部活に励みながら諸々の準備を進め、知り合いを誘っていく中であっという間に本番当日を迎えるのであった。
「こんな感じでいいー?」
「うん。ありがとうアン」
「じゃあ次あたしの巻いてー」
10月25日の朝、朝食を済ませたリコとアンは前日に用意された衣装を身に付けていた。
寮の部屋にて互いに胸周りへサラシを巻いてゆく。2人は男子モノの学ランズボンを履いており、ベッドには長ランが置かれていた。出処はシンプルにクラスメイトの親の私物だ。
いわゆる古き良き『バンカラ』スタイルであるが、セキガクバトル部としてはコレを大真面目に制服として採用しているアサギ塾を知っているためそこまでインパクトは感じなかった。
セキエイ祭りにおける出し物の内訳は以下の通りであった。
1-1 男装喫茶
1-2 女装喫茶
2-1 スタンプラリー
2-2 フリーマーケット
3-1 焼きそば
3-2 フライドポテト
野球部 オクタン焼き
柔道部 マーイーカ焼き
バレー部 お化け屋敷
吹奏楽部 体育館演奏
リコたちは1組と2組の女子一同の中に入り、男装喫茶を回すことになる。
外れることのないようギチギチにサラシを巻いてから上に長ランを羽織り、年季の入った学帽を被る。
「行こっか」
「オッケー!」
素足に高下駄を履いてバンカラを完成させ、リコとアンは部屋を後にした。開幕前の最終準備のためだ。
「にゃろ」
「たぁち!」
2人の連れ歩くニャローテとフタチマルも今日は学帽を被って主人と同じようにおめかしをしていた。
「ドットさん。その椅子そのまま窓際のあっちの席にお願い」
「ン……」
2組の学級委員キョウコの指示に従い、ドットはリコたちより先に作業に勤しんでいた。
男装喫茶店をやるに際して燕尾服の類は数を用意できず、一部の者以外は学ランスタイルで数合わせをするという形に収まっていた。
「おっはよー! わわ、もうほとんど出来上がってるじゃん!」
「遅いぞ!」
「ごめん。サラシ巻くの手間取っちゃって」
『こ、この野郎……!』
1組の教室にやってきたリコとアンの胸回りを見るドットは目を見開きながら歯軋りをした。
いつまで経っても、どれだけ食べても平面そのものな胸のドットはウェルカモのお手伝いであっさりサラシを巻けていた。
日増しに実り続けている2人の胸の膨らみを毎日見せられているのは、ドットからすれば当てつけでしかないのだ。
「おっ! ビリリダマ!」
そんなドットを他所に、グラウンドから高々と砲台から打ち上げられたビリリダマが上空で爆発をする。
セキエイ祭り当日を無事に迎えられ、その開幕を高らかに告げる祝砲であった。
「いらっしゃいませ! あ、ホタル副部長にミコ先輩!」
「やぁ。やってるね」
「似合ってるじゃん!」
「ぶいぶい!」
開幕してしばらくののち、男装喫茶にホタルとミコが顔を出しに来た。2人の足元にはパートナーのニンフィアと相棒イーブイが連れ歩きで寄り添っている。
ホタルたち2年1組が企画したスタンプラリーは、学園中にチェックポイントを設定してそこを巡り切ったのちに景品をプレゼントするという方針な為、基本的に最低限の人員で回すことが出来る。
つまりホタルたちはこの2日間、ほとんどフリータイムも同然であった。
「グループラインでも伝えたがあまりハメを外し過ぎるなよ? セキガクバトル部として、節度ある行動を心がけるように」
「「はい!」」
「相変わらずお堅いね〜副部長さんは」
「コレがボクの役割だからな」
席に案内されたホタルとミコのお相手は自然とリコとアンになる。部活の先輩がやってくれば後輩が応対するのはもはや条件反射といえた。
ニンフィアを膝の上に寝かせるホタルの訓示に2人は元気よく返事をした。
「お待たせッス」
喫茶店として出すホットケーキは市販のホットケーキミックスにモーモーミルクを混ぜ合わせてプレートで焼き上げ、雑にホイップクリームを乗せたものだ。
ホイップクリームの方はくさ校舎とニドリーノ寮の食堂で働いているマードックからドットが借り受けてきたマホイップ製である。
「ありがとう。よく似合ってるよ、ドット」
「……ウッス」
調理スペースからホットケーキを持ってきたドットは、ホタルに褒められ僅かに口角を上げる。
ドットとホタル、この2人の間にある相応の関わりの深さは、当人たちが語らない以上は外野が尋ねるのは野暮というのがバトル部暗黙の共通事項なのだ。
