呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第十四章

 

 

現地に赴いた高町なのはは例の赤服の少女と対峙していた。

 

 

『例の白服······高町なんとか!!』

 

『なッ!? なのはだってばッ!! な・の・はッ!!』

 

 

自分の名前をきちんと覚えてもらえず思わず目を点にしてツッコむなのは。彼女は呆れたようにため息をついて、そして気を取り直して話しかける。

 

 

『ヴィータちゃん、やっぱりお話聞かせてもらうわけにはいかない? もしかしたらだけど、手伝えることとか、あるかもしれないよ?』

 

『!?』

 

 

その言葉に、ヴィータは一瞬揺らぐ。だが目付きを鋭くして黙るように叫ぶ。

 

 

『うるせぇッ!! 管理局の人間の言う事なんざ信用できるかッ!!』

 

『私、管理局の人じゃないもの。民間協力者』

 

 

まるでなのはは迷子になった子供を慰めるような優しい声色で、抱くのを待っているかのように両手を広げてみせる。良く見たら、彼女の手には武器がない。彼女の愛機は首元にかけられ、待機状態のまま見守っていた。

 

先日、ヴィータ自身が言っていた言葉。

 

和平の使者は槍を持たない。

 

ならばその通りに警戒させぬように丸腰で話しかけるなのはは、敵対を望んでいない。むしろ、協力できるなら協力したいと思っていた。

 

 

「·······」

 

 

虎杖は、そんな彼女を黙って見守っていた。

 

 

「『闇の書』はね、その性質から一度蒐集した相手からもう一度取ることはできないの。もう取ってるデータを上書きするだけだから、ページは増やせない。だから、なのはちゃんになら任せられるって思ってたんだけど······厳しいかな」

 

 

エイミィが現状を分析しながら虎杖に説明する。

 

彼女はコンピューターの一台に向かい、その背後で静かに見守っている虎杖は、自然と二人の行動を目で追った。映っているのは会話を求めているなのはと、それを警戒するヴィータだ。その他にも、フェイトとシグナム、アルフとザフィーラが他のウィンドウで表示されているが、一番注目すべきなのは今現在捜索対象である『闇の書』を抱えているヴィータだ。

 

エイミィの説明に大雑把に感じた感想としては、

 

 

「なあ、それならむしろ逃げられる可能性の方が高いんじゃねぇ?」

 

 

言霊って知ってるかな? 

 

虎杖がそれを口にしたせいなのか、ヴィータは予想通りの行動を取る。

 

 

『ぶっ倒すのは·······また今度だ!!』

 

 

画面に映るヴィータはアイゼンを構えると、魔法陣を展開させて左手に赤い魔力を収束させる。

 

 

『吼えろ! グラーフアイゼン!!』

 

『Eisengeheu』

 

 

それは攻撃魔法ではなかった。

 

近接戦闘や人質救出作戦、さらには暴動鎮圧等に用いられるフラッシュバンのように、大音量や閃光を発する非致死性兵器としての効果を持っていた。

 

彼女の手に持つハンマーがその収束された魔力の塊を叩くと、それを放射するように周囲に閃光が走る。

 

 

『ッ!?』 

 

 

画面がその音量に耐えきれずに振動する。エイミィも現場にいるなのはと同じくつい耳を押さえるが、虎杖は片目を閉じただけで最後まで目を離さなかった。

 

そして閃光が収まると、ヴィータは既になのはから数キロ先まで逃げていた。

 

次元転送で逃げるつもりらしい。彼女はまた魔法陣を展開させると、脱出の準備に取りかかる。

 

 

『Buster mode ”Drive ignition“』

 

 

だがなのはがそうはさせまいとレイジングハートの形態を砲撃特化のバスターモードに変化させ、魔力を収束させていた。

 

ターゲットを絞り、遥か遠くにいるヴィータに狙いを定めて、

 

 

『行くよ! 久しぶりの長距離砲撃!!』

 

『Lode cartridge』

 

 

