呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

17 / 38
第十六章

 

 

平安の世の日本。

 

そこで二人の呪術師が話し合っていた。

 

一人は中性的な見た目をした術師、もう一人はそもそも男か女かもわからない。

 

前見た時は女の肉体で現れ、今は男の体で目の前にいる。

 

額に縫い目のある術師は、指二◯本を封印の札に巻き付けている。木の枝のように乾燥しきっており、芽のようなものが生えているものもあれば、関節部分に顔のようなものが浮かんでいるものもある。

 

自分の主の魂が封じ込められた呪物。

 

二◯にも分けなければならないほど強力な主の魂。それを手に持っている縫い目の術師は彼にこう言った。

 

 

『さて、次は君の番だよ』

 

『······················』

 

 

周囲に冷気を放っている男は愛しの主人が亡くなったことを嘆いているような表情をしているが、話し合っている術師はそんなことを一切気にしていないかのようにため息を吐く。

 

 

『別に死んだわけじゃないんだからさ······そこまで落ち込まなくても』

 

『黙れ下郎』

 

『前にも話したでしょ? 受肉っていうのは転生みたいなもので············とは言っても魂の循環ではないから憑依転生みたいなものだけどね。それでも、血も肉も違えど魂に宿った術式も記憶も感情もそのまま受け継がれる。輪廻転生なんかよりも融通が利く。でも、魂が強ければ強いほど、それ相応の器が必要となる。彼の場合は二◯本ほど分けても、たった一本で最上級の術師五◯人並みの呪力を宿しているから、受肉させる器を探すのは大変だろうね』

 

『············まさか、今更器が見つからず蘇らせられないなどとは言うまいな?』

 

『君、いつも思うけど早計すぎるよ? 誰もそんなことは言ってないでしょ?』

 

 

呆れるように首を振る術師。

 

その態度に殺意が湧くが、術師は続ける。

 

 

『確かに、彼に適合する器を探すのは骨が折れる。千年掛かっても見つからないかもしれない············なら、それほど長くかかるなら、自分で一から作ってしまえばいいって話だよ』

 

『一から作る?』

 

『たとえば、呪霊の混血児。生物学上人間には無理なことでも呪霊にはできることがたくさんある。不可能を可能にする力を持っているんだ。その力を宿した子供であれば、あるいは可能かもしれない』

 

 

でも、と術師は一拍置くと、

 

 

『まだそれは可能性。呪霊について私達は何もわかっていない。そんな状態で彼の器を作っても、彼は納得しないだろう?』

 

『············』

 

『だから時間が必要なんだ。千年もあれば、彼に適合する器なんて見つかるよ』

 

『確かだろうな?』

 

『縛りを科してるだろう? 信じてよ』

 

 

いい歳した大人がまるで子供のようだった。

 

二人の会話はまるで『ちゃんといい子にしてたら買ってあげる』『本当?』『約束するよ』みたいなレベルの馬鹿げた内容だった。

 

だが、言われてみればあの偉大な『呪いの王』が、そこらの人間の肉体に憑依できるわけがない。彼の力は凄まじいのだ。もし一人の術師の力で村一つの資源を補えるのならば、彼の場合は指一本で国一個に匹敵する。故に器を選ばなければならない。生半可な肉体では耐えきれず、取り込んだ瞬間に死に至る。

 

ならば。

 

それに見合う肉体を一から作ればいい。

 

そのために長い時間が必要なのだ。模索し続け、どうすれば彼に耐えられる肉体が手に入るか、研究に研究を重ねて見つけ出さねばならない。

 

だからその点────

 

 

『君たちの場合は器は誰でもいいんだよね、ぶっちゃけ言うとさ』

 

『············そうか』

 

『だから希望を聞いてあげてるんだ。どんな肉体が良い? なんでも良いよ、今みたいに整った面でも············あ、逆に今よりももっと漢らしい肉体でも────』

 

()()()()()()

 

 

その言葉を聞いて、縫い目の術師は目を点にする。

 

 

『ふむ·········まさか君にそんな趣味があったとは』

 

『何を勘違いしている。そもそも女か男かもわからない貴様に言われたくない』

 

『ひどっ!』

 

『·········私があの方のお側にいられることが許されたのは、()()調()()()()()()()()()()()()()。生きていく中で欠かせない食を任され、調理することを許された。今の世の中、食料を確保するもの一苦労だ。人は自分勝手なくだらない理由で争いを起こして息絶え、女も子供も流行病に侵されて調達も難しい。たとえ手に入れても、食が細すぎて味が落ちていて食えたものではないと仰られていた。あの御方は女や子供の肉を好まれていた、男よりも皮も肉も柔らかく美味なのだろう。貴様の言う未来がどうなっているのかは知らんが、もし繁栄せず衰退しているのならばあの御方は非常に餓えているはずだ。そんなことがあってはならない。ならば、私が女であればいつでもあの御方に食べていただける。そう考えたから女の肉体がいいと言ったまでだ』

 

 

彼はとにかく自分の主人に忠実だった。

 

転生しても側にいたい、そのためには自分には何ができるのか。調理だけでは物足りない。それで考えたのが女の体になるというものだった。『呪いの王』は女や子供の肉を好んではいたが、今の時代はとにかく不況で人間は栄養のあるものを食わずにすぐに死に絶える。美味なる肉はもうこの時代では手に入らない。未来がどうなっているのかは想像できないが、縫い目の術師が言うには今よりもマシになり、飽食の時代になっているからみんな長生きしているという。

 

その根拠は全くわからないが、そう言うのならそうなのだろう。

 

だが。

 

もし仮に今みたいな時代が続いていたら、彼は満足できない。

 

だからせめてもの足しとなるように、自分が女になって、舌に合うかはわからないが食べてもらえるようにと考えた結果だった。

 

その希望を聞いた縫い目の術師は手を顎に当てて考える。

 

 

『女体か·········性別が変わるのは身体の作りが違うという理由で違和感が出てくるし、男と女では肉付きが変わって呪力の流れも変わってくるからあまりオススメはできないんだけど────』

 

『なんだ、できないのか?』

 

『だから早計すぎるって! はぁ、仕方ないな········じゃあ女の体でいいんだね?』

 

