呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第二十二章

 

 

艦橋。

 

アースラで現地の映像を見ていたリンディ提督となのはとフェイトは常時顔面を真っ青にしていた。艦長席に腰掛けていたリンディは思わず胃の中の物を戻してしまった。

 

目の前に広がった光景を未だに信じられなかったのだ。

 

何しろ、海鳴市の街並みで『闇の書』と虎杖悠仁が、まるで戦争さながらの攻防を繰り広げていたのだから。

 

一瞬、ここが日本の、しかもただの街中であることを忘れてしまいそうになる光景。魔法が舞い、魔法陣が輝き、そして目に見えぬ斬撃が整然とした街並みを瓦礫の山へと変えていく。

 

先刻、この事件の裏で動いていたギル・グレアム提督の逮捕命令が下った。そのためクロノ含め他の隊員達が出動し、それから『闇の書』の主についての真相を聞いて事件の解決へと向かうはずだったのに、今起きているこの光景は何だ?

 

『闇の書』の暴走は前例があると放置しておいて、それを圧倒し一方的な攻撃を仕掛ける虎杖悠仁のその恐ろしさについ目が行ってしまう。

 

気を取り直すように大きく深呼吸をし、隊員達に指示を出す。

 

 

「武装局員を現地に配置、速やかに虎杖君の拘束をお願い!!」

 

「はい!!」

 

「なのはさんとフェイトさんは待機! まだ温存してて!!」

 

 

リンディの指示に従い、武装を纏った局員達が出動し、空中に展開していく。

 

少女二人、高町なのはとフェイト・テスタロッサは待機を命じられたものの、その時間は苦痛そのものだった。

 

 

「·········ぅッ!?」

 

 

フェイトは、嫌でも入ってくるように作られた巨大なスクリーンから入ってくる映像に崩れ落ちる海鳴市を見ながら自分の喉からそんな声が漏れるのを聞いた。

 

愛機、バルディッシュを手に持ちながら小動物のように小刻みに肩を震わせ、数瞬の間、身体の制御を手放す。

 

指が。

 

バルディッシュを持つ手が、微細に震えているのがわかる。

 

だって、

 

あの心優しい少年は、

 

自分となのはの命の恩人は、

 

自分達の世界を────────

 

 

「────ん」

 

「········ッ!!」

 

「────ちゃん!!」

 

「·············ッ!!!!!」

 

「フェイトちゃんッ!!」

 

「ッ!?」

 

 

隣にいるなのはが必死に呼び掛けてくれたおかげで我に返る。

 

なのはは珍しく顔を険しくしており、戦慄した様子で映像に映る虎杖を睨んだ。

 

 

「あれは、悠仁君じゃない」

 

「!!」

 

「さっきレイジングハートが言った言葉。もしその通りなら、あそこにいるのは悠仁君の身体を奪った別の誰か!!」

 

 

虎杖悠仁。

 

冗談のような精度を誇る魔法を圧倒的な『別の力』で捻じ伏せた。異端技術を己の手足のように使いこなす練度。

 

 

『ケヒッ、ヒヒッ!』

 

 

映像に届く虎杖の唇が笑みの形に歪めると、辺り一帯を遮蔽物というもの一つすらない更地に変えた世界を見てクスクスと嗤う。

 

虎杖は料理を味わうように暫しの間目を伏せると、息を吐いて仰向けに倒れている『闇の書』を見下している。

 

そのまま海へと吹き飛ばした『闇の書の呪い』を眺めていたが、一切関心を持たずにポケットに両手を突っ込みながら歩き出す。あれだけの強大な力を以ってしても破壊できない、だがその力はこの世界では脅威的で、下手したらあらゆる世界にいる強者の魔導師を招集しても敵いそうにないほどに圧倒的だった。

 

だから。

 

現場に向かった武装局員なんかじゃ、到底取り押さえられるはずもないことはわかっていた。

 

 

『動くなっ!!』

 

『?』

 

 

虎杖は不意に声をかけられた感覚に、眉をピクリと動かした。

 

 

『虎杖悠仁! 時空管理局規定に基づき、貴様を逮捕するッ!!』

 

『·······フッ』

 

 

リンディが送った武装局員が虎杖を包囲しても、彼は相変わらず笑みを崩さず、むしろ不機嫌そうに鼻を鳴らしてみせた。

 

 

『それはあの女の命令か?』

 

『ッ!! そ、そうだ!! リンディ提督の命令で我々は────』

 

 

それを聞いた瞬間に彼は顔を歪める。

 

まるで。

 

馬鹿な女だ、とでも言いたげに嘲笑っている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『『『『『!?』』』』』

 

 

虎杖が言うと、武装局員達の目が鋭くなる。

 

その目付き。

 

まさに殺人鬼のような、人を人とも思わない異常者の目。

 

彼らだって管理局員だ、ならば今までも凶悪な犯罪者を相手にしてきただろう。

 

それでも。

 

