呪術高専には、二人の学長がいる。
高専の学長というからには、さぞ強いのだろうと思われがちだが、現代最強の術師の五条悟がいる限りそれはない。とはいえ、呪術高専の学長に選ばれたということはそれなりの実力を有している。
本人は気付いているか知らないが、実際片方は実は特級相当の実力を隠し持っている。
多くの蝋燭が柱の中に並べられた、どこか道場のような作りをした部屋で、ゆったりと座布団に座る影がある。
片方は『呪術高専東京校』の学長、“夜蛾正道”
片方は『呪術高専京都校』の学長、“楽巌寺嘉伸”
どちらも眉間に皺を寄せて、険しい表情を見せている。
「結局、京都側でも虎杖は見つかりませんでしたか·······」
「あぁ·······夜蛾よ、以前お前が言っていた言葉を覚えているか?」
「?」
「“今は見守る”·······その結果がこれじゃ。五条、彼奴は虎杖を庇っておったが、呪術規定に背くこと自体そもそも重罪。それでも、儂らとて彼奴に歯向かうほど愚かではない。不服ではあったが、五条の元に預けるという条件で虎杖を呪術師として受け入れ、しばらく見守っておったものの、虎杖は宿儺を宿したまま姿をくらました。それも、五条が虎杖を単独で任務に向かわせたせいだと聞いておる。全く、現代最強の特級が聞いて呆れるのぅ」
「·······」
その言葉を受けて、夜蛾は何も言い返さずに俯く。
呪術界には、明確な力関係がある。
『総監部』は『呪術界』全ての上に立ち、そして『五条悟』はその上に立っている。
特級という階級を持っているからというには理由が弱すぎる。五条悟の力が規格外で、誰も勝てないと皆理解しているから逆らえないのだ。五条自身は一応呪術界の掟に従っているように見せてはいるが、しかしその裏では最強という立場を利用して無理難題の要求をもちかけ、強引に首を縦に振らせるほどの権力を有している。
五条はまるで子供の我儘感覚で権力を振り回しているが、総監部からすれば五条悟は神といった絶対的存在に等しい。
総監部が天の座にいるのであれば、五条悟はそのさらに上、天上界すらも超えた無限の可能性を持つ未知なる世界、宇宙とも呼ぶべき座にいる。
つまり、逆らったら何をされるか怖いから黙認してやってるのだ。
総監部の老人達はとにかく臆病者ばかりである。
本当なら五条の言うことなんて聞きたくはない。何なら仕返しだってしたい、なんて小学生のような考えを持っている。実際、総監部は五条の嫌がらせの為だけに階級が低く経験の浅い虎杖達一年生らを特級呪霊がいる現場へと向かわせた。本来なら同等級の術師が任務にあたるはずであったのに、人手不足だからだとかなんとか言い訳して一年生を派遣させたのだ。
そこで宿儺の器である虎杖が死んでくれれば、厄介事も消えて五条にも嫌がらせが出来て一石二鳥、ということを企んでいた小物集団である。
まあ、虎杖が生き返ったことで結局は水の泡となったわけだが。
だからこそ、そんな絶対的存在である五条がヘマをしたとなったら、それを表面上使役できる立場にある夜蛾正道学長は色々とやりにくい。五条の犯した失態の責任は、夜蛾にも回される。
こうなると、総監部は強気になる。
総監部側についている楽巌寺も、夜蛾を責め立てる。
「これで、奴の判断は間違っておったと証明されたな。宿儺の器を野放しにしておくと碌なことがないことは目に見えていただろうに」
「··············」
「虎杖が消えた今、宿儺を恐れることはない─────なんて甘っちょろい考えはしておらんことは、貴様もわかっておろうな?」
「えぇ」
「宿儺が消えたということは、虎を野に放ったようなもの。虎杖が抑えているとはいえ、何がきっかけで暴れ出すかはわからん。我々は宿儺に対して何もわかっておらんのだからな。つい最近まで呪いの何たるかをまるでわかっていなかった虎杖が、いつまでも呪いの王を塞ぎ込んでくれる保証はない」
「そのことは存じ上げています。故に今、呪術師総出で必死に探して─────」
