呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第十九章

 

 

英雄。

 

そう呼ばれた彼はほとんど無敵だった。

 

『魔法』を手に入れた少年は杖を振るうだけで全ては思いの通り。地平線の先まで氷結させるほどの魔力を持ち、または恵みの治癒魔法を与え、あるいは全ての部隊を指示するほどの圧倒的な指揮官としての実力も持っていた。

 

たくさんの人が少年を崇めた。

たくさんの人が彼を英雄と讃えた。

たくさんの人が提督を見習って魔導師を目指した。

 

少年の生まれは『魔法』という概念すら空想上でしかなかった地球。

 

しかしそれを手に入れた少年は瞬く間に出世して今では艦隊の指揮官まで任されるほど。そんな彼に怖いものなんてなかった。そういった力を手に入れ、災厄を目の前から消し去り、己を慕ってくれるみんなを支え導いていった。

 

みんなを笑顔にできれば良かった。

みんなが幸せならそれで良かった。

 

だから自分の行いは、間違ってなんかない。彼はそう信じていた。だから彼は躊躇することなくそれを実行した。だってこれは正しいこと。みんなが笑って幸せになれるのならそれは素晴らしいことなのだから、絶対に過ちではない。

 

でも、不思議だ。

 

そんな英雄とまで言われた彼が、どうして一般市民である虎杖悠仁を暗殺しようとしたのだろうか?

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『虎杖悠仁は今後邪魔な存在になる、だから今のうちに行動不能にしておきたい。最悪、死んでしまっても【闇の書】の暴走に巻き込まれたとでも言えば説明がつく』

 

 

そう言われた双子の使い魔は、思わず絶句した。

 

予想外のことを急に言い出したからだ。

 

誰もいない一室で、英雄とまで謳われた自分達の主人が、そんな物騒なことを企んでるなんて思ってもみなかった。

 

 

『で、でも父様!? 何もそこまでしなくても!!』

 

『私自身もそれは避けたかった············だが見ただろう、彼の未知の力を。あの【闇の書】が魔力を蒐集できないばかりか、守護騎士に致命傷を負わせていた。あの力はいずれ、私達にとって脅威となる。放っておけば、【闇の書の封印】どころか全次元世界をも破滅させるかもしれない。魔法が架空の存在だった世界の出身である私だからわかるんだ。未知の力とは、それだけで恐ろしいのだ』

 

『け、けど─────!!』

 

 

髪の短い方がそう言うも、姉である長い方の使い魔は冷静沈着な態度でこう答える。

 

 

『わかりました』

 

『アリア!?』

 

『今更だと思わないロッテ?』

 

『!?』

 

 

そうは言うものの、彼女自身もどこか辛そうで、しかしこれ以上の犠牲が増えないならば仕方ないと割り切っているように見えた。

 

 

『今までの【闇の書の主】だって、アルカンシェルで何度も蒸発させてる。それに、私達はまだ小さな女の子を永久封印しようとしてるんだよ? もう引き返せないところまで来てるんだから、今更躊躇ったって仕方ないよ』

 

『ッ!!』

 

 

ここにいる全員が正義の味方だ。

 

法に従って、法に従って裁く。典型的な正義の味方で、英雄とまで言われた者達だ。

 

だからこそ、理解しているのだ。

 

法に縛られているせいで、悲劇が繰り返されているのだと。法律によって決められた範囲でないと動けず、違法と見做される行為をすればその者が成敗される。

 

しかし、別に構わなかった。

 

そんなことを繰り返しているせいで悲劇が止められないのなら、もう実行するしかなかった。

 

躊躇うことはない。

 

それが最善の選択だと信じているから。

 

自分が悪の道に堕ちることでたくさんの人が救えるのなら、もう二度とあんな悲劇が起きないのならば、自分達は喜んでそうする。

 

だから、だ。

 

今更、犠牲となるものが一人増えたところで別に構わない。

 

もう、罪を背負う覚悟なんて出来てるんだから。

 

 

『すまないな·······アリア、ロッテ』

 