レイジングハートは主の命令に従い、カートリッジを二発ほどロードさせて足元に魔法陣を展開させる。そして杖先に魔法を収束させ、撃墜するための発射体勢に備える。

 

それを見たエイミィが目を見開く。

 

 

「嘘!? あんな距離から撃つつもり!?」 

 

 

どんなプロのスナイパーでさえ狙うのが難しいほどの距離から魔砲を放つつもりのなのは。確かにエイミィの言う通り、数キロ離れたヴィータを撃墜するのは至難の技かもしれない。

 

だが、高町なのはにはそれができる。

 

頼れる相棒、レイジングハートとならそれができる。

 

たとえどんなに離れていても、彼女の持つ底知れぬ大魔力があれば、魔法の激流に呑み込んで撃墜することが可能だ。

 

 

『Divine Buster Extension』

 

『ディバイィィィン······バスタァァァアッ!!』

 

 

景色が歪んだ。

 

空間そのものの壁をぶち抜く勢いで、数キロ先にいるヴィータをただただ力業でもって容赦なく抉り飛ばしていく。

 

まるで雷のように、一瞬遅れて轟音が鳴り響いた。耳元で巻き起こる空気を破る衝撃波に、思わず画面越しに見ていたエイミィもよろめく。

 

ズドン!! という爆発音は一瞬遅れて激突した。

 

爆炎が彼女の周囲を覆う。

 

ディバインバスターを放ったレイジングハートは、過熱を逃がすために杖先の後ろから熱を帯びた煙が排出される。

 

 

『It’s a direct hit』

 

『ちょっと、やりすぎた?』

 

『Don’t worry』

 

 

避ける、なんて事ができるはずない。何せ相手は音速の壁を越えるほどの威力で放ったのだから、謂わば光の速さで落ちる雷を目で追って避けろと言うのと同じだ。

 

だが、

 

爆炎が晴れるに連れ、ヴィータの姿が明確になっていく。とっさに顔面を庇うように差し出した左手に激突したディバインバスターは、ヴィータの手には届いていなかった。

 

むしろ、

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『え!?』

 

 

なのはが驚く。

 

周囲に飛び散った高圧魔力は非殺傷設定にしていなければ蒸発するほどの威力だった。にも関わらず、直撃を受けたヴィータは火傷一つ負っていない。

 

しかし、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『·····アンタは?』

 

 

仮面の男はヴィータの呼び掛けに応じなかった。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『な、何すん────』

 

『蒐集は任せろ』

 

『!?』

 

『今お前の仲間が良い獲物と対峙している。蒐集を終えたら、そいつに返す。お前は撤退しろ』

 

『ふ、ふざけんな!! 知らねぇ奴を信用できるわけ───ッ!!』

 

『なら、こうするまでだ』

 

 

そう言うと男は空いていた手をヴィータに向けると、彼女の周囲に魔法陣が展開されて拘束魔法を発動した。

 

 

『な!?』

 

『心配するな。安全な世界に飛ばすだけだ』

 

 

何かを企んでいるようだが、目の前にいる正義の味方がそれを見逃すはずがない。

 

なのはがレイジングハートに再び魔力を収束させ、

 

 

『ディバイィィィン────ッ!!』

 

 

しかし呪文は途中で途切れた。異変はレイジングハートが教えてくれた。

 

 

『Master!』

 

 

それでも警告するのには遅すぎた。既に魔法は発動していた。なのはの周囲をリング状の拘束が展開され、それは急速に縮まり彼女の体に巻き付いた。

 

 

『ッ!? バインド!? そんなッ!? あんな距離から、一瞬でッ!?』

 

 

男の力に圧倒されるなのは。数キロはある距離から魔法を発動させるなんて、並大抵の魔導師でも難しいからだ。

 

 

『う、ううッ!!』

 

 

魔法陣を展開させて肉体強化して無理やり引きちぎると、すぐさまデバイスを構える。

 

が、

 

なのはは周囲を見回したが、もうヴィータも謎の男も、どこにも存在しなかった。

 

 

