艦娘幼稚園 遠足日和と亡霊の罠(サンプル) 作:リュウ@立月己田
【挿絵表示】
※この作品は、現在連載中の「艦娘幼稚園」シリーズにおける同人誌の序盤を公開するものです。
下記に完成予定の書籍情報があります。
後書きにてイベント参加情報もあります。
タイトル:「艦娘幼稚園 遠足日和と亡霊の罠」
表紙、挿絵作家:一本杭 氏
(pixivID:「177996」)
書籍関連:新書サイズ(2段組み 1p最大文字数1000文字)
全192p(予定)
総文字数 14万文字弱(予定)
(ライトノベル等の文庫サイズだと、約300p)
挿絵数点あり
通信販売BOOTH:
https://ryurontei.booth.pm/items/69110
(サンプルもあります)
■1日目
午前7時5分前。
いつもと同じ幼稚園への出勤日ならば、寮内にある洗面所で顔を洗って自室に戻り、仕事用のカッターシャツとスラックスに着替え、エプロンの紐を締めている時間である。しかし、今日は子供達にとって待ちに待った、年に数回しかない大きなイベントの当日であった。
もちろん俺も、先生になってから初めての事であるので、大人ながらに興奮覚めやらぬといった感じで寝つくのが遅くなってしまい、目覚まし時計に叩き起こされた口であるのだが。
おっと、そういえば初めての人もいるかもしれないので、簡単な自己紹介をしておいた方が良さそうだ。
俺は現在、舞鶴鎮守府の中にあるちっちゃな艦娘を養成する施設、俗称『艦娘幼稚園』の先生として働いている青年だ。人員不足を解決する為に昨年行われた全国一斉の試験に合格し、提督としてこの鎮守府にやってきたつもりだったのだが、実際に配属されたのは幼稚園の先生という何とも肩透かしな出来事だった。
しかし、色んな事が重なるうちに俺の働く場所はここだと確信し、まだまだ未熟ながらも先生として日々努力している。幼稚園にいる小さな子供達に振り回されたり、出張先へ向かう途中に海底にたどり着いて深海棲艦の子供を連れて帰ってきたりと、とんでもない日常を送ってはいるが、それでも楽しくやっていけているのは非常にありがたい事である。
――まぁ、生傷が絶えないのは少々困った事なんだけどね。
さてはて、そうこうしているうちに目的の埠頭へと着いた俺は辺りを見回した。既に多くの子供達がリュックサックを背負って今か今かと待ち望むように、ある一点を見上げている。
「相変わらず大きいよなぁ……」
子供達と同じようにソレを見上げながら呟く。視線の先には以前乗る事ができなかった戦艦、通称『ぷかぷか丸』の船体がそびえ立つように浮かんでいた。
「先生、おはようございます~」
見上げていた俺に声が掛けられ、そちらの方を見る。そこに立っていたのは、金髪のゆるふわヘアーに青い軍服、その上にエプロンを着たスタイルの良い艦娘、高雄型重巡洋艦愛宕の姿だった。
「おはようございます、愛宕先生。今日は予報通りの快晴で本当に良かったですね」
「そうですね~。雲一つ浮かんでいませんし、絶好の遠足日和ですよ~」
愛宕はそう言いながら、ニッコリと笑みを浮かべて空を眺めた。俺も同じように視線を向けると思わせつつ……チラ見で愛宕の身体を注視する。
「う~ん、本当に良い天気ですねぇ~」
「そうですねぇ……」
右手を水平にしておでこに当てた愛宕が、顔を大きく左右に動かして一面の青空を眺めていく。
ぽよん……ぽよん……
愛宕の大きな胸が別の生き物のように大きく揺れ、俺は心の中で両手を合わせながら今日も一日頑張るぞっ! と、気合いを入れた。
うむ、役得役得。
これも先生になった俺への特典である。むしろ、これがあるからこそ大変な毎日も耐えられるってモノなんだけれど……
ゲシッ!
「痛ぇっ!?」
強烈な痛みがスネの部分に走り、俺はその場で飛び上がった。見れば、愛宕とは反対の場所に、大きな黒い帽子のような物を被っている子供が俺を見上げて睨んでいた。
「あら~、ヲ級ちゃん。おはようございます~」
「オハヨウ愛宕……ッテ、オ兄チャンマタ見テタデショッ! 何度言ッタラ分カルンダヨッ!」
素早く愛宕に挨拶を返してから、プンプンと擬音が似合う感じで怒って俺を指差したのは、深海棲艦であり、俺の弟の生まれ変わりでもあるヲ級の姿だった
「なっ!? べ、別に俺は空を見上げていただけで……」
「嘘ツキハ、スネ蹴リノ刑ニ処スルヨッ!」
「や、止めろっ! マジでお前の蹴りは痛いんだからさぁっ!」
俺は慌てて睨みつけるヲ級から逃げるように、バックステップを踏む。
「愛宕モ愛宕ダッ! オ兄チャンヲ誘惑スルンジャナイッ!」
「あら~、別に誘惑しているつもりはないんだけど……先生ったら、私の胸を見てたんですか~?」
「うえっ!? い、いやっ、そんな事は決して……」
急に矛先がこちらに向いてきたので、俺は慌てて手を前にして左右に振った。
いらない事を言うんじゃねえよヲ級っ!
「あら~、そうなんですか……残念ですねぇ~」
「えっ!?」
「せっかくの自前で自慢なんですけどね~。先生の好みじゃなかったですか~」
言って、愛宕は両手をヘソの辺りで組むと、脇を締めて胸を強調するように前屈みの体勢を取って俺に向けた。
「え、いやっ、その……っ!」
な、なななっ、何というポーズをしているんですかっ!
おっぱいがとんでもなく強調されて……っ、たまんねぇぇぇぇぇぇぇっ!
ゲシゲシッ!
「またもや痛ぇっ!」
「マタ見テルッ!」
「今のは見るだろっ! むしろ見ないと失礼だろっ!」
「ヒ、開キ直ルナッ! オ兄チャンハ僕ダケ見テレバ……」
そう言いかけたヲ級は、ハッとした表情を浮かべた後、すぐにニヤリと不適な笑みへと変えた。
むっ……これは非常に嫌な予感がするんだけど……と、恐る恐る後ろを振り返ってみると、
「バァァァァニングゥゥゥゥッ……ラァァァァァァブゥゥゥゥゥゥッ!」
「うわらばっ!?」
予想は大的中。幼稚園児とは思えない見事な下腹部への高速タックル(命名:バーニングミキサー)を喰らって、俺の身体はアスファルトの地面へと叩きつけられた。
ついでに顔面もゴリゴリ擦りつけられてマジで洒落にならないし、朝から顔面大出血って幸先悪過ぎじゃないかっ!
「こっ、金剛! いきなりタックルをするんじゃないって何度も言っているだろうっ!」
俺はそう言って、抱きついている金剛型戦艦の金剛を引きはがしにかかるが、やはり小さくても戦艦の力は強く、艦娘の能力を存分に発揮しまくっていた。わずか100センチ程度の身長しか無い幼児に大の成人男性が組み敷かれていいようにされている姿はなんとも情けないが、これが逆立ちしても覆せない種族の差というものだ。漫画の中でなら人は熊や巨大象を素手で倒す事もできようが――現実は非情である。
「ノンノンッ! 先生がエロい目で愛宕先生を見ている時は、何をやってもオッケーってヲ級から聞いたネー!」
金剛はそう言いながら、俺の腰にしがみついて頭突きを繰り返す。
ちょっ、場所が場所だけにマジで止めてほしいんですけどっ!
「べ、別にエロい目で見ていたとかそういうんじゃねぇっ! それよりこれ以上の刺激はヤバイからマジで離れてくれっ!」
「Why? これ以上頭突きをすればどうなるのデスカ?」
頭を傾げて聞いてくる金剛に正確に伝える訳にもいかず、言葉に詰まった俺を見ながら、ヲ級が口を開いた。
「主ニ大キクナリマス」
「ぶはっ! 冷静に分析しつつそのまま言うんじゃないっ!」
「大きく? 何がデスカ?」
「そんな事言えるかーっ!」
「あらあら~、朝から元気ですねぇ~」
それってどっちの意味でっ!? ――っていうか、マジで助けてくださいよっ!
にこやかに笑みを浮かべる愛宕にアイコンタクトを取った俺だったのだが……
「うふふ~」
呟きながら俺を見る愛宕の目は、完全に笑っていなかった。
「すみませんでした……」
早朝の埠頭でアスファルトにおでこを擦りつけながら土下座をしている情けない男の姿がここにあった。
もちろん、俺の事なんだけど。
「反省しているなら結構ですよ~。でも、子供達に悪影響を及ぼす事は止めて下さいね~」
「は、はい……分かりました……」
そう言って、俺は恐る恐る顔を上げてみる。どうやら愛宕はこれ以上怒る気はないらしく、いつもの笑顔を浮かべていた。
「あれ……なにやってんの、先生?」
そんな俺の姿を見て、不思議そうな顔を浮かべながら後ろから声を掛けてきたのは、舞鶴鎮守府の最高司令官元帥だった。真っ白な軍服で身を固め、育ちの良さが伺えるその風貌は、知らない同性が見れば萎縮し、知らない異性が見れば惚れてしまうかもしれない顔立ちである。
だがしかし、その実態は浮気性の鉄砲玉。様々なところで問題を起こしてくるトラブルメイカーなのだが、司令官としての実力は高く、指揮や統率能力も非常に優れている。つまり、女性が絡まなければ何の問題は無いのだけれど……
「もしかして、既に愛宕の尻に敷かれてるって事なのかな? うっらやっましっいねー」
そう言いながら、元帥は俺に向かってジト目を向けた。こういった風に、女性が絡むと色々と面倒な事を言ったりして、場を荒らしまくってくれるのだ。
だけど、そうじゃない時の元帥は非常に力強く頼りになる存在だ。何度か俺を危機から救ってくれた事があり、憎めないところもある。その際に、上官としてだけでなく友人として接して欲しいと言われ、対等に喋ってもらえているのだとは思う。
「元帥、愛宕が取られそうだからって拗ねないで下さい。そもそも相手にされてないと自覚してくだされば早いのですけど」
その元帥の後ろに立って声を掛けたのは、秘書艦である高雄型重巡洋艦の高雄だ。愛宕と同じ青い軍服のような服装で、ビシッと決めているのだが……
どたぷん……
――とまぁ、愛宕に負けず劣らずの胸をお持ちなので、おっぱい星人としてはこの上なく嬉しい観察タイムである。
もちろん土下座をしながら、それとなくしか見れないけどね。
「えー、そんな事ないよね、愛宕?」
高雄の言葉に反論するように、元帥は埠頭のボラード――停泊している船を縄で係留する為の地面にある出っ張りに足を置くポーズを決めながら、愛宕に向かって声をかけたのだけれど、
「ええ~。全く元帥の事は気に『も』していませんよ~」
ニッコリと微笑み、キッパリと愛宕は言い放った。
「げふっ……そ、それはちょっと酷過ぎやしないかな……?」
「そうでしょうか~? 色んな娘に手を出しまくっている元帥を気にするほど、私は軽い女じゃないですよ~?」
言って、愛宕は先ほどと同じような笑っていない目を元帥に向ける。
「……っ! ま、まぁ、機嫌が悪い時もあるよねー。あは、あははははは……」
元帥はそう言って、1歩、2歩と後ろに下がる。
屈強な海軍の男達をまとめ上げられる元帥をたじろかせるとは、愛宕の威圧感……マジパナイ……
「そんな事よりも、そろそろ出発の時間が迫ってきているけど大丈夫なのかしら?」
高雄は呆れた表情を浮かべながらため息を吐き、愛宕に向かって声を掛ける。
「あら、もうそんな時間でしたか~。それじゃあ先生、そんなところで這いつくばってなんかいないで、子供達を集めて下さい~」
「あ、はいっ!」
素早く起き上がった俺は、大きな声を上げて子供達を呼ぼうと口元に両手を当て、メガホンの様な形を取ったのだが……
「「「………………」」」
既に子供達は周りに集まり、全員が俺に視線を向けていた。ヲ級や金剛は不敵な笑みを浮かべ、天龍と潮と夕立は可哀想な子犬を見るような目で、龍田はいつも通りにこやかに笑みを浮かべ、時雨は無表情のまま立ち尽くし、暁と響はため息を吐きながら、雷と電はガックリと肩を落としていた。
………………
あれ、これって……俺の土下座を見ていた子供達の冷たい視線ってヤツかな……あ、あは……あははは……
元帥だけでなく俺までフルボッコにされてしまった、遠足当日の朝の出来事だった。
酷いよ愛宕先生っ!