『いいんだよ、父様』

 

『私達だって、これ以上悲劇を繰り返さないのならなんだってやるって決めたわけだし』

 

 

結局、双子は従った。

 

それが人の道から外れた行いだとしても、最終的に平和に繋がるのならば自分達の自己犠牲だって安いものだ。

 

とは言っても、やはり辛いものは辛い。

 

まだ何の罪も犯していない少年少女らが·······尊い犠牲になるなんて。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「······」

 

 

彼はソファーに座り込んでいる。

 

そんな彼を、どういうわけか管理局武装局員が囲んでいた。

 

彼らは魔法の障壁を展開する前衛と杖を持つ後衛の二人組で動いていた。その障壁は囲んでいる彼の攻撃ではなく、杖から放たれる跳弾を防ぐためのものだ。一丁、二丁どころではない。この部屋全体を埋め尽くすほどの局員が彼を囲んでいる。

 

英雄と呼ばれた、ギル・グレアム提督を。

 

彼らは一人として、その英雄に対して畏怖の感情を持っていない。何しろ彼は『違法』を犯しているのだから、杖を向けても問題ない。

 

それでも彼は臆さない。

 

己の状況を省みず、杖を向けていることに責めもせず、むしろ不敵な笑みを浮かべている。強者故の余裕か、もしくは情状酌量の余地はないとわかったのか。抵抗するつもりもなく、彼はただ目を閉じて待っている。

 

これからやってくるであろう、本当の正義の執行を。

 

 

「·······」

 

 

遅すぎだな、というギル・グレアムの唇の動きにさて『少年』は気づいただろうか。

 

 

「あの仮面の二人組·······リーゼ達の行動は貴方の指示ですね? グレアム提督?」

 

「······ああ」

 

「『違法』と知りながら、それの実行に移したこと······民間協力者である虎杖悠仁の命を奪おうとしたことも、貴方の指示ですか」

 

「······そうだ」

 

 

この武装局員達の中で唯一武器を持っていない少年、執務官クロノは自分の育ての親とも呼べる存在のグレアムと顔を合わせるように反対側のソファーに座っている。

 

彼はまるで初めから観念しているかのように話し出す。

 

もう、クロノ達があらかたの事を掴んでいると、読んでいたからだ。

 

 

「十一年前の闇の書事件以降、提督は独自に闇の書の転生先を探していましたね? そして発見した。闇の書の在処と現在の主──────“八神はやて”を」

 

「あぁ」

 

「しかし、完成前の闇の書と主を押さえてもあまり意味がない。主を捕らえようと、闇の書を破壊しようと、すぐに転生してしまうから。だから監視をしながら闇の書の完成を待った。恐らく見つけたんですね·······『闇の書の永久封印の方法』を」

 

「·······その通りだ」

 

「それで、闇の書に蒐集されず、守護騎士達の邪魔になる存在だった虎杖悠仁の命を狙った。前者はまだ未遂で済むでしょうが、彼を襲った事は流石に弁解の余地はありません。これは明らかな犯罪ですよ、グレアム提督」

 

「·······承知している」

 

 

それをわかった上で、グレアムは何も抵抗することなく、まるで手錠を掛けろと言わんばかりに両手を差し出す。

 

 

「ギル・グレアム提督······違法行為及び民間協力者の殺人未遂の疑いで、貴方を逮捕します」

 

 

部屋中が落胆に包まれる。慕っていた相手が犯罪行為を犯していたのだ、それで絶望しない人はいないだろう。

 

だが、彼はそれを願っていた。

 

止めてほしかったのかもしれない。

 

だから、正義の天秤を司る裁判所に彼はこれから送られる。

 

そんなクロノの言葉に彼は笑っていた。

 

最後まで、優しく。

 

 

「抵抗はなし。弁護の機会は────────」

 

 

と、言いかけた時だった。

 

 

ドチャッ!! と。

 

 

どこか粘り気のある湿った音、そして鉄臭い匂いが部屋中に充満した。音源は丁度クロノとグレアムの間からだった。二人の前にあるテーブルに、二つの個体が虚空から現れた。

 

