爽やかでフレッシュな戦いをロイが制し、セキガクは合宿の成果を実感するのであった。
イミ総との練習試合を終えた翌9月15日。セキガクにて2学期の中間テストテストが実施された。テストが終われば晴れて放課後から各部活動は練習解禁である。
「ファイオー! セキガク! ファイオー! セキガク!」
「「「ファイオー! セキガク! ファイオー! セキガク!」」」
トキワの森ランニングにて相変わらずポツンと1人取り残された最後尾からマフィンが声出しだけは一丁前な中、最前列を走るアン、ドット、ロイも普段以上に声を張り上げていた。
声だけではない。アンはフタチマル、ドットはぐるみん、ロイはストライクとそれぞれ相棒を引き連れ、リコや先輩らよりも遥か先にて先頭集団を形成してひた走っている。
「ねぇリコ、アンたちテスト大丈夫だったの? やけに元気だけど」
「さぁ……。テスト終わってすぐのアンは真っ白に燃え尽きてましたけど、それが上手く点数になったかどうかは」
「ただのからげんきなパターンもアリアリなわけね」
「ぶぅい」
ランニングしながらミコの問いに応えるリコはやはり苦笑いするよりなかった。
そうして中間テストのあった週が過ぎ去り、翌週22日……。
「ふむ……」
リコ 国語96点。社会96点。数学94点。理科95点。語学97点
アン 国語72点。社会45点。数学21点。理科35点。語学38点。
ドット 国語23点。社会39点。数学98点。理科96点。語学29点。
ロイ 国語40点。社会25点。数学24点。理科35点。語学69点。
赤点組は3人仲良く赤点3つ。アン、ドット、ロイは揃って針のむしろであった。
練習中のハッスルは完全な空回りに終わっていた。
「これは……事前のテスト勉強の段階から根本的にもっと対応していかなければならんということだな?」
ホタルにキラリは無言で首肯を返す。
この3人の学力的な不安は1学期の頃から顕著であった。
怒鳴って3人の赤点が取り消しになるのならばいくらでも怒鳴ってやるというのがホタルの気持ちだ。だが当然のこととして、結果が出揃った段階で怒鳴ったところで赤点が取り消しになるようなことは起こり得ないのだ。
こういう発想に至れたのがホタルの精神的な進歩と言えよう。
「1学期の中間はそのまま他地方交流へなだれ込むんだったっけ」
「はい。アンたちはパルデアのアカデミーで補修受けてました」
ミコの問いにリコが答える。
赤点組が顔を上げられない有様な反面、リコは普通科の1年全体を見渡してもベスト5に食い込む抜群の合計点を維持していた。
「これでは3人は28日の試合は無理だな」
セキガクでは中間テストにおいて追試は存在せず、赤点となれば即補習が確定する。補習は点数が確定した週末に行われるので、この時点でアン、ドット、ロイの赤点組はカナズミトレーナーズスクールとの練習試合へのエントリーが事実上不可能となった。
ホタルとしてもこの事態をうっすら予測してはいたので14日のイミ総戦に合宿明けの3人の成果を見ておこうとオーダーしていた面はあったりしたのだが。
「ナギの奴は来週も来れないと連絡あったから、オーダーはある程度決まりきったものを出す他あるまい。とにかくアン、ドット、ロイは週末しっかり補習を受けてこい。分かったな?」
「「は、は〜い……」」
「ウス……」
完全に意気消沈している声音の3人だが、結果が出たらばもう後の祭りとしかいいようはなかった。
「「だにゃ、だ〜にゃ!!」」
「「「ちっこ〜!!