『Sorry master』

 

『ううん·······私の油断だよ』

 

「「··············」」

 

 

それらを一部始終見ていたエイミィ達。

 

逃がしてしまったことを悔いてキーボードに倒れ伏しているエイミィだったが、

 

 

再び、断続的に赤い警告色が部屋中を照らし出す。

 

 

ほんの数秒で、すでに仮面の男は別世界に移動し、なんとフェイトの元まで到達していた。画面のあちこちから被害報告やら増援要求などの通信メールが入るが、いちいちそんなのに答える暇なんてない。

 

だからこそ、

 

少年は何も言わず転送装置へと歩いていく。

 

 

「ちょっ!? 虎杖君!? どこへ行く気ッ!? 勝手な行動は許可されて────ッ!!」

 

「·······」

 

 

虎杖は息を吐いて応答する。

 

たったそれだけで、エイミィは黙ってしまう。

 

それほどの恐怖が背筋を通りすぎたからだ。虎杖は振り返りもせず、そのまま転送装置へと足を乗せる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お前はいつもいつも······」

 

 

落雷のような虎杖の怒号に、シグナムと仮面の男は言葉が詰まった。

 

 

「人の命を弄ぶのも、大概にしろよッ!!」

 

 

まるで信じられないものを見るかのように、シグナムは虎杖の後ろ姿を見た。何か、生まれて一度も怒られたことのないまま育ってきた子供のように萎縮していた。

 

 

「ッ!!」

 

 

シグナムの背骨が瞬間冷凍したような寒気を訴えた。あれはもう、人間を相手にするものの背格好じゃない。

 

明らかな敵意。

 

一般人が持つものとは違う異質のオーラ。

 

肺が焼けるような砂漠の熱気を全て吸い取ったような、絶大なる敵意。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

少年は仮面の男のみを睨み付けていた。シグナムなんて眼中にないほどに。

 

仮面の男はよろよろと立ち上がると、また衝撃を受ける。

 

ゴン!! と。

 

彼の未知なる拳が仮面の男の皮膚を削り取り、頭蓋骨を揺さぶった。

 

 

「が·······ぃ······ッ!?」

 

 

予想外の一撃に、男の脳が余計にショックを受ける。グラグラと揺れる意識に、虎杖悠仁の声が届く。

 

 

「お前、人の友達に手を出したんだ」

 

 

虎杖は右の拳を握る。

 

いかにも怒り狂ったような、人を見下す声。

 

 

「覚悟はできてるよな?」

 

「ッ!!」

 

 

仮面の男は、這いつくばったまま声を出す。

 

 

「魔導師でもなんでもない、部外者である、お前が────!!」

 

 

自分の間近で······言い換えれば無防備に接近し、こちらを見下ろしている虎杖を、男は地面に体を押し付けた状態で睨み付ける。

 

わずかに渇いた喉を震わせて、

 

 

「一々······介入してくるなッ!!」

 

 

仮面の男は魔力で強化した足を制御し、バネのように地面から飛び上がった。そのままがむしゃらに腕を振るう。せめて体のどこかに魔力で強化した殺傷設定にしてある魔法を叩き込めれば、それは例外なく人を死に至らしめる。

 

虎杖は決して男を侮ってるわけではない。

 

むしろ警戒心を剥き出しにしてる状態だ。高町なのはのあの滅茶苦茶な魔法を目の当たりにしただけでも、その恐ろしさは骨身に染みている。

 

だが、

 

そんな異端技術では埋まらない実力差が、両者にはある。

 

ガガン! と虎杖の拳が妙な音を放つ。

 

上から下へ金槌を振り下ろすような一撃。その攻撃は、人間離れした身体能力に通常遅れることのない速度の『呪力』が遅れることで生まれる、彼の悪癖。彼は本来ならこれで満足しない。だが、相手が人間である以上、命を取るまではしない。少なくとも、『半殺し』にする程度までだ。

 

魔法を使う者に長けている魔導師達には、何が起こったのかすらわからず混乱するだろう。

 