二人は見覚えがあった。

 

どう見てもこれは、

 

 

「アリアッ!? ロッテッ!?」

 

「こ、これは······!? 一体どういうことだ!? リーゼ!?」

 

「が、アぁ······ッ!!」

 

「父、様······クロ、ノ·······ッ!!」

 

 

髪も肌も恐ろしいほどに真っ赤に染まった双子。

 

クロノの師匠、グレアムの使い魔、リーゼ姉妹は二人とも片腕だけを残して、あとは鋭利な刃物で切り裂かれたかのように傷口から大量の鮮血を溢れ出す姿で現れた。

 

息をしているだけでも奇跡だ。

 

長袖やスカートは元の色がわからなくなるほど紅に染まり、切り裂けれた傷口からは血管と骨が飛び出している。

 

 

「っ······ぐッ!!」

 

 

クロノは思わず喉に指を突っ込まれたような吐き気が込み上げてきた。吐くな、とクロノの心が吠えている。一体何を見て吐こうとしている、それは自分の師匠だぞ、そう思った時不意にクロノの視界は師匠達の腹を捉えた。

 

赤色に染まった肌の表面に、うっすらと飛び出している。

 

ぶよぶよしたそれは───────

 

 

「お、おぇぇぇええええッッッ!!!??」

 

 

瞬間、ついに耐えられなくなったクロノは体をくの字に折り曲げた。

 

口の中に酸っぱい味が広がったと思った瞬間、胃袋の中身がまとめて口から飛び出す。

 

自分の師匠達が、

自分の使い魔が、

 

汚い音を立てて床に落ちた吐瀉物が部屋中に広がる血の海と混ざり合い、奇妙な模様を作り出す。

 

嫌に鉄錆臭い、嫌な匂いが鼻にこびりつく現状に、武装局員も顔色を青くして後ずさった。

 

そんな中でも平常心······いや、もう形振り構っていられなかったのかもしれない。

 

 

「ふ、二人を、は、早くッ!! 早く治療してくれッ!!」

 

 

グレアムですら流石にこの現状には青ざめていた。自分の使い魔が、リーゼ達が死ぬ一歩寸前までの状態になって帰ってきた。そんな彼の呼び掛けに応じるものはいなかった。彼が犯罪者だから、というわけではない。目の前の赤と紫の光景を前に、彼らもまた正視に耐えられず顔を逸らす。おまけにこのむせるような血錆びの臭い、手を口に当てて吐き気を堪える。嗅いでるだけで胸が焼けるようだ。

 

そんな彼らを見かねて、犯罪者は自ら追加の局員と医療チームを呼ぶ。

 

何を喋ったかは自分でもわからない。

 

ただめちゃくちゃな、説明にもなってない何かを叫んでいた事は、通信履歴に残った音声録音として記録されていた。

 

 

「麻酔と昇圧剤ッ!! あと輸血の準備ッ!!」

 

「麻酔はダメだッ!! くそ! ショック症状が出ている!! この状態で麻酔なんて使ったら血圧が低下して彼女達の息の根まで止めてしかねない!! とにかく医務室に運べッ!!」

 

 

駆けつけた救急医療局員と追加の武装局員が対応し、クロノはただ何もできず成り行きを見守るしかなかった。

 

もはや逮捕どころではない。

 

グレアムのことすら忘れてしまうほど、目の前のあの光景が瞼の裏にこびりついているような、そんな錯覚がした。

 

 

「誰に·······誰にやられたんだッ!! ロッテ、アリアッ!?」

 

 

駆けつけた救急局員の下がってくれという指示を無視して二人に近づくグレアムのその切羽詰まった声に、普段から流血に慣れているであろう彼でさえ取り乱しているのが容易に想像できた。

 

まだ意識が残っていた、今にも手放しそうなアリアが答える。

 

 

「い······いた、ど、り·····ゆ、う······じ」

 

「「!?」」

 

 

