彼は肥えても最強忍者! 〜肉の下に潜む王子★百地大地は、現代忍びの世界で密かに無双する〜   作:山下敬雄

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第八話 忍びと忍び

 高笑いが響き渡る。蛇の王が支配する牙の間に、毒に侵された果実が二つ、腐りゆく。

 

 無知な藤林家の女忍者に迫る選択肢は二つ、賢くも理解する従順なる服従か、分家のお仲間との道連れの死か。

 

 毒の回り始めた磔の女体に問いかける。狡猾なる蛇は、結ぶ己の印一つで、その体内に忍ばせし毒を死に至らしめる劇毒にも至福にも届きうる薬にも変えられる。

 

 まさに神の慈悲なる力を手にしているに等しかった。

 

 嘲る声は鳴り止まない。こうしている合間にも、毒は回りつづけ磔の女に与えられた希望の選択肢は深き沼の淵へと沈みゆく。この毒は尾神牙の丹精を込めた特別製。簡単に毒が抜け、一度沈んだ沼から光が這い上がることなどはない。

 

 しかしその時、嘲笑う男の声に紛れて──ぽちゃり。

 

 何かが地下室の溝より水音を跳ね上げ飛び出した。

 

 『カラカラ……』ドブに汚れた白骨が、尾神の右の床下に映り、やがて転がるのをやめた。

 

 尾神は虚しくも届かない最後の足掻きを一瞥し、再び磔の女のことを見つめた。

 

「さすが藤林、与えられた忍具だけは腐れなく優秀だな。シァははは」

 

 再び溝より飛び出した藤林夜翠の忍具、亜水骨。まだしぶとく生きていたその一片のなけなしのプライドは、悠然としていた狡猾な蛇の何かを刺激した。

 

「可愛い抵抗だ、シぁはは……ぶん殴りたくなる!!!」

 

 殴る、殴る。殴りつづける。壁に磔にせしその生意気な忍びを、その希望やプライドがへし折れるまで、気が立った緑のフードの男は怒りを昂らせ殴りつづけた。

 

「おっと。その顔の方には価値がある、安心しろ〝くノ一〟。……そう──呪われた女だらけの無様衆が!!! シァははははは、だから分家に情けなく托卵し頼るんだろう!! その分家まで仕舞い、その血に呪われてしまえば世話にナラねぇ!!! しかし喜べっこの新時代を毒をもって支配する忍び尾神牙様が、その血、その面、その印を、たっぷりと気持ちいい毒に浸して最高にしゃぶり尽くしてやる!!!」

 

「ぅっ……! ────」

 

 腹にめり込んだ容赦のない拳に、藤林夜翠はぐったりと項垂れ……気を失った。

 

 反抗的な緑の目が、白い瞼の裏に沈みゆく。

 

 その女忍者の眠る面を見届けた男は、乱れた息を整えながら、やがて興奮しきり閉じていた己の拳をひらいた。

 

「へばったか。しぁはは……まぁいい、ちょっくら綺麗にしてからのお楽しみだ」

 

 毒に浸した獲物を嬲ることなどいつでもできる。白く整った女の顎を、薄汚れた指先で持ち上げながら尾神牙は、にやりと微笑った。

 

 そして掃除の状況を確認するために、尾神がスマホをポケットから取り出そうとしたその時──硬く閉ざされていた扉を蹴破る鋭い音が響いた。

 

『そりゃ気が早いぜミミズ野郎』

 

 鉄のドアが吹き飛び、じめった地下室の風通りが良くなる。

 

 鉄扉と共に転がり込んできた、泡を吹いて倒れる二人、尾神の見覚えある部下のみじめな姿がそこに飾られている。

 

 そして、通路先の暗がりから現れた影は──醜くも大きい。

 

 やがて、その太い両手指を『パキ……パキ……』と鳴らしながら、陰鬱な空気の漂う緑の蛇男のナワバリへと堂々たる足音で踏み入った。

 

 

 

 

 

「なんだ……オマエ、蛇のため息を浴びて何故そうも動けている?」

 

