呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第十章

 

 

今夜は焼肉である。

 

当然ながら、デッカい一つのプレートを一人で占領というそんな虚しい状況にはしたくないので、一人だけ連れてきていた。現代は何処も近代的になっており、プレートの下に炭を置いて焼くという文化は薄れつつある。どこの店もガス仕様で、その理由は若者たちが臭いを気にするからだ。煙臭さによって皆が不快になり、特に女子には近寄り難いのだろう。だからお客様のことを考え、そして店の利益の向上を考慮し、今では高級焼肉店はどこもガス式なところが多い。

 

だが、ちょっと待ってほしい。

 

本当にそうか?

 

ガス利用のお店の場合、気を付けなければならない点がある。

 

それは、都市ガス・LPガス共に、ガスには臭いがつけられていることだ。

 

都市ガスでは付臭、LPガスでは着臭と言うが、本来は無臭のガスに対して事故防止のために匂いをつけている。

 

ガスが漏れても臭いでわかるという訳だ。

 

このガスの臭いは『タマネギの腐った匂い』という表現を良くされ、一般的には良い匂いとは言い難い臭いのことを言う。

 

使用されているのは硫黄化合物なのだ。

 

しかし、炭火の焼肉は肉から落ちた脂が煙となってまとわりつくので、油煙臭くなるものの、それが逆に食欲を促進させるのだ。

 

よく祭りなんかでウナギ屋やらイカ焼き屋さんらが食べ物を焼く時、横からうちわであおいで煙を避けさせているように見えるが、あれ実は『美味しそうな匂いでしょ? こっち来いよ!!』と訴えて来ているのだ。それに炭火では余計な脂が落ち、そしてその脂が炭に付着すると煙が発生し、その煙で美味しくなるという効果まであるのだ。

 

逆に、ガスは燃焼時に水分が発生している。

 

この水分が焼いているものに付き香ばしさや食感が損なわれるという意見もある。

 

結論、やはり焼肉は炭火焼きに限る。

 

 

「おーいお姉さん!! どんどん持ってきてくれよ!! 足んねェぞこれじゃ!!」 

 

 

頭に黒い覆面をニット帽のようにして被っている男が追加注文すると、厨房から、店員さんの『はい! ちょっと待っててください!』という忙しそうな声が返ってくる。

 

他の客からの注文もひっきりなしで、厨房はてんてこ舞いのようだ。 

 

大繁盛のようでなにより。

 

サングラスを付けたサラリーマンっぽい人はふっと笑みを浮かべ、目の前でどんどん焼いている焼肉に目を落とした。 

 

赤い部分に焦げ目がついて香ばしい良い匂いが鼻腔をくすぐり、その美味そうな高級肉に芳醇な醬油だれを垂らしたら、ついついお腹が鳴ってしまう。

 

 

「いやぁ、しかし······今日の仕事は結構ギリギリでしたね“七海サン”!!」

 

「いいえ、“猪野君”。あの程度でしたら君だけでも充分だったと思いますがね」

 

 

一級術師・“七海建人”

 

七三分けがトレードマークで、社会人やってたからかサラリーマンのようなスーツと独特な形のサングラスに斑点模様のネクタイを締めている呪術師だ。

 

けれど今は焼肉の臭いや肉のタレがスーツに付着することを防ぐためにハンガーにかけ、しかしその下の青シャツまで脱いだら裸になるから紙エプロンを結んでいる。会社帰りの焼肉ってすっごく美味いが、明日の出勤のためにもスーツは出来るだけ臭わないようにする心掛けもちゃんとしなくてはならないというのが面倒なポイントだ。

 

だが、この仕事終わりの焼肉とビールは凶器と言っても良い。

 

これ出されて抗える社会人がいると思うか?