今まで感じたことがないほどの恐怖を覚え、息を呑むような音が映像からでもわかるくらいにハッキリ聞こえた瞬間には、少年は御馳走が追加されたことに歓喜するような口調でこう言う。

 

 

『男の肉などつまらんが、まあ腹の足しにはなるだろうな』

 

 

それは自分達が捕食対象だということを明確にする宣言。

 

彼らは言ってしまえば、皿に盛られた料理みたいなものだった。

 

昔、とある文豪が書いた作品にこんなものがあった。

 

山へ狩りに出かけた紳士が西洋の料理店を見つけて入っていくと、奇妙な注文の数々が客に課せられるお話。その多くの注文は実は入ってきた客を調理するための準備であり、店は客を料理する側だったと判明する。最後の扉の前で、彼らは扉の奥でこちらを睨みつけているいくつもの目を目撃することになる。

 

すんでのところで扉の向こうに行かずに喰われることはなかった彼らだが、現在現場にいる武装局員は一足遅かった。

 

彼らは今まさに喰われようとしている。

 

虎杖悠仁の中に巣食う、『邪悪な何か』に。

 

そのことを本能で察したのかはわからないが、隊員達は全員が合図を合わせて一斉に魔法を発射し、混戦を極める戦場の中に攻撃を投じた。魔法で強化された視力で、荒れ狂う爆炎と硝煙の中を飛び回る幾つもの球体が弾となって少年に迫り来る。

 

 

『ケヒッ!』

 

 

だが虎杖はひらりとそれを避けると、道化のような仕草をしながら反撃のために跳躍する。まるで遊んでいるかのような調子である。

 

もう、喰われる側として恐怖の感情を抱くには遅すぎた。

 

注文の多い料理店のその最後の扉の向こうに、彼らは足を踏み入れてしまったのだ。

 

そして、

 

一方的な虐殺をまだ幼い少女達は目にした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『ア、が·······ッ!?』

 

 

最後の一人。

 

武装局員の首の骨を折ってもぎ取ると、その頭をくるくると回しながら独り言を呟いてくる。

 

 

『聞こえているか?』

 

「「「!?」」」

 

 

それは明らかに誰かに話しかけているような口調。

 

しかし現場には生きているものは誰一人としていない。ならばそこにはいない誰かに話しかけていることになるが、少年が一体誰に対して声をかけているかはすぐにわかった。

 

 

『必死なのだな、お前らも。だがその必死さ故に判断を誤ったな。しかし、わざわざ俺のために新鮮な肉を運んできたことだけは褒めてやろう』

 

 

そう言ってもぎ取った武装局員の頭に齧り付く少年。

 

喰われた部分から赤く染まった白い骨のようなものが見えた気がしたが、その残酷さに思わずフェイトとリンディは目を背けてしまった。

 

というか、そこにいた者達全員がその光景を見ていなかった。

 

手や腕で目を覆い隠す者や顔を下に向けて耳を塞ぐ者など、とにかくその残忍な行為を記憶に残さないようにしている。様々な事件の解決に携わってきた彼らでも、その惨さには耐えられなかった。

 

 

「··············」

 

 

だがその中で、唯一最後まで見ていた者がいた。

 

小さき少女ながらも不屈の精神を持っている、天賦の才を持ち合わせた魔導師。

 

このまま成長すれば一流のエースに必ずなれるとまで言われた、逸材の中の逸材。

 

本来争い事や危険とは無縁の穏やかな日々を送るはずだった少女は、強大な力を手に入れてからその大いなる力に責任を感じ、それを人のために使おうと決意した。

 

だから彼女は最後まで目を離さなかった。

 

その光景、残酷さ。

 

それらを全て受け入れた上で判断する。

 

映像の中の虎杖はさらに笑みを濃くして武装局員の頭を投げ捨てると、んん、と小さく背伸びをする。

 

頭の中で何かを浸っているのだろうか、それを見ているとどうしても殺意が湧いてしまう。

 

それを理解していたのか。

 

虎杖は目に見えないカメラに視線を向け、凄絶な笑みを浮かべた。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

高町なのはは、これまで感じたことがないほどの感情を剥き出しにする。

 

歯を食い縛るなのは、それを見たフェイトは思わず息を呑んだ。

 

 

「な、なのは······」

 

「わかってるよ、フェイトちゃん」

 

 

刺青まみれの虎杖悠仁は両手をポケットに入れて口を歪めて嗤っている。

 

勝利条件はわかっている。

 

しかしそれはなのはにとって少年に対して恩を仇で返すようなもの。

 

あの少年には一度救われている。こちらに来てから右も左もわかっていなかったはずなのに、彼は迷わず自分を救ってくれた。敵か味方かもわかっていないのに、ただ自分が苦しんでいるのを見ていられなかったからという理由だけで助けてくれたのだ。

 

そんな心優しい少年と一緒に過ごす日々は楽しかった。

 

模擬戦の時でさえ、自分にはあまり深傷を負わせないように細心の注意を払っているように行動していた。

 

そんな彼を············今から叩きのめしに行く。

 