◆ ◆ ◆
さて、それでは今回のイベントについて簡単に説明しておこう。
事の発端は単純で、幼稚園のイベントとして年に数回行われる、子供達が楽しみにしていた遠足の日がやってきたのだ。
舞鶴鎮守府にある艦娘幼稚園から海へ出る事は基本的に禁止されているので、このイベントは海に触れられる絶好の機会であり、俺達先生や幼稚園を設立した元帥にとっても子供達に経験を積ませるという意味で非常に大切な行事になっている。また、子供達の育成具合を把握する為に、元帥と秘書艦である高雄が同行しているから失敗はできないと思っていたのだけれど、それに反して出鼻を挫かれてしまったような有様で、幸先が不安になってしまったのは言うまでもない。
まぁ、元帥も同じような目にあっていたのだから、ノーカウントとも取れなくはないんだけれど。
しかし、最近元帥と同じ目にあっている様に思えるのは気のせいなのだろうか。もしそうならば、非常に嫌な気分になってしまうのだけれど。
「あっはっはー。先生は昔の僕にそっくりだからねぇー」
「いや、人が説明している時に横から割り込まないで下さいよ……」
「え、そうなの? てっきり愛宕にへこまされて、壁に向かって独り言を呟いているのだと思ってたよ」
「そっくりそのままお返ししたいんですけど……」
ジト目で元帥を睨みつけるが、全く気にする素振りも見せずに壁に向かってブツブツと呟いている元帥の顔には、2つの青痣ができていた。
何故こんな事になっているのかと聞かれれば答えなければいけないのだが、事は非常に簡単である。愛宕に見事な返しをされてへこみかけた元帥は、今度は秘書艦の高雄に対してちょっとしたセクハラを行ったのだ。
「うぅぅ……愛宕ったら酷いよね。昔からの馴染みな訳でもあるんだし、少しくらいおべっかを使ってくれてもさぁ……」
元帥はそう言いながら、高雄の方を向いて肩を落とした。
「日頃の行いを正して頂ければ、何も問題は無いと思いますが?」
「そうかなぁ……そう言いながらも高雄はしっかりと僕についてきてくれるよねー」
「秘書艦でなければすぐにでも離れますけれど?」
「酷っ! 姉妹揃って酷過ぎじゃない!?」
「それも全ては日頃の行いが問題なのですわ。少しくらい真面目にして下されば考えますけれど……」
大きなため息を吐きながらそう言った高雄に、元帥はキリッとした真面目な表情を浮かべて見せつける。
「こんな感じかな?」
「……表情だけ真面目にしても全く意味はありませんわ」
「そうかなぁ? でも、こんな顔をしながら空母寮を歩いていると、以外に受けが良いんだけどねぇ……」
「……その辺が問題だと言っているのですが」
「えー、固い事を言わなくても良いじゃん。高雄も、もう少し肩の力を抜いた方が良いと思うんだけど……」
言って、元帥は素早く高雄の後ろに回り込み、両手を肩に置いて揉もうとしていた。
もちろん、真面目な表情から一変して、エロい目を浮かべながらなんだけど……
「元帥、これはれっきとしたセクハラ行為です。鼻息が若干荒くなっている事から、顔を見なくとも簡単に心の中が読み取れますので……処置致しますね」
振り向いた高雄は元帥に対してニッコリと微笑み、視界から消え去った。
「……え?」
呆気に取られた元帥だったが、二人から少し離れていた俺は高雄の動きがしっかりと見えていた。素早くその場でしゃがみ込み、両手の拳を力強く握り締めてから、まずは顎先へ右アッパーをクリーンヒット。元帥の両足が軽く宙に浮いたところで見事な左フックが頬に減り込むと、脳が頭蓋骨に上下左右と縦横無尽に叩きつけられ、完全に意識が吹っ飛んでしまったのだった。
――とまぁそういう事で、元帥の顔には見事に綺麗な青痣ができてしまったのである。
それから気を失っている元帥を、高雄は軽々と担ぎながら船に乗りこんで娯楽室に寝かしておき、船の操縦の為に操舵室へと向かって行った。その間、さすがに放っておくのもどうかという事で、子供達の面倒は愛宕に任せて俺がここに残っていた訳である。
暫くの後、目が覚めた元帥は起き上がって壁に向いながら何かを呟き始めた。しかし、そんな事に全く気づかなかった俺は、元帥と全く同じように壁に向かって呟いていたのだから、誰がどう見ても似たもの同士なのである。もちろん、俺の方は元帥と違って物理的ダメージでは無く、愛宕や子供達から向けられた視線による精神的ダメージが大きかったからなのだけれど。
みんなから愛想を尽かされたかもしれない。もしそうならば、少々どころかかなりへこむ事この上ない。あまりにも思いつめた俺の頭の中で負の連鎖が始まり、次第に危険な思考へと陥っていた。
今からちょっと外に出て、海に向かってダイブしようかな――と思いかけたところでヤバいと気づいた俺は、遠足について考えていたのである。危うく自殺するところだったが、さすがにまだ死にたくはないので、思い止まれてホッと一安心だ。
とりあえずは前向きに行こう。下がってしまった評価は取り返せば良いのだから。
まぁ、元々評価されていなかったと言うのならば話は別だけど……って、今日はなんだかネガティブ思考が多い気がするので、注意をした方が良いのかもしれない。
「よし、とりあえず反省は済んだから、高雄の様子でも見てくるね」
元帥はそう言って立ち上がり、軽く背伸びをしてから俺に向かって手を振って、娯楽室から出て行った。
あれ程のダメージを負わされた後だというのに、高雄の元へと行こうとするなんて、元帥は実のところ、べた惚れなんかじゃないのかなと思ってみたり。
そうじゃないと、その行動は理解に苦しむ。
――いや、もしかするとドのついたマゾかもしんないけど。
今までの出来事を振り返ってそう考えてみると、全てに説明がつきそうだし。
うぅむ……舞鶴鎮守府の最高司令官がドMという事実。まぁ、だからどうしたという訳ではないのだけれど。
ちなみに俺は至ってノーマルだから勘違いしないように。
もしマゾなら金剛のバーニングミキサーで興奮してしまうという、非常に嫌な先生になってしまうからね。
ちなみに今日の朝の分は頭突きが問題だから、ノーカウントでして頂きたい。
「さて――と。元帥も大丈夫みたいだから、子供達の様子を見に行こうかな」
愛宕に子供達を任せっきりというのも悪いので、船内を見廻りながら様子を見に行こうと、俺は娯楽室の扉を開けて外に出る事にした。
「ん――?」
通路を歩く俺の視界に、一人の子供が見える。
船体の壁に背を向け、もたれ掛かりながら暇そうに天井を見上げていたのは、白露型駆逐艦の時雨の姿だった。
「よう。こんなところに一人で居るなんて、一体どうしたんだ?」
「あっ、先生。元帥の様子はもう見てなくて良いのかな?」
「もう大丈夫だってさ。あんなになった後だっていうのに、高雄さんの元に行ってくるって、懲りないよなぁ……」
「へぇ……元帥って凄く物好きなんだね。それともあれかな、真性のマゾだったりするのかな?」
「はは……それは俺も考えたけど……って、あんまりそういう事を言い触らしたりするのは良くないぞ?」
「もちろんそれは分かっているさ。でも、そうじゃないと説明がつかないよね……って話だよ、先生」
「そうだな。俺にはちょっと理解できないけどな」
「そうなのかな? てっきり僕は、先生もマゾじゃないかと思っていたんだけど」
「なっ、なんでそうなるんだっ!?」
「だって、愛宕先生に睨まれても、金剛ちゃんにタックルされても、ヲ級ちゃんにからかわれても、すぐにケロッとしていつもの先生に戻るんだから、そうとしか説明がつかないよね?」
「い、いや……立直りが早いとか、そういう考えには至らなかったのか……?」
「んー、そうだね。それも少しは考えたけど、愛宕先生に睨まれている時の先生の顔って、もの凄く嬉しそうに見えたんだけど」
それは、高雄のおっぱいを見ていただけなんだっ!
――とは口が裂けても言えないので、言葉に詰まってしまった俺は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。
しかし、今のような危うい会話を、子供である時雨と交わしている時点でどうなのかと小1時間問い詰められてしまうような気もするが、そこはまぁ、知った仲という事で勘弁してもらいたい。それに、時雨は幼稚園にいる子供の中でも、とびきり知識に優れた秀才であるからして、色んな相談を受けてもらっていたりするのである。
いやまぁ、だからといって、さっきの会話はやっぱり行き過ぎた感がしなくも無い訳じゃない。少しばかり自重しないといけないな――と、考えていたところで、時雨がふと小さなため息を吐いた。
「んっ、どうした?」
「あ、ううん。なんでもないんだ。なんでもないんだ……けど……」
言って、時雨は少し俯き気味に視線を床に落とした。
そんな態度を取られては、気にするなと言われても気になってしまうのが先生である俺の心境だ。ここはそれとなく聞いて見るのが一番なのだけれど、相手が時雨なので遠回しに話したとしてもすぐに気づかれてしまうだろうし、単刀直入に聞いてみる事にする。
「心配事があるなら俺に言ってみろよ。役にはたたないかもしれないが、話をする事で楽になるんだったら喜んで相手になるぞ?」
「……うん。ありがとね、先生」
そう言いながら時雨は俺の方を向いて笑みを浮かべた。
うむ、良い笑顔だ。そして抱きしめてお持ち帰りしたい。
――と、元帥なら言うんだろうけれど、俺はロリコンじゃないのでそんな事はしない。
しない……と思うよ?
「実は……さ、前回の遠足でちょっと大変な事があったんだよね……」
「えっ、そうなのか!?」
そんな事を聞いたのは初耳だったので、俺は驚いて少し大きめに声を上げてしまった。だが、時雨は全く怯むような事もなく、続けて口を開いていく。
「今回の遠足って、前の時から大分日が空いているのは知っているのかな?」
「ああ、俺が先生になってから初めての事だから……結構空いちゃっているよな」
「うん。だいたい1年半ぶりくらいなんだけど、それは前回の遠足の出来事が理由なんだ。僕も参加していたからよく知っているんだけれど、正直、もう二度と遠足は無いと思っていたんだよね」
「そ、そんな事が……あったのか……」
「その時は愛宕先生以外、先生の役目をする人がいなかったからとても大変だったんだ。だから、今回の遠足もそうなっちゃうんじゃないかって……」
「おいおい、今回は俺もいるんだから、愛宕先生一人に任せるつもりは全くないぞ?」
「そう……だね」
時雨は呟きながら、さっきと同じように俯いた。
「俺って……そんなに信用無いか?」
「あっ、そ、そういうつもりじゃないんだよ先生っ! ただ僕は、前の事があったから心配になっただけなんだっ!」
ガックリと肩を落としてへこむ俺を見て、時雨は慌てた表情でフォローしてくれた。
子供に慰められる大人の図。端から見れば情けないったらありゃしないのだが、わざと落ち込んだ振りをしたのだから気にしていない。
……ほ、本当に気にしてないよ?
「だ、だから、そんなに落ち込まなくても……」
「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと落ち込んだ振りをしただけだよ」
俺はそう言って、時雨の頭を優しく撫でてあげた。
「む、むぅ……もしかして僕、先生にからかわれたのかな?」
「んー、それはどうだろうなぁー」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら撫で続ける俺を見て、時雨はほっぺをプクーと膨らませながらも、気持ち良さそうに目を閉じた。
「うん。先生がいれば、今回は大丈夫だよね……」
自分に言い聞かせるように、時雨はそう呟いた。
「俺に任せておけって。厄介なトラブルには日頃から慣れているから、乗りきってみせてやるさ」
いやもう、その点は本当に言いきれちゃうよ。
上官にフルボッコにされるわ、食事会で飯は食えないわ、間接キスで子供達に手を出したと言われて斬られそうになるわ、ストーカーに写真を撮られまくるわ、妖怪みたいな妖精さんに出会うわ、海底まで沈んじゃうわ――って、全くもってろくな目にあってないじゃん俺っ!
もしかして、幼稚園の先生になった事で運勢がだだ下がりしてないっ!? 不幸の星が瞬きまくってないっ!?
