リコは職業体験で訪れたブリーダーハウスにてポケモンドクターのタケシと語らうのであった。
9月28日の日曜日、ニドリーナ寮にいつもと変わらぬ週末の朝が来た。
「にゃおあ〜……!」
「ふふ……!」
目覚めたリコがカーテンを開け、朝日を部屋に取り込めば爽やかな覚醒が促される。
そんなリコのすぐ隣にニャローテはにやって来て、グイーッと伸びをした。
ニャオハの頃から引き続きふわふわな体毛が光合成を行うからなのか、甘い香りがリコの鼻腔をくすぐった。
「うぅ〜……絶好の試合日和なのにぃ〜……」
「あー、うん。そうだねー……」
なんともいえない表情と声音をアンに向けながらリコはカーテンから離れ、残暑からくる寝汗で濡れたブラとショーツを洗濯物をまとめておくためのカゴの中に放り込み、新しいものを身に着けていく。
リコはこれから試合が控えているが、アン、ドット、ロイの3人は中間テストで赤点があったためそれぞれ教室にて補習なのだ。もちろん試合には出られない。
「こうなったならあたしたちの分も頑張ってよねリコ!」
「うん。それは任せて」
アンが右拳を向けてくればリコもそれに応じてコツリと合わせる。
リコは下着姿、アンに至ってはショーツ1枚となんとも締まらない絵面だが当人たちは特に気にするでもなかった。
「たぁッち!」
「にゃろ」
主人の気質がすっかり移ったフタチマルが向ける右拳に、ニャローテは仕方なしにコツリと合わせてやった。断るとめんどくさいのを知っていたからだ。
練習や試合を問わず、学園内のバトルコートを使用する際に整備するのは1年生の仕事であり、そこに試合に出る出ないは関係ない。
6時起床で6時半に集まり、寮の食堂が開く7時までに作業を片付けるのが日課だった。
「よし、おしまい!」
「腹減った〜……!」
1学期からずっと続けて来た故にリコたち4人のトンボ捌きも慣れたもので、フィールド中の土に紛れ込む小石拾いもさくさくとこなせるようになっていた。
「おはようロイ。バトル部も試合なんだね。頑張って!」
「あぁ、ありがとうテンマ! 僕補習だけど……」
「あちゃあ〜……」
同じくグラウンドの整備に出ていたサッカー部の集まりにロイは混ざってニドリーノ寮へ戻ってゆく。
セキガクは野球、柔道、バレー、吹奏楽が全国区の実力を持つ強豪として扱われ、相応の待遇を受けている。その4つの部以外は等しく零細扱いで、部費も雀の涙だ。零細部活は自分たちの栄光と、明日の待遇改善を目指して日々練習に励んでいる。
ロイは5月というどうにも中途半端な時期に転校して来てすぐに1年2組に多くいたサッカー部と打ち解けていた。
「あいつ誰とでも仲良くなるんだよな」
「いいことじゃん」
ひと仕事を済ませた女子組もニドリーナ寮へと戻る。食堂では既にホタルたち先輩衆が食事を始めていた。
ホタルは、赤点で補習をくらったアンとドットに対してグチグチと言うことはなかった。誰も好き好んで赤点など取りたいはずもないと分かっていたからだ。
これが全国大会を直前に控えた冬休みの日程に関わる期末テストだったらば話はまた変わってくるが、そこに合わせての対策をする必要があると知れたのが収穫ではあった。
「カナスクってどんなチームなんですか?」
リコの切り出す話題として今日試合をする対戦相手のことを問うのは当然のことだ。
「チームを預かっているツツジ監督はいわゆるサトシ世代において最も傑出したファーストジムリーダーの1人として『世界3大ファーストジムリーダー』の一角に数えられている傑物だ。地元のジムリーダーから教師に専念してからは彼女の指導のもとで一気に全国区となったようだ」
ラーメン用丼に山盛りの白米をお代わりでよそってからホタルが答える。体力増強目的の食事トレーニングの一環として現在3杯目だ。
ポケモンリーグ出場に直結するジムバッジの進呈を行う公認ジムを預かる立場のジムリーダーには、ポケモントレーナーとしてずば抜けた実力が求められるのは今更言うまでもない。
ただ、実力さえあればいいかといえばそうではなく、ジムを訪れたトレーナーの資質をチェックし、改善や指導を行うスキルも求められる。場合によってはジム外での行動から資質面を評価し、合格としてバッジを渡すことも個人の裁定内である。
