『闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』
空から闇が染み出す。
黒いものが溢れ出して、青空を漆黒へと染めていく。
闇夜の結界。
“帳”。
夜が本格活動時間の呪霊にとって、昼はあまり表に出てこない。
だからこの夜にする結界を下ろすことで呪いを炙り出し、出てきた所を祓う。
ドゴォォォオオオオオオオオオッッ!!
すぐ隣。
黒い影が走り抜けていったかと思うと、目の前に瓦礫が落ちてきた。
「くそ!! また見失った!!」
白黒の巨体は、素速く顔を上げる。
ここは廃墟となった洋館、その裏にある中庭だ。洋館らしく西洋風の柱が立ち並び、ツタや木の枝が絡まって自然の網棚になっている。帳が下ろされ、呪霊が活発になる空間になってからしばらくすると、突然隣で物音がしたのだ。
しかし、今はもうなにも見えない。
「“棘”!! いたか!?」
「いくら!!」
崩壊させながら移動する何かを見つめながら背後の同行者に問いかけるが、困惑したような上ずった声が返ってくるだけだった。
「ツナツナ!!」
「くそ!! どこに行った!?」
舌打ちをしながら左右を見回した。
頭上に覆い被さっている帳は外から見えなくなる結界であり、結界内を夜にする効果があるために視界は狭く、本当なら中天に位置しているはずの日の光も降り注いでこない。
白黒の巨体、動物園などで誰しもが一度は見たことがある動物。
“パンダ”は仲間を一旦放置して、一人で手近な柱目掛けて走り出した。
柱の表面を覆いつくしている植物の枝を両手で摑む。
風化によって出来上がった石のヘコみにつま先をひっかけながら、腕力と背筋を使って枝状の網棚の上へと登っていった。
上部に到達したパンダは目を細めつつ身を屈め、呪霊の気配を探る。
(どこだ·······?)
いつの間にか体を筋肉質に膨れ上がらせているパンダ。
その姿はまるでゴリラのようであった。
その剛腕によって柱の上まで登ったパンダは周囲を見渡して位置を把握する。
─────そこに、
「─────“避けろ”」
その一言。
それだけでパンダは横へと回避した。自分の意思とは関係なく体が勝手に動いて、その場から即座に飛び降りる。
下にいた仲間。
口元まで覆い尽くしていた制服のチャックを下ろして口元を露わにし、『その声』は明瞭にパンダの耳へと届いてきたのだ。
飛び降りた瞬間、パンダが乗っていた柱が何かに呑み込まれる。
体躯に見合わない口で柱を呑み込む呪霊。
呪霊はどいつもこいつもふざけた見た目をしているから、何か他のものと比較して例えることができない。
だが、敢えて何かに譬えるなら、
“マリモ”か?
「でも食べ方は“ウニ”っぽいよな」
「邪魔だパンダ!!」
そこに、一つの声が飛んでくる。
もう一人の仲間。
彼女は呪力がないからこの中で一番弱いと思われがちだが、武器を持てばその差は埋められるほどの実力の持ち主だった。
「オラァァァアアアッ!!」
彼女は颯爽とパンダの目の前に立ったかと思うと、武器を構えて走り出す。
穂先を地面に突き刺すと同時に棒高跳びのように跳躍し、袈裟懸けに攻撃を繰り出した。
「相変わらず、飛び抜けた身体能力だな」
彼女が自分の背よりも長い武器を軽々と操っているのを見て、パンダは感歎の視線を送る。
彼女が扱っている武器、
『呪具』
大刀という、先端部に刃のついた薙刀のような形状をした武器。
それを確実に当てるため、彼女は仲間に合図する。
「棘!!」
「しゃけ!!」
わかった、そう言うかのように頷いた“狗巻棘”。
すでに準備していた。
彼は予めそこらのドラッグストアで買っておいた『のど薬』で声の調子を整える。
普段から喋り方をおにぎりの具で抑え、歪んだ強い言葉を吐かないようにしていたその口から、『呪い』を放つ。
「─────“動くな”」
術式が空中を迸る。
彼の呪いの言葉が空気を震わせ、『呪言』が呪霊に直撃する。
その言葉通り、呪霊は彼の命令に従って動かなくなる。
隙ができた。
そして─────
「せいっ!!」
彼女はその隙を見逃さず、裂帛の気合いと共に呪具を呪霊目掛けて繰り出していく。
マリモのような黒い塊の呪霊は動けなくなっていたものの、強さで言えば二級から一級の間。それに匹敵する呪いが篭められた呪具でなければ祓えない。
しかし、彼女の持つ柄の長い呪具で倒せないことはない。
大刀の鋭い突きが、呪霊の右脇腹に突き刺さる。
「〜〜〜ッッッ!!!!」
断末魔を上げる暇もなく身をよじる呪霊。
負の感情が篭った血飛沫を散らし、武器に込められた呪いが呪霊を塵へと変える。
呪術高専二年。
“禪院真希”。
四級術師として扱われながらも、その身体能力は一級並み。
現役の一級に推薦されたことで、現在昇級査定中。
彼女は返り血を浴びた呪霊を視認できる呪具の眼鏡を拭うと、
「なんか物足りねー」
まだまだ暴れ足りなかったのか、真希はため息を吐く。
そんな戦闘狂みたいな台詞を吐く彼女に、背後にいた同級生二人はつい引いてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
任務終わり。
二年生三人組は、夜の繁華街に来ていた。
別に不良みたいな反社会的な展開が待っている訳ではなく、単に任務が終わって次の現場に向かうためだ。
とはいえ、あまりにも唐突な事だったので不満を溢す者もいる訳だが。
「悠仁が行方不明って、なんかの間違いじゃないのか?」
怠そうに前を歩いていく真希。
