超常のレーヴェ   作:さぁ

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ロスティア

 崩れた瓦礫と、まだ燻るような魔力残滓を前にして。

 

「……相変わらず、だね」

 

 レーヴェは、乾いた声でそう呟いた。

 

 倒壊した建物は、支部の中でも実験棟に分類される一角だろう。

 壁は内側から吹き飛ばされ、天井の一部がごっそり抜け落ちている。

 それでも致命的な被害が出ていないあたり、結界と耐久術式だけは無駄に優秀だ。

 

(……懐かしいな)

 

 そう、古巣に思いを馳せている時。

 

「あら? あらあらあら?」

 

 やけに通る声が、瓦礫の向こうから響いた。

 

「まあまあまあ! 誰かいらっしゃいまして!? わたくしの記憶違いでなければ、今日は特に来訪予定は――」

 

 声は、止まらない。

 止まる気配もない。

 

「——見学の方ですの? それとも視察? それともご用命かしら? まぁどちらにしても、わたくしの研究成果を目にするだなんて、なんて幸運なのでしょう!」

 

 話しかけているのか、独り言なのか、その境界は極めて曖昧だった。

 声の主は、そう喋りながら、瓦礫を軽やかに乗り越えて近づいてくる。

 

「やっぱり爆発は芸術ですわ! ええ、ええ! 制御された破壊ほど、美しいものはありませんもの!」

 

 そして。

 

「おーっほほほほほ!!!!」

 

 朗らかで、遠慮がなく、妙に晴れやかな笑い声が、支部の敷地に響き渡った。

 

「……」

 

 それを聞き、レーヴェは——

 

(……なに、この人……)

 

 ——ドン引きした。

 瓦礫の向こうから、まるで舞台に立つ役者のように、一人の女性が姿を現した。

 

 一言で言えば、白衣を着た美女。

 ところどころ焦げ跡があり、袖口には破れもあるが、本人はまったく気にしていない様子だ。

 長い髪は見事な縦ロールに整えられており、それが左右で優雅に揺れている。

 爆心地から出てきたとは思えないほど、姿勢は堂々としていた。

 

 背筋はぴんと伸び、胸を張り、瓦礫の上を堂々と歩いてくる。

 その足取りは、まるで自分の成果を見せびらかす舞台を闊歩しているかのようだった。

 

「……」

 

 レーヴェは、思わず視線を逸らした。

 目を合わせてはいけないタイプの人間だ、と本能が告げている。

 

「いやぁ〜! それにしても! 本当に良い爆発でしたわ!」

 

 女性は、満足げに頬に手を当てる。

 それでもなお、こちらへの歩みは止まらない。

 

「想定より二割ほど威力が上振れましたけれど、それも含めて成功ですわね!」

 

「……あ〜、まじか。実験今日だったっけ?」

 

 まずいな〜。とノイノが、珍しく面倒そうな口調でそう言った。

 その声に、女性はぴたりと動きを止める。

 

「あら? あらあら?」

 

 女性は、ぱちりと目を瞬かせた。

 

「……まぁ! ノイノではありませんの!」

 

 そこで初めて、ノイノの存在を認識したらしい。

 

「久しぶりですわね! 相変わらず良い体格ですこと! ちゃんと鍛えていまして? 今度わたくしにも教えてくださいまし!!」

 

「うわ、出た。ロスティアだ」

 

 ノイノは、若干引き気味に応対する。

 

「相変わらず派手にやってるね」

 

「当然ですわ!」

 

 女性――ロスティアは、胸を張る。

 

「爆発とは芸術! そして芸術とは爆発! わたくしの研究に妥協などありませんもの!」

 

 おーっほほほほほ!!と高笑いをし始める。

 レーヴェは、言葉を失っていた。

 

「それで……こちらの方は……?」

 

 女性の視線が、すっと横に移る。

 そして、レーヴェのほうをちらりと見て、ノイノへと戻った。

 何を聞きたいのか理解したようで、ノイノが紹介を始める。

 

「紹介するよ。こっちがレー――」

 

「まあ!! あなたが! あなたがレーヴェですのね!!」

 

「……え?」

 

 思わず声が裏返った。

 

「話には聞いておりますわ! 魔術理論が綺麗で! でも成果がなかなか形にならなくて困ってらっしゃるんでしょう? それでも諦めずに勇者の書を集め続けて頑張っている! 素晴らしいですわ!!」

 

 レーヴェの思考が、一瞬止まる。

 なぜ彼女が自分のことを知っているのか。

 いや、犯人は一人しかいないだろう。

 

「……どこ情報です?」

 

「ノイノですわ!!」

 

 ぎぎ、と音がしそうなほどゆっくりノイノを見ると。

 彼は、完全に目を逸らし、口笛を吹いていた。

 

 ――後で締める。

 

