そこは野原が広がる世界だった。
いったい何故自分がここにいるのかわからない。
先ほどまで自分は指示を無視してまで少女達の救援に向かっていたのではなかったか。それなのにこんなところにいるとはどういうことだ?
『ほら、可愛いわ████』
『ありがとうママ!!』
(████? ママ?)
聞き取れない名前が飛んできた。
そして疑問を挟むまでもなく、自分の口が勝手に動いた。
だが、そのことを本人は自覚していない。
それよりも目の前に広がる風景の先に、賑やかで、とても明るい話をしてくる女性の姿があった。自分と誰かがピクニックを満喫しているようであった。
静かな山の中、自分達は一匹の猫と共に大空の下で、女性が作ってきたであろうお弁当を食べ、何気ない会話を楽しんでいた。
花冠を作ってお互いの頭に乗せて笑い合い、そんな中で女性は自分にこう訊ねた。
『████? お誕生日のプレゼント······何か欲しいものある?』
『んーとねー』
自分の誕生日が近いのだろうか。
母親も父親もいなかったから、親に誕生日を祝ってもらえるだけ羨ましかった。自分は両親の顔を覚えてなく、代わりに親代わりになってくれた祖父が面倒を見てくれていた。
だからハロウィンやらクリスマスやら、誕生日パーティーまでもが唯一の祖父とでしか過ごしたことがない。
親と過ごすパーティーってどんなものなんだろうか。親からプレゼントを貰うとどんな気持ちになるんだろうか。
全ては記憶にないから────いや。
(え? じゃあ何で俺こんな会話普通にしてんの?)
そう記憶にない。
なのに。
まるで自分はこの女性に何度も誕生日を祝われたことがあるような、そんな感情が浮上してきた。
そんなはずはない。
そもそも自分はこんな女性知らない。
なのにさっきから自分の口は当たり前のように平然と動いてこの女性と話している。まさに家族のような関係の距離感で、自分はこの女性と普通に接している。
今まで疑問に思わなかったことがおかしい。
しかしそう感じる暇もなく、自分は別のことを考え始める。
プレゼントは何が欲しいか······それを考えるように空を見上げて人差し指を頬に当てると、その口からこんな言葉を吐き出していた。
『私、“妹”が欲しい!!』
『え······えぇ!?』
(はぁ!?)
自分はいったい何を言っているのだろう。
子供特有の純粋さで女性にそう言ってしまったが、無論そんなことを言われた女性は戸惑う。
もはや言った本人である自分も戸惑いのあまりつい声を上げそうになるが、口は別の言葉を紡ぐ。
『うん! 絶対に妹がいい!!』
『で、でも······』
『だって妹がいたらお留守番も寂しくないし······ママのお手伝いもいっぱいできるよ?』
『そ······それは、そうなんだけど』
(············)
何となく、だ。
傍から見ているように感じている自分にも、この女性と自分の相関図が見えてきた。
だがその前に、自分は小指を女性の方に差し出して約束させる。
『妹がいいー!! ママ!! 約束!!』
『······ふふっ』
女性の方も小指を差し出してきて、自分の小指に巻き付けてくる。
自分達は微笑みあって、そんな楽しい時間を過ごしていた。
そこで、自分はその女性の瞳に映る像に見入ってしまう。おそらくそこには自分の姿が映っているはずだ。
その姿はまるで────女の子だった。
『!?』
(!?)
