ナギ主導のフリーマーケットにて、リコたちは不器用な兄妹の絆を垣間見るのであった。
「うんしょ! うんしょ!」
ほのお校舎、バトル部の部室はセキエイ祭り中は完全に無用の長物であった。
「いらっしゃい?」
「もうちょっとだからねゴローン」
部室にてリコとチャンがゴローンのお腹周りになにやら黒い紐を巻こうとしている経緯としては少しだけ時を遡る。
「あ! お姉さんいた!」
「チャンちゃん」
カオルと入れ替わりでフリーマーケットの2年2組に入ってきたチャンが飛び付き、リコはしっかりと受け止める。無論、引率のシゲルも一緒だ。
「見て見て! コレ! お姉さんにあげる!」
瞳を爛々と輝かせながらチャンが差し出してきた黒い紐、あわじ結びの水引のような形に結われた両端には双方を繋ぎ合わせるための作りがされているのが何となく分かる。
「ヒスイ地方伝来の『つながりのヒモ』。チャンさんがスタンプラリーの景品としてもらったんだ」
シゲルがリコにチャンからのプレゼントの説明をする。
「ポケモンの中にはトレーナー同士、交換を行うことで進化条件を満たす子がいくらかいる。その際にポケモンの中で起こるプロセスの説明は長くなるから省くとして、つながりのヒモにはポケモンに交換したのと同様の作用をもたらす力があるんだ。リコさんは確か、ゴローンをゲットしていただろう? それをチャンさんは覚えていたんだね」
シゲルとしてはスタンプラリーを企画した者がどういったルートからつながりのヒモを仕入れてきたのか気になるところではあったが、この場においては無粋なものとした。
「やったじゃんリコ! せっかくだし使ってみなよそれ!」
「あ、アン」
もらった当人よりテンション高くアンにせがまれた形で、リコたちはバトル部の部室へ場所を移し、つながりのヒモを使ってみることにしたというところで時を戻そう。
「はい、お姉さん!」
「ありがとチャンちゃん」
「えへへ……!」
ゴローンのお腹周りを1周させたつながりのヒモをチャンから受け取り、リコは先端同士を接続する。
「いいい!? いらっしゃーい!!」
「わわッ!?」
つながりのヒモを巻かれたゴローンは頭の中でなにやらビビビ! と感じたらしく咆哮。
チャンが驚き、尻餅をついたと同時に全身が眩い光を放ち始める。
「つながりのヒモが効力を発揮したようだね」
シゲルが呟く通りにゴローンは光の中で姿形を変えていき、
「らっしゃいどーぞぅ!!」
岩石の集合体に蛇のような頭と手足が生えたゴローニャへと無事進化を遂げた。
「ゴローン……いいえ、ゴローニャ」
「どーぞぅ!」
リコは、進化したばかりのゴローニャの右手を取る。
ゴローニャも、新しい姿を見る主人の慈しむ視線に満足げであった。
「これからもよろしくね」
「らっしゃい!!」
リコのゴローンの進化劇から先は賑やかながら異常はなく時間が過ぎ去り、セキエイ祭りは無事1日目を終了した。
「リコ! リコ! この娘、アローラ地方から来てるんだって!」
「アローラ〜!」
セキエイ祭り2日目。1日目同様に男装喫茶のシフトに入っていたリコにアンが引き合わせてきたのは金髪金眼の整った顔立ちを清潔感のある薄メイクで際立たせている美少女だった。
「いやね? なーんか話してたら意気投合しちゃって!」
「だってここ超クオリティ高いんだもん!」
若干気崩したファッションからもアンと似通った雰囲気を感じた。ギャル同士で共鳴したのもむべなるかなとリコは思う。
「アタシ、アイリ! この子はもくまる! モクローだからもくまる!」
「ほー……」
「にゃろッ?」
肩に乗る丸っこい体のくさばねポケモンモクローはアローラ地方の初心者用ポケモンであり、アイリがアローラからやってきたという要素を補強していた。
肉体的な特徴から柔軟な首を180度近く回すもくまるにニャローテは怪訝な顔を向ける。
「リコです。あの、カントーへは観光とかですか?」
「似たようなところもあるかな。遠征ついでってやつ」
「アイリ、ポケモンスクールのバトル部なんだって」
「ポケモンスクール……」
テーブルの清掃をしていたドットの手がピタリと止まる。
アローラ地方のポケモンスクールといえばマサラタウンのサトシがカロスリーグ挑戦後に骨休めとして訪れたアローラで入学し、リーグチャンピオン就任の際にも在籍していたサトシファンにとって外せないスポットである。
全国大会出場を決めた強豪としての側面を持つ彼女たちならば、海を越えての遠征も自然な話であった。
アローラからやって来た太陽のようなアイリとの邂逅の後、リコたちバトル部は昼食もそこそこに体育館に集結していた。
マフィン発案のバトル部の企画のためである。