それだけを言い残して、二人は部屋から連れ出された。救急局員は無線を使ってすぐに治療できるように搬送先のオペ室と連絡を取り合っているみたいだが、それよりも先ほどの言葉。

 

 

─────虎杖悠仁。

 

 

彼女は確かにそう口にした。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

クロノは思わず部屋から飛び出した。もはや歴史に残る逮捕劇なんて眼中にないほどに、クロノの背中は焦燥に駆られていた。

 

そんな彼を止めるものがいた。

 

英雄から犯罪者へと堕ちた、ギル・グレアム提督だ。

 

 

「何をするんですか!? 離し─────ッ!!」

 

「これを持っていきなさい」

 

 

そう言って強引に手のひらの上に乗せられた『一枚のカード』。それを見たクロノはこれが何なのかすぐに理解した。

 

 

「氷結の杖、『デュランダル』だ。どう使うかは君に任せる。私は逃げも隠れもしない、だから急いで現場に向かいなさい」

 

「········はい!!」

 

 

こうしている今も、高町なのはの、フェイト・テスタロッサの、あの幼い子供達に危険が及んでいることが脳裏にちらつく。

 

それを思えば思うほど、彼の意識を強くひどく揺さぶる。

 

懊悩に苛まれる執務官は急いで現場へと向かう。

 

真実を、知るために。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「なんともまあ、随分と醜悪な姿になったものだな······小娘」

 

 

飛び下りてきた一人の人間。

 

虎杖悠仁。 

 

鉄血にして熱血にして、優しい男。 

 

彼は人間だ。 

 

優しい瞳に赤みがかった短髪を持つ、敵に対しても拳を振るうことを躊躇するような、しかしそれでも心優しい人間だ。

 

だが今はどうだ? 

 

血も凍るような赤い瞳の下に、一対になるように開眼された二つの目。それに加えあの刺青。顔面を含めた全身に紋様が浮かび上がり、袖を失った片腕にまで広がっている。彼の足元の地面が罅割れている。着地の衝撃だろうか、火口から噴き出す炎を彷彿とさせるように虎杖の髪が重力に刃向かって上に逆立っている。

 

ハッキリ言って異常だ。

 

この場にいる全員に、得体の知れない悪寒が全身を駆け巡る。

 

 

「ゆ、悠仁······君?」

 

「許可なく口を開くな」

 

「!?」

 

「不愉快だ」

 

 

ゾワッ!! と。

 

息が詰まるほどの威圧。

 

嗤っている。

 

嗤っているのに、目を合わせただけで死にそうだ。

 

心臓が痛い。動きたくても動けない。息を吸うだけで肺が焼ける。重い、声が、威圧が。手足に力が入らなくなる。立っていられるのも奇跡だ。

 

夜の闇の全てが何億もの眼球となってなのは達を睨み付けるような、絶大なる殺意。

 

 

「お前のような餓鬼の勝手な判断で『つまらん小僧』の名を吐くな」

 

 

引き裂かれる笑みの口から、闇が噴き出したような低い声。

 

それは明らかに今までの彼とは違う。

 

彼から放たれる言葉に、皆が冷や汗を流している。

 

暴れ狂う心臓の鼓動、不規則極まりない呼吸、明滅し混乱する思考·······その一つ一つは、確実に彼女達が今異次元にいることを証明している。

 

いつの間にか手についた誰かの血液を舐め取りながら少年は、カッカッ、とまるでわざとしているかのように靴音を立てながら、なのは達に近寄る。その音が自分に向かってくるのを聞いて、なのはは恐怖で顔をさらに歪ませた。

 

そこでなのは達は、自分の両足がガタガタと震えるのを感じていた。

 

いや、足だけではない。

 

手も、歯も。

 

自分の全てが目の前の『化物』に恐怖を感じて、脳が今すぐここから逃げろと警報を発している。それでも逃げる事が出来ないのは、目の前の少年の恐怖がそれほどまでに強いのか、それともこれは全て悪い夢ということにしたいのか、現実が追い付かず勝手な行動が許されないのか、はたまたその全てか。

 

