そこからより一層鍛錬に没頭して合同合宿は終了。そのまま夏休みも終わりを告げるのであった。
9月1日、セキエイ学園は2学期を迎えた。夏休みになってすぐ帰省した者もいればリコたちみたいにずっと部活漬けだった者もいる。
学生たち皆に共通していることといえば、この夏休みを通して身体的なり精神的なりが幾分か成長していることだろう。
「にしても焼けたな〜お前ら。日焼け具合なら俺らと変わんないんじゃね?」
「オリっちは野球漬けで、アンとリコはバトル漬けってやつね」
クラスメイトのオリがリコとアンの日焼け振りに言及すれば、そこにデンサも続ける。
オリは野球部の一員として夏休み中はずっと練習から試合から大忙しで、部活に入らなかったデンサは夏休み突入早々に帰省していた。
「全国大会って確か12月だっけ?」
「うん。冬休み中」
1年1組のクラスメイトたちは校舎に掛けられた垂れ幕を見ており、既にバトル部が全国大会出場を決めたお祝いの言葉の類はひとしきり投げかけた後である。
「寮でロイが宿題終わんないってヒーヒー言ってたし、よっぽどキツイ練習だったんだな」
「まぁね〜」
「それだけ本気ってことだね」
ふふん、とアンが胸を張る。かくいうアンもまた、8月31日の日付変わりギリギリまで放置したままの宿題に追われていたのはリコは知っている。というか、消化した宿題のほとんどは7月中に日記以外の宿題を終わらせていたリコのものの書き写し作業でしかなかったのだが。
「夏休み中、ずっと厳しい練習ばかりだった。でも、その分強くなれた感じ」
日記に関しても自分のものの内容を若干変えた形の丸写しで済ませたアンに、まさか卒業までずっとこんな調子ではなかろうな? と内心苦笑いしながらも、リコも夏休みは有意義であったと話していた。
「なんか、リコって変わったよね」
「えっ?」
デンサにリコは目を丸くする。
「入学してからはなんとなくオドオドしてたじゃん? それに加えてニャオハのことでいっぱいいっぱいなとこあったけど、今はは自信がついて落ち着いてきた感じするな」
「そうかな?」
「そうだよ」
デンサの見立てにリコは悪い気はしなかった。確かにニャオハをもらってすぐの自分には今の状態などは考え辛かったと思える。
『バトル部に入ったから、かな?』
バトル部でのこれまでが自分を変えてくれたと思い至ると同時にリコは窓の外へ視線をやる。
もしもバトル部に入ってなかったら……例えば、学園を飛び出して、窓の外の大空へ飛び立つようなことになっていたら……自分は一体どうなっていたのだろうか?
「さぁさ皆さん! 2学期始まってすぐに中間テストがありますからねぇ。ビシバシと、テスト範囲のお勉強をやっていきましょ〜!」
そんなリコの想像は、テンション高く入ってきた歴史の先生によって立ち消えていった。
「うげぇッ……! ちゅ、中間かぁ〜……!」
記憶の彼方に忘却したままでいたかったことを思い出させられ、アンは授業が始まる前からグロッキーになっていた。
「それではミーティングを始める!」
月曜日はセキガクバトル部にとってミーティングの後にオフであり、ミーティングの進行を取り仕切るのがホタルなのはずっと変わらない。
夏休み明けと共にやってきた平日の日常だ。
「今日から2学期が始まったが、全国大会まであと3ヶ月! これまで以上に気を引き締め、問題行動のないように努めてくれ。それと2週間後には中間テストもある。くれぐれも補習に引っかかるようなヘマはしてくれるなよ?」
「はい!」
「「は、はーい……」」
「……ウス」
ホタルに元気よく返事できた1年はリコだけだった。アンもロイもあからさまに声のトーンが低く、ドットに至っては今にも消え入りそうなほどである。
勉強面が大いに不安な下級生3人のことはとりあえず捨て置いてホタルは進行を続ける。
「24日にある職業体験学習もそれぞれ進路はあるだろうが、こちらもやはり怪我のないように取り組んでくれ。トレーナーもポケモンもな」
セキエイ学園ではこの時期に生徒たちを学園の外に出し、様々な職種を体験させるが流れがカリキュラムとして組み込まれている。
ポケモントレーナー養成のための学校であるという本分をきっちりと持ちながら、それ以外の進路もあるのだと選択肢を示すべきというサトウ校長の強い意向が現れたものだ。