「タイムリミットもわからぬのにか?」
夜蛾はわずかに黙った。
楽巌寺は、重そうなほどに生えている眉毛から鋭い眼光を放ち、
「いつ解き放たれてもおかしくない状況で、あてもなく日本中を探し回るつもりか? その時、手遅れになっていないと良いがの」
「··············ッ!!」
「まあ、引き続き探す他ないが、もし仮に虎杖が宿儺を抑えつけることができずに暴れ回った場合··············貴様はどう責任を取るつもりじゃ?」
「··············」
夜蛾は、学長となる以前にも失態を犯している。
夜蛾がまだ呪術高専の教師をしていた頃、彼の元には三人の生徒がいた。
その中にはあの現代最強と謳われた五条悟もおり、そんな五条悟でもできない、他人の治癒を可能とする反転術式を身につけた家入硝子もいたわけだが、最後の一人は決して許されぬ『罪』を犯して呪術高専を去っていったため、夜蛾が請け負っていた生徒は実質的に二人ということになる。
自ら去っていった、というのはあながち間違いではない。
だが、どちらかというと追放に近い。
その最後の一人は、百を超える一般人を呪殺し、呪術師しかいない楽園を創造するため非術師を大量虐殺しようとした。
そんな奴を生み出してしまった夜蛾も、勿論総監部から非難された。
あの時はまだ名誉挽回として一度は許されたが、今回ばかりはスケールが違う。
『呪いの王』という、五条悟をも上回るかもしれない存在を逃してしまい、暴れさせたとなったら、どんな処罰が与えられるかは想像がつく。
だからこそ、夜蛾は言った。
すでに覚悟を決めていたかのように。
「そうなったら、地獄にでも落としたらいい。そんな覚悟もなしに、私は虎杖を受け入れたりしません」
夜蛾は虎杖が初めて来た時のことを思い出す。
虎杖は呪いのことを学びたい、人を救いたいと言ってきたが、それだけでは充分じゃない。その後、本音を聞くために自分の術式を使って殺しにかかったみたら、虎杖は自分の祖父の遺言だからと言ってきた。正直ふざけるなと思った。他人に言われたからやるなんて、そんな甘い考えで呪いの世界に足を踏み入れようだなんて、その結果祖父を呪うことになってしまうかもしれないのに。
死にたくない、何で自分がこんな目に、祖父があんな遺言を残さなければ··············なんて言い訳は絶対に許さない。
だから、本音を知りたかった。
それを、虎杖はこう言ったのだ。
『自分が死ぬ時のことはわからんけど、生き様で後悔はしたくない』
自分の行動を他人のせいにしない、という大切なことにようやく気付いた虎杖に夜蛾は納得した。
気付きを与えるのが教育。
だから死に際にまで追いやって気付いて欲しかった。
呪術師になるという選択は、祖父の遺言だけでなく、自分の意思によるものだとはっきり認識しなければならない。
でないと、祖父を恨むことになってしまう。
だから変な言い訳をしないで自分の意思で来たということを証明して欲しかった。
その答えを聞き、虎杖を呪術界に足を踏み入れることを許した夜蛾も、彼と同じように自分の覚悟を伝える。
「私は·············虎杖と直接面談をして、呪術師としての資格があると認めて、最終的にこの呪術高専への入学を許可した。もう、その時点でどんな罰でも受け入れる覚悟は出来ているんですよ、楽巌寺学長」
「·············」
それを聞いた楽巌寺は鼻を鳴らす。
偽りかどうかは窮地に陥った時に出るもの、その時を楽しみにしておこう。
そう思った楽巌寺は立ち上がる。
「急げよ。儂もいつまでもお前の味方でいられるわけではないのだからな」
「味方でいてくれるだけでとてもありがたいですよ」
「儂が貴様の敵になった時、虎杖を呪術高専に引き入れたことを悔やむでないぞ、夜蛾」
「何を言うんですか、楽巌寺学長」
「?」
夜蛾も立ち上がり、出て行こうとする楽巌寺を見送るようにして、真剣で、それでいてニヤリと笑ってこう言った。