『何度も言わせるな。若くて肉質も柔らかく、美麗な顔の女の体に受肉させてくれ』

 

『ほんっと、君たちってやつはもう!!』

 

 

主人も主人なら、側付きも側付きだ。

 

不満や文句を溢しておいて、こちらの親切な意見は全て無視するその態度はどちらも共通している。それでいて自分勝手な希望は問答無用で押し付けてくるし、全く困ったものだ。

 

 

『じゃ、また新しい世界で────』

 

 

縫い目の術師は契約を結んだ術師に近づいていくと、額に指を押し付けて術式を発動させる。

 

意識が遠退いていくのがわかる。

 

これで目が覚めたら、新しい世界が広がっているはずだ。

 

 

『おやすみ────“裏梅”』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「どう落とし前をつけるつもりだ?」

 

 

意味のない独り言のはずだった。

 

ここには自分以外誰もいないはずだった。

 

 

『うん、この事態は私としても予想外だけどさ。でも心配はいらないよ。計画は順調に進んでいるし、渋谷ハロウィンには間に合うようにして──────』

 

「貴様は何を勘違いしている?」

 

 

耳元で囁くような声に、女性の体に生まれ変わった彼は殺気を剥き出しにして、

 

 

「私が心配しているのはそこじゃない。宿儺様の完全復活が叶わぬことを憂いているのだ」

 

『あぁ、そういう·········』

 

 

声だけの存在の口調はこれまでどおり冷静だったが、脅しの言葉を放った彼の声色から伝わってくる感情は冷静さを装っている囚われの小鳥を思わせた。

 

宿儺の器、虎杖悠仁の喪失。

 

それはつまり、主人が復活しないということと同意義だった。

 

これでは、いくら主の魂を集めたとしても意味はない。

 

適合する器が消えてしまった、虎杖悠仁以外の肉体では宿儺の呪力に耐えきれずに死んでしまう。せっかく残りの指を探しているのに、女の体になってまでこの時代にやってきたのに、全てが水の泡だ。

 

すると。

 

声だけの存在はこう言ってきた。

 

 

『だから今高専関係者達が頑張って探してくれてるわけじゃないか。それに内通者である“彼”にも虎杖悠仁が消えた原因である特級呪物の居場所を教えてもらって、あの五条悟が向かってくれているわけだしさ。そこまで心配しなくても大丈夫じゃないかな?』

 

「もし仮に········虎杖悠仁が死んでしまった場合、あの御方の魂が四つも死んでしまうことになる。そうなった場合どうするつもりだ?」

 

『う〜ん、確証はないんだけど──────』

 

 

宙に浮いている札から聞こえてくる声はどこか自信なさげに、

 

 

『もしそうなっても大丈夫なんじゃないかな? あの人の性格上、その前に入れ替わって延命すると思うし』

 

「虎杖悠仁はあの御方を押さえ込むほどの自我がある。入れ替わる隙も見せない虎杖の自我からどうやって表に出てくると?」

 

『方法は二つ。一つは、指を一気に一◯本も取り込ませるか。もう一つは·········()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんなことが可能だと?」

 

『虎杖悠仁が死んで数秒以内に·········いや、刹那の瞬間かな? その間に入れ替われば彼は虎杖悠仁の体を乗っ取ることができて延命できると思うよ。虎杖悠仁の自我は彼を抑え込めるほどに凄まじいけど、死んでしまったら一時的にその自我は消えるわけだしね。風船みたいなものだよ。口部分が開けられて空気が抜け切ってしまう前にすぐに閉じる。その応用で入れ替わるんだ。ま、そうなったら虎杖悠仁も延命させることになるから、しばらくの間しか自由の身になれないと思うけどね』

 

「それができるという根拠は?」

 

宿()()()()()

 

 

たったそれだけ。

 

それだけなのに、納得してしまった。

 

そうだ。

 

その通りだ。

 

自分の主人が一体何者なのか忘れたか?

 

あの『呪いの王』と言われた鬼神だぞ。

 

側付きである自分がそんなことを忘れてどうする。我が主人は素晴らしい、不可能なことまで可能にする力がある。結界を閉じない領域を展開させる神業を披露させたあの御方なら、そんなことは朝飯前のはずだ。

 

そのことに今になって気が付いた彼のことを揶揄うように、声は告げてくる。

 

 

『忠誠を誓っている割には君って彼のことをあまりわかっていないんだね』

 

「·········なんだと?」

 

『別に悪いことじゃないよ? 主を気遣うあまり周りが見えなくなるのはね? けれど、もう少し彼の持つ可能性について考えてみても──────』

 

 

パキンッ!! と。

 

声を発していた札はあっという間に凍りつき、それ以上喋らせないようにした。

 

凍りついた札は罅割れ、粉々になって地面へと落ちていく。

 

 

「ふざけるのも大概にしろ“羂索”·········私は誰よりもあの御方のことを知っている」

 

 

女体化してこの世に転生した術師、“裏梅”は侮辱されたことに腹を立て、思わず術式を発動させてしまった。

 

このままではいけない。

 

せっかく飽食の時代に生まれて料理の腕も上げたというのに、これではあの御方に顔向けできない。

 

主人のことを一番知ってるのは自分だ。

 

あんな男か女かもわからない奴に、あの御方のことを好き勝手に言われたくない。白熱した怒りが全身を駆けめぐる。空いている手を壁に打ちつける。身震いするほどみじめな音が響き渡る。

 

なのに、その眼は沈着冷静そのもので、信じがたいことに脈拍も緩やかになりつつある。

 

顔からは笑みさえこぼれそうだ。

 

そう。

 

主人は凄い。

 

主人に敵わぬものなどいない。

 

ならば信じて待てば良い。

 

ただそれだけのことだ。

 

 

「あなた様のお戻りを心よりお待ち申しております········宿儺様」

 

 

冷気によって周囲の空気は凍りつき、地面は霜で覆われた。

 

自分の腕は鈍っていない。

 

それが証明されたことを確認すると、自分の主人が戻ってきた時のために献上する残りの『指』の捜索に向かう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

そんなこんなでホームルームである。

 

一二月二三日。

 