ガタガタと震える少女達、それを愉快そうに少年が楽しく告げてくる。

 

背後から。

 

 

「そう脅えるな。今は機嫌がいい、少し話そう」

 

 

歪んだ空気は一瞬で吹き飛んだ。瞬きの間、いつの間にか虎杖はなのはとフェイトの背後にいた。

 

速い。

 

なのはもフェイトも、他の四人もその動きを全く視認できなかった。もしこれが攻撃であったら······全員の頬を冷たい冷や汗が伝う。

 

 

「言っておくが、俺は小僧ではない。ちゃんとした名がある」

 

 

虎杖はわけもわからない事を口にして馴れ馴れしく二人の間に入り、長く尖った赤黒い爪を二人の肩に置く。

 

動けば死ぬ。

 

そう生存本能が語っているようだ。

 

外見は虎杖悠仁なのに、その言葉はどう聞いても他人のものだった。

 

あの柔和な声はどこにもなく、仲むつまじい恋人のように耳元に口を寄せて、その低く冷たい歪んだ声が二人の鼓膜を響かせる。

 

 

「“両面宿儺”·······と言っても無知なお前らには伝わらんか」

 

 

あまりにも、さらりと語られたその名前に両手を置かれている二人は凍った。

 

何を言ってるんだ?

 

どう見ても虎杖悠仁にしか見えないのに、それは別の名前を口にした。

 

 

「悠、仁?」

 

「小僧なら永い休暇に入ったぞ」

 

 

にたにたと嗤って、宿儺と名乗ったそいつはフェイトの肩を撫でる。

 

 

「この俺がこんな小僧に行動を制限されるのは屈辱であり怒りばかりが募った。だが、今は違う。小僧が死んだ今、俺がいなければ奴は生命維持できない」

 

「な、何を、言ってるの·······? 悠仁君!?」

 

「俺は小僧の目を通してずっと見ていた、弱いお前らの事を。つつけばたちまち崩れてしまうようなお前ら生き物(ガキ共)が未だにあの小娘を殺せずに迷っている。折角殺せるほどの力を手にしておきながら、敢えてそれを使わない意気地無しには正直興が湧かん」

 

「ゆ、悠仁······!?」

 

「そして────────」

 

 

少年は二人から手を離すと前を歩いていき、頭からの出血を押さえている女性に視線を移す。

 

 

「恵まれた力を呪われたと思っているような小娘には、『本物の呪い』とは何なのかを教えてやろう」

 

「······ッ!!」

 

「そうだなぁ······まずは『下拵え』といこう」

 

 

瞬間、空気がまとめて切り飛ばされた。

 

なのはとフェイトの真上に何かが閃いた。

 

何かが、少年、その手元から。

 

目の前の現象に対して、少女達の理解が遅れてバラバラになるほどの速度だった。あっという間、最初なのは達の目にはそれが凄まじく長い光る衝撃波、あるいは三日月のように見えたのだが、実際には違った。

 

手刀。

 

振り向きざまに手の指をそろえて伸ばし、刀のように用いたそれは空気の刃を生み出し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「··············え?」」

 

 

だから、致命的に遅れた。

 

血を噴いて地面に叩きつけられたアルフを、少女達は完全に見送ってしまった。油断していた彼女は、当然ながら自前の防御魔法で防ぐことはできない。少年はそれを理解してから手刀を放った。

 

 

「アルフッ!?」

 

「アルフさんッ!?」

 

 

アルフは動かない。

 

その場で倒れて道路を赤く染めながら、呻き声一つ上げない。

 

何しろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「き────」」

 

 

それに真っ先に反応したのは、普通の日常を送っていた少女達だった。魔法とはかけ離れた生活を送ってきた彼女達は目の前の流血を目にして甲高い悲鳴を上げていた。

 

抱き合って、この世のものとは思えない光景をこれ以上は見ないように目を固く閉じて、

 

 

「「キャァァァアアアアアアッッッ!!!??」」

 

 

響き渡る絶叫は快楽のテイスト。

 

溢れ出る鮮血は芳しきスパイス。

 