これだけのことをした虎杖に対してこちら側からギブアップを伝えても、何の意味もない。もし仮にレイジングハートが言っていたように虎杖の身体に別の何かがいるとするのなら、それをぶっ飛ばすのが一番手っ取り早い。

 

なのはは意図して、一度だけ深呼吸した。

 

それからリンディ提督に言う。

 

 

「私に、やらせてください」

 

「!?」

 

「お願いしてるんじゃありません·······行かせてもらいます」

 

 

少女は確固たる決意を持って、切り裂くような寒さに支配された外の世界へと繋がる転送装置へと足を置く。

 

あの少年は、結界で覆っているとはいえ自分の故郷を粉々にした。

 

二四日が終わろうとしている。

 

神の子が生まれた聖なる日に邪悪な存在の命日なんてあったらややこしい。

 

今日、二五日になる前に少年を『こっち』へ連れ戻す。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

街の星は見上げるものではなく、見下ろすものである。

 

街灯、窓の明かり、車のヘッドライト、街を彩るイルミネーション。

 

クリスマスを祝うために皆が必死に用意した舞台で、暗闇の中に瞬く幾つものチンダル現象を眺めながら、怪物はふっと目を細めた。

 

血と壊れたデバイスを踏みつけながら、小さく息を吐いた。

 

別に目の前に広がる景色に感動を覚えたわけでもなく、甘いロマンチシズムに浸りたくなったわけでもない。そのような青臭い感傷には飽き飽きしている。小僧の身体を自由に動かせることも、別にこの聖夜の夜景を楽しみたいからではなく、辺り一帯を血で染める方が『呪いの王』としての位置にいやすい。

 

そう、ただ単純に。

 

依り代の身体を伝って、あることを為し遂げたいだけなのだ。

 

 

「フフッ······ハハハッ!!」

 

 

少年の体に宿った怪物は小さく肩をすくめると、再度吐息を溢した。

 

それから数分と待たず、上方から目の前───怪物のいた場所に何か桜色の光の柱が落ちてくるのが見えた。

 

次の瞬間、凄まじい爆発音が響き渡り、視界に広がっていた景色が炎に包まれる。

 

そんな中でも怪物の周囲だけは何の被害もなかった。彼の持つ術式の影響で、怪物の立つ場所のみ攻撃は届いていない。

 

 

「もうやめて······悠仁君」

 

 

空中から砲撃を放った少女、高町なのははこれ以上の罪は重ねないように声をかけるも、その目は明らかにこちらを見下していた。

 

位置の問題もあっただろう。

 

だが、少年ではない怪物のような存在に友人のような距離感で接するのもおかしな話だ。

 

 

「ケヒッ、ヒヒッ!」

 

 

前方、怪物のいた方向から不敵な声が聞こえると同時、そこに蟠っていた煙が風に巻かれるように霧散する。

 

その中心には平然と両手をポケットで温めている少年の姿があった。

 

 

「─────で? 何しに来たクソガキ」

 

 

余裕の態度を崩さない怪物。

 

ポケットに手を入れたまま平然と歩いてくる様子に、なのははその舐め腐った態度が鼻について奥歯を噛み締める。

 

 

「はあ··········」

 

 

少年の体が小さく息を吐き、埃を払うように手を振ったら鋭利な斬撃が三六◯度に展開されて覆うように広がっていた焔の壁が空気に溶けた。

 

そしてこの魔砲を放ったであろう小娘に目を向けると、嘲るように顎を上にやる。

 

 

「大人しそうな性格をしておきながら不意打ちとは、随分と大胆な手段を取ったな」

 

「········あなたは悠仁君じゃない」

 

「ああそうだ、その通りだ。だが理解しているか? 俺を殺せばこの小僧も死ぬぞ?」

 

「·········」

 

 

高町なのはは無言で、キッと視線を鋭くした。

 

恐らくそれが愛機への指令だったのだろう。構えられた杖から魔法陣が展開し、無数の球体が姿を現す。

 

そしてそこから一斉に、怪物に向かって桜色の礫の雨を降らせた。

 

魔法制御による完璧な弾道。

 

流れ弾にはならない全ての殺傷弾が怪物に迫り来る。

 

 

「·········」

 

 

少年の体が悠然と手を翳す。

 

するとその手の中から無数の斬撃が立ち上り、なのはから放たれた球体を全て塵へと変えた。

 

そんな怪物の姿を見て、普段温厚な高町なのはがその顔を憤怒に染め、虎杖を睨み付けている。

 

 

「悠仁君の体で、好き勝手しないで」

 

「なら何故攻撃する? しばらく見ぬ間に性格が変わったのか? 言ったはずだぞ? 俺を殺せば小僧も死ぬと·····同じことを二度も言わねば理解できぬほど愚かだったのか貴様は?」

 

「悠仁君の、体を返して」

 

「·······」

 

 

くすくすと。

 

あくまでも。

 

くすくすと、だ。

 

 

「たったそれだけのためにここに来たのか? 小娘風情が俺をどうにかできるとでも?」

 

「できる」

 

 

少女は言いきった。

 

