ホタル副部長の発案によりバトル部総出でのテスト勉強時間が設けられる中、リコとドットは奇妙な光景を目の当たりにするのであった。
「やった! やった! やったよ! ohh〜!」
「チュウしようとしないで! はじめてのチュウはガラルギャロップに乗った王子様って決めてるの〜!」
リコとドットが不思議な光景を目の当たりにしてからテスト勉強を皆で積み重ねていき、ついに迎えた11月17日。
運命の期末テストを迎え、振替休日を経た25日に答案用紙が返ってきた。
「あ、あはは……」
「にゃろ」
「かめぬ」
喜びのあまり前の席のデンサに飛び付き、キスをしようとするアンにリコとニャローテ、それにデンサの相棒かめポケモンカメールは困惑するよりなく、アンのフタチマルはホッとひと息安堵していた。
アンが狂喜する理由は単純明快、赤点回避に成功したからだ。
「バトル部も部単位でテス勉頑張ってたもんな。ウチも冬休みは新人大会があるから部室に集まってたぜ」
「野球部は夏に全国だっけ」
「おう。先輩たち凄かったぜ。俺たちも負けてられないって思ったね。な?」
「まぁぐ」
リコの前の席のオリの膝上に鎮座するマグマラシは、寒さが増していくこれからの季節にはありがたい存在だ。
ほのおポケモン故の熱を持ったボディにより授業中睡魔に敗れ去るオリの背中をリコは度々見ていた。それでもテストの方は問題なかったようだが。
「あっ、ねぇアン。ドットとロイも上手くいったみたい!」
「うはー!」
ポケラインのグループチャットからリコが通知を受け取れば、今度はリコへとアンはハグをする。
寄せてくる唇を抑えながらもコレで全員揃って全国大会に行けるとリコは胸を躍らせた。
ちなみに期末テストの結果としては以下の通りである。
リコ 国語92点。社会96点。数学94点。理科95点。語学98点
アン 国語63点。社会50点。数学41点。理科42点。語学49点。
ドット 国語43点。社会44点。数学95点。理科98点。語学40点。
ロイ 国語49点。社会42点。数学41点。理科47点。語学70点。
オクタンの脚の切れ端は海中に放置されている千切られた後のものが食用に処理された上で市場に流通しており、オクタンの脚の収集を専門とした漁師もいるほどに需要のある食品だ。
その特徴的なフォルムから『こちらの世界』の諸兄姉がイメージする通りのタコの脚と同じ味で、調理においてもほぼほぼ同じ用いられ方をポケモン社会でもされている。
一般庶民の食生活においてこのオクタンの脚が用いられるポピュラーなものはやはりオクタン焼きだろう。その製法は『こちらの世界』でいうたこ焼きと同じとして認識してもらって差し支えない。
ニドリーナ寮で暮らしているセキガクバトル部の女子メンバーは度々夜に集まり、オクタン焼きパーティーを開き親睦を深め続けていた。
上級生の召集に下級生がお皿を持参して部屋へ赴く形だ。材料費は無論、全額監督のフリード持ちである。
発起人はほぼホタルであり、ホットプレートが自前ならば焼くのも自分だ。根っからの『焼き奉行』なのだ。
ホタルは、厳しくするだけでは人はついてこないことを知っていた。
故に厳格にチーム全体を管理する立場ながら、こういった催しを自発的に執り行う柔軟さも持ち合わせているのが彼女の強みであろう。
「無心でプレートと睨めっこしながら焼き焼きしてるので欲求を発散させてるとこない?」
「否定はしない」
生地の流し具合も経験から手慣れたものである。ミコに返しながらのホタルの手先に狂いは見られない。
「は、はふ! はふ!」
熱量を図り損ねたアンが放り込んだ口の中でオクタン焼きを転がすのも皆見慣れた光景であった。
「……きた」
爪楊枝に刺したオクタン焼きをヒョイと口の中に入れながらのキラリがタブレットロトムの液晶画面を見てのひと言。
「なにかあったんですか?」
「……全国大会の開催地が決まった」
リコに答えるキラリの言で皆意識をキラリの口元へ向ける。
「……全日程、ガラル地方の各スタジアムにて行われるとのこと」
「確かクリスマスに開幕だったよね?」
「うむ。開幕初日に予選のグループ戦、そこから1日おきに休養日をおいて27日に決勝トーナメントベスト4、29日に3位決定戦と決勝だ」
ピックで次々とオクタン焼きをひっくり返しながらホタルはミコに答える。