 

答えはノーだ。

 

誰もが欲に負けて手を出すに違いない。

 

後輩の呪術師でお酒が飲めるようになって一年ほど経った食べ盛りの“猪野琢真”も、今夜の焼肉を心待ちにしていたらしい。口の端から涎をこぼしかねない勢いで、焼かれていくお肉達を凝視している。 

 

その時、後ろから『お待たせしました』と声がかけられた。

 

追加が来たらしい。

 

この時間、会社勤めのサラリーマンや打ち上げに来た人達のせいで店が大繁盛で忙しいだろうに、店員の彼女は笑顔を絶やさず仕事に励んでいる。

 

本当にいつも一生懸命な子だな、と七海は思う。

 

 

「それで猪野君······何故私の推薦にこだわるのですか?」

 

 

そう聞かれた猪野だったが、彼は追加の焼肉をどんどん網に並べていっている。

 

七海は続ける。

 

 

「君の術式なら、準一級くらいすぐになれます」

 

 

それを聞いた途端、肉を並べている猪野の手が止まった。

 

現役の一級がそこまで言っているということは、彼の実力は本物だと言っても良い。実際、一級呪術師になることを目標としている彼であるが、ただ一級術師になるだけでは彼は満足しない。

 

 

「やっぱ、“筋”って大事だと思うんスよ。特に呪術師みたいに血生臭い職業は············でも俺は頭悪いから筋の通し方が分からなくなることがある。だから迷った時こう考えるんです」

 

 

猪野は顔を上げて、七海の目を見てこう言った。

 

 

「『七海サンならどうするか』─────それで七海サンに認められず一級ってのは嘘でしょ」

 

 

彼の実力は素晴らしいと七海自身も思っている。

 

けれど、何故自分の推薦でないといけないのか、それがどうしても引っ掛かっていた。別に自分でなくても、他の一級術師に頼めば良いのに、だが彼なりのこだわりがあることを今知った。

 

彼は自分を慕っているのだ。

 

別に悪いことじゃない。自分も悪い気はしないし、目標としてくれていることでやる気も上がって、一生懸命に仕事に取り組む姿勢が表れるからだ。献身的な姿勢で仕事に取り組むことは、会社や組織に対して質の高い成果を生み出す意欲があることを意味し、会社に貢献することで自分の目標と会社の目標が一致するようになる。

 

熱意を持って取り組むことは悪いことではない。

 

だが、あまり自分を目標としないで欲しいとも思う。

 

そして、頑張りすぎないで欲しいとも。

 

七海は別に猪野が嫌いなわけではない、むしろ可愛い後輩ができて嬉しいとも思っている。しかし、会社でも学んだことだが、頑張りすぎるといずれ体を壊すことになる。一級にもなれば任務の量も今以上に増えるだろうし、それでストレスが溜まって体なんて壊してしまったら、この業界ではそれは死に繋がる。

 

呪いの力は負の感情、と言っても健康的でないと意味はない。

 

何事も健康が一番、それを会社に入って学んだ。

 

会社で学んだが、最初はやる気があっても同じことを繰り返してて、それで仕事の量まで増えたら適応障害になってしまう恐れがある。証券会社の勤務で業績に振り回される毎日に精神的に疲弊し、自分は体を壊しそうになった。

 

だからそうなることが心配だった。

 

けれど、猪野の性格を知っている七海はそれ以上は何も言わなかった。

 

最初こそ、所謂肩書きみたいなものが欲しいのかとも思った。

 

例えば、あの特級術師で世界最強とまで言われている五条悟から推薦されたら、誰もが羨むだろう。あの五条悟が推薦した術師って誰なんだ!? と言う羨望の眼差しで見られ、推薦された本人はさぞ気持ちが良いだろう。

 

そう思っていたが、猪野は純粋に七海のことを尊敬しており、それ以外の推薦は受けないと決めている。

 

出来ることなら他の一級術師に推薦を受けて欲しい、自分は一度この業界から逃げた人間だ、七海自身はそう考えていても猪野が折れることはないだろう。

 

七海はついため息を吐くと、猪野が気遣うように笑って、

 

 

「あ、飲み物追加します?」

 

「············マッコリを」

 

 

はい! と元気よく返事してまた店員のお姉さんに注文する猪野。

 

ちなみに、ここの支払いは全て七海持ちである。

 

それをわかっているのかどうかは分からない。

 

 

「あ、そういえば七海サン」

 

 

楽しんでいた猪野だったが、急に真剣な表情をしたかと思うとお冷を一口入れて喉を潤わせ、

 

 

「明日の任務っスけど、どこから探します?」

 

「そうですね···········他のところは伏黒君達が粗方探したと思いますし、日本のどこを探しても見つからないのでは正直あとは海外か、もしくは宇宙くらいしか思いつきません」

 

「ちょっと七海サン〜、真面目に考えてくださいよ〜」

 

「真面目に考えていますよ。私が言いたいのはつまり─────『“虎杖君”はこの世界ではない何処かに消えた』という事です」

 

 