クリスマスイブイブである。

 

諸事情によりしばらくお休みしていたフェイトを迎えて二人仲良く登校したなのはは学生鞄を置くと、フェイトの身を案じてくれたのか、すずかとアリサが『大丈夫?』『元気だった?』と声をかけてきてくれた。フェイトは相変わらず優しい笑顔でもう大丈夫、と何気なく返した。

 

フェイトの見た目はあくまで普通だった。絆創膏一つない。しかし先日負った左足の怪我は誤魔化せない。注意してみると、歩き方などが微妙にぎこちなかった。普段からああいう任務をこなしていると、そりゃいつかはそんな深傷を負う可能性だってあるが、素人のすずかとアリサから見ても『ぎこちない』とわかってしまうくらいなのだ。やはり、まだ病み上がり故に完全には回復していないのだろう、と二人は思った。

 

なのはとフェイトはわずかに視線を落とした。

 

原因はユーノが調べ上げた『闇の書』の本当の真実。

 

持ち主と世界に破滅を呼ぶとされる禁断の本の本当の役割は、主となった者と共に旅をし、各地の魔導師の技術を収め研究して、後生に伝えるために作られた『健全な魔導書』だった。『闇の書』、という不滅の存在たらしめていた転生機能と無限再生機能は、各地へ旅をするためのワープ機能と情報保全のための自己修復機能が変質したもの。

 

歴代の内の一人の馬鹿が利己主義のために悪意のある改変をしたことで自己進化式の自動防衛プログラムを組み込んだことでバグが発生し、それで更なる異変も発生。守護騎士達が、本来の役割を忘れてしまっているのだ。

 

そして。

 

そして。

 

彼女達の記憶機能にまでバグが発生したことで、『闇の書』の完成は主の死亡に繋がるという事実さえ忘れてしまっている。

 

結局、闇の書達こそ一番の被害者だ。

 

それを聞いたなのはとフェイトは考えを改める。

 

戦いの規模が変わる。単なるガキの喧嘩でどうにかなるレベルを越えている。だからこそ、自覚した方がいい。今のままでこれからの局面を潜り抜けるのは厳しいだろう。

 

話し合いでどうにかなる程度を越えてしまっている。

 

だからこそ、二人は決意する。

 

必ず、悲劇を繰り返さないと。

 

これ以上哀しみを生み出してはならないと。

 

強い意思の籠った声で、きっぱりとそう決めた。

 

そんな二人に、ある話がしたいとすずかが言ってきた。

 

 

「入院?」

 

「はやてちゃんが?」

 

 

なのはとフェイトは、すずかからはやてが入院したことを聞いていた。まだ写真でしか見たことがないが、茶髪ショートヘアーの明るい子で、それにとても優しいそうな。そんな彼女が入院したらしい。

 

 

「うん。先週急に······」

 

「はやてって、すずかが図書館で知り合った子だよね?」

 

「うん、クリスマスも病院なんだって」

 

「「「······」」」

 

 

異様な空気に包まれる。だがアリサがこう提案したことで、空気の流れは良い方向へと変わっていく。

 

 

「じゃあ、みんなでお見舞いに行こうか!!」

 

「え? いいの?」

 

「いいわよね?」

 

 

その提案に、なのはとフェイトは賛成だった。むしろ、大歓迎だった。

 

 

「うん、良いと思うよ」

 

「私もそれが良いと思う」

 

「じゃあ折角だからイブの日、クリスマスプレゼントとか持ってさ!!」

 

「そうだね!!」

 

 

すずかが明るい声でそう言った。サプライズプレゼントとして四人は内緒で行くことに決め、そしてそこですずかは友達である八神はやてになのは達を紹介しようと考えていた。

 

だが、彼女達は気付かない。

 

気付くはずがない。

 

争いが、始まろうとしていた。

 

互いは互いの主張を『正しい』という押し付け合いの、小さくて大きな戦争が。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「七面鳥買ったし、後はケーキだけだな」

 

 

一二月二四日、午後五時◯◯分。

 

海鳴市。

 

虎杖は謹慎処分から解放された後、衛星軌道上にいるアースラから地球へと降り立っていた。そして、当初の予定通りデパートへ足を運び、クリスマスのための七面鳥を買い、そしてケーキを買うために横断歩道で信号が青になるのを待っていた。

 

そして青になると、マラソンのスタート直後のように、片側三車線の大きな道路が人の波で埋め尽くされた。誰も彼も全員クリスマスムードだ。虎杖の世界ならまだハロウィンすら迎えてないというのに、それを飛び越えてクリスマスを迎えるなんて、変な話だ。

 

上から見れば真っ青だった地球も、改めて降り立って観察してみれば電飾の海で埋め尽くしている。住人の八割がケーキやら七面鳥やらを買って後は帰宅するだけだと言わんばかりに夜のクリスマスを満喫するつもりらしい。

 

そこでようやく実感が追い付く。

 

自由自在のクリスマス&フリーダムが始まったのだと。

 

 

「~~~ッ!!」

 

 

圧倒的な解放感に思わずぶるると背筋を震わせ、危うく制御を失ってそこらの人達とぶつかってしまいそうであった。両手を上に上げ、背筋を伸ばして改めて虎杖悠仁は自由な夜の空気を全身で浴びる。

 

クリスマスの繁華街なんて恋人だらけというイメージを持つ方も多いと思うが、そんなことはない。現に今、高校生が独りでクリスマスの買い物を楽しんでいるではないか。

 

 

「··········」

 

 

首を横に振り、頭を切り替えた虎杖は予定通りケーキ屋さんへと足を運ぶ。店前に来るとわかることなのだが、やはりというか人が多い。厚紙のパッケージを見る限り、雪だるまの親子が主人公的な存在であるサンタさんを囲んだデコレーションケーキらしい。

 

生年月日や血液型からラッキーカラーを導き出す流行りもののカスタムドーナツが作り出す長蛇の列の中に、なんか『見知った女の子達』がいる。

 

 

「ん?」

 

 

