「どうかな? 興味が湧かない?」
「············」
『その者』は恭しく跪き、頭を垂れた。
それなのに、まるで旧知の仲のような親しげな口調で話しかけてくる。
四つの腕を生やした鬼神、『呪いの王』と呼ばれた者との謁見だった。
しかし、『王』はたいして興味もなさそうに四つの視線を彷徨わせている。
これがもう少し面白い内容だったのなら違った反応を示しただろう。『王』は、この『呪術』の全盛期である平安時代の中でも、とりわけ『呪力』が強く、『呪い』という力で圧倒してきた。
周りの人間など、彼からすれば雑魚同然で敵にもならない────いや、『喰うに値しない』だろう。
呪術を嗜んで全てを捩じ伏せる力を持っていても、この世界では充分に発揮できない。一口で噛んで味わう暇もなくすぐに消えてしまうほどでしかない人間達をいくら殺しても、その飢えが満たされることはない。
己に反発する者は、己の武力で叩き潰す。
己の快・不快を指針とする唯我独尊の生き方。
故に、退屈していた。
自分を満たせなくなるほどに超越してしまうと、その先にあるのは虚しさだ。計り知れない力を持つ者の悩み、それは味の限界。彼は舌が肥えているので、自分を楽しませるほどの強者がいなければ、もはやこれ以上退屈な人生を歩む意味などない。
他者からは鬼神や妖怪に怪物など、あるいは魔神などといった形で語られて恐れられ、だがそれだけで彼は満足できない。
もっと。
もっと欲しかった。
自分を満たしてくれるような、それも今まで味わったことがないほどに素晴らしい珍味を。
だから。
『受肉転生』と聞いただけで身を乗り出してきても良いはずだ。
にも拘わらず、反応が薄いのは今目の前にいる『額に縫い目の女』が信用できないからだろう。
『王』と『そいつ』は親しい関係どころか初対面過ぎて、一方的に殺意を向けられている。
とはいえ、『王』が殺意を向けているのは、ある意味好都合だった。もともと『王』は無関心気質な人物である。他人など、自分の暇潰しのための道具。だから耳を貸すなんてことはしないし、やろうと思えばすぐに屠れる。
つまり、言い換えればそれは、冷静かつ合理的な判断ができる統治者ということだ。
今すぐにでも、その手を動かせば目の前の奴を消せることだって出来るのに、それをしないのは少なからず興味が湧いているからだ。
『呪いの王』をそうさせるほど、目の前にいる『額に縫い目の女』の交渉術が素晴らしかったということだ。
この点で、二人の利害は一致していた。
『王』は、自分を満足させられるほどの世界に行きたい。
『額に縫い目の女』は、さらなる世界で『呪力の最適化』を目指し、新たな世界を創造することを考えている。
さらなる呪力の可能性の探求の為に、『呪いの王』にも来てもらいたいのだ。
「この平安を凌ぐほどの呪いの世界が広がっているか、技術が進んで絡繰のようなものが蔓延る世界になっているか、はたまた呪いの世界が終焉を迎えて『別の力』によって発展しているか」
「貴様の言う、『別の力』とは?」
「そうだねぇ〜、君にもわかりやすく伝えるなら············『魔法』? かな?」
『縫い目の女』の大仰な物言いによって、『王』はようやく眉間に皺を寄せた。
「きっと楽しいよ、君の呪いの力を超えるほどの別の力と戦えたら。その味を知ったらもう引き返せないだろうね」
「······ケヒッ!!」
「!!」
まだしゃべり足りない様子の『縫い目の女』を遮って、『王』は立ち上がった。
側近の中性的な見た目をしたおかっぱの男性が、『縫い目の女』に非難がましい視線を向けてくる。
下賤風情が、とでも言いたげに。
だが、『王』はむしろ愉快そうにゲラゲラと嗤い続けていた。
それこそ、腹が捩れるほどに。
「わざわざ俺に謁見を求めてくる変物がいるから退屈凌ぎに許してやったが、何を話すかと思えばそんなくだらん理想を垂れるとはな!! 思った通りだ!! 貴様の愚かな妄想に付き合った結果、ここまで嗤わされるとは思ってもみなかったよ!!」
