姫川さんとの話を終え、俺は稽古場まで行くとそこには既に二人が台本を読んでいた。台本は原作通り『慈愛の女神』俺なりに完成形に近づけないといけない。
「これからこの『慈愛の女神』の方向を考えていこうと思うんだけど、とりあえず俺が話す前にどういう話になるのか聞いてみていいか?」
「また急ね。」
「いやさ、この話読んでてどんな作品にしたいかっていうのは結局のところ役者側だろ?演技の方向性を決めるっていうのは、何よりも大事だし。」
どういう風に演技をするべきなのか、どうしてこういう考察になったとかそういうのを考えないとならない。
「って、でもこれって正しい行いをした『村娘』が『女神』に救われる話よね?」
「うん。それも正解。」
「それも?」
「うん。その場合は童話風に仕立てることになりそうかな。それじゃあ黒川さんはこの台本を読んでどう思った?」
「……えっ?私ですか?」
振られるとは思ってなかったのか黒川さんが驚く。……やっぱり黒川さんの弱点はそこだよなぁ。自信がなさすぎる。
「……えっと、その。」
「…」
「キングくんは、その…」
「答えないよ。今は黒川さんの言葉を聞く時間だから。」
その言葉に黒川さんは目を伏せる。何か言いたげだけどしまい込んでいる。……ちょっとだけ助言するか。
「……黒川さん。」
「は、はい。」
「少しだけ助言するけど、多分俺は黒川さんよりの思考だよ。でもね。俺は今回舞台に立たない。だからこそ黒川さんとかな先輩で決めないといけないんだ。」
「…キングくんじゃなくてですか?」
「そう。…それにね、かな先輩も黒川さんも俺の意見告げればそれが答えみたいになると思う。実際に俺はその答えを見つけてると思う。でもそれじゃあ面白くないだろ?」
俺の言葉に黒川さんは俺の方を見る。困ったような感じだろうか?かな先輩も苦笑してるし、俺の悪い癖だとは思う。でも、演者として、演技の楽しさはここから始まっていると思う。
「役者として、同じ舞台に立つ時は、言いたいことを言うのが礼儀だよ。例え、どんな人であろうともね。」
その言葉に黒川さんは少し考えたようにしている。そして言葉を告げる。
「私はこの話実はものすごく意地悪かなって。」
「……えっ?だってこれは真面目に女神様に尽くしてた村娘が……」
少しかな先輩反論しようとしたところで何か思い出したかのように言葉を止め、もう一度台本を見直す。原作とは違いかな先輩も気付いたようだった。
「…成る程。確かにそういう見方も出来るわね。」
「うん。キングくんも気づいてるだよね?」
「そうだな。俺がやるんだったらこっちを選ぶ。かな先輩の意見も間違ってはないとは思うけど…、それにしては少女が報われなさすぎるなぁって。」
「……報われない……か。」
「うん。だって他の村の人は助からないんでしょ?その中で一人村娘だけが助かるって可哀想じゃない?」
と黒川さんは原作通りの台本の解釈を話していく。かな先輩もその言葉を聞き、黒川さんの見方に感心する。所謂同じ台本でも解釈が違えば真反対に捉えることができるの基礎的な物語だ。
「…これは歪んだ自己愛の物語だよ。」
「……ホント、意地悪な話ね。」
「うん。だからね……。」
「……ねえキング。この村娘役、私にやらせて」
その言葉に黒川さんは少し驚いたようにしていた。
「……かなちゃん?」
「駄目かしら?」
「私もお願いしようと思っていたところだけど……いいの?」
「えぇ。これは私がやる。」
「了解。それなら女神役は黒川さんってことで。」
かな先輩完璧に近い状態で仕上げてくるだろう。原作崩壊もいいところだけど……それでも黒川さんを仕上げるのはこっちだな。
「とりあえず合わせてみる?正直ここらへんが一番もたつくと思ってたから今日集まってもらったわけだけど。」
「いいけど、今から劇場借りるの?」
「とりあえずここで良いよ。とりあえずどういう風になるか見てみたいだけだから。」
「わ、分かりました。」
そして、始めて行われる合わせに俺は二人の演技を見る。一応三章構成で序盤は村娘が女神に尽くす。二章では村に火災に巻きこまれ女神様へ頼みにいく。三章では解釈に分かれる。そして俺はここで原作以外の解釈を一つだけ持っていた。
第三章までは何も言うことがないというのがホンネだった。やっぱりかな先輩は上手いし黒川さんも上手く嵌ってる。
問題はここからなんだが…どんな演技をするかはかな先輩にかかっているんだけど……。
かな先輩が選んだのは俺が思い描いていた最後の案の方だった。
「…かな先輩。最近俺の演技に寄せてる?」
「えっ?」
感想の時に俺が真っ先に告げた言葉にかな先輩は少し驚く。
「いや、なんか最近俺ならこうするをやっているいうか……」
「えっと、キングくんはかなちゃんの演技あれでいいと思ってるの?」
「いや、幾らかパターンがあってその中から選ぼうと思っていたけど、真っ先にそれが出てくるとは思ってなかった。」
「……幾つかパターンがある?」
「そう。四つほどの案があって。その一つがこれだった。」
「……あの、キングくんはずっと思ってたけど、何個か展開を考えているんですか?」
