、これが俺たちの、進化を超えた進む先!!」
「影の慶……それ即ちは勝利のみ! 必倒の輝きを見よ!!」
マフィンがキーストーンを起動させ、エイケイはオーブをオオニューラの頭上めがけ放り投げる。
互いに譲らず鍔迫り合いの態勢のまま、ゲッコウガは繭に包まれメガシンカ。
オオニューラは頭に髑髏と骨のどくテラスタルジュエルを被った。
「げッ……!!」
ゲッコウガが呻く。鍔迫り合いで押し付けていたみずのエネルギー刀がみるみるうちに毒々しい紫色に染まり出したではないか。
「メガシンカがポケモンのステータスの限界を一時的に超えるものならば、テラスタルがもたらすはポケモンの持つタイプエネルギーのさらなる増強!」
オオニューラの鉤爪が妖しく輝いていた。テラスタルにより増したどくエネルギーを纏っているのだ。
「とったぞ!!」
「おおにゃあッ!!」
みずのエネルギー刀がどくエネルギーにより侵蝕を受けて霧散し、すかさずオオニューラの鉤爪が襲う。
丸腰のゲッコウガはたまらずしゃがみ込み、突き立てられる鉤爪の魔の手を逃れた。
「よく避けた! だが!」
「にゃあお!」
「げこッ!?」
鉤爪による突きをかわしたゲッコウガにオオニューラはすぐさま蹴りをお見舞いする。
しゃがんですぐのところにお腹へ足の爪をぶち込まれたゲッコウガは、前へ振り抜かれた右足とともに吹っ飛ばされる。
「ゲッコウガ!」
着地こそすんでのところで空中で姿勢を立て直して済ませるものの、ゲッコウガは左膝と両手を地面につけてしまった。
「覚悟ッ!!」
「にゃあおあああ!!」
そこへ走り込むオオニューラ、攻めの空気を完全に握っていたのはエイケイだった。
「マフィン部長ッ!」
誰もが『やられる!』と思いながらゲッコウガへ迫るオオニューラ、おそらくは最後となる交錯へ目をやれば、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」
マフィンは九字を切り、不屈の闘志を携えた瞳で呪文を唱えていた。
「!!」
オオニューラの右の鉤爪が突き出され、獲物を捉える直前だった。
「おおにゃ!?」
長方形に成形された『水の畳』がゲッコウガとの間を遮り、オオニューラの右腕を突き抜けさせた。
「にゃにゃにゃ!?」
オオニューラが困ったことになったのはここからである。突き抜けた水の畳から右腕を引き抜くことができないのだ。
「お姉様、アレってたたみがえしですわよね?」
「だと思うけど……」
ミコトは引っ付くクロコと疑問を共有していた。たたみがえしとは本来、ふぶきやじしんのような広範囲攻撃を防ぐための技であると把握している。どちらかといえばダブルス向きの防御技だ。
「流石はセキガクのマフィン部長ね」
口を開いたミサキは、2人からの視線に応えることにした。
「エイケイさんがどくエネルギーの運用に意識を向けていたように、マフィン部長もまたゲッコウガを通してたたみがえしの技を研究し続けて万能の防御技へと改良していった……といったところかしらねぇ」
「もしも地方予選でアンタがやり合うことになってたとしたら?」
ミコトの問いにミサキは答えない。沈黙こそが『やり合えば負けていたと思う』と語っていた。
「メガゲッコウガとなることで体内で分泌される粘液をふんだんに入れた水の畳を立て、オオニューラの片腕を潰した……ねぇ兄貴」
「んー?」
「なんであんなに強いマフィン部長がいて、セキガクは今年になるまで勝ち上がって来れなかったの?」
「そりゃあおめェ、学生バトルってのは団体戦だからだろうよ」
オンライン勢であるナギは平日はアルバイトのために不在で、基本的に週末の練習や試合でしかチームに顔を出さない。故にバトル部としての活動の大半である平日の部分はポケラインのグループだったり合流時にほとんど事後報告同然に伝え聞く程度にしか知らない。
その中で漏れ聞こえていたマフィンの部内での扱いとは女装がよく似合うイジられ役といったもので、なおかつ上の世代には真剣に全国を目指す意欲も希薄であった。
「いくらマフィン1人気を吐いてみたところでチーム全体を動かすには限界がある。だからあいつはひたすら待ったのさ。自分の主張を通せる上級生から最上級生の立場になるのをさ。そして同時に集めたんだ。自分と同じ熱量で全国を目指してくれる仲間を」
「それが、兄貴たち……」
「あいつはあいつで堪え難きを堪え、忍び難きを忍んできたのさ」
タマ大は常勝をスローガンにした強豪である。そんなモチベーションの塊が集まる環境で育ち、部内の意識の低さというものとは無縁なカオルにとって、マフィンの歩んできたであろう道が壮絶であるのは想像に難くなかった。