おかしすぎて顎が外れそうなほどに嗤う『呪いの王』。
その様子を見て、『縫い目の女』も笑った。
「そこまで愉快そうに笑うんなら、尚更私の提案に乗りなよ」
「なんだ? 貴様の逆鱗にでも触れたか?」
「まさか、その逆。私が思っている以上に喰いついてくれたなって思ってさ」
「············何?」
「だって君、今自分で言ったじゃん。私の話を聞いてて思わず笑ってしまったってさ。それって、つまりはそういうことだろう?」
敢えて、ぞんざいな口を利いた。
そのほうが気を引くにはいいと判断した。
『王』は。
高らかに嗤っていた大きな口を閉じ、睥睨するようにして、
「いいだろう、敢えて貴様の妄想に付き合ってやる」
案の定、彼の口角がまた上がる。
もはや満足できるものがなくなった時、人は死ぬほど退屈し、娯楽を渇望する。『呪いの王』と呼ばれるほどの強大な力の持ち主であっても、所詮は『人間』だ。
そして、その渇望は人を必要以上に貪欲にする。
『縫い目の女』は無礼を承知で、『呪いの王』の顔を覗き込む。
「『縛り』は科された············ってことでいいのかな?」
「あぁ、わかったらさっさと去ね。貴様のそのわけのわからん『衣装』を見るのも嫌になってきた」
「酷いなぁ、これでも一応流行の最先端なのに」
「それに貴様のその『肉体』············大方死人の体の乗っ取る術式によるものだろうが、見ているだけで吐き気がする。呪力のない体に乗り移る意味がわからんな。そんな『老婆』のような姿でよくもまあ俺に謁見しようなんて考えたな」
「ちょっとちょっと! これでも四◯から六◯歳なんだよこの体! 老婆なんて言い方はやめてほしいな。それに私にだって『五歳の娘』がいるんだよ? まだまだ若い証じゃん!!」
「あぁなるほど············『死んだ子娘』ということか」
「そうだけどさぁ············あー君ってほんとに人を不機嫌にさせるのが好きなんだねぇ」
「うざ」
さっさと縛りを科して終わりたかった『呪いの王』はため息を吐く。
そして。
誘いに乗ってくれたことを確認した『縫い目の女』は笑い、そのまま彼に背を向けて立ち去っていく。
新たなる世界という言葉を釣り餌にすれば、『呪いの王』は容易く『縫い目の女』の意のままになった。
『縫い目の女』の『術式』を『呪いの王』に施し、彼の強大な力は二◯に切り分けられて封印された。
『呪物』を生み出す技術は、すなわち転生の技術に繋がる。
脳を入れ替えて肉体を乗っ取る術式、その応用。そっくりそのままというわけにはいかないが、呪物の扱いにも長けているので、呪物となりそうな道具にその者の情報を一度付与し、後に受肉体となる器が見つかったら取り込ませて転生させる。
まあ、魂の循環ではなく憑依に近いから輪廻転生とは言えないが。
そういえば、この肉体の持ち主も『面白そうな呪物』を所有していた。
すでに『縫い目の女』の元の肉体は朽ちているが、たまたま手に入れた新しいこの肉体によってさらなる技術を得ることができた。
流石に『この技術』はあの『呪いの王』にも渡せない。
しかしヒントはくれてやった。
「『魔法』············ね」
自分でもまだわかっていない技術。
それを今から解析できると思うと、楽しみで仕方ない。
それからというもの、『そいつ』は肉体を転々として国のあちこちを行き来し、準備を進めていった。
契約した呪術師達の器作り。
一番初めは『呪いの王』に耐えうる『器』を作り出さねば。
────そうなったら、『あの子』は“姉”ということになるのだろうか。
ずっと一人ぼっちで寂しい想いをし、ついには誕生日に『妹が欲しい』とあの肉体に願っていた。
ならば、兄弟姉妹をもっと増やしてやろう。
あんな薬品で生まれた『紛い物』ではなく、ちゃんと魂が篭ったものの方があの子も喜ぶに違いない。
無辜の人を陥れても、心が痛むことはなかった。
人を騙すなど、たいしたことではない。
行く先々で人を踏み台にして、『額に縫い目のある者』は己が目的への階を駆け上っていった。