「いよいよって感じッスね!」
「あぁ。いよいよだ」
ホタルは、自分の声音に万感の思いが漏れ出ていることに自嘲する。
セキガクバトル部の目的はあくまで全国制覇……出場するのではなく最後まで勝ち抜くことにある。自分たちはスタートラインにだったに過ぎないのだ。
ここまでの道のりを顧みて、湧き上がるものを振り払うようにホタルの手捌きはスピードを増していく。
「さぁどんどん食え! 今日は期末テストを突破した祝いと全国に向けて英気を養おう!」
「「ゴチになりまーす!」」
「……ゴチッス」
いよいよ近い未来に捉えた全国の舞台にリコたちが胸を高鳴らせる中、ニャローテはオクタン焼きをフーフーするのに余念がなかった。
言うまでもなく猫舌だからだ。
「よーし! じゃあそろそろやっちゃいますか! ホタル! ワクワクロシアンルーレット!!」
「心得た!」
ミコのひと声に応じてホタルは、焼き上げたプレート上のオクタン焼きの適当な1つに砕いたマトマの実とハバネロエキスを混ぜ合わせた辛味調味料をほんの少し垂らす。
そこから瞑目とともに目まぐるしくオクタン焼きの場所を動かしてかき回すことで、自分でもどこに『当たり』があるか分からないようにしていった。
焼いてる手元を見ていたリコたちも全力のホタルのピック捌きを肉眼で捉えることは出来ない。
ミコ曰くホタルのオクタン焼きの腕前は本場のジョウト人にも引けを取らぬとのことだ。
「さぁさぁ、『当たり』は誰かな〜?」
プレート上のシャッフルの後、均等にオクタン焼きが全員の元に配られる。
激辛エキスが仕込まれた『当たり』を引いたのは……、
「みのりゃあああああああッ!?」
リコだった。
リコとて『当たり』を引かされたのはコレが初めてではない。引かされるたびに強烈な辛みの前に絶叫を余儀なくされるのだった。
「にゃろあ……?」
「ら、らっしゃいどーぞう」
ほのおタイプもかくやという勢いで顔を真っ赤にし、かえんほうしゃの1発も本当に出せそうなほどに悶絶する主人の絶叫と白目を剥いた表情に、ニャローテもゴローニャも絶句。
「ぼーう……」
唯一カルボウだけは激辛エキス入りのオクタン焼きに興味津々であった。
「そっか。ガラルか」
「どうしたの部長?」
ニドリーナ寮の女子たちがオクタン焼きパーティーで盛り上がる中、男子のニドリーノ寮は穏やかなものだった。
5月の中途半端な時期に入学してきたロイにあてがわれた寮室にはルームメイトがおらず、2人部屋を1人で使う形になっていたところに転がり込んだのがマフィンだった。
マフィンは非常に小柄であり、170cmオーバーのホタルやミコは言うに及ばず、入学時140cmちょうどであったリコよりも小さい身長139cmの華奢な体格で常日頃から女子の制服を着て出歩いている。私服も量産系の代物をメインとしたレパートリーだ。
そんな一見女子と見紛う容姿で男子寮に暮らすとなれば、年頃の男子の情欲を刺激するのも仕方のない話ではあった。実際、色々と持て余してしまった仲間から夜這いをかけられたことも1度や2度ではない。
同じ部の先輩後輩である以上に切実な話として、寮生活由来の『間違い』を避けるべくマフィンの転居は寮長先生にも黙認されていた。
「全国大会はガラルでやるんだってさ」
丸みを帯びた可愛らしいデザインのティーポットからソーサー付きのカップへハーブティーを注ぐマフィンはフリルとレースが多用されたネグリジェで扇状的な姿だが、そういうところにロイはピクリとも反応することはない。
「いよいよだね」
「あぁ。いよいよだ」
ソーサーは置いたまま、カップだけを音を立てず静かに扱うマナーをロイはマフィンから教わり身につけていた。
2人で睡眠前のハーブティーを頂く。『しろいハーブ』にはポケモンのステータスデバフを解消する働きがあり、その作用を人間が飲んでリラックスと安眠効果を得られるように調整されたフレーバーだ。
夜、寝る前の静かなティータイムがセキガクバトル部男子組のルーティンとなっていた。
2人のポケモンたちは主人のブラッシングを受け、とうの昔に夢の世界へ意識を旅立たせている。
寄り集まって雑魚寝している彼らのすやすやとした寝息がそのまま部屋のBGMになっていた。
