――Kaito 視点
巣は、いつも正しい。
少なくとも、俺はそう教えられてきた。
光の繊維が張り巡らされた通路を歩きながら、
俺は背中の羽根装置の重みを確かめるように、肩を小さく回した。
規定角度、規定振幅、規定出力。
すべてが数値化され、最適解が与えられる世界。
それが――
俺たち「働き蜂」の生きる場所だ。
■ 働き蜂候補、K-17
俺の識別番号は K-17。
名前は、後から自分で付けた。
Kaito。
「個性は不要だ」
そう何度も言われた。
だが、俺は思った。
個性が不要なら、
なぜ“心”なんてものを、最初から与えたんだ?
■ 訓練区画・第一層
働き蜂の訓練区画は、教育区画とはまったく違う。
柔らかな光も、包み込むような空気もない。
あるのは――
速度、衝撃、負荷、選別。
床が割れ、壁が動き、
失敗すれば即座に排除される。
「K-17、反応が遅い!」
監督蜂の声が響く。
透明な羽根が冷たく揺れた。
「もう一度だ!」
俺は歯を食いしばり、跳んだ。
羽根装置が唸り、空気が裂ける。
――間に合え。
次の瞬間、
床から突き出した光刃が、
俺の脇腹すれすれを通り過ぎた。
「……通過」
機械音声が淡々と告げる。
膝が震えた。
だが、倒れるわけにはいかなかった。
倒れた瞬間、
**“不適格”**の烙印が押される。
それは、
巣から消えることを意味する。
■ 成長という名の削減
訓練は、優しさを教えない。
削る。
削って、削って、
残った部分だけが「使える」と判断される。
仲間は、次々にいなくなった。
昨日まで隣にいたやつが、
次の日には記録から消えている。
誰も理由を聞かない。
聞いたところで、答えは決まっているからだ。
「適性不足」
――それだけ。
俺は生き残った。
理由は、ひとつしかない。
諦めなかったからだ。
■ 夜の訓練区画
正式な訓練が終わったあと、
俺はよく一人で残った。
照明を落とした区画で、
自分の羽根と向き合う。
「……なんで、俺なんだろうな」
誰にともなく呟く。
巣は答えない。
だが、静寂の中で、
自分の鼓動だけがはっきりと聞こえた。
――俺は、
何のために戦う?
その答えがわからないまま、
それでも身体は動いた。
■ 初任務
転機は、突然訪れた。
「K-17、前へ」
昇降台の中央で、
監督蜂が俺を呼んだ。
「外縁部で異常反応。
戦闘蜂の数が足りない」
外縁部――
巣を守る最前線。
「単独出撃になる」
周囲がざわめく。
単独出撃は、
生存率が極端に低い。
俺は一瞬、息を止めた。
だが、次の瞬間には答えていた。
「……了解」
不思議と、恐怖はなかった。
ただ、
胸の奥が熱くなった。
■ 外縁部・侵入体
空は暗く、
巣の光が遠くで脈打っている。
侵入体は、
かつて巣に属していた何か――
形を歪め、意思を失った存在だった。
「来る……!」
反射的に跳ぶ。
羽根が悲鳴を上げる。
光弾、回避。
衝撃、受け止める。
骨が軋む。
それでも、
俺は前に出た。
「巣には……
指一本、触れさせない!」
叫びながら、
俺は初めて“自分の言葉”を使っていた。
命令でも、数値でもない。
俺自身の意志。
その一撃が、
侵入体の核を貫いた。
■ ヒーローと呼ばれる日
帰還後、
巣は俺を称賛した。
「優秀な働き蜂」
「戦闘適性、極めて高」
だが――
仲間たちは、別の言葉を使った。
「……ヒーローじゃん」
誰かが、そう言った。
その言葉は、
俺の胸に静かに落ちた。
ヒーロー。
誰かを守る存在。
役割以上の意味を持つ名前。
――悪くない。
■ 女王候補の噂
その頃、
巣の中では別の噂が流れていた。
未来を見る少女。
異常値の女王候補。
名前は、Mio。
「その子が、
次の時代を変えるらしい」
誰かが言った。
俺は、なぜかその名が気になった。
まだ会ったこともない。
顔も知らない。
それでも、
胸の奥が微かにざわめいた。
――巣が、
何か大きく動き始めている。
そんな予感がした。
■ 働き蜂として
俺は働き蜂だ。
命令があれば戦う。
巣のために命を使う。
だが、
それだけじゃない。
もし、
巣が間違う日が来たら?
もし、
守るべきものが変わったら?
そのとき、
俺は――
「……自分で決める」
誰に聞かせるでもなく、
そう呟いた。
羽根が、
静かに震えた。
■ 物語は交差する
この巣には、
女王がいる。
女王候補がいる。
そして、働き蜂がいる。
役割は違う。
立場も違う。
だが、
運命は必ず交わる。
俺はまだ知らない。
Mio の未来も、
自分の行き先も。
それでも――
この胸の熱が、
消えない限り。
俺は飛ぶ。
何度でも。
働き蜂ヒーローとして。
巣の空に、
新しい物語が芽吹き始めていることを、
まだ誰も知らない。