呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第十七章

 

 

「············本当にここに?」

 

「············あるんですか?」

 

 

釘崎と伏黒は。

 

補助監督が運転する車に乗って約一時間、高速道路も使ってやって来た街の一角の、どこを取っても平凡に見える木造建築の建物住宅に来ていた。

 

だがすでに廃墟と化しており、こんな一軒家に道場みたいな施設がある光景はそれだけで異様だった。表札はボロボロになっていて上手く読み取れなかったが、『高』という文字だけは解読できた。目の前にある建物は元は大家族が住んでいたのだろうが、殺人事件や監禁事件など、何か陰惨な事件の匂いを感じさせるほどの邪気を放っているようにも見えた。

 

もちろん、廃墟となっているとはいえ一応呼び鈴を押してみる。無論壊れているから反応しない。

 

人の気配もしないし、誰にも見られない限りは不法侵入にはならないだろうと、彼らの担任はそう判断して平然と入っていく。

 

ドアの役割を果たしていない扉を蹴り破って入っていく五条悟。

 

取り立てにやって来ましたー、みたいに乱暴に開けた自分達の担任を見て呆れ顔になる生徒二人。五条の乱暴な開閉音が無人の廃墟に木霊する。

 

 

「············これは」

 

 

闇を流し込んだような建物の中から、異様な空気が五条の肌を撫でる。密閉した建物の中にこもった熱気に、生徒二人も顔を顰める。

 

異臭までする。

 

何年も放置して洗っていない水槽から放たれる異臭。濁った水のような不快な臭いに吐き気がする。

 

周りにある放置された生活道具。

 

その闇の奥から、得体の知れない妙な気配を感じる。

 

 

「············」

 

 

流石にこの段階になって、五条悟をはじめ伏黒も釘崎も不用意に言葉を交わそうともしない。無言で歩みを進める五条悟の背中を追いかけるように、二人も暗闇の中へと踏み出していく。

 

まるで魔境の洞窟。

 

破れたカーテンから完全には遮られていない日光が入り込んできている。

 

生活感はなくとも、その名残りは感じさせる。

 

何でもない玄関なんかそれだけで異世界にも見えたし、靴箱の上にあったタヌキや赤い郵便ポストの貯金箱なんて不気味に思えた。廊下を踏めば床板が軋んで、腐りかけた臭いが余計に広がる。靴を履いたままで良かった、これでもし礼儀正しく靴なんて脱いだら、もう一生その靴下を履きたくない。

 

五条悟が歩いて行き、二階へと繋がる階段を上っていく。

 

階段に行く最中に見える隣の部屋からは居間のようなものがあったが、五条が気にしていないのを見るとそこには大したものがなかったのだろう。だが、居間はとても広くて、一◯人以上は入れそうだった。瓦礫がなければの話だが。

 

階段を上る最中、何段か穴が空いており、そこを踏み抜いたら大怪我では済まないので気を付けて進む。

 

二階に上がってみるといくつもの部屋が見えたが、五条はその中でまだ扉があった部屋へと躊躇なく入っていく。

 

ドアの向こうは、子供部屋だった。

 

女の子らしい部屋で、机の上にはカビだらけの鉛筆、ベッドの横の棚には割れた手鏡に綿が飛び出たぬいぐるみ、五条はその中で何故かまだ綺麗な状態で残されている『アンティークバスケット』がある棚に向かう。拾ったペットでもそこに寝かせていたのだろうか、汚れた布切れがあるのが見えた。

 

その隣には写真立てがあり、写っているのは家族写真だろう。

 

小さな少女の周りに三人の大人。男と女の二人は学生くらいに見え、どちらも大学生くらいか。父親らしき人が見えないことから、寡婦なのか。

 

少女は小学生くらいで、子狐のような動物を抱えている。

 

いったいこの家で何があったのかは知らないが、五条はそれよりもとアンティークバスケットの布を捲る。

 

そこにあったのは────

 

 

「ビンゴだね」

 

「「!!」」

 

 

『摧魔怨敵』と刻まれた札が貼られている箱。

 

絶句した伏黒と釘崎だったが、五条は構わず蓋を開ける。

 

 

「これが悠仁を消した············『特級呪物』」

 

 

正確にはそれと同じもの。

 

虎杖が消えた原因の特級呪物は今彼の手の元にあるだろう。五条はアイマスクを片側だけ上げて片目を開き、その特級呪物の特性を確認する。

 

だが、どういうわけか。

 