威力も充分。

 

こいつは、『その程度の敵』。

 

故に虎杖は、悪癖を意図的に解放する。

 

頭を強打された仮面の男は、また砂まみれの地面へ倒れ込む。

 

だが倒れる暇すら与えない。虎杖は仮面の男の襟を掴むと強引に起き上がらせ、再び擂り潰すような鈍い音を響かせる。ハンマーのように、派手で重たい一撃。流石に鼻にもらえば視界が揺れるだろうが、かといって意識を奪われるようなものではない。

 

しかし、

 

痛みによってわずかに動きを止めた仮面の男へ、更に速い連撃が襲った。

 

顔、胸、肩、腹、そしてまた顔、顔、顔。

 

虎杖は仮面の男が腕を振れば後ろへ下がり、それを追おうとすれば逆に距離を詰めて攻撃してくる。

 

 

「くッ!?」

 

「ふんッ!!」

 

 

虎杖の叫び声と共に、ゴン! という衝撃が仮面の男の頭を揺らした。男はひとまず後ろへ下がろうとする。虎杖は更に大きく前へ踏み込み、続けて顔面にもう一度拳を放った。

 

男は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

むしろ、()()()()()()()()()()

 

基礎中の基礎だけを身につけていても、一対一の近接戦闘が大得意な虎杖には敵うわけがない。

 

よって結果は明らかだった。

 

虎杖に殴られ、叩かれ、潰され、仮面の男が砂に滑って落ちる。魔力で肉体を強化してそれらしい構えを取っても、仮面の男に扱える武術はない。

 

故に、全力の一撃を放っても飛んできた拳を押し返すように、虎杖の拳がぶつかる。そこからまた発生する二重の衝撃。弾かれてしまった手を上にあげてしまい、がら空きになった腹に拳が叩き込まれる。肉体強化をしているおかげで、辛うじて受け切っている男の体。だが、虎杖の一撃が重すぎて反撃する隙もない。

 

────このままでは堕とされる。

 

腹の痛みに悶絶するように膝をつく仮面の男、そのまま地面に倒れ込むと、虎杖はそこへ全体重を乗せた足を突き込んだ。

 

太い杭を、金槌で打ち込むように。

 

ゴン!! という轟音が炸裂する。虎杖はもはや無言で仮面の男を一方的に砕いていた。たとえ可哀想な状況であろうとも、その眼光だけは決して揺るがない。

 

助けるために、少女の、友達のことを傷つけた報いを受けさせるために。

 

彼の心は決して揺るがない。

 

 

「うぉぉぉおおおおらぁあッ!!」

 

 

息切れ一つせず、執念深く攻撃を続ける虎杖。

 

そこへ、

 

 

ガシッ! と。

 

 

何者かの手が虎杖の足を掴む。

 

 

「アァッ!?」

 

 

怒り狂ったような声で返すも、その掴んだ小さな手は離さない。むしろ、そんな虎杖を鎮めるように、

 

 

「もう、やめて······悠仁」

 

「!?」

 

 

もう弱りきっている少女の渇いた声。

 

それを合図に、虎杖の喉元まで迫っていた声がピタリと止まる。

 

 

「これ、以上、痛め、つけない、で。悠仁は、人殺し、に、なっちゃ、ダメ·······」

 

 

小さな少女は、状況を理解していないのではない。虎杖がどんなに優しいか知ってるからこそ、これ以上はやめさせるように、その華奢な手を差し伸べる。

 

 

「私は、大丈夫、だよ? だから、もう、やめ、て······」

 

「······ッ!!」

 

 

虎杖の表情が歪む。

 

そのまま虎杖を静止させた少女、フェイトは力が尽きて気を失った。

 

そしてようやく、自分の行いの間違いに気づいたようだ。

 

そうだ。

 

こんなことをしても意味がない。自分の役割を思い出せ。虎杖悠仁は人を殺すためにその拳を振るっていいわけがない。むしろこの力は人を助けるためのものだ。

 