「なぁご〜……」
多数のフシギダネやチコリータに囲まれ、ニャローテが困り顔でリコを見る。
「まぁ、その、この子たちもニャローテのことが気に入ったみたいだし、ね?」
彼らに悪意がない以上無碍にも出来ず、リコは苦笑いを送るよりない。
「いらっしゃい……」
「ぼうッ……」
ゴローンもカルボウも手出しのしようがないとニャローテからの目線に合わないように顔を逸らす。
9月24日、リコは職業体験としてニビシティにあるブリーダーハウスを訪れていた。
初心者用ポケモンを各研究所へ供給する拠点の意味合いが強い育て屋さん方面の体験学習をリコが希望したのは、ニャローテの出自にあった。
リコのニャローテがまだニャオハであった頃、時としてはバトル部へ入部してすぐの辺りまで時は遡る。
たまたま休み時間にバトルすることになったデンサのキモリと比べてニャオハの放つくさ技の威力があまりにも強烈なのを指摘されたリコは、ニャオハがどこからセキガクへ流れてきたのかを担任の先生に聞いてみた。
すると先生はパルデア地方にあるニャオハ専門のブリーダーハウスへ取り次いでくれた。
そのままリコは通話越しにハウスの経営をしているマーニャと話をすることが出来た。
話を聞けばニャオハが膨大なくさエネルギーを内包出来ているのはシンプルに彼女自身の才覚からであり、フィジカル面においては何ら心配する要素はないという。
ただ、ハウスにいた頃に近くの森林地帯を縄張りとしていたトラップポケモンワナイダーを追い払うために放ったこのはで仲間を誤射してしまい、それが理由で仲間たちから避けられてしまった過去もあると聞かされた。
『あの子は何より優しい娘。だからこそ自分の中にあるパワーごと託すことの出来るパートナーを欲していた。その願いが叶ったようで嬉しいわ』
テレビ通話越しに向けられるマーニャの笑顔とともに投げかけられた言葉が反芻し、箒を動かす手が止まる。リコは、ニャローテのトレーナーとしてじゅうぶんにやれているのかと不安になった。
不安になったところで都合良く答えが出るものでもないことは分かっている。それでも一度浮かび上がってしまうと沈み込み、どうにもならない性分の持ち主がリコだった。
普段はアンを始めとしたバトル部の面々が側にいて、そのような類のものはすぐに払拭してくれるのだが、今はその仲間たちは誰もいない。
みんなそれぞれに体験先の場所へ行っているからだ。アンは確か、幼稚園か老人ホームの二択だったか……。
「きみ、大丈夫かい? 気分でも悪いのかい?」
「あ、すみません! ボーッとしちゃってて」
不意に声をかけられ、リコは肩をビクビクッ、と、震わせながら反応すれば、隣には白衣を着た褐色の男が立っていた。
その糸目に見覚えがあると思えば、それが職業体験としてやってきた自分を快く出迎えてくれたハウスのオーナーのものに酷似しているとリコは結び付ける。
「あの、お医者さん……ですか?」
「ポケモン向けのな。俺はタケシ、この町で開業医をやっている。このブリーダーハウスをやってるサブロウは弟で、定期的にここのポケモンたちの検診に来てるんだ」
「わ、私…セキガク1年のリコって言います」
聞けばこのタケシという男、元はこの町のジムリーダーを務めており、そこからブリーダーを志し、旅の中でブリーダー志望からさらに転じてポケモンドクターを己が道と決め、職としたという。
「そうか。あのニャローテ、きみが育てているのか」
「はい。私なんかには、勿体無いくらい凄い娘です」
「彼女が凄いのはそうだが、俺はきみもじゅうぶん凄いと思うな」
えっ、とリコはタケシを見る。向けられる視線を読んでいたのかタケシの口角はニコリと上がっていた。
「確かにあのニャローテ自身もなかなかのポテンシャルがある。だがどんなに凄い才能を秘めているポケモンでも、ゲットされたならばそれを引き出すのはトレーナーの役目だ。俺も一時期ブリーダーを目指していたからある程度は分かる。あの娘が順調に才能を開花させられているのは、きみの育て方が彼女に合っているからさ」
同じ初心者用ポケモンでなおかつ同じくさタイプ故のシンパシーからか、依然として多数のフシギダネとチコリータに囲まれたまま身動きの取れないニャローテ。
その立ち振る舞いを通しての評価が真摯なものであるのは、タケシの放つ落ち着き払った空気からリコも感じ取れた。
「でもまぁ、不安になるよな。バトルの世界じゃ追い求めるべき強さには際限がないからな。世界は広い。どれだけ鍛えてみても『これでいい』って思ってしまえばおしまいだ。その気持ちもすごく分かるよ。これでも一応昔はジムリーダーもやってた身だからな。そういった不安を持ったトレーナーはたくさん見てきたし、俺自身もそういう不安に駆られたことはある」