「それじゃあ、頑張ってね……先生」
時雨はそう言って、笑みを向けてくれた。
あぁ――と俺は頷いて、時雨の頭から手を下ろす。
この時、時雨の言葉をもっと理解していれば、あんな事にはならなかったのだろうか。
少しでも気づいていれば――と、深く後悔したのはそれから随分経った後の事だった。
◆ ◆ ◆
時雨と別れた俺は外の空気を吸う為、甲板に出る事にした。
「うぉぉ……凄いなこれは……」
顔に当たる風を感じながら、身を乗り出すようにして海面を覗き込む。白い波が大きくうねって、波飛沫が舞い上がる。夢にまで見たぷかぷか丸に乗船できた嬉しさが込み上げてきて、先程までへこんでいた気持ちを一気にどこかへ吹き飛ばしてくれた。
「しかし、船旅ってあんまり良い思い出が無いんだよな……」
そう呟いて、俺は昔の記憶を呼び覚ます。
世界で初めて深海棲艦が現れた日。その時に被害を受けたのが、旅行を楽しんでいた俺の家族を乗せた大型客船だった。急に攻撃を受けた客船は為す統べもなく船体に大穴を開け、みるみるうちに浸水して両親は共に沈没した。なんとか救助ボートに乗り込む事ができた俺と弟だったが、深海棲艦が放った砲弾によって弟は海に沈んでしまった。
なんとか生き残ったものの、一人残された俺は親戚筋を頼って転々とせざるを得なかった。しかし、そんな状況であっても俺は家族の仇を討つ為に日々鍛練を積み、やっとの思いで試験に合格する事ができたのだ。
まぁ、その結果が提督としてでは無く、艦娘幼稚園の先生として配属されたのだという事を知った時は、余りの衝撃に呆然とし、愛宕に全ての思いをぶちまけてしまった――という苦い思い出がある。しかしその事によって、復讐しか考えていなかった俺を諭してくれただけではなく、先生として生きがいを与えてくれた愛宕には非常に感謝している。
あとは……その、愛宕に会った瞬間に一目惚れしたってのもあるんだけどね。
いつか叶うと良いんだけど、今朝の失敗が暫くは響きそうなので、この思いは当分抑えていた方が良さそうだ。
「しかし、あんな事があった後だから大丈夫かなぁと思ったけれど、それほど気にせず乗れちゃたよなぁ……」
そして、この前の出張の事である。
先生として佐世保に出張をする事になった俺は、護衛の漣と一緒に輸送船で向かう事になった。陸沿いに移動するから危険は少ないと思われていたにも関わらず、偶然現れたはぐれ深海棲艦に襲われた俺は、漣をサポートする為に機銃へ向かおうとした最中に海に転落した。更に海中でイ級に襲われた俺は、パックリと食べられるように海底へと連れていかれたのである。
その後、海底に住む深海棲艦の子供達の面倒を見るという取引により、なんとか命を長らえられたのだが、まさか地上に戻る際にヲ級がついて来るとは夢にも思わなかった。しかも、そのヲ級が深海棲艦に襲われた時に死んでしまった弟の生まれ変わりで、記憶を持った状態で転生したと言うのだから驚きだ。昔のままだった弟の行動は、俺と結婚するという目的の為だけに動き続けるので、幼稚園の中でもトラブルが絶えず起こり、非常に頭を悩ませてくれる要因となっている。
とはいえ、俺がヲ級を連れて帰ってきた以上放っておく事もできないのだから、仕方ないと言えばそうなのだが……
「何ヲ黄昏レテイルノカナ、オ兄チャン?」
噂をすればなんとやら。海を眺めながら考え込んでいた俺に声をかけてきたヲ級は、隣に立って顔を見上げてきた。
「別に……ちょっとばかり思い出に耽っていたところだよ」
「モシカシテ、アノ時ノ事カナ?」
「……あぁ、あの時の事だな」
ふぅ……とため息を吐いて、俺は遠くの方を眺める。周りは海ばかりで島影は無く、明るい太陽が空に輝いていた。
「ソッカ……オ兄チャンッタラ、マダ忘レラレナインダネ……」
「そりゃあそうだろう。お前や両親が死んだ時の事……忘れられる訳が無いだろ?」
「………………」
無言のままヲ級はじっと俺の顔を見つめた後、「ゴメン……」と一言呟いた。
「気にすんな。アレは死ぬまで忘れられないし……それに、謝るのは俺の方だ。俺一人が生き残っちまって、お前や両親を助けられなかった。正直悔やんでも悔やみきれないが……もう一度お前に会う事ができて、嬉しかったりもするんだぜ?」
言って、俺は素直な気持ちでヲ級――弟に笑いかける。
そんな俺の顔を見て、一度は笑ったヲ級だったのだが……
「イヤ……ソウジャナクテ、サッキ謝ッタノハオ兄チャントハ全然違ウ時ノ事ヲ思イ浮カベテイタンダケド……」
そう言いながら、気まずい表情を浮かべるヲ級。
はて、あの時以外に忘れられない出来事というのは何なのだろう?
「テッキリ、オ兄チャント一緒ニオ風呂ニ入ッタ時ノ事ダト思ッタヨ」
「………………」
「僕ニ告白シヨウトシテ、自慢ノ『アレ』ヲバッチリ見ラレテ……」
「アレの事は思い出さすんじゃねえぇぇぇぇぇぇっっっっっっ!」
最大級のトラウマじゃねえかっ! 今でも心に深く刻み込まれているんだからよおっ!
男の娘だからって、なんでアレを自慢したがるんだあぁぁぁっ!
「受ケモ攻メモドントコーイ」
「ありえるかボケェッッッ!」
「大丈夫。慣レレバ問題無イ」
「慣れたくねぇわっ! なんで小学生で道を踏み外さなきゃいけねぇんだよっ! つーか、あんな格好で現れたら女の子と思うのが普通だろうがっ!」
「ソレハチャント、オ母サンガ説明シテイタケド?」
「ぐっ! せ、正論なんかには負けねぇぞっ!」
「イヤ、勘違イシテイタノハ、オ兄チャンダケダッタヨ。ソレニ、今ハ全ク問題無ク、手ヲ出シテモ大丈夫ナ女体ダカラネ」
女体とか言うなっ! 生々し過ぎるわっ! あと、姿からも良く考えやがれっ!
子供に手を出す先生とか即逮捕もんだろうがぁぁぁぁぁっ!
はぁ……はぁ……
突っ込みきったぞこの野郎……
「ソンナニ息切レスルホド興奮スルナンテ……今夜ガ楽シミニナッチャウヨ?」
「勘違いも甚だしいわっ!」
裏拳で突っ込みを入れる俺の行動を読んでいたかのように、ヲ級は頭の触手を使ってそれを防ぐ。
「フフフ……甘イ、甘過ギルヨ、オ兄チャン……」
言って、不適な笑みを浮かべるヲ級。だが、この笑みを浮かべた瞬間に油断するという事を、俺は過去の経験上覚えているのだ。
「甘いのはお前の方だっ!」
反対側の触手を素早く掴んだ俺は、裏拳を止めた触手と合わせて蝶結びに仕立て上げる。
「ヲヲヲッ!?」
頭のてっぺんで結ばれた触手に手が届くはずもなく、あわてふためいたヲ級は驚きの声を上げた。
「そこで少し反省しいてるんだなっ! そして俺は……逃げるっ!」
俺はそう叫んで階段を素早く駆け降り、ヲ級から遠く離れた場所へと走り去る。
ぶっちゃけて情けない姿ではあるが、あのまま会話をしているとどんどん頭がおかしくなってしまうからな……と、自分に言い聞かせるように通路を駆けて行った。
◆ ◆ ◆
「ふぅ……」
ヲ級と会話をしていた場所から離れた俺は、甲板の手摺りに背中を預けて、空を見上げながらため息を吐いた。表情は自分でも分かるくらいに落ち込んでいるだろうけれど、これにはちょっとした理由があるのだ。
あ、さっきのヲ級との会話が原因ではないのであしからず。
子供達を愛宕に任せっきりという訳にもいかないと思った俺は、ヲ級から逃げ去ったその足で様子を伺いに行ったんだけれど、
「愛宕先生に質問なのです。先生って、なんであんなにエロい目で愛宕先生を見ているのです?」
「先生はおっぱい星人だから、仕方ないのよ~」
「そうなのですか……それじゃあ、電も頑張って牛乳をいっぱい飲んで大きくなったら、先生に好きって言ってもらえるのです?」
「そうね~。いっぱい食べて、いっぱいお勉強して、元気に成長すれば言ってもらえるかもしれないわね~」
「なのですっ! 電、いーっぱい頑張るのですっ!」
「ええ、頑張りましょうね~」
といった感じで喋り合っている電と愛宕の会話を盗み聞きしてしまい、海よりも深く落ち込んでしまったのが原因である。もちろん、おっぱい星人である事は否定しないし、エロい目で見ていたというのも、朝の土下座の一件で弁解できないのだが、子供である電の問いに対しての答えをもう少し濁してくれても良いんじゃないかと思うのだけど、つまりそれは、朝の件で怒ってらっしゃる……という事なのだろう。
これはマジで前途多難である。これから向かう島で過ごす3日間で、なんとか関係を修復できれば良いんだけど。
あ、ちなみに、関係といっても付き合っているとかそういうのではない。俺の方から一方的に愛宕が気になっているだけで、普段はそれなりに仲の良い同僚といった感じなのだが、できれば……その、恋人同士になれれば良いなぁとも思っていたりする。ただ、問題は俺のチキンっぷりであり、告白できない日々を長く過ごしてきているうちに、このままでも良いんじゃないかなと思ってみたりもするのだが、それはそれで問題ありだろうと、何度も自問自答を繰り返している。
出会った当初は良い感じになった事もあったんだけどなぁ……
もうちょっとでキスができそうになった事もあるんだよ? マジでドキドキしちゃったもん。
しかし、それ以降は胸が高鳴るようなラブシーンも、ポロリもあるよ的なドッキリシーンも殆ど無く、ヤキモキする日々が続いていた。ただ、この前に行われた子供達のバトルに参加し、勝利したご褒美として愛宕にひざ枕をしてもらいながら、耳かきをしてもらったというのが1番のイベントであったと思うのだが、まだまだ先は遠そうな気配がムンムンとしているのである。
それに、勝利のご褒美というよりかは、何となく裏があったように感じたからね。
もしかすると、俺の知らないところで大掛かりな出来事が起こっていたのかもしれない。多分、賭博的な何かが。
色々と不審な点はあったけれど、子供達とのバトルは命に関わるような事ではなかっただけに、むしろご褒美としては良い方であったと思う。世の中には高所に設けられた鉄骨の上を渡りきるレースに出なければならないようなギャンブル狂いもいる事だしね。
とまぁ、話が随分と逸れてしまったので、気分転換をしようと船首の方に目をやると、うっすらと小さく島影が見え、もうすぐ目的地に着く頃だろうということが分かった。腕時計を見れば、到着予定時刻から10分ほど前だったので、完璧過ぎる高雄の操舵技術に感心するばかりである。
甲板から遊戯室に戻り、一旦荷物を取りに戻った俺は船内を回って子供達に上陸する準備をするように促した。目的地である島の港にぷかぷか丸を停泊する予定なので、忘れ物があったとしても取りには戻ってこられるから心配する必要は無いのだけれど、手間である事に変わりは無いし、子供達に変な癖をつける訳にもいかない。いざ艦娘として任務に出かけた際に、艤装や補給を忘れましたでは話にならないからね。
一通り船内を見回った俺は再び甲板に戻ると、大半の子供達は手荷物を持って一塊になっているのが見えた。その中心には愛宕の姿があり、いつものように笑みを浮かべながら話している。
こうして見ると、女神の周りに天使達が居る楽園みたいな風景に見えちゃうんだよなぁ……
我ながら似合わない台詞かもしれないが、見えてしまうのだから仕方がない。それ程までに可愛い子供達と綺麗な愛宕が俺の視線の先に居る。あぁ……なんて素晴らしい環境なんだと、思わず呟きそうになってしまう。
「うむ、良い光景だね。先生」
「どこから沸いて来たんですか……」
「あれれ、なんだか凄い言われようなんだけど?」
「勝手に心の中を読まれりゃ、そう返してしまいますよ……」
「あれ、そうなの? てっきり先生だったら、『ハァハァ……愛宕のおっぱいおっきいなぁ……でも、ちっちゃい子供達の生足もなまめかしいなぁ……』とか思っているのかと」
「………………」
「あれ、違った?」
不適な笑みを浮かべた元帥が俺の顔を見てきたが、ジト目という名の返事を返しておいた。
「もうー、つれないなぁ……先生は」
そう言って愛宕達の方へと視線を送る元帥だが、とりあえずここから海へ突き落とした方が世の中の為じゃないかと思うのだがどうだろう。
落ちていく際の台詞は「アーイ、キャーン、フラーーーーイッ!」で。もちろんそのまま海の底まで沈んで行くけどね。
運が良ければ、変態深海棲艦のル級に出会えるかもしれないし、元帥とは馬が合うと思うので、そのまま帰ってこなければ諸手を挙げて万々歳だ。
後の事は高雄が全て上手くやってくれる。やるなら今しかない……っ!