二人の感情が重なった。
心地よい既視感と、言い表わせないほどの違和感の両方を覚えた。
自分の顔ではなかったのだ。
自分は凍りつき、苦痛にぎゅっと眼を閉じる。しかし、痛みは単なる頭痛でそれ以上のものではない。先ほどから現われている強烈に生々しい幻覚ほど苦痛に満ち、恐ろしく心をかき乱す。
息が乱れる。
視界がブレる。
景色が変わる。
『ようやく······君に相応しい兄弟が生まれたよ、████』
知らない別の女性。
自分に語りかけてくる女性は、別の誰かの名前を呼んで喜んでいる。
無防備な海岸に執拗に打ちつける津波のように苦痛が自分を打ちのめしたが、不屈の意志で眼をあけ、深呼吸して自分を落ち着かせる。
だが。
その後の言葉を聞いた途端、動揺のあまり強烈な吐き気が込み上げてきた。
『いつの日か、君の【姉】にも会えるといいね············虎杖悠仁』
◇◆◇◆◇◆◇
「···········ハッ!?」
虎杖悠仁はベッドで目を覚ました。
そしてやたらと消毒液の匂いが鼻につく。哀しいことに、どんなに頑丈でもひどい出血状態だったため強制的に入院させられたらしい。事件性のある患者だからなのか、他の患者がいない個室にわざわざ運ばれる辺り、もしかすると結構な厄介者なのではないか、と実は虎杖ちょっと被害妄想を考えてたりもする。
「あ! 目、覚めた?」
そう言ったのは見舞い客用に用意された椅子に座っている高町なのはだ。
虎杖は起き上がろうとしたが、体が思うように動かなかった。単に傷が深い、というのとは違う。なんだか異様な疲労感があって、全く力が入らない。疲れの芯のようなものが、全身をくまなく貫いているような感覚がある。虎杖は慣れない感覚に戸惑っていると、なのはの方はホッと肩の力を抜いてこう言った。
「動けないのも無理はないよ。全身穴だらけだったから麻酔を射たれて痛みを軽減してるんだって」
高町なのはから、あの仮面の男はどこかに逃げてしまったこと、そしてとりあえず助けに向かったフェイト・テスタロッサは駆けつけたアルフによって救助されたこと、そして死者は出てないことなどを聞いた虎杖だが、全くもって実感がない。
というか、気絶する寸前だったので、前後の記憶が抜け落ちていた。
「えっと······とりあえず、なのは?」
「え?」
「そろそろ手を離してくれるとありがてぇんだけど···············」
「え!? あ、ごめん!! 嫌だったかな!?」
「いや別に、嫌という訳じゃ」
と、なのはは無意識に虎杖の手を握っていたことに気が付き顔を赤くして両手をワタワタし始めたのだが、要はフェイトの救出はできたということでオーケーなんだろうか、と魔導師業界について何も知らない虎杖は超アバウトに状況を判断する。
「はぁ·····つか、今日何日だ? まさかまる一日寝てたとかそういうオチとかじゃねぇよな? あ、ヤバい、なんかその辺はしっかり確認しとかないとまずい気がしてきた!! 何故なら今この瞬間にも『闇の書』の完成が迫ってきて俺の回収任務が失敗に終わる気がするから!!」
「落ち着いてよ悠仁君! 大丈夫だよ、今は一二月の一二日。もうすぐ夜になるけど特に問題はないよ?」
「いやそれ聞いたら余計に心配が増幅すんだけど!? やっぱり今すぐあいつらを探しに────ッ!!」
「だから安静にしてなきゃダメなんだってばッ!?」
そう聞いてベッドから身を起こそうとする虎杖と、その肩を両手で掴んで押し留めようとするなのは。結論、二人の顔が急接近するのだが、その距離わずか五センチ弱。それでも両者共に何故か距離を離すという選択肢は頭に浮かばない。二人とも起き上がるか寝かせるかで戦いあっているのだから。
