一方、ガラルのエクシード社地下研究部ではスピネル主導による悪意の大発明が形を為し、アメジオは憤慨するのであった。
赤点軍団にとってある意味最大の難所であった期末テストをクリアし、そのまま11月は過ぎ去っていった。
ポケモン歴2025年の12月は例年と変わらぬ寒風が吹き抜けるが、パルデア育ちでなおかつ温暖なテーブルシティ周りを生活圏としていたリコにとってカントー中を吹き抜ける強烈な寒さは初体験であり、なかなかに堪えた。
「はーッ……!」
かじかんだ両手に口から息を吐きかけ、まだ薄暗さが残る中でニドリーナ寮の入り口からリコは走り出す。
「にゃろぉ!」
「らっしゃいどーぞぅ!」
リコにニャローテは並走し、後に続けて転がるゴローニャの上でカルボウは玉乗りしながらスピードを調節する。
カントーの寒さはキツい。それでも日課にしている早朝のロードワークを欠かす理由にはならない。基礎体力とは普段の鍛錬の中でこそ磨き上げられるからだ。そこに季節の移り変わりなどは関係ない。
強く、より強くなるために。セキガク全国制覇に向けてリコは燃えていた。
『あっ……ドット』
ぐるみんとウェルカモが並走し、ゴルバットがカヌチャンを背に乗せて頭上を飛ぶ。
ポケモンたちを引き連れたドットが校庭を外周しているのが見える。
ドットのみならず、他の運動部も朝練に出ている者はちらほらいた。それでもリコがいの一番にドットを認めたのは、チームメイトである以上にライバルであるからだ。
「……」
ドット側もリコに気付くが一瞥くれただけで特にコンタクトを取ろうとはしない。リコとしても自分の朝練を優先として絡みには行かなかった。
チーム内のライバルとして、2人は平常運転だった。
「んッ」
セキガクは周囲を雑木林に囲まれたいわば天然の要害然とした作りをしている。その雑木林を縫うように緩急をつけたランニングを繰り返すのをリコは朝晩の日課としていた。
「おっと……」
しばらく雑木林の中を進んだところでリコは引き返す。
学園サイドにより最低限の管理こそされてはいるが基本的には野生に住むポケモンたちのルールが優先されており、リコの視界には糸でぶら下がっているさなぎポケモンコクーンの溜まり場が広がっていた。
蛹の中で力を蓄え、成虫であるどくばちポケモンスピアーへの進化を控える彼らをわざわざ刺激したところでいいことなど1つもないのだ。
そんな寒い寒い12月もまたリコたちにとっては瞬く間に月日が過ぎ去っていき、クリスマスムード一色となっている23日にセキガクは2学期の終業式を迎えた。
なお、通知表の評価に関しては1学期のそれと大差ない結果であるため省略をする。
そんな通知表の中身や、体育館に全校生徒が集められてのサトウ校長の訓示などはもちろんのこと、世間一般を包み込むクリスマス特有の浮かれた空気すらバトル部からすれば二の次の話であった。
「いよいよだねリコ!」
「うん!」
午前中のみで解散となってからバトル部はすぐさま寮へ戻り、前日までにまとめておいた宿泊用の荷物を持って校門前に集合をする。
「全員忘れ物はないな? バスに乗ったら年明けまで寮には帰って来れんぞ」
「「「はい!」」」
「ウス」
「よし、行こう!!」
1年生の返事で以てホタルを先頭としてバトル部は学園から出発。学園前のバス停へ向かってクチバシティ行きの便に乗り、そこから空港へアクセス。空路からガラル地方へ旅立つのだ。
「ナギと監督は?」
「……空港で落ち合う予定」
ミコとキラリがバス停のベンチに腰掛ける。
リコは、ここから初めてセキガクの校門へ向かった日のことを思い出していた。
たった1人、パルデアから海を越えてやって来て、楽しみと不安がない交ぜになっていたのは半年以上前のこと。
右も左も分からぬカントーで最初に出会ったアンという気のいいルームメイトと出会い、ニャオハと巡り会い、バトル部の仲間たちとこうして一緒に大きな目標へ向かっている。
その事実が頼もしく、誇らしかった。大きな流れの中に自分も加わっていると言う高揚感が心地よかった。
『私は確かにここにいる。セキガクのみんなと全国制覇を目指す物語の一員なんだ』
リコは、『自分の居場所』を見つけたと自覚する。
無論、見つけてそれで終わりではない。皆で掲げた目標は、最高の形で達成してこそという決意に燃えていた。
「おっ、来た来た」
「ようお前ら!」
「ナギ先輩! 監督!」
クチバシティの空港まで辿り着けば、入り口ですぐにナギとフリードが合流する。
