彼は肥えても最強忍者! 〜肉の下に潜む王子★百地大地は、現代忍びの世界で密かに無双する〜   作:山下敬雄

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第三話 任務出動、緋ノ小隊

 百地大地が忍者学校に通い出してから三日後──。

 

 支給された新しいスマホにNの通知が鳴り響く。アプリを開くと、紫色の藤林家の紋様が描かれたアイコンが、日時と集うその場所だけを指定していた。

 

「さっそくかよ……ほぁー……っ」

 

 ベッドの上で頬肉を揺らし欠伸をする。太い指で眠気眼をこすりあげ、部屋の明かりを点けた。

 

 午前2時49分、藤林夜間忍者学校に属する百地大地としての初任務の仕事が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 何故こんなことになったのか。もちろん百地大地は覚悟はしていた。忍者学校に入学したということは、これまでこなしていた単独での任務などあまり回してはもらえないことに。

 

藤林夜翠(ふじばやしやみ)

古林綾女(こばやしあやめ)

土門美沙(どもんみさ)

 

 この女子三人組と今日はご一緒だ。しかし何も彼に友好的な忍び友達ができたわけではない。

 

 冷たい視線と呆れたため息、不平不満が、太っちょの男の前に立ち並ぶ三人娘の口々からぐちぐちと垂れ流される。

 

「なんでクソもちがいるってのよ……!」

「校長に怒られてたクソもちじゃん。なんでいんの? はぁ?」

「さいあく」

 

 緑の目をした藤色のショートヘアは、どこか似ている。いかにもクールなお嬢様タイプ、藤林夜翠。夜鈴校長の8つほど離れた妹。〝クソもち〟という素晴らしいあだ名を百地大地に授けてくれた。

 

 古林、土門とはいずれも藤林の数ある分家の一つだ。忍びの世界は何もせず忍んでいるから正義ではない。量と質はイコール。才能を囲って組み込み、本家の地盤を強固に築くのもまた藤林家が長く繁栄してきた秘訣なのだ。

 

 大地たち総勢四名の新入生たちは、(あけ)ノ小隊としてここに集められた。緋ノ小隊とは最も戦闘能力に長けた者たちの集い、言わばこの学年のエース班のことを指す。

 

 ここに揃えられたのはつまり、篩にかけられた実力者。深夜の体育館で先日行われたあの基本忍術の実演で、上位の成績を収めた期待の新人たちだ。

 

 どうやら藤林の育成方針は、優秀な者は優秀な者と組ませることにあるらしい。

 

(なぜ俺がそこにぽつんと、ぽちゃっと、いるのかって。それは任務だから仕方がないだろ?)

 

 百地大地もまた緋ノ小隊の一員として組み込まれたが、彼は彼女たちからすれば問題児。手裏剣術の実演途中で校長の怒声を浴びせられ、退場させられたことが記憶に新しい。彼の前に三つ並んだ不満顔も当然のことだった。

 

 

 そして今回の任務で緋ノ小隊の鼻を務めてくれるのは、藤林夜翠。成績トップ者をあてがった、こちらは妥当な人選だ。

 

「夜鈴姉も何を考えているの……はぁ、仕方ないわ。早いところ現地の調査に向かいましょう。それにいい? 足を引っ張るようなら任務の途中でも置いていくわ。くれぐれも分かった、クソもち?」

 

「あぁ、くれぐれも分かった。俺は今回の任務で一言一句、藤林夜翠さん、鼻のあんたのおっしゃることにちゃんと従うぜ」

 

「フンッ。だといいのだけど」

 

 夜翠は大地に釘を刺した。お荷物になるようなら容赦なく切り捨てると。

 

 大地も夜翠の考えを了承し、むやみに逆らわないことを誓った。任務の成功を第一に考えることにした。

 

「夜翠様が温厚で良かったな、命拾いのクソもち!」

 

「だるっ」

 

(これも学生のノリってやつかな。お堅い忍者にしては珍しいノリでこれはこれで新鮮だ)

 

 午前5時31分、裏会議室④にて。ホワイトボードに書かれ用意されていた、上から与えられた此度の任務の詳細を各々の頭に叩き込んだ。

 

 簡単なブリーフィングを終えて気を引き締める。

 

 こうして急造で結成された緋ノ小隊は、藤林夜間忍者学校を発ち、現地で待つ任務へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここは《呉服屋とんとん》。ただの呉服屋ではなく、Nに協力してくれている変装屋だ。現地の潜入任務などで必要な服を取り揃え、貸し出してくれている。

 

「こんなところかしら」

 

「いぇーい完璧完璧!」

 

「いめちぇんぴすぴすー」

 

 藤林、古林、土門の三人は、現地の近くにある私立高校の制服に着替えた。髪型や化粧を普段とはアレンジし、そこに通う学生に扮した。

 

 一方、小隊唯一の男。百地大地の方はというと……。

 

「ってクソもち全然忍べてねぇよ!! 一体なんだよそれっ!?」

 