「あら、間が悪かったかしら?」
その声に促されるようにそちらを見れば、病室の出入口近辺で呆然と立ち尽くしているリンディ提督。そんな彼女の手にはお見舞い用に持ってきてくれたであろう果物が入った籠に丁寧に包まれた花があった。
何故か急激に今すぐナースコールを押したい。
「あ、私のことは気にせずに続けてもらっても───」
「違うから。何を考えてるのかわからないけどそんなこと一ミリもないから」
「冗談よ。あ、なのはさん? 悪いんだけどこのお花にお水をあげたいから花瓶に水を入れてきてくれるかしら?」
「あ、はい! 今すぐ行ってきます!!」
入れ替わるようにリンディはなのはに花を渡すと水を入れに部屋を出ていく。そうしてリンディは椅子に座ると、器用にフルーツナイフでリンゴの皮を剥き始めた。受け皿に長く伸ばしたリンゴの皮が落ちていくのを確認しながら、リンディは話し出す。
「フェイトさんは、リンカーコアにひどいダメージを受けているけど、命に別状はないそうよ」
「そっか、良かった」
「アースラが稼働していたおかげで、なのはさんの時以上に救援が早かったからすぐに治療できたの。虎杖君もね」
「ウス、ありがとうございます」
「でも、流石に今回の行動は見過ごせないわね」
「え?」
「だって貴方、指揮代行のエイミィの指示を無視して勝手に現地に赴いたそうじゃない。それに加え重傷を負ってまで仮面の男と戦おうとした、それは流石に看過できないわ」
「······だから説教に来たってこと?」
「いいえ、フェイトさんの命を助けてもらった相手に説教もなにもないでしょう。けど、それでも罰は受けてもらうわ」
「はい······」
罪状。
虎杖は自分の身体を見た。無数の破片が貫通した傷跡が残っている。止血はされているが、跡は残るだろう。それが逃れられぬ証拠となっている。指示を無視して現地に赴き重傷を負ったという事実は覆せない。
よって、虎杖には罰が課せられる。どんなに重たいものでも受け止める覚悟でいる虎杖に、リンディは言う。
「しばらくは安静、医者の診断では少なくとも一週間は入院してもらいます」
「······え?」
一瞬、聞き間違えたかと思うほど、あっさりとリンディはそう言った。
「そんなに驚くことでもないでしょう。貴方はそれだけのことをしたのよ? 一週間、貴方の行動は制限される、それだけでも重い罰よ」
「·······ウス」
虎杖はそれでも軽い罪にしか思えなかった。リンディに目を合わせず、たったそれだけの罰で許されるのなら安いものだと感じてしまった。
「でもね」
そんな俯き気味の虎杖に、リンディは言った。
虎杖は顔を上げる。リンディはきっと怒っている。虎杖が勝手な行動を取ったこと、そして自分の命を省みずに重傷を負ってでも敵を相手にしようとしたこと。これに罵詈雑言を吐かない道理はない。
「良く頑張ったわね。フェイトさんを助けてくれてありがとう」
だけどリンディはそう言った。そう言って、リンディは虎杖の頭を撫でた。
「泣きたいほど痛かったはずなのに、叫びたいほど死ぬのが怖かったはずなのに、それでも貴方はフェイトさんのことを助けてくれた。だから感謝してもしきれないのよ。ありがとうの一言では済ませられないくらい」
「·······」
「でも、これだけは忘れないで? 貴方も一つの命を持ってる。他人を優先して動くことは素晴らしいことだけど、それと同時に無謀でもある。あの時貴方がいなければフェイトさんは死んでいたかもしれないけど、貴方も死ぬ危険があった。貴方がいなくなることで哀しむ人はいるはずよ。それだけは忘れないでね?」