迷いもしなかった。

 

 

「悠仁君は、私が命に変えても必ず取り戻す。あなたがどこの誰かは知らないけど、これだけはわかる。悠仁君にとってあなたは害悪、それ以外の何者でもない」

 

「·········ヒヒッ!」

 

「これ以上、悠仁君を人殺しにさせない。いや、あなたにこれ以上、悠仁君の体を好き勝手させないッ!!」

 

 

無手のまま、怪物は嗤っていた。

 

その五指が、ただ握って開くにしては奇妙な並びで交差する。

 

 

「できれば貴様は主菜として残しておきたかったんだが······まぁ、先に味わっておくのも悪くない」

 

「ッ!!」

 

「精々足掻けよ!! 高町なのはッ!!」

 

 

命の恩人と、友人。

 

ともに大切な人同士であるはずの二人が、相手の命を刈り取る武器を向けて対峙する。

 

誰もが考えたくもなかった最悪の光景が、そこにあった。

 

 

「せっかく邪魔な遮蔽物を取り除いたんだ、広く使おう」

 

「フッ!!」

 

 

なのはが短く息を吐いた瞬間、レイジングハートの赤い球体に文字が浮かび上がる。それを合図に一斉に魔法陣が展開され、そして先程までとは比べ物にならない量の弾が桜色の軌跡を描きながら地上にいる怪物に迫っていく。

 

凄まじい爆音と爆風、強烈な振動と衝撃波が辺りに撒き散らされた。

 

地上の物を討滅し尽くす絶対的な意思で固められた爆砕の球体は、一瞬のうちに更地の一角を壊滅させた。彼の立っていた一帯が陥没したように抉れ、何もなくなってしまっている。

 

あまりにも凄まじい威力。今まで何度か魔法を放ってきたなのはだったが、自分自身ここまで圧倒的な火力を誇る魔法を発動させたことはなかった。

 

 

「随分と行儀が悪いな」

 

「!?」

 

「だがまだ足りんぞ?」

 

 

上空から低い声が聞こえる。そちらに顔を向けたなのはは苦しげに顔を歪める。傷一つなく怪物は悠然と浮遊していたのだ。

 

 

「レイジングハート!!」

 

『Divine Shooter』

 

「シュート!!」

 

 

声をあげると同時、それに合わせて先程と同じように夥しい数の球体が少年に向かっていった。しかも今度はそれだけではない。

 

 

「防御結界展開!」

 

 

なのはがその呪文を唱えると同時、怪物の周囲に球状の結界が作られたのである。

 

 

「お?」

 

 

怪物が眉を顰める。防御結界と言っていたことから攻撃から身を守るためのものなのだろうが、それは何故か少年の体の周囲に張られた。

 

つまり、この防御結界は怪物を守るためのものではない。

 

そう。

 

なのはが放ったディバイン・シューターは怪物の周囲に展開された結界を通り抜け、その全てが怪物に着弾した。

 

球状の結界の中で炸裂した幾つもの球体はなのはが放ったのもの。つまりなのはの味方。その味方が展開した防御結界なら攻撃は通り抜けられる。そして、敵側にそれを展開すれば逃げ場を奪い攻撃を必中させる包囲網となる。

 

結界内で一切爆風を漏らさなかった衝撃をもろに喰らった少年の体が、結界の内部でどのような惨状になっているかは想像に難くなかった。あれだけの魔力を帯びた球状を直撃され、さらにその爆風を浴びたのなら、如何に未知なる異端技術を持っていようと無傷では済まない。

 

 

「ふぅ、ふぅ·······」

 

 

神経を磨り減らして使った誘導弾。

 

その反動になのはの顔にびっしり汗を浮かべ、肩を揺らしながら呼吸する。それと同時に怪物の周りに張られていた結界が空気に溶け、中に蟠っていた濃密な煙が細くたなびいて消えた。

 

だが、

 

 

「このやり取り、先程やったろう」

 

「!?」

 

「学習しろ」

 

 

爆煙が消えたところで、なのはの顔は驚愕に染まった。

 

無理もない。

 

煙が消えた場所には、刺青が入った少年の体が大したことがないように平然と浮遊しており、ケホッ、と小さな咳き込みと共にそこから身体のあちこちを煤けさせた怪物が顔を出したのだから。

 

そもそも気付くべきだったのだ。

 

不意打ちの攻撃が無効化されている時点で、自分の魔法はこの怪物には一切通用しないのだと。

 

 

「やってくれたなぁ」

 

 

言いながら怪物に僅かに負っていた傷が癒えていく。

 

ボコボコと泡立てるような音を立て、全て傷一つない状態に復元した。

 

一気にいろんなことが起こりすぎていて、事態の把握が追い付かなかった。だが、なのははすぐさま目の前に魔法陣を展開し攻撃に備える。

 

斬撃が来る。

 

そう読んでいたなのはは前方に魔法陣を展開したが、それが間違いだった。

 

 

「ハハッ!!」

 

 

まるで爆発するように、怪物は地面に思いっきり重心をかけて降り立った。

 