「漢服だろ? 忍べているだろう?」

 

「なにが感服だよ! 胡散臭い中華クソもちが! ふざけんなっ! なんで地元の賢い女子高生とカンフー映画のそれが並ぶんだよーっ!!」

 

「言われてみれば……たしかに?」

 

「言われなくても分かれーっ!」

 

 胡散臭い丸メガネ、何故か中華風の黒衣装。小さな瓜皮帽を被った男になっていた。

 

 地元の女子高生役に扮した三人娘の一人、古林綾女に即その風貌をツッコまれてしまったが、呉服屋に置いてあるものの中では〝コレ〟しかサイズが合わなかったので仕方がないのだ。

 

 厳密に言うと大地の恰幅にもサイズの合うものがあるが、どれも戦闘時の動きやすさに欠けるものであった。大地はそれを嫌い、カンフー映画の悪役商人が着ているようなこの服を選んだのであった。

 

 それに太っちょが、比較的華奢な彼女らと肩を並べ同じ制服を着ることもどの道おかしいので、これで許してもらう他ない。と大地は考えた。

 

「はぁ、行きましょう。そのクソみたいなイラつく帽子は即刻捨てて」

 

『ステルナゲコっ』

 

 呆れた藤林夜翠(やみ)がそう言い放つと、胡散臭い小帽子の中から何やらたどたどしい声が聞こえてきた。

 

 ふくよかな頭の上にある小帽子をぱかっと持ち上げると、黒髪の上に乗っかった小さな蛙が、オウムのように繰り返し下手な人間の言葉を真似ていた。

 

 呆れに呆れ片眉を顰めるように下げた夜翠は、試着室前から去っていく。

 

「さいあく、げこげこっ」

 

「もうツッコむ気も起きねぇ……」

 

 続々と取り巻きの女子二人も、しょうもない手品を披露した太っちょの中国人を捨て置き、小隊の鼻である夜翠の後について行った。

 

「結局ソロかな……? まぁそっちが都合は良いか」

 

 試着室を振り返り鏡を見つめる。頭上に乗っかり笑うように鳴く隠れ場を失った青い蛙を、仕方なくまだ余裕のある袖の中へと戻しながら……。

 

 準備の整った百地大地も、少し遅れて彼女らの後について行った。

 

 午前10時21分、(あけ)ノ小隊の四名は、任務地近くの呉服屋を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇腹市緑町、変装した緋ノ小隊は此度の任務地である休日の繁華街にやってきた。

 

 ずらりと店々建物が密集して並ぶこの繁華街は、整備の行き届かない古さもあり、独自に発展したナワバリのような怪しさに満ちている。

 

 人通りはそこそこ多く、飲食店の客引きの声がそこかしこに響いていて活気はある。だが、悪が身を潜めるには十分な、そんな風通りの悪い入り組んだ密集構造をしている。

 

 立ち止まり周囲を見渡した大地には、賑わうこの場所が、光と陰が極端に分かれているようにも見えた。

 

 

 

 小隊の鼻である夜翠は、改めて手筈を確認し直し仲間忍者の古林と土門に共有していく。

 

「とりあえず売人を裏でとっちめて、根っこから花まで枯れさせるわ。SNSを分析した情報によると、この辺りで若者を中心としたターゲットにし声をかけてくることが多いはずよ。末端から刈り取って気づいた時には終わっている、そんなスピード重視の作戦で行くわ」

 

「ぎょいぎょい」

 

「さっすが夜翠(やみ)様、御意御意! ……ってシーフードヌードルすすってんじゃねぇぞクソもち!!!」

 

 夜翠の立てたスマートな作戦も、この男の麺を啜る音で台無しである。

 

 三人娘が振り返ると──黒い漢服を着た太っちょが、小さなコンビニの前でいつの間にかシーフードヌードルを割り箸で啜っている。

 

 太い指の手にあるカップがとても小さく見えるが、ミニサイズではないレギュラーサイズのシーフードヌードルだ。

 

「すまん、やっぱデブはカレーがよかったか?」

 

「味じゃねぇ! デブはカレーってなんだよ! 概念! そのぉ!」

 

(古林さんは滅茶苦茶ツッコんでくれる。いちいちそんなことされると好きになりそうだ。──なんてのは冗談だ)

 

 緋ノ小隊のツッコミ役がもはや古林綾女であることは揺るぎない。他人が物を食べるだけでこれほど逐一ツッコめる忍者はなかなかいないだろう。

 

「こりゃすまん。小腹が減ってな」

 

「小腹でカップラーメン食うな! 忍者が! すする音立てんな!」

 

「でも3分待ってないから? 麺の硬さは我慢している」

 

「忍ぶのはそこじゃねぇ!!!」

 

「ほぉー」

 

「なんの感心だよ! って申し訳なさげにスープ残してんじゃねぇぞ!! その体で! いまさら!!」

 

(少々くどいが、勢いはあるな。でもやっぱカレーにすれば良かったか──後悔)