「·······ウッス」
虎杖は申し訳なさそうに、しかしどこか満たされたような顔で、そう返した。
「まあ、あれだけの功績を残したんだもの。それ相応の礼はしなくっちゃね!!」
そう言って、リンディはポケットから何かを取り出す。
ジュエリーケース。
虎杖はそれを受け取ると、パカッと開いて中身を確かめる。
それは、この世界ではロストロギアとして認定されているもの。そして正式名称『ジュエルシード』という代物。間違いなく、虎杖があの時この世界にやって来る原因ともなった『特級呪物』。それを、リンディは虎杖に何気なく返却した。
「え!? これ───ッ!!」
何かを言う前にリンディが虎杖の唇に人差し指を押しつける。そしてもう片方の人差し指を自分の唇に持ってきて、片目を閉じてシーッとジェスチャーする。それ以上は何も言わない。リンディは切り分けたリンゴを虎杖のベッドの横に置くと、安静にねとだけ言い残して出口の方を向くと、一言もなくそのまま出ていってしまった。
何だか、虎杖は初めてリンディの笑みを見たような気がした。
そして病室のドアがノックされると、花瓶に水を入れて花を添えたなのはが戻ってきた。虎杖は慌ててジュエリーケースに入った『特級呪物』を隠す。
「どうかしたの悠仁君?」
「いや、別になんでも。それより一緒にリンゴ食べようぜ。リンディが切ってくれたんだ」
虎杖は曖昧に笑ってみせる。
たとえ目的のものが返ってきても、この世界の出来事を見過ごすことはできない。でも、今はこれで良い、と思う。一人の少女を助けることができたんだから、それで良い。
今は、良い。
今は。
◇◆◇◆◇◆◇
「助けてもらった·····ってことで、いいのよね?」
「少なくとも、奴らが闇の書の完成を望んでいるのは確かだ」
「完成した闇の書を利用しようとしているのかもしれんが······」
「あり得ねぇッ!!」
床に座っていたヴィータが声を荒げながら立ち上がる。
「だって完成した闇の書を奪ったって、マスター以外には使えないじゃんッ!!」
「完成した時点で、主は絶対的な力を得る。脅迫や洗脳に効果があるはずもないしな」
「まぁ、家の周りには厳重なセキュリティを張ってあるし、万が一にもはやてちゃんに危害が及ぶことはないと思うけど」
「念のためだ。シャマルはなるべく主の傍を離れん方がいいな」
「うん」
はやてが所持する『闇の書』。
『闇の書』は、はやてが生まれたときから共にあった。その関係で『闇の書』は、はやてと密接に繋がっている。抑圧された強大な魔力がリンカーコアが未成熟なはやての身体を蝕んでいる。結果、彼女は健全な肉体機能どころか生命活動さえ阻害している。
はやての身体は麻痺という形によって影響を受けていたのだ。
ならば完成させれば良い。
彼女達はそう思っていた。
闇の書は魔力を六六六ページ集めると起動する。
そして、全てのページが埋まれば主は蒐集したリンカーコアの情報から使用者の魔法をそのまま使える。それだけには留まらず、模倣し、更には使用者よりも完璧に扱うことができる。魔導師が扱う魔法はリンカーコアという魔力の源があることによって魔法を使えている。リンカーコアは魔導師にとって命と同等の価値があるのだ。それを埋めるということは、命を増やすことにも繋がる。彼女達は、そう考えていた。
だからこそ、『仮面の男』達の狙いがわからない。
『闇の書を完成させること』が奴らの目的なら、何故そんな回りくどいことをするのか?
