精魂の巣   作:幻灯(Gentō)

8 / 8
第7章 働き蜂ヒーローの登場

 

――Kaito 視点

巣は、いつも正しい。

少なくとも、俺はそう教えられてきた。

光の繊維が張り巡らされた通路を歩きながら、

俺は背中の羽根装置の重みを確かめるように、肩を小さく回した。

規定角度、規定振幅、規定出力。

すべてが数値化され、最適解が与えられる世界。

それが――

俺たち「働き蜂」の生きる場所だ。

 

■ 働き蜂候補、K-17

俺の識別番号は K-17。

名前は、後から自分で付けた。

Kaito。

「個性は不要だ」

そう何度も言われた。

だが、俺は思った。

個性が不要なら、

なぜ“心”なんてものを、最初から与えたんだ?

 

■ 訓練区画・第一層

働き蜂の訓練区画は、教育区画とはまったく違う。

柔らかな光も、包み込むような空気もない。

あるのは――

速度、衝撃、負荷、選別。

床が割れ、壁が動き、

失敗すれば即座に排除される。

「K-17、反応が遅い!」

監督蜂の声が響く。

透明な羽根が冷たく揺れた。

「もう一度だ!」

俺は歯を食いしばり、跳んだ。

羽根装置が唸り、空気が裂ける。

――間に合え。

次の瞬間、

床から突き出した光刃が、

俺の脇腹すれすれを通り過ぎた。

「……通過」

機械音声が淡々と告げる。

膝が震えた。

だが、倒れるわけにはいかなかった。

倒れた瞬間、

**“不適格”**の烙印が押される。

それは、

巣から消えることを意味する。

 

■ 成長という名の削減

訓練は、優しさを教えない。

削る。

削って、削って、

残った部分だけが「使える」と判断される。

仲間は、次々にいなくなった。

昨日まで隣にいたやつが、

次の日には記録から消えている。

誰も理由を聞かない。

聞いたところで、答えは決まっているからだ。

「適性不足」

――それだけ。

俺は生き残った。

理由は、ひとつしかない。

諦めなかったからだ。

 

■ 夜の訓練区画

正式な訓練が終わったあと、

俺はよく一人で残った。

照明を落とした区画で、

自分の羽根と向き合う。

「……なんで、俺なんだろうな」

誰にともなく呟く。

巣は答えない。

だが、静寂の中で、

自分の鼓動だけがはっきりと聞こえた。

――俺は、

何のために戦う?

その答えがわからないまま、

それでも身体は動いた。

 

■ 初任務

転機は、突然訪れた。

「K-17、前へ」

昇降台の中央で、

監督蜂が俺を呼んだ。

「外縁部で異常反応。

 戦闘蜂の数が足りない」

外縁部――

巣を守る最前線。

「単独出撃になる」

周囲がざわめく。

単独出撃は、

生存率が極端に低い。

俺は一瞬、息を止めた。

だが、次の瞬間には答えていた。

「……了解」

不思議と、恐怖はなかった。

ただ、

胸の奥が熱くなった。

 

■ 外縁部・侵入体

空は暗く、

巣の光が遠くで脈打っている。

侵入体は、

かつて巣に属していた何か――

形を歪め、意思を失った存在だった。

「来る……!」

反射的に跳ぶ。

羽根が悲鳴を上げる。

光弾、回避。

衝撃、受け止める。

骨が軋む。

それでも、

俺は前に出た。

「巣には……

 指一本、触れさせない!」

叫びながら、

俺は初めて“自分の言葉”を使っていた。

命令でも、数値でもない。

俺自身の意志。

その一撃が、

侵入体の核を貫いた。

■ ヒーローと呼ばれる日

帰還後、

巣は俺を称賛した。

「優秀な働き蜂」

「戦闘適性、極めて高」

だが――

仲間たちは、別の言葉を使った。

「……ヒーローじゃん」

誰かが、そう言った。

その言葉は、

俺の胸に静かに落ちた。

ヒーロー。

誰かを守る存在。

役割以上の意味を持つ名前。

――悪くない。

 

■ 女王候補の噂

その頃、

巣の中では別の噂が流れていた。

未来を見る少女。

異常値の女王候補。

名前は、Mio。

「その子が、

 次の時代を変えるらしい」

誰かが言った。

俺は、なぜかその名が気になった。

まだ会ったこともない。

顔も知らない。

それでも、

胸の奥が微かにざわめいた。

――巣が、

何か大きく動き始めている。

そんな予感がした。

 

■ 働き蜂として

俺は働き蜂だ。

命令があれば戦う。

巣のために命を使う。

だが、

それだけじゃない。

もし、

巣が間違う日が来たら?

もし、

守るべきものが変わったら?

そのとき、

俺は――

「……自分で決める」

誰に聞かせるでもなく、

そう呟いた。

羽根が、

静かに震えた。

 

■ 物語は交差する

この巣には、

女王がいる。

女王候補がいる。

そして、働き蜂がいる。

役割は違う。

立場も違う。

だが、

運命は必ず交わる。

俺はまだ知らない。

Mio の未来も、

自分の行き先も。

それでも――

この胸の熱が、

消えない限り。

俺は飛ぶ。

何度でも。

働き蜂ヒーローとして。

巣の空に、

新しい物語が芽吹き始めていることを、

まだ誰も知らない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:35文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。