呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第二十三章

 

 

二人は。

 

何もない真っ暗な領域で、向かい合っていた。

 

車椅子に腰を下ろして、その目線に合わせるように跪いて。

 

ここは謂わば『生得領域』

 

彼女達の『心の中』と言いかえても良い。つまり、彼女達の物語は終わっていない。こんな薄暗い見た目の世界にいること自体、そもそも彼女達には似合わない。

 

 

「こんな暗い所、私らには似合わへん。もっと相応しい所へ行こ」

 

「ッ!? ま、まさかッ!?」

 

 

銀髪の女性は小さな主が一体何をしようとしているのか、それだけでわかった。

 

 

「いけませんッ!! もう『闇の書の呪い』が切り離されているとはいえ、外ではその呪いが暴走し、そして世界そのものを飲み込んでしまいますッ!! 何より今、私を圧倒したあの『少年』が、『怪物』がおりますッ!! そんなところになど行かず、どうか再び夢の中で────ッ!!」

 

「アカン」

 

「!?」

 

「どんな世界にも終わりはある。でも滅びの悲しみがあるからこそ、その世界で生きる人達は限りある時間を輝かせようと一生懸命になれる」

 

 

誰もが夢見た理想の世界。

 

永遠不滅の王国創造。

 

いずれにせよこの世界は滅ぶ。それが定めなのだから。『闇の書』が完成した直後から、それは決まっている。八神はやても一度は願った世界、誰も失うことなく、いつまでも幸せな時を過ごせるとしたらどれだけ良かっただろう。いずれ滅びの時を迎えるとわかっていても、何も失うことのない世界があるとしたら、それは素晴らしいことなのだろう。

 

だが、

 

世界の終わりを何度も見てきて、滅びの悲しみを知る彼女の心情は、どんな黄泉の深淵よりも深い。

 

それが理解できたからこそ、八神はやては首を横に振る。

 

 

「永遠に続く世界に何の価値もない。確かに何も失わない世界は欲しい。けれど、それだけじゃアカン。大切な時間、みんなと楽しく過ごして、それでいて大変な思いもしながら、一緒になって頑張って生きていく。そんな世界がええんや」

 

「·······我が主·······」

 

 

『闇の書』の作った領域で、異物が二人。

 

今ある状況は、きっとこの『魔導書』本人さえも計算外の事態に違いない。だけど、『魔導書』はそれをどういう気持ちで言い表して良いものかわからなかった。喜んで良いものか、悲しむべきなのかどうかを、自分一人で判断できるようなプログラムはされていない。

 

 

「このあとこの世界に待ち受ける悲劇的な運命を知っているとしても、それを見過ごすわけにはいかん」

 

 

ここまできて、ここまで巻き込まれておいて自分は何の関係もない、むしろ被害者ですと終わらせたくはない。あの『少年』だって、自分自身の中にいる『呪い』に苦しんでいるのだ。それを見て知ってしまった以上、同じような存在である彼を放ってはおけない。

 

外の世界は地獄。

 

そこはあらゆる不幸があって。

 

八神はやての軌跡の全てが否定された世界。

 

 

「だからこそ」

 

 

たとえその源がどれだけ歪んでいたって。

 

全てを一貫して眺めてきた人間からすれば不自然に見えたって。

 

その世界に生きる人々の笑顔までもが不幸だとは断言できない。

 

あれ以上の幸福を作り出せるとは思わない。その風景を変えることすらできる力を持っていても、それを使うことはしない。

 

きっと、たった一人の小学生のわがままで壊して良いものではないのだ。

 

 

「私は、この世界を生きる。どんなに理不尽で呪われていようとしても、私は精一杯生きてみせる」

 

 

そう。

 

簡単なことだった。

 

とてもとても、簡単なことだった。

 

生まれてすぐに両親を失っても、生まれてすぐに両足の自由を奪われても、生まれてすぐに一人孤独な世界に取り残されても。

 

顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにして泣き崩れてしまったとしても。

 

その世界が非道だとしても。

 

『生きる』という幸福を手に入れた以上、それを抱えてその世界を乗り越えねばならない。

 

金とか権力とか、わかりやすい形のあるもののために命を懸けてきたわけではない。時にはそういうのに背を向けてでも、目に見えない形のないもののために戦ってきた。孤独、麻痺、そんなハンデで苦しめながらも必死で生きてきた。

 

今更ここでルールを曲げるのはやはり筋が通らない。

 

そこまで苦しめられたなら、チャンスに転じた時だってその今までのルールを使っても誰も文句は言わない。

 

 

「恐れてたんよ、あなたは」

 

「!?」

 

 

彼女はあっさりと言う。

 