ポケモントレーナーというのはどこまでいっても個人事業主であり、定年退職などという概念は存在しない。10歳を迎えてトレーナーカードが配布されれば、その時点で世間に対して堂々と名乗れる存在だ。故に自身の価値を証明するには鍛え抜いた強いポケモンたちを駆使して実績を積み立てる以外にないシビアな世界なのだ。
当然、待ち受けるのは厳しい競争社会。そんな世界においては当然ドロップアウトする者が大多数を占める。現にポケモントレーナーとして立身出世を目指した者たちが挫折の果てに夢を諦め、手に職付けて安定を得ようとするもその就職先が見つかりにくいというのが1900年代からずっと続くポケモン世界における社会問題であった。
義務教育を10歳で終え、以後の高等教育を受けることなくトレーナーとして挫折した者たちの受け皿が圧倒的に不足している現状を鑑みての職業体験学習なのである。
「あの、職業体験学習に関してはバトル部として何か選ぶ条件とかあったりは……?」
「うむ。個人の進路にも関わることだ。流石にそこまで部の都合で強制する権限はないさ。繰り返しにはなるが怪我だけは気を付けてくれ」
リコの質問にホタルが朗らかな表情を見せながら答える。
「監督、練習試合のお誘いにはなにか返事は?」
「あぁ。やっぱトキワ台やタマ大を破っての全国行きを決めたってのはデカいもんで、なかなかいいとこが釣れてるぜ。結構なチームから日付を合わせるのはもちろん、こっちに遠征してくれる話が舞い込んで来てる」
「その中で1番強いってなると?」
「全国区ってなるとやっぱりカナズミトレーナーズスクールだが、流石に距離が遠すぎるわな。イミテ総合芸能学院なんかいいんじゃあないか?」
「イミテ総合芸能って、あのお笑い芸人の?」
「……去年と今年でアサギ塾を相手に地方予選決勝を戦っている。ジョウトの強豪校」
アンの問いかけ自体に答えはせず、キラリが学校の経歴のみを簡潔に答える。
ポケモン芸人としてブレイクし、お茶の間にてお馴染みのメタモン芸で一世を風靡したのがイミテである。
彼女が後進指導の場として設立した養成所を出発とし、中学相当の卒業資格が得られる学舎として機能させているというのはバトル部同士がやり合うとなればあまり関係がないからだ。
「イミ総は言うことなしとして、カナスクの方ももったいなくない? せっかく全国決めた相手がこっちに来てくれるって話なんだし」
「向こうは全国常連、元々スケジュールとしては遠征予定で空けてある可能性もあるな」
「大方タマ大の様子見のつもりだったりして」
「例年通りなら本番前に軽くぶつかり合い。今年に関しては新チームの様子を見るついでに我々にも探りを入れるということか」
ミコの意見にホタルが顎に手をやりながら思考するところにマフィンがポツリと呟く。
「よし、じゃあイミ総は14日、カナスクは28日って返事しとくけどいいな?」
まとめ上げたフリードに皆首肯を返し、週末の練習試合の日取りが決まる。コレでオフの前のミーティングはお開きとなった。
「また届けてきたんだ。リコのパパさん」
「そうみたい」
夕方、ニドリーナ寮の事務所からリコは特大サイズのダンボール箱を押し付けられて部屋に運んでいた。
中身はカップラーメン。リコの父アレックスが夜食として送りつけてきたものである。
この差し入れはリコが入学して早々から月に1回のペースで配達されており、そのたびにリコはこの重たいダンボールを運ぶハメになっていた。
アサギ塾での合宿の成果か、筋力が増強したことでこれまでと違って楽々持ち上げることが出来るようになっていたのは小さな発見だった。
「また他の部屋のみんなに届けに行かなくちゃ。はい、アン」
「うん。いつもありがとうございますってパパさんに言っといてね」
カップラーメンを2つ、アンに渡してからリコはダンボールを抱えて部屋を出る。
アンは、リコが父親からの差し入れに自分では一切手をつけていないことを知っていた。
大袈裟なほどの分量であり、お裾分け前提なのは間違いないにしろ、リコ自身は決して父からの差し入れに手をつけようとはしないのだ。