「〝蛇のため息〟? そりゃぁ悪党が随分とカッコつけてみたな。でも、そんなため息程度じゃ千忍蛙の息子の俺は寝かせられねぇぜ? あ、いっそ〝デブへのため息〟に改名したらどうだ? それなら浴び慣れてるが多少は効くかもだぜ、ははっ」

 

 雷飯天横の路地裏、ダクトから焚かれ伝った〝蛇のため息〟。直接噛みつき毒を注入しなくてもその特製の毒ガスだけでも、巨漢や忍びであろうと無力化することはできる。

 

 だがその太った忍者もどきに、どこかを庇い不全に陥ったようなたどたどしい動きは見受けない。部屋への侵入者へと訝しみ振り返り見る尾神に対して、堂々とくだらない返答をしていた。

 

(〝センニンカワズ〟なんだそれは……忍びの毒気に多少の耐性を持つ血統か)

 

 忍者の中にはそういった毒への免疫を、厳しい修行の末に色濃く獲得した家系もある。蛇のため息ではその大きな体に毒が回り切らなかったか、あるいはNにより派遣された特別な印持ちか──。

 

 尾神は、今聞こえた太っちょの軽口に対して口を開いた。

 

「しぁははは、気の抜けた口減らずな奴め。腹を下すような無意味な訓練でも真面目に受けさせられてきたか? 例えば……こんな風になっ!」

 

 悠然と両手を広げ語り出したと思えば、尾神はその両腕を素速く交差させた。

 

 背後の壁を伝い、床へと下りた細い影が蛇行する。そして忍び寄っていた蛇が、溜めた勢いで飛び跳ねて左右両側の死角から同時に、太っちょを襲う。

 

 だが遠隔からラジコンのように操作された、その小さな毒牙は素速く始動した太い指に阻まれた。

 

 左右の親指と人差し指で、ぎゅっと首根っこを捕まえられた二匹の蛇。顎をぱかっと開けながら、間抜けな顔をし腹と尾をばたつかせていた。

 

 不意を突いたつもりでいた尾神の表情が驚きに変わる。

 

「二重式や罠で、えらく気ぃ抜いているのはそっちだろ? あと狙いはおおかた……藤林家の失墜か? 誰から依頼された?」

 

 捕まえた蛇をマイク代わりにする。太っちょの男、百地大地は、尾神のことを見透かすようにそう言った。

 

 推論をはっきりと述べ、今手に持つこの二匹の小蛇の仕掛けのように筒抜けであるとでも言いたげであった。

 

「しぁはは……さぁどうだろうな? だが、今更外の景色に気づいたとてもう遅い。ここには誰も来れまい。ぶくぶくと肥えた端役のオマエが、そのようにふんぞりかえり期待するところ悪いが……しぁはは──助けは来ない! この期に及んで教科書通りの時間稼ぎをする図太さには感心するが、そうして何かを果たした気でいるならオマエはとんでもない間抜けだ。地下に構築したこの入り組んだ蛇腹道、ここに来るまでさぞかし迷ったろう? つまりはどういうことか……。この毒忍ッ尾神牙様を前にしてッ、オードブルを喰らい満足しているただのアホヅラの獲物がいるということだ! 恐れたか、慄いたか、竦んだその鈍い足でこの毒牙の前に引き返したくなったか!!」

 

 毒忍、尾神牙など聞いたことはない。あの毒ガスが前菜だと言う自信があるのならば、それはあながち大地にとっても油断はできない。毒に対してその体が無敵の免疫を持っているという訳ではないのだ。実際本日二度目のいただいたシーフードヌードルの味が、多少痺れたスパイスの効いた味がしたものだ。

 

 だが──

 

(下っぱを脅したら簡単に吐いたから、そんなに迷ってはねぇが……確かに帰り道は聞きそびれたな? ま、外のことは気がかりだが……子口は残したから大丈夫か?)