向かうところ敵なし、まさに破壊不可能の無敵と化した『魔導書』の心の内を。

 

 

「盛者必衰の理を現す世界を何度も見てきて、それを恐れてもう絶望したくない。だから、永遠不滅の夢を私に見せてくれた。そやけど、それは反則。私ばかりが幸福なのは納得いかん」

 

 

一瞬。

 

女性は真正面から言われた事の意味を測りかねた。八神はやてという小さな少女は、そんな彼女の顔を見て微笑んでいた。こんな簡単なことも知らなかったのかといった表情で。

 

 

「あなたはたった一つの幸せをなげうってでも、私の笑顔を守ろうとしたかもしれへんけどな」

 

「········」

 

「そんなあなただからこそ、失ったら困るって思う世界があったはずや。ぶっちゃけ私もその一人」

 

 

決して、ただの綺麗事ではない。

 

『闇の書』の役割は、常に世界を観測し記録し旅し、そして滅びの末路を辿ってきた。

 

人の暗い心から『呪われた』自分達は、やりたくもない世界の終わりを繰り返して、本来通りの力を発揮させないようにされてしまった。

 

もしも。

 

きちんと条件を全て並べて既に失われた世界を取り戻す代わりに主が消失、もしくは永久封印されるということを提示されたら、彼女らが安易にその提案を呑むとは限らない。二つの秤に乗せていつまでも悩み抜く人だっているかもしれないし、目の前に突きつけられた救いを突っぱねる人だっていると思う。

 

それを恐れたから、主と守護騎士を守るために全てを終わらせる道を選ぼうとした。本来ならあるべき可能性を、個人の事情で覆い隠して『もう幸せな世界にあなたはいます。だから元の世界のことなど忘れてしまいましょう』で押し通そうとして、けれどはっきり言ってそんなのはフェアではない、まさしく反則。

 

人は極限の状態に立たされたからと言って、極限の選択を選ぶとは限らない。

 

失われた世界を無条件で取り戻せるのだとすれば、誰だって『魔法という域』を拝める。

 

 

「そう、現実から目を背けても意味はない。歴史の復元力によってこれまで通りの事象は平均化されてしまうから。だから生きよう? その世界を乗り越えるためにもう一度やってみよ?」

 

「無理です·······『魔導書』は、『闇の書』にかけられた呪いは私達の力でどうにかできるものではありませんッ!!」

 

「それでもや」

 

「!?」

 

「多少の可能性が残っているのだとしたら、それに懸けてみよ。どうせ滅ぶかもしれないんや。そんな無謀な懸けに命を燃やしてみてもバチは当たらん」

 

 

と、八神はやては笑って言った。

 

まるで彼女の繰り返してきた負の感情を断ち切るように。

 

 

「きっと助かるよ。因果応報って言葉は別に暴力的な意味ばかりやない。あなたがこれまで歩んできた道のりが、きっとあなたを救ってくれる。あなたは幾度もの世界を見てきた、なら知っているはずや。みんなうじうじ悩んで、顔じゅう涙で一杯にして、時には大切な人を巡り合って戦ったとして、結局最後はみんな幸せを掴んだ。だって、悪いことばかりやなかったはずやん。たとえ何かの理不尽で大切な命を無駄にしたとしても、根底から何かが欠陥している人達やない。みんな戦ってきたんや、いつもいつもそんな不幸に。だから、報われるよ。あなたが世界中の終わりに押し潰されそうになっているとわかったら、全てをかなぐり捨ててでも味方になってくれる。かつて、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「········ッ!!」

 

 

八神はやては。

 

少女はたった数年程度しか生きていないのに、何百年も生きて滅びの末路を辿ってきた彼女の頬に手を当てて、その胸の内から噴き出した不幸の数々を受け止めた。

 

だから·······

 

 

「本当の名前をあげる」

 

「!?」

 

「『闇の書』とか、『呪われた魔導書』なんてもう呼ばせへん。私が言わせへん」

 

 

本当の役割を取り戻す。

 

悪でも、何でも。

 

それがどこにでもいる当たり前の少女の、ちっぽけな願いを込めて。どうしても譲れない、他人を不幸にするとわかっていても、手放すことができない。そんな風に思われることは、必ずしも悪ではない。むしろ裁判所の天秤にかけてシステマティックに軽々しく諦めてしまう方が、少女にとってはよほど腹が立つ。

 

そう。

 

有体に言えば、彼女は拗ねてしまっていた。

 

人間らしく。

 

子供らしく。

 

 

「強く支える者、幸運の追い風、祝福のエール」

 

 

八神はやてはそこでゆっくりと名を告げた。

 

一点を見据える。

 