それに誓ったではないか、祖父の遺言を。

 

『人を助けろ』

 

それとは真逆の行動をしていることを、自覚したようだ。

 

虎杖は返事をしない。

 

フェイトも、それに対して何も告げない。それでも、フェイトは安堵したような表情を浮かべていた。虎杖が、これ以上は傷つけないとわかっていたからだ。だからこそ、その戦意が削がれるのは必然だった。

 

 

ドゴォッ!! と虎杖の胸部から轟音が響いた。

 

 

最初の右拳でガードされることを予想して胸部を狙い、相手の腕を固定した状態から続く左アッパーで、まずはガードに使った腕を確実に粉砕する禁じ手を放つ。そして同時に虎杖の足を砕くために、思い切り靴底が叩き込まれる。腕と足、その両方を一息で行動不能にまで陥らせた戦術に、虎杖は目を見開いていた。

 

明らかに、今まで戦っていた奴とは別の相手。

 

実際、顔面を殴られてグルリと回転して吹き飛ばされた虎杖の背後には、仮面の男が砂漠の地面に蠢いていた。

 

だから、こいつは別人だ。

 

()()()()()()()()()』が、虎杖を襲ったのだ。

 

 

「が、ああ!?」

 

 

虎杖の体が左側へ勢い良く転がる。

 

だがそんな時間はない。

 

虎杖は続くもう一人の仮面の男の踏み潰しを、横っ飛びに避ける。そのまま虎杖は立ち上がらず、地面に四股を張り付けると、そのまま獣のように仮面の男へ飛びかかった。あくまで近距離ならば、立ち上がり、走り出すモーションを短縮できるからだ。

 

そして足首目掛けてスライディングの蹴りを放とうとした瞬間、仮面の男は完全にホールドされる寸前だった足首を支点とするように、勢い良く身を回した。

 

反対側の自由な足で、虎杖の顔面を横からハンマーのように蹴り飛ばす。

 

 

「ぶっ!?」

 

 

横凪ぎに蹴られた虎杖はそのまま砂の上を滑り、口の中に血の味が混じる。

 

 

(く、そ!!)

 

 

倒れた虎杖は、のろのろと起き上がる。

 

彼は唇に溜まった血を手で拭いながら、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お前に構ってる暇はない。さっさと退却させてもらう」

 

 

仮面の男はもう一人の仮面の男を気遣うように視線を向け頷くと、意図を察したように地面に倒れていた仮面の男も頷く。

 

視線は、いつの間にか凍りついていた。

 

虎杖は血をペッと吐き出すと、そうはさせまいと走り出していた。

 

 

「逃がすかよ!!」

 

「遅い」

 

 

後ろに待機していた、虎杖が一方的に痛めつけていた仮面の男の言葉と同時、巨大な青白い鉄柱が氷細工のように砕け散った。

 

幾千幾万幾億と化した鋭い破片の嵐が、雨のように降り注いでくる。

 

それはまるで、フェイトをも巻き添えにするかのように。

 

 

「!? まず·······ッ!!」

 

 

虎杖は気付いたらフェイトの上に覆い被さっていた。

 

そして無数の破片が虎杖の背中を突き刺し、激痛に体が強張る。

 

なんなら、手の甲にまで刺さってる始末だ。

 

フェイトには辛うじて届いていないが、鋭い破片が手や足を貫通して地面に固定され、虎杖は動けなかった。

 

虎杖が今まで殴っていた方の仮面の男は、魔法に特化した相手だった。仮面の男は発動した魔法の惨状をざっと眺める。

 

 

「これで、しばらく動けないはずだ」

 

「今のうちに退却するぞ」

 

 

と、同じ声、同じ姿をした仮面の男はまるで一人芝居をしているかのように言葉を交わす。一応犠牲を最小限に抑えるよう配慮してあるが、手段は選んでいられなかった。

 

だが、仮面の男達の表情が訝しげなものに変わった。

 

顔の動きとしては眉がほんの少し動いただけだが、たったそれだけの変化が、内面の感情を存分に引き出していた。

 