故に各地方のポケモン研究所が置かれている町をスタートラインとして策定されるジム巡りの推奨ルートにおいて、研究所の最寄りの町に配置されるいわゆる序盤のジム戦を担当する者こそがその地方における最も優良なジムリーダーであると認識する者が多い。少なくとも挑戦者の母数が多いエリアに配置されるのでジム戦の機会も多く、成長株としての期待値も大きいのだ。
そんな論調においてホウエン地方カナズミジムを長く守り抜いて来たツツジというのは、まさしくホウエン最優のジムリーダーという称号がピッタリハマる存在といえよう。
ちなみに世界3大ファーストジムリーダーの残り2人はニビジムのタケシとクロガネジムのヒョウタである。
「マサラタウンのサトシはこの人のジムを攻略する際にピカチュウにアイアンテールを覚えさせて挑み、今も主力技として使ってる」
「未来のワールドチャンピオンがそこまでガッツリ対策して臨んだほどの人ってわけだ」
サトシが関わっているところとなればドットの口が自然と動く。
アンのひと言は、ツツジがいかに脅威的なジムリーダーであったかを過不足なく捉えていた。
「……そんな名監督がいるからこそ選手も有望株が集まる」
キラリがタブレットロトムを操作し、皆が見えるように画面を向ける。学生バトルを中心に扱う試合のスコアボードはカナスクのものだ。
「この3年のタダムネって人かなりやるね。ウチのマフィンと同じ全戦全勝で地方予選乗り切ってるじゃん」
「……部長でキャプテンなのも同じ。父親がチャンピオンリーグの常連であるシダケタウンのマサムネ選手」
「その人もチャンピオンサトシと何回も戦ったことある」
「流石はチャンピオンサトシとなったら詳しいね」
「ぶい〜ん」
ミコの言にからかいはない。サトシとなったら黙ってられないドットの知識量に素直に感心していた。
「……そして2世選手がもう1人。トップコーディネーターを両親に持つ1年生のサイガ選手も要所要所でオーダーされ、全ての試合で勝利している」
「『ラルースの貴公子』と『ホウエンの舞姫』の子供か。確かシュウとハルカって離婚してなかったっけ?」
「……去年の冬に4度目の離婚。今年の8月に5度目の再婚」
「つい最近、私たちが合宿してた時期だね。なんで子供さんはバトルなんだろう? コンテスト方面じゃなくてさ」
「だからこそ、なんじゃあないか?」
「あぁ……偉大な親からのプレッシャー的な?」
トップコーディネーターを両親に持つならばコンテストの世界に飛び込むのが自然だろうというミコの発想にホタルが返せば素直に納得をする。
ともあれその辺りは実際会って話を聞いてみないことには分かりようのない話であった。
「いやぁ、天下のカナズミトレーナーズスクールと試合できるとは光栄です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそお招きいただき感謝致しますわ。タマ大附属を破ったチームのお手並み、是非とも拝見させていただきます」
朝食後、到着予定である9時5分前にカナスクのメンバーを乗せたバスが駐車場へ辿り着き、リコたちセキガクバトル部は彼らを出迎える。
フリードは監督同士としてこげ茶色の髪をした、額を出すツインテールの美女に握手を求め、彼女も快く応じる。
後頭部に付けた大きなピンクのリボンが28年前と変わらずトレードマークとして映えるツツジの穏やかな笑みは、それだけで周囲の空気を和やかにした。
「あなたがマフィン部長ですね。僕はタダムネ。カナスクで部長をやらせてもらってます。今日はよろしくお願いします」
「よろしく。チームの調子は良さそうだね」
「みんな頑張ってくれてますからね」
紫色の胴着を身に纏った青年からの挨拶をマフィンは鷹揚に返す。
悪い奴ではない、というのは試合記録にて試合前後に抱拳礼を欠かさないところから分かっていた話ではあった。
「あれ? 確かセキガクって、1年生メンバーがもっといるんじゃあなかったっけ?」
「それは、その……補習でして」
若草色の髪で、左肩に赤いバンダナを巻いた中性的な顔立ちの子に問われたリコは、正直に経緯を話すよりなかった。
「フーン……せっかく他のチームの同じ1年生同士色々話してみたかったんだけど、少し残念カモ」
「えっと、その……すみません?」