 

 状況を今一度高速で脳内に整理した大地は、目の前でご高説を垂れ放題の抜け忍に対して、慄くことはなかった。

 

「こっから先、応援は期待できないってか……でも、あんたバカだぜ。それだけ鍵を厳重にしたのに、まんまと蛙に急所に入り込まれてる。こうしてな」

 

 むしろ、彼は忍べなかった。

 

 視界に映る磔にされうなだれ眠る藤色髪と、捨てられた人形のように冷たい床で寝そべり黙る茶髪の三つ編み。 

 

 緋ノ小隊で今日一日を共にした、彼女らに対しての思いがこれほどまでに込み上げてくるとは自分でも思わなかった。

 

 悪の蛇がニヤリと嗤う。狡猾にも見逃さずにいた静かに震えていた彼のその太い手が、隠しきれていなかったのは決して恐怖などという、今更染みた感情ではない。

 

「シァはははは、戯言ばかりの太った蛙に何ができる?」

 

 倒れた仲間たちを見る。間抜けにも問う、敵からは決して目を逸らさずに。

 

 

「あぁ、──もう何もさせねぇ」

 

 

 答えは冗談の要らない、シンプルでいい。ただ、目の前で嗤う蛇男を倒すことだけに切り替えた。

 

 左手を前に突き出し、大きな大きな掌を静かに尾神へと向け構えた。醜い太った蛙がまるで、山脈のようにそこに堂々と聳え立った。

 

 鋭い黒の眼光が、緑のフードの内に潜むその翳った悪の瞳を逃さない。

 

 

「運の良いヒキガエルが、ほざけえええ!!!」

 

 

 痺れを切らし襲いかかった緑の蛇のはやる拳を、真っ向から大きな黒蛙は受け止める。

 

 乾いた衝突音が地下室を反響する。

 

 長い蛇舌を舐めずり嗤う毒忍と、厚い壁となり立ち塞がる下忍の男。

 

 

 忍びと忍び、戦いが始まった────。

 

 

 

 

 

 

 

 勝負が動いたのは、忍びと忍びの戦いが始まり、激しい音を立て交わった早々──。

 

 

 大地の構えた大きな掌が、上から勢いよく殴りかかって来た尾神の拳を受け止めた。

 

 だがそこから尾神は思いもよらぬ行動に出た。怒りに任せて殴りかかったのはただのポーズか、いきなり大口を開いては、鋭い歯を覗かせて大地へと噛みついて来た。

 

 すると大地は自由であったその太い右腕を差し出しガードする。尾神は遠慮なくその眼前に出させた肉へと噛みつき、鋭き牙を食い込ませた。

 

 大地は纏わり噛みついて来たその蛇男を、そのまま自分の腕ごと地へと叩きつけようと払ったが、食い込む牙を納めた尾神は素速くそれを回避し後ろへと退がった。

 

「シァはは……これで利き腕は使えまいッ」

 

「なるほど噛み付く毒しか能がなく、体術に自信のない泣き虫マムシか」

 

 力が抜けたようにだらんと弛緩する太腕を見る。だが、一瞥し大地は落ち着きながらも尾神のことを煽るようにそう言った。

 

「名もない下忍が愚弄するかっ……いいだろう。ならば望みどおり!」

 

 体や頭を覆っていた緑の上着を投げ捨てて、身軽になった尾神はまた大地へと襲いかかった。

 

 迫り来る敵の拳に大地が集中し目を凝らすと、いきなり尾神の露出した肌に無数の目が現れた。

 

 やがて肌の内から飛び出した無数の目は、牙を剥き出しに槍の雨のように伸び出て来た。

 

 不意を突く、拳よりも速く到達したその奇抜な攻撃法に、見極めた大地は後ろへと退がりこれらを避けた。

 

「俺が飼うのは無数の蛇。デブの割に上手く避けたな」

 

 一つの拳から枝分かれした複数の拳の正体は蛇。大地の避けた鼻先の寸前まで押し寄せ、また尾神の体の内へと不思議にも戻った。

 

「印の術系統は変化(へんげ)か……多頭飼いとは珍しいな?」

 