ニドリーノ寮にて喧騒とは無縁な就寝前のひとときを過ごすのも、マフィンとロイにとっては慣れ切った日課であった。
「ば、馬鹿な……! 俺たちはジムチャレンジをクリアしてセミファイナルトーナメントまでいったはずなのに……!」
「どうしてこんな、たかが学生のガキども如きに……!」
「はぁ〜!? 文句あるッてのかぁ!? アァン!?」
「よせ。この程度は当然のことだろう」
ガラル地方。シュートシティにある旧ローズタワー……現在はマクロコスモスを吸収合併したエクシード社の本社ビルとなっている屋上のバトルコートにて、バトルが決着していた。
倒れ伏す猛者のポケモンたちを見下ろすサンゴのオニゴーリも、オニキスのキョジオーンも、全身から怪しげなピンク色のモヤを放っている。
ジムチャレンジを突破してきたトレーナーたちからすれば、2体はサンゴたちのトレーナーレベルを明らかに逸脱したパフォーマンスによる圧倒劇を見せていた。
「素晴らしい!! どうせならメジャークラスのジムリーダーを相手に実験してみたかったのですが、これほどの力を発揮できるならばもう実用段階に入って問題ないでしょう」
「ならばラクリウムボールは……」
「えぇ。我が部のメンバーに供与していきましょう。しかし、ラクリウムボール、ではどうにもネーミングが長いですね」
「なら『ラクリボール』でいいだろう」
「ラクリボール……楽して利する……いいですね。それでいきましょう!」
一連のバトルをチェックしていたスピネルは有頂天となり、アゲートに笑みを見せる。
もちろんチェックしていたのは部員であるサンゴやオニキスの立ち回りなどではない。
2人に貸し与え、試験的に使わせた『ラクリボール』の動作だけが問題であった。
現在も解明すべき箇所が多いラクリウムという鉱石が持つポケモンの身体能力やエネルギーを増強する性質に着目し、スピネルとアゲートの主導のもとにボールの裏面部分に増強作用が発生する分量のラクリウムを仕込ませたのがラクリボールだ。見た目は市販のモンスターボールと一切変わらない。
オニゴーリもキョジオーンもラクリボールから繰り出されたことで凄まじいパワーを発揮し、本来のサンゴやオニキスの実力では勝ちようがない猛者トレーナーを叩き潰したことでスピネルは自らの成果が立証されたと喜ぶ。
「努力? 根性? ハッ! なんとも馬鹿馬鹿しい!! 科学の進歩の前には何もかもが無力!! 全国大会は私にとって些細な第一歩……いずれ世界を跪かせるための通過点に過ぎません!!」
スピネルにとって科学の力とは自分の価値を高めてくれる存在に過ぎず、口で言うほど科学に対して信奉はしていない。他により自分の価値を高めてくれる存在があるならば迷わずそちらに乗り換える程度の代物でしかないのだ。
「せいぜい頑張ってもらいたいものですねぇアメジオくんたちには。この私のために。フフフ……!!」
そんなテンションを高めているスピネルに一瞥くれることもなく、アゲートは無表情のまま立ち去っていた。エクシード学園のバトル部にラクリボールを配るとなり、その生産状況を確認するためである。
「ウ……ウソだろう。こ……こんなことが、こ……こんなことが許されていいのか」
サンゴとオニキスの戦いぶりをベンチから見ていたアメジオは絶句する。
事前に手渡されていたラクリボールの威力、それは、アメジオにとっては汚いドーピングにしか見えなかった。
「こ……こんなもの!」
アメジオは激情のままにラクリボールを足元に叩き付け、踏み潰して壊してしまう。
そしてそのままフィールドへ背を向けて歩き出す。
「アメジオ様!? どちらへ!?」
「帰る!! こんなことやってられるか!!」
コニアに対して歩みを止めることなくアメジオは返す。
「それでこそアメジオ様だぜ!」
「そりゃあ、そうでしょうけども……」
ラクリボールを真っ向から拒絶してみせたアメジオにジルは感動しながら後を追う。
ジルに賛同しながらも、コニアとしてはアメジオの立ち振る舞いに心配を隠せなかった。
ラクリボールの拒絶とは、即ちスピネルとの対立が決定的となる契機にしかならないからだ。
『ラクリボール』
ごく微細なラクリウムの破片がエフェクト機能に仕込まれたモンスターボール。
スピネルとしては今後、市販のボールにも幅広くラクリウムの搭載を検討しているらしい。