()()()()()()()()

 

 

「············なるほどね、僕が気付かないわけだ」

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

 

そう訊ねる伏黒達に、うんと頷いて五条はアイマスクを下ろして重たい声で答える。

 

その言葉を聞いた瞬間、二人は驚愕のあまり全身が凍りついた。

 

 

「これ、()()()()()()()()()()()············()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

そして戦争は始まろうとしていた。

 

吹き抜ける自由の風。

 

どこまでも開かれた広い屋上。

 

もはやクリスマス景気に楽しんでいた人々の喧騒は聞こえてこない。冷静になって、高町なのはとフェイト・テスタロッサは目の前にいる宿敵達に話しかける。

 

 

「はやてちゃんが、『闇の書の主』!?」

 

「悲願は、あと僅かで叶う!!」

 

「邪魔をするなら、たとえはやてちゃんのお友達でも────ッ!!」

 

「ちょっと待って!! 話を聞いてくださいッ!! ダメなんです!! 闇の書が完成したらはやてちゃんは────ッ!!」

 

 

だが少女の訴えは届かなかった。

 

 

「うりゃあぁぁぁああッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

直後の出来事だった。

 

なのはとフェイトが背にした金網フェンスの向こう側、何もない虚空から、ハンマーを構えたヴィータが勢いよく突進してきていた。上から下へ、勢いよく振り下ろされるハンマーの威力は絶大で、咄嗟に展開したシールドは長くは持たなかった。

 

 

「ああ!?」

 

 

反対側の落下防止の金網フェンスに背中から激突したなのはは肺の中の空気を一気に全て吐き出した。

 

 

「なのは!?」

 

「ハアァァァアッ!!」

 

「!?」

 

 

騎士道の誇りなんてもうない。他人を心配して声をかけるフェイトに不意討ちでシグナムは叩き斬ろうとする。しかし反射神経が良かったフェイトはすぐさま後ろに飛び退き、バルディッシュを起動させてバリアジャケットも纏わずに構える。

 

 

「シグナム!?」

 

「管理局に、我等が主のことを伝えられては、困るんだッ!!」

 

 

なりふり構っていられなかった。

 

これが守護騎士達の答え。少女達の説得には応じず、敵対する道を選ぶ。

 

被害者の見方で言えば、彼女達が正しいのかもしれない。

 

だけどシグナム達の方法は、マスター含め他人の命、それらを全てを剥奪する。運命論という言葉は、人を容易く操り人形に変えてしまう。百年も二百年も繰り返し続けていても、それに気付かなければ誰も疑問を持たなくなるかもしれない。品種改良された金魚が自然界では生きていけないように、そして疑問さえなければ、そんな歪な環境に満足して、幸せを手にすると錯覚してしまう。

 

『幸せ』の形態なんて問わず、彼女らは純粋な願いのために行動していた。

 

だから許せないのだ。

 

これまで積み重ねてきた全てを否定され、例えるなら人工的に酸素を供給され温度管理が行き届いている熱帯魚が水槽から放り出されて絶命するような、そんな否定論を。

 

今のままでいい。

 

それが最善の選択。

 

それを疑わない。疑いたくない。

 

 

「私の通信防御範囲から、出すわけにはいかない」

 

 

『それ』は不合理で、非効率で、何の意味もないこだわりなのかもしれない。

『それ』は不完全で、未完成で、一つもプラスには働かないのかもしれない。

 

それでも。

 

変わらない日々が欲しかった。

 

余計な事なんかしてほしくなかった。

 

当たり前の笑顔が当たり前にあって、理不尽さに何かを奪われる事もなく、みんなで仲良くご飯を食べられればそれで良かった。

 

不変。

 

変わらない状態のみを、彼女らは欲していた。

 

それ以外の価値観は一切認めない。

 

ある意味において理想郷。

 

自分達の幸福のみが生存する世界。

 

だから────

 

 

「邪魔すんなよ」

 

「ヴィータ······ちゃん」

 

「あと少しで、はやてが元気になって私達の所に帰ってくるんだ······必死に頑張ってきたんだッ!!」

 

「ッ!!」

 

「もう、あとちょっとなんだからッ!!」

 

 

願掛けも神頼みもいらない。

 

大切なものを失わずに守りきるために必要な方法は、もうそこまで来てるんだから。

 

 

「邪魔、すんなァァァアアアアアアアッ!!」

 

 