彼らも虎杖悠仁の捜索にあたる任務を請け負っている。

 

今日だって仕事が終わった後に出来る限り探したのだが、足跡一つも見つからなかった。結局、残業嫌いな七海的にはもうこれ以上は時間外労働になるので打ち切りにし、仕事終わりのビールで疲れを癒しているわけだが、上層部はなんとしても宿儺の器を探し出して安心したいのか、それまでは不眠不休で働けみたいな圧力をかけてきている。

 

結局、どこへ行っても同じだった。

 

呪術師も労働者もクソである。

 

しかし、やはりそれでも気になる。

 

 

「五条さんでも追えないとは············この案件、もしかしたら私達が思っている以上に大変かもしれませんね」

 

「っスね。あの宿儺の器が消えるなんて、今でも正直信じられないですし」

 

「それもそうなんですが············私は別の所がどうしても引っ掛かって府に落ちません」

 

「? 何がっスか?」

 

「すぐ近くにいた五条さんが全く気付かないなんて、本来あり得ないんです。あの人の目は呪いの気配をすぐに辿れる。もちろん探れる範囲に限度はありますが、それでもすぐ近くにいたのならば気付くはずです。ずっと虎杖君の気配を遠くで感じていたはず、それなのに異変に気付かず虎杖君は消えてしまった。ならば五条さんの目を撹乱する何かがあったと思うのが自然です。呪いを撒き散らしてチャフみたいに使ったとしても、それが呪いならば意味はない。けれど─────呪いではない『別の力』なら、あの人の目は機能しなくなる」

 

 

五条悟の目は特別。

 

呪いを視覚情報として認識し、建造物など呪力の無い物も呪力の流れや残穢を視認することで、周囲の空間を把握している。だから遠くへ行こうと、効果範囲内であれば虎杖の気配をずっと捉えていたはず。

 

なのに五条悟は見逃した。

 

あの五条悟が、だ。

 

呪いをずっと感じ取っていた五条悟が気付かなかったのだとしたら、そこには『別の法則』が働いたとしか思えない。

 

 

「別の力って?」

 

「それは私にも分かりません。しかし虎杖君、宿儺の気配をも消し去る力である以上、呪いよりももっとヤバい代物かもしれません」

 

 

七海は一人、そう言いながら焼肉をつついていた。

 

冗談交じりには聞こえない。

 

つまりは真剣に考えた末に出した答えなのだろう。

 

冷静沈着で物事を俯瞰的に観る事のできるあの七海がそう言う別の力とは一体何なのだろう、猪野はそう思いながらトングで焼肉を掴んで自分の皿に置く。

 

まあ。

 

何にしても、だ。

 

 

「上のやり口は嫌いですが私はあくまで規定側。それに残業は嫌いなので勤務時間内でしか私は働きたくない、時間内に見つけられるのならそれがベスト···········ですが、これは確かに非常事態です。ただの捜索程度で終わるスケールじゃありません」

 

 

だから、と。

 

七海はやる気を後輩に見せつけるように、個別で事前に頼んでおいた最高級の肉のシャトーブリアンを焼いて、

 

 

「気張っていきましょう」

 

「はい!!」

 

 

腹が減っては戦はできぬ。

 

そう言うように七海は充分に焼いたシャトーブリアンを口の中にほおばった。

 

 

「一枚だけでもいいからくれません七海サン?」

 

「絶対嫌です」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「問題は、彼女達の目的よね」

 

「ええ、どうも府に落ちません。虎杖を襲ったあの『仮面の男』は今は置いておいて、彼女らはまるで自分の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じますし」

 

 

と、リンディとクロノが言う。

 

虎杖悠仁にとっては、既に見知った世界のことに過ぎないのか、彼はクロノ達の憶測を聞いていてもその表情に驚きはない。むしろ、彼は俯き気味に自分の殻に閉じ籠っているようにも見える。

 

やはり、メインの聴衆となるべきはなのはとフェイト達のこの世界の住人だ。

 

 

「うん? それって何かおかしいの? 闇の書ってのも、要はジュエルシードみたくスッゴい力が欲しい人が集めるモンなんでしょ? だったら、その力が欲しい人のために、あの子達が頑張るってのもおかしくないと思うんだけど」

 

 