もちろん小中学生がこんな時間の街を笑顔で歩いていいはずもない。下校時刻は過ぎているはずだ。しかし、四人の少女達は楽しそうにケーキを選んでいた。そう、十二月二十四日はまともな日ではないのだ。実際、サンタさんコスプレした人が拡声器持って何かを叫んでいるし。見るのも耐えがたいようなバカップルばかりに気を取られてしまうかもしれないが、この分だと少なくとも独りでいる虎杖は変な注目を浴びる心配はない。

 

だが、

 

流石に小学生が四人でホールケーキの箱を抱えて出てくるのはまずいわけで。

 

 

「あ! 悠仁君!!」

 

「悠仁!!」

 

 

そう、彼女達に見つかってしまう危険性があるのだから。

 

 

「おっす! 二人とも! でも小学生がこんな時間までほっつき歩くのは流石にまずいんじゃねぇ?」

 

「大丈夫だよ、家族のみんなには言ってあるし」

 

「うん、リンディ提督もちゃんと把握してるよ」

 

 

こっちはそんな話聞いてないんだが。これはあれか、所謂ハブりというものであろうか。あの子は関係ないから省ろうぜ的な。

 

そんなことはどうでもよろしい。

 

それよりも、その後ろにいる特徴的な髪型をした二人組を何とかしなければ。なんか不審者を見る目付きでこちらを見ながらヒソヒソと話し合っている。

 

 

「ねぇ、なのはちゃん?」

 

「うん? どうしたのすずかちゃん?」

 

「この人······誰?」

 

「えっと······そういえば二人は初めましてだね。この人は虎杖悠仁。見ての通り高校生だけど、友達だよ。今は私と一緒のマンションに住んでるんだ」

 

 

フェイトがフォローするようにそう言った。そうすると二人は、初対面である虎杖にそれらしい口調で自己紹介してきた。

 

 

「初めまして虎杖さん、私は月村すずか。なのはちゃんとフェイトちゃんと同じクラスメイトです」

 

「えっと、アリサ・バニングスです。よろしくお願いします」

 

 

すずかは丁寧口調で自己紹介をしてきて、アリサはどこかぎこちなく、それでもちゃんと礼儀正しく挨拶してきた。

 

 

「応! 二人ともよろしく!!」

 

 

そう言って敬礼するように二ッ! と笑って見せる虎杖。

 

アリサは虎杖の性格を理解した瞬間、この人なら信頼しても大丈夫かなと思ったのか緊張感が消えて、ほっとため息を吐く。

 

そんな彼だが、まだまだケーキを買う余裕はない。長蛇の列はまさしく蛇のような流れを作り、そんな最後尾に立っている虎杖の番が来るのは少なくても一時間はかかりそうだ。すると、フェイトが両手に握っていたケーキの箱を虎杖に渡す。

 

 

「はいこれ」

 

「えっ? えっ? 何、これ?」

 

「悠仁達にもケーキ買って帰ろうとしてたんだ。そんな時に丁度悠仁がこの列に並んでいるのが見えたから」

 

 

そうしてケーキの箱を渡される虎杖は素直に受け取る。これで並ぶ手間が省けたわけだが、ここで解散というわけにもいくまい。フェイトとも会えたことだし、一緒に本部に戻るか提案しようとした矢先、

 

 

「ねぇ! 悠仁君もお見舞いに行かない?」

 

「お見舞い? 誰の?」

 

「すずかの友達。八神はやてって言うの。お見舞いのためにサプライズプレゼントを買っててね、それが終わってから帰ろうとしてたんだ」

 

「ほ~、なるほど」

 

 

大体の事は把握できたが、見知らぬ人が見知らぬ人のお見舞いに行くなんて流石に不審過ぎやしないか?

 

実際、今日初めて会ったすずかとアリサにも警戒されてたし。なのは達がいなければ普通の独りの高校生にしか見えなかったはずだし。

 

そんなことを考えていたのが伝わったのだろう。すずかがこんなことを言い出した。

 

 

「大丈夫です。アリサちゃん達も今日会うのが初めてですし」

 

「いや、でも」

 

「高校生一人増えたところで変わらないですよ。フェイトの保護者として同伴してくれれば怪しまれないと思うし」

 

「·······」

 

 

アリサもそう言ってくれてるし、良いの············だろうか?

 

だがこうも言ってきてくれるのに逆に断ったら失礼にならないだろうか。そして虎杖が馬鹿げたことを考えて逃避している間に一◯秒が過ぎてしまった。このままだと優柔不断男として認定されるかもしれない。

 

虎杖はあまり深く考えず、首を縦に振った。

 

 

「おし、じゃあ一緒に行かせてもらうわ」

 

「はい! それじゃあ行きましょう虎杖さん!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

やたらとクリアな冬の青空の下、足元にはわずかに雪が積もっている。クリスマス景気という大波に乗った気分で四人は話ながら前を歩いている。

 

 

「·······」

 

 

虎杖はそんな様子を笑顔で見ていた。ちなみに荷物は全部虎杖が引き受けた。流石に小学生女児達に荷物を預けたままじゃ、何だか申し訳なく感じる。お見舞いの出入口のところまで行ったらプレゼントとお花は返してください、と言われたのでそれまでは荷物運びとしての役割を引き受ける。

 

でも、何でだろう? 心の中は安心しているくせにさっきからアスファルトの地面が綿菓子みたいにふわふわしてちっとも落ち着かないんだ。

 

クリスマスって何だろう。

 

改めてみるとよくわからない。確か偉い人のお誕生日だった気がするが、モノとケーキと七面鳥なら取り揃えているし、後は白ひげと赤い服を着込めばそれらしい雰囲気が出てくるはずだ。所で言うなら電飾でギラギラした街路樹が並んでいるこの大通りや駅前広場の巨大なクリスマスツリーなんか見たし、縁起の良い日であるはずだ。

 

なのに、なんだ?

 

何故かさっきから胸のざわつきが収まらない。

 

 

「どうかしたの悠仁君?」

 

「いや、何でも」

 

 

大丈夫だよ。

 

深く考える必要なんてないんだ。

 

赤いフード着て後はプレゼントを渡せば日本のクリスマスは完成だよ。

 

そうして、すずかの友達が入院しているであろう病院へとたどり着いた。海鳴大学病院。普通こんな所に縁のない人ならちょっと近寄りがたい場所であろうが、生憎虎杖は病院には行き慣れている。

 

祖父の見舞い。

 

やかましい、部活しろ部活ッ!! と罵詈雑言を投げられようとも、たった一人の家族のお見舞いに行くことに何の問題がある?