一発の弾薬が、あまりにも恐ろしい爆炎を噴き出した。それはビルの屋上全土を覆うほどの規模。ヴィータとなのはを中心として、膨大で莫大な光が、全方位へと。

 

しかし不条理はそれだけの暇を彼女達には与えてくれない。

 

 

「ヴィータ、ちゃん」

 

 

突然聞こえた声に、ヴィータは奥歯を噛み締める。その声質そのものは優しかったが、どこか冷たく、何よりも熱かった。

 

高熱のせいでドロドロ溶岩のような地帯を平然と歩いてくる少女。立ち込める蒸気に揺られて陽炎のように姿を現した、白い少女。

 

ただ、そのシルエットを見るだけでも、人影はごく普通に、自然な挙動で歩いてきた。

 

 

「······悪魔め·······ッ!!」

 

「悪魔で、いいよ」

 

 

その顔はとても寂しそうだった。

 

まさしく、それは少なくとも救いの天使には見えなかった。

 

ヴィータの手から異様な汗が噴き出しているのがわかる。理由はわからない。もしかしたら、怖いのかもしれない。今のままを願った者のその幸せが、壊されてしまうことに。

 

だが。

 

なのはの想像出来る範囲のみの幸福では、満足できない。

 

助けたい。

 

その願いのためならば、こちらもこちらの想いをぶつけるのみだ。

 

 

「わかってもらえるなら、悪魔でもいい!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「シャマル、お前は離れて通信妨害に集中していろ」

 

「うん」

 

 

これまで当たり前のように使ってきて、大して疑問も持たなかった魔導書。フェイト達はその本質について何かを知っているという。となると、普通ならそれを聞きたいところだが、そんなものに耳を傾ける必要なんてない。

 

 

「闇の書は悪意のある改変によって壊れてしまっています。今の状態で完成させたら、はやては────ッ!!」

 

「お前達が、『あれ』をどう決めつけようと、どう罵ろうと、聞く耳は持てん」

 

「ッ!? そうじゃない!! そういうことじゃ────ッ!!」

 

「聞く耳はないと言った······これ以上、邪魔をするならッ!!」

 

 

シグナムの体が燃える。それは彼女の心情を現したものかもしれない。得体のしれない提案、だからそれも燃やし尽くすように炎の渦で呑み込む。全ての言葉は燃やしてしまえばよい。隅から隅まで埋められた長文を眺めるほど、こちらにはそんな余裕はない。

 

一刻も早く、不純物を取り除かなくては。

 

灰すら残さぬほどに。

 

 

「斬り捨てて通るだけだッ!!」

 

「·······」

 

 

シグナムはバリアジャケットを纏う。それが彼女の意志だ。ならばこちらもそれに応えるしかない。

 

徹底的に叩きつけて、話し合いに持っていく。

 

 

『Barrier Jacket Sonic form』

 

 

説得をしようにも効果は薄い。そう判断したフェイトはバリアジャケットを展開する。彼女は薄着の黒装束のみを纏い、手足の防具からは魔力が噴射するように飛び出ている。

 

速さのみに特化したソニックフォーム。

 

 

『Crescent』

 

 

バルディッシュのチャンバーが回転し、一発だけカートリッジをロードする。

 

 

「薄い装甲を、更に薄くしたか」

 

「その分、速く動けます」

 

「緩い攻撃でも、当たれば死ぬぞ?」

 

「貴女に······勝つためです!」

 

 

それが彼女の覚悟。

 

本気でぶつかり、どれほど真剣なのかを見せつける。彼女だって覚悟はしているはずだ。たとえ誉れを捨ててでも、自分の道を貫き通すことくらい。

 

シグナムは鞘を呼び出してレヴァンティンを納めると、抜刀の構えを取る。

 

 

「こんな出会いをしていなければ、私とお前は、良き友になれていたろうにな」

 

「まだ間に合います」

 

「いいや止まれん······我等守護騎士、主の笑顔のためなら騎士の誇りさえ捨てると決めた。この身に代えても救うと決めた!!」

 

 

そう、もう誉れはいらない。

 

自分が王になるための行動ではない。王権を授けるための主を想っての騎士の行動。

 

 

「こんなところでは止まれんのだ!」

 

「止めますッ!! 私と、バルディッシュでッ!!」

 

 

本物の猛者達。

 

両者の威圧をぶつけ合うように展開された足元の魔法陣。それらを蹴り、恐れを抱かぬ彼女達は『正しさ』の押し付け合いのために、各々の得物をぶつける。

 