────立ち上がっている。

 

あれだけの無数の破片を浴びておきながら。

 

まだ貫通した破片は虎杖の身体を穴だらけにしている。だが痛みを無視するかのように、虎杖は破片を無理やり引き抜いた。手に刺さっている破片も、足に刺さっている破片も引き抜いて、血だらけの身体で立っていた。

 

虎杖は血で染まった手を拭いながら、

 

 

「言ったよな·······逃がさねぇって!!」

 

 

声に、仮面の男達はギョッとした。

 

殺傷設定にしていても、命を取るまでには届かなかった『敵』は、いまだ死なずそこにいた。

 

 

「死に損ないが」

 

「だが構ってる時間はない、もう終わらせる」

 

 

そう言って仮面の男の一人がカードを取り出すと、それを虚空へ消え失せさせ、魔法を発動する。

 

今でも立っているのがやっとのはずの虎杖の身体に、無数の破片が降り注いだ。

 

それでも、ボロボロになった虎杖は歩いてくる。痛みなんて感じないかのように。しかし、膨大な魔法の数にあっという間に灰色の粉塵がカーテンのように舞い上がる。

 

視界を潰した今がチャンスだ。

 

 

「退くぞ」

 

「ああ」

 

 

声に、二人は頷いた。

 

そのまま二人は魔法陣を展開させて次元転送される。シグナムの姿は既にない。いつの間にか戦線離脱したようである。

 

粉塵のカーテンが晴れる。

 

 

「はぁ·······はぁ·······ッ!!」

 

 

あれだけの猛攻をも耐えていた虎杖は、しかしもう限界であった。

 

虎杖は血まみれの体のまま、フェイトに近づいていった。そして倒れ込むようにして転がり、フェイトの手に持つバルディッシュに語りかける。

 

 

「なぁ·······助けを呼んであげてくれ。大至急」

 

『Yes sir』

 

 

それを聞いて、起き上がろうとしたが全身に激痛が走った。

 

思わずのたうち回ろうとしたが、ようやくそれだけの体力がないことに気がつく。

 

体が冷たく、重い。

 

息を吸っても、思ったように酸素が入ってこない。

 

 

「はぁ······くそッ!」

 

 

虎杖はそれでも意識は保っていた。

 

ギリギリの中、助けがくるまでフェイトから目を離さないように。血管の千切れた部分から、無駄に血液が溢れないように気を配りながら、

 

 

「頼むから、早く来てくれ~·······」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

お坊さんが着ているような袈裟を身に纏った男は、どこにでもあるようなありきたりなスマートフォンに話しかけていた。 

 

どこかのキャンプ場、その近くにある小屋。

 

今は夜になる時間も早く、人工の光が少ないその場には綺麗な夜空が広がっているが一瞥もくれない。

 

特に興味がないから。

 

理由はそれだけだった。

 

 

「うん、確かに。これで君との『縛り』は果たされたね」 

 

『ならさっさと治しに来い·······下衆』

 

 

袈裟の男は誰が持っていたのかもわからないスマホから聞こえる声に向かって、ゆっくりと言った。

 

男は少しだけ黙り、それから返答する。

 

 

「なんでそう焦るかな〜、こっちにも事情があるのに。別に君はもうこれで用済みだから治しに行かな〜い············って言ってるわけじゃないんだからさ、もうちょっと待っててほしいものだね」

 

『“京都校の人間には手を出さない”、その縛りを先に破った貴様らの事情なんてどうでもいい。ちゃんと俺は最後の仕事をやり遂げたぞ··············【()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】というな。縛りを破られたのにやってやった俺にはそれ相応の対価があっても良いはずだが?』

 

 

『縛り』の対価。 

 

呪術師と呪詛師の歪な関係を築く理由は、そこにあるようだった。

 

 