「しぁはは。そうだ、ただの変化の印と思うなよ? 俺の全身が選りすぐりの毒を持つ蛇の要塞。触れれまい、近寄れまい。そしてこちらからはお望み通り殴り放題だ!! かようにナッ──【蛇拳流龍牙(じゃけんりゅうりゅうが)】!!! 」

 

 視認するレンジを欺く蛇拳。攻防一体の変化の印を用い、鋭く伸びる毒拳法を繰り出しつづける尾神。

 

 お望み通りの接近戦で執拗な攻めに合う大地が、途中、左手でカウンターを試みた。

 

 しかし尾神牙の持つ体は、言わば蛇の城。迂闊に手を出せば無数の蛇がその姿を肌外へと露出し、敵の拳が到達するよりも速く噛みつき自動で迎え打つ。

 

 だがそれでも──

 

 

「あぁ、そうだな!」

 

 

 構わず殴りつけた。

 

「しばぁーーっ!? ……ばっ、馬鹿が!?」

 

 左を止め、使わずにいた右の拳に切り替えて一瞬で敵の頬を殴りつけた。防衛本能で飛び出したその蛇の兵隊共々に──。

 

「無数だろうが無限だろうが、噛みつかれる前にまとめて手早く殴りゃいい。石の穴の中に手突っ込むより怖かないぜ」

 

 それは火中に見えている石を手を焦がさずに拾い上げるよりも簡単なこと。火よりも遅い蛇の要塞は、鍛え上げられた彼の拳に噛みつけない。

 

 毒牙を向けて蠢く蛇たちに手を出すことを躊躇わない、忍びである百地大地に恐れなどはない。

 

(しかもさっき出したのは俺様が直接注入した混合毒(メインポイズン)で使えなくなっていた利き手……。何故だ!? ぅッ……なんだこの揺らされる一撃は!?)

 

 飼っていた蛇がまとめて押し潰れている。殴り飛ばされた頬をさすった尾神は、ただの拳の衝突ではない未知のダメージを貰いながらも、その太った奴のことを訝しみ睨んだ。

 

「ご高説の割に知らないのか? 噛まれるほどに蛙は蛇の毒の味に慣れんだぜ。俺はそれがどうも、ちと早い」

 

「馬鹿なさっきの今でもう、免疫がついただと!? オマエごときが、俺が食らわされたこの積年の蠱毒を喰らったというのか!!!」

 

「そういう印だから許せよ。積年の辛い修行の末であろうが、頑張ったで賞の世界じゃねぇだろ? 忍びやがれ」

 

 印にも相性があり、毒にもいたちごっこの相性がある。

 

 ハッタリか真実か、未知の印と大きな体を持つ敵に対して、自らの毒の歴史を愚弄された尾神は激昂した。

 

「黙りやがれッ!!! ならば舌の根の一つも動かせなくなるまで黙らせてやる、もっと強力な……。てめぇにとっておきの毒のダンスをくれてやる!!!」

 

 語気を荒げ宣った尾神は突然、目尻と耳の間にある(ツボ)へと、指先から伸びた二匹の蛇の牙を食い込ませた。

 

 しかしそれはただの気狂いからの自傷行為にあらず。太陽と呼ばれる特別な穴を、特製の毒で刺激し細胞と血流を活性化させる。

 

 すると視えずにいた血のように赤い印の紋様が、尾神の額へと焼き付き浮かび上がり、体表が爬虫類のように緑に染まる。

 

 それはまるで蛇の化物、二つの太陽を毒で汚し禁忌を犯し現れたのは、ゴルゴン。無数の髪が無数の蛇と化した。

 

「尾神毒忍法……【蛇闘撃・囲目(だとうげき・かごめ)】!!!」

 

 蛇男が変化したのは蛇の神。無数の蛇の髪が縦横無尽に宙を這い、粋がる敵、百地大地へと一斉に襲いかかった────。

 

 

 

 

 

 

 複雑な軌道を描きながら、放射状に広がった蛇は宙を走る。散りばめられた数多の目が、獲物である大きな黒蛙を睨んで離さない。

 