 

たとえいつ死ぬのか決まっていようとも、あの人は正しく死ねたはずだ。いつまでもメソメソしていると怒られそうだし、笑って見送って上げたあの日の事は忘れない。

 

そう、誓ったのだ。

 

人を助けることを。

 

祖父の遺言だとしても、これは自分の胸に刻んだ生き様だ。

 

たとえ何を言われようとも、その誓いが覆ることはない。

 

面会時間は午前一◯時から午後六時までとなっているようだ。希望者は用紙に必要事項を記入の上、一階、一般病棟窓口までご持参くださいというアナウンスが聞こえてきたので、虎杖が四人の代わりに記入台備え付けのボールペンを手に取りそれを書く。怪我人とか病人とかの見舞いはこれが初めてではないからこの作業を手慣れたように終えた。自分と患者の間柄について悩んだが、虎杖は五人全員『友達』という関係性にした。

 

必要書類に記入し終えた虎杖は窓口に向かい、面会用カードを手渡され、事務員さんからにこにこ笑って手を振られながら横を通りすぎていく。四人の内の誰かのお兄さんと見られたのだろうか。しかし名字が全員違うし、不審に思われなかったのが謎だ。

 

ちなみに、だ。

 

医者や看護師は既定の制服があるので季節に合わせたコスプレはできないようだが、それ以外の、たとえばコンビニエンスストアのバイトのお姉さんとかは真っ赤な衣装に着替えている。小物についてもクリスマス色全開で、受付ロビーのクリスマスツリーはもちろん、壁には色紙を切り抜いて作ったサンタさんやトナカイさんが貼り付けられており、カウンターの上には小さな雪だるまのぬいぐるみが置いてある。

 

柔らかい音程のクリスマスソングも相まって、何だかクリスマスセールのデパートみたいに見えてくる。

 

もちろんこれは全部入院患者向けのサービスであろう。入院している患者達は当然クリスマスパーティーやら季節のイベント全般を健康よく迎えることはできない。ならばせめて、病院内だけでも明るくしようと、そういう配慮だろう。

 

彼らは広いロビーを横断してエレベーターホールに向かう。

 

 

「その友達は何階?」

 

「えっと、四階です。四◯五号室に入院してるみたいです」

 

「四階、ね」

 

 

そう言われて虎杖はエレベーターが来る間この病院の見取り図を見ていた。ナースステーションとICU、どちらも最短距離にある病室だ。

 

と、ピンポンとエレベーターが一階に到着した音が聞こえてくる。虎杖達はそれに乗り込み、四階のボタンを押す。

 

目的階にたどり着き、扉が両側に開いていく。

 

すずかが先導して廊下を歩いていく。場所は確かめているのでナースステーションで細かく尋ねる必要はなかった。目的の病室に何となくで探したら見つかり、それを確認したすずかとアリサがサプライズプレゼント用のお花と丁寧に包装された綺麗なクリスマスプレゼントを虎杖から受け取る。

 

こんこん、と四◯五号室の病室のドアをすずかが二回ノックした。たったそれだけの仕草に、実はすずかは心臓が破裂しそうになる。こんなに大勢で押し掛けちゃって迷惑だったりしないかな? なんて思ってたりもする。

 

はーい? と少女の声が返ってきた。

 

その言葉に失礼しまーすと言い、ドアを開ける。祖父とは違って六人一部屋ではなく、一人一部屋の個室だった。壁も床も天井も白一色のせいか、隣に置かれている色鮮やかな電飾を巻き付けたクリスマスツリーに目が行きそうになるが、少女は真っ白なベッドの上にいて、上半身だけ起こして笑顔で出迎えてくれた。

 

 

「はやてちゃん、こんばんわ」

 

「「「こんばんわ!!」」」

 

 

少女四人組が元気よく挨拶する。

 

 

「わぁ!! いらっしゃい!!」

 

 

それを見て、茶髪ショートヘアーの女の子は更に笑顔になり、そして後ろにいる虎杖は遅れて顔を出すと、

 

 

「おっす! 初めまして!!」

 

「あら? どっかで見たような気が······? まあ、えっか!」

 

 

虎杖も優しい微笑みを向けて出迎えてくれた。

 

 

「具合、どう?」

 

「う~ん、退屈で別の病気になりそうや」

 

 

なんて冗談が言える状態なので、彼女は健康そうだ。

 

一見すればそう見える。

 

だが、何度も祖父の見舞いに行っていた虎杖の目は誤魔化せない。

 

 

(かなり、やばいんだろうな)

 

 

そもそもさっきの見取り図を見る限り、ここはもしかしたらそれだけの重傷患者が入院する場所なのかもしれない。

 

少しでも異変があれば医者や看護師さんが駆け込める位置取りにあることから、こういう場所は瀕死や病弱な患者ばかりが自然と集まってくる。

 

それに気付いていた虎杖は、それでも顔には出さず、少女達の様子を見守っていた。

 

 

「あ、紹介するね!」

 

 

そう言ってすずかが手でまずなのはを差す。それに流されるように少女達は次々と自己紹介する。

 

 

「高町なのはです」

 

「フェイト・テスタロッサです」

 

「アリサ・バニングスよ! よろしくね!!」

 

「八神はやてです。よろしくな」

 

 

そして最後に、すずかは虎杖へと手を向ける。

 

 

「で、この人は─────」

 

「俺、虎杖悠仁。仙台から!」

 

「よろしくお願いします。えっと、虎杖さんはすずかちゃんの友達?」

 

「おう! さっき知り合ったばっかりだけどな!!」

 

「え?」

 

 

思わない失言に気付くことなく虎杖はそう言った。それにフォローするようにアリサが言う。

 

 

「ああ、知り合ったって言っても私達はね。なのはとフェイトは昔からの知り合いだったから、それ経由で知り合ったの」

 

「へぇ~、そうなんや~」

 

「あ、これ。お見舞いのお花と!」

 

「クリスマスプレゼント!!」

 

「うわぁ、ありがとう! 二人とも!!」

 

 

小さな子供達の会話。

 

それを見守るように虎杖は優しい目で見つめていた。

 

なんか、ちょっと温かった。

 

サンタさんは心の清らかな子の所にしかやって来ないと言うが、虎杖は初めての友達とのクリスマスパーティーに参加できて少し嬉しかった。

 

 

(爺ちゃん、俺、ちゃんと約束守れてるよな?)

