当日のオーダーは1年生も積極的に組み込まれると伝えられ、俄然やる気が上がるのであった。
ポケモン歴2005年にパルデア地方ハッコウシティから本社を丸ごとガラル地方シュートシティへと移転させた大企業エクシード社が、会長であるギベオンの私兵集団『エクスプローラーズ』の隠れ蓑となっている実態を知るのは、2000年に起きた『さいやくポケモン争奪戦』の真相に関わるごく僅かなメンバーのみである。
地方外からポケモンハンター集団が流れ込み、ハンターたちの手によりパルデア地方各所に封印されていた4体のさいやくポケモンを目覚めさせる暗躍にエクスプローラーズが関与していたのが当時のパルデアトップチャンピオンミシェリの知るところとなり、彼女の逆鱗に触れた形での追放劇だった。
ギベオンとしてはリーグを揺さぶり、『パルデアの大穴』へ向けた大規模な調査活動へと時勢を振り向かせるための一手だったのだが、コレが完全に裏目となった。
エクシード社は隠れ蓑として扱われているエクスプローラーズ排除の流れを受け、たまらず移転を決定。この騒動からギベオンは社長から会長となり、なし崩し的に社長として指名を受けた当時26歳のクレイブからすればまさに寝耳に水、というよりなかった。
義父がなにやら裏で動き回り、よからぬことに関わっていたのは把握していたが、それに対してどうこう言える立場でないのは婿養子故の悲哀である。
怪我の功名、というわけでもないが移転から5年後の2010年にガラル随一の大企業『マクロコスモス』を吸収合併し、会社の規模をパルデア時代とは比べ物にならないほど拡大できたのは、少なくとも純粋な愛社精神を持つエクシード社の人たちにとっての幸運ではあった。
合併話に関しては、当時代表取締役をしていたガラルリーグチャンピオンダンデがトレーナー業に宣言したいから、と半ば投げ売りのような形で持ち掛けてきた以上の事情は特にない。
現に大企業という重荷を下ろせたダンデは齢53を迎えてますます意気軒高。ガラルの誇るグレートチャンプとして王者の覇気を放ち続けており、エクシード社との関係も非常に良好である。
「入部してすぐに部長とキャプテンを任されるなんて凄いじゃあないか。母さんでもそんなことはなかったぞ? 相当期待されているみたいだな」
「実力じゃあない。どうせ監督のスピネルが俺の家系を調べ上げたのさ。お祖父様へのおべっかのためにやってるだけのことだよ。自分の出世のダシにしたがってるんだ」
スマホロトムのテレビ通話越しに見る表情から、愛息が分かりやすく苛立っているのがクレイブには分かった。
右に黒、左に薄鈍色のツートンカラーの髪色をした三角ハイライトの紫瞳が『お飾りの大将』を嫌って揺れている様は、先立たれた妻に瓜二つであった。
12年前に死んだクレイブの妻マリアは美しい女性だった。
クレイブが彼女に見出した美しさとは、芸術的な方程式により弾き出された神話上の女神を題材にした彫刻を思わせる美貌を携えた顔立ち……ではない。
「うおりゃあああああッ!!!」
「りきぃ〜!?」
大学時代、人間とポケモン間の境目を排除した無差別級レスリングの世界で躍動していた彼女の肩甲骨から上腕二頭筋の流動がマットの上で血湧き肉躍るドラマの主役を最高の形で演出していた。
『やりましたマリア選手!! 全国無差別級レスリング選手権大会、怒涛の4連覇達成!! これにて中学時代より公式戦通算100連勝目であります!!』
「おめでとう! マリア! きみは最高だ!!」
「ありがとうクレイブ! それに皆のサポートあってこそよ!」
最も得意とする一本背負いで対戦相手のカイリキーからポイントを奪い、そのまま勝ち名乗りを受けたマリアが試合後の儀礼を済ませ、喜びを前面に出してクレイブに飛び付く。
このはじけるような筋肉の感触とぬくもりこそが、彼女の現出させる至上の美であるとクレイブは確信していた。
それは、世に言う筋肉フェチの類と言えるものだった。
大学卒業からすぐにクレイブとマリアは結婚をした。ポケモン歴1999年、マリアの実家であるエクシード社の移転騒ぎが起こるの前年のことだ。
マリアは幼少からずっと続けてきたレスリングに関しては大学時代で完全燃焼したようで、結婚してからは専業主婦として家庭に入り懸命に夫を支えた。
そこには父ギベオンからの社長就任の指名をキッパリ断ったことで、その重責が婿養子としてやってきた愛する夫に向くことになる負い目もあった。
