ぐうたらなフリード監督が他地方からの遠征チームを上手いこと引っ張り込むので、リコたちは試合への意識が芽生えるのであった。
「ファイオー! セキガク! ファイオー! セキガク!」
「口じゃなく手足を動かせヘッポコマフィン!」
今週末に控えているエクシード学園との練習試合に向け、セキガクバトル部は一層トレーニングにハッスルしていた。
「ファイオー! セキガク! ファイオー!」
ロードワークの中、相も変わらず部長のマフィンが後方遠くにポツンと1人、どうしようもなく遅れた最後尾から声だけは威勢よく上げる中、新入部員のロイは、今日が初めての練習ながら涼しい表情でリコたちに追従出来ていた。
「ロイって体力あるんだね」
「森と海しかない島育ちだからさ! コレくらいヘッチャラさ!」
リコにロイは爽やかな笑みを見せながら並走する。
ロイの幼少期とは、まさしく自然界の中で気力と体力を培い続けてきたものだった。
朝早く起きては森の中を走り回り、海をひたすら泳ぎ回り、夜が来てはさっさと寝てしまう……そんな日々が、『肉体』という人にとって最も原始的な資本の確保に繋がっていたのだ。
「よし! 息を整えてから2人1組になって先当てバトル! 勝った方はいつものように来た道をダッシュで帰宅! 負けた方はいつものようにその場で腹筋、腕立て、背筋を30回ずつ!」
「……ホタル。奇数になっている」
「あぁ、そうか。マフィンは……まぁ自分で何かしら修行してることだろう」
ロードワークにおける行きの終点として、目印にしているトキワの森の中にある丸太小屋の前でホタルは首元のタオルで顔中の汗を拭いながら指示を飛ばす。
ロイが入部したことでマフィンが2人1組のグループ作りであぶれた形になるのは、ひとえに彼自身の足の遅さ故である、とホタルは断じた。
指摘したキラリもすんなりと頷く。
「ホタル副部長! 僕とお願いします」
「うん。いいだろう」
物怖じすることなく快活なロイの様は、ホタルに好印象を与えていた。
『来週辺り、おもしれーやつがそっちに行く。まぁ面倒見てやってくれや』
セキガクバトル部のポケラインにはいくつかグループがあり、部員全員で情報を共有する『全体グループ』と、細かい部分を共有する『個別グループ』が学年ごとに用意されている。マフィンは3年生ながらたった1人しかいないため、ポケライン上で話をするならば全体グループしかない。
一昨日の夜に2年生のみで繋がっているポケラインのグループから、ナギが急にメッセージを飛ばして来てからの昨日にロイの入部だった。
ホタルは、ロイがどれほどのものなのかシンプルに興味があった。一言メッセージを飛ばして以降、既読にもならないナギからは何も聞き出せなかったのも大きいが。
どのみち試合のオーダー編成も一任されている立場上、バトルの実力を把握しておくのは急務なのだ。
「いくよードット!」
「クワッス、いけッ!」
アンとドットは早々にミジュマルとクワッスを戦わせている。
と、なればリコの対戦相手は自動的に決まった。
「あの、キラリ先輩……よろしくお願いします!」
「……よろしく」
入部して最初の1週間の内は、アンが決まってリコの先当てバトルの相手に収まっていた。部の空気に慣れてもらおうというマフィンの支持からだ。
そこから日曜日の遠出トレーニングの中でドットと2度目のバトルを行い、そのまま週明けに他の部員とのマッチアップが解禁された形である。
『キラリ先輩がマフォクシーを出してくるなら…!』
リコはキラリのポケモンを予測する。
勝負を前に思考を巡らせるリコの瞳の煌めきが、キラリには嬉しく思えた。
『もしかしたらリコちゃんはこの先、凄いことになるかもしれない』
そう語っていた主将の言を思い出しながら、キラリはボールを投げる。
「……マフォクシー」
「まっふぉう!」
『きた!』
予測が当たり、リコは内心でガッツポーズを作る。
キラリからすれば『わざと当てさせてやった』の範疇に過ぎないが。
「お願い! イシツブテ!」
「らっしゃーい!!」
ほのおタイプに有利ないわタイプをぶつける。ポケモンバトルにおけるタイプ相性の基本だ。
セキエイ学園の養護教諭として今年から赴任し、くさ校舎の保健室を預かるモリーは苛立っていた。
ピンクのボブカットで、一部の束を後頭部で1周させた特徴的な髪型に黒い瞳の美女で白衣に袖を通している。
「らっきらっき〜」