 心の中でそう誓いながら、レーヴェは一度、深呼吸をした。

 

「……はじめまして。レーヴェ・カルドリーチです」

 

「ご丁寧にどうも! わたくし、ロスティア・マドランテと申しますわ!」

 

 両手を腰に当て、胸を張る。

 その背後で、まだ煙がうっすらと立ち上っているのが見えた。

 

 レーヴェは、数秒遅れて口を開いた。

 

「……どうも」

 

「まあ、落ち着いたご挨拶! いいですわ! 素敵ですわ! あなたはどんなご研究をなされて? 爆発はしてます?」

 

「……してません」

 

「残念ですわね! 爆発はいいですわよ、人生が豊かになりますわ!」

 

 それから、しばらく。

 

 ロスティアは、実験の成果だの、爆発の美学だの、次に試したい術式だのを、一方的に語り続けていた。

 話しかけているのか、語り聞かせているのか、あるいは自分自身に酔っているのか。

 判別はつかないが、とにかく止まらない。

 

 レーヴェは半ば聞き流しながら、崩れた建物と結界の修復術式を眺めていた。

 

(ここの支部の修復早いな〜。どんな術式使ってるんだ?)

 

 なんてことを考えていると、ふとロスティアが首を傾げる。

 

「……あら? そういえば、今日はどんなご用向きで? レーヴェ。あなたはこちらの支部所属ではありませんわよね?」

 

「……はい」

 

「それに、視察でもなさそう。見学にしては顔が暗すぎますし」

 

 失礼な分析だが、的確だった。

 

「もしかして……」

 

 ロスティアは、ぱっと表情を明るくする。

 

「わたくしに、弟子入りでも?」

 

「いや、そういうわけじゃ――」

 

 ノイノが言いかけた、その時。

 

「それとも! 研究協力!? 共同実験!? 爆発ですの!? 爆発案件ですの!?」

 

「違う」

 

 レーヴェが、即座に否定した。もはや、敬語すら面倒くさい。

 その言葉にロスティアは、ぴたりと動きを止める。

 

「……まぁ」

 

 一瞬だけ、真顔になる。

 レーヴェとノイノは、『怖っ』と思いながらも平静を保った。

 

「では、なぜ?」

 

 そこで、レーヴェは一度、息を吐いた。

 

 正直、説明したくはない。

 賢者会の人間に、あまり自分の事情を話したくない。

 だが、状況的に隠し通す意味も感じなかった。

 

「……宿で、盗難に遭いました」

 

 短く、要点だけを告げる。

 

 集めていた勇者の書がなくなったこと。

 その過程で読んでいた研究資料がなくなったこと。

 研究中の術式を書き留めた手帳がなくなったこと。

 

 感情を極力削ぎ落とし、事実だけを淡々と並べた。

 話し終えた直後。

 

「――――は?」

 

 そういったロスティア。

 次の瞬間、彼女の周囲に魔力が溢れる。

 彼女の気質を象徴するような暴力的な魔力だった。

 

「それは!!! 断じて!!! 許されませんわ!!!」

 

 支部中に響き渡るほどの大声。

 拳を握りしめ、肩を震わせる。

 

「魔術師の資料を盗むなど!!! なんという冒涜!!! なんという愚行!!!」

「研究とは!! 人生ですのよ!? 時間であり!! 魂であり!! 情熱の結晶!!!」

 

 ロスティアは、完全にキレていた。

 

「それを盗むなど!!! 爆発よりも許せませんわ!!!」

 

「いや、爆発も大概だけどね……」

 

 ノイノが小声で突っ込むが、届いていない。

 

「――決めましたわ!!」

 

 ロスティアは、ばっと顔を上げた。

 

「わたくし、全面的に協力いたします!!」

 

「……え」

 

 レーヴェが、思わず声を漏らす。

 胸を張り、縦ロールを揺らしながら宣言する。

 

「探知術式! 痕跡追跡! 魔力残滓の解析! お任せなさい!! 賢者会の名にかけて!! そして何より!! 魔術師の誇りにかけて!!! 」

 

 ロスティア・マドランテは、びしっと指を立てた。

 

「その盗人、必ず炙り出しますわ!!」

 

 レーヴェは、しばらく黙っていた。

 

 ロスティア・マドランテ。

 正直、一緒にいて疲れる人だ。レーヴェがこれまで出会った人の中でも苦手な部類に入る。

 

(だけど——)

 

 その怒りだけは、何よりもありがたかった。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「当然ですわ!」

 

 そう言うと、ロスティアは満足そうに笑った。

 その背後で、まだ瓦礫が燻っている。

 

 こうして。

 

 盗まれた勇者の書を巡る騒動は、賢者会アリシア支部という、最も厄介で、最も頼もしい場所を巻き込みながら、本格的に動き出すことになった。







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