彼女の瞳。

 

やるべき事は変わらない。いつだって、その目を通して見てきたはずだ。その目から世界の本当の姿を見てきた。

 

その瞳に宿る本物の世界。

 

それを告げる。

 

 

“リインフォース”

 

 

結論は出た。

 

ならばもはや語る言葉は投棄しよう。

 

滅び行く世界に目を背けるのでなく、立ち向かい、背を向けずに咎をその身に受けて。

 

その時、そこにあるのはたった二つの生得領域。

 

近くて遠い、そして当然、不完全でまだ完全体ではない。

 

それでも、武器を手に取る手を止められないのは、きっとその世界から目を背けたくないからだ。これは理不尽と不幸という『呪い』を賭けた戦い。

 

それだけあれば良いと考える者同士による『利害による縛り』

 

 

「防御プログラムの暴走は止まりません。管理から切り離された膨大な力は次期暴れだします。何より私を圧倒したあの『少年(怪物)』がおります。それらを何とかしなければ」

 

「うん······まあ、何とかしよ。行こか、リインフォース」

 

「はい、我が主」

 

 

条件はわかったか。

目の前の脅威を理解したか。

 

火蓋は切って落とされた。刹那、八神はやての足を置いていた世界に亀裂が走り、バラバラに砕け散った。そして世界の破片が彼女の抱き締めた『魔導書』に纏わりつき、そのシルエットをさらに大きなものへと変えていく。

 

その破片が八神はやてという少女の身体を形成し、そして次の瞬間には世界ははやての服に変わるように、幻想的な中世の騎士の形を取っていた。

 

揺らめく装束、揺らぐ黒い翼、そして────純白の髪。

 

バリアジャケット。

 

魔導師を守る絶対の域であり甲冑。

 

 

「リンカーコア送還、守護騎士システム破損修復」

 

 

次いではやてが言うと、瞬間世界が啼いた。

 

周囲の景色がぐにゃりと歪み、主を守るように四方八方の位置について、荘厳なる臨戦態勢の形を取る。

 

そして光輝く魔法陣が、その世界に具現化し、守護騎士達は降臨した。

 

 

「────我等、夜天の主の元に集いし騎士────」

 

「────主ある限り、我等の魂尽きる事なし────」

 

「────この身に命有る限り、我等は御身の元にあり────」

 

「────我等が主、『夜天の王八神はやて』の名の元に────」

 

 

彼女らの言葉に続いて、八神はやての手に破片が集結し、巨大な戦杖を形作った。

 

 

「夜天の光よ、我が手に集え! 祝福の風、リインフォース!!」

 

 

駆け引きはもういらない。

 

そこにあるのは限りなく、家族の世界。

 

 

「はやて······」

 

 

赤き少女、ヴィータが申し訳なさそうな声を漏らす。

 

 

「すみません」

 

「あの、はやてちゃん。私達──────」

 

「ええよ」

 

「「「「!!」」」」

 

「みんなわかってる。リインフォースが教えてくれた。そやけど、細かいことは後や。今は······お帰り、みんな」

 

「ッ!!」

 

 

懐へ飛び込んだ。だが咎める言葉はない。赤く染まった少女は泣き、真正面から主はそれを受け止める。そのまま両腕を使って華奢な体を抱き寄せた。

 

抱き寄せたまま、主はやては目を細めた。

 

そして、ゆっくりと目を開いて告げる。

 

 

「みんな聞いて」

 

「「「「!!」」」」

 

「『闇の書の呪い』は切り離された。そやけど、まだその問題を解決する前にやることがある」

 

 

現実から目を背けない。

 

世界中の滅びの呪いを一身に受けて。

 

たった一人ぼっちで今も『呪い』を振り撒く少年がいた。少年の惨殺を受け入れて、その世界をさらに酷くしていくなんて耐え難かった。

 

誰が悪いのでもない。

 

少年も、虎杖悠仁も。

 

悪いのは、その内に潜む『呪い』

 

自分と同じように『呪い』に蝕まれている害虫。

 

『闇の書』を『夜天の魔導書』に戻してもらった善意を、不要な流血で踏みにじるわけにはいかない。

 

あれだけさんざん理不尽に踏みにじらされて、それでも戻りたかった世界。

 

『その世界』へきちんと帰るために。

 

八神はやてと守護騎士達は、決意を固める。

 

 

「これ以上悲劇を繰り返すわけにはいかん。まずはみんなであの『呪われたお兄さん』を止めに行く!! ええな!?」

 

「「「「はッ!!」」」」

 

 

皆が騎士としての誇りを取り戻し、主人の前に片膝をついて敬礼する。

 

さあ進め。

 