ドゴォッ!! と。

 

瞬間、彼の足元の瓦礫が地雷でも踏んだかのように爆発した。四方八方へ飛び散る大量の瓦礫は、言うなれば至近距離で放たれる散弾銃。

 

 

「!?」

 

 

なのはが気づいた時にはもう遅い。

 

前方に向けていた魔法陣を下に向け直すにはもう一度呪文を唱え直す必要がある。よって、躱すことも顔を庇うこともできなかったなのはの身体全体に鈍い轟音と共に瓦礫が少女の全身を叩いた。

 

あまりの衝撃になのはの足元の羽根が消え、ふわりと地面へ落下する。

 

と思った瞬間、

 

 

「なあ、言ったろう?」

 

「!?」

 

()()使()()()!!」

 

 

目の前。

 

そこにあの怪物の姿があり、次の瞬間には驚愕した自分の顔面に激痛が走る。

 

距離が空いていても無視し、砲弾の如き速度で跳躍した怪物は硬く握り締めた拳を放つ。

 

 

「あぁッ!?」

 

 

なのはの身体が勢い良く後ろへ吹き飛ばされた。

 

顔面に走った痛みで思わず目を閉じてしまい、次に目を開けた時には自分の体は宙を舞っていた。自分の故郷が更地にされているのが嫌でも目に入ってくる。

 

斜め上方へと吹き飛ばされていくなのはは、足元に羽根を展開して体勢を元に戻そうとするが、その前に瞬間移動したかのようになのはの前にやってきた怪物の鋭い蹴りによって地面に叩きつけられる。

 

 

「あが!?」

 

 

更地にゴロゴロと転がるなのはは何メートルも後方へ吹き飛ばされ、勢いが止められずに何度も地面に打ち付けられる。

 

まるで水面に回転をかけた石を投げて跳ねさせる遊びの水切りのような格好で、高町なのはは再度空中へと放り投げられる。

 

 

「欠伸が出るな」

 

「!?」

 

「遅すぎて眠くなりそう、だッ!!」

 

 

怪物は指を組んで両手をハンマーのようにしたことで、なのはの脳天に向かって打撃技が振り下ろされる。

 

あまりの威力に空気が爆発する。

 

音速の壁を突き破って地面へと叩き落とされたなのはは口から血を吐いた。

 

 

「あ·······ぁがッ!!」

 

 

咳き込むのと吐血が同時に発生し、一瞬溺れかけるなのは。

 

もはや言うまでもない。

 

──────格が違いすぎる。

 

別に高町なのはは弱くない、あの怪物が強すぎるのだ。

 

経験の量もそうだが、それ以外にも彼には敵わない要素が多すぎる。もしこの世界をRPGゲームで喩えるのなら、レベルの上限は一◯◯であろうが、怪物はそれ以上の数値を叩き出している。まさしくエラーが表示されるほどのチート級の怪物、残りのライフも計り知れない。こちらがいくら強力な攻撃を何度も喰らわしても、その無限の体力が尽きることはない。

 

まさに理不尽。

 

不公平さを思い知らされる。

 

パワーバランスの崩壊を目の当たりにしたような気分だった。

 

圧倒的な魔力量を保持した『闇の書』でさえ全く歯が立たなかったのにも納得がいく。

 

 

虎杖悠仁の体を乗っ取った、両面宿儺。

 

 

そんな怪物は単体で世界を敵に回して、なお生き残る事ができるほどの力を持っていたのだ。

 

怪物は少女の側にしゃがみ込むと、

 

 

「なぁ小娘、貴様はどうやって強くなった?」

 

「·······?」

 

「喰ってきただろう? 多くの命を?」

 

 

あまりにも常識とはかけ離れた怪物は、けれど何でもない事のように訊ねてきた。

 

 

「よく言うだろう? 質が良いものを食せば食すほど強くなれる、と」

 

 

怪物は自身の指をまるでフォークと見立てて、

 

 

「強大な力を持つ者ほど、その味は格別だ。肉質も良く、舌触りは艶やか。そして、その中でも女の子供の肉は濁りが少なくて新鮮でとても美味だ」

 

 

空いていた手で暴れられないようになのはの太ももを押さえると、怪物は赤黒く染まった鋭い爪で彼女のバリアジャケットの一部を破く。

 

白い肌が現れる。

 

傷一つない綺麗な体だった。

 

 

「!?」

 

 

なのはの顔が凍った。

 

さっきまでの反抗的な表情がみるみる恐怖に引きつっていって、顔色は白さを通り越して青くなる。

 

それを楽しそうに眺める少年の顔。

 

 

「や、やめ············ッ!!」

 

 

顔面蒼白になっているが、怪物は応じない。

 

抗おうとしても頼みの玩具は明後日の方を向いたまま押さえつけられているし、単純な腕力だけでこの『呪いの王』に敵うはずがない。

 

 

「あの魔導書も美味かったが、やはり年代物で時代を渡り歩いてきたからか血はどこか濁っていた」

 

 

それに比べ、と。

 

無駄な脂身もない、筋肉もそこまで付いていない柔らかそうな肉。

 

そんな彼女の白くて艶のある上質な肌に手を添えて、ゆっくりと指と這わせていく。

 

 

「お前のような餓鬼でも、俺にとっては御馳走そのものでなぁ。本当ならば、駄犬を殺すことで絶望に染めさせたあの金髪の小娘から先に喰らいたかったが、この際どうでも良い」

 

 

言いながら、その怪物の指がある場所で固定される。

 

そして──────

 

 

()()()()()

 

 

言った瞬間。

 

ブチィ!!