ラッキーを従える姿から、保健室を利用した生徒たちの一部は、彼女がいわゆる『ジョーイ一族』なのではないか? そんな小さな疑念を浮かべるものだが実際それは的中していた。
産まれた時から顔の同じ姉妹親戚らとともにポケモンに関する医療方面の教育を重点的に受け、傷ついたポケモンを癒す仕事への理解、使命感は誰よりもモリーは自負しているつもりだった。
だからこそ、『自分たちのところまで来れないポケモンたち』に思いを馳せ、ジョーイ一族としてあくまでポケモンセンターを構えておくことに意義を見出している両親との衝突の果てに、気付けば実家を飛び出していた。
実家を飛び出してから意図して顔付きや髪型を一族から遠ざけ、『自分からポケモンセンターに来れないポケモンたちに救いの手を』という理想を実現すべく、NPO設立のための資金稼ぎのために動く中で現在に至っている。
そんなモリーが現在抱えている苛立ちの要因に実家との関わりは……一切関係ない。
「ちょっと? 保健室は仮眠室じゃあないんだけど」
詰め寄るモリーの視線の先には、本来ならば体調を崩した生徒の為に用意されているベッドのうち1つに寝転がるフリードの姿。
フリードはバトル部の用事に関係なくとも時折学園に顔を出し、ついでにこうやって保健室のベッドでゴロゴロとしていた。
モリーからすればこのだらけた男が惰眠を貪るためにせっかくベッドメイキングで綺麗に被せたシーツへシワを作られるというのはたまったものではない。
「いいだろーちょっとくらい? 必要になったらすぐ退くからさ」
「……ドアの鍵は閉めてたはずだけど?」
「俺のフシギバナは器用でさ。ピッキングの1つや2つはつるを使ってちょちょいのちょいさ」
「シンプル不法侵入!!」
モリーは寝転がったままのフリードを思い切り蹴飛ばし、ベッドから叩き落とした後に窓を勢いよく開ける。
「いったぁ!? な、なにすんだよ!?」
ベッドから床に突き落とされた上体を起こそうとする中、ラッキーがフリードを抱え上げ、
「ラッキー! やっちゃって」
「らっきぃぃぃ〜!!」
モリーが開けた窓からラッキーがフリードを放り投げた。
「おわあああああッ!?」
フリードの姿は学園外の空の向こうまでド派手に飛んでいき、やがて見えなくなった。
モリーは、空の彼方へ消えてゆくフリードを見届けることなく窓を閉じ、カーテンを閉めては机に向かい、ペンを片手に業務日誌へと意識を向けていた。
「あーらら。また派手にやられてるね」
「ぐろっさい」
オリオはそんな幼馴染の無様な様子を改装工事中な体育館の屋根の上からのほほんと見ていた。
彼女の側には学生時代からの相棒であるてつあしポケモンメタグロスが円盤上のボディの上に工具箱を乗せ、宙に浮いている。ちょうどオリオが手を伸ばせば箱の中に手が届くような立ち位置をキープしているのがポイントだ。
方角から保健室での一幕を察すれば、『いつものこと』と特に気にするでもなく作業へと戻るのだった。
「ナギさんの言ってた通りだ。ここでどんどん強くなるぞストライク!」
「すとらい!」
来てみてよかった、そう思いながら走るロイの後にリコとアンが続く。
ロイはホタルに、リコはキラリに、アンはドットにしてやられていた。
ロイはホタルのニンフィアにストライクの両腕が絡め取られ、雑に投げ飛ばされて終わっている。
『エスパータイプがあること忘れてた……』
リコはイシツブテはころがる攻撃をマフォクシーのサイコパワーの前にあっさり止められてしまっていた。
「くぅ〜ッ! あとちょっとだったんだけどな〜!」
アンはミジュマルのホタチがクワッスの蹴りで弾かれて決着している。
3人とも先当てバトルのペナルティの筋トレセットをこなしてから帰路についていた。
「……」
「にゃお〜?」
リコの表情に強張りを見出すニャオハは、主人の足元より見上げながら走る。
「あんま気落ちすることないよ。先輩たちはあたしたちより年単位で練習重ねてきてんだから」
アンはそんなリコが、初めて先当てバトルで負けた側に回ったことを気にしているのだと思って声をかける。
そこに確かな気遣いを感じながらもリコは首を横に振った。
「ううん。そうじゃなくて……いや、キラリ先輩に勝てなかったのが悔しいもないわけじゃあないけど、マフィン部長の言ってたのでびっくりしちゃって」
「あぁー……そっちね」
リコにアンは納得の首肯を返した。
時を少し遡る。
ペナルティを済ませ、走り出そうというところでリコたち3人はちょうど折り返し地点まで辿り着いたマフィンと鉢合わせをする。
