超常のレーヴェ   作:さぁ

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一章完成してます。





魔術師レーヴェ

 魔術師とは、自らに問いを持つ者である。

 世界は何によって成り立ち、力はどこから生まれ、理はどこまで届くのか。

 その答えを、与えられることなく、ただ己の手で掴み取ろうとする者たちだ。

 

 彼らは等しく、探究の徒である。

 術式を組み、理論を磨き、再現性を積み重ね、術理の最奥を覗く者たち。

 その過程で、問いは常に形を変え、より深く、より鋭く、彼らの内側を抉っていく。

 

 多くの者は、その道半ばで斃れる。

 理に届かず、力に耐えきれず、あるいは答えを得たがゆえに、その身を滅ぼす者。

 失敗は肉体を焼き、精神を摩耗させ、時に名も残さぬまま、研究記録の余白へと沈んでいく。

 

 それでも彼らは、立ち止まらない。

 なぜなら問いは、解かれることを拒みながら、解かれずにはいられない呪いだからだ。

 理解できないものを前にして、背を向けることができない。

 世界が滅亡するならば、滅亡の理由を暴かずにはいられない。

 

 魔術師とは、力を求める者ではない。

 真理を欲する者ですらない。

 ただ、自らに芽生えた問いを、最後まで抱え続けてしまった者たち――

 

 魔術師とは、そんな愚か者の総称である。

 

 

 高所に開けたその場所は、風がよく通った。

 切り立った岩場の縁に立てば、眼下には緩やかにうねる大地と、遠く霞む山並みが広がっている。

 空は高く、雲は薄く引き伸ばされ、陽光は過不足なく地表を照らす。

 そんな景色のいい場所だった。

 

 ――ただし、足元を見なければ。

 

 岩場一帯には、魔物の死骸が折り重なるように転がっていた。

 獣型のもの、節足のもの、翼を持つもの。それぞれは肉体は裂け、焦げ、凍り、あるいは原型を留めないほど潰れているものもある。

 血の乾いた匂いと、魔力が霧散した後の独特の澱んだ気配が、空気の底に沈殿する。

 

 それら死屍累々の中心に、一人の少年が立っていた。

 

「あ〜、これもダメかぁ」

 

 少年は、あまりにも気の抜けた声でそう呟いた。

 彼の身には、くすんだ灰のローブが纏われている。背広に杖と瞳の刻印がされている。

 実用本位の仕立てで、袖や裾には何度も補修された痕跡があり、誰もが想像するような魔術師と言った風体。

 

 少年――レーヴェは、片手に小さな手帳を持ち、もう片方の手で羽根ペンを走らせている。紙面には細かな文字と、魔術陣を思わせる図形、注釈めいた記号が無秩序に書き込まれていた。

 

「……うーん。やっぱり何かの条件が足りないのか? 術式自体は成立してるはずなんだけどなぁ」

 

 ぼくの計算が間違ってる?

 それとも、前提そのものが違う?

 

 レーヴェは手帳を閉じ、軽く息を吐くと、ローブの内側に下げたポーチへと手を突っ込んだ。革製のそれは見た目以上に物が入る。指先が紙の感触を捉え、彼は新しい手帳を取り出した。

 

「次は……ここから試すしかない、か。仮説としては間違ってないはずなんだけど……ああ、でも、前提条件の再定義が甘いのかもしれないなぁ」

 

 ぶつぶつと独り言を重ねながら、ページを開く。

 死骸に囲まれた状況であるにもかかわらず、彼の声音に緊張はない。研究対象を前にした魔術師特有の、思索に沈む狂気だけがあった。

 

 そのとき——。

 

 死体の山の一角が、不自然に蠢いた。肉片の下、折れた外殻の影。

 致命傷を免れ、息を潜めていた魔物が、好機と見たのだろう。地を蹴り、牙を剥き、一直線にレーヴェへと襲いかかる。

 

「ガァァァッ!!!!」

 

「……ああ、まだ生きてたんだ」

 

 感想めいた一言の直後。

 

「《擬似奇跡:火焔たる我が主人》」

 

 次の刹那、豪炎と呼ぶに相応しい炎が、魔物を包み込む。

 暴力的な熱量。圧倒的な光量。

 それは確かに、すべてを焼き尽くすはずの炎だった。

 

 しかし――燃えたのは、魔物だけ。

 

 周囲の死骸には一切引火せず、草一本焦げず、風景は何事もなかったかのように保たれている。炎は、魔物の存在だけを選び取ったかのように、跡形もなく消え去った。

 

 灰すら残らない。

 

 レーヴェはその光景を見下ろし、ふぅ、と息を吐いた。

 

「……はぁ」

 

 深いため息。

 

「やっぱり、ダメか。威力も低いし。……これじゃあ、奇跡とは言えないんだよなぁ」

 

