アサギ塾の副将格を堂々と破るその姿は、まさしく中学No.1選手に名乗りを挙げるに相応しいものであった。
練習試合の後もアサギ塾を舞台にした強烈なスパルタの3週間の中でリコたちは自分の肉体をいじめ抜き、ひたむきに鍛錬し続けた。
『力こぶ付いてる……』
大浴場でシャワーを浴びながらふと力を入れてみると出来た二の腕の筋肉の隆起にリコは自分でびっくりする。
「見て見てリコ! ほら! 腹筋バキバキ!」
「「おぉ〜……!」」
アンがお腹周りに力を入れ、見事なシックスパックを披露するのでリコはもちろん、近くにいたビワやボタンらが感嘆と共に拍手を送る。
「アンちゃん凄い凄い! ナイスバルク!」
「いやぁ〜ビワさんに比べたらまだまだ」
「少なくともトレーナー・マッスルの増強には寄与してるみたいだね。あの無茶苦茶なシゴキ」
実際にやるとなったらうちは死ぬけど、とボタンは呟いた。
そうしてむせ返るジョウトの酷暑が続く中、最終日の練習を終えた晩に待っていたのはアサギシティのビーチエリアを贅沢に使ったバーベキューであった。
「合宿に参加して下さった皆さんに塾生の皆さん! 3週間お疲れ様でした! それぞれの学校に戻る前にささやかですが楽しんでいってください」
ナンテ塾長の簡素な挨拶とともに歓声と、あちこちで煙が上がった。肉を焼いている狼煙だ。
「ボクに任せろーッ!!」
セキガクではホタルが焼き奉行となりコンロの前を指定席としていた。
菜箸とトングの二刀流で目を輝かせながら作業を開始する。
「ヒワダの豆肉は焼きすぎると風味が落ちていかん。逆にターフの豆肉はじっくり焼かないと固くて食えたものではない。よし、こっち焼き上がり!」
「ん」
「ありがと」
ホタルの名奉行が冴え渡り、焼き上がったものをドットが手当たり次第に空いた紙皿へトスしてゆく。
「ドットは食べれてるの?」
「合間合間に食べてる」
焼き奉行の補佐につきっきりでホタルの側から離れないドットにアンがワカクサコーンの丸焼きを齧りながら聞く。
ハーフパンツから覗く2人の太腿もまた、ハムストリングが存分な主張をするようになっていた。
「のこった! のこったのこった〜!!」
「「んぎぎぎぎ〜!」」
「ええぞ、ええぞ〜!」
何が理由ということもなくロイとウルトは相撲に興じ、周囲を囃し立てる者たちに囲まれていた。行司役としてナギが買って出ている。
キラリやミコもそれぞれに親睦を深めた他校の集まりへ顔を出していた。
「リコちゃんリコちゃんリコちゃん……んん?」
指の間にバーベキューの串を片手に3本ずつ構えながら近付くマフィンは足を止めて様子を見る。
「ふふふ、マフィン部長はクールに去るぜ」
割って入るべきではない空気を悟り、マフィンは踵を返していく。
「げこ」
それが主人の決めたことならば、とゲッコウガは手に持つ串の豆肉を舌で纏めて絡め取りながらマフィンに続いて立ち去った。
喧騒から少し離れた場所で砂浜に座り込み、リコはアメジオと隣り合って野菜がたっぷり混ざったソース焼きそばを啜っていた。
「ん! 美味しい」
「美味いだろう。たまにジルが部活終わりに部室から鉄板を引っ張り出して作ってくれるんだ」
「そういうこと、してるんだね。エクシード学園も」
「もちろんスピネル……監督の目につかないようにな」
「あぁ……納得」
エリート然としているイメージの強いエクシード学園で振舞われていると考えると随分庶民的な習慣だとリコは思った。そういった集まりを好まないエク学の監督の様子もなんとなく目に浮かぶ。
水平線を見つめながら、ひたすら焼きそばを啜る2人の間にいわゆる浮いた話になるような感覚などはない。ただ単にアメジオが自分のところの奉行の味をリコに提供しただけの話であった。
馬鹿騒ぎがあまり好きでない2人でたまたま連れ立ったに過ぎない。
「にゃろん」
焼き用のきのみをいくらかいただいてきたニャローテは、ソウブレイズから若干距離を離してゴローンの影に隠れながら齧り付く。
バトルの上でのことな以上仕方ない話ではあるものの、ニャオハ時代からずっと煮え湯を飲まされ続けている相手と馴れ合う気持ちにはなれなかった。
ソウブレイズもその辺りの空気は読んでいる。
「ぼう!」
「ぶれぉ……」