滅びの世界の末路を辿らせぬために、魔法をその手に握り締めて。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

八神はやては広大な更地に足を踏み込んだ。

 

酷い場所だった。

 

クリスマスのイルミネーションも、それをつけるための街路樹や街灯も、何千人と人の集まるべきその場所は、広大とはいえ何もかもが全て焼き払われ、もしくは塵となり、人気のない異様な空気に包まれていた。濃密な焼け臭さの匂いが更地から流れてきて、まるで巨大な獣の巣穴に潜り込んでしまったような印象がある。

 

暗闇に溶ける塵が月明かりを反射して渦巻き、全ては無に帰ってしまっているのだと認識させられる。

 

その中心に一人の少女が倒れているのを見て、彼女の目が音もなく細まっていく。

 

と、そんな八神はやての感情を知ったのか、嘲るような嗤い声が聞こえてきた。

 

八神はやてがそちらを見ると、彼女の知らない虎杖悠仁が立っていた。

 

平然と、吐血した血を唾液を拭うかのように、ついでにその指に付着させていた高町なのはの血も味わうように軽々と舐めていた。

 

 

「そういえば、おかしいとは思っていた」

 

 

ゲラゲラと、少年の口は笑みを溢し、怪物は口を開く。

 

 

「魔導師でもない病弱なただのクソガキが、どうして特別扱いで戦場へ駆り出されているのか·······理屈は知らんがおそらく『天与呪縛』のようなものに蝕まれているのだと思っていたが、そういうわけか?」

 

「·······」

 

「おいおい、どうした? 忘れ物か? せっかく興が乗ってきたというのに削がれた俺の気分もわかってくれよ。あーあー、そこらにある街並みに未練でもあるのなら感傷に浸る暇くらい与えるぞ? 最も、お前を蝕んでいた『呪い』は待ってくれんだろうが」

 

 

ジリジリと熱を帯びていくような声。

 

まるで悪い薬物にでも突きつけられたような緊張感。

 

それらを飲み込んで、八神はやてという未熟な魔法使いは相対する少年に聞く。

 

 

「一応聞かせてもらうわ。あなたは虎杖さんやないんやね?」

 

「··············俺と小僧を同一視しようとはな」

 

 

不愉快だ、とため息をつく怪物。

 

四つの瞳が八神はやてを睨みつけ、だが彼女は一切臆さない。

 

 

「ということは·······虎杖さんやなく、これ全部あなたの仕業ということやな?」

 

「そう見えるか? いつまでも真実に気付かずに自分の勝手な価値観で決めつけるのは人間の悪い癖だ。もっと視野を広げてみろ。そら、この状況を見ても何もわからんか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()···········まさかとは思うが、今更自分は何も関わっていないなどと幼稚なことをほざく訳ではないだろうな? さあ、こんな現状にしてしまった元凶自らの言葉を聞かせてもらおうか?」

 

「ッ!!」

 

 

確かに、こんな街並みにしたのは自分達の不手際だ。

 

そして、それでこんな惨状にした奴相手に正々堂々と戦ったって八神陣営が勝てるとは思えない。あのリインフォースでさえ手も足も出ず、完膚なきまでに叩きのめされたのだ。怪物はそれがわかっているのだろう。何の警戒もせず、むしろ挑発するように両手をポケットに入れて軽々しく無造作に歩いてきた。

 

少年は、怪物は絶対に、八神はやては魔法を放てないと思っている。

 

一発でも魔法を発動すれば、それが勝ち目のない戦闘を始めてしまう合図となってしまうのだから。

 

先刻の奇襲は彼にとってはなんてことのないハプニング。無視しても構わなかったほどの出来事だ。

 

 

「愚か、愚者、愚劣。どうやら体が麻痺していたせいで脳をまともに動かせんか。まぁ良い。お前達に何ができるかたかが知れている。あぁ、逃げるのならば今のうちだぞ。ほら、最後のチャンスだ。自分が何をすべきかわかっているか?」

 

 

虎杖悠仁の余裕の言葉に、ついに守護騎士達は奥歯を噛み締め始める。

 

それを代弁するように、八神はやてもは力なく笑う。

 

 

「最後のチャンス·······自分のすべきこと、な」

 

 

まるで心のどこかで安心できたように、

 

 

「そうやね。確かにこれが最後のチャンスや·······()()()()()()()()()()()()

 

「でやぁぁぁああああッッッ!!!!!」

 

 

ゴッ!! と虎杖悠仁の左腕に鈍痛が走る。

 

とっさにポケットから抜いて顔面を守る虎杖悠仁の足が地面から離れ、高町なのはから引き離される。ガードごと体を後ろへ弾かれた彼は大きく口を開けて嗤ってみせた。

 