クレイブとしては創業者であり、会長でもある義父のもとに実権は以前握られたままである社内の状況は百も承知の上だった。
それでも愛するマリアが側にいてくれるならば、その美貌で微笑みかけてくれる……よりは鍛え抜かれた上腕二頭筋のピク付きを見せてくれるならば、どんなに辛い困難が待ち受けていようとも平気で耐えて行けると思えたからだ。
会社としての根っこをある程度下ろせた2010年にマクロコスモスからの身売りを受け、同時に社長夫妻にも幸運が舞い降りた。
アメジオという2人にとってかけがえのない愛の結晶が産まれたのだ。
アメジオが産まれて3年後に悲劇は起きた。
ふとした諸用でマリアから目を離したのが不徳の致すところ、と執事のハンベルから報告を受けるクレイブだったが、その内容からしてハンベルが側にいたとてどうにかなったとも思えなかった。
「は……はうあ!!!」
「ハンベル!! この子をッ!!」
屋敷より散歩に出ていたマリアの前後より迫るは、ブレーキを踏む気配の一切ないダンプカー……明らかなる害意を前に、母は我が子の身の安全を何より優先した。
「奥様ァァァーーーッ!!」
腕に抱いていたアメジオを駆け付けたハンベルへと投げ渡し、ダンプカーの挟み撃ちとなったマリアがガソリンの爆発に呑まれ、直撃を受けたにも関わらずその遺体にさしたる外傷が見られなかったのは、レスリングに一生懸命取り組んできた肉体的な名残からなのだろう。
死因はガソリン爆発を受け、有毒物質を多量に体内に含んだことによる中毒死であった。あくまで肉体が受けたダメージで限界を迎えた訳ではないというのは、愛する夫が向け続けてくれた憧憬を崩すまいと影でトレーニングを続けていたという事実を、クレイブは葬儀の後に聞かされた。
マリア、享年39歳。エクシード社に対する不穏分子の襲撃を受けての事実上の暗殺だが、世間的には『事故死』として処理された。
「カントーへの遠征は確か、今週末だったかな」
「うん」
「頑張ってこいよ。お祖父様も期待してくれている」
「あぁ、分かってる」
マリアの死から12年経った現在、彼女が遺したアメジオはすくすくと育ち、15歳のみぎりに吸収合併の象徴として本社ビルの近くに作られたエクシード学園に通うようになっていた。
1人残されたクレイブは仕事の合間を縫いながら、息子との対話を決して怠っていない。
母を幼き日に喪い、以後感情をあまり表に出さないようになったアメジオとしても、この父を前には口調が砕けた。
その柔和な態度から、大企業の社長という役回りより生まれるであろう高圧的なプレッシャーは皆無であったからだ。この父は、家庭人としての自己を何より優先する人だと分かっているのだ。
「父さんに話しにくいことならハンベルに相談するんだぞ。彼なら大体のことは上手くやってくれるからな」
「そうするつもり」
護衛役としてマリアを守れなかった責任から、形式上はギベオンの側近という立場を追われたハンベルを拾い上げ、改めてアメジオの側に置いたのもクレイブの差配だった。
会長が裏で蠢き、何を目論んでいるのかという狙いをある程度知る旧臣を社長として手元に握っておくというよりは、母を亡くした息子の側に古くから慣れ親しんだ相手がいくらかいる方がいいだろうという親心からだった。そりゃあ出来ることなら自分が側にいてやりたいが、何しろ社長というのは立場相応に自由がないのだ。
「じゃあ父さん。そろそろ学校着くから」
「あぁ。部活はもちろん勉強もしっかりな。友達とも仲良くするんだぞ?」
「分かってるって」
「それではアメジオ様、行ってらっしゃいませ」
「うん。行ってくる」
自宅より送迎役をしてくれるハンベルが運転席から出て恭しく一礼するのを制するように掌を向けてからアメジオは視界にそびえ立つ建物を見上げ、ゆっくりと歩き出した。
『すまない父さん。最後の方の約束は正直守れそうにない』
通話越しの言葉を思い返しながら、アメジオは内心で父に詫びていた。
「はぁ!? オニあり得ないんですけどぉ!? なーんでオニゴーリの角にホコリがついたままなんでーすーかー? サンゴちゃん言ったよねぇ? 全身ピッカピカに磨いといて、ってさぁ!!」
「す、すみませんすみません! でも、そのー…オニゴーリの表面ってすごく冷たくて……」