 

 

バギン!! と。

 

 

 

全ての闘う者達に容赦なく横槍が入る。

 

 

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

 

まるで拳銃で手首足首を撃たれたような衝撃に、なのは達は自分達の体を見た。『黒い拘束具』が自分達の動きを制御していた。それも巻き付けるなんて生ぬるいほどの強さで。引き千切るような締め付けで。

 

全員困惑した。

 

唐突な出来事に驚く両者達。ギョッとするなのは達の筋肉が、必要以上に強張る。

 

殺伐とした戦場が、『たった一つの魔導書』によって、とてつもない規模の大戦争へと事態は進行する。

 

 

『Das Anwendungssystem für automatische Verteidigung ”Nachtwal” lässt an』

 

 

明かりの消えた街に、一冊の本がそう告げる。

 

自動防衛運用システム『()()()()()()()』起動。

 

その呪文と共に魔導書は黒い蛇達に包まれ、じゃらり、と鎖が落ちる。

 

 

「『ナハトヴァール』!? 待て! 今は違う! 我等は、我等はまだ戦えるッ!?」

 

 

シグナムが戦いの邪魔をされたのか、それとも単純な焦りか、どちらにしても予想外の展開に頭が追い付いていないのは両者共同じだった。

 

そんな彼女の訴えを『闇の書』はもはや存在していないかのように扱い、

 

 

『Erhaltung des Schutzrittersystems vernichten』

 

「「「な!?」」」

 

『Vollendung der Schrift der Dunkelheit hat die oberste Priorität』

 

「ふ、ふざけんな······ふざけんなぁぁぁあああッ!!!!!」

 

『Das Schutzrittersystem eliminieren』

 

 

『闇の書』は全システムを破棄、ストレージを埋めることを最優先とすることを決定した。

 

それはつまり、()()()()()()()()()()

 

ナハトヴァールは闇の書に魔力が一定量蒐集されると、自動的に発動するようになっている。本来の用途は、主や魔導書本体の保護、蒐集した魔力データのバックアップ、魔導書の破損修復であるはずが、悪意を持って改変されているためにそれらがさらに凶悪な能力へと変貌している。

 

故に、主である八神はやてが危篤状態に陥ったために、『闇の書』の自動プログラムが強制的に発動したのだ。

 

主の命尽きる前に、完成を急ぐために。

 

たったそれだけのために。

 

 

『Die Kräfte des Feindes wegschaffen. Den Kern aus den Sammlungsobjekten sammeln』

 

「「「あ、ァァァアアアアアアアッ!!???」」」

 

『Anfangen』

 

 

彼女達の意志を全て無視し、不要となった守護騎士達自らのリンカーコアを差し出すように強引に蒐集を開始する。

 

 

「でやぁぁぁあああッ!!」

 

 

結界外から侵入してきたザフィーラが仲間の危機のために駆けつけてくれた。

 

 

「ハァァァアアアアッ!!」

 

 

だがプログラム風情が、その設定に敵うわけがない。

 

故に、

 

 

『Ein zurückbleibendes System bestätigen』

 

 

残存兵を残すほど、闇の書は甘くはない。

 

 

『Sammeln』

 

「ぐうぅ······うぉらァァァアッ!!」

 

 

それでも、鉄壁の守護者は仲間を助けようと奮闘する。ナハトヴァールに幾度も魔力の籠った拳をぶつけて解放しようと試みるが、人はそれを無駄な足掻きという。

 

 

「が、ァァァアアアアアアアッ!!!??」

 

 

思いも虚しく、ザフィーラは他の仲間と同じ目に遭う羽目になった。

 

と、

 

 

「う、うう······?」

 

 

足の不自由な、少女は爆心地に強制的に呼び出された。見慣れないビルの一角。背の高いビルはそんな少女に不似合いなほど冷たい風が吹き荒れている。

 

少なくとも、体の不自由な子供では作れない、一種独特な空間。

 

そこが、

 

儀式の祭壇となる。

 

 

「こ、ここは?」

 

 

光が急に体を包み、それで顔を庇ったそのさらに向こう。

 

無機質な壁があるはずの病室は既になく、八神はやては青天の霹靂のような光景を目にする。

 

 

「え!? み、みんな!?」

 

 

耳障りな金属音と共にぶら下がった鎖の先端には、幅広の金属リングが鈍く輝いていた。それらは四人の『家族達』を捕らえており、闇の中にまっすぐと鎖は伸びている。いきなり鎖が巻き戻り、四人の守護騎士達は呻き声も上げられず吊り上げられている。