確かに。

本当にそんな便利なものなら、魔法科学な現代魔法よりもよっぽど高価で希少価値のある優れ物だと言える。それを完成させれば、無敵の力が手に入るはず。そこのどこがおかしいというのか、そんなアルフの疑問に対し、クロノとリンディはチラリとお互いを見つめ合った。

 

クロノは説明する。

 

 

「第一に、闇の書の力はジュエルシードみたいに自由な制御が効くものじゃないんだ」

 

「完成前も完成後も、純粋な破壊にしか使えない。少なくとも、それ以外に使われたという記録は一度もないわ」

 

 

結論を出すように、リンディが締めくくる。

 

当然ながら、闇の書という代物はロストロギアに認定されている以上は進歩しすぎた異端技術だ。まだ謎が多い部分もあるが、それでもある程度の記録が残っているのでそれだけは断言できる。

 

であれば、破壊しかもたらさない代物の完成を目指すということは、それ即ち世界の終わりを意味すると言っても良いだろう。破壊にしか使えないのなら、選択肢は一つだけしかない。壊すか、滅ぶ世界を迎えるだけ。そんなことのためだけに彼らが動くとは思えない。少なくともハラオウン一家はそう考えているみたいだ。

 

 

「あぁ、そうか」

 

「それからもう一つ、あの騎士達。闇の書の守護者の性質だ。彼女らは人間でも使い魔でもない」

 

「「「え!?」」」

 

「闇の書に合わせて、魔法技術で作られた疑似人格。主の命令を受けて行動する、ただそれだけのためのプログラムに過ぎないはずなんだ」

 

 

ということは、だ。

 

クロノの説明が正しいのであれば、彼女達ヴィータらはプログラムとは違った行動を取っているということになる。先程クロノが疑問に抱いた自分達の意思で闇の書の完成を目指しているようにも感じるということ、それは主がそう望まなければ、その行動に移せないはず。

 

しかし。

 

クロノ達はそこが引っ掛かるようだ。

 

彼らは闇の書に深い因縁がある。よって管理局の誰よりも闇の書について詳しいはずだ。憎悪が増幅し続けるほど、恨みが籠って敵のことを知るために色んなことを調べ尽くすはずだ。憎き物を失くすために努力し続ける。それが人間という生き物の在り方だ。そんな彼がおかしいと言うのだ。だからつまりそれだけで、そう言うことなのかと納得してしまうしかない。

 

何か、裏がある。

 

 

「あの、使い魔でも人間でもない疑似生命っていうと······()()()()()?」

 

「······ん?」

 

 

虎杖はその意味が理解できなかった。

 

フェイトが疑似生命? 一体どういう意味なのか?

 

フェイトは何気ない感じで疑問を抱いて普通に質問しただけだったが、その言葉を看過出来ずリンディは声を荒げる。

 

 

「違うわッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

リンディの険しい表情に驚くフェイト。

 

 

「フェイトさんは生まれ方が少し違っていただけで、ちゃんと命を受けて生み出された人間でしょ!?」

 

「ッ!!」

 

「検査の結果でも、ちゃんとそう出てただろ? 変なことを言うものじゃない!!」

 

「あ、はい······ごめんなさい」

 

 

クロノの注意する言葉でフェイトは自分の疑問は間違った事だとようやく気付いて謝った。

 

俯くフェイト。

 

虎杖はフェイトのその様子を見て、彼女には何か深い事情があるのだと悟った。恐らく、それこそトラウマ的な『何か』があったのだろう。虎杖はそう思い、深く考えないようにした。

 

しかし。

 

フェイトのその何気ない疑問に声を荒げて返したせいで、場の雰囲気は一転し、冷たい空気が部屋の中に充満する。

 

 

「あ~! モニターで説明しよっか!!」

 

 

ここでエイミィが空気を読んで手をパンと叩くと、陽気な声を出して場の空気を変えてくれた。エイミィがリモコンを手に取り操作すると、リビングが少し薄暗くなり、何もない空中にモニターが表示される。

 

もう近未来のシステムがこの世界では当たり前となっていることに対して虎杖は慣れたのか、それを見てもさほど驚かなかった。

 

そしてその映像には、なのは達と対峙した守護騎士四人と、捜索指定されている『闇の書』が映っていた。

 

 

「守護者達は闇の書の内臓プログラムが人の形を取ったもの。闇の書は、転生と再生を繰り返すけど、この四人はずっと闇の書と共に様々な主の元を渡り歩いている」

 