考えられるとすれば『闇の書の力を奪い、その力を強奪する』。しかし、それは不可能なはず。何故なら闇の書はその力の性質上、主にしか使えないから。
使用権限は主にのみしかなく、たとえ洗脳しても仲間を拘束して脅迫したとしても、主が直接的な望みがなければそれは発動しない。間接的に無理やり使用しようとしても、外部のエラーアクセスとして無理やり防衛プログラムが作動し、持ち主を呑み込んで転生してしまう。主の純粋な命令しか受け付けないのだ。
だとしたら、何か別のことがあると思われる。
「ねぇ? 闇の書を完成させてさ、はやてが本当のマスターになってさ·······それではやては幸せになれるんだよね?」
ヴィータのその唐突な言葉に、他の三人は意味がわからず首を傾げている。
「なんだいきなり?」
「闇の書の主は大いなる力を得る。守護者である私達はそれを誰より知ってる筈でしょ?」
シグナムとシャマルの二人にそう説明されても、何故か違和感が拭えない。その違和感、意味のない言葉だというのは、彼女自身気付いているだろう。そして本来、そんなことを話すことではないことも。それでも彼女がそんな疑問を抱いたのは、
「そうなんだよ。そうなんだけどさ······私はなんか、なんか大事なことを忘れてる気がするんだ」
ヴィータだけでなく、仲間達は無理にその言葉を理解しようとはしなかった。
その感情はヴィータが抱いた個人的な感想。
だから深く考えても仕方ない。
と、
バタンッ!! と。
居間の天井裏から何か物凄い物音が響いた。
「「「「!?」」」」
音源は二階。
二階には現在、一人しかいない。
我等の主、八神はやてだ。
「はやて!?」
「主!?」
四人は急いではやてがいる寝室へ向かう。ドアのノックもせず無駄な手間を省くと、四人は揃って部屋の中にいるはやての安否を確認する。
そこには、ベッドから転げ落ちたはやてがいた。
胸を締め付けるような痛みに苦しみながら、必死に酸素を取り込もうと、しかし上手く吸い込めていない。膨大な汗を流し、四人の声すらも届いてない状況だった。
「はやて!? はやてッ!!」
「·······ッ!!」
「病院!! 救急車ッ!!」
「ああ!!」
「動かすなッ!! そっとしておけッ!!」
「う、うん!!」
もう限界が近付いていた。
八神はやては『闇の書の呪い』によって、真の主として目覚めようとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇
『うん、ここまででわかったことを報告しとく』
虎杖がフェイトを助けに行ってから数日経ったある日、クロノはエイミィとリーゼ・ロッテの二人と一緒に、無限書庫で目を閉じながら検索を引き続きしつつ通信を行うユーノの話を聞いていた。
『まず【闇の書】ってのは本来の名前じゃない。古い資料によれば、正式名称は【夜天の魔導書】。本来の目的は、各地の偉大な魔導師の技術を収集して、研究するために作られた主と共に旅する魔導書。破壊の力を振るうようになったのは、歴代の持ち主の誰かがプログラムを改変したからだと思う』
ユーノの言葉に続くように、一緒に調べ物をしていたリーゼ・アリアも説明する。
『ロストロギアを使って、無闇やたらに莫大な力を得ようとする輩は、今も昔もいるってことね』
『その改変のせいで、旅をする機能と、破損したデータを自動修復する機能が暴走してるんだ』
つまりはバグだ。
本来の役割が別に変化し、旅をする機能が転生をするシステムへと改変してしまったのだ。
「転生と無限再生は、それが原因か?」
「古代魔法なら、それくらいありかもね?」
クロノとロッテがそう言うと、ユーノが続ける。
『一番ひどいのは、持ち主に対する性質の変化。一定期間蒐集がないと、持ち主自身の魔力や資質を侵食し始めるし、完成したら持ち主の魔力を際限なく使わせる·······無差別破壊のために。だからこれまでの主は皆完成したらすぐに·······』
その先の言葉は言えなかった。そんなユーノの心情を察したのだろう。クロノは別の話題に切り替える。
