超常のレーヴェ   作:さぁ

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建国祭

 アリシア王国の王都は、ひどく騒がしかった。

 

 白い石で舗装された大通りには、色とりどりの布が渡され、建物の壁には王国の紋章が誇らしげに掲げられている。広場を中心に人の流れが幾重にも交差し、露店の呼び声、楽師の音色、子どもたちの笑い声が混ざり合って、空気そのものが浮き足立っていた。

 

 建国祭。

 王国が最も賑わう数日間の、その初日――前夜祭。

 

 その広場の中央で。

 

 レーヴェは、ぽつんと立っていた。

 

 人の波から、微妙に外れた位置。

 誰とも視線を合わせず、誰とも話さず、そこに突っ立っていた。

 

 祝祭の熱気とは、明らかに異質な空気を纏っていた。

 

 一言で言えば、暗い。

 本人に自覚はないが、周囲の者が無自覚に避けるような陰気。

 

(……居心地、悪……)

 

 胸の内で、そう呟く。

 

 楽しげな喧騒が、逆に耳につく。

 誰も彼を気にしていないはずなのに、視線を向けられているような錯覚が離れない。

 

(帰りたい……)

 

 本気でそう思った。

 

 今すぐ宿に戻って、部屋の隅で膝を抱えていたい。

 なんで自分は、こんな場所にいるのか。

 

(遅い……)

 

 約束の時間は、とっくに過ぎている。

 人混みの中で立ち尽くすのにも限界があった。

 

(もう……帰ろう……)

 

 そう決めて、踵を返しかけた、その時。

 

「レーヴェ!」

 

 聞き慣れた声が、人波を割って届いた。

 振り返るより早く、周囲の空気が変わる。

 

 人々の視線が、一点に集まった。

 

 そこに現れたのは、ノイノだった。

 兵士と見紛うほど引き締まった体躯に、賢者会の魔術師らしい装束を無造作に纏っている。

 整った顔立ちが、祝祭の灯りに照らされて、やけに目立っていた。

 

「……」

 

 周囲の娘たちが、あからさまに見惚れている。

 ひそひそとした声。視線の往復。

 それを一身に受けながら、ノイノ本人はまったく気にした様子もなく、手を振っている。

 

 その光景を見て、レーヴェの居心地は、さらに悪くなった。

 

「ごめんごめん! 待った?」

 

「……うん、待った」

 

「あっそう? ごめんごめん。じゃあ、行こっか」

 

「うん。勇者の書を早く見に行こう。もう、人多すぎて疲れた」

 

 レーヴェは、間髪入れずにそう言った。

 

 一刻も早く、この場を離れたい。

 目的だけ果たして、宿に戻りたい。

 

 だが、それを聞いてノイノはきょとんとした顔をする。

 

「え? 何言ってんの?」

 

「……え?」

 

 ノイノは、心底不思議そうに首を傾げた。

 

「勇者の書が展示されるの、三日目だよ?」

 

「……は?」

 

「最終日。今日は前夜祭みたいなもんでしょ」

 

 その言葉に、レーヴェの思考が止まった。

 

 ――三日目。

 

(……知らないんだけど……)

 

 そんな基本的なことすら、頭から抜け落ちていた。

 特に調べることもなく、勢いと流れだけでここまで来てしまった。その結果がこれだ。

 

「……帰る」

 

「え?」

 

 ぽつりと、感情の起伏もなく言った。

 ノイノが、間の抜けた声を上げる。

 

「帰る。今日はもういい」

 

 レーヴェは、くるりと背を向けた。

 人混みの隙間を縫って、広場の外へ出る道を探す。

 

(宿に戻ろう……)

 

 基本的にレーヴェは対人関係が苦手である。一対一ならば、そう苦ではない。

 しかし、それが大多数にさらされるとなると途端に苦痛になるのだ。

 建国祭の混雑。帰る理由としては十分だった。

 

「まあまあまあまあ」

 

 だが、その背中に、やたらと軽い声が被さる。

 

「はい、捕獲ー」

 

「ちょっ――!」

 

 ノイノは、抵抗するレーヴェの肩をがっちりと掴み、そのまま人の流れへと引きずり込んだ。

 

「放して……!」

 

「大丈夫大丈夫。たまには人と一緒にいないと、魔術師の嗜みだよ」

 

「言ってることがおかしい……!」

 

 露店の灯りが、次々と視界を流れていく。

 焼き物の匂い。甘い菓子の香り。鉄板の音と、呼び声。

 祝祭の熱気が、否応なく肌にまとわりつく。

 

(……最悪……)

 

 レーヴェは心の中で呻いた。

 だが、ノイノは楽しそうに歩いている。

 

「ほらほら、どれ食べる?」

 

「……帰りたい」

 

「はいはい、その台詞は後で聞くから」

 

 こうして。

 

 居心地の悪さを全身にまとったまま、

 レーヴェ・カルドリーチは、前夜祭の人混みへと連れ込まれていった。

 