………………
いやいや、やらないけどさ。
ちょっとした冗談だよ、冗談。さすがに舞鶴鎮守府の最高司令官である元帥に手をかけたとあれば、俺の首なんて綺麗にどこかへ飛んで行ってしまう。もちろん、胴体と別れた状態で……だ。
さっきみたいな台詞を普通に吐いてしまう元帥だけど、艦娘達――特に空母関係の間では結構人気があるらしいし、人望もそれなりにあると聞く。そうじゃなければ元帥という地位に留まる事も難しいだろうしね。
ただまぁ、一部の上官とはかなりドンパチやっているらしいけど、その辺はどこにでもある権力争いらしいので仕方ないのだろう。
「おっ、そろそろ着くみたいだね」
言って、軍帽を被り直した元帥が前方へと指を向けると、ぷかぷか丸が停泊するには小さ過ぎるのではないかと思えてしまう港が見えてきた。
「……こ、ここに停めるんですか?」
「うん、そうだよ。この島に港はここしかないからね」
「み、港って言うかこれ、ただの桟橋にしか見えないんですが、せいぜい漁船とか、小型船舶くらいにしか使えませんよね?」
大袈裟かもしれないが、それほどまでに小さく、みすぼらしく見える港のような場所に停泊すると聞けば、額に大粒の汗が浮かんでも仕方が無いだろう。こんなところにぷかぷか丸が接近すれば、船が立てる波で木っ端微塵になりそうな佇まいだし、まるでこの周辺だけ数百年ぐらい前の世界か、のどかなカリブ海の孤島になってしまったような錯覚を覚える。
「お……おぉぉ……」
しかし俺の心配をよそに、ゆっくりと円を描くようにカーブをした船体は側面を桟橋らしき場所に近づけていく。その際船が揺れてバランスを失いそうになった俺は、咄嗟に手すりに掴まる事で難を逃れ、ホッと胸を撫で下ろした。
「……す、すげぇ」
気づけば、桟橋と船体との間は30cmも無いくらいに近づいて停止していた。ぷかぷか丸の大きさでこの場所に停泊するのはどう考えても無理だろうと思っていたが、それをやってのけた高雄の操舵技術は常軌を逸していると言っても良いだろう。
さすがは元帥の秘書艦……なんだけど、自らが航行するのはお手の物だとしても、これほど大きな船を殆ど1人で操舵するって……普通できるのだろうか?
まぁ、直接操舵室に行った訳ではないので、実際は他の人員が配備されている可能性もなきにしもあらずだし、もしかすると妖精さん辺りが手伝ってくれているのかもしれない。見た事が無いモノは想像するしかないのだけれど、そう考えてみると、なんだか胸がほんわかする気分になった。
ちっちゃい妖精さんが高雄に指示されてぷかぷか丸を操舵する光景を思い浮かべる。トテトテと走り回る妖精さん。汗をかきながらもにこやかに作業をする妖精さん。
――うむ、何故か心温まる気がする。
可愛いのは正義。万国共通で間違いないのだ。
「それじゃあ、船から下りる準備をしないとね。先生、手伝ってくれる?」
「ええ、もちろんです……って、元帥自らやるんですかっ!?」
「そりゃあ、男手が少ないから僕等が動かなきゃダメでしょう。ましてや子供達や愛宕に高雄の手前、良いところを見せるチャンスだよ?」
「はっ、た、確かに……っ!」
元帥の言葉に大きく頷いて、小走りで甲板側部に設置されているタラップに2人で向かう。
「それじゃあ先生、そっちの留め具を外してくれるかな」
「了解ですっ!」
愛宕に良いところを見せて、朝にやってしまった失敗を返上しようと頑張る俺は、元帥に言われたようにテキパキと作業をこなし、短い時間で島へと下りる為のタラップを完成させた。
「ふぅ……これでオッケーですね」
「だね。そういや、先生ってタラップを組み立てたのって、初めてじゃないの?」
「そういやそうですね。でも、元帥の指示が分かりやすかったので、難無くこなせました」
「おっ、そう言ってくれると、僕としてもちょっとばかり嬉しいかなぁー」
「いやいや、さすがは元帥。指示力の高さに定評があると聞いていますから」
「え、そうなの? いやー、照れるなぁー」
あははー、と笑い声を上げた元帥なんだけど、この人って相変わらずお世辞に弱い。これでよくもまぁ、出世できたと思うのだが、ある意味素直に言葉を受けとれるからこそ周りの信頼関係も厚くなり、元帥になれたのかもしれない。
人柄的には良い人なんだよね。問題は女癖なんだけど。
「あら~、もう組み立てて頂いたんですか~?」
「あっ、愛宕先生」
「うん。子供達も早く島に行きたいだろうと思ってさ、先生と一緒にちゃっちゃとやっちゃったよ」
「2人とも、ありがとうございます~」
ニッコリ笑ってペコリと頭を下げる愛宕に、俺は思わず頭の後ろを掻きながら照れてしまっていた。そんな俺の背中を、元帥が周りに気づかれないように何度も突いてから耳打ちしてきた。
「これで……愛宕の心境もちょっとは回復したんじゃない?」
小さな声で俺だけに聞こえるように元帥が言う。
「ありがとうございます、元帥。この恩は、後々……」
「うん、今度は高雄の時に……宜しく頼むね」
「了解ですっ」
俺と元帥は愛宕や子供達に見えないように、タラップのチェックをする素振りでごまかしながら、お互いに小さく敬礼する。小さく笑みを浮かべて頷き合った俺達は、立ち上がりながら愛宕へと振り返った。
「よし、これで大丈夫そうだし、早速島に上陸するかな?」
「そうですね~。それじゃあ先生、先導をお願いします~」
「あ、はい。分かりました」
愛宕に言われた通り、荷物を持った俺はタラップを使って船から桟橋に向かって行こうとしたのだが、その最中に少々気掛かりな事が頭に浮かんできた。金属でできたタラップは何の問題も無く俺の体重を支えているが、問題は桟橋の方だ。常時使用している訳ではない足場というのは以外に脆くなっている物が多く、ましてや見た目もボロボロな木製であるからして、タラップから桟橋に一歩踏み出した途端に崩れ去るという危険もある。
心配になった俺は、ギリギリまで桟橋に近づいて見たが、遠くから見た印象よりもしっかりとしていて、それなりに強度はあるようだけど……
「先生~、一応足場の方もチェックしておいて下さいね~。子供達が乗ったときに崩れちゃうと大変ですから~」
「ラジャーです。一通り調べておきますねー」
愛宕の言葉に返事をした俺は、タラップから慎重に桟橋へと降り、砂浜へと続く部分をしっかりと踏み締めながら強度をチェックする。先ほどの言葉に関して、聞き方によっては俺が人柱になれとも取れるのだけれど、子供達に危険が及ばないようにするのは先生として当たり前の事である。俺の身体が役に立つのなら、喜んで身を投じようではないかと思っていたんだけれど……
うむ。なんら問題なく移動できるようだ。
まぁ、問題が無い事に越した事はない。備えあれば憂い無しだから、心配するくらいがちょうど良いのだ。
「どうやら大丈夫みたいですので、順に子供達を降ろしてくださいー」
「了解で~す。ありがとうございますね、先生~」
愛宕が甲板からこちらに向かって手を振りながらニッコリと笑うのを見て、俺は「ふぅ……」と息を吐いた。これで少しは挽回できたと思うので、ホッと一安心といったところである。
後は、今回の遠足でもう少し愛宕との関係が親密になれると良いなぁ――とか思ってみたりするのだが、そこはまぁ、機会を見つけながら頑張っていけば良いだろう。
元帥も押してくれるみたいだし、急接近という事は無いにしても、この3日間は期待に胸が踊る日々になるかもしれない。いや、なってくれるように努力したいと思っている。
そんな思惑を心に秘めつつ、降りてくる子供達の手を握って砂浜へと誘導していく。
砂浜に降り立った子供達は、いつものコンクリートではなく、あまり触れない砂の感触にはしゃぎ、早速暴れ出しそうになっていた。
「こらこら、まだ荷物を持ったままなんだから、遊ぶのは宿泊場所に着いてからにしなさい」
「「「はーい……」」」
俺の言葉に少ししょげていた子供達だったが、そこは持ち前の明るさと、久しぶりの遠足による気分の高揚で、すぐに顔を明るくさせながら、怒られない程度の動きで遊び回っていた。
まぁ、元気な事は良い事だから、少しくらい大目に見るのも良いんじゃないかな。
――なんて事を考えていると、甲板の方から話し声が聞こえてきたので振り返ってみた。
「高雄、いくらタラップが丈夫と言っても結構高いから、俺の手に掴まってよ」
「はぁ……ですが、これくらいの高さから落ちても、怪我をする事はないと思いますけど?」
「いやいや、高雄も艦娘とは言え、女性なんだからさ。ここは俺の顔を立てるという意味でも……さ」
「なぜ元帥の顔を立てなければいけないのかが気になりますが……まぁ、良いでしょう」
言って、元帥の手を掴む高雄の顔はほんのりと赤くなっているように見えた。
俺のサポートいらないじゃん。自分で全部やっちゃてるじゃん。
あと、何気に高雄も満更じゃなさそうなんですけど、出張前の事とかコードEの後とかにあった、俺とちょっとだけ良い感じになったのは一体なんだったんだろうか。
思わせぶりも大概にしなさいよねっ! ――とは言わないけれど、勘違いさせるような行動はしないで欲しいなぁ。
まぁ、俺には愛宕という素敵な女性がいるので良いんですけどねっ!
………………
でも、おっぱいは大きいんだよねー。愛宕と同じくらいで。
いっそ二人に挟まれてみたい。おしくらまんじゅう的なアレで。
多分そうなったらそのまま死んでも悔いはない。我が生涯に一片の悔い無しである。
「……っ! 元帥っ、どこを触っているんですかっ!?」
「え、いや、ちょっと手が滑ってさぁ~……って、うわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
ドッボーーーンッ!
「………………」
前言撤回。
元帥一人でやらせたらダメです。大概はこういうオチになります。
その結果に、ほら。
「「「………………」」」
甲板の上にいる愛宕と、砂浜ではしゃいでいた子供達も、もの凄いジト目で元帥の落ちていった海を睨んでいたからね。
くわばらくわばら……である。
◆ ◆ ◆
海に落ちた元帥を救出した後、愛宕と高雄の先導で宿泊施設に向かう事になった。港がある砂浜から海沿いを暫く歩くと、行く手を遮るように大きな崖が目の前に現れた。さすがにここを登って行くのは無理なので、迂回するように内陸部へ進んでいく。すると今度は木々が生い茂った森が現れ、その中にある小道を進むと、ぽっかりと穴が空いたような空間が広がり、2階建ての少し薄汚れた白いコンクリート製の建物が建っていた。正面には幼稚園と同じ大きなガラスの両開き扉があり、2階の方には縦長の窓が連なっている。壁の所々には植物の蔦が這っているが、ひび割れ等の破損は無く、まだ新しいのではないかと思える佇まいだった。
「は~い。ここが今回の遠足で寝泊まりする場所になりますよ~。まずは1階の食堂で部屋割りをお話ししますので、そこに集まってくださいね~」
俺達に向かって愛宕が大きな声を上げると、子供達がワイワイと騒ぎ出した。
「ふぅー、やっと着いたのかー。船に乗っていた時間はそれ程長くなかったけど、結構疲れたよなー」
「そうねー、天龍ちゃん。中に入ってゆっくり休みましょ~」
「う、潮もちょっと休みたいかな……」
少し元気の無い感じの天龍と潮は手を繋ぐと、いつもと全く変わらない龍田の後に続いて、先に入った愛宕を追うように建物の中に入っていく。
「今回の建物はそれ程大きくないっぽいー」
「そうだね。でも、建物の造りはしっかりしているんじゃないかな」
キョロキョロと周りを見ながら入っていく夕立。壁に触れながら、物珍しそうに建物を見上げる時雨も、同じように中に入っていく。
「やっと着いたわね。少し疲れちゃったわ」
「そうだね……でも、中に入れば休めるんだからもう少しさ」
「その通りなのです。それに、もう少しでお昼ですから、お弁当が楽しみなのですっ」
「電の言う通りね。早く雷も食べたいわっ」
ぞろぞろと暁、響、電、雷の4人が一列になって入っていく。
続いて高雄も中に入り、へとへとになった元帥が続く。ここに来るまでに元帥は先ほどのフォローをするべく声を掛けていたみたいだけれど、高雄は澄ました顔のまま聞く耳持たずといった風に、完全に無視をしていた。
うーん、これは相当怒っちゃっているんじゃないのかなぁ……
ほとぼりが冷めるまで様子を見たほうが良いと思うんだけど、元帥の事だから何を言っても聞かない気がする。
まぁ、とりあえず俺の方は様子見って事にしておこう。とばっちりは避けておきたいし。
いくらサポートをすると言っても、完全ガードをこじ開けられるほどの技術を持ち得てはいないからね。
しかしそれよりも、俺には少し気になる事があるんだけど……
「――で、なんで金剛とヲ級は建物に入らないんだ?」
俺の後ろにじっと立っていた2人に振り向いて声を掛ける。すると、急にパアッと輝くような顔を見せた金剛が俺に向かって走ってきた。
「バァァァニングゥゥゥ……」
「はい、ストップ。本日二回目のタックルは未然に防がしてもらうぞ」
「No! どうしてデスカーッ!? 折角の新婚旅行だと言うのに冷たいデース!」
「なんで幼稚園の遠足が新婚旅行に変わっちゃってんのっ!?」
「シカモ、重婚新婚コンコロコーン……Death!」
「色々とツッコミ所が多すぎて対処しきれんっ!」
なんで重婚!? つーか結婚もまだしてないわっ! そしてコンコロコーンってなんだよっ! 崖から転げ落ちるとかそういうやつかっ!?
そして、最後の語尾が怖すぎるんだよぉっ!