「お姫様! お待ち下さーい!」
「ルルンルンルン! 花の子ルンルン!」
体育館のステージに上手からスキップしながら上がるドレス姿のマフィンの後に、1日目と同様、メイド服姿のロイがスカートを足に引っ掛けないよう軽く持ち上げながら続く。
吹奏楽部の穏やかな演奏も寸劇に花を添えていた。演奏含めてマフィンの根回しの産物であった。
吹奏楽部の部長の性癖にマフィンがたまたまブッ刺さっており、そこをマフィンは全力で突いた結果として午後のステージのための時間を捻出してもらったのだ。
「やっすい演技だな」
体育館の出入り口近くから寸劇を見る影が3つ。端正な顔立ちに利発さを兼ね備えていた。
ステージから見て右端の少年がこともなげに呟く。
「アレがお姉ちゃんの元同志?」
「えぇ」
左端の少女に中央の少女は頷く。マフィンをジッと見る瞳には懐かしさが宿っていた。
「そこの姫とメイド、止まれ! 私はホタル大魔神! お前たちは我が生贄となるのだ〜!!」
2人の背後から黒のローブを身に纏ったホタルが現れ、マフィンとロイは互いに抱き合う。
吹奏楽部が不穏なBGMを奏でてくれた。
「「キャ〜! 誰かお助け〜!!」」
『なんだホタル大魔神って……』
『学園祭始まってから僕ずっとこの扱いだなぁ……』
ロイにしてもホタルにしても役柄に対して不満はもちろんあったが、バトル部の企画の範疇としての部長命令な以上逆らうことも出来ない。
「「「待て〜い!」」」
「何奴ゥ!?」
「あっ、お姉さんたち出てきた!」
不慣れな発生とともに下手から飛び出し、ホタル大魔神の前にリコ、アン、ドットがお姫様とメイドを守るように現れたのでチャンは快哉した。
「いいじゃんいいじゃん。なかなか迫真じゃん」
ミコはナギと一緒に裏方からスポットライトの操作をしながら舞台上の様子を眺めてからからと笑う。
「……異常なし」
キラリは生徒会の一員として校内を巡回しており、表情を変えることなく次のエリアへと足を運んでいた。
仲間たちへの寸劇に関してはノーコメントを貫いていた。
「我が忠実なる妖獣ニンフィアよ! 小賢しき勇者ドットとその仲間たちを打ち払うのだ〜!」
「ふぃふぃふぃ〜!」
「ま、まけるものか、だ、だいまじんめ」
寸劇の主役に抜擢されたドットだがまるでセリフに抑揚がない。前日に明かされた配役として完全に緊張が勝っていた。
「ドット! ドット! し、ん、こ、きゅ、う」
隣から小声で促すリコのそれも普段ならうるさい! と一喝するものだがそんな余裕すらない。
その余裕のなさが、リコの言を容れるきっかけにはなった。
「すぅー……行くぞ! 勇者カヌチャンよ!」
「かぅあ〜!!」
深呼吸ののちに繰り出すカヌチャンは、玩具のマイクに追加の武装を施していた。フリーマーケットで仕入れたガラクタだ。
「出でよ、我が眷属たちよ!」
ホタル大魔神は両手のボールからさらにポケモンを展開する。
「こぉん!」
「ぴぃかちゅう!」
アローラのロコンとピカチュウがニンフィアの左右を固めた。ホタルの現状のフルメンバーだ。
「勇者に続け〜! 武道家パモ!」
「ぱんも!」
「騎士カルボウ、力を貸して!」
「ぼうッ!」
アンはパモを、リコはカルボウを繰り出す。
勇壮な曲目に演奏が切り替わり、トリプルバトルの様相となった。
さりとて本腰を入れてバトルと洒落込むのも憚られた。
余興としてマフィンが吹奏楽部の部長相手に半ば強引に捩じ込んだ寸劇ゆえに派手にやり過ぎてはこの後の演奏に障ることになりかねない。
なによりリコたちからすれば現状、ホタルは1人で3体のポケモンに同時に指示を飛ばしている状況だ。
本人が強がって見せても思考のリソースは1体のみを見ていればいい自分たちと比べて細分化されてしまうのは明らかなのだ。
コレではフェアではない。どうせやるならば100%のホタルとやり合いたいというのがトレーナーの人情であった。
「「「今こそ見せよう! 友情のトリプルアタック!!」」」
その辺りも含めての余興としてカルボウ、パモ、カヌチャンは3体寄り集まったタックルでニンフィアを突き飛ばし、戦いの決着とした。
「おのれぇい! 覚えておれよ〜!!」
フルメンバーをボールに回収したホタルが捌けていく。
「かぁ!」
「ぱも!」
「ぼう!」
「なんと素晴らしい! これぞバトル部の誇る英雄たちですわ〜!」
大魔神を打ち払った勇者、武道家、騎士が手と手を取り合い、それを両手で手を握りながらお姫様が仰々しく締め括るとともにリコたちは客席へ一礼をする。
「あっはっは! 最高! リコっちもアーちゃんもナイスナイス!」
最前列からアイリがスタンディングオベーション。文化祭でテンションの上がっている他の観客たちもそれに釣られていった。