アンは自他共に認める大雑把で細かいところを気にしない性格である。だがそれは、気にしないだけであって気が付かない訳ではない。
『家族とうまくいってないのかな?』
ぼんやりアンが浮かべた考えはズバリ的を射ているものだった。
リコにとって、父の差し入れの本当のところとは自分を案じてのものではないと思っていた。
遠いパルデアから、顔も知らない自分の周りの人たちに対して『娘想いのいいお父さん』を演出して見せているに過ぎないと考えていた。
絵本作家らしく物の見せ方には一家言あるようなのがなんとも小賢しかった。
そしてそれは、リコの面倒を任されている母ルッカへのアレックスのご機嫌取りでしかないのだと。
寮生活において必要な金銭の仕送りに関しては、卒業してから就職して耳を揃えて返すつもりで帳簿をつけている。
どんな進路にするか自体はまだまだ検討もついていないが、少なくとも金銭的な借りに関してはあの両親に対して残したままにしておきたくないと考える。
『イベントに連れて行って、欲しい物を買い与えればそれで親をやれてると思い込むような人たちなんだ』
家族の話となるたびにこんなことを思い浮かべる自分の発想が捻くれていることそのものはリコにだって分かる。だがこう育てたのは他でもないあの両親ではないかと自分で自分に反論する。
それで一時的に溜飲を下げたはいいが、またどこかのタイミングで同じやり取りを心の中でするのがパターン化していた。
コレを反抗期の一言で済まされるのもリコは不愉快であった。反抗期とは、愛情たっぷりに育てられた子供が自立の過程において親に対してぶつけるものだと義務教育で習っている。
リコからして、両親からは反抗期になれるだけの愛情を注いでもらった覚えなどないのだ。
ホタルたちバトル部の先輩から寮中の上級生を優先して配ってゆくリコの内心にあるドロドロとした感情に関係なく、差し入れられたカップラーメンはテスト勉強の際のありがたい夜食として迎えられていった。
2学期最初の1週間は夏休み明けの妙なテンションと共に過ぎ去り、2週目ともなれば皆普段通りの学園生活を取り戻す。
14日の日曜日に練習試合を設定したことで、8日からのテスト期間でも例外措置としてバトル部は練習時間の確保が出来た。
平日の放課後は1学期と変わらず学園からトキワの森までの往復ランニングをメインとし、折り返し地点で1ヒット制のバトルを盛り込んだトレーニングである。
「フタチマル! シェルブレード投げーッ!!」
「たちおらぁッ!!」
「ぬううッ!?」
それまでと違っていたのは、フリードが練習に同行するようになったことだ。リコたちと一緒にランニングもしっかりとしている。
折り返しバトルではアンの相手を受け持っていた。
「がめあぶ!?」
フタチマルが自慢のホタチからみずエネルギーのブレードを展開させたまま勢いよく投擲してきたので、カメックスは慌てて首を引っ込めてやり過ごす。
「チャンス!!」
「ふたちま!!」
アンからすれば投げ付けたシェルブレードは当たれば良し、対処されても接近の為に活かせれば良しの2段構えであり、フタチマルがカメックスの足元まで飛び込んでいた。
「ハイドロポンプ!!」
「たちゃまぁッ!?」
「フタチマル!?」
接近出来たまでは良かった。だがそこから一撃加えるのが遠かった。
カメックスは両足を引っ込め、甲羅の中の噴射口から水流弾を発射してフタチマルを弾き飛ばしたのだ。
「フタチマルご自慢のホタチをあえて投げ付けるアイデアはよかったぜ。作戦として改良を加えるなら、仕留めるまでに至らなかった場合投げたホタチをどう回収するかだな」
「うーん、難しいなぁ」
側の木に突き刺さったホタチをフタチマルに返しながらフリードが戦術の評価をする。
1ヒット制ルールで負けた側のアンは筋トレしながらせっかく思いついた作戦をどう広げるか思案に耽ることになった。
「行くよ、ニャローテ」
「にゃろぉ」
リコはフリードが頼り甲斐のある監督になったと思いながら筋トレを済ませて学園へ走り出した。
『オリ』
10歳。セキエイ学園1年1組所属。
リコの1つ前の席に座る野球部の男の子。デンサ同様リコとアンの気のいいクラスメイト。
相棒ポケモンとして受け取ったのはヒノアラシだ。