 

 

大勢に囲まれて死ね。

 

本当、糞みたいな遺言だよ。

 

けど、これが祖父の望んだ景色なのだろう。そっと寄り添って見守るだけでも、こんなに温かい気持ちになれるんだから、きっと正解のはずだ。とても賑やかで、幸せな時間だ。

 

と、その時だった。

 

廊下の方からカツコツという硬い音が聞こえてきた。

 

ヒールっぽい靴音だ。

 

面会時間終了のお知らせのために各病室を回ってくれている看護師さんの可能性が極めて大きい。

 

つまりここにも来る。

 

靴音が聞こえてきているということは、いずれここにもやって来る。

 

 

「なあみんな、そろそろ────」

 

 

と虎杖が言った時だった。

 

こんこん、と。

 

二回軽いノックがされ、病室の患者である八神はやてが応える。

 

 

「あ、みんな来たかな? どうぞー!」

 

『失礼します』

 

 

ガラガラ、と。

 

病室の扉は開かれる。

 

そして、

 

 

「ッ!?」

 

 

虎杖は、()()()()()()()()()

 

それこそ、『人を殺しそうな目』で。

 

虎杖は出入口の方へ振り返る。

 

そこには、

 

 

「な!?」

 

「はッ!?」

 

「ッ!?」

 

 

変だった。

 

巡回しているナースにしては私服過ぎる。それに、髪色もおかしかった。一人は金髪でよく見かける髪型だからまだわかるが、他の二人は赤髪にピンク髪だった。

 

どれだけ一般人のフリをしたって、その髪型は誤魔化せない。流石にそんな目立つような髪型なら、清潔が第一の医療現場において違和感がありまくりの色に染め上げていたらまともではないと思う。

 

それは虎杖も同じだが。

 

しかし、そんなことよりも目の前の状況だ。

 

今現在、病室は混乱に満ち溢れている。

 

 

幾度も敵対してきた相手が、目の前にいるのだ。

 

 

それに気付いた両者は目を見開き、驚愕に染まった顔で互いを見つめあっていた。

 

 

「ッ!!」

 

 

最初に動き出したのは、大人二人に挟まれていた赤髪の少女だった。彼女は八神はやての前まで来ると両手を広げ、まるで主人を守るように狂犬染みた唸り声を上げて威嚇してきている。

 

明らかな敵意だ。

 

それに対して、八神はやては見過ごせなかったようで、平然とした態度で、

 

 

「こらヴィータ!!」

 

「いた!?」

 

「お見舞いに来てくれたみんなに、どういう対応や?」

 

「はやて! でもッ!!」

 

 

虎杖悠仁は呻いた。

 

一瞬、ここがどこだったかを忘れる。

 

改めて自分達の状況に目をやる。一つの個室に全員が収まるほどの人数が一人の患者を囲み、冷たい空気が漂っている。

 

そんな中で平然とした態度でいられるのは、八神はやてと月村すずかとアリサ・バニングスの三人のみだろう。

 

その他の、虎杖となのはとフェイトを含めた六人は、それぞれ険しい表情をしているはずだ。

 

 

「えっと、初めまして······ヴィータ、ちゃん?」

 

「私達、なにもしないよ? 大丈夫、ですよね?」

 

 

二人は何とか初対面のフリをした。虎杖は成り行きを見守る他なかったが、出入口付近にいた大人二人は答える。

 

 

「ええ」

 

「あぁ、みんな。コートを預かるわ」

 

「「はーい!!」」

 

 

すずかとアリサは純粋にそれに応える。しかし、なのはとフェイトはポーカーフェイスで何とか乗り切ろうとしている状態だ。ならば虎杖もそうするしかない。

 

 

「あ、貴方も荷物、預かるわ」

 

「えっ········あ、うっす」

 

 

と、ぎこちなくシャマルに荷物を預ける虎杖。いつどんなことが争いのトリガーになるかわからない。緊張が走る。幾度の死線を乗り越えた虎杖でさえ、背筋に寒気がするほどだ。

 

それはそうだ。

 

敵が目の前にいるのだから。

 

それと同時に、彼らは真実を知ってしまった。

 

そう、

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

これを軌道上に存在しているアースラにいるクロノ達に知らせなければならないが、そういうわけにはいかなかった。

 

 

「念話が使えない······通信妨害を?」

 

「シャマルはバックアップのエキスパートだ。この距離なら造作もない······下手なことを考えるなよ?」

 

「ッ!!」

 

 

それはまさに鋭い刃のごとき視線だった。睨まれたフェイトは大人しくする他ないと悟ったらしい。

 

 

「ヴゥ~ッ!!」

 

「えっと、あの、そんなに睨まないで·····?」

 

「睨んでねぇです。こういう目付きなんです!!」

 

 

嘘が丸わかりだ。肩が小刻みにぷるぷると震えている。何だか知らないけど歯を食い縛っている。果てしなく嫌なトーンで言われたなのはは苦笑いするしかなかった。

 

 

「ヴィータ! 嘘はアカン! なんや悪い子はこうやで?」

 

「んん~ッ!!」

 

 

主と思われる八神はやてから鼻を摘ままれ軽く引っ張られるヴィータ。険悪な空気が漂っているが、それでも両者は今この場で争う気はないらしい。少なくとも、主の目の前では。

 

シャマルが虎杖に近づいてくる。

 

 

「·······あ、えっと」

 

「動かないでね。私達も、()()()()()()()()()()()()

 

「·······ウス」

 

 

ここで動けば、全てが水の泡になる。だから彼女達は今は何もする気はない。

 

今は、だ。

 

そうわかっていて、それでも『納得』を得るために慣れない拳を握った少年がいた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「「さようなら~!!」」

 

「「·······」」

 