 獲物へと一斉に襲いかかる姿は、まさしく無数の蛇だ。

 

 しかし図体に似合わず大きな黒蛙はぴょんぴょんと跳ね殺到する毒牙の難を逃れる。

 

「避けるか、いつまで避け続けられる、シァははその図体で!!! ハッハーーーー!!!」

 

 無論そのような非効率なことは無駄にしない。大地は、臍へと押し込んだ親指を惜しみなく時計回りに捻った。

 

「踊りてぇなら続けてやるぜ。──時間がねぇから、こっちでな」

 

 大きな蛙の影がほっそりと引き締まる。それはまるで醜き大蛙から尊き王子の姿のように、形を変え、相貌までも変化する。

 

 精悍なる顔つき、爽やかな汗を弾く黒髪。節くれだった拳は硬く蛇の首根っこを掴み、鋭い眼光でワラった。

 

 痩せた男は、殺到し集束した数多の蛇の頭を一つにまとめ結び上げた。みっともなく絡まる蛇のコードが、地に落ち一緒くたにのたうち回っている。

 

「なっ、ナンッ、だ……!!?」

 

 醜い蛙がどことも知らぬ国の王子に化けた。そんなふざけたお伽話など、尾神牙は知らない。

 

 訳の分からない手捌きで蛇の編み物はお上手に。黒い衣を纏った謎の男が現れた。

 

「来いよっ、同じ変化の印のよしみだ、教えてやる」

 

 別人へと生まれ変わった百地大地が、くいくいと片方の掌を上方に扇ぎ分かりやすい挑発のポーズをする。

 

「馬鹿がッ教えているのは俺様でッ!! 踊っているのはそっちだあ!!! 痩せ薬を飲んだぐらいで調子に乗るなハッタリ野郎!!!」

 

「蛇の音頭かと思ったぜ、笛を吹いてやろうか」

 

「ぬかせッ!! その喉笛を掻っ切ってやる!!」

 

 硬く結ばれた蛇髪を切り離し、再生した新たな蛇髪がまた宙を這い大地へと襲いかかった。

 

 しかし身軽になったその体には蛇の踊りは当たらない。むしろ蛇の網の中を悠々と掻い潜りながら前進して来た痩せ男。

 

 その近づく圧に呑まれた尾神は、狡猾にも焦る思考を切り替えた。不意に振り回す蛇髪を別の獲物へと差し向けた。

 

 それは床に落ちていた三つ編みの女。気絶していた古林綾女へと宙を泳ぐ蛇の毒牙が襲いかかっていく。

 

 その悪辣な発想と視線に気づいた大地は、すぐさま床に寝ていた古林のことを担ぎ上げ、気まぐれな蛇の毒牙から彼女のことを救った。

 

 しかし女を一人肩に担いだその状態では、自慢のひょろひょろとしたそのスピードは出せまい。要らぬ荷を拾い上げた敵に対してそう悪しき算段をした尾神牙は、また語気を強めたご高説を垂れ始めた。

 

「シァははは熱心なゴミ拾いだな! ははは本家や分家、他家の絆など笑わせる。忍耐やら任務やらてめぇらのごっこ遊びにはまるで価値がねぇ! 仕えるべき主もねぇ! 世に蔓延った意味もねぇ! プライドだけが独り歩き! Nに飼い慣らされたてめぇら全員切腹しやがれ! できねぇヤツは俺が全員、(のろ)ってやるよ!」

 

 蛇はその怒りを露わにする。蛇の執念は弱った獲物を追い続ける。お約束の綺麗事を選び始めた黒髪の王子へと、蛇の毒牙が熱い涎を垂らしながら容赦なく襲いかかっていく。

 

「死ねええええ!!!」

 

 殺意は殺到する。ステップの鈍くなった愚かな王子へと、一斉に牙を向き、目一杯の首を伸ばして噛みついた────。

 

 

 しかし、その首はどこへやら。四方八方に飛び散って、大口を開けた無数の蛇が息絶えた。

 