愚痴を言うようにして歩く様はどこか上司の不満を溢しているサラリーマンっぽい。
「もし仮にそうだとしても、アイツのことだからほっとけば勝手に戻ってくるだろ。宿儺に殺されて死んでも戻ってきたわけだし」
「おかか」
「だったらなんで上の連中が騒ぎまくってるんだよ。俺達だけでなく全術師に捜索願い出してる時点で、それ以上にヤバイ事態ってことぐらい察せれるだろ?」
街中を歩くパンダはどこか異様ではあるが、パンダのような熊の手ではなく人間みたいに長い指が五本ついている。しかも二足歩行で歩いているため、どこからどう見てもパンダらしくない。
左腕にはなんかアイラブって書かれたアームバンドを付けているから、道行く人はなんかのマスコットかな程度にしか思っていない。
そもそもパンダはパンダじゃない。
そんなことはどうでもよろしい。
今は後輩の虎杖が消えたことの方が重要だ。
「で? 具体的にどこを探すんだ?」
「しゃけ?」
「それがわかったら苦労しないさ。ま、アイツが行きそうな場所を虱潰しに探し回るしかないな」
パンダは適当に呟いた。
自分達の後輩、虎杖悠仁の捜索。
宿儺の器として呪術高専で管理している問題児。呪力のコントロールがまだ上手くできていないから呪術師としてはまだ半人前だが、呪力なしでもあの東堂と互角に戦える身体能力を持つ。
何より、先日特級相当の相手と戦って勝ったという話も聞いている。
順当に行けば一級なんてすぐになれるだろう。
そんな虎杖が行方不明。
それがどうも腑に落ちない。
「あのバカ目隠しも何で側で見守ってねぇんだよ。何のためについて行ったのかわかりゃしねぇ」
「すじこ」
「だから焦ってるんだろうな。普通なら感知できるはずの悟の目でも気配を探れなかったことから、恐らく呪いの類じゃないのかもしれないな」
はあ? とパンダの言葉に二人は首を傾げる。
そんな事をつらつらと考えていると、前を歩いている真希がこんな事を言った。
「呪いじゃないって······じゃあなんだよ?」
「あん? あぁ、そうだな············俺もわからんが、宇宙人みたいな、そういう感じじゃないか?」
アホか、という言葉が返ってきたので落ち込むパンダ。
それを棘が慰めてくれる。
「うぅ······俺なりに精一杯考えたのに」
「おかか」
「うん、ありがとうな棘」
普通に会話しているが、この光景がどれだけ異常なのか気付かない周りも異常だった。
パンダが喋り、おにぎりで会話が成立している事が明らかにおかしいことに周りは気付いていないのか。彼らの間では日常でも、一般的に見たら結構おかしな光景だった。
だが、この国には多種多様な人種が暮らしている。そのためか文化の違いもあって礼儀作法がよくわからないのだが、案外その辺は誰も気にしていないようである。
会話が上手く通じ合ってるのかどうかは判断がつかないが。
だが、これだけ探し回っても見つからないんじゃ、確かにそうとしか思えない。
別にそんな宇宙人とか信じていないが、五条悟でも気配が追えなかったのなら地球にはない技術で虎杖が消えた可能性もある。
しかし、それでもまだよくわからない。
あの『呪いの王』を宿した虎杖がそんな力に呑み込まれるなんてヘマ打つか?
しかも呪物だって言ってたのに、それに宿ってたのが別の力かもしれないっていうのもなんか納得がいかない。
結局のところ。
「
呪力のない真希はそう結論づけた。
呪術師とは呪術を使う者。
非科学的な分野とはいえ、それが“術”と呼ばれる以上はそこには理屈があり、理論が組まれ、法則が支配している。
逆に言えば、その理屈が不明な存在には呪術師とて説明はつけられない。
つまりは理解不能。
理解できないものを考え続けることは、人間が人間である理由は何なのかみたいな訳のわからないことを永久に考えているようなもので、はっきり言って無駄な時間なのである。
「ったく、面倒な仕事増やしやがって」
「そう言う割には結構心配しているように見えるぞ真希」
「はあ? どこをどう見たらそう見えんだよ」
「いつもは野薔薇達後輩をパシリに使ってるお前が、任務終わりでもこれだけ探し回ってあげている。つまり可愛い後輩が心配で仕方ないってことだろ?」
「うちの学校の生徒はとにかく少ねぇんだぞ。それなのにこれ以上貴重な
「やっぱ、憂太と会ってから変わったな。真希」
「アイツ関係ねぇだろ! 殺すぞ!!」
「照れんなや! ガキか!!」
「よし殺す! 今度こそ確実に絶滅させてやる!!」
「動物虐待反対!! 愛護団体に訴えちゃうぞ!?」
「知ったことかッ!!」
逃げるパンダ、追う真希。
愉快な破壊音が夜中の繁華街に鳴り響く。
「こんぶ······」
流石に騒ぎすぎだと感じたのか、棘は少々気が引いたものの、チャックを下ろして口を開ける。
周りにあまり迷惑がかからない程度の言葉が木霊した。
◇◆◇◆◇◆◇
海鳴大学病院に、八神はやてはいた。午後六時を過ぎているが、ここの病院の方針なのか、はたまた彼女がここの常連だから特別に許可されているのか、面会時間は割と遅くまで設定されている。今はギリギリ、といった所だ。
はやてがいるのは個室の病室、だが彼女が入院しているわけではない。八神はやてはここにいる家族の見舞いにやって来たのだ。
「その後、調子はどうやシャマル?」
「もう平気ですよ。お見舞いはとてもありがたいですけど、そんなに毎日来なくても·······」
ベッドの上で上半身だけ起こしているシャマルは申し訳なさそうにそう言う。肩までかかりそうな髪は白い金髪をしているが、白人とは違った印象がある。それもそのはずで、彼女はそもそもこの地球の出身ではないのだ。