「あ、マフィン部長おつでーす! あたしらペナルティ終えたんで学園帰りますね」
「ひー……お、お疲れ……ひー……ひー……」
仰向けになりダウンするマフィンにアンが一声かけ、リコは軽く会釈をしてその横を通り過ぎてゆく。
真っ白の髪は土と絡み、白い肌からは止めどなく汗が流れ出る自分たちと変わらぬ華奢な体つきは、普段より女子の制服を着用して違和感を抱かせないほどに煽情的だが、首元の喉仏が確かにマフィンを男子であると主張していた。
「大丈夫なの? アレほっといて」
「アレでも門限までにはなんとか帰り着いてるみたいだからいーんじゃない?」
今日が練習初参加のロイとしては既にグロッキーなマフィンを目の当たりにして心配が先に来たが、リコとアンの対応からして心配はないようなのでそれを信じることにする。
「あ、そうだった。おーいリコちゃんたち!」
背中に声が投げかけられてリコたちが振り向けば、マフィンが上体を起こしている。
「なんでしょう?」
「今週末と来週末の練習試合、リコちゃんたち1年生にも頑張ってもらうからね」
「えっ? それって……」
「僕たちも試合に出れるってこと!?」
「副部長にそうオーダーを組ませてる」
ロイの問いかけにマフィンはサムズアップを返し、力尽きたように再度上体を寝かせるのだった。
「楽しみだなー試合! ほら、こういうのってさ、1年生の内はずっと雑用や筋トレしかさせてもらえないみたいなルールがあったりするじゃん?」
時を戻そう。
幼少期にテレビで見たスポーツ青春モノのドラマからうっすら抱いたイメージを例に出すロイの解像度はリコやアンのそれとそんなに変わらなかった。
てっきり下級生は応援するくらいで、せいぜいセンスのあるドットがもしかしたら……といった感覚だ。
「私は、ニャオハのことを知りたい。ニャオハと仲良くなりたいってところからバトルを通して遠かった距離を縮められたってだけなんだよね」
ポケモンバトルそのものの楽しさにも浅いながらに理解を深め始めてはいるつもりだ。それでもリコからすれば、バトルに対する自身の認識として、あくまでポケモンとの相互理解のためのツールであるというのがどこか引け目になっていた。
「トレーナーとポケモンがバトルを通して絆を深めるのって、普通のことじゃあないの?」
「まぁそうなんだけどさ。リコはその『普通のこと』そのものが今ここにいる目的なんだよ」
首を傾げるロイにアンがフォローを入れる。
リコは、ニャオハをはじめ自分のポケモンたちと距離を縮めるためにバトルの世界の入り口に立っている。
そこから先へ進むのか? 後ろへ下がるのか? その行き着く先が見えない中で真剣勝負に挑むメンタルを形成するのに難儀しているのがアンにも伝わったのだ。
アンとしても『ミジュマルとバトルで勝ちまくる』というざっくりとした目標の行き着く先というのをハッキリ見据えている訳ではないからだ。
この辺りは、明確な目標を持つロイと、そうでないリコとアンとで意識に違いが出ていた。
「よく分かんないけど、とにかくみんなで頑張ろうよ! せっかく試合するんだから勝ちたいし!」
そう語りかけてからロイはニドリーノ寮へと走ってゆく。
「せっかくやるなら勝つ、か……」
リコは呟く。ロイの言は勝負事の心理と思えた。
「『迷ってる時間があるならまず動いてみる。それで失敗したって、何かは残る。無駄なことなんて何もない。』」
「「い゛ッ!?」」
ロイを見送る中、背後にいつしか立っていたドットの気配にリコもアンもギョッとしながら振り向く。
「くわぁ、くわぁ」
練習を終わらせ、追加のロードワークから帰ってきたばかりのドットは顔中汗だくで、元気なクワッスもゼェゼェと息を吐いている。
「びっくりしたー……」
「だ、誰の言葉?」
「……マサラタウンのサトシ」
リコに簡潔に答え、ドットはクワッスをボールへ回収してからニドリーナ寮へ戻ってゆく。ドットもまた、練習試合に向けて燃えているのだ。
試合を控え、テンションが上がっている……そうでもなければ気の利いたひと言をわざわざ他人に贈る人ような奴じゃないことを知っているリコとアンは、互いを見合って笑った。
『ホタル』
11歳。セキエイ学園2年1組所属。
ポケモンバトル部副部長を務めており、事実上部の全体を統括している。
厳しくも暖かくリコたち後輩を見守り、指導してくれるんだ。
想定CVは東山奈央さん。