一秒すら躊躇わず、一瞬の迷いすら見せず、少女は自らの騎士に己の覚悟を見せつけるように少年へと指差していた。

 

宣戦布告。

 

その決断をした少女の愚かさに、怪物は大いに嗤った。

 

 

「フハッ!!」

 

 

愉悦に浸る虎杖悠仁に、八神はやてはそれ以上の怒号を投げつける。

 

 

「私らを圧倒したくらいで驕るな。そんなもんで勝利の可能性は覆らへん」

 

「足りん。足りんな。もっと吠えてみろ」

 

「数も、魔法も、アンタは私らの足元にも及ばへん!!」

 

「ああそれでッ!?」

 

「私らを舐めるなッ!!」

 

 

両者の感情が至近距離でぶつかる。

 

それは一言で表せば同じ『余裕』であるはずなのに、質も温度も全く異なるものだった。

 

彼女は体全体を全ての感情で震わせながら、対して怪物はゲラゲラと嗤ってみせた。一斉に虎杖悠仁に武器が向き直る。彼女達の持つ魔法が、行進する兵隊の足音のように揃って無機質に不気味な音を立てて構えられる。

 

嗤える。

 

嗤えて思わず顎が外れそうだ。

 

 

「愉快、実に愉快な光景だ!! まさか切り刻んで燃やし尽くしたはずの古臭い書物如きがこんな形で俺に歯向かって来ようとはなッ!!」

 

「つけ上がるのも、もうやめた方がええよ。私らはアンタを倒すための覚悟はできてる。何より、気付いてるはずやで? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハハッ! そうか、知っていたかッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 

ならばもう隠しきる必要はあるまい。

 

 

「であれば、第二幕と行こうか? 小娘?」

 

 

虎杖、いや両面宿儺はそんなことを言いながら右手を胸に手を当てると、

 

 

「思う存分、呪い合おう(殺し合おう)ッ!!」

 

 

そのまま胸を突き破り、怪物としての呪力を開放した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「「「「「·······ッ!?」」」」」

 

 

その、瞬間。

 

意識が思わぬ方向に働き、ふっと途切れるのと同時、虎杖の右手に何かドクンドクンと鼓動音を鳴らす赤い色彩を纏った固形物が乗っかるのを感じた。

 

否。

 

もしかしたらそれは─────

 

力の解放だったのかもしれない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

フッ、ハハハッ!! フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!

 

 

全ての戦いが始まろうとした瞬間、目の前で起こった光景に虎杖悠仁の体を借りた両面宿儺は哄笑を上げた。

 

突然、虎杖の胸の内に入っていなければならないはずのものが外に引き千切られ、命による“縛り”が解かれたのである。魔力ではない別の驚異的な破壊力が増えていくのがわかる。ブシャブシャと鮮血を撒き散らし、彼から溢れた真っ赤な液体が地面に溢れたかと思うと、全ての現象が止まって見えた。

 

 

「な、何を────ッ!?」

 

 

驚きのあまり動きを止めた八神はやてが、呆然と問うてくる。

 

虎杖悠仁(両面宿儺)はまさに胸の裡を埋めておいた万感の思いを言葉に乗せ、大声にして言った。

 

 

「控えろ虫共」

 

 

手に乗せていたものを捨てて、両手を広げる。

 

 

「『呪いの王』の、凱旋だッ!!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「·········!?」

 

 

高町なのはは。

 

自らの傷の痛みに横たわり、レイジングハートに傷を癒されながら、その光景を眺めていた。

 

八神はやて陣営が武器を構えた瞬間、虎杖の胸を潰さんばかりの抉りで何かを抜き取ってみせると───その身を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「悠仁·······君?」

 

 

傷は、ようやく高町なのはの身体を動かせるほどの所まで癒していた。

 

あの怪物に突き刺された箇所もなんとか塞ぎ、だが喉の奥から迫り来る嘔吐感を抑えながら、それでも鉄の味が滲む口をどうにか動かす。

 

明らかに、おかしかった。

 

怪物は何やら興奮した様子で声を上げていたが、今一つ聞き取ることができない。

 

否、正確に言うなれば、耳がその音を捉えていながらも言葉の意味を脳が把握していなかったのかもしれなかった。

 

それくらい、虎杖の身に起こった異常に目を釘付けにされていたのである。だがそれも無理からぬことだった。今までの彼の行動から見て、明らかに様子が異なっている。

 

虎杖の身体を動かすための核が投げ捨てられる。

 

するとそれと同時に、ようやく虎杖の全貌が脳を認識し始めた。

 

 

「な········ッ!!」

 

 