「·······」

 

 

しばらく談笑した後、病院の入り口にて解散となった。複雑な気持ちだ、敵対していた者達と主の少女を囲んでクリスマスケーキを食べるなんて。

 

大人二人は優しい笑顔で見送ってくれたが、それは恐らくアリサとすずかだけであろう。

 

すずかとアリサ達と共に虎杖はなのはとフェイトを連れて病院を後にするが、少年はふと背後に殺気立つような視線を感じ取って思わず拳を握り締めた。

 

発信源は言うまでもなく、あの二人だろう。

 

すずかとアリサとは別方向のため、途中で別れたが、一緒に歩いているなのはとフェイトに虎杖はまだやるべきことが残っている。

 

 

「悠仁君、先に行ってて」

 

「え?」

 

 

そんななのはの提案を、虎杖は聞き逃すわけがなかった。

 

 

「冗談言うな! ここ離れたらお前ら────ッ!!」

 

「そう、だからこそ先に行って悠仁」

 

「ッ!?」

 

「悠仁君しかいないの。魔力がなくてあのシャマルって人に探知されないのは。だから伝令役を頼みたいの········」

 

「!? けど─────」

 

「私達なら大丈夫だよ、悠仁」

 

「私達、強いから!!」

 

 

悪い兆候だ、とわかっていても。

 

実際、あの二人を任せられるのはなのはとフェイトだけ。

 

虎杖が出ていったところで彼は彼女らに傷一つつけられないだろう。彼は優しすぎる。敵だとわかっていても、相手が人殺しでもない以上、その拳は振るわれることはない。

 

それに、だ。

 

虎杖はほとんど魔力を持たない。故にバックアップのエキスパートであるシャマルでも透明人間にしか感じられないはずだ。だからこそ、彼は逃げれる。逃げて、異常事態を知らせられるのは彼だけだ。

 

だから。

 

 

「······わかった······」

 

 

その役割を、引き受けるしかない。

 

 

「絶対に死ぬなよ、二人とも!!」

 

 

その背中は焦燥に駆られ、ほとんど自棄糞のようにも見えた。

 

あんなにも年が下の子供を戦場に向かわせて、自分は逃げるなんて。こんなこと本当なら逆のはずだ。しかし、四の五の言っている暇はない。とにかく今はシャマルとか言う奴の索敵範囲から逃れ、マンションまで到達して転移装置に乗ってアースラにまで飛べれば勝利が確定する。

 

虎杖は自慢の足を存分に使い、最速最短ルートで転移装置に向かうために、家の屋根まで跳んでショートカットをし、目的地までの距離をどんどん縮めていく。

 

屋根から屋根へと跳び移って移動し、もうすぐ目的地に到着というところで、

 

 

ドゴォ!! と。

 

 

横殴りの一撃が入った。

 

 

「ガハッ!?」

 

 

虎杖はくの字に曲がって家の外壁へと突っ込んだ。

 

道に面した一軒家に突っ込み、バキバキと内装を破る音が連続した。しかし虎杖の顔には戸惑いしかなかった。その正体不明の一撃を目の当たりにして、彼は悲鳴を上げることすら忘れて息を呑んでいた。

 

風が吹き荒れた。空気の刃を破壊した弊害らしい。どうやらこれは真空刃ではなく、空気を固めて作った圧縮空気の塊をぶつけられたらしかった。

 

 

「········ッ!!」

 

 

瓦礫の中で呻き声を上げる虎杖。虎杖は犬歯を剥き出しにして、吹き飛ばされた家の向こうを睨み付け、

 

 

「邪魔はさせん」

 

 

しかし、虎杖を吹き飛ばしたはずの人物は、いつの間にか虎杖の真後ろに立っていた。虎杖は凍りついたように動かない。『仮面の奥』ではどんな表情をしているのかはわからないが、その反応に満足そうに小さく息を吐いて、

 

 

「もうすぐ、悲願が叶う」

 

「その邪魔をする奴は、誰であろうと殺すまでだ」

 

「!!」

 

 

悪寒に襲われ、今まで瓦礫に倒れていた少年はとっさに身を屈めると、その真上を何かが突き抜けた。その正体は細かい破片を呑み込んだ『仮面の男』の鋭い蹴り。空気を食い、壁を破り、細かい残骸を中心部に呑み込み、透明から鈍い色に変わり、空気の鈍器が右から左へ、広範囲にわたって突き抜ける。

 

ガゴン!! と建物全体が斜めに傾いた。

 

蹴りに混ぜた空気の刃。その衝撃波に建物は耐えられずそのまま崩壊する。

 

それでも虎杖はすぐさま退避していた。血の気が引いた虎杖の耳に、パラパラという欠片が降る音が聞こえる。

 

周りには一般人がいるということを、全く気にも留めていない動きだった。

 

 

「お前ら·······ッ!!」

 

「心配せずとも、一般人を掃ける結界は下ろしている」

 

「死人は出ない·······お前以外はな」

 

 

虎杖は歯噛みしたが、当然仮面の男二人組が止まるわけがない。男のうち一人がさらに後ろに下がりながら二度、三度とカードを縦に横にと適当に振っていく。

 

するとゴッ!! という爆音が耳を打った。

 

破壊の嵐が巻き起こる。

 

魔法だろう。重たい鉄球を飛ばすバットのような一撃。あれを喰らえば、おそらく一撃でやられるだろう。

 

衝撃波を生み出す魔法を扱う仮面の男が厄介だ。まずはそちらを叩き潰す。だが、仮面の男は二人もいるのだ。近接担当と遠距離担当、それぞれの役割をわかっているかのように、二人は上手く息を合わせて虎杖を追い込んでいく。

 

ドゴッ! と、一層強い蹴りが襲いかかってきた。その上その蹴りは虎杖を直接狙わず、わずか手前の地面に落としてきた。アスファルトがめくれあがり、大量の破片と変貌して虎杖の体に襲いかかる。

 

 

「があッ!?」

 

 

一ヶ所を刺されるというより、全身を叩かれた。虎杖は後ろへ吹き飛ばされる。そのままゴロゴロと転がっていく。痛みに朦朧とする頭を振って、必死に意識を回復させる。

 