「
◇◆◇◆◇◆◇
そこはトップ同士が話し合う場だった。
二人の提督が向かい合って話し合うというだけでも、それだけで一般の時間の流れから切り離されているようでもあった。置かれた紅茶が寂しく揺れる。この部屋の内部だけを映せば、今がどんなに大切な時間なのかわかるだろう。
アースラという艦の艦長をやっているリンディ提督に、管理局の英雄とまで言われたギル・グレアム提督。
ほぼトップの権力の座を手にした者同士、ただソファーに腰掛けている。
「久しぶりだね、リンディ提督」
「·······えぇ」
空気に変化はなかった。
ただただ二人がそれらしい話をするだけで、閉塞感は拭えなかった。
「『闇の書』の事件、進展はどうだい?」
「中々難しいですが、上手くやります」
対面の席につくことを許されたもの同士、しばらくはそんな会話を交わしていた。
費やした時間は決して長くはないが、しかしそれでも脳内時間で言えば一時間は越えるほどの錯覚を感じる。逆にむしろ、一言二言しか交わしていないことの方が恐ろしい。二人の表情は決して明るいものではない。ギル・グレアム提督はリンディ提督よりももう一段階上の存在と言っても良い。故に、彼女以上の権限を持ち、彼の言葉は管理局に所属している局員の行動を直接的に左右し、更にはこの管理局の本局に腰を置いて全ての管理世界の生活まで揺さぶってしまうほどの魔力の持ち主なのだから、当然と言える。
それでも、彼はリンディに旧知の仲のように優しく告げる。
「君は優秀だ。私の時のような失態はしないと信じているよ」
ギル・グレアムは、自分に厳しかった。他人には優しくしても、自分には厳しい。
思えば昔からそんな人間だった気がする。管理外世界である地球の一部分から偶然魔力を持って生まれてきた彼は今では誰からも英雄と見上げられ、そして最強の対象としての頂点に君臨しながらも、いつでも心を支配していたのは責任感だった。
過ぎた力を手にしたものは、それ相応の代償が付きまとうものだ。
彼の場合はそれが責任だった。
ギル・グレアムが今日までどんな生活を送ってきたかは知らないが、それでも過去に大きな成果があったから英雄とまで呼ばれる地位に立っている。それまでの道のりは楽ではなかったろう。
たくさんの苦難があったはずだ。
たくさんの犠牲があったはずだ。
たくさんの失態があったはずだ。
それを知っているからこそ、彼は英雄の座を獲得しているのだ。
リンディはそんな彼の苦難を知っているかのように、
「夫の葬儀の時、申し上げましたが······
口に含んだ紅茶で喉を潤わせ、ティーカップをソーサーに置くと、彼女はその表情に偽りの仮面を張り付けて微笑んで言う。
「あんな事態を予測できる指揮官なんて、いませんから」
「·······」
ギル・グレアムは黙っていた。その奥にある本当の表情が読み取れたからだ。被害妄想だと思うかもしれない。だが、彼を蝕んでいるのは責任感だ。それ故の重みがあるからこその予想はしてしまうものだ。
彼女にそんなことを言わせてしまうのは、報いかもしれない。少なくとも彼はそう思っていた。
だがそれは、誰から誰に対しての、だ?
ギル・グレアムは気付かれぬようにそっと奥歯を噛んだ。
それが確信に変わる。
ギル・グレアムは管理世界を守る管理局の指揮官の一人だ。もしも今ここで目の前の仲間が間違った方向に進もうとしているのならば、彼は迷わず止めるだろう。
だが、人のことを言えた義理ではない。
自分だって、多くの失態を経験してきた。そんなことをしたって、『大きな流れ』を止めることは叶わないことなど知っている。
通常の方法では、誰も守れない。
馬鹿でもわかることだが、人を救うというのは簡単な話ではない。
「そういえば、虎杖悠仁君についてだが」
「はい?」
「彼の現状はどうかね? 今回の事件に対して積極的に協力しているかな?」
それは本当に虎杖を心配しての質問だろうか?