 ◇

 

 露店の通りは、広場からさらに奥へと続いていた。人の流れは絶え間なく、歩くだけで肩が触れる。

 レーヴェは、無意識にノイノの半歩後ろを歩いていた。

 

(……うるさい……)

 

 歩けば歩くほどにレーヴェの機嫌は悪くなってくる。

 

(なんで、こんなところを歩かなければならないんだ。飛行魔術ならば、ストレスなく目的地まで行けるのに……)

 

 そう不満を思うレーヴェ。

 

 ……その一方で。

 

「見て見て! この串、肉の焼き色最高じゃない?」

 

 ノイノは、露店の一つ一つに反応していた。

 足取りも軽く、視線は忙しなく左右へ跳ねる。

 

「ほら、これも! これ絶対うまいやつだよね!」

 

「……よくそんな元気あるね」

 

「アリシア王国の建国祭だよ? 年に一回の一大行事! 楽しまない理由ある?」

 

 アリシア王国は、古くから続く王国だ。

 初代勇者アリシアの名を冠し、勇者伝承とともに歩んできた国。

 

 この王国では、武と同じくらい「知」が尊ばれる。

 学術と記録を重んじ、古文書や遺物の保存に力を入れてきた結果、王家の秘蔵庫には他国では失われた資料が数多く眠っている。

 

 建国祭は、そうした王国の誇りを内外に示す場でもあった。

 

 ——だからこそ。

 

 露店の中にも、どこか他国とは違う気配がある。

 単なる食べ物や玩具だけでなく、簡易的な魔道具を並べた露店も、いくつか見受けられた。

 魔力を灯りに変える石、簡単な結界を張る護符、保存用の触媒瓶。

 

 レーヴェは、足を止めてそれらを眺めた。

 

「……魔道具、多いね」

 

 思ったままを口にする。

 

「でしょ?」

 

 ノイノは、得意げに頷いた。

 

「アリシアは学術寄りの国だからさ。祭りでもこういうの普通に出るんだよ」

 

「……質も、悪くない」

 

 露店に並ぶ品を一瞥しただけで、粗悪品かどうかは分かる。

 見た目だけを取り繕ったものは少なく、最低限の術式はきちんと成立していた。

 

「しょくぎょ〜びょ〜う」

 

「うるさいな」

 

 軽い会話を交わしながら、二人は再び歩き出す。

 だが、少し進んだところで、人の流れが妙に滞っているのに気づいた。

 

 ざわざわとした声。

 歓声とも、どよめきともつかない音。

 

「……なに?」

 

 レーヴェは、足を止めた。

 

 人垣の向こう側に、円形の空間ができている。

 どうやら、即席の舞台らしい。

 

「お、やってるやってる」

 

「なにが?」

 

「催し物だよ。近衛騎士の挑戦会」

 

「……近衛騎士って、エリート中のエリートじゃないか」

 

「そっ、そんな連中がこの3日間挑戦を受けるって話」

 

 二人は、人混みの隙間から中の様子を盗み見た。

 

 簡易的に区切られた円の中央で、剣を構えた二人の男が向かい合っている。

 一人は明らかに騎士装束。もう一人は、挑戦者らしい軽装の剣士だ。

 

「おいおい、あの騎士様、もう十戦以上やってるぞ」

 

 近くの観客が、興奮気味に言う。

 周囲の観客の話し声が、耳に入ってくる。

 

「また挑戦者かよ」

「あの騎士様、もう十戦以上してるぜ?」

「まだ一度も負けてないらしいぞ」

 

(……化け物かよ)

 

 一日に十戦以上。

 しかも相手は、素人ではない。

 立ち姿から、誰がみても玄人であると分かった。

 

 剣士が、踏み込む。

 だが、騎士は一歩も動かず、最小限の動きでそれを捌いた。

 

 次の瞬間。

 

 挑戦者の剣が弾かれ、体勢を崩す。

 騎士は一歩も下がらず、静かに剣を収めた。

 

「……終わりだ」

 

 挑戦者は悔しそうに歯を食いしばりながらも、礼をして退いた。

 騎士はそれに軽く頷くだけで、次はまだかと立ち続ける。

 

 しばらくのあいだ、レーヴェは無言でその場を見つめていた。

 

 次の挑戦者が名乗りを上げ、観客が湧き、剣が交わされる。

 騎士は変わらず落ち着いた動きで応じ、また一人、挑戦者が退いていく。

 

「……すご」

 

 ぽつりと呟いた。

 ノイノは、腕を組んだまま頷く。

 

「でしょ。アリシア王国の騎士団は、諸外国でも最強って有名だしね」

 

「そうなの?」

 

「うん。実戦経験も多いし、選抜基準も厳しいって有名。近衛騎士なんてその中の上位数%のエリートだよ」

 