高町なのははその姿を目にして、思わず息を詰まらせた。麻痺していた脳が動き始めると同時、虎杖の胸には大きな穴が開いていた。

 

それでも、彼は立っていた。

 

とはいえ、それはあり得ない話ではない。

 

彼は八神はやてが放ったであろう魔法にも耐えきって普通に立っていた。今さらそんなことをされても驚くべきではないとは思うが、それでも自らの意思でそんなことをされたら目を疑う。

 

 

「何の、つもりやッ!?」

 

 

八神はやてのその問いに、少年の口は液体まみれのゴボゴボとした音を鳴らしながら言葉を吐く。

 

 

「気付いているのだろう? ならばこうするまでだ」

 

 

地面に投げ捨てられたまま脈打つ固形物は、ちょうど八神はやてと高町なのはの間に置かれた。それを見て吐き気を覚えるが、なんとか懸命に飲み込み耐える。

 

 

「俺は『ソレ』なしでも生きていられるがな、小僧はそうもいかんのだ。体に帰ることは死を意味する。そして、もう一つ。これで晴れて自由の身。つまり、思いっきり暴れても良いわけだ。今までは小僧の身体に合わせて手加減をしてしまっていたが、これでいつ滅んでも自業自得。故に、これまで抑えてきた力を解放できる。ここまで言えばもうわかるな?」

 

 

開示。

 

それが何を意味するのかはこの世界の住民にはわからんだろう。手の内を曝すことで何のメリットが生まれるのか。

 

けれど、もう脳がわからずとも魂が理解しているはずだ。

 

彼は本気だ。

 

今までの手加減を失くし、全力で襲いかかってくるつもりだ。

 

怪物は悠然とした調子で、制服の胸に穴を開け、両手を広げて、そして小さく息を吐いた。

 

 

「貴様らにわかるか? 命の重みが? もちろん小僧(こいつ)は一度これを経験している。故に躊躇いはない。自らの命を顧みない。だがそれも時間の問題だ。今まさに目を覚まそうとしている小僧の自我は迷わず俺を押さえ込んで死を選ぶだろう、()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

「お前達はそれに耐えられるか? 自分たちが未熟だったが故に、救おうとしていた小僧に逆に救われることになり、そして何も出来ずただ小僧を見殺しにしてしまうことに」

 

 

なのはとはやて達の目的は一致していた。

 

それは───虎杖悠仁の体を奪っている怪物を叩きのめして、少年の眼を覚まさせて救うことだ。

 

だが、たった今怪物はそれを出来ないようにした。

 

怪物の言うことが本当ならば、虎杖は眼を覚ました瞬間に躊躇なく入れ替わって自分達をこれ以上痛めつけないように死を選ぶだろう。

 

そうなれば、全てが水の泡だ。

 

こっちは必死に虎杖を救おうとしていたのに、逆に死なれてしまったら今までの苦労が台無しになる。

 

それが怪物の狙いだった。

 

別に自分が死のうと構わない、ただ目の前にいる奴らの絶望に染まった顔が見られるのならば満足だった。

 

ならば虎杖に呼びかけて『必ず救うからまだ入れ替わらないで』と言っても、彼は納得しないだろう。自分の未熟さ故にこれ以上なのは達が傷つくのならば死んだ方がマシだ、と。

 

虎杖がそういう性格だということは知っている。

 

しかしそれで何も言わずにいると、おそらく怪物は眼を覚ました瞬間に虎杖と入れ替わって彼を殺すだろう。

 

つまり。

 

これから行われるのは。

 

『時間制限付きのゲーム』だ。

 

 

「別に俺は構わない、俺にはまだ魂が一六もあるのだからな。だが、お前らはそうはいかんだろう? 必死に救おうとしていたのに死なれたら、おそらく貴様らは自分達の無力さに打ちひしがれて絶望するだろうな。せっかく人を救える力を手にしたのに、たった一人の人間すら救えないなんて、と」

 

 

とは言え、と。

 

そう怪物は一拍置くと、

 

 

「それではつまらんな。これだけの大舞台が用意されていて、何の“縛り”もなくただ終わってしまうのは、俺としても退屈すぎてつまらない。そこでお前らにある勝利条件(ハンデ)をやろう」

 

 

両手をびきびきと鳴らし、赤黒い爪を鋭く伸ばしながら、

 

 

「俺に一撃でも入れてみろ。ただし擦り傷程度ではダメだ。普通の傷を負わせるだけでもダメだぞ。先のように俺を殺す気で来い。さもなければ貴様らの方が全滅するリスクが高まる。加え、俺を殺したということは、それはつまり俺の敗北を意味する。死んだも同然の身の俺に、これ以上何かをする権利はない。死体をどうしようと貴様らの自由だ。だから言ってみせろ、()()()()()()()()()()()()()()()? 明確に言え、でないと歪に捉えられる上に全てが水の泡となるぞ?」