 

怪物の細い人差し指から引き千切られる音が響いた。

 

 

ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッッッ!!!??

 

 

張りのあるウインナーにフォークを突き刺したような音と共に少女の体が激痛に強張り、今まで出したことのないほどのなのはの悲鳴が更地となった海鳴市に響き渡る。

 

まだ傷が浅かったのがせめてもの救いだった。

 

怪物の指先には、剝ぎ取ったなのはの皮膚がある。

 

それを少年の口に突っ込む怪物、両面宿儺。

 

舌の上に少女の皮膚が乗り、食材の味わいを鮮明に感じるために目を閉じ、舐めとるように口内に招いてゆっくりと舌先で転がす。

 

そしてじっくり嚙みしめ、

 

喉に通した後、

 

 

「!?」

 

 

少年の顔にある四つの目が限界まで見開かれる。

 

なのはの血、それが喉の奥に流し込まれた瞬間に脳に快感を与えてきた。

 

 

こんなの··········今まで味わったことがないッ!!

 

 

平安時代にも高町なのはくらいの力を持つ術師がいたが、あれとは全く比べ物にならない。

 

まるで不純物もなく人工甘味料も何もない、まさに珍味。

 

呪術師の呪いの力は負の感情から生まれているのなら、魔導師が使う魔法は希望やらなんやらの正のエネルギーから生まれている。

 

それが含まれた肉は両面宿儺の舌をかつてないほど刺激する。

 

感動のあまり思わず涙が出る。

 

こんなこと初めてだ。

 

味わったことがない珍味に思考まで真っ白になった気がした。『呪いの王』として、駄目だとわかっているのにこの弾けるような解放感を抑えられなかった。

 

 

「ッ!!」

 

 

だが、失いかけた理性を取り戻した怪物は苦しみのあまり悶えている高町なのはを見る。

 

あまりにも滑稽。

 

自らこちらに挑んできたというのに、なんでこんな目に、みたいな顔をするなのはを見て思わず口角が上がった。

 

 

「せっかく駆けつけたというのに喰われるとは、憐れだな小娘」

 

 

嘲るようにそう言う怪物の声に、ビクッと、激痛に苦しむなのはの顔がこちらを見る。 

 

今自分がどんな顔をしているか、怪物でさえ想像もつかない。

 

 

「お前も、あの魔導書も、戦いとは一体何なのか········まるでわかっていないな」

 

「ッ!!」

 

 

激痛に眩むなのはの意識に割り込むような、錆びた金属を擦り合わせる不快な声が響く。

 

なのはも立ち上がることを忘れてぼんやりと声のした方を見ると、

 

 

「良い機会だ。教えてやる。()()()()()()()()()()()

 

 

ダン! と怪物がたった一歩でなのはの懐に鋭い蹴りを放つ。

 

蹴り上げられた少女の身体は面白いほど回転して浮かび上がり、鼻と鼻がぶつかるほどの超至近距離で、怪物が拳を放つ。

 

横に半月を描くような、大振りな右手フック。

 

と、見せかけたブレインシェイカー。

 

 

「ッ!?」

 

 

なのはは本能的に両手で頭の後ろに回すようにして後頭部を守る。バランス感覚を司る小脳を直接揺さぶるあの打撃は喰らえば一撃死は免れない、まさしく本当の必殺技。

 

だが予想に反してガードした両手には衝撃がやってこない。

 

見れば怪物は振りかけた右手を途中で戻し、別の攻撃に転換している。

 

 

(フェイント!?)

 

 

必殺技とは、使えば必ず相手を倒せる技ではまだ甘い。

 

使わずとも、その名を出すだけで相手が震え上がり道を譲るほどの完全絶技。それこそが本物の『必殺技』という名を冠するのだ。そして、なのはが気づいた時にはもう遅い。超至近距離でわざと手を一本後ろへ回しているのだ。がら空きの身体を狙ってくださいといわんばかりの無防備さだった。

 

対して、怪物の行動には全てにおいて無駄がない。

 

対となる左手は握らず、開いたままの平手が恐るべき速度で弧を描いてなのはの耳に叩きつけられた。電気を鳴らしたような音が聞こえた。

 

耳を通して鼓膜や三半規管へ直接衝撃が走り抜け、なのはの両足が力を失った。

 

バランス感覚が消えたんだ。

 

 

「あ········ッ、う─────ッ!!」

 

 