「別にそこは心配せんでもええよ? 私も病院の定期検診があるし、だからシャマルのお見舞いも出来るし、一石二鳥や」
「······すみません、はやてちゃん」
「謝らんでええで、悪いのは全部シャマルを傷つけた犯人や。まだ捕まってないし、早く捕まえてもらわな」
「·······」
シャマルは自分の手に目を落とした。
五本の指をゆっくりと開いたり閉じたりしながら、
「もう傷も大分癒えてきましたし、あと一日ほどで私は退院できます。ですからもう少し待っていてください。すぐにはやてちゃんの元へ帰りますから」
「あ、そんなに急がんでも、責めたりせんから安心してええよ。私は元々、一人やったしな」
「······はやてちゃん!」
敗北したことを認めた上で、なお八神はやてにまで重荷を背負わせることに深く後悔するシャマル。はやてが僅かに表情が固まるのを見ると、彼女はすぐさまはやての手を取り、しかしそれでいて薄暗い表情を浮かべた。
「大丈夫です。今はみんな忙しいですけど·····その、すぐにまた、きっと······」
そこまで言うと、シャマルははやてから僅かに顔を逸らした。小さな唇を震わせ、彼女にも言えないようにモゴモゴと動かして、それを見たはやては笑う。
とても純粋で、それでいて優しげな笑みを。
「そっか、シャマルがそう言うんならそうなんやね」
「·······はい!」
「あ、もうこんな時間。すまんなシャマル。私、今日すずかちゃんのお家に遊びに行く予定があってな」
「あ、一人で·······大丈夫ですか?」
「うん! 石田先生が送ってくれる言うとったから、それに甘えさして貰うから平気やよ!」
「·······」
小さな優しさを前に、本当に後悔して今にも崩れ落ちそうになるが、はやては掴んでくれたシャマルの手を握り返して、
「早く良くなってな。私、いつでもみんなの帰りを待っとるから」
「······はい!」
そんなことを言い合いながら、シャマルとはやてがいた病室のドアがノックされると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
ドアが開かれると、そこには八神はやての担当医である石田先生がいた。
「あ、石田先生!」
「はやてちゃん、ごめんねお話し中。もうそろそろ面会出来る時間は終わりなの」
「ああはい、ちょうどええ所に来てくれました。私もそろそろやと思ってた所です」
「そっか、じゃあもう大丈夫?」
「はい! シャマル、明日には退院出来るけど、また来るな。今度、みんなでシャマルの退院祝いをしよ言うてた所やから、楽しみにしとってな!」
「そ、そんなッ!! 大袈裟ですよっ!? 私のためにそんな、退院祝いなんてッ!!」
「遠慮せんでええから! ほな、また明日な!」
「あ、はい! また明日!!」
慌てふためくシャマルだったが、はやてのその純粋な笑顔に負けてしまい、それ以上は言い返せなかった。石田先生がはやての元まで行くと、彼女の座っている電動車椅子の手押しハンドルを握ると、シャマルの一礼してはやての車椅子を押して病室から出ていく。
そして。
シャマルは自分の治癒魔法で予定よりも早く傷を癒していた肩を見て、はやてがいなくなったことを確認すると、頭の中で仲間の騎士達に呼び掛ける。
『そっちはどんな状況?』
『シャマルか、少々面倒なことになっている』
シグナムが応答し、低い声でこう答えた。
『管理局に見つかって捕獲結界にヴィータとザフィーラが閉じ込められてしまった。私も結界内に入り助けに向かうつもりだ。だが入ってしまったら出るのに時間がかかるだろう······シャマル、結界の破壊頼めるか?』
『もちろん、それが私の務めだもの』
◇◆◇◆◇◆◇
管理局局員魔導師達に挟まれて対峙する二人の騎士。
片や、髪や防具を赤く染めた少女。
片や、獣耳を生やした屈強か青い男。
二人は囲まれたこの状況を別に何とも思っていなかった。むしろ、面倒だとしか思ってない。
「管理局か」
「けどチャラいよコイツら·······返り討ちだッ!!」
そう言ってハンマーを構えるヴィータ。だが、彼女は戦闘態勢を整えたというのに、どういうわけか管理局の魔導師達は捌け始めた。どういうつもりなのか、少女にはわからなかったが、相方のザフィーラが声をかけてきてくれたおかげで何を意図して退がったのかわかった。
「上だ!!」
「ッ!?」
締め付けるようなその一声で、始まるを予告する光が点った。いくつもの青い槍が二人へと向けられ、その中心には管理局の執務官クロノ・ハラオウンが杖を構えて呪文を唱える。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフトッ!!」
同時に魔法が撃ち出された。鋭い刃が二人の陣地を襲う。だが、鉄壁の壁を作り出したザフィーラが良く持ちこたえていた。エリア全域を攻撃する槍の雨を、展開した盾で防いでいる。ザフィーラの陣地に爆炎が炸裂する。だがその振動は、共振を呼ぶ前に鎮圧された。
「少しは、通ったか?」
爆炎で発生した煙が晴れると、そこにあったのは三つの槍が腕に突き刺さったザフィーラがヴィータを守るように宙に立っていた。
「ザフィーラッ!?」
「気にするな·····この程度でどうにかなるほど、柔じゃないッ!!」
筋肉を膨張させて槍を折るザフィーラ。そんな彼にヴィータはニヤっと口角を上げた。
「上等!!」