「よぉお前ら! 休憩か?」
「ナギ先輩! それにフリード監督も」
セキエイ祭りが開幕し、しばらく働いてから休憩となれば、リコたち1年女子3人組は隣の女装喫茶に足を踏み入れた。
そこには先客としてナギとフリードがいた。
「リコたちからも言ってやってよ! この2人開幕からずーっと居座ってるんだ」
「マジ〜!?」
「注文はその分弾んでやってんだしいいだろ? ほら、ツーショチェキ追加すっからロイよ、こっちゃこい! こっちゃこい!」
「またぁ〜?」
注文、となれば行くしかないのがスタッフの定め。
ナギの側に駆け寄るロイは全身頭の先から爪先までバッチリとしたメイド衣装で仕上げられていた。
カチューシャを着け、長袖の正統派スタイルのメイド服に、ロイの褐色肌に合わせたメイクがきめ細やかになされている。
「ファッション部が総力を結集してたからね」
席に着きながらドットが呟く。ロイの全身は、2組の部員を通して招聘されたファッション部総出のものだった。
「なんでファッション部がロイに?」
「活発な男の子ほどああいうのをガチで決めたらギャップ萌えってやつじゃね?」
「あぁ」
アンが話すのでリコはなんとなく納得をする。
事実、女装喫茶はロイを中心に回っている状況であった。
店の方は万々歳にしても、ロイからすればとんだ災難ではあるだろうが、コレに関してはリコたちに出せる助け舟はなかった。
リコたちもリコたちで男装喫茶に戻らねばならないのだから。
「わぁ〜! お姉さんたちカッコイイ〜!!」
「チャンちゃん。いらっしゃい」
「2名様入りま〜ッす!」
休憩を終えて男装喫茶に戻り、昼食どきの少し前のタイミングでチャンが1組にやって来たのでリコたちは温かく出迎えをする。
「え、アレって2代目オーキド博士?」
「子供いたのか?」
「独身でしょ?」
「相当遊び人だって聞くけど、隠し子的な?」
教室内がザワつく理由としては、チャンに帯同するシゲルにあった。
シゲルはトレーナーとしての現役時代、その活動の多くを数多いるガールフレンドにサポートしてもらっていた時期がある。そのサポートに従事していた彼女たちは『シゲルガールズ』と呼ばれていた。
元々は初代オーキド博士の兄であるマサラタウンの町長が選挙の際に雇っていた選挙ガールがシゲルの旅立ちの際にあてがわれ、後年シゲル自身の資産で雇われていた。
シゲルガールズ自体はシゲルの研究者転身、それに伴ってのトレーナー引退とともに解散となったが、メンバーそれぞれとの良好な関係は今も継続しているし、彼女たちとは別の女性関係も広がり続ける程度にはプレイボーイとして知られているがシゲルであった。
余談ではあるが、プレイボーイとしての側面は初代オーキド博士ことオーキド・ユキナリ氏も相当なもので『先立たれた奥方と巡り会うまでそれはそれは酷かった。孫のシゲルが可愛く見えるくらい酷かった』とはタマムシ大学での先輩ナナカマド博士の談である。
「お騒がせして済まないね」
「い、いえ。大丈夫です。ゆっくりしていってください」
「ありがとう」
プレイボーイとして女性が全てを許すに足りる甘いマスクをシゲルは女子生徒らにも分け隔てなく振り撒いている。
度々研究所に顔を出すリコとしてもシゲルの顔面は色々な意味で目に毒なのに、耐性などろくについていない他の女子たちからすればまさしく劇薬であった。
「あ〜やっぱ顔良すぎるわシゲル博士〜」
「あ、アンったらもう」
「ははは、よく言われるよ」
この時1組にいた女子たちは、男装をしているのを忘れるくらいにシゲルにメロメロ状態にされていた。
「みず校舎って初めて来たんじゃない?」
「オリエンテーション以来だね」
2度目の休憩として昼食タイムをもらったリコたちは、グルメ企画が集中するみず校舎を訪れていた。
1年用のくさ校舎を根城とし、週の初めにミーティングのために部室がある2年用のほのお校舎に行くくらいなリコたちの普段の行動範囲からして、3年用のみず校舎は馴染みの薄い場所であった。
部室がある野球部や柔道部なら話は別だろうが、リコたちバトル部からすれば3年生になるまでは無縁と言っていい。
「あっ! リコちゃ〜〜〜ん!! いらっしゃ〜〜〜い!!」
「マフィン部長……」
そんなみず校舎に入ってすぐの3年1組、焼きそば屋のホールスタッフとして白×ピンク×黒の3色を合わせたガーリー系のファッションで動いていたマフィンがリコを見るなり目を輝かせながら駆け寄って来た。