『追加で依頼された今回の仕事も断っても良かったんだぞ? だが、俺は従った。特級呪物の正体も聞かずに探してやって、それを京都校の生徒の一人に教えてやった。あとはそれで東京校側にも情報が共有される············リスクのある仕事だったんだぞ。今俺が内通者だとバレれば、お前達にとっても都合が悪かったはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? お前らも?』

 

「確かに。だから君にしか頼めなかった。そのことには感謝してるけど、本来の予定では君を治すのは渋谷ハロウィン後だったわけだからさ、もう少しだけでも待って────」

 

『なるほど────』

 

「ん?」

 

『思った通りに計画が進んでいないということか?』

 

「··············」

 

 

袈裟の男は、ようやく窓の外にある星空を見上げて、薄く薄く微笑んだ。

 

世界をより素晴らしい方向へと変化させて、自らが思い描く混沌の世にする事よりも、こういう勘が鋭い奴がいるだけでまだまだ退屈することはなくて、世の中まだまだ捨てたものではないとでも言っているかのような表情だった。

 

 

『期限は一◯月一九日までだ。それまでに来なかった場合、お前達の計画を全て高専に晒す。今回の件でもうすでに勘付かれてるんだ、手遅れになる前に来たほうが身の為だぞ』

 

 

ブツンッ! と。

 

それだけを言い残して一方的に切った電話の相手は、相当焦っているようだった。

 

今回の件。

 

それはおそらく自分が依頼した仕事のことだろう。

 

『彼』には、呪術高専の内部の情報を定期的に共有してもらっていた。特級呪物である『宿儺の指』の回収を確実に成功させるためだ。

 

宿儺の器、虎杖悠仁に一◯本もの指を一気に取り込ませて、一時的に肉体の主導権を移させて目覚めさせる計画。

 

目覚めている間に、肉体の主導権を永劫に得るための『縛り』を作らせる。

 

そう、『()()』には伝えてある。

 

だが、宿儺は自分達が何かをする前に、自力で肉体を手に入れる策を思い付いていることだろう。

 

それがなんなのかはわからない。だがあの狡猾さは、自分でも引くほどに優れている。他者間との『縛り』を結ぶのは簡単なことではない。

 

他者間との縛りを科す際のコツ、それは相手側に抜け穴があることを悟らせないようにすること。

 

例えば、『掃除をしろ』みたいな条件を提示したとしよう。もちろん、そんな条件を提示された側は従うしかないが、それだけでは足りない。いつ何時何分何秒地球が何回まわったとき、みたいにより明確に言わなければ、相手側はその条件の抜け穴を見つけてちゃんと縛りを果たさなくなる。

 

『死んでしまった大切なあの人に会いたい』みたいな場合は遺影のような生前に撮った写真を持ってきたり、『恋人との記憶を綺麗さっぱり忘れたい』みたいな場合はそう願った本人の命を奪って未来永劫思い出せなくしたりなど。

 

縛りを明確にしないと、相手は都合の良いように勝手な歪んだ解釈をして叶えてくる可能性がある。

 

 

「────そういう意味では、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

袈裟の男は懐から『菱形の水晶』のようなものを取り出した。

 

虎杖悠仁が回収に向かい、消える原因にもなった特級呪物と同じもの。今はもう力を失っているため発動させることは出来ないが、次元干渉型のエネルギー結晶体であるこの呪物は流し込まれた力を媒体として、世界を破壊するほどの大地震を引き起こすことのある危険物だ。

 

歪められるとはいえ、願いを叶えてくれる万能の願望機であり、世界を破滅させるほどの過ぎた代物。

 

ある意味純粋で、ある意味凶悪。

 

あの時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが時を超えて発動し、自分にとって『息子』でもある虎杖悠仁を何処かに消してしまうなんて思ってもみなかった。

 

だが。

 

袈裟の男の顔色は変わらなかった。 

 

あるいは。

 

袈裟の男にはそれすらも興味を向ける価値がなかったのだろうか。

 

 

「全く··············あの子には手を焼かされてばかりで大変だね。あの子の『姉』が目覚めた時、ちゃんと面倒を見てあげられるのか心配になるよ」

 

 

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