反撃も許さぬ連携。

 

虎杖も一対一ならなんとか勝てるが、二人同時に相手をするとなるとかなりしんどい。

 

仮面の男の攻撃で、住宅街が次々と破壊されていく。

 

虎杖が追い詰められるまでに時間はかからなかった。彼は血まみれになって、崩れた壁に背中を預けている。いかに頑丈で喧嘩が無茶苦茶強くても、魔法を防ぐ手段も壊れたアスファルトや壁の破片は防げない。

 

結局、狭い住宅街の道では虎杖の取る道もなくなってしまう。一点に追い詰められれば、もう拳で防ぎ続けるしかない。魔法が得意な方の仮面の男の攻撃回数はそこまで多くはないが一発一発の軌道が複雑で、そちらを読んで行動しようにも近接戦闘が得意な方の男に阻害され、結局は追い詰められる。どうしても虎杖の行動は遅れ気味になってしまう。

 

単純な破壊力ならなのはの魔法に劣るだろう。

 

だが、連携されればそれは強靭な一撃へと変貌する。

 

舌打ちをして、今まで圧倒し続けた相手が無傷で虎杖を蹂躙していることに腹を立てる。

 

 

「後少しだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「その瞬間こそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

まさかと思うが、これだけの派手なこと全てがそれだけのために起こされたとでもいうのか。

 

慄然とする虎杖に、仮面の男は再び手品のようにカードを何枚も取り出し、

 

 

「終わらせろ」

 

「ああ」

 

 

ヒュン! とカードが虚空へ消える。そして近接が得意な仮面の男が虎杖に迫り来る。

 

 

「ッ!! ジャマ、ダァァァアアアッ!!」

 

 

虎杖は状況を無視して、思わず仮面の男の立つ方へ走り出した。彼と同時に走っていた仮面の男が手を差し出すと、虎杖の動きが止まった。まるで足元が地面に縫い付けられたみたいに、動かなかったのだ。

 

いや違う。

 

凍っていた。

 

足元が氷で覆われて地面に固定されてしまったのだ。杭を打ち込まれて身動きが取れなくなった虎杖の右こめかみ目掛けて鋭い蹴りが襲いかかる。

 

 

「がッ!?」

 

 

呻き声があった。

 

こめかみを蹴られたからじゃない。

 

覆い被さるようだった特殊な繊維で編み込まれた呪術高専の制服の脇腹に、鈍い衝撃音が走る。拳銃弾くらいなら何とか防げる防弾膜などお構いなしに、虎杖の呼吸が詰まる。そのままぐるんと視界が回った。受け身を取ることもできず、冷たいアスファルトの上を何度も転がされる。

 

鋭い氷柱。

 

唐突に生み出された氷柱に脇腹を刺され、そしてこめかみを蹴られてしまった虎杖は呼吸困難に陥り、がほごほと激しく咳き込むが、手足を動かそうとしてもびくびくと小刻みに痙攣するだけだ。

 

そして、トドメの一撃の宣言があった。

 

 

「終わりだ」

 

 

合図と共に、仮面の男のカードが虚空へ消える。

 

 

ドスッ!!!! と。

 

 

カードが虚空を切った瞬間、恐るべき速度で扇風機の羽のように回転して襲い来る風の刃の残像を虎杖は捉えきれなかった。

 

一瞬前には仮面の男の手の中にあったカードは、

 

一瞬後には虎杖悠仁の腕を切断して背後の壁へとぶち当たっていた。

 

まるで熱したナイフでバターを切り取るように、虎杖の右腕が肩口から綺麗に切断された。

 

ぼとり、と。

 

吹き飛ばした腕が生肉を叩きつけるような音と共に地面へ落ちた。

 

そして。

 

明かりのないゴーストタウンのような住宅街の道の真ん中に、鉄のような匂いが充満した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「······まだ息があるな」

 

 

魔法を直撃した虎杖は一メートル近く後方へ飛んで、瞳孔を開いたまま仰向けに倒れていた。腹が裂けて、腕が落ち、真っ赤な血が溢れ出している。

 

血の海。

 

狭い路地だった。

 

住宅街の細い道の組み合わせのためか、夜だからか街灯の光は心細い。じめじめした道路は黒っぽくて、空気も全体的に流れが滞っている匂いがする。

 

そんな暗い路地が、

 

より一層暗い赤色によって染め上げている。

 

 

「トドメを刺せ。これ以上邪魔はできぬように、今度は確実に」

 

「ああ」

 

 

そう言って、血の海で倒れている虎杖の顔面をガシッと掴みながら拳を振り下ろそうとする。その血とは対照的に、顔から手足の先までが真っ青に色が抜けてしまっている。

 

制服はボロボロだ。

 

そんな状態の奴そのまま放っておいても死ぬと思うが、それでも仮面の男達は確実に仕留めたかった。

 

すると、

 

 

ズン······ッッッ!!!!と。

 

 

海鳴市全体が、不気味に振動した。

 

音源は、先程虎杖達が見舞いに行っていた海鳴大学病院の方角。

 

 

「『()()()()()()()』がついに起動したか········」

 

「急ごう、さっさとそいつを片付け───────」

 

 

仮面の男は相方の仮面の男に言った。

 

しかし、その仮面の奥には驚愕の表情が浮かんでいた。

 

何故なら、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「〜〜〜ッッッ!!!??」

 

 

あまりの出来事に実感が湧かなかった。あまりの激痛や恐怖で気が狂ったか。

 

くるくると。

 

血のラインを描きながら、仮面の男の腕は虎杖と同じように宙を舞っていた。細く赤いラインが輪のように留まり、奇怪な芸術を築き上げていく。

 

 

()()()()

 

 

仮面の男は急いでカードを取り出して相方を助けようとするが、それすらも無駄に終わった。

 

ザシュッ!! と。

 

信じられないほど軽い音と共に、もう片方の仮面の男の腕も肩のところから切断された。

 

血だまりの中に、二人の男の腕が沈んでいく。

 

そして。

 

仮面の男達の切羽詰まったような様子を見て、少年は小さく嗤った。

 

嗤いながら、彼は明らかに違う低い声質でこう言った。

 

 

()()

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。