「意思疎通のための対話能力は、過去の事件でも確認されてるんだけどねぇ。感情を見せたって例は今までにないの」

 

 

クロノとエイミィが説明する。

 

 

「闇の書の蒐集と主の護衛。彼女達の役目はそれだけですものね?」

 

 

リンディが最後にそう補足する。

 

では、やはりおかしい。

 

闇の書の完成は、守護騎士達にプログラムされていない行動ということだ。

 

だが闇の書を完成させることで、彼女達に何かメリットとなるものがあるはずだ。しかしそれは少なくとも、世界の終わりのために動いているとは思えない。終わった世界に何の価値があるというのか。無しか続かない世界なんて、誰も求めるはずがない。

 

盛者必衰の理を表す悲しい結末を迎えるためだけに動くのは考えにくい。

 

過ぎた力を手に入れても終わりしか迎えられない、それを何回も繰り返しているという記録が残されている。

 

まさに廻る呪い。

 

少ない会話でもここまで想像出来てしまうのは考えすぎだろうか?

 

だがもしそうだと仮定して考えるとすれば。

 

何か別のことを目的としている可能性がある。

 

するとなのはが疑問に思ったことを口にした。

 

 

「でも、あの帽子の子······ヴィータちゃんは怒ったり悲しんだりしてたし」

 

「シグナムからも、ハッキリ人格を感じました。為すべきことがあるって······()()()()()()()()()()

 

()()()()······か」

 

 

クロノは何か思うことがあるのか、フェイトが聞いたシグナムのその言葉に実感性を感じなかった。なのはとフェイトの二人は、クロノのその暗い表情に首を傾げる。

 

そこでリンディが話を終わらせるように仕切り始めた。

 

 

「まぁ、それについては捜査に当たっている局員の情報を待ちましょっか?」

 

 

クロノはリンディのその提案に頷く。

 

 

「転移頻度から見ても、主がこの付近にいるのは確実ですし。案外、主が先に捕まるかもしれません」

 

 

守護騎士達の活動範囲は管理局の捜査にて大分絞り込めていた。ここを捜査していた管理局局員達が主に狙われ、魔力を奪われていた。

 

そして今回も、守護騎士達とこの海鳴市で対峙した。

 

そこからわかる通り、彼女達はこの海鳴市を拠点に魔力の蒐集を行っている。そう見るのが妥当だろう。

 

 

「あ~それは分かりやすくていいねぇ!」

 

「だね! 闇の書の完成前なら、持ち主も普通の魔導師だろうし」

 

 

クロノの憶測に、アルフとエイミィが頷く。

 

 

「それにしても、闇の書についてもう少し詳しいデータが欲しいな······あ!」

 

 

まだ足りていない情報に頭を悩ませていたクロノだったが、彼の視線がなのはの肩に乗っている、フェレットと化したユーノへと向く。

 

変身魔法だろうか?

 

ある程度魔法の可能性について目撃してきたであろう虎杖は、自然とその姿を見ても疑問に思わなかった。

 

 

「ユーノ、明日から少し頼みたいことがある」

 

「え? いいけど······」

 

 

そう言われてユーノは特に何の問題もなさそうに引き受ける。

 

さて。

 

ここまで守護騎士達について話してきたが、虎杖はずっと考えていた。

 

虎杖は悔やんでいる。

 

自分のせいで、あの時強制的に止めるのを躊躇ったせいで、結果守護騎士達と回収対象だった闇の書を逃してしまったことを。

 

虎杖は彼女達を疑似生命だとは思わなかった。たとえ今の会話を聞いたとしても、クロノの過去の話を聞いたとしても、それでも手を出すことが出来なかった。

 

それを躊躇ったばっかりに、あの謎の『白い仮面の男』に邪魔され、止めようと動いたけれども間に合わず、結界を壊されて彼女らは姿を消してしまった。

 

手が届くところまで来ていたというのに、虎杖はそれを悔やんでばかりでずっと俯いていた。

 

 

「悠仁君?」

 

「······ん?」

 

 

ふと、横から声をかけられた。

 

 

「大丈夫? さっきからずっと黙ってるけど·······」

 

 

そちらには、なのはが心配そうな目でこちらを見てきている。

 

 

「おーっ! 別に、特に何もねーよ!」

 

「······嘘」

 

「え?」

 

 

少年は黙り込む。一人の少女がそう確信を持って言えるほど、彼の表情からは暗い色が滲み出ていたんだろう。

 