 

 

言って、少年の手はわざとらしく自らの胸を指差す。

 

まるでそこを治せと言えと口にさせたいように。

 

無論、彼女らの答えは決まっていた。

 

 

「解放や。アンタを殺した暁には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが私らからの要求や」

 

 

利害を超えた人質条件で交渉の促しに成功。

 

互いの『縛り(誓約)』は科された。

 

 

「良い。言質はちゃんと取ったか玩具共?」

 

『yes』

 

『『『Ja』』』

 

「ではそれが“縛り”だ。全力で来い。どんな手を使っても構わんぞ? 卑怯、卑劣、姑息、糊塗、弥縫、泥縄、介入。手段は問わん。俺を殺したら直ぐ様命を治し、体を小僧に返還しよう。そして今後一切この世界に俺は干渉しない」

 

「わかった。みんな、準備はええな?」

 

「無論です」

 

「はい!」

 

「アイツの事を助けるのはなんか納得いかねぇけど、はやての頼みならッ!!」

 

「心得ております」

 

 

全員が頷き、了承を得た所で、怪物は視線を高町なのはに向ける。

 

這い蹲り、よろよろと体を起き上げるのを見て、問う。

 

 

「貴様はどうする? その状態で戦うか?」

 

「·······もちろんだよ」

 

 

高町なのはは。

 

愛機、レイジングハートを構えて。

 

再び瞳に闘気を灯す。

 

更に。

 

小学生とは思えない、彼女自身、自らが今まで口にした中で出た言葉は全て嘘だったのではないかと思えるくらい、腹の底から出た本音。

 

彼女のその歳で、言ってはならないほどの禁止用語を口にする。

 

 

「悠仁君を取り戻すために、あなたを·······()()()()()ッ!!」

 

「フッ! ()()()()だろ本音は? だがそうか!!」

 

 

全ての準備は揃った。あらゆるルールが確立したところで化物は嗤っていた。

 

 

「ならばこちらも出し惜しみはナシだ。そんなものは礼に反する。せっかくの大舞台だ、存分に楽しもう。さて、前置きはここまでだ。それでは、見せてやろう·······『呪術』というものを」

 

 

両手を広げて見せて、自らを誇示するような格好で怪物は告げた。

 

直後だった。

 

バッキィッ!!!! という凄まじい音が響き渡る。

 

音源は八神はやての端、ヴィータとシグナムよりも反対側、シャマルのすぐ隣。つまり八神はやて陣営の一番端。そこにいるのは誰か、消去法ですぐにわかるだろう。

 

そして、何者かの拳がめり込んでいた。

 

全員が視線を音源へと向け、一番端に徐々に目で追い駆けていくと、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「手始めに貴様からだ」

 

 

何が起きたか理解できなかった。

 

直後に打撃の衝撃が全身に伝播し、ザフィーラの体は文字通り横殴りに吹き飛ばされた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

雷光のような速度で放たれた拳はまさしく稲妻の如く、凄まじい音を響かせ一直線にザフィーラへ突き進むと、その拳に乗せられた殺意を利用して作り上げられた破壊力を一気に発動し────そして起爆した。

 

空気が不気味に割れた。

 

閃光が吹き荒れ、爆風が撒き散らされ、直撃を受けたザフィーラだけでなく周辺の地面まで粉々に打ち砕く。味方であるはずの八神はやて陣営にまで衝撃波が及ぶ。

 

 

「が、ぐあっ·········ッッッ!!!??」

 

 

自分の血に溺れ、粘ついた呼吸音を洩らすザフィーラ。

 

意識が明滅するのがわかるが、盾の守護獣にしての頑丈さは健在であり、だが同時にこう思う。

 

拳の威力自体はまともな人間レベルだ。少なくとも削岩機のような暴虐はない。けれどそんな彼が吐血するほどの威力。それを放って見せた怪物は次なる一手を既に放つ。

 

 

「せいぜい楽しませてくれよ?」

 

 

その時、誰もが気が付いた時にはすぐ隣にいたシャマルの髪の毛をまとめて掴んでいた。

 

帽子ごと掴み取り、宙に浮かされると同時、胸に、腹に、立て続けに怪物の踵が落ちる。空き缶でも潰すような気軽さで次々にシャマルの内蔵が圧迫されていく。

 

 

「あっ、がッ!?」

 

 