動揺はほんの一瞬だった。クロノの力を以てしても、彼らには通らない。押し寄せる敵意にクロノは奥歯を噛み締める。
と、ここで通信が入った。
脳内に響いてきたのは、彼の補佐であるエイミィの声だ。
『武装局員、配置終了! オッケー! クロノ君!!』
「了解!!」
『それから今、現場に助っ人を転送したよ!!』
その声で、クロノは不意に視線を感じ取った。
その感じ取った視線の先には、若い少女二人と、一人の高校生がいた。
◇◆◇◆◇◆◇
なのはとフェイトは、ビルの屋上に来ていた。そしてなのはは左手を、フェイトは右手を上に掲げ、それぞれの相棒の名を呼ぶ。
「レイジングハート・エクセリオン!!」
「バルディッシュ・アサルト!!」
「「セーット、アーップ!」」
その声に反応し、それぞれの愛機が主の命令に従うと、非物理の光で描かれた複雑なパターンがデバイスからそれを持つ手へ吸い込まれ魔法が発動した。
デバイスはファンタジー界の杖や魔導書の代わりに魔法科学の成果物たる武器になる。デバイスには魔力とリンカーコアの信号を相互に感知して起動されるシステムが組み込まれており、魔導師から供給された魔力を使ってその主の持つ術式に記録された魔方陣を出力する。リンカーコアには長ったらしい呪文と複雑なシンボルと忙しく組み替えられた術式を合わせたものと同等以上の情報量が存在する。
魔導師は魔力の流動体である肉体を通じてデバイスが出力した術式を吸収し、魔法演算領域を組み込んで自分の持つ可能性を現実にする。魔法演算領域はその魔導師が持つリンカーコアの情報に基づき、魔法を実行する情報体、術式を組み上げる。
デバイスはこうして魔法の構築に必要な情報を一瞬で提供することができ、何処からともなく出現した二人のバリアジャケットが彼女達の体を包み込み、更に空中から湧き出したほのかな粒子が形を為していき、それは武器へと変わる。
薄く微かに輝く霧が晴れた後には、清潔な防具を纏った二人が佇んでいた。
そして。
二人が持つデバイスには、カートリッジシステムが新たに組み込まれている。
なのはのデバイス、『レイジングハート・エクセリオン』にはアサルトライフルのような自動拳銃のマガジンを模した杖。フェイトのデバイス、『バルディッシュ・アサルト』にはリボルバーのようなチャンバーを斧と持ち手の間に挟んでいる。
二人は落下防止柵の手前に立ち、得物を斜めに構える。
二人のデバイスが向く先は、遥か斜め上、ザフィーラとヴィータの二人がいる上空。
「うぉぉぉおお!! スッゲェッ!! 二人ともなんかカッケェッ!! どうなってんのか全くわかんねぇけどッ!!」
純粋な、好奇の瞳。
狂騒を示す虎杖だったが、隣にいるアルフやユーノにクロノは熱に冒されていない。冷静な観察者の顔で受け止めていた。
ようやく再起動したなのは達はというと、そうまでしてキラキラと目を輝かせながらそう評したことに対して照れているのか、顔が紫外線をたっぷり含んだ日差しに当てられたかのように赤くなってしまうのも無理はない。
彼女らにとっては普通の行動だったが、初めて変身シーンを見る虎杖からすれば、小さな子供達に特撮の戦隊ヒーローの変身シーンを初めて披露した感触に近いかもしれない。虎杖がどんな精神状態でいるのか一目見ただけで分かる状態だったが、なのはとフェイトは首を振って切り替える。
虎杖もそれを見て察したんだろう、辛うじてなのはとフェイトが見せたジェスチャーで、集中して、ということに頷いてみせると二人は上空にいるヴィータとザフィーラに話しかける。
「私達は、貴方達と戦いに来たわけじゃない。まずは話を聞かせて」
「『闇の書』の完成を目指している理由を!!」
少女達はあくまで対話だけを望んでいるつもりだ。しかし、ヴィータは二人の新型兵器を見ると面倒臭そうに目を細めて両腕を組んで言う。
「あのさぁ、ベルカの諺にはこういうのがあんだよ。『和平の使者なら槍は持たない』」
「「???」」
「話し合いしようってのに武器を持ってやってくる奴がいるかバカ!! って意味だよ! バーカ!」
「なっ!? い、いきなり有無を言わさず襲いかかってきた子がそれを言うッ!?」
なのははヴィータの煽りについ呆れるように言う。
すると隣でその様子を見ていたザフィーラが思わず突っ込んだ。
「それにそれは諺ではなく、小話のオチだ」
「うっせぇッ!! いいんだよ、細かいことはッ!!」
ザフィーラの冷静な突っ込みに言葉を詰まらせるヴィータ。和平のための話し合いをしようっていうのに、二人はそれを拒否した。なのはとフェイトはそれでも諦めずにお話をしようと試みるが、
ゴッ!! という莫大な轟音と共に、上空の結界を突き破って襲いかかってきた薄紫色の閃光が、ちょうどなのは達が立っていた向かい側のビルに降り注いだ。
唐突な光の柱が結界を貫いてビルへと直撃した途端、恐るべき爆風がなのは達の頬を叩く。朦朧とする視界の中、なのは達は爆破地点に目をやった。
そこには、かつてフェイトと対峙し、互角にやり合って相棒のバルディッシュを叩き折ったピンク色のポニーテールをした女性が立っていた。
その女性に見覚えがあるフェイトは硬直しながらもその名を呟く。
「シグナムッ!?」
「······」
一つの人影が追加されても、両者は驚かず、それぞれが愛機を構えて交戦準備を怠らないように気を配る。なのはは背を向けたまま虎杖達に声をかける。
「悠仁君! ユーノ君! クロノ君! 手を出さないでね! 私、あの娘と一対一だから!!」
「ッ!!」