 

「悠仁君、あれ以来ずっと黙りっぱなしだし、まるで怒りの感情を抑えてるように見えるよ······何か困ったことがあるなら素直に言お? そうした方が気が楽だよ?」

 

「······」

 

 

虎杖はどんな環境下でも、僅かな感情の火種から呪力を捻出する訓練を行っている。激怒して呪力を無駄遣いしないよう、泣いても笑っても胸糞悪くなっても、一定の呪力出力を保つようにしている。

 

だが、こんな小さな少女にもわかってしまうほど、虎杖の感情は揺らいでいたらしい。これではなんのためにあんなキモカワ人形と一緒に様々な映画を観たのか。そんなことも忘れてしまうほど、虎杖は今回の敗北について深く悩んでいたらしい。

 

なのはの心配に、虎杖は呟く。

 

それはみんなの視線を集めるような言葉で。

 

 

「俺さ······本当は出来れば人を傷つけたくないんだ」

 

「「「「「「「!!」」」」」」」

 

「たとえ技術で作られた紛い物の疑似生命であってもさ、そこには確かに命が存在しているんだ。アイツらの目的がどんな理由であろうと、他人を襲うのは許されることじゃない。けど、人を傷つけることは他人の命を奪うこと、それに繋がるんじゃないかって、そう考えてたんだ。だから俺は、あの時あの女の人と話し合いで出来れば解決したいと思ってた······でもあの『仮面の男』が邪魔をした。俺が躊躇ったばっかりに、結局俺はアイツらを逃がす羽目になって────」

 

「それは違うわ虎杖君」

 

「······え?」

 

 

そこまで言うと、リンディが虎杖のその先の言葉を言わせないように遮って話してきた。

 

 

「今回の件は虎杖君のせいじゃない。私みたいな現場に出ず後ろで指示することしかしてない人が言うのもなんだけど、貴方は貴方なりの正義を持ってる。だからあそこで手を出さないことを選んだ。躊躇ったんじゃない、そう決断したのよ貴方は」

 

「········」

 

「この短期間で貴方の性格は良くわかったわ、貴方は他人の命を大事に思ってる。たとえそれが敵であったとしても。彼女達の行いは世間的に見れば悪だわ、だからそれを戦いなしで解決するのは難しい。それでも貴方は平和に終えようと試みた。実際、なのはさん達だって最初は会話で解決しようとしてたんだもの。その結果逃がしてしまったにせよ、貴方は人の命を優先した。それは誇るべき事だわ。だからいつまでもそんな落ち込んでいないで胸を張りなさい。貴方は正しい行いをしたのよ?」

 

 

リンディは虎杖以上に重い責任を感じているはずだ。全任務を任された総指揮官としての立場上、責められるのは彼女の方だ。

 

しかし、リンディは虎杖を責めなかった。

 

むしろ、虎杖の行動を称賛した。

 

たとえ上からあれだけの好機を前に失敗したことを責められたとしても、リンディは揺らがず虎杖に誇れと言った。

 

その発言を、虎杖は黙って聞いていた。

 

リンディは続ける。

 

 

「他人を傷つけず解決するのは難しい、だから貴方は貴方なりの信念を持ちながら行動しなさい。それは間違った行動じゃない。人の命を大事に思えるなんて、どこが間違っているの?」

 

「ッ!!」

 

「けど忘れないでね? 私達は多くの命を助けるために彼女達を捕まえなきゃならない。平和に解決できるならそれがベストだけど、今回の件でわかったはず。これは普通の話し合い程度で終わるスケールじゃない。だから、無理矢理にでも話し合いに持っていかなきゃいけない。気を張って行きましょう、それが現段階でベストな選択よ」

 

 

リンディ提督は全員に聞こえるように言った。

 

虎杖はその言葉に苦しい想いが少しだけ晴れた気がした。虎杖は自分の信念を曲げちゃいない。

 

だからこそ、虎杖は笑った。

 

自分の信念を持ちつつ、彼女達を止めてみせる。

 

彼女達の目的が何かは知らない。それでも、その結果多くの命が失われるなんてこと、あってはならない。

 

だから虎杖は首を振って気合いを入れるよう両頬をバチンッ!! と叩いてソファーから立つと、目を鋭くして答える。

 

 

「応ッ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『ねぇユーノ君? 闇の書の主ってどんな人なのかな?』

 

 