「ソシテ、興奮シテル愚兄ヲジト目デ見ル秀才ナ弟……」
「どれだけ俺をおとしめて、どれだけ自分を持ち上げるんだお前はっ!」
「サッキノ恨ミ、晴ラサデオクベキカ……」
ヲヲヲ……と、背中に黒いオーラのようなモノが見えるだとっ!?
正にこれは、地獄からの使者……いや、皇帝かっ!?
「いやいや、無い無い。それは無い」
うん、ちょっとふざけ過ぎました。ヲ級にそんな能力は無い。せいぜいできて、空中に戦闘機を呼び出せるくらいだからね。
しかも、身体が小さいからか分からないのだけれど、戦闘機の方も同じように小さかったりする。だから、それほど脅威にはなり得ない――のだが、前回のバトルではそこそこ追い詰められただけに、楽観視するのは危険かもしれない。
むしろ、ヲ級の最大の脅威は口である。ある事ない事を言いまくり、弟であった時の記憶によって紡がれる言葉は、俺の心をえぐるように鋭く刺さる。朝の集合場所でも、船の中で言い合った会話も、全て俺をおとしめようとしているとしか思えないのだ。
ちなみに俺はヲ級の事を今でも弟として思っているが、ヲ級の方は兄と弟という兄弟のソレではない。あいつは人間であった頃から俺の事を恋愛対象として狙ってくるし、しかも男の娘としてだから、たまったものじゃない。
……初めて家に来た時に、弟の事を女の子だと思っていた俺も、悪かったと思えばそうなんだけど。
それが今では海で死んだ時にヲ級に転生したとか、もう何が何やらって話だが、実際に目の前にいてそう話しているのだから仕方がない。それに、口調も仕種も記憶も、どこを取っても昔の弟そのままだからね。
嬉しくもあり、また、悲しくもある。でもまぁ、これも悪くはないと思えてきている自分も、ここにいるのだ。
遠く昔にいなくなった家族に再会できたのだ。多少問題があっても、それくらいの事は目を瞑るべきなのだろう。
「先生、私の事をスルーしているとしか思えないのデスケド……」
「あ、いや、そう言うつもりは無いんだ。ただ、ちょっと思い返しちゃってさ……」
「過去の栄光にすがるのは、男としてみみっちいデスヨー?」
「ヲ級の毒舌伝染ってないっ!?」
「フフフ……今ヤ金剛ハ僕ノ弟子ナンダヨ……」
「知らない間に師弟関係を結んでいるだとっ!?」
「そんな事実は無いですケドネー」
「「HAHAHA!」」
腹を抱えて笑い合う金剛とヲ級。
「もしかしてお前ら、初めっから俺を嵌めるつもりでっ!?」
「ヘーイ、金剛ッ! アソコニイル愚兄ガ、コンナ時間カラ『ハメル』トカ言ッチャテルゼー?」
「オーゥ! 何てエロい先生なんでショー! そんな人は、婿の貰い手が無さそうデース!」
「コウナッタラ、僕達シカ結婚シテアゲラレル相手ガイナイヨネ!」
「その通りデース! なので、覚悟を決めて重婚してクダサーイ!」
「「ヘイ! カモーンッ!」」
言って、2人とも左手を俺に突き出して薬指を向ける。
「………………」
さて、どうやって突っ込みを入れたら良いのだろう。
もはや限界ラインは超えまくっているので、疲れるだけなのだが……仕方ないね。
「まず1つ目」
「Why?」
「金剛はともかく、なんでヲ級までがアメリカの通信販売口調で喋っているんだよっ!」
「オーゥ……」
「次に2つ目。こんな場所で結婚指輪をねだられたとしても、持っている訳がないだろっ!」
「Oh my God!」
「更に3つ目。何度も言うようだが、年齢を考えろっ!」
「愛ガアレバ歳ノ差ナンテッ!」
「格好良く言ったつもりだか知らないが、法律的に全然無理だっ!」
「愛ガアレバ法律ナンテッ!」
「憲兵さんに捕まるわっ! そしてそのまま消される可能性が高いわ!」
主に元帥に。多分アソコを斬られます。
「うぅぅ……残念ですが、これ以上は無理みたいデース……」
「クッ……ダガ、今度コソハ……ッ!」
「いや、何度やっても無理なものは無理だからね」
「乙女ノ心ヲ踏ミニジルツモリ……ッ!?」
「お前は元々男だろうがっ!」
正確には男の娘だけど。
「仕方ないデス。今回は出直しマショウ……」
ヲ級の肩に力無く手を置いた金剛は、そう言って建物へと入っていった。
「コノ借リハ必ズ……返スッ!」
言って、ヲ級はダッシュで後に続く。
「……だから、何でいつも悪役キャラっぽいのかなぁ」
見た目に合わせている気は無いと思うのだけど、昔はあんな感じじゃなかったんだよね。
言い合いになった場合、負けていたのは俺の方ばかりだったので、そういった事もあるのかもしれないけれど。
「はぁ……とりあえず、これで全員入ったよな?」
辺りを見回したが、人影はない。
俺はもう一度ため息を吐きながら、入口へと向かって歩き出す。
森の中から向けられた、ほんの小さな違和感に気づく事なく……
◆ ◆ ◆
建物の中に入ると、幼稚園と同じような玄関ロビーが見えた。外と同じような白い塗装のコンクリート壁に横長の下駄箱が置かれており、その中からスリッパを取り出した俺は靴と履き替える。それから奥へと進みながら辺りを見回してみたが、至って普通の市役所や公民館の様な堅苦しい感じに見えた。ここは元々、軍人の保養所として使われている建物らしいので、装飾不足も仕方ないのかもしれない。
「先生~、早くこっちに来て下さい~」
「あ、すみませんっ!」
すぐ前に見えた部屋の中から愛宕の急かす声が聞こえ、俺は少し慌てながら小走りで奥へと入って行くと、どうやらここが食堂のようで、中では長机と椅子が規則正しく平行に配置され、子供達が思い思いに座っていた。
「お待たせしてすみません。子供達が揃っているか確認していたので……」
「あっ、そうだったんですね。それはどうも、ありがとうございます~」
ニッコリ笑って小さく頭を下げた愛宕に向かって、俺も同じように頭を下げた。
どうやら愛宕の俺に対する心証はかなり改善しているようなので、ホッと一安心といったところだ。後は変な失敗をしなければ、朝の分は帳消しになってくれるだろう。
都合の良い解釈かもしれないけれど、落ち込んでばかりもいられないし、子供達の遠足の業務もあるんだから、時間も限られてくる。できる時にできる事をする――これが一番大事なのだ。
「それでは、皆さんの部屋割りについてお話ししますので、しっかり聞いて下さいね~」
「「「はーい」」」
愛宕の呼びかけに子供達は一斉に手を挙げて返事をした。その中に元帥も混じっていたんだけれど、色々と面倒くさいので、見てない振りでスルーしておいた。
「2階にあるAの部屋は、天龍ちゃん、龍田ちゃん、潮ちゃんの3人になります~」
胸ポケットから取り出したメモを見ながら愛宕が言うと、天龍が反応するように口を開く。
「おっ、龍田と潮と一緒か。なんか、いつもと変わんないな」
「あらー、天龍ちゃんたら私と一緒じゃ嫌なのかしら~?」
「え、そ、そうなの……天龍ちゃん……?」
「そ、そういう事じゃねーよっ! ただ、幼稚園にいる時と変わらないから、遠足って感じがしないなぁって、ちょっと思っただけだよっ!」
慌てて弁解する天龍だが、龍田は完全にからかっているだけなのでそこまで焦らなくても良いとは思う。しかし反面、潮の方は結構真面目に聞いているみたいだった。
俺が幼稚園に初めてきた時に起こった一件によって、天龍と潮の仲はかなり良くなっていたけれど、ここ最近、潮の天龍に対する依存が目立っている気がしたので、今回の部屋割りについての前相談の際に、愛宕に聞いてみたんだけれど……
「仲が良い事は素晴らしいじゃないですか~」
――と、笑みを向けて言われてしまっては、何も言い返す事ができなかったのである。
弱い、弱すぎるぞ俺。
だけど、愛宕は先生として完全に先輩だし、技術も経験も俺とは比べものにならないほど凄いから、素直に従っておく方が何事も上手くいくんだよね。
「次に、隣のBの部屋には、時雨ちゃん、夕立ちゃん、金剛ちゃん、ヲ級ちゃんの4人ですね~」
「Oh! ヲ級と一緒なんですネー! よろしくお願いシマース!」
「フフ……コレデ、『ドキッ! 遠足中ニ、オ兄チャンカラ告白サレタッ!? ラヴラヴニナル3ツノ方法!』会議ガ行エルネ」
「その通りデース! 今晩からもの凄く楽しみデース!」
「少し賑やかな部屋になりそうだね……」
「ちょっとだけ、心配っぽい……」
困ったような表情を浮かべた時雨と夕立をよそに、ヲ級と金剛は大盛り上がりを見せていた。
――それよりも、ヲ級の言っていた会議の内容が本当にヤバ過ぎる。外で行われた漫才みたいなやつは何とか退けたが、あれが3日間続くとなると、俺の体力が――そして何よりも精神が保つかどうか非常に心配だ。
いや、それ以上に突っ込みどころなのは、何で俺から告白する流れになっているんだよっ!?
そして、3つの方法って何だ!? 3日間と関係しているのかっ!?
毎日が大惨事の予感だよ! 初日から何て日だっ!