 

 

「な、何? これ······!?」

 

『Den Kern aus dem Schutzrittersystem beschlagnahmen』

 

 

そうして蛇に巻き付けられていた『闇の書』がぼとり、と地面に落とされると、自動的に開いて主である八神はやてに全ページが埋まったことを知らせる。

 

 

『Die Sammlung der Seiten ist fertig』

 

「なんや、それ、アンタ······誰?」

 

『Es ist die Zeit der Erweckung, mein Herr』

 

「そんなんええねん! シグナム達に何したん!? みんなを下ろして! ()()()!!」

 

 

それは彼女の純粋な願いだった。

 

純粋だった、故に。

 

『闇の書』は主の命令通りにする。

 

 

『Einverstanden』

 

 

その言葉にはやては一瞬安堵するが、それは別の意味に解釈されていた。

 

 

『Das Schutzrittersystem ist völlig ausgestrichen, und wird mit dem “Kernmodus für meinen Herrn wiederhergestellt”』

 

「!?·······あかん! ちゃう! そんなんちゃう!」

 

 

『闇の書』はどこまでも主に忠実だった。故に、完成こそが主のためでもある。よって、主はやての『返して』という言葉は『還して』と捉えられた。コアモードに戻し『闇の書』のプログラムへと還す。

 

 

「あかん·····やめて······やめて·······ッ!!」

 

 

それが主ためと信じて。

 

 

「やめてぇぇぇえええええええええええええええええええッ!!!!!」

 

『Ausstreichen』

 

 

均整の取れた彼女達の体に、胸から背中まで『闇の書』の還元システムが貫通し、数千の錆び付いた歯車を回すような、不快なエフェクトのかかった悲鳴が暗闇の世界に響き渡った。

 

貫通された守護騎士達······家族達は、それぞれを象徴する色を残して、完全に消え去った。

 

やがてそれらが徐々にフェードアウトし、世界に静寂が戻ると、そこには家族達にプレゼントした衣服だけが残されていた。

 

 

「あ、ああ、あああ··········ッ!!」

 

『Es ist die Zeit der Erweckung』

 

 

夜の海鳴市は雪に包まれる予定だった。

 

普段と比べても極端に交通量が少ない道路には光も乏しい。それは建物も同じだった。無人となった世界であるいは照明はなく、あるいは点けっ放しのまま忘れられている風に、どこか夜景は取り残され、統一性を失った感じが出てきた。

 

そんなビルの一角で、悲鳴と共に莫大な閃光が溢れる。

 

 

「うわぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

轟!! と。

 

光の中心点から無数の閃光が吹き荒れた。まるで刃のように鋭い、数十もの羽。一本一本は何千メートルにも及び、天へ逆らうように高く高く広げられていく。

 

 

『Verwaltungseinheit Verschmelzen』

 

 

周囲にビルがあるが、そんなもの気にしている様子はない。

 

濡れた紙を引き裂くように次々とビルが倒壊していった。人間の作り上げた貧弱な構造物を食い破りながら『黒い翼』は悠々と羽ばたく。世界の主はいないと、言外で語っているのかの如く。まるで巨大な水晶で出来た孔雀の羽。

 

最後に、『闇の力』の頭上に余波の柱が浮かぶ。

 

神経が麻痺する。

 

 

「はやてちゃん!!」

 

「はやて!!」

 

 

拘束されていたなのは達は自力で脱出すると、その爆心地の更に中心点へと目をやった。

 

 

 

 

そこにいるのは、『一人の黒い天使』

 

 

 

 

本体は普通の人間と同じサイズだ。

 

それに対して、彼女が歩いてくるにつれて低い振動音が伝わってくる。

 

長い髪の女性だった。黒の中に、たった一つきらびやかに輝く銀色の髪。腰まで伸ばしているが、その腰には黒い翼が生えている。

 

気弱そうな八神はやての面影はどこにもない。

 

今なのは達が見ているのは、そうした存在からかけ離れた、まさしく天使。

 

 

「また、全てが終わってしまった」

 

 

羽の尾から羽の先まで余さず魔力で行き通ったそれらは、一本一翼でこの大地を揺るがすほどの力を持っていた。

 

 

「はやてちゃん!!」

 

「はやて·····!!」

 

 