既に標的を決められているヴィータはその視線に腹が立ち、思わず舌打ちをする。なのはのその提案に、クロノは信じられないような目で見ている。
「マジか·····」
「マジだよ」
虎杖に至っては特に言うことがないのか、しかしどうしたら良いのかわからずクロノ達となのは達を交互に見ている。
そして、アルフにはフェイトから直接声が届けられる。
『アルフ』
「!?」
『私も······彼女と!!』
「······ああ、あたしも野郎に、ちょいと話がある」
そう言って二人は、それぞれシグナムとザフィーラを睨む。虎杖からすればアルフが独り言を喋っているようにしか見えず、どういう状況かマジでわかっていない。
『ユーノ、それなら丁度良い。僕と君と虎杖で、手分けして【闇の書】の主を探すんだ』
『【闇の書】の?』
『連中は持っていない······恐らく、もう一人の仲間か、主が何処かにいる。僕と虎杖は結界の外を探す、君は中を』
『わかった』
『それでいいな、虎杖?』
「········???」
クロノが黙って見つめてくるが、虎杖は寝ぼけたようにただキョトンとした表情で小首を傾げて答えただけだった。
何度も言うが、彼には確かに僅かに魔力の波動を感じるが、それでもモスキート音のような蚊の羽音のような音にしか聞こえず、何言ってるのか伝わってない。
それを忘れてたクロノは敵に悟られないように小声で虎杖に話しかける。
「君と僕は結界外に出て『闇の書』の主か仲間を探すんだ」
「何で?」
「彼女らは魔導書を持っていない、だから恐らくもう一人の仲間か主が今持っているに違いない」
「なるほど!」
「だから狭い範囲の結界内はユーノに任せるから、僕らは結界外を隅々まで見落としようのないように隈無く探す。いいな?」
「応! 任せろ!!」
「声を抑えろ!! 敵に勘づかれたらまずいッ!!」
「·······押忍!」
虎杖は片目を閉じて、小さな声で応答する。
虎杖はちょっとだけ黙る。そして振り返る。そこには、これから戦闘を始めようとする少女達がいた。両者は妙な威圧感を放っているくせに、野次や騒ぎの一つも起こしてない。むしろ無言のまま、なのは達を中心点として、平安時代辺りの合戦の一歩手前といった感じの雰囲気を醸し出している。
両者の持つ武器に、敵意が宿る。
異様なテンションを前に、虎杖は心配なさそうだと微笑み、
「二人ともー!」
「「!?」」
「勝てよ!! 絶対に!!」
それだけ言って虎杖はビルから飛び降りる。
彼はただ応援コールを去り際に残していっただけなのだが、やはり彼の人間離れした行動に思わず叫びかける。ビルから飛び降りるなんて真似、何度見ても心臓に悪い。顔色を真っ青をするなのはとフェイトだったが、両者の愛機が主人に語りかける。
『Master』
「!!」
『Please order me to “Catridge Load”』
「······うん!」
愛機の説明に頷くなのはは、レイジングハートを上に掲げてから下へと向けると、相棒に命令する。
「レイジングハート! カートリッジロード!!」
『Load Catridge』
するとレイジングハートのマガジンから薬莢、カートリッジが射出される。そしてそれが炸裂し、レイジングハートの中に魔力が補充され、なのはの体に振動が伝わってくる。
『Sir?』
「うん、私もだね·······バルディッシュ、カートリッジロード!!」
『Load Catridge』
フェイトの一声で、バルディッシュのリボルバー型の弾倉が回転し、斧に爆発的な魔力を送り込む。
「デバイスを強化してきたか······気を付けろ、ヴィータ!!」
「言われなくても!!」
爆圧の弾丸を受けて強化された二人を見て、ヴィータとシグナムは互いになのはとフェイトを睨む。シグナムが薩摩の最強剣『二ノ太刀不要』の示現流のような構えを取ると、なのはとフェイトも構える。敵陣営の激突までおよそ五秒。両者は己の持つ武器を密かに握り締める。
直後、
空中で三つの爆炎が炸裂した。
◇◆◇◆◇◆◇
ヴィータがなのはを誘うように飛び出す。その後を追うようになのはも飛び出した。
「ふん、結局やる気じゃねぇか!!」
「私が勝ったら、話聞かせて貰うよ!! いいね!?」
交錯するなのはとヴィータ。デバイス同士をぶつけ合いながらなのはが叫ぶ。
「面倒くせぇなッ!!」
「お話を聞かせて貰うまで、追いかけるよッ!!」
「チッ! もうこっちはテメェに用はねぇんだよッ!!」
するとアイゼンからカートリッジが射出されヘッドパーツからスパイクと噴射口が現れる。以前なのはが一発で撃墜された『ラケーテンハンマー』だ。
「これでも喰らって、しばらく寝てろ!」
「!?」
迫り来るヴィータになのはは右手を突き出し、ピンク色のシールドを展開させる。
『Protection Powered』
なのはのシールドとヴィータのハンマーが激突し、激しい火花を散らせる。
「ッ!?」
「······え?」
あまり力を入れてないのにシールドを保てていることに驚いているなのは。ヴィータも以前とは異なる手応えに思わず歯軋りする。そのシールドは以前とは比べものにならないほどに強固となっていた。
「か、硬ぇ!?」
「本当だ······」
たった一発のカートリッジでこの威力。なのはのそもそもの資質が強すぎるのもあってか、それが倍に強化されたことにより、シールドはもはや破壊不可能な障壁となっていた。
これがカートリッジシステム。
古代ベルカ式の力。
『Barrier Burst』