はぁ……はぁ……
まだ部屋割りも終わっていないのに、こんなに疲れるなんて……本当に何て日だよ……
「そして、Cの部屋には、暁ちゃん、響ちゃん、雷ちゃん、電ちゃんの4人です~」
「やった! 4人とも一緒の部屋なのね!」
「これは嬉しいな」
「そうよね。4人で一緒なんて、殆ど無いもんね」
「この間、4人で一緒に寝たのです」
「ああ、そう言えばそうよね。確か、暁だけ放っておかれて……」
「そうそう。泣きじゃくりながら、枕を持ってノックしまくっていたよね」
「そ、そんな事はしてないわよっ!」
ムキーッ! と、両手を上げて抗議する暁を見ながら、3人がケラケラと笑っていた。
うむ。いつものように元気いっぱいの4人だし、この部屋割りは問題ないだろう。
むしろ問題あるのは、さっきの金剛とヲ級の組み合わせの方だろう。2人があんなに仲良くなっていると知ったのは今さっきの事だから、前もって部屋割りの相談を愛宕としている時に、これを予想する事はまずできなかったし、今から変更する事も難しいので諦めざるを得ない。
どうにか俺自身で対処しつつ、3日間を乗り切らなくてはならないのだ。
「後は、私達の部屋割りですが……」
愛宕はそう言いながら、視線を高雄の方へ向けた。すると高雄は目を閉じながらコクリと頷く。
「私と高雄姉さんはDの部屋、そして元帥と先生はEの部屋になります~」
言って、愛宕が手に持っていたメモ帳を閉じた瞬間だった。
「ちょっと待ったーっ!」
食堂の入口側に立っていた真っ白い服装のおっさ……じゃなくて元帥が、急に声を張り上げた。ビックリした子供達が何事かと振り返ったけれど、元帥は気にする事なく口を開く。
「僕と高雄って同室の予定だったよね!? なんで予定が変わっちゃってるのさっ!」
「え……そ、そうなんですか……?」
部屋割の前相談では触れて無かったので、全くもって寝耳に水だったんだけど、よく考えてみれば秘書艦である高雄が元帥と一緒の部屋というのも頷けなくはない。鎮守府なら防衛施設もしっかりしているので、元帥1人であっても大丈夫なのだろうけれど、俺達が今現在いるこの建物に、それ程までの防衛機能があるとも思えない。
そう考えれば、元帥の言う事も一理ある……のだが、男女が1つの部屋でっていうのは、子供達の前でもあるからして、大声で叫ぶ事じゃないと思うんだけどね。
ついでに言っておくと、防衛施設がしっかりしている鎮守府での高雄の部屋は、元帥と一緒という情報が入っています。うん、さっきの説明は何だったんだと言う突っ込みと共に、エロいなこんちくしょうっ! ――と、心の中で叫んでおく。
「ほら、高雄も言ってやってよっ!」
元帥が少し離れたところに立っている高雄を見ながら声を掛けると、「はぁ……」とため息を吐いて、閉じていた目を開いた。
「元帥、まず子供達の前でそういった事はあまり喋らない方が良いと思いますわ。それと、部屋を変更させたのは私の指示によるモノなので、全く聞く耳持ちません事を、あ・し・か・ら・ず!」
「えええっ、なんでーーーっ!?」
「朝からここに来るまでの間の事を、しっかりと思い返してから発言してもらえますでしょうか?」
言って、ニッコリと笑ったまま元帥の方に顔を向けた高雄だが、目は完全に座っていて、完全威嚇のオーラを纏っていた。
「………………」
圧されるように一歩、ニ歩と後ずさった元帥は高雄の顔を見ながら、何も言う事ができずに身体をガタガタと震わせる。
元帥に、高雄さんの言う通り自業自得ですから仕方ないね――とはさすがに言えず、俺は頬を掻きながら愛宕を見ると、
「ま、自業自得ですよね~」
俺の言葉を代弁するように、しっかりハッキリ聞こえるような声で呟いていた。
結論。愛宕と高雄を怒らせない方が身の為です。
◆ ◆ ◆
部屋の隅で座り込みながらガタガタ震える元帥はさておいて、俺達は持ってきた荷物を置きに行く為、食堂から出て各自の部屋に向かう事になった。
ロビーから通路を歩き、階段を使って2階に上がると、真っ直ぐな通路が続いていた。南側は外の景色が見える縦長のガラス窓が連なり、反対側には各部屋に入る扉が5つ見える。一番近くに見えた扉のプレートに『A』の文字だけが書かれていたので、ここが天龍達に割り当てられた部屋なのだろう。そのまま通り過ぎて前に進んで行くと、プレートの文字はBCD……と続いていたので、俺と元帥に割り当てられたEの部屋の扉の前に立ち、一番奥なんだな……と思いながら、とりあえずノックをした。
「……って、誰もいる訳ないか」
とりあえずビール的なアレではないのだけれど、幼稚園で扉を開ける際は自ずとノックをする習慣がついている為、無意識のうちにやっていた。何故かと言われれば簡単な事で、幼稚園に男性は俺一人しかおらず、勝手に部屋の中に入っては色々と問題が起きてしまう事が沢山あるからだ。
まぁ、大概は子供達なので大丈夫だと思うだろうが、そこは気を許してはダメである。広場で遊んでいて転んだから着替えるといった行動はいつもの事だし、そんな場面を見て着替えを持ってきてあげるのは先生として普通なのだけれど、その相手が金剛やヲ級といった積極的な子供である場合、良からぬ事をしてくるのが非常に問題なのだ。「ついに私の事を抱いてくれるのデスネー!」とか、「マサカコンナ明ルイ時間ナノニモウ夜バイトハ、オ兄チャンモナカナカノ絶リ……モガモガ(無理矢理口を塞いだ。もちろん手であって変な意味ではない)」などという問題発言をしまくるだけでは済まず、更にそこからある事ない事を吹聴しまくる子供もいる事から、日々緊張の嵐を過ごしている俺としては、無意識にノックしてしまうのも分かっていただけると思う。
本当になんでこんな職場で働いているんだろう……って気分にもなっちゃうんだけれど、それ以上に楽しい事が沢山あるので、幼稚園の先生でいる事に誇りを持ちながら、毎日を過ごせているのである。
カタンッ……
「……ん?」
今、扉の向こうで物音が聞こえた気がするんだけれど、気のせいだろうか。
「誰かいるのか?」
気になった俺はノブを回して扉を開けようとしたが、ガチャガチャと音が鳴るだけで、どうやら鍵が掛かっているようだった。
「何で鍵が……?」
ノブの上を見てみると、そこには鍵穴が1つあるだけで他には何も見当たらない。鍵を見つけない事には部屋に入る事ができなさそうなので、どうするべきかと考える。
「さっきの音が気になるよなぁ……」
子供達の誰かが、俺より先にこの部屋に入って何かをする為に中から鍵を掛けたのではないかと思い、扉に耳を押しつけて中の様子を伺った。しかし、目の前の部屋の中から物音は全く聞こえず、壁などを伝って、別の部屋から聞こえてくる子供達の話し声や物音が何とか聞き取れる程度だった。
「うーん……さっきの音は空耳かなぁ……」
気にはなるけど、調べようが無いのでは仕方がない。俺は部屋の鍵を探す為、一階に戻る事にした。
「あれ、どうしたんですか先生?」
階段の踊り場で出会った愛宕が、荷物を持ったまま下へ向かおうとする俺に気づき、不思議そうな表情で声をかけてきた。
「俺と元帥の部屋に鍵が掛かっているみたいなので、鍵を取りに行こうと思ったんですよ」
「鍵が掛かっている……って、それはおかしいですね~。この間、姉さんが下見の時に確認して、部屋の鍵は開けてもらっておいたはずなんですが……」
「でも、実際に掛かっているみたいなんですよ。ノブを回してもガチャガチャ鳴るだけで開きませんし、それに物音が中から聞こえてきたような……」
「それは……ちょっと気になりますから、見に行きましょうか~」
「えっと、それじゃあやっぱり鍵を取りに行かないと……」
「あっ、それは大丈夫ですよ~。ほら、この通りマスターキーを持参していますので~」
愛宕はそう言って、ポケットから取り出した鍵を俺に見せてくれた。
「それはちょうど良かった。それじゃあ、お願いします」
俺は愛宕に頭を下げて礼を言い、一緒に通路の奥まで歩いて行く。扉の前に立った愛宕は、先程の俺と同じように2回ノックをした。
「う~ん、返事は無いですね~」
「やっぱり、さっきの物音は空耳だったのかなぁ……」
「もしくは、子供達が大きな音を出したのが聞こえてきたのかもしれませんね~」
苦笑を浮かべながら愛宕はノブを回す。すると、先程とは打って変わってノブは最後まで回り切り、ガチャリと音を鳴らしながら扉が開いた。
「あれれ?」
「開き……ましたね……」
あまりの呆気なさに固まってしまった俺と愛宕だが、さすがにいたたまれなくなってきたので、愛想笑いを浮かべながら声をかける。
「えっと、もしかして建てつけが悪いとか、そういう……?」
「う~ん、そうかもしれませんけど……」
そう言いながら、愛宕は何度か扉を開け閉めしてみるが、全く問題なく開閉を繰り返した。
「問題は無いみたいですよ~?」
「そ、それじゃあ、さっき開かなかったのはなんでなんだろう……」
「たまたまじゃないですかね~。私が開けた拍子にうまい具合に直っちゃった……とか」
「そ、そうですかね……あ、あはは……」
そんな都合の良い事があるのだろうかと思ってしまうが、それを言っても具合が悪くなるのは俺の方だから、黙っておいた方が良いだろう。
「ともあれ、助かりました。ありがとうございます、愛宕先生」
「いえいえ~。それじゃあ、荷物を部屋に置いたらもう一度食堂に行きましょう~」
「そうですね。お手数かけて、すみませんでした」
もう一度頭を下げて愛宕に礼を言い、隣の部屋に入って行くのを見送ってから扉のノブを回してみる。
「うーん、やっぱり問題なさそうだよな……」
確かにさっきは鍵が掛かっていたと思ったんだけど、殆ど力を入れずにクルリとノブは回っていく。たまたま変なところに引っ掛かったりして、鍵が掛かっていたと勘違いしてしまったのだろうか。
「まぁ、ここで突っ立って考えていても仕方ないか。とりあえず中に入って、荷物を置いて食堂に向かわないとな」
そう呟いて部屋の中に入る。8畳ほどの広さの部屋には、向かい側に大きな窓が1つあり、カーテンが開けられていた。左右の部屋の隅にはシングルベッドが2つ置かれ、その横にはクローゼットが取りつけられていた。内装の壁は玄関や通路の壁と同じ白色の塗装で壁紙などは貼られておらず、少し息苦しさを感じてしまうような堅苦しさがあったものの、長期間滞在する訳でも無いのでこれくらいは我慢できるだろうと思い、ベッドの方へと近づいたのだが……
「さて、どっちのベッドを使えばいいんだろ……?」
元帥は未だ食堂で震えているだろうし、聞きに戻るのも面倒くさい。とりあえず右側のベッドに荷物を置いた俺は、食堂に戻る為に部屋を後にした。
食堂に戻ると愛宕が既に戻っていて、手に持った布巾でテーブルの上を綺麗に拭いているのが見えた。
「あっ、すみません。俺も手伝います」
「それじゃあ、そこに置いてある鞄の中から包みを並べてください~」
「了解です!」
ビシッと愛宕に向かって敬礼をした俺は、テーブルの上に置かれていた鞄を開ける。その中には愛宕が言うように長方形の包みが15個入っていたので、言われた通りにテーブルの上に並べていく。
「それが終わったら、厨房の方に沸かしておいたお茶がありますので、食器棚からコップを取り出して、入れてもらえますか~?」
「またまた了解ですっ!」
厨房のガスコンロの上にあった大きなヤカンを確認し、すぐ横にある食器棚からプラスチック製の取っ手つきコップを取り出した。包みと同じ数のコップをコンロの横に並べてから、ヤカンを持って中にお茶を注いでいく。全てのコップにお茶を入れ終えた俺は、言われるまでもなく食器棚の中にあったお盆を取り出して、テーブルの上に並べていった。
「愛宕先生、戻ったデスヨー」
「おかえりなさい、金剛ちゃん。もうちょっとで用意ができるから、好きなところに座って待っててね~」
「了解デース!」
右手を上げて元気良く返事をした金剛は近くにあった椅子へと座り、ニコニコと笑みを浮かべながら愛宕や俺の姿を眺めていた。
「呼バレテ飛ビ出テ、ヲ級登場ッ!」
「呼んでもいないし飛んできてもいないから、とりあえず黙って座ってろっ!」
続けてヲ級が食堂に入ってきながらボケをかましてきたので、とりあえず突っ込みを入れておく。
「ツレナイネェ……カンチャン……」
「俺はそんな名前じゃないっ!」
昔取った杵柄ではないが、ヲ級がボケるのは弟の時から同じなので、即座に突っ込めるのはある意味特技なのかもしれない。ぶっちゃけてしまえば、全然要らない特技なんだけどね。
「……生っ粋の関西人っぽい」
いつの間にか戻ってきた夕立が、ジト目で俺を見つめながら呟いたのは間違いじゃないのだけれど、もの凄く心が疲れてしまう一言だったので、できれば止めて欲しかったり。
関西人の誰もが漫才をできるとは思わないで欲しい――が、ヲ級と俺との会話は殆どがそれに聞こえるらしいので、弁解のしようもないのだけれど。
まぁ、なんだかんだで嫌いではないし、周りに笑いを起こす事もできるので悪いとは思わない。ただ、その考えが完全に漫才をする芸人意識だという事であり、俺の職業は先生だよな? ――と、時折本職がなんであったか見失い、落ち込みそうになるのが問題なのだ。
「おーれーは天龍ー、はーらへーったー」
「何でガキ大将が広場で歌う感じで戻ってくるんだよっ!」
こういった風に、突っ込まざるを得ない状況を見逃す事もできず、仕方なくやっているんだからねっ! ――と、自分に言い聞かせながら声を張り上げるのが俺の仕事だという事を、改めて認識するのであった。
昼食の準備を終えたところで子供達が全員揃い、少し早めの昼食となった。愛宕の掛け声に合わせて子供達や俺、高雄も一緒に参加した昼食会は、鳳翔さんの絶品料理の数々に皆が舌鼓を打ち、「うんまぁぁぁぁぁいっ!」と言う叫び声がいくつも上がりながら大盛況で締める事になった。
ちなみに元帥は未だ部屋の片隅でガタガタ震えていたのだが、どれだけ高雄と一緒の部屋じゃなかった事がショックなんだと呆れつつも、お腹が減ったら勝手に復活するから放っておきましょうと言う愛宕の言葉に頷いて、気にせず弁当を平らげたのである。
その後、子供達はお昼寝の時間という事で、各自の部屋に戻っていった。俺は食べ終えた弁当箱や食器等を回収して厨房で洗い物を担当し、愛宕は午後から子供達と一緒に島の探索に出かける準備をする為、自室の方へと戻っていった。高雄は夕食の材料を取りにぷかぷか丸に戻っていったのだが、もう1人の大人はと言うと……
「うーん、さすがは鳳翔さんのお弁当だねー。どれもが絶品で、文句のつけようがないよー」
なんとか復活した元帥は、黙々と椅子に座って昼食を取っていたのだが、その目にはキラリと光る雫が流れ落ちていたように見えた。
まぁ、自業自得だから仕方がないのだけれど、さすがにちょっと可哀相にも思えてくる。島に着いた時に、元帥のサポートによって愛宕の心証は回復したのだから、その借りを返す為にも何かをしなければならないとは思うのだが……
「ふぅ、ごちそうさま。すまないけど、洗い物お願いね」
「って、早っ! もう食べたんですかっ!?」
「この仕事をしていると、食事もままならない事が多いからねー」
言って、苦笑を浮かべた元帥は、洗い物をしている俺を眺めていた。
「えっと……こんなところを見ていても、面白くないと思いますけど……」
「そうなんだけど、ぶっちゃけ暇だからねー。この島には幼稚園の遠足の視察ついでに慰安に来たんだから、自室でゆっくりしてれば良いんだろうけどさー」
「休めるときは休んだ方が良いですよ」
「正論だねー。でも、ゆっくり寝ているだけでは休めない事もあるしさー」
「肉体的ではなく、精神的なモノ……ですか?」
「そうそう、それだよね。なのに、朝っぱらから休まるどころか疲労しちゃっているし」
それは自業自得でしょう――とは言えないので、愛想笑いを浮かべておく。
「でもまぁ、その辺はちゃんと用意してあるからさ。今晩実行するつもりだから、先生も勿論強制参加でよろしくね」
「きょ、強制参加って……一体何をするつもりなんですか?」
「それはその時になってからのお楽しみだねー」
ケラケラと笑った元帥は「暇だから、ちょっとぶらっと探索してくるねー」と言って、食堂から出て行こうとする。仮にも元帥なのだから、護衛をつけた方が良いんじゃないかと思ったのだが、良く考えてみれば高雄はぷかぷか丸の方に出かけてしまっているし、愛宕は次の準備の為に部屋に戻っているのでまず無理だ。
「元帥っ! 1人で大丈夫なんですかっ!?」
「全然大丈夫だよー。この島は何度か来ているから慣れているし、一応これもあるからねー」
そう言って、元帥は腰に据えた軍刀を持って俺に見せてから食堂を後にした。
うーん、本当に大丈夫なのだろうか。
何度かあの軍刀を見せてもらった事はあるが、実際に振り回しているところを見た訳じゃないし、腕の方がどれくらいなのかは検討もつかない。仮にも元帥を名乗っている以上、それなりにできると思うのだけれど、大事なのは指揮能力等であって、個々の戦闘技術ではないから、少し心配なんだけどなぁ……
とはいえ、自分がやるべき事をやってからでないと身動きが取れないので、まずは洗い物を済ませてしまおうと素早く作業をこなした。弁当箱や食器を乾燥機にセットし終えてからエプロンを外し、念の為にと2階に上がって、Dの部屋にいた愛宕に相談する。
「放っておけば良いですよ~。ああ見えても、それなりに腕は立ちますし、殺しても死なない人ですからね~」
――と、超放任主義な言葉が返ってきた。
仮にも俺や愛宕の上司になる元帥なんだけど、本当に皆から嫌われちゃっているんじゃないのかと、別の意味で心配になった。
◆ ◆ ◆
昼からのスケジュールは、子供達を連れて島の探索を行う事になっているのだけれど、ちょうど昼食後の満腹感で眠気が襲ってきている俺にとっては、ここが1番の勝負所と言って良いだろう。しかし、昼寝を終えた子供達は基本的に元気いっぱいであり、担当する子供達の中には目を離すと何を起こすか分からない子もいるので、全く持って気が抜けない。
「ふあぁぁぁ……」
――と、分かってはいるものの、あくびをしてしまうのはどうしようもない事で、眠たい目を擦りながら森の中を歩いていた。
「先生、大丈夫かな?」
「ん、あぁ。昼飯の後だから、どうしても眠たくなっちゃうんでな……」
「それなら、眠気覚ましに一発どうかしら~?」
言って、龍田はシャドーボクシングの素振りでジャブを繰り返していた。満面の笑みを浮かべながら、視線は俺の下腹部に向けてなんだけど……マジで怖いから止めてっ!