普段、戦場に赴くことが多い二人ではあるが、そんな二人でさえ緊張に体が凍った。一般人ならば、この場に放たれる殺意のみで呼吸が停止していたかもしれない。

 

 

「我は『闇の書』·······我が力の全てを、主の願い、そのままに·······ッ!!」

 

 

そして静寂。

 

常人には関知できぬ、一秒を千に等分した僅かな静寂の後、

 

 

轟!! と。

 

 

全てを呑み込む闇が海鳴市を丸呑みにする。

 

 

「「ッ!!」」

 

『Round shield』

 

 

ドン!! という強大な怒号。

 

『闇の書』が真上から振り下ろした魔力の塊を全て解放し、そうして。

 

高町なのはとフェイト・テスタロッサの目の前で。

 

八神はやてという少女を依り代とした『闇の書』の管制人格が目を潰すようなほどの黒色に溢れ返り、全てを呑み込んで夜空へと解き放たれる轟音だけが耳に炸裂した。獣の咆哮に似た爆音は夜空を引き裂き、全てに滅びを与えるために広範囲に渡っていく。

 

だが、なのはが障壁を張ったおかげで何とか耐え抜いた。

 

 

「ごめんなのは、ありがとう。大丈夫?」

 

「うん、大丈夫······!!」

 

 

そういって笑ってみせるが、かなりギリギリだった。魔力を全力で注ぎ込み、カートリッジも一つ消費してしまった。

 

 

「あの子、広域攻撃型だね。避けるのは難しいかな······バルディッシュ」

 

『Yes sir Barrier Jacket “Lightning Form”』

 

 

そうしてフェイトは守りに徹するために黒マントを羽織り、なのはと共に『闇の書』がいるビルへと目を向ける。

 

何かを呟いているのか、目を拭っている姿が確認できた。

 

 

「なのは!!」

 

「フェイト!!」

 

 

無人の海鳴市で飛んできたその声。

 

振り返ると、そこには補助のプロフェッショナルのユーノとアルフがいた。

 

 

「ユーノ君!! アルフさん!!」

 

 

駆けつけてくれた喜びに浸かりたいがそうも言ってられない。現状は最悪の一言で尽きる。説明はいらないだろう、もう事が始まっているのだから。

 

バチバチと放電に似た轟音を撒き散らす巨大な『闇の書』を背に、なのは達は話し合う。

 

 

「来てくれたんだ」

 

「うん、アースラの観測で異常反応を検知したからね。映像は来たけど音声通信が通らなくて駆けつけたんだ」

 

「え······悠仁君は?」

 

「虎杖? アイツならまだ戻ってきてないよ?」

 

「そんなッ!?」

 

 

虎杖が戻っていないことに目を見開くなのはとフェイト。そんな二人にどういう事なのか尋ねる。 

 

 

「どういう事?」

 

「悠仁君は魔力を持ってないからあのシャマルさんの通信防御範囲に感知されないだろうから、その範囲から出てアースラのみんなに非常事態が発生した、っていう事を教えるために伝令役で私達と別れたの。でも······戻ってないなんてッ!!」

 

 

少年が戻ってないことに不安に感じるなのは。

 

戻ってないということは、何かに巻き込まれた可能性がある。だが今ここでその事を考えても意味がないことはわかっている。わかっているけどでも、時間が経つごとに心配になる。まるで答えのない問題を解けと言われたように、いつまでもいつまでも思考は空転を続けるばかりだった。

 

が、

 

変化が起こった。

 

 

キィィィイイインッ!! と。

 

 

黒板を爪で引っ掻いて数百倍にしたような不快なノイズが頭の中に響いた。

 

 

「何!?」

 

「前と同じ、閉じ込める結界だ!!」

 

「やっぱり·····私達を狙ってるんだ」

 

 

標的はなのは達。

 

彼女らは謂わば、守護騎士達を苦しめた張本人。

 

その悲しさをぶつけるために『闇の書』の管制人格が二人を狙っているのだ。

 

 

「今、クロノが解決法を探してる。援護にも来てくれるはずなんだけど·····まだ時間がッ!!」

 

「それまで、私達で何とかするしかないか」

 

「········」

 

「なのは?」

 

「ハッ!! うん·····大丈夫!!」

 

 

と、意気込んだのはいいものの、第二波は既に始まっていた。

 

 

「咎人達に、滅びの光を。星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

 

 

天に刃向かいし、凍える数十もの翼。宗教儀式に似た呪文を唱え始めた『闇の書』は前方に魔法陣を展開させると、しかしそれは奴の象徴する色ではなかった。

 