もしかしたら、
「ええ、まだ彼は若いですが、とても責任感が強く優しい子です。ちょっと心臓を悪くするような行動が目立ちますが、どんな時でも彼は他人の命を優先して動いてくれるので、とても優秀な子だと感じております。もしかすると、彼のおかげで今回の事件が早く解決できる可能性があります」
そう、リンディは言った。だが、ギル・グレアムの表情に変化はない。
水面下では既に始まっている。
『闇の書』を永久に解決させるための『計画』が。
◇◆◇◆◇◆◇
シグナムは額に汗を掻きながらも、冷静な表情を崩さなかった。
彼女は目的のものを手に入れるために巨大なサンドワームと対峙していた。しかし彼女の力を持ってしても、中々仕止めきれない。それだけ強固な皮膚を持っているということだろう。レヴァンティンから薬莢が一つ排出されると、魔力の増加は終了したことを宣言される。
カートリッジはまだあるが、それでも倒せないことにシグナムは少々焦っていた。
「ヴィータが、手子摺るわけだな。少々厄介な相手だ」
厄介程度で済ませられるかは、彼女の腕次第。
あの破壊力に特化したヴィータですら時間がかかった相手だ。守護騎士達の将とはいえ、攻撃力に焦点を当てるとどうしてもヴィータより劣ってしまう。それはそうだ、あっちは斬るのではなく砕くことに特化しているのだから。重みもあって、一撃一撃に莫大な粉砕力があるハンマーを扱っているヴィータでさえ、一体倒すのに相当なカートリッジを消費した。
一発程度のカートリッジで倒せるなんて思ってなかったが、ここまでしぶといとやむを得ない。シグナムは二本のカートリッジをレヴァンティンのローディングゲートに射し込もうとすると、
「グオォォォオオオッ!!」
「!?」
地中に潜っていたサンドワームの尻尾がシグナムの背後に回り込み、その隙に彼女の全身を触手が絡み付く。動きを封じられた、不覚を取ったことに奥歯を噛み締めるシグナムだが、触手を引きちぎるには力不足だった。締め付けられる全身にトドメを刺すための尻尾が迫り来る。
『Thunder Blade』
ドオンッ!! という破断の音は、サンドワームの甲殻か皮膚か。あまりにも大きな音に、聞き慣れずに一瞬呆然としてしまったシグナムだったが、その鼓膜というよりかは腹の中身を揺さぶられているような低い轟音に撃たれたサンドワームは悲鳴もあげられずにそのまま限界を迎えて倒れていった。
「!?」
どこからやって来たのかわからない。だが見に覚えのある攻撃だ。シグナムはサンドワームに突き刺さった金色の槍を放ったであろう張本人に目を向ける。
『フェイトちゃん!? 助けてどうすんの!? 捕まえるんだよ!?』
「あ、ごめんなさい·······つい」
登場の仕方を完全に間違えた宿敵、フェイト・テスタロッサ。悲しい誤算ではあったが、ある意味で両者共に好機の瞬間でもあった。
蒐集対象が目の前にいる。
捕獲対象が目の前にいる。
二人にとって、得物を構えるのにはそれだけで充分な理由であった。
「礼は言わんぞ、テスタロッサ」
「·····お邪魔でしたか?」
「·····蒐集対象を潰されてしまった」
だが、シグナムは残念そうにはしていない。ローディングゲートにカートリッジを押し込むと、鋭い目付きでフェイトを睨む。それは恨みの籠った瞳ではない、獲物を見つめる目付きだ。
蒐集対象が死んでしまったとはいえ、それ以上の大物が釣れた。
何より、自分にとっての宿敵が目の前に現れたんだ。
この好機を逃す手はない。
「まあ、悪い人の邪魔が、私の仕事ですし」
「そうか······悪人だったな。私は」
そんな言葉を聞いても、シグナムは響かなかった。彼女は愛機にカートリッジをロードさせると、静かに砂漠地帯へと足をつける。フェイトもそれについていくように滞空をやめ、不安定な足場へと着地する。
「預けた決着は、出来れば今しばらく先にしたいが、速度はお前の方が上だ。逃げられないのなら、戦うしかないな」
「はい、私もそのつもりで来ました」
得物を構える。
両者の眼光が交錯する。
そして、
「「ッ!!」」
二人は同時に砂漠の砂を蹴って駆け出す。
デバイス同士が激しくぶつかる。火花が散り、同等の威力が互いを殺し合う。
戦闘開始の合図はなかった。
言葉はいらない。
話し合いでは解決できないとわかった二人は、互いにぶつかり合って語り合うことにした。
◇◆◇◆◇◆◇
まだまだ非常事態は終わらない。
追加で来る警告音に、部屋はまた真っ赤に染まる。
「もう一ヶ所!?」
エイミィが声を荒げる。
キーボードを素早く叩いて特定し、画面にその原因となっているものを表示させる。
そこには、なのはの宿敵であるヴィータがいた。
「本命はこっち!?」