「龍田、サスガニソレハ、使イ物ニナラナクナル可能性ガアルカラ、止メテクレルトアリガタイ」
「あら~、残念ね~」
「そうデスヨー。私の未来のハズバンドなんだカラ、使い物にならなくなったら困りマース」
「おいおい、何を言っているんだよ。先生は俺の嫁だぜ?」
「それは聞き捨てならないね。先生は僕のモノになるんだから」
「あ、あの……そんなに、喧嘩しないで……」
険悪なムードになりつつある子供達の中で、オロオロとしながらも止めようとする潮だが、自分だけではどうにもできず、俺に助けを求める風に裾をクイクイと引っ張ってきた。
「あー、うん。お前達にいくつか言っておかなければいけないんだけど……」
「なんデスカー?」
「この前のバトルで勝ったのは俺なんだから、誰にも所有権は渡ってない。それに、今のところ誰かと結婚するつもりはないから、そういった言い合いをここでするのは止めてくれ。せっかくの遠足なんだから楽しまなきゃ損だし、潮も困っているから、その辺でお開きにしておいてくれないと、先生怒っちゃうぞ?」
「先生が怒る……って、そういえば見た事ないね」
「確かにその通りデスネー。注意をしているのは何度か見た事ありますケド……」
「俺がおね……じゃなかった。失敗したときも怒らなかったもんなぁ」
「別に先生が怒ったところで、怖いとは思えないんだけど~」
俺の注意もどこへやら。いつの間にか俺の所有権に関しての会話は終わっていたので、潮を助ける事はできたのだが、話はそのまま俺が怒ったら怖いのかという内容に変わっていた。
「そ、その……潮は先生が怒ると、怖いと思うんだけど……。
だって、普段怒らない人が怒ると、凄く……怖いって言うし……」
「それは聞いた事がありマース。でも、先生がそうだとは限らないデスヨー?」
「そういやヲ級は知らないのか? 先生の弟だったんなら、昔に怒られた事とか無いのかよ?」
そう聞いた天龍の問いにヲ級は全く反応を見せる事なく、まるで聞こえない振りをしているようだった。
「……オイ、聞こえて無いのか?」
「あら~、もしかしてヲ級ちゃん、天龍ちゃんの事を無視しているのかしら~?」
「イ、イヤ……ソノ件ニツイテハ、コメントヲ控エサセテイタダキマス」
どこぞの議員の会見のように、額に汗を浮かべたヲ級は視線を合わせないようにしていた。
はて、どうしてヲ級はあんな反応をしているのだろう? ヲ級――弟に対して突っ込みを入れた事は数知れないけれど、怒った記憶は全く無い。
なんだかんだで優しくしていたつもりだし、身の危険を感じなければ俺から何かをするつもりもなかったから……うーん、やっぱり何も思い出せないぞ。
「そ、そんなにヤバかったのか……?」
「意外……だね。ここまでヲ級ちゃんが恐れるなんて、先生が怒るとどうなるのか、ちょっと気になってきたよ」
「せ、先生を怒らせるような事をしちゃ、ダメだよ……」
「そうですネー。好き好んで怒らせるような事をするつもりは無いデース」
「でも、やっぱり気になるわね~」
ワイワイと会話が盛り上がりを見せていたが、歩いている俺の視線の先には、深い森が開けて、砂浜と波打つ海が広がっていた。
「そんな話はさておいて――だ。結構広い砂浜が広がっているけど、ここがどの辺か分かるかな?」
そう言った俺の言葉に反応した子供達は、手作りの遠足のしおりを鞄やポケットから取り出して、島の地図と風景を見比べながら難しそうな表情を浮かべていた。その中で1人顔を上げた時雨は、俺に向かって頷いてから口を開く。
「この島は綺麗な円形だから、地図から現在地を調べるには目的となる物や場所が必要になるんだけれど、ぷかぷか丸を停泊させた港は島のちょうど南にあるよね。僕達が寝泊まりする宿泊施設は島の中心に位置しているし、そこから森を抜けて海に出たんだから、ここは島の西側か東側なんだけれど、地図には西側に大きな崖が描いてあるけど近くには見当たらないし、たぶんここは島の東側にある砂浜じゃないかな?」
「正解。さすがは時雨だな」
「別にこれくらいの事は朝飯前だよ。それに、知らない事は僕でも分からないからね」
時雨はそうは言いながらも、期待するような目で俺を見上げてきたので、ニッコリと笑みを浮かべながら頭を撫でてあげた。
補足説明をすると、時雨が言った西側の大きな崖とは港から宿泊施設に向かう途中にあった崖であり、俺達が居る現在地から宿泊施設を挟んでちょうど反対側にある。
ちなみに俺が今引率しているのは時雨、ヲ級、金剛、天龍、龍田、潮の6人である。愛宕や他の子供達と一緒じゃないのは、二手に分かれて島の探索をする事になっているからであり、俺達とは反対方向の西側から時計回りルートで探索を行っているので、予定では島の北側にある広場の辺りで合流する手筈になっている。
「くそっ、ずるいぞ時雨っ!」
「羨ましいデース!」
気持ち良さそうに撫でられている時雨を見て、金剛と天龍が悔しそうな声を上げていた。
「チッ……地図ガ悪イノヨ、地図ガ……ア、ナンデモナイデスヨ?」
……ヲ級はヲ級で突っ込みがいがある言葉を吐いているのだけれど、色々と面倒くさいからスルーの方向で。
「さて、それじゃあ先に進むぞ。あんまり道草を食ってたら、愛宕先生の班に後れを取っちゃうぞ?」
俺はそう言いながら時雨の頭から手を離す。少し名残惜しそうな表情を浮かべていた時雨だったが、「ありがとう、先生」と頭を下げて進行方向へと向き直った。
「よし、それじゃあ出発進行だ」
「「「おーっ!」」」
少々不満がある子もいるものの、俺の声に合わせて返事をしながら思い思いに手を挙げていた。
「しかし、結構広い砂浜だよな。これだと、ビーチバレーなんかも余裕でできそうだよな」
「砂遊びもできそうだよね……」
「ビーチフラッグで走りまくるぜっ!」
「天龍ちゃんって、本当に走るのが好きよね~」
「私はビーチバレーを楽しみたいデース!」
「僕ハ、コノ肌ヲコンガリト焼キタイカナ」
「その白い肌をか? ちょっと勿体無いと思うんだけど」
「アレ……? オ兄チャンハ白イ肌ノ方ガ好キナノカッ!?」
「いやいや、そういう訳じゃないけど、焼けた肌のヲ級って何だか想像がつかないぞ」
俺の言葉を聞いて、天龍や龍田がウンウンと頷く。
「確かに何だか変な感じだよな」
「元がそれだけ白いと、あんまり焼けなくて、赤くなりそうよね~」
「ヲヲッ!? ソ、ソレハ困ル……」
何か思い出があるのか、日差しを避けようと触手を太陽に向けて肌に当たらないように慌てるヲ級。そんな姿を見た子供達はドッと笑い声を上げていた。
そういえば昔に、家族で海に行ったときも弟はパラソルの下からあまり出たがらなかったような記憶があるんだけど、何故肌を焼くなんて事を言い出したのだろう?
「デモ、最近ノオ兄チャンノ好ミハ、夏ノ胸キュンビーチ祭! 小麦色ニ焼ケタ肌ト、ビキニノ……」
「それ以上言うんじゃねえぇぇぇっ!」
超高速でヲ級の元に走り、両手を使って口を塞ぐ。しかし、ヲ級は驚いた表情を見せるどころか、ニヤリと不適な笑みを浮かべていた。
「クックックッ……気ヅイタヨウダネ、オ兄チャン……」
「き、貴様……どこでそれをっ!」
「ベッドノ下ナンテ、ソンナベタナ場所……隠シキレルト思ワナイ事ダネ」
くそっ! いつの間に俺の部屋に入ったんだよっ!?
「よ、用件は何だ……?」
「今夜、シッポリト……」
「その台詞はル級のやつじゃねぇかっ!」
「バレタラ仕方ナイ。シカシ、コノコトヲ誰カニ言ッテモ……」
「……別に良いよ」
「何ッ!?」
俺の言葉に動揺を見せたヲ級だが、良く考えれば信憑性が薄いという事に気づかないのだろうか?
「その事を誰かに言う場合、お前は俺の部屋に勝手に入って、ベッドの下を勝手に探して、エロ本を見つけたよって言うのか?」
「ソ、ソウダケド、何カ問題デモ……」
「不法侵入に窃盗、及び恐喝罪に問われてもか?」
「ソ、ソンナモノハ、子供トイウコトデ……」
「お目こぼしはあったとしても、お仕置きはあるぞ?」
「ベ、別ニ、タイシタ事ジャ……」
「ちなみに、ご飯抜きだぞ?」
ピシィ――ッ!
