代筆屋。タイピストと呼ばれる人々はその昔、タイプライターを打つことを生業としていた。
タイプライターはパソコンと印刷機によって、淘汰された。
未来視。ビジョンと呼ばれる超能力。人々は未来にそんな能力が生まれないかと憧れている。
未来視の夢を人類は捨てることなどできないだろう。
【無限の猿定理】。猿がタイプライターを打ち続けることで、この世界のすべてがわかる。要は無限の試行回数にランダム性を付与したものだ。
もしも無限の試行回数を、刹那にも満たない一瞬のうちに打ち込むことができれば。
もしもその中から未来視のようにこれから起こる事象を予測できたなら。
それはきっと無限の可能性を秘めている。
「いやぁ! 助かったよMr.ウィリアム」
「ほきゃ!」
「君は本当に賢いね。その能力がなくても、君なら今の地位にはきっとなっているだろうね」
「ほきゃきゃ!? ほきゃきゃきゃ!」
「君は謙虚だねウィリアム。また今度、一緒に食事でもしよう」
老紳士は満足そうな顔をして事務所を出て行った。
ウィリアムと呼ばれた猿。彼は並外れた知能を持つ猿で、この世界では未来視を唯一行うことのできる代筆屋だ。
20xx年。日本にて。彼、ウィリアムは満ち足りていた。
ウィリアムは動物園で育ったニホンザルだ。ウィリアムが2歳のとき、その知性が桁外れであると噂が立ち、民衆はウィリアムに夢中になった。ウィリアムが3歳のとき、彼は喋った。キーボードを使って。
『僕なら【無限の猿定理】を使って、この世のすべてを書き出すことができる』
人間がそう言っても、ただの空言だと掃き捨てられるだろう。
しかし猿が、猿が文章を打ったのだ。芸の仕込みにしてはあまりに出来すぎているレベルで。
ウィリアムは語る。これから起こり得る大災害を1000年分。
⋯⋯⋯⋯そこから半年後。最も近い予言が見事的中し、人々はウィリアムに敬意を抱いた。
ウィリアムも自分を理解してくれる人間たちに敬意を表した。
ウィリアムはこの世界の重要な未来をすべて打ち出し、世界は平和になった。いくら欲深い人間でも、ウィリアムの善性の前ではただ立ち尽くすしかなかった。
かくしてウィリアムは人間のパートナーとして生活している。
「ウィリアム〜〜〜〜〜!!!!! あたしの依頼『未来視』で解決してよ〜〜〜〜〜〜!!!!!」
茶髪の小柄な女性がウィリアムに抱きつく。
「ほきゃきゃきゃ!? ほきゃ!?」
「あまりウィリアムを困らせないでください純子さん」
パソコンから目を離さずに話しかける金髪の青年。
「だったらシャーロックが解決してよ〜〜〜〜〜!」
「ご自分でとった依頼でしょう? どうしますか、ウィリアム。純子さんを手伝いますか?」
「ほきゃ!」
「ウィリアム〜!」
「よかったですね純子さん。ウィリアムが優しい人⋯⋯じゃなかった。優しい猿で」
ここは探偵事務所。『君今笑えてる?探偵事務所』。略してシブタク⋯⋯じゃなかった。君今探偵事務所。
家達純子、シャーロック・ワトソンの二人とウィリアムは探偵事務所を営んでいる。
今日は小春日和。温かな風が頬を撫でる。
「で、純子さん。その依頼というのは?」
シャーロックは椅子を回転させて向き直る。
「ふふふ。ワトソン君。それはだね」
「ウィリアム」
「ほきゃ!」
ウィリアムは返事をすると、純子のもとから離れ、自分のタイプライターに素早く文章を打ち込み、そのあと少しばかりノートパソコンをいじった。タイプライターで書き出した紙をシャーロックに手渡しする。
『今回の依頼は人探しだね。幼少期に自分を助けてくれた人を探してるみたい。今リストを送ったから確認しといてね』
「ありがとうございます。ウィリアム」
「ほきゃ!」
「わ、私の決め台詞が⋯⋯!」
ちなみに純子の決め台詞は今の今まで一度も決まったことがない。
「そういえばさ〜ウィリアム。ウィリアムの未来視を使って探してる人とかわからないの〜?」
「ほきゃ⋯⋯」
またか。とウィリアムはうなだれた。うなだれたあとにタイプライターを叩く。
「なになに⋯? 『僕の未来視は大災害みたいな大きな事象しか見れないんだ。個人的な探し物は地道に行くしかないよ。あとこれ毎回書くのダルいからそろそろ勘弁してくれないかい?』⋯⋯ふふふ。私は君の雇い主だからね。こういう横暴も許されるんだよ!」
「いや。普通にハラスメントになりますし、ウィリアムのほうが事前調査得意なんですから純子さんは黙っててくださいよ」
「ふふふ。お黙りなさいワトソン君⋯⋯」
「一緒にランチに行きましょう。ウィリアム」
「ほきゃ!」
「おいてかないで! おいてかないでよぉ〜!!」
シャーロックの肩に器用に飛び付いたウィリアム。
足早に去ろうとする一人と一匹の背中を、純子は必死に追いかけたのであった。