彼女は捜索対象である『闇の書』を片手に抱えており、今から魔力の蒐集に向かう直前なのだろう。別世界にいるということは、誘導されたということなのだろうか。何にしても、放っておくわけにはいかない。
「なのはちゃん!!」
「はい!!」
「虎杖君は引き続き待機! もうしばらく待ってて!!」
「応!!」
エイミィの意図を察したなのはは頷き、ヴィータを捕獲するために転移装置へと急ぐ。
別の世界で別の戦闘。
結局のところエイミィは同時並行して指示をする羽目になった。
◇◆◇◆◇◆◇
緩やかな動きに反して、それは滑り落ちるギロチンのような速度で互いの体を狙う。咄嗟に展開していた魔法障壁のおかげで二人は傷つくことなく、二人が立っていた反対側へとそれぞれ足を付けることになった。
しかしフェイトは次の行動に移っていた。
即座に彼女の背後に回り込み、死角からバルディッシュを叩き込む。シグナムの表情は変わらなかった。わかっていたかのように後ろを振り向き鞘に収めたレヴァンティンで受け止めた。その体を切断するどころかまるで硬い鉄を当てたような感触に、フェイトの腕は一瞬痺れる。
その隙に、シグナムは受け止めていた鞘から抜き放ったレヴァンティンでバルディッシュを叩きつける。
強制的に後ろへ下がらされたフェイトも表情を変えない。
近距離戦闘に特化した彼女がフェイトを捉える方法は一つ、遠距離攻撃を放てば良い。
「レヴァンティン!」
『Schlange Form』
蛇腹剣のような形態へ変化させたレヴァンティンを振りかざし、ゴバッ!! と空気を裂きながらフェイトを囲む連結刃が凄まじい速度で襲いかかる。七方向から同時に攻める刃は、足首から心臓まであらゆる箇所を切断しようと狙いを定める。
フェイトに避けるだけの余裕はなかった。
だからこそ、それを避けるほどの速度を編み出さなければならなかった。
「バルディッシュ!!」
『Load Catridge Haken Form』
一発のカートリッジが装填されると、バルディッシュは斧から鎌へと形状へと変化させる。
「ハーケン・セイバー!!」
三日月型の魔力刃を高速回転して円形状に変化させ、シグナムへと放つ。守りへ回らざるを得なくなったシグナムは急いでフェイトを絡み取る。
『Blitz Rush』
何もない虚空へ取り残された鞭を見て、迫り来る魔力刃を避けるために上へと回避したシグナムのつむじ辺りに冷たい感触が走る。
「はあッ!!」
上を見ると、バルディッシュを構えたフェイトが先回りし、振動する刃をシグナムへと斬り付けようとする。
ガキン!!
「!?」
「·······」
「鞘!?」
フェイトの表情が驚愕に染まる。
鞭状態ではその威力を殺せないと悟ったシグナムは鞘を代用して防いでみせる。
シグナムは右足を軽く振るい、それこそ蝿でも叩き落とすように、フェイトの顔面へ飛び蹴りを喰らわす。
「ッ!!」
『Plasma Lancer』
かろうじて顔面に防御壁を張っていたフェイトはその攻撃を防ぐ。地面へと飛ばされたことで受け身を取る前にバルディッシュに集結させた魔力を放ち、そのまま鋭い槍と化してシグナムへものすごい速度で向かっていく。
ドオン!! と爆炎が撒き散る。
フェイトは体勢を整えて無事着地すると、バルディッシュを鎌から斧状態のアサルトフォームへと変える。
そして落下してきたシグナムへデバイスを向ける。
フェイトとシグナムは静かに対峙する。
砂塵が二人の周囲を舞い、展開された魔方陣が足元を回転する。
「プラズマ────ッ!!」
「飛竜─────ッ!!」
互いにカートリッジを一つ装填し魔力を圧縮させると、それらを同時に放つ。
「スマッシャーッ!!」
「一閃ッ!!」
フェイトは左手の上に集めた帯電した魔力の渦を放ち、シグナムは鞘に収めた状態から抜刀して繰り出すと同時に連結刃が展開し、魔力の波動を撃ち出す。
二つの渦が混じり合い、それは巨大なハリケーンとなって砂漠の中心を噴き上げる。互角の威力に相殺に相殺を加えた一撃で逃がす所がなくなった両者の攻撃は、交差した瞬間に莫大な被害を生み出した。
その上昇気流に流されるまま、フェイトとシグナムは滞空して再度ぶつかり合う。
「「ハアァァァァアアアアッ!!!!」」
無傷では済まなかった。
カートリッジを何弾も消費しぶつかり合った代償は凄まじかった。
シグナムは左腕に傷を負い、血が砂漠へと滴る。
フェイトも傷を負い、左足に力が入りづらくなっている。
お互い距離を取り、様子を窺いながら得物を構える。
(ここに来て、なお早い。目で負えない攻撃が出てきた。早めに決めないと、まずいな)
(強い·····ッ!! クロスレンジもミドルレンジも圧倒されっぱなしだ! 今はスピードで誤魔化してるだけ、まともに喰らったら叩き潰されるッ!!)