しかしいつまでも耐えられるわけではない。そう判断した愛機はシールドを爆発させることによって迫り来るハンマーの威力を相殺し、二人の距離を一度取らせるという作戦に出た。その余波で二人は吹き飛ぶが即座に立て直し、共にデバイスを構える。
『Let's shoot “Axel Shooter”』
「うん!! アクセルシューター!!」
すると彼女の足元に魔法陣が現れる。そして自身の周囲におよそ十二個もの魔力弾を展開させ、それらを放った。
「シュートッ!!」
一斉発射された桃色の魔力弾。
軽く放ったつもりが、魔力弾は発射後、四方にアトラスオオカブトの角を模したような弾道で曲がってヴィータに迫り行く。
『Control please』
「うん······」
そう言われてなのはは目を瞑り、精神を集中させる。なのはの魔力弾はヴィータを逃がさないように彼女の周囲を中心に取り囲み動き回る。するとヴィータの左手の五本の指の間に小さな四つの鉄球が用意され、
「アホか、こんな大量の弾、全部制御出来る訳がッ!!」
武器を構え直したヴィータは四つの鉄球を浮かせると、それらを勢いよく打ち出した。四方から迫り来る鉄球に、なのはは目を閉じたまま気配を感じ取る。それを見ていた相棒は主人を信じていた。
『You can do it my master』
相棒は主人を信じる。ならばこちらもそれに応えよう。なのははヴィータに巻き付いていた魔力弾の四つをこちらに引き寄せ、上空から打ち落とす。
「!?」
僅か三センチほどの小さな鉄球を正確に破壊したなのはのそのコントロールを見て、ヴィータは目を見開く。
それに対して、ヴィータの陣地をなのはの魔力弾が覆っている。このままではいつ自分に攻撃されるかわからない。ヴィータは守りに徹し、自分の周囲に赤い水晶のような防御膜を張る。
「シュート!!」
ヴィータの周りを鬱陶しく回転していた魔力弾はなのはの一声によって一瞬止まり、軌道を修正して爆裂拳のような連続打撃を繰り出す。
術式信号波の混信を起こすことなく、全ての魔力弾に命令を出すなのは。
魔法による打撃が継続される。
「この······ッ!!」
まだベルカ式を手にしたばかりのくせにここまで扱い、いくつもの魔力弾を制御しきってることにヴィータは苛立つ。いつまでも防御しきれるわけではない。いずれ防御膜は破壊される。ヒビが入り逃げ場がなくなったことに舌打ちをし、ヴィータはなんとかそこから逃げ切る方法を模索していた。
◇◆◇◆◇◆◇
ビルとビルの合間を縫って、金色と薄紫色の閃光が何度も衝突する。
「はあッ!!」
「ハァァァアアッ!!」
バルディッシュを振るうフェイト。対してシグナムもレヴァンティンで斬りかかる。
斧と剣。
破壊力で言えばフェイトのバルディッシュが勝ちそうだが、相手は手練れだ。最も力の入りやすい鍔に近い位置でフェイトのバルディッシュをレヴァンティンで受け止めたシグナムは、腕に力を込め押し叩こうとする。
だがフェイトも負けていない。カートリッジシステムで威力を上げているバルディッシュのおかげで相殺することができ、両者は互いの同等の威力で押して退いた。
『Plasma Lancer』
「プラズマランサー、ファイアッ!!」
そしてフェイトは切り返しと同時に複数の帯電を付与された魔力弾、プラズマランサーをシグナムへと放つ。
「レヴァンティン!」
『Explosion!』
シグナムはそれを見切り躱すが、フェイトもなのはと同様に複数の魔力弾を同時に操れる。上空へと回避したシグナムを追ってプラズマランサーが鋭い槍と化し、シグナムを追尾する。そしてシグナム無駄のない動きでカートリッジをロードし、剣に炎を灯らせた。
『Blitz Rush』
破壊力を増強させるためにプラズマランサーが更に加速する。いくつもの帯電した槍がシグナムへ向かうが、彼女は炎を灯らせたレヴァンティンを大きく薙ぎ放ち、炎の渦によってフェイトのプラズマランサーを掻き消した。
『Burning Form』
シグナムがプラズマランサーを消し飛ばすことをわかっていたフェイトは彼女のその隙を突いて攻撃を喰らわせるつもりで背後に回り込み、バルディッシュのパワーアップしたフォーム、鎌形の魔力刃を生成するバーニングフォームに変形させ、カートリッジを一つリロードし、魔力の威力を増強する。
回避は間に合わない、そう判断したシグナムはレヴァンティンの剣を鞭状に変形させる。
『Schlangebeißen』
放たれたシュランゲバイセンは不規則な軌道を描いていき、彼女の魔力刃と互角の破壊力を炸裂させる。
両者共に気合と魔力の乗った一撃が衝突し、周辺に魔力刃の余波が突風として襲い掛かる。
両者は互いに傷を負ったが、冷静な表情を見せ一度距離を取る。
「強いな、テスタロッサ······それに、バルディッシュ」
敵対しているというのにそう評するシグナムは、フェイトの愛機のバルディッシュにも称賛を送る。
『Thank you』
「貴方と、レヴァンティンも······シグナム」
返すように小さく言ったフェイト。
『Danke』
レヴァンティンがバルディッシュと同じように礼を告げる。シグナムはレヴァンティンの鞭状態から通常の剣形態へと戻し、フェイトに話しかける。
「この身に、為さねば成らぬことがなければ、心踊る戦いだったはずだが······仲間達と我が主のため、今はそうも言ってられん」
「········」
「殺さずに済ます自信はない·······この身の未熟を、許してくれるか?」