 騎士は、次の相手を待ちながら、呼吸を整えている。息は乱れていない。

 剣を握る手にも、疲労の色は見えなかった。

 

(……勇者の国、か)

 

 胸の奥に、言葉にならない感覚が残る。

 ノイノは、ふっと空気を切り替えるように手を叩いた。

 

「よっしゃ、次は《月蜜焼きオオシカ串》を食いに行こ〜!」

 

「……まだ食べるんだ」

 

 ノイノの周りには、露店で片っ端に買った食べ物が浮かんでいる。

 その多くがまだ残っていた。

 

「こんな日でもないと来ないんだから。食い溜めしとかないと!!」

 

「そんな理由で……」

 

 言いながらも、少しだけ口元を緩めてしまった。

 相変わらずだな。なんて思ってしまう。

 

「いやさ。甘じょっぱくてさ、香草も効いてて、マジでうまいんだって」

 

「……僕も一本買おうかな」

 

「よっしゃ!」

 

 ノイノは満足そうに笑い、さっさと歩き出す。

  

 人の流れに押されながら、ぼくもその後を追った。

 剣戟の音も、歓声も、露店の呼び声も、すべてが混ざり合って、遠ざかっていく。

 

 ぼくとノイノは、そのまま雑踏の中へと溶けていった。

 

 ◇

 

 前夜祭の熱気が少しずつ引いていく頃、王都の通りはようやく人の密度を落とし始めていた。

 露店の灯りはまだ消えていないが、歓声は遠のき、足取りもどこか緩慢になっている。

 食べるものも食べて、レーヴェとノイノは人通りを歩いていた。

 

「そう言えばさ」

 

 唐突に、ノイノが歩きながら口を開いた。

 

「今日の宿あるの?」

 

「……一応ね」

 

「え、マジで?」

 

 ノイノは、素直に驚いた顔をする。

 そんなにどんくさいように見えたのだろうか。

 

「建国祭だよ? 王都だよ? どうやってっとったの?」

 

「どうやってって……普通に」

 

 それが余計に不審だったらしい。ノイノは眉をひそめた。

 

「……どんな宿?」

 

「《白鹿亭》」

 

 レーヴェがそう答えた瞬間、ノイノの足が止まった。

 そして、まずいとでもいうかのように苦虫を噛み締めたような顔をしていた。

 

「あ〜………」

 

「なに」

 

「一応聞くけどあの白鹿亭?」

 

「他に同じ名前の宿があるなら、知らないけど多分思いついてるのだと思うけど?」

 

 ノイノは、数秒黙り込み、それからゆっくりと口を開いた。

 

「言いにくいんだけどさ」

 

「なに」

 

「……評判、あんま良くないよ。そこ」

 

 レーヴェは、一瞬きょとんとした。

 

「確かにボロかったけど……」

 

「いや、建物自体はそんなでもないんだ。」

 

「じゃあ、なに」

 

「…………率直にいうと、盗み」

 

 …………。

 どうやら自分はことごとく運がないようだ。

 

「ちょいちょい話聞くんだ。荷物が消えたとか、金が抜かれたとか」

 

 ノイノは肩をすくめた。

 その言葉を聞いた瞬間、レーヴェの中で、すとん、と何かが腑に落ちた。

 

(……だから、取れたのか)

 

 建国祭直前の王都。そんな熱気あふれる時に、宿など取れるはずもなかった。

 それでも空いていた理由。納得である。

 

「……まぁ」

 

 レーヴェは、曖昧に言葉を濁した。

 

「大丈夫……じゃない?」

 

「いやいや、普通に大丈夫じゃなくない?」

 

「そんな、宿を出て数時間も経ってないし」

 

 大丈夫だって、と軽く笑ってみせる。

 しかしノイノは、納得していない顔だった。

 

「……一応、見に行こう」

 

「え」

 

「俺も気になるし。レーヴェだって盗まれてたら嫌でしょ?」

 

「……まあ、資料の一部も置いてるし」

 

「でしょ。なら早く行こう」

 

 半ば引きずられるようにして、二人は宿へ向かった。

 

 ◇

 

 白鹿亭の一室。

 

 扉が、きい、と音を立てて開く。

 

「……」

 

 中に足を踏み入れた瞬間、レーヴェは言葉を失った。

 

 部屋は、綺麗だった。

 

 いや――綺麗すぎた。

 

 机の上にあったはずの書類はない。

 壁に立てかけていた鞄もない。

 床に置いていた資料も、手帳も、革袋も。

 

 あるのは、整えられたベッドと、何も置かれていない空間だけ。

 

「……」

 

 沈黙。

 

 ノイノが、ゆっくりと部屋を見回す。

 

「……大丈夫?」

 

「……」

 

 レーヴェは、数秒その場に立ち尽くしてから、ようやく口を開いた。

 

「……うん。………………大丈夫じゃない」

 

 部屋は、すっからかんだった。

 








読んでくださりありがとうございます!!

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