 

 いったい何の感想だろうか。スープを残したことを古林に指摘された大地は、それを一気に飲み干した。そしてコンビニの前のゴミ箱へと片手で握り潰したカップを投げ捨てた。

 

「はぁ……足を引っ張ることだけはほんとやめてくれるクソもち」

 

「あぁ、すまん。もう余計なことはしない。エネルギーはチャージした。これで途中でバテたりしない」

 

「フンッ。最初からあてにはしてないから」

 

 小隊の鼻である夜翠の手厳しい一言に、大地は反省したのかそう返した。

 

 冷たい目を向けていた夜翠は、彼のことを捨て置き、仲間の女子忍者二人を率いて繁華街を前へと進み始めた。

 

 勝手にふらつき、別行動気味でいた大地も彼女らに遅れて前へと歩き出す。

 

 本当に余計なことはこれ以上しないつもりだ。

 

 ただ、大地はこの繁華街のエリアへと入った瞬間にどうにも気が変わり、己の腹を完全に満たしておきたかったのだ。

 

(しかしNから提示された今回の任務の難易度はDランク相当。この繁華街で受け渡しされる違法薬物、喜怒藍蛇(ハッピーハブ)の売人の検挙が目的だ。現代における忍者の任務としてはそれは珍しくもないオーソドックスなものだ。俺も過去に幾度かこの手のものはこなしたことがある。薬物の名前も耳に挟んだことはあるな)

 

 

 そうこうしている内に先を行く地元の女子高生に扮した三人娘が、怪しげな金髪の男に声をかけられ路地裏へと引っ張られていった。

 

「みんなみんなまわりまわってハッピーになれるハッピーハブ茶! 今なら女子高生割引一杯500円っ!」

 

「は? いらないんだけど」

 

 夜翠は金髪の男に冷たく返答した。

 

 だが、男の横を通ろうとした女子高生たちの道を脅し塞ぐように、その金髪の男は暗い建物の壁に力強く右手をついた。

 

 すると、反対方向の暗がりからわらわら女子高生たちの後ろを囲うように、数名の仲間の男たちが現れた。

 

「ざーんねん、飲むまでここは通しませぇ〜ん。さぁさぁ、ここからは生放送でお送りしています! こわーいトラブルはつきものですねぇー」

 

 そして、金髪の男は取り出した水筒から紙コップへと、薄気味悪く笑いながら薄ピンク色の液体をなみなみと注いでいく。

 

 そんな路地裏でする実演販売の現場に──

 

『ヘタな通販やってんじゃねぇよ』

 

 注いでいた銀の水筒はいつの間にか金髪の男の手になく、金髪の頭へとピンクの液体が浴びせられていく。

 

 濡れた肩を怒らせる金髪の男は、静かに溜めた怒りを後ろに寄ってきた大きな気配へと爆発させた。

 

「おいおい……ナニしてくれてんだゴッ!!?」

 

 しかし振り向き放った怒りの拳はどこにも届かず、代わりに貰った太く大きな拳が右の頬へと突き刺さった。

 

 炸裂した拳の威力で、金髪の男の頭が側壁へと紙屑のようにすっ飛び激突する。

 

 百地大地はさっそく路地裏で一人、後ろから不意を打ち、売人を倒すことに成功した。

 

 そして──他の三人もやってくれたようだ。

 

 ひらりグレーのスカートがはためき、しなやかに伸びた脚からローファーが鋭く天を打つ。夜翠のハイキックが、大男の顎先へと炸裂する。

 

 巨躯が宙を舞う。薄汚れた緑のゴミ箱へと頭から突っ込んだ大男が、逆さのガニ股になりながらぴくぴくとみっともなく痙攣している。

 

 路地裏にはすっかり伸びた四人の売人の姿。どうやら一人一殺、分け分けしながら余さず絡んできた輩たちを倒せたようだ。

 

「誰にくだらないもんと喧嘩売ってんのよ! こちとら藤林よ! へんっ!」

 

 古林は体の前にかかっていた茶髪の三つ編みの尾を、後ろへと弾くように戻しながら、調子に乗った勝利の台詞を吐く。

 

「へへんっ」

 

 土門はそのいつものダウナー気味の声で、いつもより威張っている。気絶した足元にある男の頭を踏んづけながら。

 

「フンッ、他愛もないわね」

 

 爪先をトントンと地に鳴らし整えながら、藤色のショートヘアを路地裏のぬるい風に流す。

 

 基本忍術成績トップ、藤林夜翠の実力はホンモノだったようだ。

 

 緑の瞳が振り返り、遅れたタイミングでやって来た太っちょの男のことを睨む。そしてまた鼻で笑うようにし、夜翠は目を逸らした。

 

 

 実力忍者たちの集う緋ノ小隊。個性、容姿、性格はそれぞれながらも、彼らの見せるその戦闘力に疑う余地はない。

 

 倒れた下っぱ売人たちからスマホを回収しながら、任務を着々と続行していく。





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