完全に固まるヲ級。
――そう、子供達が悪い事をした場合、お仕置きとしてご飯抜きの刑が下されるのだ。これは幼稚園での決まり事であり、非常に効果が高い抑止力となっている。もちろん、食事を抜かれるというのはひもじい思いをする事になるのだが、売店や外出してコンビニに行けば食事自体にはありつける。しかし、子供達が日々食べているのは鳳翔さんの食堂のご飯であり、あの絶品料理を毎日食べている者にとって、仮に1食であっても抜かれてしまえば、次の食事まで禁断症状に苦しむ事になり、一度その刑を味わった子供は、二度と悪さをしなくなる。また、その経験によるモノかどうかは分からないが、一部の空母勢による鳳翔さん食堂の材料全滅事件の後、他の艦娘や子供達から元帥に直接陳情文が送られたらしい。
――とまぁ、そういった内容を愛宕から聞いたのだが、それが本当なら鳳翔さんの食事に何か変なモノが入っているんじゃなかろうかと心配になったりもする。まぁ実際のところ、俺も殆ど毎日食べているが、そこまで常習性みたいな事は感じられないのだけれど……
「ソレハ、本当ナノダロウカ……オ兄チャン……」
「何なら、天龍に聞いてみれば良い。一度その刑を、味わっているらしいからな」
グググ……と天龍の方へと顔を向けるヲ級。そういえば、ヲ級は転生してからずっと海底で暮らしていたのだから、食べられる物といえば魚ばかりだったはずだ。ましてや調理などと呼べる物では無く、刺身のように生のまま食べるか、塩焼きくらいしか無かったはずだから、他の子供達以上に、この刑は厳しく感じられるのだろう。
「それと、もう一つなんだけどさ」
「マ、マダ何カ……?」
「俺くらいの年齢になってしまえば、エロ本を持っていたとしても別におかしくないよな。まして、特殊な性癖を対象にした本でもないんだし、むしろ持っていない方が変に思われると思うんだけど?」
「………………アッ」
小さく呟いて更に固まったヲ級の額からは、タラリと汗が頬を伝って流れ落ちた。先程はヲ級の言葉に驚いてしまい、慌てて口を塞いだけれど、冷静になって考えればそれほど痛手にもならないのだ。もちろん、子供達にそれを知られるというのは少々刺激がきついだろうし、教育的にも良くないので知られない方が良いんだろうけれど、ヲ級の要求には首を縦に振れるモノでは無いのだから、ここは心を鬼にしてでも抵抗するべきなのである。
「エ、エット……ソノ……」
「俺を恐喝するにはまだまだ甘いって事だ。分かったら諦めて、素直に島の探索に戻るように」
「ウゥ……分カッタ……」
ガックリと肩を落としてうなだれたヲ級は、俺から離れて子供達の列の1番後ろへと下がっていった。
ふぅ……ちょっとばかり焦ってしまったが、何とか言いくるめる事ができた。それに、どうやらヲ級が見つけた本はカモフラージュの部分だけだったみたいだからな。
もし、その奥にある秘蔵のやつを見つけられていたら、今頃俺は冷や汗だくだくで震え上がっていただろう。もちろん、どんなモノかは口が裂けても言えないけどね。
「さて、それじゃあ次のところに向かうから、しっかりついて来いよー」
「「「はーい」」」
ヲ級の変貌ぶりに、少しばかり疑問の表情を浮かべていた子供達だったが、俺の掛け声に合わせて手を振って答えた。
それから島の北へと向かって行くと、道の途中にあった焚き火の跡を見つけ、バーベキューができるんじゃないかと大はしゃぎをする子供達を俺はなんとか引き連れて歩いていく。それから何ヶ所か寄り道はしたものの、愛宕と打ち合わせをしていた予定の時刻には間に合いそうだったので、子供達の喜ぶ顔を見ながらゆっくりと進む。そのうちに、島の北端にある合流地点の小屋の前に到着した。
「お疲れ様です、先生」
俺達を待ち構えるように立っていた愛宕は、ニッコリと微笑んで声を掛けてくる。
「あっ、愛宕先生。もう着いていたんですね」
「ええ、予定より少し早めに着いちゃいましたから、子供達は近くの広場で休憩していますけど、先生はどうしますか~?」
「んーと、そうですね……」
俺はそう言って後ろを振り返り、子供達の様子を伺ってみた。
「ふぅー、さすがにちょっと疲れてきたよなー」
「天龍ちゃんったら、色んなところで走り回るからよ~」
「そういう龍田こそ、途中で海の方に入ろうとするから、マジで焦ったんだぜ?」
「う、うん……あれはびっくりしたよね……」
「だって~、綺麗な貝殻が見えたんだもん~」
てへへ……と少し恥ずかしげに笑っている龍田って、初めて見たような気がするんだけど。
「ヲヲ……ヲヲヲ……」
「げ、元気を出してクダサーイ。何に落ち込んでいるかは分かりませんケド、せっかくの遠足が勿体ないデスヨー」
未だ落ち込んでいるヲ級に、寄り添うような感じの金剛を見て、少し休憩をした方が良いだろうと判断した。
「それじゃあ、俺達も少し休憩したいと思います。場所は……そうですね、そこの小屋って使えましたっけ?」
「ええ、鍵もかかっていませんし、大丈夫ですよ~」
「それじゃあ、そこで子供達を休憩させます。広場の方に行っちゃうと、遊んじゃって余計に疲れる子が出てくる可能性がありますしね」
「あはは、確かにそうですね~。それじゃあ、また宿泊施設で」
「はい。それじゃあ、気をつけて」
愛宕と手を振りあって互いに分かれ、子供達を小屋の中で休憩させる為に声を掛ける。
「それじゃあ、少しだけ休憩しようと思うから、そこの小屋に入ろうかー」
「「「はーい」」」
子供達の返事を聞いた俺は小屋の扉の前に行き、ゆっくりと扉を開けて中に入った。
まず目に入ったのは、大きな机と壁に貼られていた近海地図だった。見た瞬間に古さが分かるその成りは、どうやら前の大戦時の物ではないかと読み取れる。
「書かれている文字が右からだもんなぁ……」
地図を見ながらそう呟くと、子供達がぞろぞろと小屋の中に入ってきた。
「外だけじゃなくて中もぼろっちいけど、こんな所で休憩すんのかよ……」
中に入ってきた途端、天龍が不満そうな表情を浮かべて俺に言う。確かに空気は埃っぽく、窓を開けたとしても、この独特な臭いがすぐに消えるとは思えない。
「あー……そのつもりだったんだけど、埃っぽいから外で休憩していても良いぞ?」
「ん、それならそうするよ。龍田、潮、外で休憩しようぜー」
「はいは~い」
「そ、そうだね……」
「それじゃあ、私も外に行ってマース」
言って、天龍と龍田と潮、続いて金剛も外へと出て行った。
「先生はどうするのかな?」
「んー、そうだな。外で休憩しても良いんだけど、なんだかこの小屋の中って少し気になるんだよなぁ……」
問い掛けてきた時雨にそう返した俺は、地図から視線を動かして、部屋の隅に置かれていた木箱に注目する。
「中ハドウヤラ空ッポノヨウダケド……」
先に調べていたヲ級が俺に向かってそう答える。
「まぁ、普通はそうだよな。むしろ、昔からの物が入りっぱなしの状態だったら、それはそれで怖いんだけど」
「ア……デモ、野球道具ガ入ッテルヨ? ボロボロニナッテルカラ、使エナイト思ウケド……」
「なんでまた、そんな物が……?」
食料品が今まで入っていたのなら、中身はとっくに腐って木箱ごと朽ちてしまっているだろうし、武器や弾薬が入っている可能性も考えられたけれど、先ほど愛宕に聞いた時に大丈夫と言っていたから、危険な物は置かれていないと予測できる。それに、宿泊施設を建設した時点でこの島の調査は終わっているだろうから、この小屋をこのままの状態にしておいたという事は、資料的な意味合いもあるのかもしれない。
となると、野球道具は昔ここに居た誰かの娯楽用か何かなのだろうか。
「そういえば……先生、こんな話を知っているかな?」
「ん、いきなりなんだ、時雨?」
後ろから声を掛けられた俺は、振り返って時雨を見る。すると、妙に真剣な表情を浮かべて、ぽつりぽつりと呟いた。
「実はこの島って、過去の大戦時に敵国からの本土上陸を防ぐ為の、偵察と防衛の意味合いを持った基地だったんだけど、一度も敵に攻められた事が無いにも関わらず、謎の死を遂げた兵士が多かったらしいんだよね……」
「な、なんでそんな事を知っているんだ……?」
「今回の遠足が決まってからお姉さん達に聞いたんだけど、当時は敵国の工作だとか、近海で死んだ兵士が亡霊になって呪い殺したとかいう噂が立っていたみたいだね」
「そ、そうなのか……。でも、亡霊とか呪いって、まるで深海棲艦みたいな話だな……」
「ソレハ僕ニ対スル嫌味カ何カカナ、オ兄チャン?」
「いやいや、そういう訳じゃ無いんだけどさ。ただ、その当時からそういった噂があったって聞いちゃうと、今でもさまよってたりするんじゃないかって……思ってな」
「オ、オ兄チャン……」
「ん、どうした?」
「怖イノ禁止ッテ、昔カラ言ッテルデショッ!」
「あれ、そうだっけ?」
ヲ級は昔からこういう話が苦手なのはしっかり覚えていたが、さっき俺を脅そうとしたお返しだと、すっとぼけるように笑みを浮かべた。すると、涙目になったヲ級は俺に近づいてきて、服の袖をギュッと掴んで離さなかったので、少しやり過ぎちゃったかなぁと思い、頭を撫でてやろうとしたのだが、
ゲシッ!
「痛えっ!」
あろう事か、ヲ級は俺のスネを思いっきり爪先で蹴り上げて、ダッシュで時雨の後ろに回り込みながら、あっかんべー……と、威嚇していた。痛みで怒りが湧いてきそうになったのだが、時雨の言葉に乗っかって脅かしたのは俺が悪いのだから、自業自得と言えばそれまでである。これから更にやり返したとしても、結局はループするだけだろうし、ここは兄として我慢しておく事が最善だろう。
まぁ、それなら最初から脅かすなって話だけどね。
「痛ぅ………………ん?」
ズキズキと痛むスネを屈み込んでさすっていた俺の視界の先、ちょうど机の前にあたる部屋の中心部分の床に、何やら小さいへこみが見えた。
「これは……なんだ?」
近づいて詳しく見てみると、へこみの近くに溝があり、それは正方形の形を描いていた。もしかすると、床の下に何かあるのではないかと思った俺は、へこみに指を掛けて持ち上げようとしてみるが、溝の部分から埃が少し舞い上がるだけでビクともしなかった。
「どうしたのかな、先生?」
「これって、床下収納の扉じゃないかと思ったんだけど……全然動かないんだよ」
「ずっと放置されていたから、錆びついちゃっているんじゃないのかな?」
「あー、それは確かにありえそうだな。俺の力では……ちょっと無理っぽいか」
もう一度力を込めて引っ張ってみたが、やはり扉のような部分は殆ど持ち上がらず、俺は諦めて立ち上がり、大きくため息を吐いた。
「それより先生、外で休憩している天龍ちゃん達から目を離していても良いのかな?」
「あっ、確かにそうだな。特に龍田は何をするか分からないし……」
「あはは……」
苦笑いをする時雨に礼の意味で頭を撫で、小屋の探索を諦めて外に出ようとした時、ふとさっきの言葉が気になって時雨に問いかけた。
「ところで、さっきの話を聞いたお姉さんってのは誰なんだ?」
「それは……青葉のお姉さんだけど?」
「……そ、そうか」
一気に信憑性が薄くなった気がするのだが、そもそも変な噂が立つような所で遠足をするとは思えないし、そんなに気にする事でも無いのだろう。
俺は時雨とヲ級に声を掛け、小屋の外に出るように促して入口の扉を開ける。
最後にもう一度、動かなかった床の部分を見ながら、外へ出て行った。
小屋の外で休憩していた天龍達に変わった様子はなく、龍田も変な事をしていなかったようなので、俺はホッと一息吐いて胸を撫で下ろし、休憩を切り上げて島の探索を再開する事にした。
「今でちょうど半分だからな。残りは西側の方をぐるっと回って、宿に戻るぞー」
「「「はーい」」」
休憩で元気を取り戻した子供達は、笑顔を浮かべながら俺に向かって大きく返事をしてくれた。
砂浜の横にある小道を通り、暫く歩いて行くと小さな丘が見えた。なぜかテンションが上がった天龍が丘の頂上まで走っていくと、まるで青春映画のワンシーンのように太陽に向かって吠えながらジャンプをし、足を滑らせて転がりながら俺達の元へ戻ってくるといったドジっぷりを見せたり、丘の下にあった小さな洞窟に入っていった金剛とヲ級が、蝙蝠の巣を発見して半泣きになりながら逃げ帰ってきたりと、トラブルがありつつも子供達は一様に探索を楽しんだ。
そして、島の西側の探索も一通り終わりかけたところで、ぷかぷか丸から宿泊施設に向かう途中に見かけた大きな崖に着いた俺達は、海が一望できる場所に立ちながら口々に呟きだした。
「凄く綺麗ね~」
「う、海が真っ赤になっていて……幻想的で……」
「キラキラ光っている海が、どこまでも続いてマース……」
「本当に、綺麗だよね……」
龍田、潮、金剛、時雨の4人は、崖の先端に近い場所から、夕日が沈んでいく水平線を眺めていた――のだが、
ぐぅぅぅ……
「腹……減った……」
「同ジク、僕モペコペコダ……」
天龍とヲ級の大きなお腹の音によって、感動の風景を眺める時間はどこかに飛んでいき、俺達は笑い声をクスクスと漏らしながら宿泊施設に戻る事になった。
<イベント参加情報>
2015年1月18日
インテックス大阪開催 こみっく★トレジャー25
4号館 ト20a 「一本杭」のスペースで売り子予定です。
残念ながらコミケの方は落選してしまいましたが、なんとか上記日程で休みが取れましたので参加できそうです。
問題が発生しない限り、当日に少数ではありますが完成した書籍を配布できると思います。
また、後日にてBOOTH等での通信販売も考えております。
私事ではありますが、宜しくお願い致します。
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