「でもでもだってくんとかオニダサすぎなんですけど〜!! せっかくバトルの才能ないクソ雑魚下手くそちゃんのために、優しいサンゴちゃんが仕事を与えてあげたっつうのに、さぁッ!!」
気弱な生徒を足払いし、倒れたところにピンクのツインテールをした少女がマウントポジションを取る。
そこから少女は一瞬狂気的に白い歯を見せてから、目尻にピンクのアイラインを入れた顔つきを怒りと嗜虐心のままに歪ませタコ殴りにし始めた。
「キャハハハハ!! 死ねよ!! 死んじまえよオラ!! 人に言われたことも出来ねえクズはさぁ!! 世間様に迷惑かける前にこの世からいなくなっちまえばいいんだよ!! オラオラオラァ!!」
「おんに」
がんめんポケモンオニゴーリにとって、主人であるサンゴが凶行に走るのは日常茶飯事だ。故に止めるという選択肢も存在しない。
「う゛! がふ! や、やめ…! 助け…!」
流石に目に余る……そう思ったアメジオが駆け寄る前にサンゴの華奢な体は、猫背の巨漢により首根っこを掴み上げられていた。
「そのくらいにしておけ」
肌の色は浅黒く、前髪は赤と黒のツートンカラーで、後髪は白髪。眉は前髪と同じ赤色の少年は、一重瞼の黄色い瞳でサンゴを一瞥してから地面に落とす。
「ってえな! なにすんだよ!!」
尻餅をつき、睨み上げるサンゴに少年は動じない。
「いくら弱いやつだろうと流石に人死にを起こしたら監督も庇い切れん。お前1人だけで済むならどうでもいいが、出場停止で迷惑を被るのは部全体なんだ」
「チッ!」
無機質に言い放つオニキスの言には、サンゴに痛めつけられた気弱な生徒への慈悲などはない。ただただ冷淡な判断から、バトル部の活動に支障をきたしかねないサンゴの暴走を止めたに過ぎなかった。
アメジオは、このバトル部で巡り合ったチームメイトたちのことを初対面からどうにも好きになれなかった。こんなことがほぼ毎日のようにあるのが、エクシード学園ポケモンバトル部だった。
「おはようございます皆さん。さぁさぁ、朝のトレーニングの時間ですよ」
パンパンと手を叩き、部員たちにトレーニングルームへの移動を促すスピネル監督もまた、サンゴにやられた生徒を気にかけるようなことはしない。
ポケモンバトル部のみならず、エクシード学園全体として掲げるただ1つのモットー、『何をおいても結果のみが全て』であるが故だ。
どんな手を使おうとも結果で以って実力を示せば厚遇を受け、一方的なパシリも暴力も全てが正当化される。過剰なほどの実力主義に下級生も上級生もないのは、入学の際に年齢不問の単位制であることも要因の1つであった。
「スピネル……監督。俺は先輩を保健室に送り届けてから行きます」
「おやぁ? それは困りますねぇアメジオさん。あなたは我がバトル部のキャプテンなのですから、しっかり部員たちを引っ張っていただかないと」
アメジオは告げるだけ告げてからスピネルを無視し、サンゴにタコ殴りにされ、顔中血だらけな生徒を抱え起こして立ち去ってゆく。
一方的にキャプテンに指名してきたのはスピネルであるし、アメジオにとってのキャプテン像とは、傷付いた仲間を放っておくものではなかった。
「まぁ……別にいいでしょう」
そんなアメジオをスピネルも無理に引き留めることはしなかった。
このエクシード学園は一見単なるお金持ち御用達のエリート校であるが、その実はエクスプローラーズの養成所という側面も持っている。その一員として派遣されたスピネルからすれば、アメジオへの厚遇は組織のトップであるギベオンに擦り寄るための方策に過ぎなかった。
アメジオは、そんなスピネルの魂胆が透けて見えているのもあるが、そもそもとして彼の人を見下す瞳の色とニヤけた口元が初対面から嫌いだった。
「ごめんよアメジオくん……僕なんかのために貴重な練習時間を……」
「気にしないでください先輩。困った時はお互い様、俺たち仲間じゃあないですか」
力無く謝罪する生徒にアメジオは優しく答える。滲んだ血が純白のシャツを汚そうが一向に構わないと思っていた。
トレーナーとして強く在るのと同じように、人として正しく在るべきだという母の教えを実践しているのだ。
冷血な学校の風土の中にアメジオは1人、爽やかな風を吹かせていた。
『アメジオ』
15歳。エクシード学園所属。
1年生ながら部長とキャプテンを務めることになっているエクシード社の御曹司で、生まれを感じさせない爽やかプリンス。
パートナーのソウブレイズとは小さい頃からずっと一緒だ。