「なんとか上手いことやれたね」
「もう2度とやりたくない」
頭を下げたまま、リコとドットは短く言葉を交わした。
「あれ? 部長、誰と話してるの?」
「古い知り合いだって」
バックヤードから戻って合流したミコにロイが指差す先で、マフィンは体育館の出入り口から寸劇を見ていた3人組と顔を合わせていた。
「そうか。アレがマフィンのかつての同志か」
「何か知ってるんですか? ホタル副部長?」
リコの問いにホタルは首肯をする。
「ボクも入部してすぐに聞かされたっきりなんだが、マフィンにはかつて、共に全国制覇を誓い合った同級生がいたらしいんだ。入学してすぐに転校して行ったみたいなんだが」
「オレらが入った頃にしてもバトル部のセンパイ方はまるでやる気のねェ連中だったしな。大方それに嫌気が差して出てったとかか?」
なんとはなしに口にするナギの論がそのものズバリであると皆が知るのはこの後のことである。
「……アローラ地方、メレメレ島ポケモンスクールのバトル部部長。人呼んで『銀の弾丸(シルバーブレット)』マヤ」
「『銀の弾丸』マヤ?」
巡回から戻ってきたキラリの言葉をロイが反芻する。
「……一昨年の選抜大会からポケモンスクールのバトル部員として精力的に活動し、チームを常にベスト4まで押し上げたエース。困難な事態をひっくり返して来た戦いぶりからその異名がつけられた。今年も、アローラで地方予選を勝ち抜き全国を決めている」
「正直な話、セキガクが地方予選を突破した、って聞いた時はビックリしたわ」
「だろうね」
マヤにマフィンは同意してみせる。マフィンからしてマヤの知るセキガクバトル部とは練習はおざなりで後輩イジリばかり、試合も思い出作り感覚でしかないいい加減な場所だった。
そんな環境を嫌い、彼女は新天地を求めセキガクを飛び出していったのだ。
「わざわざ会いに来てくれたのは、宣戦布告ってところかな?」
「遠征ついでにね」
昔語りにさしたる意味はない、と2人とも口角を吊り上げるのみにとどめる。
物別れとなってからのことなどは、真剣勝負の中で語らえば済むことだ。
「姉さん。そろそろバスが来るぜ」
「うん」
スマホロトムから時間を確認する弟のタダノへマヤは返事する。
「どことやるの?」
「ジョウトと言ったらアサギ塾でしょう」
マフィンに背を向けマヤは歩き出す。
元気そうである、それだけでお互い充分であった。
銀髪の長女、長男とは違いピンク髪のポニーテールを揺らす次女のライカがリコたちへ気さくに手を振りながら去っていく。
見送るマフィンが無言な以上、リコたちもまた言葉を発することは出来なかった。
「あの人たちが、アローラ代表……」
「……弟のタダノは来年、妹のライカは再来年に10歳になる」
「それに加えてアイリもいるんだよね?」
アンが呟く中、立ち去る3兄弟を追うようにアイリも体育館を出る。アイリもまた満面の笑みとともに手を振っていた。
「『銀の弾丸』が卒業したとてポケモンスクールに抜け穴はなし、ってかよ。まったく恐れ入るぜ」
キラリのリサーチにナギはやれやれ、と両手を広げるよりなかった。
「アローラ代表のポケモンスクール……ワールドチャンピオンの母校」
リコは新たな強敵の出現に武者震いをする。
「大丈夫だよみんな! あたしたちならどんな凄いチームにだって勝てる!! セキガクバトル部は全国制覇あるのみ、でしょ?」
「アン……」
「アンの言う通りだ」
気を吐くアンの肩にホタルが手を置く。
「ボクたちだって地方予選を勝ち抜いて全国行きを決めたんだ。大会本番となれば条件は皆同じ。気後れすることなんてないさ」
ホタルが語る中、輪の中に合流したマフィンの瞳はほんの少しだけ潤んでいた。
『マヤ。全国で見せてあげるよ。俺と一緒に夢を追いかけてくれる頼もしい仲間たちをさ』
「あっ、ビリリダマ……」
校庭で花火が上がる。
ビリリダマが上空で盛大なだいばくはつをすれば、2日間に渡って開催されたセキエイ祭り閉幕の合図であった。
後日、生徒会から出し物の売り上げNo.1は大方の予想通り3年1組の焼きそば屋であったと発表され、クラスに記念のステンドグラスが贈られるのだが今は皆、打ち上がった花火をこれまでの準備が一定量報われた思いとともに見上げるのみであった。
『マヤ』
12歳。ポケモンスクール3年生。ポケモンバトル部部長。
かつてセキガクにてマフィンとともに全国制覇を誓い合った同志だが、当時のバトル部の腐敗ぶりに憤慨し、転校していった。
転校先のポケモンスクールにて頭角を表し、強豪チームをより高みへ押し上げた立役者だ。
想定CVは内山夕美さん。