筋繊維や神経、血管を断ち切る感触は筆舌に尽くし難い。

 

 

「アルフッ!? 返事をしてッ!! アルフッッッ!?」

 

「アルフさんッ!?」

 

「首を切断するつもりだったんだが、まだ体が順応できてないな」

 

「「ッ!?」」

 

 

その声に振り向くなのは達。

 

少年は自分の首を斜め左右に揺らすことでポキポキと鳴らして、攻撃を放ったであろう掌を開いては閉じてを繰り返している。

 

本調子ではないとでも言いたげな顔で、

 

 

「どっちみち、放っておけば失血で死ぬな。次はちゃんと狙おう」

 

「う、うわァァァアアアアアアッ!!!!!」

 

 

黙っていれば死んでしまう友を前に、思わず感情が揺れてしまったフェイトは激昂して虎杖の体を引き裂こうとする。

 

バルディッシュから放たれる魔力刃に、宿儺と名乗ったそいつは片手をポケットに入れたままもう片方の腕で埃でも払うかのように弾いた。

 

 

「つまらん」

 

「ッ!?」

 

「これが『魔法』か? まだまだ足りんな」

 

 

爆音、というより衝撃波が一面に炸裂した。

 

表に並べられたテーブルや椅子を吹き飛ばし、クリスマスツリーや雪だるまの飾りを薙ぎ倒し、容赦なく根こそぎ抉り取られる。

 

商店街のウィンドウはもちろん、街灯や街路樹までも粉々に四散させていく。

 

 

「フェイトちゃんッ!!」

 

「なのはッ!!」

 

 

咄嗟になのはがフェイトの前に入り障壁を張らなければ、今頃彼女の体はまとめて飛び散って道路を血染めにしていたはずだ。なのははフェイトを守ってそのまま滞空し、ユーノは防御に専念して虫の息のアルフに一般人のアリサとすずかを命懸けで守った。

 

 

「二人ともッ!!」

 

「「ッ!?」」

 

「撤退するよ!! アルフを早く治療しなき───────」

 

()()()()()()?」

 

 

声が横から聞こえてきた瞬間、

 

ゴン!! という衝撃が後頭部辺りに走り抜けた。

 

ただ単に顔を掴まれ道路に倒された、と気付く前に虎杖の顔が見下すようにユーノを見つめる。

 

 

「おいどうした? もう終わりではないだろうな?」

 

「がッ!?」

 

「ほら頑張れ頑張れ」

 

 

グゴキッ!! という鈍い感触と共に、骨と骨を擦り合わせるような激痛が顔面を走り抜ける。

 

あまりの痛みにのたうち回りたくなるユーノだが、彼の足が鉄柱みたいに動かない。悲鳴も上げられず彼の足を掴むユーノだが、少年の表情は少しも変わらなかった。

 

 

「······ッ!?」

 

「ユーノ君!?」

 

「ユーノ!?」

 

 

グギギギガギゴリ!! と鼻が折れる音が響き、強烈な痛みが連続する。

 

堪えようと思った時にはすでにユーノの瞳から涙が溢れた後だった。何故こうなったのかわからない理不尽さ、手も足も出ないほどの圧倒的な暴力に対する恐怖、そして状況を打破できない悔しさ。負の感情の全てが複雑に混ざり合い、巨大な重圧となってユーノの人格を内側から圧迫していく。

 

そして、その中で意図的に提示される逃げ道。

 

 

「呆けている場合ではないぞ? 俺にばかり構っていると、それこそ仲間が死ぬぞ? こんな餓鬼は見捨てて、その駄犬と共に逃げたらどうだ·······なぁ?」

 

「「ッ!!」」

 

 

激痛に明滅する中、少年の声が響く。そう言って、彼はユーノから足をどけると、また頭を狙ってその場に固定する。

 

少年は振り上げた足に力を込めた。

 

まるで空き缶でも潰すような気軽さで足を動かし、

 

 

意気地無し(クソガキ)

 

 

嘲るような、哀れむような、ゴミを見るような目付き。

 

あれは、

 

虎杖悠仁·······じゃない。

 

味方······じゃないッ!!