「停止や、封印方法についての資料は?」
『それは今調べてる。だけど、完成前の停止は多分難しい』
「何故?」
『闇の書が真の主と認識した人間でないと、システムの管理者権限を使用できない。つまり·······プログラムの停止や改変ができないんだ。無理に外部から操作しようとすれば、主を吸収して転生しちゃうシステムも入ってる』
『そうなんだよねぇ』
アリアが補助するように話す。
『だから、
ここまででわかったこと。
本来の名は『夜天の魔導書』。
『夜天の魔導書』は主と共に旅をし、各地の偉大な魔導師の技術を収集し、研究することを目的として作られた収集蓄積型の超巨大ストレージデバイスであった。
しかし歴代の持ち主である誰かがプログラムの改変をしてしまったために破壊の力を使う『闇の書』へと変化してしまった。その悪意ある改変により旅をする機能が転生機能に、復元機能が無限再生機能へと変化してしまったようだ。
これらの機能があることで『闇の書』の完全破壊は不可能とされていた。
さらに『闇の書』は真の持ち主以外によるシステムへのアクセスを認めない。
無理に外部から操作をしようとすれば、防衛プログラムが作動し、持ち主を呑み込んで転生してしまう。その関係でプログラムの停止や改変もできないので完成前の封印も不可能なのだ。
「元は健全な資料本が、なんというかまぁ」
「闇の書·······『夜天の魔導書』も可哀想にね」
被害を受けていたのはむしろ主犯であった。
望まない力を強引にプログラムされたことで、健全な魔導書はエラーを起こし、破壊を生み出すための兵器へと変貌した。それだけでなく、その身勝手な誰かのせいでこれから引き継ぐであろう歴代の主達も蝕まれ、生まれながら肉体に強制された制約によって力を吸い取られ、完成と共に命を落とした。
本来ならば、人々の幸福のために作られた魔導書であったはずが、いつの間にか殺戮兵器と化してしまった。
そのことに、皆は憐れみを感じていた。
本当の被害者は当事者であったこと、強引にプログラムされて間違った行いをしていること。
それらが憐れでならない。
「調査は以上か?」
『現時点では。まだ色々調べてる。でも流石無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』
ユーノは探知探索が得意であるが故に、膨大な情報量から目的のものを探しだし、それらを調べ上げられたことに感心しているみたいだが、むしろ彼自身が凄いと思われる。
『というか私的には君が凄い。すっごい捜索能力』
ユーノの補助をしているアリアが感嘆する。アリアだって魔法が専門だから一通り補助魔法の類いは使える。だが、クロノを執務官にまで育て上げた彼女がそれほど感心しているのだ。ユーノの補助魔法は、彼女達を追い越すほどの索敵スキルを身に付けている。
「じゃあ、すまんがもう少し頼む」
『うん』
「アリアも頼む」
『はいよ。ロッテ、後で交代ね?』
「オッケー、アリア~! 頑張ってね~!!」
報告終了。
思念通話はそこで終わった。
「ユーノ君、凄いねぇ」
「ああ、あたしも正直驚いた!!」
この短時間でそこまで調べ上げるとは、無限書庫は未だに整理がされていないところが多いというのに。本来なら班を決めて年単位で調べる作業をたった一人で目的のものを探し出したのだから、ユーノはとても優秀だと言える。
だが、いつまでもそんな余韻に浸かっている場合ではない。
クロノは次の問題の解決に取りかかる。
「エイミィ」
「ん?」
「仮面の男達の映像を」
「はいな」
クロノの指示に従いキーボードを叩いて『白い仮面の男達二人』の映像を表示させる。そこには、虎杖が一人で仮面の男達と戦っている姿が映し出される。
「何か考え事?」
「まあね·······ちょっと気になることがあって」
クロノは顎に手を当てて考え出す。虎杖の戦闘スキルも凄いが、それ以上に男達の連携も凄まじかった。