ロイが人懐こく駆け寄るのでナギは頭を撫でてやる。この2人特有の先輩と後輩のコミュニケーションだった。
「全員集合、だね」
「あぁ」
マフィンにホタルは首肯する。
1年生のリコ、アン、ドット、ロイ。2年生のホタル、キラリ、ミコ、ナギ。そして3年生のマフィンに監督のフリード。
待ち望んだ戦いの舞台へ挑むセキガクバトル部フルメンバーがここに集結していた。
「行くぞ! いざ、ガラル地方へ!!」
「「「はいッ!!」
「ウス」
紺碧のジャージを着たセキガクバトル部が全員整列し、空港へ入ってゆく。
4月より格段と精悍な顔つきとなったメンバーに満足げに頷いてからフリードはその後に続く。
こいつらならば恩師の率いるアサギ塾にも決して引けは取らない……アサギ塾だけではない。全国の猛者たちとも渡り合えるチームに育ったという確信の笑みは爽やかであった。
クチバシティの空港から出発し、おおよそ16時間ほどのフライトの果てに、セキガクバトル部を乗せた旅客機はシュートシティの空港へ到着した。
「着いたー! シュートシティー!!」
「あちぇ〜!」
長いこと座席に縛り付けられていたも同然であったロイは全身で伸びをする。
その足元でアチゲータも主人に倣い伸びの真似をしていた。
「ロイ、行くよ」
「はーい! ってあ痛ッ!?」
リコの呼びかけに応じ、振り向きざまにバトル部の皆に合流しようとしたところでロイは何かにぶつかり尻餅をついてしまう。
「ちぇげ!?」
「いててて……は、はうあ!!」
アチゲータが駆け寄り、ロイが視界を上げる。そこには道着姿の筋骨隆々な金髪の青年がいた。
鍛え上げられた巨躯の反面、端正な顔立ちに右の口元にホクロがある。
柄付きのタンクトップより主張する分厚い筋肉は、それだけで青年に屈強なイメージを植え付けて余りあるインパクトを振り撒いていた。
「大きい……!」
「あの道着姿……間違いねェ。ジャスティスの会の塾長さんだ」
リコにナギが続ける中で巨躯の青年シローはロイに手を差し伸べる。
「大丈夫ですか? 申し訳ありませんでした。一緒に来た者たちとはぐれてしまい前方不注意でして」
「あ、いえ! 僕の方こそ急に振り向いちゃったから」
シローの手を取ってロイは立ち上がる。
「むむ? そのジャージのデザインは、あなたもしかして、セキエイ学園の生徒さんですか?」
「え? あ、うん」
「やはり! 我々ジャスティスの会も全国大会に出るのです! おぉ! あなた方がセキエイ学園のバトル部ですね!!」
シローは目を爛々と輝かせながらリコたちへ一気に距離を詰める。
「お、おい!?」
筋肉の塊の巨躯がズズイと近付いてくる迫力に、リコたちはたまらずフリードを盾代わりに押し付けていた。
「あなたが監督のフリード博士ですね! お互いに監督として選手たちのために頑張っていきましょう!!」
「あ、あぁ。そうだな」
半ば強引に右手を両手で握られるフリードはタジタジにされていた。
このシローという男、悪意というものが一切ないが故に始末に負えないタイプなのがよく分かった。あと握力がとんでもなくてシンプルに手が痛い。
「シロー、なに他所のチームに絡んでる」
「おぉムク!! 探しましたよ!!」
「迷子になってたのはシローの方」
監督同士の中に割って入り、いざないポケモンシャンデラを模した帽子を被る少女がフリードからシローを引き剥がす。
「ウチのシローが迷惑をかけた。申し訳ない」
「あ、いえいえこちらこそ」
去り際に少女がセキガクバトル部の面々にペコリと頭を下げるのでフリードも丁寧に応じる。
ムクはそのまま道着姿の一団の中へシローの手を掴み、引き摺るように戻っていった。
「それでは皆さん! 大会で会いましょう!!」
シローの手を引っ張るのは彼の妹にしてジャスティスの会の次席指導者であるムク。
道着姿の一団、ジャスティスの会の選手たちがシローの無骨で真っ直ぐなイメージとは裏腹に女子ばかりなのは、そのほとんどがシロー目当てであったりはする。
それでも地方予選を勝ち抜いて来た以上、油断出来る要素などは見出せるはずもない。
「おっ! リコっちたち来てる来てる!」
空港中に響く騒がしいシローに絡まれていた形のセキガクを確認したのはアローラのポケモンスクールメンバーだ。
集団の先頭にてアイリが満面の笑みになっている。知った顔を見つけて喜んでいた。
「姉さん……いいのかい? 話とかしなくてさ」
「いい。交わすべき言葉があるならば、試合の時でじゅうぶん」
