彼は肥えても最強忍者! 〜肉の下に潜む王子★百地大地は、現代忍びの世界で密かに無双する〜   作:山下敬雄

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第二十五話 スポットライト

「私の名はモリヨシ。君のことをИs(イース)へと誘いに来たんだよ」

 

 男は、短刀を向けたまま歪んだ笑みを浮かべた。

 

「誘い……? イースだと?」

 

 大地の低い声が廊下に響く。何かの暗号か、イースなどという組織は聞いたことがない。モリヨシという名の怪しげな男のことを訝しんだ。

 

「そうさ。真に才ある忍びたちの拠り所。だが……その醜い蛙の姿のままではいただけないなぁ、百鬼?」

 

 醜い大きな蛙の姿。対峙するそのような風貌の忍びへと、モリヨシは嘲笑い刃を向け続ける。

 

「あぁ、とんだ人違いだ。用が済んだなら帰れ」

 

 自分は百鬼などではない。大地はべらべらと語りかけるモリヨシのことを一蹴した。

 

「刃と殺気を向けられてもあくまで実力を隠すか……ふふふ、このモリヨシただの伝令役では気に食わない……。ならばいっっそ相応しく削ぎ落としてやろうっ!!」

 

 男が握ってあた黒い短刀を投げ放つ。大地は勢いよく額の真ん中へと向かったそれを、微動だにせずに片手で素速くキャッチした。

 

「やるねぇ! ファンの期待を裏切ったその醜態な体で……しかし、敵の忍具(プレゼント)を信用するとは浅はか。ははは、さあ、真っ二つになって出て来い百鬼ぃ!!」

 

 投擲と同時に、モリヨシはスーツの背に隠していた本命の黒い刀で大地に肉薄し斬りかかった。

 

 大地は手にした短刀でそれを防いだが、その短刀の刃と柄の間には既に、隠した切り込みが付けられていた。

 

 脆弱な忍具では上段から被せてきた、その刀の勢いを防ぐことはできない。

 

 だが、なんと大地は、そのまま右の素手で頭上に迫る刀を掴み取った。

 

 ピタリと止まり刃がそれ以上先へと進まない、敵を欺いた速攻奇襲の一刀はその巨体の男の脳天を破ることはなかった。

 

 髪を無造作に乱し、舌を出し勝ち誇った表情をしていたモリヨシは、一転驚いた顔に変わる。

 

 進むことも引くこともできない。まるで百人の兵の力で押さえつけられているように──。

 

「どうせそれも〝にわか〟だろ」

 

 目の前にある、醜く冴えない蛙のツラが殺しの目つきへと変わる。その刃を押さえつけているのは、百の兵力ではない。敵の忍びの忍具の柄まで満たし漲る、その圧倒的な冥力であった。

 

「ふははは、──正解ぃぃッ!!」

 

 にわか仕込みの剣は届かない。掴んだ刃は、余っていた左の拳でフックしへし折られた。

 

 痺れる殺気をキャッチしたその瞬間、柄を手放し後ろへと飛び退いたモリヨシは、またスーツに隠していた新たな忍具を構えた。

 

 袖口からスライドし現れた両手一対の鉤爪。狂気とテンションを増し、鋭い爪を合わせて研いだ敵の忍びに対して、大地はただ静かに構えたその拳で応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 手を変え、品を変え、忍具を変える。

 そんな多種多様の武器を次々に扱う曲者の忍びの猛攻を、大地は正面から迎え撃った。そして、ついにその重厚な拳が男の顔面を捉え──直撃。手痛く叩き込まれた。

 

 衝撃波が地下の廊下を駆け抜け、男は再び後方へと吹き飛ぶ。やがて、ぐらつく頭を押さえながら、疲労した様子でモリヨシは口を開いた。

 

「っぐ……ハァ……はぁ……さすがは百鬼。醜く肥えたその姿でも、ここまでの強さか。まさか、私の百芸を持ってしても底を引き摺り出すことができないとは……あの方も気に入るわけだ」

 

「見かけで人を判断するとは、お前、かなりの素人だな。そりゃ薄っぺらくもなる」

 

 百鬼をなぞらえて百芸のモリヨシとでも言いたいのか。スーツの中に仕込んでいた忍具の数々は、しかしどれも百地大地の前には通用しなかった。

 