シグナムは剣を鞘に納めながら左腰付近に引き付ける。
抜刀術。
剣速は互角でも、人を殺めることを躊躇せぬ剣と非殺傷設定にして手を抜いている刃とでは、技の切れ目に明確な差が出る。
それでも、フェイトは笑っていた。
シグナムと同じく、戦いを楽しむように。
「構いません、勝つの·······私ですから!!」
フェイトは強気で獰猛な笑みを浮かべ、シグナムの構えに応える。
バルディッシュとレヴァンティン。
二つの刃が同時に炸裂する。
◇◆◇◆◇◆◇
「うぉおおおおお!」
「でやぁああああ!」
ビルの一角が爆炎に染まる。
アルフと、その相手をするザフィーラの魔力を収束させた拳に、周辺のビルが保たなかったのだ。
アルフの拳とザフィーラの拳。
両者は一歩も譲らず、互いの一撃に破壊力を込めて突き出している。
「デカブツ! アンタも誰かの使い魔か!?」
「ベルカでは、騎士に仕える獣を使い魔とは呼ばぬッ!!」
「はあ?」
「主の牙、そして盾·······守護獣だぁッ!!」
「おんなじような······モンじゃんかよぉッ!!」
破壊力を乗せた拳が激突するのだから、気合と敵意の度合いは並大抵のものではない。オレンジ色の爆炎が連続で瞬き、周囲のビルを破壊している。
爆圧弾を作製する過程で空気の屈折率を変えてしまい、圧力により外殻が外される事で拳同士による爆圧が解放され、周囲に衝撃波が撒き散らされるという仕組みだ。
結論を言うと、どちらも互角だった。
正面からまともに受け止めれば端っから負けるに決まっている。よって、両者は互いの力を弾く形で自ら飛んで衝撃を逃がした。
途中、土煙の中で空中でのシグナムとヴィータの戦いに気付いたザフィーラは、念話能力で結界の外にいるであろうもう一人の仲間に話しかける
『状況は、あまり良くないな。シグナムやヴィータが負けるとは思わんが······ここは退くべきだ。シャマル、何とか出来るか?』
結界を展開している外で、それの破壊方法を考えているシャマルは、立っているのもやっとの状態でバリアジャケットを纏い、遠く離れた位置からザフィーラの念話に答える。
『何とかしたいけど、局員が外から結界を維持してるの。今の私の魔力じゃ破れない。シグナムのファルケンか、ヴィータのギガント級の魔力を出せなきゃ······ッ!!』
『二人とも手が離せん·····やむを得ん、【あれ】を使うしかない』
『わかってるけど、でも······ッ!!』
「
「!?」
突如、シャマルの思考が途切れる。その声に、シャマルはやっと我に返る。彼女の背後に、あの『赤みがかった色をした短髪の少年』が立っていた。
『シャマル? どうした、シャマル!?』
「その手に持ってる本、それが『闇の書』ってヤツだろ? 悪いけど、大人しく投降してくれるなら傷つけない」
問いかける声。
「訳は後で聞くとして、今は抵抗せずついてきてくれるなら、こっちも何もしないって約束する」
先日、シャマルが間違えて捕まえてしまった少年、虎杖悠仁が怪訝そうな顔でこちらを見ている。両手は下ろしている。彼は本当に彼女を傷つけるつもりはないらしい。
が、
背後を取られたことと、重傷を負わせた張本人がいることに、シャマルは声も出せず動けなかった。
虎杖は黙っているシャマルの肩を叩いて戦闘は不可能だと思い知らせるために手を置こうとした。
バギンッ!! という異音が炸裂する。
肩を叩くために手を伸ばした虎杖は、唐突な衝撃を受けて真横へくの字に体を折り曲げたまま、隣のビルへと吹き飛ばされた。急な出来事に虎杖は防御すら出来ず、鈍い音と共にそのまま反対側のビルの屋上にある金網フェンスに激突する。
「が·······ア········ッ!!」
脳と呼吸の働きを同時に阻害され、虎杖は上下の感覚すらもわからなくなる。東西南北がグルグルと回るような感覚の下、何とか立ち上がろうと地面に手をついて起き上がろうとしたが、
「
「!?」
「
顔を蹴られ、更に宙へ飛ばされた虎杖は、もう受身も取れず地上へと落下し、ゴロゴロと路上を転がることしか出来ない。虎杖はほとんど停止寸前に追い込まれた意識を総動員し、目の前で起きたことについて少しでも思考を巡らせようとする。
「つ······ッ!!」
その思考すらも痛みに寸断されそうになる。体のあちこちから噴出する激痛に、虎杖は必死に歯を食いしばった。
虎杖は奮起に呼応するように拳を地面へと叩きつけ、強引に起き上がる。
ふとした瞬間。
虎杖は唐突な『殺意』に顔を庇った両手の向こうで、【白い仮面をつけた男】の追撃の蹴りを受け止めた。
自分が今立てているのは、その仮面をつけた男の威力を受け止めたから。かろうじてそう思うのが精一杯で、それさえ現実味が湧いてこない。あまりに敵が非常識すぎて理解が追い着かない。
それでも、虎杖は庇った両手を開かなかった。
もう、感覚もあるかどうか危うい拳を握り締め、
虎杖の拳が仮面の男の顔面に突き刺さる。
「ぐあッ!?」
仮面の男の体は、それこそ竹トンボのように回転し、後頭部から金属のガードレールへ激突した。
しかし、気を失っている様子はない。
地面に倒れ込んでもぞもぞと蠢いていた。
「何者だよ、テメェ」
仮面の男が最初に感じたのは、戸惑いでも不安でもない。
恐怖と怒り。
まるで言葉もわからない異国でナイフを突き付けられたような絶望的な恐怖。じりじりと、体の中へ広がる氷の冷たさに心臓は凍り、仮面の男は思い至る。
(これが『闇の書』に蒐集されなかった未知の存在·······虎杖悠仁という男か·······ッ!!)