 振り回していた蛇髪から、不意に伝う寒気に尾神の頭の芯が冷える。

 

 蛇目の先に立つ王子の携える剣のなんと奇妙なことか。

 

 殺到する蛇の音頭は、ドブ色の剣で斬り裂かれた。

 

 

「忍んで託すプライドの塊ってのも、そう心地は悪かねぇぞ」

 

 

 それは汚れた氷の剣。眠りこけてもなおつづく歪な執念の表れ。

 

 百地大地は知っている、名門藤林は伊達じゃないことを。藤林夜翠の執念が、自分を使えとばかりにそこに宿り落ちていた────。

 

 黒髪の王子は、亜水骨の白い柄を握りながら、妖しい冷気の漂うその最高の刃を構えた。切先は勿論、恐れ慄くその蛇の頭に向けて。

 

 

 

 

 

 

「ナッ、氷の刃……!? 何が忍んで託すだ!! そんな薄汚れた時代遅れのバトンなどっ、誇るようなものでもねェ!!! その拾い上げた骨の一片たりとも纏めて粉々になりやがれ偽物がッ!!! シァーーーー!!!」

 

 刃を向けられた蛇男は威嚇の声を叫び上げ、蛇髪をけしかけ抵抗する。

 

 忍んで託すその汚れた氷のバトン、そんな甘えごとをぬかし行使する黒髪の王子へと、蛇男の執念が剣を構えた視界全面へと殺到する。

 

「汚れていても上等だ」

 

 迷わず真っ直ぐに駆けたのは、最高の剣をそこに握っていたから。前へと流れる黒い影が、その醜くも美しい剣で絡まる偽りの蛇たちを全て切り裂いた。

 

 そして今手元から勢いよく投げられた氷の剣が蛇男の喉元へと、鋭い刃を迫らせる。

 

 焦燥の中、蛇男は最後の意地となるものを見せる。両耳に潜ませていた二匹の蛇が、目の前まで迫った氷の凶刃に左右から噛みつき砕いた。

 

 忍んで託すプライドの塊など所詮幻想、毒牙の前に届かずに儚くも散る。そう、何故こんなにも美しく散るというのか。

 

 薄汚れた氷の剣が砕かれ煌々と光る、ダイヤモンドダストの視界の中を──駆ける黒髪の王子の姿を、狼狽える尾神牙は知っている。

 

 

「刮目しろ。毒にも勝る忍びの力見せてやる!! 三技ノ剥──【波悶八卦(はもんはっけ)】!!!」

 

 

 しなやかな四指を折り拳を平らに束ねる。平たく固めた掌を、ガードの空いた蛇腹へと瞬く間に迫りぶつけた。

 

 黒髪の男が一瞬に踏み込み放つ一撃が、蛇腹をへこませうねらせた。息も止まる一撃は、トマラナイ。

 

 腹の真ん中に受け取ったその衝撃は、未知の毒のように全身に広がり、蛇男の身を震わせた。

 

 

(この毒が……まわりまわり……まわってなぜ今来やがった……オレの……ほんもの、ノ────)

 

 

 たった一打で、真っ直ぐに突き飛ばされた蛇男は、壁に衝突し、やがて蛇舌をだらんと垂らし白目を剥きながら地に落ちた。

 

 

 忍びの三技、冥漆剥(めいしつはく)、剥の極意【波悶八卦】。

 

 忍びの体に誰しも宿る冥力。互いの冥力を通わせ、相手の肉体を内側から揺らし破壊するその波を呼び起こすような拳技の名は、波紋八卦。印を解放した百地大地の得意とする──真の忍びの力。

 

 震える拳に蛇は、腹の底に粘つき溜まっていた毒の泡を吹く。戦意までも揺らがせ剥ぎ取る波の拳の残響が、地下室の隅にある溝の中の水の連なりにまでも響き渡った──。

 

 これにて勝負あり。繁華街地下牙の間で始まった忍びと忍びの戦いは、鮮やかなる百地大地の一撃でその幕を下ろした────。





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