精魂の巣   作:幻灯(Gentō)

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第6章 女王候補の試練(第一次)

 

巣は、その日、いつもより深く息をしていた。

光の壁に刻まれた古い記号が、ゆっくりと脈打つ。

まるで巣そのものが、これから訪れる出来事に身構えているかのようだった。

女王候補である三人は、中央の円環状の間に並んで立っていた。

足元の床は透明な金属で、下には無数の光の層が折り重なっている。

その奥は深く、どこまでも落ちていきそうで――

自分自身の心の底を、覗き込まされているような感覚を覚えさせた。

「第一次の試練を始めます」

巣に響いた声は、特定の誰かのものではない。

それは壁から、床から、空気そのものから生まれた声だった。

「この試練は、力を測るものではありません。

精神。共感。選択。

女王に必要な三つの資質を、あなたたち自身に問いかけます」

三人は互いに視線を交わした。

言葉はなかったが、その一瞬で、全員が理解していた。

――これは、逃げられない試練だ。

 

■ 精神の試練

光が一度、強く瞬いた。

次の瞬間、三人の前に広がっていた巣の光景は、音もなく崩れ去った。

代わりに現れたのは、それぞれにとって最も触れられたくない記憶。

孤独。

恐怖。

失われたもの。

選ばれなかった過去。

巣は、優しくも残酷だった。

痛みを誇張することも、和らげることもせず、

ただ「ありのまま」を突きつけてくる。

一人は膝をつき、息を詰めた。

一人は唇を噛み、震える手を握りしめた。

そして一人は、何も言わず、ただ立ち尽くしていた。

ここで求められているのは、耐えることではない。

忘れることでも、否定することでもない。

――自分の弱さを、認められるか。

長い沈黙ののち、幻影はゆっくりと溶けていった。

床の光が再び安定し、三人は同じ場所に立っていた。

息は荒く、胸はまだ痛んでいたが、

誰も倒れてはいなかった。

巣は、それを「合格」とした。

 

■ 共感の試練

次に、光は三人を分かたなかった。

今度は、三人の意識が重なり合う。

誰かの不安が、自分の不安として流れ込む。

誰かの後悔が、自分の胸を締めつける。

喜びでさえ、純粋ではいられない。

境界が曖昧になり、

「自分」と「他者」の区別が溶けていく。

ここで拒めば、簡単だ。

心を閉ざし、遮断すればいい。

だが、それは女王の資質ではない。

一人が、そっと感情を差し出した。

恐れを、怒りを、願いを。

それに触れた瞬間、別の一人が理解する。

――ああ、あなたも同じなのだ、と。

最後の一人が、涙とともに頷いた。

言葉は要らなかった。

この瞬間、三人の間に、明確な絆が生まれていた。

共感とは、同じになることではない。

違いを知ったうえで、なお、手を離さないこと。

巣は静かに、光を和らげた。

 

■ 選択の試練

最後の試練は、最も静かだった。

三人の前に現れたのは、三つの光の道。

どれも正しく、どれも不完全。

「一人だけが進めます」

巣の声が告げる。

「他の二人は、ここで資格を失うでしょう」

空気が、張り詰めた。

選べば、誰かを切り捨てる。

選ばなければ、全員が失う。

女王とは、決断する存在だ。

だがそれは、孤独な選択であるべきなのか?

三人は、互いを見た。

誰も、前に出なかった。

代わりに、一人が一歩下がった。

次に、もう一人がそれに続く。

最後の一人も、同じように後ろへ退いた。

光の道は、ゆっくりと消えていった。

「――選択を拒否する、という選択」

巣の声には、初めてわずかな揺らぎがあった。

「あなたたちは、女王候補として不完全です。

しかし――」

光が、三人を包み込む。

「この巣は、あなたたちの“在り方”を記録しました」

試練は、終わった。

 

■ そして、働き蜂へ

三人が円環の間を去るとき、

高所の回廊から、その様子を見つめていた者がいた。

働き蜂の青年――Kaito。

彼は、訓練の合間に、偶然この試練を目撃していた。

本来、立ち入ることは許されていない場所だったが、

なぜかその場から、目を離せなかった。

「……女王って、強いだけじゃないんだな」

小さく、独り言のように呟く。

戦う力。

守る力。

それだけでは足りない。

誰かを思い、

誰かとつながり、

それでも選び続ける覚悟。

Kaitoは、自分の拳を見つめた。

まだ未熟で、何度も傷だらけになった手。

――それでも。

「俺は、俺の場所で、強くなる」

女王候補たちの背中が、光の奥へ消えていく。

その姿を胸に刻みながら、

Kaitoは再び訓練場へと歩き出した。

働き蜂として。

未来の巣を支える、ひとつの力として。

巣は、静かに息づいていた。

次なる物語の始まりを、確かに予感しながら。

 

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