これが虎杖。
ここは虎杖悠仁という間違ったモノが存在してしまう、一つの異世界と化していた。
一目でわかる。
小さな体で素の力のみで押し負けたのだと。これは、間違いなく自分の住んでいる常識の『外』の住人ということが。
仮面の男は、やはり応じなかった。
虎杖はガードレールまで走ると、その拳で車の衝撃をも吸収するガードレールを容赦なく破壊した。
仮面の男は既にそこにはいなかった。
空中へと回避し、そして先程のシャマルがいた方へと飛んでいった。
「待てッ!!」
虎杖は右手中指に嵌めた指輪に力を込め、足元に魔法陣を展開させ、階段のように空中へ次々と出現させると、驚異的な跳躍力でトントンと跳んでいく。
だが遅かった。
既に仮面の男はシャマルの元へと戻っていた。
「あなたは?」
「使え。闇の書の力を使って結界を破壊しろ」
「でもあれは········ッ!!」
「使用して減ったページはまた増やせばいい。仲間がやられてからでは、遅かろう?」
「ッ!!」
白い仮面の男の言葉を聞いたシャマルは一度手に持つ『闇の書』へ目を向けると、静かに目を閉じる。
そして決意を固めた瞳を開き、仲間へ合図を送る。
『皆! 今から結界破壊の砲撃を撃つわッ!! 上手く躱して、撤退をッ!!』
『『『おう!!』』』
それぞれ戦闘を繰り広げていた仲間達からの返事が届く。そしてシャマルは緑色の三角形の魔法陣を展開させると、『闇の書』を開き呪文を唱える。
「闇の書よ、守護者シャマルが命じます! 眼下の敵を打ち砕く力を、今、ここに!!」
すると闇の書から紫の雷が空へと放たれる。
それは次第に結界全土を覆い、強力な破壊力を持つ雷を呼び出す雲へと変わった。
と、
ドオンッ!! という轟音が響いた。
シャマルがそちらの方へ目を向けると、ビルの金網フェンスを踏み潰し、屋上の一角を破壊して着地した虎杖がいた。
「奴は任せろ」
「え?」
「お前は魔法に集中していろ」
二人の会話はいきなり途切れた。原因は虎杖悠仁。彼は破壊した金網フェンスを片手で持ち上げると全てを地面からもぎ取り、数十キロはありそうな重さのフェンスを、ものすごい勢いで白い仮面の男に投げつける。
「ふん!!」
仮面の男は拳で相殺したが、虎杖の表情は変わらなかった。元々ダメ元で投げたんだ。こうなることはわかっていた。
故に。
虎杖は反対側のビルまで跳躍し、仮面の男へ呪力を帯びた拳を振りかざす。
それは仮面の男も想定していなかった攻撃。
未知なる技術。理解不能な現象。正体不明の爆発。
跳んできた虎杖に仮面の男は吹き飛ばされ、ノーバウンドで空中を飛び、ビルを次々と突き破ってどこかの部屋へ突っ込んでいった。
シャマルは急いで呪文を唱えた。
そこがもう、虎杖という少年にとっての有効射程圏内なのだ。
「撃って、破壊の雷!」
シャマルの放った破壊の雷が結界に直撃する。結界にはヒビが入り、間もなく破壊されようとしていた。
その様子をそれぞれ戦っていた者達も目撃していた。
「すまんテスタロッサ。この勝負、再び預ける!!」
「シグナム!?」
シグナムはフェイトにそう告げると高速で戦線から離脱する。
「ヴォルケンリッター鉄槌の騎士、ヴィータ。アンタの名は?」
「なのは·······高町なのはッ!!」
名を聞いてきたヴィータになのはは自身の名を告げる。
それを聞いたヴィータも返そうとするが……
「高町なぬ·····な·····? ええい! 呼びにくい!!」
「逆ギレ!?」
高町なのはが上手く言えなかったことに機嫌を損ねるも、その苛立ちを保ちつつ背を向けて飛んでいく。
「ともあれ勝負は預けた! 次は殺すかんな!ぜってぇだッ!!」
「あ! えっと、ヴィータちゃんッ!?」
なのはの呼び声に応じず、ヴィータは結界の外へと目指して飛び去っていく。
「仲間を守ってやれ。直撃を受けると危険だ!!」
「え·······? あ、ああ······」
ザフィーラはアルフにそう言い残し、二人と同様に結界外へ消えていく。
瞬間、
ドッ!!
と、雷の爆風が結界の中心点を突き抜けた。目の前にある質量・重量に対し、虎杖は未だかつてないほどの威力に面食らった。
つい先ほどまでビルの屋上でシャマルを止めようとしていた虎杖はもろにその爆風を喰らい、いつの間にかどっかのオフィスへと吹き飛ばされていた。
シャマルのいた位置からではここまで数十キロの距離はあった。既にシャマルはその場から消え去り、手に持っていた闇の書も手に入らなかった。
「「「·······ッ!!」」」
なのはとフェイトはあまりの眩しさに思わず顔を庇う。しかし閃光が収まると、そこには二人を守るようにバリアを展開しているアルフの姿があった。転移魔法によって二人を呼び寄せ、防御魔法で二人を衝撃波から守ったのだ。
「·······はぁぁぁあ」
アルフは皆を守れたことに安堵し、深いため息をつく。
『なのは、フェイト、アルフ!! 大丈夫?』
「う、うん。ありがとうユーノ君、アルフさん」
「ありがとうアルフ」
「間に合って良かったよ」
そう言って三人は戦っていた相手が飛び去っていった方を向いていた。すると、遠くの方にあるビルから衝撃音が聞こえてきた。一つのビル全体が頼りなく揺れていて、その中から一つの人影が飛び出してきていた。
「·······クソッ!!」
ドゴンッ!! と、虎杖はぶっ飛ばした仮面の男の気配が既に感じなかったこと、そしてシャマルを逃がしたことを悔いて、苛立ちのあまり地面を粉砕していた。
「悠仁······君?」
「悠仁?」
なのはとフェイトが、心配そうにして虎杖の後ろへ降り立つも、彼は後ろを見ない。悔しさで胸一杯で、合わせる顔がないのだ。彼はただ、言葉にすることさえ悔しい気持ちを押し殺しながら、二人に謝る。
「悪い·······取り逃がした」
その一声に、なのはとフェイトは思わず背筋が凍った。
圧倒的な怒り。
負の感情が具現化したのか、不甲斐ない自分を呪うように彼の体には赤い炎のような何かが覆っていた。