一撃で足から力が抜ける。全身から冷たい汗が噴き出した。

 

 

「どうせ貴様はッ!!」

 

 

ガクンと膝から崩れそうになったなのはへ、間髪入れずに怪物の左腕が襲いかかる。拳ではなく、金槌のような肘打ち。なのはにはそれが見えていても、バランス感覚を失った手足に命令を送ることができない。

 

 

「夢物語でしか語られないような救い人程度の認識でここへ来たのだろうッ!? 甘いんだよクソガキがッ!! 戦場という特殊な場に来ておいて正当性を求めること自体がそもそも間違いだッ!! 刃物で殺したら外道か? 魔法で殺したら上等か? それともそもそも人を殺す覚悟すらないとッ!?」

 

 

怪物の強烈な左の肘は、顔でも胸板でもなく、首に向かって勢い良く突き刺さる。

 

ドン!! という衝撃。

 

なのはの呼吸が止まる。気管が潰れなかったのは奇跡と言っても良い。膝が崩れる。堪えようとしても、耐え抜こうとしても、これ以上力が入らない。

 

 

「自らの意思でそんな玩具(武器)を手にした瞬間からその覚悟があったのではなかったのか!? 殺すのが嫌ならそもそも玩具を手に持つなッ!! 自ら突き進んだ道で何を今更被害者のような顔ぶれをするッ!?」

 

 

真下に落下したなのはの視界の死角になるように、真上から怪物の拳が振り下ろされた。

 

男とか女とか、大人とか子供とか、そんなの関係なかった。

 

戦場という場において、命の削り取りは当たり前。そんな覚悟もなくして現場に来ること自体間違っているというもの。

 

ガゴン!! という激突音になのはの足が滑りそうになる。まるでコンクリートブロックかガラスの灰皿でも思い切り振り下ろされたような衝撃だった。

 

それでも怪物は止まらない。

 

 

「自分を憐れむくらいなら最初から挑んでくるな。死から目を背けるな、不幸(まえ)を見ろ。お前がこれから殺すであろう者のその姿を目に焼き付けろ。そして忘れるな。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その右手がようやく動く。

 

大きく外側へ向かう怪物の拳がなのはの側頭部を狙うのが辛うじて見えた。ボクシングで言うならフック。水平にカーブする軌道で、なのなのこめかみを狙う必殺必中の拳闘技。

 

 

「がっ──────ァ、アッ!?」

 

 

その瞬間、一撃でなのはの全身から力が消し飛んだ。その体が真下に沈むように崩れ落ちる。

 

 

「そんなことにすら気付けぬ小娘が、どうして俺に勝てる?」

 

 

あまりにも反則的で凶暴な強打のせいで、持ち直すこともできずに地面に崩れ落ちてしまう。レイジングハートを掴んでいる二本の腕が不規則に震えた。バランス感覚を失ってどの方向へ立ち上がっても良いのかわからず、腹から力を抜くと胃袋の中身が逆流して地面に吐瀉する。

 

なのはは。

 

高町なのはは。

 

本来ならただの小学生だ。

 

戦闘のなんたるかをまるで理解するどころか、そもそも無縁の関係であるはずだ。前後左右上下遠近。確かにそこには少年が立っているはずなのに、まるで何人もの人間に取り囲まれているような、そんな錯覚さえ感じてしまう。

 

 

「強大な力を持つ、か」

 

 

少年は嗤いながら、

 

 

「だからこそ貴様は弱いのだ。あらゆる敵を一撃で倒せるほどの必殺技を放ち、どんな攻撃も発動する前からねじ伏せる、そんな小娘が、本物の戦闘というものを知っているはずがなかろう?」

 

「········ぐッ!?」

 

 

なのはは、それでも必死に立ち上がろうとする。

 

指先一本を動かすのがやっとで、そんな状況でもなお立ち上がろうとする。

 

 

「無駄だと何故気付かん? 人体には構造的にどれだけ鍛練を積もうと届かぬ場所があるものだ」

 

 

つまりは、全てはそれが急所。

 

 

「小娘、貴様は不治の病を気合いで治せるか? 押し寄せる災害に吹き飛ばされずその場に踏み留まれるか? 無理だろう? 人は自然には勝てん。呪いも同じ。今のお前は精神論うんぬんではなく、解剖学的に立てる状況ではない」

 

 

目の前にいる少年の姿を借りた怪物は、数多の先人達がその有効性を認めながら、あまりにも残酷な破壊力に人としての良心が使用を躊躇わせた技巧の数々を己の刃として選択した。

 

それを卑怯だとか汚いと言われても、彼は眉一つ動かさなかったろう。

 

それが戦いというもの。

 

勝てば良かろう。

 

それが全てだ。

 

怪物は命を賭けて戦場に向かい、

 

敗北の可能性が僅かにあったとしても戦い続けた。

 

そう。

 

結局両者の差はそこに集約していた。

 

高町なのはの戦いは『勝負』ではなく、一方的な『支配』でしかない。身に付いた『魔法』の力があまりにも強大過ぎたため、戦い方を覚える必要がなかった。

 