「基本はワンシーンに四から五つ程案を考えてるかな。一つだけで限定するよりかは何個かの案があった方がいいかなって。」
基本的に相手に合った演技を選ぶ。幾つかパターンを変えリハーサルで合わなかったら演技を変えてみることを繰り返す。
「まぁ、俺の十八番をかな先輩がやった演技だから気になったんだ。まさかかな先輩がやるとは思わなかったけど……やっぱりかな先輩には怒りの演技正直合わないかなって。」
最後にかな先輩は無言で女神像を睨んでいた。村娘にとってはこの女神像は信仰の一つだった筈だったが……信じた結果がこれである。村娘以外の村人は亡くなり、村娘は支配されようとしていた。
何ならこの台本では書かれてはいないがこの女神が村に火をつけた可能性もあると思っている。少女を支配するために奇跡の力を使ってまで一人助けたのだ。それくらいしてもおかしくはない。
これを踏まえたら少女に関しては女神様に向けて怒りの感情があるのは当然の話だろう。女神に対してもそうだが自分に対しても怒りを覚えているのであろう。他の村人と話を、家族の話を信じきれなかった自分にも責任があるのだ。
まるでそれが原作での2人のエチュードのように……
だからこそ俺は最後にやってみてほしいという演技に村娘役に女神に従うふりをして女神を恨む演技をしてもらおうとしていたけど……
「…やっぱり?」
「うん。かな先輩。今まで他人を怒ったり、恨んだことって殆どないでしょ?」
「えっ?」
「かな先輩やっぱり他人を恨むとか怒りとかそういう演技苦手だよね?」
かな先輩の苦手な演技は確実に怒りとか恨みとかそういう感情を表すのが下手である。元々愛憎とかの感情演技もある程度原作では経験しないと分からないほどそっちの方面に疎い。
「よく気づいたわね。」
「まぁね。かな先輩って他人に感情をぶつけるところあんまり見たことがなかったし。結構押しに弱いタイプだから、こういう人って怒りとか恨みとかの感情は自分に矛先が向きやすいんだよ。」
「………」
「だからこそ泣きの演技が上手いんだと思う。自分が傷ついていても自分で解決しようとするから。反対に俺は泣きの演技が下手なんだよ。俺って結構親しい人には甘えたりワガママ言うことが多いから……まぁ末っ子体質だからだと思うけど…。だからこそ他人に向けた演技に長けている。」
正直これに関しては環境がそうしてきたから仕方がないとは思う。
「……キングくん。ホントにかなちゃんのこと見てるんだ。」
「ん?黒川さんに関してもある程度当てれる自信はあるよ。」
「……えっ?」
「黒川さんの演技を観たらある程度分かる。黒川さんって自分の演技に……というよりも自分に自信ないでしょ?」
「…へ?」
俺の言葉に黒川さんが驚く。
「あのね。かな先輩には伝えてるけど演技を見てればある程度分かることがあるんだ。黒川さんの演技って俺らとは真逆で自分を出さないようにしてるでしょ?」
「う、うん。」
「こういったタイプって基本的に自分が思っている演出にはかなり強いんだよ。だからこそ台本理解力が高く、台本通りに再現するのが上手い。でも、反対に自分と見当が違ったときにはとことん合わなくなる。それが黒川さんの武器と弱点だな。」
「……成る程。だから軸に置いたってこと?」
「そう。黒川さんは正直そっち側においてはまだ経験不足なだけで才能は抜きんでてる。」
するとポカーンと口を空けている黒川さん。
「どうした?」
「ちょっとビックリしちゃってそんなこと言われたの初めてだから。」
「なら自覚しとけ。黒川あかねって役者はかな先輩と最優秀女優賞を争えるくらいの役者になれる素質を持ってるって断言してやる。」
「……」
すると目の色が明らかに変化する。多分これならかな先輩もある程度本気を出せるくらいには仕上がるだろう。そういうかな先輩から呆れた様子で俺を見る。
「あんた、いい加減にしとかないといつか後ろから刺されるわよ?」
「……えっ?」
「もしかしてかなちゃんもそういう口?」
「えぇ。こいつホントに演劇と歌に関してはこんな感じよ。」
「……あの、なんか悪いことでもした?俺……」
「してないから苛つくのよ……」
「うん。」
「えぇ。」
理不尽じゃね?これ。ただ黒川さんに自信をつけるためにしただけなんだけど……
「と、とりあえず今後は一旦俺が思っているパターンを一通り完璧になるまで仕上げてもらいます。」
「「えっ?」」
二人の声が重なる。何か可笑しいこと言ったか?
「今回相手は演出家がついてるから自分たちが一番しっくりくる演技をやったほうがいいだろ。」
「だ、だからといって全部する必要はないんじゃ。」
「あのな。一ヶ月あるんだぞ。これくらいこの演技、三人ならできるだろ。」
「……はぁ。ホント相変わらずなんだからあんたは。」
その言葉にかな先輩は呆れたようにしている。
「黒川さん。これがキングよ。」
「…」
苦笑する黒川さんに俺は首を傾げる。残り一ヶ月もあるんだ。それくらいはやってもらわないと勝てるわけないだろう。
……絶対にあのおっさんに期待以上の物を見せてやると心の中に誓った。