なのはとユーノは虎杖のいる家から出て、今は自分の家に帰る途中である。もう辺りが暗くなっていて幼い女の子一人で出歩くのは流石に危険な気もするが、もしものことがあったら力でねじ伏せればいい。と、冗談っぽく軽く考えていた。

 

しかし、

 

流石に肩に乗っかってるフェレットに口で話しかけたら不自然だと考えたのか、なのはは頭の中で言葉を考えてユーノの脳に直接伝達する。

 

魔法に詳しいユーノは暫く考え、

 

 

『闇の書は、自分を扱う資質のある人をランダムで転生先を選ぶみたいだから······』

 

 

結果ユーノでもわからなかった。闇の書はその性質上、古代ベルカ時代から長い年月をかけて転生と再生を繰り返してきている。闇の書は自分を扱う資質のある人に生まれながらにつくことで、その力を使わせようという目的がある。

 

虎杖の世界で言うと、『天与呪縛』に近いかもしれない。

 

生まれながら強大な力を得る代わりに、何かを強制的に犠牲にする『縛り』を持って生まれてくる者達のこと。術師が自分で自分に架す通常の縛り、所謂誓約とは異なり、あくまで持って生まれたものなので当然本人に選択権などなく、後天的に解除する事なども出来ない。

 

生まれた頃から選ばれ、望んでもいない力を手にする。

 

だから。

 

魔法のことを全く知らない普通の人間が強制的に主に選ばれる可能性だってある。

 

 

『そっか······案外、私達と同い年くらいの子だったりしてね?』

 

『う~ん·····流石にそれは·······』

 

 

そんな偶然は流石にないのではないかと首を傾げるユーノ。なのはは横断歩道の信号機が青になるのを待っているところ、彼女の携帯電話の着信音が鳴り小刻みに震えるのを感じた。

 

開いてみると、表示されているのはメール受信という項目だった。

 

差出人は、すずかという同じクラスメイトで友人でもある少女からだった。

 

 

『あはは! すずかちゃん、今日は友達がお泊まりに来てるんだって』

 

『そうなの?』

 

『うん、ほら。“八神はやて”ちゃん。今度紹介してくれるって』

 

『へぇ~』

 

 

メールと一緒にすずかの家で撮ったであろう自撮りの写メが添付されていた。すずかの隣で楽しそうに笑う、『()()()()()()()()()』が映っていた。

 

 

「ふふっ」

 

 

携帯を眺める内に、横断歩道の信号が青になる。なのはは携帯をポケットに仕舞い、遅くなってしまったので少し小走りで家へと帰る。

 

なのははふと、すずかの隣に座る茶髪の女の子の事を思い出した。

 

もしかしたら自分達と同い年くらいの子だったりして、という先程の発言。これくらいの女の子だったりしてと、そんな冗談みたいなことを思いながら、帰路に着いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

八神はやてが通院している病院に、シャマルという女性がいる。

 

本来なら八神はやて自身も病院に入院せねばならぬほど持病が進行している身であり、一人の家族を出迎えるような体調ではないのだが、それでも彼女は大切な家族ということで先日友達となったすずかのメイドが運転する車に乗せてもらい、シャマルを迎えに行った。

 

やらなければならないのではない。

 

これは自分が彼女らの『マスター』になった日からそう決めていたのだ。

 

 

「あ、シャマルー!!」

 

「はやてちゃん!!」

 

 

病院の出入口から出てきたシャマルを見て元気な声で出迎えるはやて。待たせてあったすずかのメイドさんにもお辞儀をし、ゆったりと手慣れた動きではやての元へと歩いてきた。

 

はやてが乗ってきたすずかのメイドさんが機械的な声で荷物をお預かりしますと言い、遠慮しがちなシャマルから荷物を受け取ると、トランクに詰める作業に取り掛かる。

 

 

「もう大丈夫なん? シャマル?」

 

「ええ! もう全快です!!」

 

 

と、腕を見せて、ない力こぶを込めるシャマル。

 

それにはやては笑い、

 

 

「そっか! 良かったホンマに」

 

「本当に、ご心配おかけしました」

 

「ええよ、気にせんで。それじゃ、すずかちゃんのメイドさんが私らの家まで送ってくれるって言うてくれたから、それに甘えさせてもらおう」

 

「何もかもすみません、私のために、こんな·······リムジン·······なんて·······」

 

「問題ありません、お嬢様の頼みでもありますから」

 