「『忍びの秘奥義』……メガシンカバージョン!!」
「げこがおらぁ〜!!」
水の畳ごとオオニューラを空中へ蹴り上げ、ゲッコウガはすぐにその後を追い跳躍。
「にゃおにゃッ!」
オオニューラが右腕を振るい、ようやく抜け落ちた水の畳が霧散する時には既にゲッコウガは無数の影とともに小太刀を構えていた。
次々とオオニューラを通り抜けざまに切り付けてゆく。その中に実体はあくまで1つ。
「ぬううッ……!」
メガシンカによりさらに増したパワーとスピードで四方八方から連続して切り付けられてはオオニューラも体勢を立て直すどころではない。
「受けてみろアサギ塾!!」
ゲッコウガがオオニューラの背後より上を取る。
一瞬のスローモーションでオオニューラが気配に振り向いたところに、
「コレが、セキガク魂だッ!!」
「げこあらぁッ!!」
ゲッコウガは両手に持つ小太刀を勢いよくオオニューラの背中めがけ振り下ろした。
「げにゃあッ!!」
とどめの一撃を加えられ、オオニューラはフィールドへと落下する。
迫るフィールドに対してオオニューラはしなやかなボディを活かして受け身を取り、着地を成功させてみせた。
ゲッコウガは空中に巨大な水手裏剣を生成して逆さの姿勢で逆さ立ちをし、互いにニュートラルポジションで視線を交わす。
そこが限界点であった。
「ぐぶにゃッ……!」
オオニューラのテラスタルジュエルが消失し、うつ伏せに倒れる。潜行帽がポケモンチェックをするまでもなくKOされていた。
「オオニューラ、戦闘不能! ゲッコウガの勝ち!! よって勝者、セキガク3年マフィン選手!!」
勝ち名乗りとともにマフィンが両手を突き上げるので歓声が湧く。コレで練習試合の結果は1勝1敗1分、混成チームとしては最低限の面目を保てたといえよう。
「申し訳ありません、主将」
「よい。お前は至天王の将……お前が挑んで勝てないとあらば至天王の誰がいってたとしても結果は変わるまい」
ジャキはエイケイに顔を上げさせる。試合に高揚こそ見られたものの、決して相手を侮ることなく戦い抜いた姿勢から主将として咎めることはあり得なかった。
「セキエイ学園……警戒を強め、認識を改める必要があるようだな」
監督代理としての勤めを果たす以上、この練習試合の内容から所感、今後の方針に対する具申をナンテに行う義務がジャキにはある。
ジャキは、マフィンを通してセキガクを全国制覇のための障害として認識をしたのだ。
「エクスプローラーズ……大企業の影に隠れてコソコソ這い回っているチンケな私兵集団風情が。生まれ故郷を追い出されてもまるで懲りてないと見える」
ポケモンスナイパーとの『穏便かつ平和的な話し合い』の中でナンテが得た情報としては、彼はエクスプローラーズにアメジオ排除のため雇われ、その際に組織で試作された特殊なモンスターボールの支給と、その試用を任されていたということだった。
エクスプローラーズが裏に潜むエクシード社は元々パルデア地方に本拠を構える大企業であったが、エクスプローラーズを抱える会長のギベオンがエリアゼロの調査を強く訴えたのを当時のトップチャンピオンミシェリがパルデアリーグの全国へのアピールを優先して無視。
剛を煮やしたギベオンが組織を動かし、外部からポケモンハンターズギルドをパルデア内に迎え入れ、4体のさいやくポケモンの封印を解かせて差し出すよう仕向けたのがバレたことにより完全にパルデアリーグを敵に回したのがガラル移転の理由である。
この辺りの事情をナンテが知っているのは、彼自身がポケモンハンターたちからさいやくポケモンを守るための戦いに参加していたからだった。
「デボンにでも渡してみるか」
押収したスナイパーのモンスターボールを眺めながら塾長室の椅子にドカリと座り込む。ランドウからの報告と話し合いから、ボールの内部を調べる必要があるとジュンサーさんに突き出す前にしれっと持ち出していた。
同じくらいの規模の大企業でシェア争いを演じているデボンコーポレーションならば競合他社であるエクシード社製の製品の解析に力を入れてくれることだろうという考えからだった。教え子のマサトを通して話を進めやすいというのもある。
「らいちう」
我が物顔で膝の上までよじ登り、指定席とするテディには主人の中で目まぐるしく動き回る思考などは関係のないことだ。
ただただ『ご飯まだかな』と思うばかりであった。
『エイケイ』
17歳。アサギ塾3号生。
1軍メンバーにして『至天王』の一角を務めている。
至天王のまとめ役にして1軍全体の副将として引き締めを行うアサギ塾屈指の実力者だ。