「この人達の能力も凄いというか、結構あり得ない気がするんだよねぇ。なのはちゃんの新型バスターの直撃を防御、長距離バインドをあっさり決めて、それから僅か九分後にはフェイトちゃんに気付かれずに、後ろから忍び寄って一撃。二人いたから別の人物がなのはちゃんとフェイトちゃんを襲ったっぽいけど、だとしても、虎杖君に浴びせた魔法は明らかに並大抵の魔導師が扱える技術を越えてる」
「この二人、かなりの使い手ってことになるねぇ」
「そうだな。僕でも無理だ······ロッテはどうだ?」
「あ~、ムリムリ! 私、長距離魔法とか苦手だし」
「アリアは魔法担当、ロッテはフィジカル担当で、キッチリ役割分担してるもんね?」
「そうそう!!」
「昔はそれで、ひどい目に合わされたもんだ」
「その分強くなったろ! 感謝しろっつうのッ!!」
映像解析をしつつ、三人はそんな会話を続ける。
そんな中、クロノはエイミィにこんな質問をする。
「エイミィ、虎杖の処分はどうなった?」
「うん、流石に命令無視は見過ごせないからね。一週間は謹慎処分だって」
「へぇ~そうなんだ」
すると、ロッテがそんなことを言う。何気なく淡々と言ったみたいだが、眉が怪訝に動いた気がする。
念のため、クロノはロッテに聞く。
「どうかしたのかロッテ?」
「え······? 別に何でもないよ?」
「·······」
詳しいことは確かめず、クロノはそんなロッテを見ていた。
どこか複雑そうな表情で。
◇◆◇◆◇◆◇
五条悟を始めとする伏黒恵と釘崎野薔薇の三人は、東京都郊外にある東京都立呪術高等専門学校の教室にいた。
呪術高専の敷地内は緑が多い。施設の外観は、学校というよりかはほぼ寺社仏閣で、木々の密度が相まって尚更学舎というよりかは仏像の修行地のようだ。校舎は内装もやはりというか神社的な和風な作りで、しかし慣れているものからすればここは学校だとわかるデザインになっている。
黒板が掲げられている教室は最高三十人が入れるほどに広いが、生憎ここにいる生徒は二人しかいない。一人は欠席か、あるいは行方不明か。
二人は席に着きながら、五条先生の話を聞く。
「はいはぁい! テンション上げてぇ! みんなぁーッ!!」
「「·······」」
二人は疲れてるのか、それとも両手をシュババッ、と動かしてカンフー映画のような無駄なキレッキレダンスに反応するのも億劫なのか、机に倒れ伏している。
「上げようよぉ、二人とも~」
「うるさいですよ」
「同意」
五条はそんな薄い反応に寂しそうにしている。
はい、あれから二日。虎杖悠仁君は未だに発見されておりません。だからこそ、五条はそんな寂しそうにテンションが垂れ下がっているであろう二人のクラスメイトに元気を出してもらうようにこう提案した。
「『遠足』行っくよぉ! はい! というわけでみんな急いで支度してッ!!」
「········嫌です」
「めんどい」
「いいのかなぁ~? そんなこと言って? 折角気分転換にみんなで一緒に遠足行こうって提案してあげてるのに?」
「「········」」
「それでは行き先を発表しやす!!」
とても笑っていける状況ではない感じの伏黒と釘崎。だがそんな二人を元気付けるように五条はテンション上げてポケットからスマホを取り出すと二人に目的地が表示された画面を見せつける。
だがそこに映っていたのは地図なんかではなかった。
『摧魔怨敵』と刻まれた札が貼られている箱の写真。
箱は開けられており、中身が丸見えだった。菱形の青い宝石で中にはローマ数字の『X』が刻まれていた。
「「!?」」
それを見た二人は椅子を後ろに倒す勢いで共に立ち上がる。
「はい、今日はみんなでこれを回収しに行くよ~! 現在行方不明となっている虎杖悠仁君が取りに行った物と同じものだと思われる『特級呪物』を!!」
その場の全員に緊張が走る。
あの時、虎杖が単独で回収に向かった『特級呪物』と同じもの。
それを聞いてどうするかは言うまでもない。五条は伏黒と釘崎の様子を笑って窺う。
伏黒はいつでも手の動きを正確にするように指の関節を鳴らし、釘崎は釘が大量に入ったカバンを腰に巻いてそれを打ち付けるためのトンカチを手に。
二人はそのまま頷いた。
それが合言葉のように、五条悟の後に続いて二人は教室を後にする。