 

すずかのメイドがそう言うが、病院の出入口前にリムジンでの出迎えなんて流石にヤバすぎると思う。どんなリッチな出迎えだ、と思わず突っ込みたくなるほど。

 

シャマルを乗せ、はやてを隣に座らせると電動車椅子をリムジンの余ったスペースに置き、リムジンは滑らかに病院から発進する。

 

はやては自分の家の住所を告げ、すずかのメイドはカーナビにそれを設定すると、目的地に向けて走り出す。

 

そんな中、すずかのメイドさんは後部座席にいる二人にルームミラー越しに話しかける。

 

 

「シャマルさんは、はやてちゃんの保護者なんですか?」

 

 

そう言われシャマルはつい慌てる。

 

 

「え!? いや、あの、はやてちゃんとは────ッ!!」

 

「違うよ、シャマル達は私の親戚や。今まで遠い祖国に住んでたんですけど、私の誕生日を祝うついでに面倒を見てくれるために来てくれたんです」

 

 

そう笑って言うはやて。

すぐさまそんな『デマ』を言えるはやてにフォローされ、シャマルは強く頷いてそうなんです! と告げる。

 

 

「そうですか······ご親戚の皆さんと一緒だと、賑やかで良いですね」

 

「はい! 何やこう、毎日無闇に楽しいです!」

 

「うふ、素敵ですね!」

 

「えへへ!」

 

 

笑って髪をいじるはやては、隣にいるシャマルを見つめる。

 

 

「そういえば、みんなが来てもう半年以上になるなぁ」

 

「そ、そうですね」

 

「みんなが来てから、本当に楽しいよ」

 

 

彼女は純粋に喜んでいた。

 

別に今まで独り暮らしだったから寂しいという感情はなかったが、家族が増えてからというもの、その時間の一つ一つが大事に思えるようになった。

 

あの日、全てが変わった。

 

八神はやてという孤独な少女にとって、『それ』は特別な瞬間だった。

 

彼女の『その後』を強く決定づけるほど、『あの瞬間』はかけがえのないものだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

半年ほど前。

 

六月四日◯時丁度。

 

『十字架が刻まれた本』が浮き出すとそれに呼応するように周囲の空間も揺れ出した。そして本につけられていた鎖が粉々に砕け散ると、本がひとりでに開きだし、

 

 

『Ich entferne eine Versiegelung』 

 

 

理解できない人語、なのに意味はわかる。

 

『封印を解除する』、そう告げるとそれはやての前にやってきて、最後のページになって閉じられると、表紙を前にして何かを呼び出すように鼓動音が木霊する。

 

 

『Anfang』

 

「へッ!?」

 

 

起動、そのワードと共にはやての胸から『小さな光の球体』が出現すると、その光は辺りを照らすように輝き出した。

 

 

「ッ!?」

 

 

その眩しさにはやては思わず腕で目を隠す。

 

そんな彼女の耳に『四人の声』が聞こえてきた。

 

 

()()()()()()()······()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()─────」

 

「────()()()()()()()()()······()()()()()()()

 

 

はやての部屋のベッドの横で主に仕える騎士の如く、膝をついて目を瞑っている四人の姿があった。

 

 

「「「「········」」」」

 

 

場違いなほどの静けさだけが部屋を包み込む。あまりにも何の反応も示さない主に疑問を思ったのか、守護騎士の一人である赤毛の女の子は片目を開けて主の様子を伺う。

 

 

「·······ん?」

 

 

少女は主となる女の子の様子を見て近づいていき、顔を覗き込むようにして仲間達に念話で伝える。

 

 

『ねぇ、ちょっとちょっとー』

 

『ヴィータちゃん! シッ!』

 

『いや、でもさ······』

 

『黙っていろ·····主の前での無礼は許されん!』

 

 

シャマルとシグナムが注意するが、ヴィータは続ける。

 

 

『無礼ってかさ、コイツ───()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「ん?」

 

「嘘ッ!?」

 

 

その言葉に全員が目を開き、主となった少女を見る。

 

 

「はぅぅううう~ッ!!!??」

 

 

唐突な出来事に脳の処理が追い付かず、オーバーヒートしたのか目を回して開いた口が塞がらないまま気を失った八神はやてがいた。

 

何の因果か、今日この日この時をもって八神はやてという少女は、『闇の書』の守護騎士達のマスターになってしまった。

 

 

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