 大地はそんなばたつく男忍者のことを皮肉でか、『薄っぺらい』と評した。ミーハーなのは音楽評だけではない。ごちゃごちゃと片付けずに披露するモリヨシご自慢の百芸ですら、大地にはそう見えていた。

 

 実力差は明らか。変化せずとも大地の力は大きな壁として、その忍びへと立ちはだかっていた。

 

「……ふふふ。いや。それは貴方の方だ」

 

 口元に垂れた血を拭う。男の瞳が、さらに深い狂気に染まる。そして、再び性懲りも無く前へと駆け出した男。しかし、その狙いは目の前に隙なく構え立つ大きな忍びではなかった。

 

 男の背から、スーツを突き破り、黒い翼が爆ぜるように広がった。翼人は宙を舞い、大地の頭上を走った勢いのまま飛び越える。

 

 まるで身軽に舞う漆黒の蝙蝠人間。隠していた翼を広げ、鋭い牙と爪を剥き出しに襲い掛かった獲物は、後ろで震える無防備な少女──町原由璃だった。

 

「あまいっ、あまいぞおおお貴様の強さッ!! まだ〝要らないもの〟を削ぎ落とせるぞぉぉぉ、百鬼ぃぃ!!」

 

 弱者を守りながら戦うなど愚の骨頂。薄っぺらい正義と嘘に覆われ、囚われているのは果たしてどちらの忍びか。

 

 蝙蝠はこんなにも身軽で自由に舞う。鈍重に肥えた忍びを嘲笑うように悠々と追い越した。

 

 百芸の幾つかを披露し、百地大地と対峙したモリヨシには分かる。不要なものが何であり、何がその忍びの判断を鈍くさせているのかを。

 

「笑止ッまるで角の生えた兎の如しッ。強さを鈍らせ鬼になり切れぬ百鬼など恐るるに足らず!! このモリヨシの百芸が一つ、【空扇牙(くうせんが)】!! 愚鈍に肥えた貴様に、忍びがなんたるかを思い起こさせてやろうッ!! 儚き野花の散り際を是非とも是非ともはははははハッハーッッご賞味あれっ、すべては強き焦がれしNの為にぃい!!!」

 

 強さを履き違え腕を鈍らせた忍びに価値はない。放つ殺意の咆哮、滑空し真っ直ぐに飛び向かう恐ろしき死の影が、恐怖に立ち竦む町原由璃の細く白いその首筋に迫る。

 

 ──だが、次の瞬間。悪顔を浮かべて獲物へと襲い掛かっていた黒い蝙蝠は、何かに押し潰されるように宙から墜ちた。

 

「がはっッッ……!!?」

 

 標的の首を掻っ攫う間際で、真っ逆さまに床へと叩きつけられた蝙蝠男。その背には、一人の男が膝を突き入れるように乗り、無慈悲に片手で掴んだ頭部を床に押し潰した。

 

「……下衆野郎が。お使いは終わりだ、地獄へ落ちろ」

 

 敵を一瞬で制圧しそこに立っていたのは、警護を担当していた一人、でぶっちょの桃乃木大地ではなかった。月のような冷たさを纏った細身で鋭利なシルエットが、彼女の目の前へと忽然とオチて来た。

 

 それは町原由璃がよく知る──〝ダイヤ〟の姿と酷似していた。

 

「え……だ、ダイヤ……くん……?」

 

 町原は床に尻餅をついたまま、呆然と今どこからか化けて出た彼のことを見つめていた。

 

 だが、冷たい。とても冷たく感じたその黒い瞳の眼差しは、彼女の全く知らない顔をしていた。

 

 突如とした変化したその者の名は、百鬼の大也。才能に満ち溢れた真の強き忍者の姿。

 

 今、天から地獄へと叩き落とした蝙蝠男のことを、彼はただ、冷たく見下していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまねぇ。……俺の野暮用だ。少し、そこの部屋で待っててくれ」

 

 倒れ伏した男を足元に、大也は短くそう告げた。その黒い瞳はまだ鋭く冷徹なものだったが、町原に向けられた言葉には、彼女のことを気遣うような微かな温度があった。

 

 静かな語り口とは裏腹に、何かを押し殺すように、彼は拳を硬く握りしめている。

 