()()()()()()()()

 

収束されていく魔力によって膨張していく球体。

 

それを見た全員が絶句する。

 

 

「ま、まさかあれって·····ッ!?」

 

「········スターライト・ブレイカー·······ッ!?」

 

 

星をも穿つ破壊の流星。

 

それが今放たれようとしていた。

 

 

「ッ!! 退避するよ!!」

 

「うん!!」

 

「なのは!!」

 

「え!? フェイトちゃん!?」

 

 

有無を言わさずフェイトに掴まれて強制的に退避することにしたなのは達。速度がずば抜けているフェイトに抱えられて困惑しているなのはだが、四の五の言ってられない。

 

 

「ちょ、フェイトちゃん! こんなに離れなくても·····!!」

 

「至近で喰らったら、防御の上からでも落とされるッ!! 回避距離を取らなきゃッ!!」

 

 

そうして言われるがままなのは達は約数十キロもの距離を取り、衝撃に備えようとする。

 

そんな時だった。

 

フェイトのバルディッシュが何かを検知した。

 

 

『Sir? The left there are civilians Threehundred yard』

 

「え!?」

 

「ッ!?」

 

 

予想外の報告を受けた。

 

なんと、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「バルディッシュッ!!」

 

『Yes sir』

 

「ユーノ、アルフ!!」

 

「わかってる!!」

 

「急ごう!!」

 

 

フライング用のベクトルを変換。

 

飛行魔法を制御して左方向へと旋回し一瞬で光の閃光のごときスピードで、その取り残された一般市民の救助に向かう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

すずかとアリサは立ち尽くしていた。

 

二人とも焦燥に駆られた表情をしている。急に甲高い音が聞こえたと思ったら街中が静寂に包まれたのだ。最終下校時刻のせいで電車やバスがなくなったとは考えにくい。しかし、街灯もビルにある明かりも消え、真っ暗になった道路に人影は一切ない。

 

少なくとも、二本足で立って歩いている、普通の人影は。

 

 

「どうなってるの······?」

 

「やっぱり誰もいないよッ!!急に人がいなくなっちゃったッ!!」

 

「·······ッ!!」

 

「辺りは暗くなるし、何か光ってるし、一体何が起こってるのッ!?」

 

「うん·····!」

 

 

そんなことを言われても、すずかにわかるはずがない。無知な子供が考えたところで、答えは出ない。

 

 

「とりあえず逃げよう! なるべく遠くへ!!」

 

「う、うん!!」

 

 

今できる最善の選択、それは逃げだ。誰もいない中頼れるのは二人しかいない。知恵を出しあって今この状況を乗り切るために頭を働かし、二人は一歩でも遠くへ逃げようとする。

 

そこへ。

 

 

「あの、すみません!! 危ないですから、そこでじっとしててくださいッ!!」

 

 

聞き覚えのある声だった。

 

それはまさしく、先程まで一緒にいた友達。

それはまさしく、同じクラスメイトの友達。

それはまさしく、日常とはかけ離れた友達。

 

 

「え?」

 

「今の、声って·····」

 

 

その声に二人は振り返る。

 

と、

 

そこにいたのは、

 

 

「なのは!?」

 

「フェイトちゃん!?」

 

「「あ······!!」」

 

 

思わぬ再会に両者共に開いた口が塞がらなかった。

 

その返事を返せなかったのは両者とも同じだった。二人とも、明らかに私服とは違う格好をしており、それでいて見たこともない兵器を手にして立っている。

 

それに加え、知らない二人までいた。

 

茶髪の少年とオレンジ髪の女性。見たこともない二人と一緒だったなのはとフェイトに驚きのあまり言葉を失うのは必然だった。

 

本来ならば決して交わる事のない、完全に平行した二つの道。

 

それがついに合わさってしまった。

 

しかしカウントダウンは迫っている。問答に答えている時間などない。

 

 

「二人ともそこでじっとしてて!!」

 

『Defenser Plus』

 

 

フェイトの呼び掛けに応じる前に、二人の周囲を薄い金色の防御結界が展開される。

 

そして、カウントダウンは終えていた。

 

 

ドゴォッ!! という轟音。

 

 

この規格外の魔力の渦に呑まれないよう、なのは達は防御を展開して防ぐものの、斬断の火花が炸裂する。まるで堅牢な拵えの大盾が、打ち合いの中で徐々に崩れていくかのように。なのは達は後ろへ下がろうとはしない。防御を展開し、アリサ達まで攻撃が及ばないように配慮しているのだ。ここを退いたら、二人はあっという間に蒸発する。