「そういう時はどうしてたんですか?」
「俺の場合はとにかく無心で身の回りのことをしたよ。ポケモンたちのお世話だけじゃあない。旅の中では自分の体を鍛えたり、仲間たちのフォローに回ったりさ。雑な発想だが、体を動かしているうちに不安はかき消えていった。馬鹿馬鹿しくて人に勧める気にはなれないけどな」
からからとタケシは笑ってみせる。
釣られてクスリと口元に手をやりながら微笑むリコにタケシは頷いた。
「自信を持っていいと思う。ニャローテはもちろん、ゴローンやカルボウもきみを慕っているのが手に取るように分かるよ。無鉄砲で無茶苦茶な俺の知り合いとは大違いで、きみにはポケモントレーナーの才能があるようだしね」
しみじみと語るタケシの脳裏に浮かぶのは28年前の記憶……タイプ相性もろくに把握しないまま、自慢のイワーク相手にピカチュウをぶつけては敗れて逃げ帰り、性懲りも無くすぐまた挑みかかってきたマサラタウンの少年との出会い。
タケシの見立てからして彼は、決してポケモントレーナーの才能に恵まれていたようには見えなかった。
恵まれていなかった才能をカバーするようにポケモンと共に歩み、いざとなれば我が身を張れる勇気と根性に溢れた少年だった。そしてそれらを元手として努力を続け、事あるごとに敗北を繰り返し、それでも立ち上がり続けたことで今や世界の頂点にいる大切な仲間で良き友人だが、誰もが彼のように上手くいくはずはない。
なにかあるたびに人は皆悩み、迷うものなのだ。タケシは、そんな人のあるべき姿を否定したくはなかった。そこに寄り添い、立ち上がれるようにサポートするのがトレーナーはもちろん、トレーナーに付き従うポケモンたちを救うことになる。それもまたドクターの在り方であると思っていた。
リコは側に寄り添うゴローンとカルボウへと視線をやる。
『そうだ……私はもう、ニャローテだけのトレーナーじゃあないんだ。この子たちにとっても強くて頼りになるトレーナーにならなくちゃ駄目なんだ』
依然としてじゃれつかれたままのニャローテも、遠目からリコの表情の変化はずっと見ていた。
俯きがちになり沈んでいた気分が復調するのを見ればホッと一安心といったところであった。
「あら、タケシ先生早いのね」
タケシに諭され、リコが落ちたテンションを普通のラインまで戻せた中、定期検診のためにポケモンセンターからジョーイさんがやってくる。
「ジョーイさ〜〜〜ん!! えぇ! えぇ! もちろんですとも!! このポケモンドクタータケシ、ジョーイさんとお仕事が出来るならばたとえ火の中水の中草の中森の中! 土の中雲の中であろうともすぐさま馳せ参じま」
言い終える前に鋭いツッコミが突き刺さる。
「するるるるびッ……!?」
ジョーイさんを見るなり目をハートにしながら走り寄り、さながらタネマシンガンの如くタケシはナンパトークをひたすらにまくし立てる。
そこにすかさず彼のホルダーにかかっていたボールから飛び出したどくづきポケモングレッグルが、自慢のどくづきを叩き込んだ。
美女に目がない主人の暴走を強引に止める1発だった。
「た、タケシ先生!?」
「大丈夫よ。グレッグルとは長い付き合いらしいから。それにしてもアローラのしまクイーンさんと結婚したのに一向に治らないみたいね、このナンパ癖」
どくづきを叩き込まれ、力なく尻を突き出した形でうつ伏せに倒れるタケシに慌てて駆け寄るリコ。
ジョーイさんはそんなリコに心配ご無用であるとしれっと言ってから、スタスタと施設へ向かって歩き去ってゆく。
「えぇー……」
このジョーイさん、ニビシティのポケモンセンターにて勤続30年以上の大ベテランであり、タケシのことは父親からニビジムを引き継ぎ、ジムリーダーとなった頃から知った仲な故に応対も手慣れたものだった。
先程までの自分の悩みに対して理解を示し、真摯な態度で以て対応してくれた姿とは一転したタケシの有様にリコは言葉が出ない。
「けっ」
身動きの取れないタケシを引き摺りながらグレッグルはジョーイさんについていく。本来の仕事である健診のためだ。
ひと仕事を終えたグレッグルの反応としては、28年前からずっと変わらず普段通りのものであった。
『タケシ』
43歳。ポケモンドクター。
かつてマサラタウンのサトシの冒険に最も長く帯同していた仲間であり、ブリーダー志望からドクターとなった。
現在は故郷のニビシティに戻り開業医をやっているよ。