(シュツルムファルケン······当てられるか?)
(ソニックフォーム······やるしかないかな?)
互いに追い詰められた。
その技を当てなければ窮地に追い込まれ、そして撃墜させられる可能性がある。
ならば、
温存していた切り札を出しきるしかない。
「えあッ!!」
「はあッ!!」
だが結局それらが出されることはなかった。
どすっ、と。
感触というより、まず鈍い音があった。
「が·······ッ!?」
「な!?」
胸の中心に、容赦なく一発。突き刺さっているのは何だ? 錐や刃とも違う。どう見ても、それは『手』だった。ひょっとしたら、痕跡を残さないために敢えて手袋をしているのかもしれないが。
それよりも、まず持ち主。
至近、吐息の熱までハッキリと伝わる距離まで踏み込んできた相手は、大昔の忍者や迷彩で風景に溶け込んだ暗殺部隊ではない。むしろ、自身を象徴しているようにも見えた。
『白い仮面の男』
先日、シャマルを助けたという謎の男。
「ア、アァァァアアアアッ!!!??」
「貴様───ッ!!」
「さあ」
「!?」
「奪え」
力を抜き取るように射し込まれた掌から出てきたのは『金色の球体』。それはまさしく、体から全ての力を奪われたフェイトのリンカーコア。
仮面の男は静かにシグナムに蒐集するように告げる。
「······ッ!!」
仮面の男の意図がわからなかったシグナムはそれに躊躇うも、それを見兼ねた男は首を振り、
「全く······世話が焼ける」
と、男はフェイトに射し込んだ手の反対側の手を空中に翳すと、そこから見覚えのある『魔導書』が現れた。
「ッ!? な、何故!? 何故貴様がそれをッ!?」
そこにあったのは、我等の主しか持つことが許されないはずの『闇の書』。いきなり現れたことに続いて更に自分達の命よりも大事な魔導書が謎の男の手にあることに驚愕に染まるシグナム。
そんな彼女の言葉を無視して、男はフェイトのリンカーコアを『闇の書』に蒐集させる。ページはどんどんと埋まっていき、二十を越えた所で蒐集は終わった。
そして『闇の書』をシグナムの方へと向かわせる。
「これでまた、完全へと近付いた」
「貴様、何故貴様が『闇の書』を持っている!? ヴィータに預けていたはずだッ!!」
「拝借した、それだけだ」
「ッ!?」
「心配せずとも、仲間は無事だ。それよりも『闇の書』の完成を急げ。それがお前達の目的のはずだ」
「·······くッ!!」
シグナムは歯軋りするようにして乱暴に闇の書を手に取る。シグナムは宿敵のフェイトに顔を向ける。バッタリと倒れた彼女は、口を開けたまま定まらない呼吸を続けている。汗が全身から噴き出しており、唇は動いているのだがそれでもそれがやっとな感じだ。
指一本動かせない、歯噛みするシグナムはまるで時間が止まったような状況の中、
ドオォンッ!! という甲高い音が炸裂した。
いきなりシグナムの視界の外から、『何か』衝撃が飛んできたのだ。
シグナムがそちらを見る前に、『青黒い光』が空を切った。その正体は『未知なる力』。そこにいる誰もがその力について理解できない謎の光は、コンクリートを削り取るほどの勢いで仮面の男の顔目掛けて襲いかかる。
ゴッ!! という鈍い音が響いた。
「ごぶぁ!?」
突発的に横合いから殴り飛ばされた仮面の男はフェイトから引き剥がされ、砂漠の上をゴロゴロと転がっていった。打撃を受けた顔面と、紙ヤスリのような砂に擦った手足がヒリヒリと痛む。
「ふん!!」
「!?」
複雑な軌道を描くナイフの動きを連想される行動に目が追い付かず、仮面の男は左頬を蹴られ、更に二度、三度と拳が顔面へ襲いかかる。
「お前はいつもいつも······」
拳を放った本人の体内で、歪んだ熱が暴走する。
噛み締めた奥歯が、そのまま砕けてしまいそうになる。
「人の命を────────」
彼は、右の拳を硬く握り締めて、
自分自身の『敵』を見据えて、
「弄ぶのも、大概にしろよッ!!」
歯を食い縛る少年の拳は、まさに鋼鉄を破壊するほどの威力を秘めていた。