実際、高町なのははとんでもなく強い。

 

それこそ、目の前の少年を本気の殺意を抱いてやれば蒸発させられるほど。

 

杖を構えて呪文を唱えれば相手を一発で戦闘不能にさせられる。

 

だが、そんなことを不安に思うことすらないぐらい、高町なのはの魔法は強すぎた。

 

強すぎだけではダメなのだ。あらゆる敵を一撃で滅殺できるのなら、それを補うための技術を磨くしかない。相手の攻撃を見切り避け防ぐ努力を積む。技術や努力とは、言ってしまえば弱い人間が力を補うためのものなのだから、強き者がさらに技術を磨けば、『最強』から『無敵』となる。

 

 

「そんな小娘が、それでも勝てると思うのか? プロとか素人とか、そんな小さな事ではなく、この俺という存在に、ぬるま湯に浸かり続けていた小娘、高町なのはがたった一人で太刀打ちできると本気で思っているのか貴様は?」

 

 

高町なのはは、答えられなかった。

 

勝て、なかった。

 

 

「さて」

 

 

吐き捨てるような言葉と共に、少年の両手は掌印を結ぶ。

 

この海鳴という街を更地に変えた、必殺必中技。

 

 

「あとは貴様を切り刻んで、その肉片をあの金髪の小娘の周りに飾り付けてやろう」

 

 

少年は、

 

怪物は、

 

両面宿儺は嗤っている。

 

両面宿儺は心底楽しそうに嗤っている。

 

 

「じゃあな小娘」

 

 

発動する。

 

全てを斬り裂く、あの破壊の嵐が。

 

 

「─────領域展開─────」

 

 

楽しそうに嗤った怪物の口元から、()()()()()()()()()

 

 

「········あ········?」

 

 

ドスッ!! という音が聞こえた。

 

一瞬。

 

何が起きたのか、彼には理解できなかった。よほど混乱していたようで、痛みすら感じられなかった。実感があったのは、二度目。

 

 

「がふっ··········!!!??」

 

 

強烈な一撃が背骨を伝って上半身全体へと襲いかかってきた。身体の末端から力が抜けていく。

 

吐き気を堪えきれなかった。

 

思わず両手を地面につくのが精一杯だった。

 

 

「がぶあッ!?」

 

 

撒き散らされたのは吐瀉物ではなく真っ赤な液体だった。自分の身体を伝わってそんなものが溢れだしてきたのかと思うと、初めて事態の異常を思い知らされる。

 

よろよろと、怪物は立ち上がる。

 

胸を見る。

 

真っ赤に染まった、()()()()()()

 

 

「よくも────」

 

 

怨嗟。

 

その一言が、少年の身体を奪い取った怪物の魂をこそぎ落とすような凄絶さを加える。

 

 

「よくも、私の友達を、家族を、痛め付けてくれたな」

 

 

叩きのめすような一言だった。

 

誰かが近づいてくる。

 

それが誰であれ、警戒を解く事はできないのは胸の深い傷が証明している。

 

 

「虎杖さん········いや、バケモンッ!!」

 

 

その時、怪物は高町なのはの事など見ていなかった。

 

視線は上に。

 

更に強烈なインパクトを与えるものに、心が釘つけにされていた。その視界は凄まじい粉塵に覆われ、砂嵐に巻き込まれたように不明瞭だった。

 

天に聳える大樹のようなものがあった。それはまさしく太陽。太陽そのものの光量がぐっと落ちたような錯覚さえする。

 

ジリジリと焼けるような痛みから内部の血液を沸騰させるような熱量に再び吐血する。

 

神話的な大樹の正体は、『魔法』だ。

 

怪物はただ粉塵に放り込まれただけではない。今も拡大を続ける特異気象現象の中に取り込まれたのだ。

 

 

「ッ!!」

 

 

烈風が渦巻いた。

 

それは神話的な大樹にも見えた魔法を、瞬く間に破壊していく。外からの圧力ではない。大樹は、内側から·······爆心地から放たれる斬撃によって引き千切られたのだ。

 

即ち、『御廚子』

 

少年の身体を奪い取った怪物の術式。

 

突き刺すような悪意に、怪物は思わず嗤った。

 

会話は必要ない。

 

 

「くはっ!!」

 

 

ギィン!! と周囲の空気が凍りついた。

 

空気が変わる。

 

うだるような聖夜から、ついにキリストの降誕を祝う日へと変わる。

 

 

「はっはっはっ!! そうか!!」

 

 

彼は構わず、更に増える四つのシルエットを見ながら嗤う。

 

 

「すまんな!! ナメてたよ!!」

 

 

赤、緑、青、ピンク。

 

四人の守護騎士達と共に降り立った『白髪の少女』を見て、余裕の態度を崩さずにこう言った。

 

 

「そこまでできる奴とは思わなんだ!!『()()()』ッ!! “()()()()()”ッ!!」

 

 

怪物、両面宿儺はそう言うと、唇の端に小さな笑みを浮かべた。

 

 

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