 

だから耐える。

 

より一層凄まじい威力で放たれた、破壊の流星群を。

 

 

「くぅ、ううううううッ!!!!!」

 

「ユーノ! 持ち堪えられるかい!?」

 

「や······ってるよッ!!」

 

 

一秒すらなのは達に休みを与えまいとして、破壊の渦がまるで激流のように流れ込み、様々な角度と方向と速度と時間差を使ってなのは達を飲み込もうとする。

 

凄まじい激流だったが、次第にそれは収まっていく。

 

しかし、

 

なのは達の全身からは、熱病のような汗が噴き出している。

 

体力をほとんど使ったといっても過言ではない。このまま戦えば、確実に倒される。そうなる前に、軌道上にいるエイミィに通信を取って二人を保護してもらおうとした矢先、

 

魔導師四人組の体に、魔法生物の触手が絡み付いた。

 

 

「な!?」

 

「これは!?」

 

「う、動けないッ!!」

 

「くッ!!」

 

 

絡み付いた触手はそのまま体に巻き付き、動くことを禁じられてしまった。

 

 

「なのは!?」

 

「フェイトちゃん!?」

 

 

アリサとすずかはフェイトのバリアで守られていたからそれに巻き込まれることはなかったが、それよりも友達の心配の方が優先される。圧倒的な魔力差で動きを封じられたなのは達の元に、すでに死の一歩手前まで追い詰める宣言があった。

 

 

「我が主は」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

「この世界が、自分の愛する者達を奪った世界が、悪い夢であってほしいと願った。我はただ······それを叶えるのみ。主には、穏やかな夢の内で、永久の眠りを·······そして──────」

 

 

無慈悲にも、至近距離まで接近していた『闇の書』はアリサ達を巻き込むような大きさの魔法陣を展開させる。先程のスターライト・ブレイカーよりも、とんでもないほどの魔力出力だった。

 

 

「愛する騎士達を奪った者には······永久の闇をッ!!」

 

「闇の書さん!?」

 

「お前も······()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

 

必死に拘束から逃れるため、なのは達は人体には決して不可能なほどの苛烈な力を加える。体温を異常に上昇させ、血流を狂わせ、酸素を奪い、筋肉どころか骨格にまで悲鳴を上げさせる。その苦痛は熱病どころではない。毒でも飲んだ方がマシかもしれない。

 

それでも『闇の書』は止まらない。

 

鬼神のごとき形相のまま、『闇の書』はアリサ達含め闇の底へ沈み込もうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズバッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、『闇の書』の視界が九◯度真横に折れ曲がった。

 

 

「がぁ······ッ!?」

 

 

何か重たい金属で頭を殴られた。

 

いや違う、

 

()()()()()()

 

しかしそれは『闇の書』を通り抜け、『不可視の斬撃』は躊躇なく鉄筋コンクリート製のビルを次々と切り裂いていった。

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

視覚も聴覚も吹っ飛んでいた。

 

目の前の光景を信じられなかった。

 

ガラガラと硬いものが崩れていく音が酷く遠い。爆弾なんかで吹き飛ばされたというよりかは、ハサミで紙切れを斬るような、あまりにも呆気ない結末。

 

だがあのビルの中にはもしかしたら、すずかやアリサと同じく取り残された人間が何人も詰まっていたかもしれない。

 

 

()()()()()()()()

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

ズタボロになったビルが次々と倒れる中、『低い声色』が聞こえた。

 

『そいつ』はさして興味もなさそうな風に言ってのけた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

声のする方向。

 

低い、静かで、それでいて邪悪さが目立つような嗤い声をあげる。

 

 

ケヒッ、ヒヒッ!! フハハハハッ!! アハハハハハハハハハハハッ!! ハハハハハハははははははハハハハハハハハははははははハハッ!! アッハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!

 

 

警戒に総毛立つ。

 

なのは達の背筋に電流のようなものが走り抜ける。

 

だが遅い。

 

その地に立ってから、全ては始まっていた。

 

『呪いの王』がそこにいる時点で、

 

この世界は既に殺伐とした戦場から、狂笑が絶えない娯楽場へと変貌した。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()·······()()

 

 

人はいずれ死を迎える。

 

だが多くの場合、それは他者の手によるものである。

 

 

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