 彼は手帳を見下ろし、ペン先を紙に当てながら、もう一度呟いた。

 また失敗だ、と。そう呟きながら、レーヴェは帰路に着くのだった。

 

 ◇

 

 村の中央、寄合に使われる大きな家の中。

 年季の入った長机を挟み、レーヴェと村長は向かい合っていた。

 

「この度は……村を救ってくださり、本当に。本当にありがとうございます」

 

 村長は深く頭を下げた。

 皺の刻まれた顔立ちは、年齢以上に老けて見える。痩せた体つきは、ここしばらくの苦労を物語っている。

 

「いえ。依頼された仕事をしただけですので」

 

 レーヴェはそう答え、軽く首を振った。

 声音は柔らかく、距離を保った丁寧さがある。誰に対しても向ける、彼なりの礼節だった。

 

「魔物の被害がこれ以上広がらずに済んだなら、それで十分です」

 

「ええ……ええ。本当に……。これで、若者も外に出られます」

 

 村長は何度も感謝を述べる。

 短い沈黙。その後、やや逡巡するように視線を伏せたあと、意を決したように口を開く。

 

「……あの」

 

「はい」

 

「ひとつ、お約束の件につきまして……」

 

 その言葉に、レーヴェは内心で小さく息を整えた。

 

 来たか。

 

 彼は鷹揚に頷く。

 

「ええ。依頼の際に、お願いしていたものですね」

 

 村長は一瞬、言い淀んだ。

 それから、慎重な動作で、部屋の隅に置かれていた木箱へと歩み寄る。

 

「はい、その通りでございます」

 

 そう言いながらも、箱の蓋を開ける手つきには、ためらいが滲んでいた。

 

「……ただ、その……」

 

 中から取り出されたのは、一冊の書物だった。

 古びた革装丁。背表紙はひび割れ、角は丸く削れ、長い年月を経たことを雄弁に物語っている。

 

「……本当によろしいのですか?」

 

 村長は書物を両手で抱え、レーヴェを見た。

 

「依頼後に、このようなことを言ってしまって申し訳ありませんが、その……」

 

「構いませんよ」

 

「ええ……ですが、これは……」

 

 彼は視線を落とし、書物を撫でる。

 

「私の爺さまの、ひいじい様の代から、この村で管理してきたものです。代々、『勇者の書』だと伝えられてきました」

 

 その声音には、誇りと同時に、諦観が混じっていた。

 そして、意を結したようにレーヴェへと視線を向ける。

 

「ですが……正直に言ってしまえば、本物だとは、思っておりません」

 

 村長は顔を上げる。

 

「あなた様のような、高名な魔術師様であれば……存じておられるでしょう?」

 

 その問いかけに、レーヴェは小さく目を細めた。

 

「――勇者の書に本物なし、ですね」

 

「はい」

 

 沈黙が、部屋に落ちる。

 

 勇者。

 それは、この世界において、あまりにも有名な存在だった。

 

 勇者とは、人類史において幾度も現れ、幾度も語られてきた英雄である。

 魔王を討ち、災厄を退け、国家を救い、世界を救ったとされる者たち。

 

 その力は誇張され、神話化され、時に神そのものと混同されるほどだった。

 曰く、一人で魔物軍勢を薙ぎ払った。

 曰く、一撃で魔王城を崩した。

 曰く、剣一振りで海を割った。

 

 盛られ、重ねられ、膨れ上がった武勇譚は、もはや史実と区別がつかない。

 

 そして――勇者にまつわる書物もまた、同様だった。

 

 勇者の書。

 あるいは、勇者譚写本、英雄魔術録、神授の奥義書。

 

 そこには、勇者自身や、その仲間たちが扱ったとされる魔術、神聖術、秘奥義の数々が記されていると伝えられている。

 中には、失われた術式や、現代では再現不能とされる理論も含まれているという。

 

 だが、それらはあまりにも多く写され、あまりにも多く偽造された。

 

 各国が競って探し求め、買い集め、奪い合った結果、

 原本がどれであったのか、そもそも原本が存在したのかすら、分からなくなってしまった。

 

 とりわけ有名なのが――

 

 勇者を召喚したとされる魔法使い、エーガスの名で記された書である。

 

 曰く、勇者召喚の秘技。

 異界より英雄を呼び寄せる術。

 神の意志を介さず、神の御技を行使する方法。

 

 その噂を追い、各国は動き、金が、血が流れた。

 結果として、偽物は氾濫し、原本は失われ、真偽を判別する術すら消え去った。

 世界には無数の「勇者の書」だけが残された。

 

 村長は、レーヴェに書物を差し出した。

 

「……ですから、これは」

 

「いえ、別に本物でなくても、構わないんです」

 

 レーヴェはそう言って、書物を受け取った。

 革表紙の感触を確かめるように、指先でなぞる。

 

 村長は、その仕草から目を離せなかった。

 

「もしも、手に入ったら。そう考えている時が一番楽しいですから!」






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