そんなニャローテとは正反対に、グイグイとソウブレイズに距離を詰めていくのはカルボウだ。進化前と進化後ということで同族同士のシンパシーからだった。
「ぶれぅ?」
「くわ」
主人がライバル同士というのもあって下手にコミュニケーションを取り過ぎるのもどうかとして、ソウブレイズはどうしたらいいか分からないとアーマーガアに助けを求めるように視線を送るもそっぽを向かれてしまう。
この2体の仲としてはアメジオを盛り立てる方針が一致しており、特別嫌い合っているわけではない。アーマーガアからしたら主人に似てクールなソウブレイズが困惑する様を物珍しく思っているだけだ。
「この3週間、合宿に参加したチームは大きくレベルアップをしたことだろう。12月の全国に向けて、むしろここからがそれぞれの鍛錬次第となるはずだ」
ズルズルと山盛りだった焼きそばを啜り終え、ハンカチで口元を拭いながらアメジオは語る。
立ち上がるその足が喧騒に向くのはまだまだお腹一杯にはなっていないからだ。お代わりが欲しいのだ。
「……私、もっともっと強くなる。ニャローテたちと一緒にどこまでも。そして今度こそアメジオ……」
リコもまた立ち上がり、アメジオに隣り合う。その側には付き従うポケモンたち……。
「あなたに勝ちます」
「あぁ。また戦おう。今度は全国の舞台で正々堂々、真剣勝負だ」
再戦を誓い、爽やかな笑みを向け合う2人の口元に青のりがうっすらついたままなのは、暗くなりつつある時間帯のため互いによく見えていなかった。
「じゃあなー! また会おうぜー!」
「うん! 今度は全国で!」
楽しいバーベキューの翌日、合同合宿の日程が全て終了した参加校はそれぞれの学校へと帰っていく。
手を振りながら見送るウルトに、ロイもバスの窓から身を乗り出しながら返していた。
「この3週間、徹底的に肉体を虐め抜いた分のダメージを抜くため、今日と明日をオフとする。各員自身とポケモンのケアをきっちり済ませておいてくれ」
「「「はい!」」」
「ウス」
「オレぁ帰ったらすぐまた仕事だけどな」
セキエイ学園へ向かい始めるバスの中でホタルが今後の方針を説明し、下級生がそれぞれ返事をする。
ナギは一言呟いたのを最後に座席へ体を預け切り、意識を夢の世界へ旅立たせた。仕事の前に少しでも寝て体力を回復させたいからだ。
「みんな聞いてくれ」
ホタルから引き続き話を持ちかけるフリードの瞳には情熱的な光が宿ったままだ。
「俺がここの監督になってなんやかんやで1年と半分ちょい経ってるわけだが、みんなも思ってる通りこれまでの俺はぐうたらなクソ野郎だった。いや、今もだな……俺はお前らに何もしてやれてねェ」
「否定する材料がないとはいえそこまで卑屈になられましても」
「ぶいぶい」
ミコとしてはつい最近まで地元で療養していたのもありフリードの怠けぶりをホタルやキラリほど見ていないというのがある。相棒イーブイからしても同様だ。
「悪い。ただ、先生とバトルして、俺が何のためにセキガクのバトル部を預かってるのか、その重みと責任を思い知らされた。今更ながらにな」
「本当に今更だな」
ホタルの声色には遠慮がない。それは包み隠すことなく話すフリードへこちらも本音を見せるべきという最低限の敬意からだ。
「あぁ。だからこそこれからは心を入れ替えて、お前らと一緒にやっていきたいと思ってる。無論、目指すは1つ! 全国制覇だ!」
フリードなりの意思表明に対し、マフィンは言葉を発さなかった。ただ拍手で以て監督の心変わりを迎え入れた。
完全にフリードを信じたわけではない。『口だけならなんとでも言える』と投げかけるのも不毛なだけだと思ったからだ。
マフィンの拍手に皆続けてフリードの心変わりを受け入れる。どのみち、今後の立ち振る舞い次第の話であるというよりない話だ。
「たっだいま〜! あ〜懐かしのマイルーム〜!」
「やっぱりここが落ち着くよね」
朝食を済ませてすぐにアサギ塾を出発し、セキエイ学園にバスが到着したのは15時を少し過ぎた頃合いであった。
私物が床に散乱する中での『安全地帯』へピンポイントに足を置き進めながら、アンはポンポンとジャージからウェアから脱ぎ捨てていく。
「たーち!」
そのままショーツ1枚でベッドにダイブするアンにフタチマルも倣った。
「風邪ひくよアン?」