「あなたが謝ることでもないでしょ。今日はよろしく」
母親譲りの口調が出るサイガが笑みを向けながら握手を求めるので、リコも応じた。
「セキガクで試合をなさるならばポケモンバトル実技担当最高責任者としてこの優藤聖代、黙ってはいられません! 試合進行と審判は任せていただきますわ! オーッホッホッホーッ!!」
「「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」」
誰が呼んだでもなく、誰に頼まれたでもなく、バトルコートのセンターライン上に既にスタンバッていたセイヨ先生にカナスクのメンバーは元気よく挨拶し、セキガクメンバーはなんともいえない表情をしていた。
実際、チャンピオンリーグの舞台を主戦場としていた分コールとジャッジの技術は確かであり、本人がやる気ならば断る理由はない。
それ以上に強引なノリを受け入れてしまえるのは、ひとえに彼女の顔面が飛び抜けているからであった。
『性格悪いけど、可愛いから』
これが、セイヨ先生を最も端的に示した人間評価としてセキガクの面々が共通して持つ認識なのだ。
「それではこれよりセキエイ学園vsカナズミトレーナーズスクールの練習試合を始めます! 双方、礼ッ!!」
「「「「「よろしくお願いします!!」」」」」
セイヨ先生の顔と透き通った声音には人を引き付ける力が確かにあった。
「セイヨさん張り切ってんなぁ〜」
「頑張れよ〜バトル部!」
部活がオフな生徒や、暇している帰宅部がちらほらとコートの周りに集まり出す中で両チーム一礼と挨拶。
互いのオーダーは以下の通りとなった。
ダブルバトル
キラリ&ミコvsチサ&ダイチュウ
シングルバトル2
マフィンvsタダムネ
シングルバトル1
リコvsサイガ
「相変わらず見事なもんだな。ホタルのオーダーは」
「偶然だよ。偶然」
部長同士、1年生同士の対決をそれぞれ実現させたホタルをフリードが誉めてはホタルは謙遜を返す。
練習試合という性質上、1年生を試合に出して経験を積ませたいという目論見こそ一致すれども、試合である以上は団体戦の勝ちを狙える編成の模索も必要なのだ。そういった意味では補修で抜けた赤点組や、今日も仕事があって来れないナギの存在はホタルにとって泣き所と言えた。
「向こうは地方予選を踏まえてのほぼほぼベストメンバーに対してこちらは選択の余地もなかった。正直どんな展開になるかは皆目見当もつかん」
「そこはまぁ信じて送り出すしかないわな」
フリードにホタルは首肯を返し、トレーナーサークルへ入るキラリとミコの背中を見た。
「これよりダブルバトル、セキガク2年キラリ選手、ミコ選手vsカナズミスクール2年チサ選手&ダイチュウ選手の試合を行います! 試合ルールは公式大会のものをそのまま使用! 両チーム、ポケモンを!!」
「私たちこそ! 2人揃ってトクサネジムリーダーの1番弟子!! その期待に恥じぬ戦いをば! ダイチュウよ!!」
「心得ておりまする姉上!!」
「「ゆけッ!!」」
「ソルロック!!」
「そぅるるるッ!!」
「ルナトーン!!」
「るんなッ!!」
髪型でわずかな差異を見せる双子の姉弟が独特な雰囲気と口上から全く同じフォームでボールを投げ込めば、チサはいんせきポケモンソルロックを、ダイチュウは分類を同じくするルナトーンを繰り出す。
「……ネマシュ」
「きゅう〜!」
「いくよ、ミミッキュ!」
「ききぃ……!」
キラリははっこうポケモンネマシュを、キラリはミミッキュを繰り出せば宙に浮かぶソルロックとルナトーンが見下ろして威圧をしてくる。
「ネマシュ、試合に出るんだ」
キラリのネマシュがアローラでの他地方交流でゲットされて加わった経緯はリコは既に聞かされているし、日々の練習の中で何度か戦ったこともある。
試合に投入されるのを見るのは今回が初めてのことであった。そして、キラリが試合に投入すること自体が大きな意味を持つというのも分かっていた。
キラリは、チームきってのデータマンなのだから。
『ツツジ』
43歳。カナズミトレーナーズスクールポケモンバトル部監督。
ジムリーダー経験者でありカナスクをホウエン1の強豪へ導いた名将にして世界3大ファーストジムリーダーの栄誉に輝く1人。
今はジムを教え子に託し、学生バトルの監督として後進教育に励んでいるぞ。