「来てくれて超嬉しい!! お昼だよね?」
「部長〜あたしらもいるんスけど〜?」
「分かってるって〜! オーイ! 焼きそば特盛15人前! 俺が払うから大至急ねー!!」
「あいよッ!」
アンにも景気良く返してから裏方へ聞いてもいない注文をマフィンが勝手に通す。
リコ、アン、ドットで1人5人前ずつ。半年近く続けている食事トレーニングで胃袋が増強された3人からすればまぁ食べ切るに問題はないが、せめてひと言確認くらいは欲しいものではあった。
「はいお待ち〜!」
程なくして業務用の特大フードパックで蓋ができない量の焼きそばをマフィンが運んで来れば、お腹が空いているのは間違いないので3人ともペロリであった。
「部長が着てるのってどこから用意したんスか?」
「んー? 私服だよ」
「誰の?」
「俺の」
サラリと答えるマフィンに、やはり色々と『ガチ』な人であるのだなとリコたち3人は部長への認識を改めて固めるのであった。
「あっ」
「カオルさんじゃないスか!」
「やぁ」
3年1組で焼きそばをしこたま腹の中に詰め込んだリコたちは、帰りにマフィンの勧めで2年2組のフリーマーケットを覗くためにほのお校舎へ立ち寄った。
そこでバッタリとタマ大のカオルと会ったのだ。
「兄貴がどうしても来いってうるさくてね。なんでもここにあるの、全部兄貴が仕入れたらしくって」
「ナギ先輩の準備ってコレだったんだ」
2年2組の教室全体に敷かれたブルーシートの上には凄まじい数のアイテムが煩雑に置かれていた。開幕の際はもう少しまともに並べられていたのだろうが、正午を回る頃には客の物色により整理整頓も何もない状況に成り果てていた。
「あちこち出入りしてるジムや他の施設から、要らないものを譲ってもらったらしいんだよね」
「そうだったんですね。私たちも先輩が何か動いてると聞いてただけで」
「兄貴らしいや」
手に取っていた雑貨を元あった場所に戻しながらカオルは微笑む。
その表情に、初めて出会った時にあった険はリコには見られなかった。穏やかな顔をしていた。
「わたしは、兄貴はずっとここで不遇な目に遭ってるとばかり思ってた。本来ならタマ大に行くのは兄貴だったのに、って考えもあって、なんだかずっとギクシャクばっかりしてた」
「カオルさん……」
「でも違った。兄貴は兄貴なりに自分にとっての最高のチームを、それが生まれ出る土壌を見つけ出したんだって、地方予選の時教えられた。わたしは、ただただ余計なことばっかりに気を取られてたんだ」
「……」
「あ、ごめんね。こんなこと、急に言われても困っちゃうよね。なんだろう、こういう胸の内を話したくなるような空気が、兄貴の性に合ったのかな」
「兄妹の話はよく分かんないッスけど、先輩は、妹さんのこといつも自慢してましたよ」
ドットの言にカオルの瞳が一瞬見開く。
「そっか……」
その気恥ずかしさから視線を雑多な品の中に戻せば、埋もれていた中にある確かな煌めきに目が止まった。
「これは……」
カオルが手を伸ばし、煌めきの元を拾い上げれば、乳白色に透き通っていて中心部にある黄色い模様が主張として煌めいていた。
「それは?」
「うん……間違いない、ひかりのいしだ」
リコに尋ねられ、石を見たまま僅かな埃を払い除けながらカオルは確信をする。
「カオルさんの手持ちなら、トゲチックに使えるッスね」
釈迦に説法だろうがと思いながらドットがひと言呟く。
「そっか! ナギ先輩はコレをあげたくてカオルさんを呼んだんだ! 間違いないッ!!」
アンの高揚とともにぶち上げられた理屈があながち間違いでもないと思えるのは、普段から見るナギの掴みどころのなさにあった。
「フフ……出直すとすっか!」
教室の出入り口に隠れて様子を見ていたナギは踵を返し、廊下の雑踏の中に姿を消してゆく。
「ペテン師ナギ様はクールに去るぜ」
リコたちはもちろん、ひかりのいしを握り締めたままのカオルもその気配に気付くことはなかった。
『ナナカマド博士』
享年80歳。ポケモン研究者。
シンオウ地方におけるポケモン研究の権威で、初代オーキド博士は大学の先輩。
教え子にはシンオウリーグチャンピオンシロナやカロス地方にポケモン研究所を構えるプラターヌ博士がおり、多くの人に慕われていた。
ポケモン歴2020年に老衰にて死去。