一応口だけは言うショーツ1枚のアンを深く気にすることなく部屋の冷房をつけるリコも下着姿でポケモンフーズの準備をしている。
2人の姿の際はブラ1枚の有無でしかなく、どっちもどっちではしたないのは変わらない。
リコたちから言わせてもらえばこうでもしなければやってられないほどカントーの8月は暑いのだ。
「凄かったねー、アサギ塾の合宿」
「うん」
ほんの少しベッドに大の字になってからすぐに起き上がり、アンもポケモンフーズの準備をし始める。
それぞれポケモンたちに食事をさせる頃には冷房がきいてきたのでリコもアンも手近のポロシャツを1枚着た。下は以前ショーツのみだが。
「あっ」
ふと床に散らかしたままの衣服の中からキラと光る物にリコは手を伸ばす。
ベッドの下に置いておいた白いケースが私物の波に呑まれて押し出され、その中身のペンダントが飛び出ていた。
「どした?」
「ううん。なんでもない。そろそろ掃除しなきゃまずいかなって」
「確かに」
入寮してからすぐに部屋を散らかし出したのはアンだった。良く言えば豪快で、悪く言えば大雑把なアンと相部屋で暮らすうち、リコも感化されて脱ぎ捨てた服を床に放置したままにするようになっていた。
最初の頃こそアンの散らかし癖に思うところのあったリコだが、今となってはそこまで気にしなくなっている。自分自身、人のことを言える立場でなくなっていたからだ。
ペンダントをケースにしまい、改めてベッドの下へ滑り込ませる。祖母ダイアナからもらったお守りとして忍ばせる場所という訳で最低限の扱いをしているに過ぎない。
リコからして、普段近くにいない祖母などは、放置をしてくる母と大して変わらない存在なのだ。
そんな『嫌な顔』を心の中で振り払い、翌日にはアンとそれぞれのスペースを綺麗にしようとしたはいいが、埋もれていた漫画をペラペラ巡っているうちに陽が沈んでいた。
「やっちゃったー……あはは」
2人ともまるで部屋の片付けが出来ず、苦笑いを向け合った。
「イーブイ、どばどばオーラ!」
「ハイドロポンプだカメックス!!」
「がぁめぇ!!」
「ぶい〜!」
「イーブイッ!」
8月25日、練習を解禁したセキガクバトル部においてフリードは合宿帰りのバスでの宣言通りのハッスル振りを見せた。バトル練習の相手を買って出たのだ。
「相棒技は威力、追加効果ともに強力だがこうやって先にキツイ1発を放り込まれたらポケモン自体のスペック差で押し潰されかねない。イーブイ自身のスペックも相棒化で強化されてるのは分かるが、それでも鍛錬のもとに進化を重ねてきたポケモンたちを相手にカバーし切れるかって言ったら多分厳しいぜ」
「確かに……私、技で受けてから動くとこあったかも。つまり自分からガンガンイケるようにバリエーションを広げろってことね!」
熱心なアドバイスは受けた者の中に響き、試行錯誤のきっかけとなる。
「監督! 次は僕とお願いします! アチゲータ、すっかりリザードンに憧れちゃってて!」
「先にボクとだ。あのフシギバナのつるの動きをいなせるステップをウェルカモに覚えさせればかなりのレベルアップになる」
「分かった分かった! なら2人まとめてかかってこい!」
ドットとロイのリクエストに答えてフリードはカメックスからリザードンとフシギバナをフィールドへ入れ替える。
「へぇ……本当にしたんだ。心変わり」
マフィンは隣のコートからフリードの熱心ぶりをバトルしながら見ていた。
去年にセイヨ先生が連れてきたぐうたらなポケモン博士が随分な変わりようだと思った。
「マフィン部長、お願いします!」
そんなマフィンに対峙するトレーナーサークルへリコが入る。
「リコちゃん!」
あからさまにマフィンの声色が変わる。それでもホタルが対応を改めるよう求めないのはリコに対して決して甘やかすことはなく、依怙贔屓をしていないからだ。
こうして、セキガクバトル部の夏休み最後の1週間もひたすら練習で費やされていくのであった。
目指すはもちろん、全国制覇だ。依然変わりなく。
『リコのペンダント』
セキガクへの入学祝いに祖母ダイアナから押し付けられたペンダント。
部活に明け暮れるようになったリコからしたらつけていても邪魔でしかないのでベッドの下にケースごと押し込まれているが……?