冬休みということで応援として帯同しているタダノがマフィンを指差しながら話すも、マヤは歩み寄ることはしなかった。
今の自分はポケモンスクールのキャプテンとしてチームを引っ張る責務を果たさねばならぬ。そんな確固たる信念からだ。
「相変わらずクールだね部長。そこがナイスなんだけどさ」
『マヤ……』
アイリを始めとしたチームメンバーを率いて立ち去ってゆくマヤの後ろ姿を見送るマフィンもこの場で呼び止め、口を開くことはない。
両者が語らう時、それは真剣勝負の舞台の他にはないと確かな共有がなされていた。
それこそが、かつての同志の絆であった。
「なんか、続々と集まって来てるんだね。このガラル地方に……」
「あぁ。全国大会を戦うライバルたちが、あちこちからな」
ジャスティスの会やポケモンスクールなどはたまたま到着時間が被っただけのことだろう。
それでも確かにこれから全国制覇をかけた戦いが始まる……その実感をリコたちは得ていた。
クリスマスイブの朝7時頃にシュートシティに到着したセキガクバトル部は、すぐに宿泊予定のホテルに荷物を下ろせばボールだけを持ち最寄りのバトルコートに集まった。
仮に体を休めるためにオフだと言われたとしてもそれぞれに体を動かしていたことだろう。
全国大会は明日から始まる。居ても立っても居られない。
「いけストライク! きりさくだ!!」
「すとらいいいッ!!」
「ぐるみん! 爪を受け止めろ!!」
ストライクが自慢の爪を振り下ろすのをぐるみんは受け止め、互いに力比べとなってゆく。
大会前日の最終調整のためにフリードが貸し切りにしていたバトルコートでは、明日の大会本番へ向けて燃えに燃えていた。
「よし! 全員、一旦集まってくれ」
「「「はい!!」」」
ホタルの号令が若干柔らかいのは、今行われているのがあくまでそれぞれの自主練であるという体裁からだ。
それでも皆バトルやトレーニングを切り上げてホタルのもとに集まるのは彼女のリーダーシップと、これまで培って来た人望故だろう。
「たった今、明日のグループ戦の組み合わせが通知された。キラリ」
促されたキラリはコクリと頭を動かし、タブレットロトムの液晶を全員に見せる。
全国大会の予選として行われるグループリーグ、その内訳は以下の通りだ。
グループA(エンジンシティ)
アサギ塾(ジョウト、18回目)
フキヨセ航空学校(イッシュ、15回目)
ジャスティスの会(カロス、初出場)
グループB(アラベスクタウン)
オレンジアカデミー(パルデア、3回目)
カナズミトレーナーズスクール(ホウエン、23回目)
ポケモンレンジャー養成所(フィオレ、19回目)
グループC(キルクスタウン)
エクシード学園(ガラル、初出場)
パシオポケモンアカデミー(パシオ、5回目)
フェルム道場学習塾(フェルム、4回目)
グループD(ナックルシティ)
クロガネ第3工業学校(シンオウ、19回目)
ポケモンスクール(アローラ、9回目)
セキエイ学園(カントー、4回目)
「……1グループにつき3チームで総当たり戦を行い、1位のチームが予選突破となる。決勝トーナメントはグループAとBの突破チーム、グループCとDの突破チームが決勝進出をかけて戦う」
「ハハ、こいつはいいや」
キラリの報告に関わらず呟くマフィンの意図とは、当然同グループに放り込まれたポケモンスクールにある。
マヤのチームと直接、それも確実に戦えるとなれば心が躍った。
「ということは僕たちはグループDだから……」
「準決勝で当たる可能性があるのはグループCのどれかだな」
ロイとナギの確認が耳に入るまでもなかった。
リコとしてはエクシード学園……アメジオへのリベンジチャンスのタイミングが定まっただけでもより熱い奮起の理由になった。
アメジオたちがグループリーグを突破出来ないかもしれない、などとはこれっぽっちも考えていない。
「とにかく明日のグループリーグ突破からだ。目の前の試合1つ1つに集中していこう!」
「「「はいッ!!」」」
「ウス……!」
ホタルが締め括り、皆自主練へ戻ってゆく。そこから日暮れまで動き続けては、後は食って寝るだけのこと。
そして目を覚ませば、いよいよ始まるのだ。セキガク全国制覇への挑戦が……。
『シロー』
18歳。ジャスティスの会代表。
カロス地方ミアレシティにある武闘派私塾をまとめ上げる青年。
ワイルドゾーンのポケモンたちとの共存のためにポケモンはもちろんトレーナーの肉体も鍛え抜くべし、というのがモットー。