 

 

「うわァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

『Strike Flame』

 

 

吼えと共に爆音が鳴り響いた。

 

槍と化したレイジングハートを持って突進してきた高町なのは。

 

瞬間突撃システム『エクセリオンバスター : A.C.S』

 

半実体化する魔力刃を先端に形成し、充填したエネルギーを対象の防御突破のための高速突撃に使用する。この攻撃は突撃によって対象の防御を貫通、相手の防御の内側に向けて零距離射撃を撃ち込む一撃必殺の形態。威力余波の処理等の問題は多く見られるが、いかなる妨害や困難があろうと、それは突破できる。

 

よって激突の結果は明らかだった。

 

なのはの一撃を受けた少年が後方へと吹き飛ばされる。道に面したどこかのファーストフード店の中へと突っ込み、バキバキと内装を破る音が連続した。しかし高町なのはの顔に油断はない。いつ如何なる時でも気を抜いてはならない。

 

 

「ユーノ君! アースラまで長距離転送ッ!! アリサちゃんとすずかちゃんもッ!!」

 

「う、うんッ!!」

 

「アルフッ!! アルフッ!?」

 

「·······ッ!!」

 

 

などと作戦を立てている中、爆破テロでもあったような店内からジュースを飲みながら歩いてくる少年の姿があった。

 

無傷。

 

いや、ダメージはあったはずだ。

 

実際彼の制服の胸元には穴が開いており、そこになのはの槍が貫通したが、この短時間で修復したのだと思われる。

 

彼は何事もなかったかのようにジュースをストローから飲むと口には合わなかったのか唾液と共に吐き出し、片手に持っていたポテトを口に放り込むも、それも不味かったのか不快げな顔をする。

 

 

「不味い」

 

 

と、言いつつそれらをポイ捨てすると少年の手は蚊でも払うかのように、スッと、横に振られる。

 

不可視の斬撃。

 

しかし、それはどこにも当たらなかった。

 

広範囲に展開されたユーノの魔法陣がアリサ達を含めて虚空へと消えた。その実体を疑いたくなるほど無音で、空気に溶けていくように。

 

 

「さてと──────」

 

 

けれどもそんなことは然程にも気にしてないのか、むしろ邪魔者はいなくなって清々したと言うかのように、彼の視線は改めて滞空している小娘へと向けられる。

 

手の関節を鳴らして、赤黒い爪をさらに鋭く伸ばし、

 

 

「これで晴れて二人きりだ。今度こそ、殺す。特に理由はない」

 

「········」

 

 

上空に浮かんでいた『闇の書』が、地に足を付ける。

 

そんな彼女を彼はニヤニヤと嗤っていた。あからさまな挑発だが彼女は無視した。

 

 

「お前も、我が主と騎士達を苦しめた」

 

「·······ケヒッ·······!」

 

「残り僅かな時を、暖かな気持ちで過ごせていた」

 

「ヒヒッ!」

 

「·····何を笑う?」

 

「嗤えるからだ、当然だろう? ずっと退屈していたんだ。それで今ようやくそんな退屈凌ぎになりそうなほどに面白いことの只中にいる。そんな時、人は嗤うもの。などと言っても、お前には通じんか·······『呪われた古書』ごときでは」

 

「·······なるほど。侮辱されたのだな、私は。ならば『呪い』らしく─────」

 

 

少年は嗤う。

 

ゲラゲラと、

 

人間らしく、

 

呪いらしく、

 

裏表なく、

 

純粋な笑みを浮かべて。

 

 

「その侮辱に応えようッ!!」

 

「やるかッ!!」

 

 

『闇』の二人の叫びが空間を震わせる。

 

その赤黒く染まった両手を一度開いて再び握り、少年の体を奪った両面宿儺は『闇の書』の元へと走り込む。

 

さあ、

 

与太話は終わりだ。

 

ここに最も大きな戦いをおっ始め、愉快な物語を作り上げよう。

 

 

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