 やがて彼女は立ち上がり無言で頷き、指示された部屋の中へと入っていく────。

 

 隔てる一枚のドアの向こうに、こぼれ聞こえる静かな声と物音。それが何を意味するのか、彼が一体何をしているのか、今の彼女には想像することもできなかった。

 

 ペットボトルにあった水に口をつけることも憚られた。町原由璃はただ、無機質なドアを見つめて、バンド名の刺繍されたパーカーの胸元を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブハウスを後にした帰り道。

 街灯がまばらに照らす夜道は、先ほどまでの地下の狂騒が嘘のように静まり返っていた。

 

「……トリビュートバンドの件、良かったな。契約をつかめて。また一歩前進か」

 

 前を進む細身のシルエットの男は振り向かず、歩きながら後ろの彼女へと言葉を投げた。

 

 アレから彼はいつもの調子に戻ったようで、いつものようではない。そんな現実の距離感以上のものを彼女は、前をゆく彼の背に感じてしまっていた。

 

「え、あぁ、うん……」

 

 町原の返事は少し上の空だ。

 

 まるで気の利いた言葉が見つからない。でも、今投げかけられた言葉・彼の声に、ふと、彼女は直感してしまった〝あること〟を言わずにはいられなかった。

 

「……声」

 

「ん?」

 

 町原が小さく呟いた一言に、大也が足を止めた。すると、彼女も彼に合わせて変哲のない街路の上で立ち止まった。

 

「なんとなくね……。赤見高校とかで桃乃木くんと話しているうちに、もしかして……って。頭の片隅で、そう……うん……。──ずっと思ってたの」

 

 振り向いた大也はほんの一瞬、驚いた顔を覗かせた。やがて、くだらなく取り繕うとした忍びのポーカーフェイスをやめ、観念したように短く息を吐いた。

 

「あぁー……はは。まじか。……なるほどな──プロにはバレちまうか」

 

「プロ……? あはは、何それ」

 

 よく分からない諦めたような彼の口ぶり。町原の口元に、何故だか小さな笑みがこぼれた。

 

「はぁ。ほんと……すまねぇ」

 

 大也は髪を無意味にかきながら、そう謝っていた。彼女が笑ったからといって許された訳ではない。いや、許して欲しい訳でもなく、ただもう一度ちゃんと彼女へ面と向かい謝っておきたかったのだ。

 

「いや、別に……。私は……そのっ、たっ助けてくれたのは、本当……だし」

 

 なんとも言えない微妙な空気が二人の間を流れる。まだ完全に、元のように戻れそうにはない。そんな不思議なわだかまりが、許し合えど解消できずにお互いの胸中に渦巻いていた。

 

「……安心してくれ。これからも抜かりなく警護はつづける。ただ……あのデブも含めて、ってことになっちまうが……。それがなんつぅか……」

 

 その言い方に、町原はくすくすと微笑い肩を揺らした。

 

「私は、今までと同じ……それでっ。あ、もちろんダイヤくんがいいならだけどっ。あ、あと、桃乃木くんも……いいなら?」

 

「え、あぁー。…………お、どうやら〝アイツ〟もそれでいいらしいぜ?」

 

 大也がしばらく頭をトントンと指で小突きながら、独り言のようにそう答えると、驚いた町原は不思議そうに首を傾げた。

 

「えっ!? もしかして、ダイヤくんそれって別人格とか……そういうの?」

 

「ん? ……あぁ、ははすまん。今のはなんつぅか……ちょっとした冗談、のつもりだ?」

 

「えぇー? ……あはは! なっ、なるほどっ!」

 

 町原の明るい笑い声が暗い夜の街路に響いた。街灯がさっきよりも煌々と照らしているように見えた帰路を、やがて二人は足並みを揃えて歩いていく。

 

 桃乃木大地とダイヤ。全く違う二つの顔を使い分けても、町原由璃一人に嘘を突き通すことはできなかった。

 

 大也は隣で微笑む彼女のことを見つめながら、まだ語り足りないもっと大事なことがあることを思い出した。

 

 トリビュートバンドのこと、ファーストライブのこと、そしてこれからのこと。二人は堰を切ったように語り合いながら、夜の導くスポットライトの中をずっと歩いていった────。

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