肺の中の酸素をまるごと吐き出しながらも、シャマルはバックアップ担当のために後方へと逃げようとする。再び少年の体が消えた。彼の体はシャマルの背後にいた。そのまま両足を揃え、全体重をかけてシャマルの後頭部に飛び蹴りを喰らわす。

 

シャマルは元いた位置に戻され、それを明らかに楽しむように嗤いながら怪物は片手を腰に当てて顎にもう片方の手を置いて質問する。

 

 

「わからんな。勇ましい限りだが、貴様らは些か鈍すぎる。多くの猛者達が俺に挑み敗れたが、それでも謎だ。今までのことを見てきて何故無駄だとわからん? 束になっても俺を殺せんことぐらいわかるはずだろ?」

 

「ッ!! ッノヤロォォォオオオッ!!」

 

 

決定的な射程圏に踏み込んだヴィータは無言でアイゼンにカートリッジを一発装填させると呆然とする怪物を放ったらかしにして激突する。

 

深夜の更地に爆音が炸裂する。

 

『呪いの王』として莫大な力を有する少年と、破壊力に特化したヴィータでは圧倒的に速度が違う。それでもただ突っ立っていた少年に一撃を入れるための一歩のみで近づいたヴィータはほとんど肉眼から消える速さで真正面から突っ込んだ少女は、全身の筋肉を一気に膨張させ、まるでギロチンのような勢いで巨大なハンマーを叩きつける。

 

半歩遅れて、少年の腕がかろうじて動く。

 

ヴィータの攻撃の軌道へ腕を挟み、受け止める構えだ。しかしヴィータの重い一撃を止められるとは思えない。そもそもヴィータが持っているのはハンマーだ。ハンマーとは、釘を打ち込んだり、物を叩いたり、金属や岩石などといった硬い固形物を変形させたりする道具である。

 

故に、だ。

 

 

「ッ!?」

 

 

ガッキィィ!! と。

 

岩と岩をぶつけるような轟音と共に、少年の腕がヴィータのハンマーを止める。

 

本来ならば少年の腕ごとへし折られ、彼の体を粉々に吹き飛ばさなければおかしいのに。

 

 

「なんで········!?」

 

「古今東西あらゆる文明において人が何故闘うために筋肉を極限まで鍛えたのか、その意味を説明する必要があるのか?」

 

 

たったそれだけだった。

 

すでに怪物の腕は動いていた。ヴィータのハンマーを掴んで固定し、素早い動きでもう片方の腕が彼女に突き刺さる。

 

ミシミシミシミシッ!! と、ヴィータの腹の真ん中に鈍い衝撃が走り抜ける。

 

 

「がはッ!?」

 

「終わりではないぞ? かけっこでもするか?」

 

 

追撃。

 

何回、その拳が人の血肉を潰す感触を捉えたか。

 

何回、埃の舞う更地の地面に転がる少女の体を眺めたか。

 

とんとん、と空気を軽く蹴るような音と共に、気が付けばヴィータは何度も打撃を受ける。数メートル、あるいは数百かもしれない距離に届くか。背後を振り返ってみても、敵側の立てている三人は視界に映る。ヴィータは距離を取ろうとして無駄に足掻き、その都度殴り飛ばされ、汚い地面の上に投げ出される、その繰り返しを端的に示す状況だった。

 

手を振って足を振るうだけでも必ずクリーンヒットになる彼の素早さ。

 

厳密には少女の傲慢さが防御という選択をしないから、勝手に向こうから懐をさらしてくれている。よって相手の攻撃は届かず、こちらからの一方的なターンが続く。

 

勝つか、負けるか。

 

『呪いの王』として力を解放した今、それはどこまでも空虚で寒々しい。

 

一方的な当たりを掴む方は、まるで美味いが何度噛んでも何度味わっても変わることなくそれでいて腹が一杯になり遂には美味さの許容量を越えてしまい逆に味の品が落ちるような、酷く現実味のない努力に見える。

 

 

「大仰な大振り······当たらんぞそれでは。もう少し小細工な事でもせんとな。ハッキリ言って貴様はチャンスを逃しているのだ。折角の破壊力の発揮する機会を·······()()()()()

 

 

直後、その姿は雷光のように現れた。

 

次の瞬間、怪物の頭上にはあの金髪ツインテールの少女が現れ、マントもなく、スピードに特化した姿をして殺伐とした鎌を構えて振り抜く。

 

その正体は、

 

 

「フェイトちゃん!!」

 

「ごめん遅れたッ!!」

 

 

なのはの掛け声に応えるフェイト・テスタロッサ。

 

彼女の介入はルール違反か? 否、審判とも言える者はあらゆる手を使っても構わないと自ら申した。ならば問題はない。

 

けれど。

 

そんなことすらもはや意味がなかったかのように少年は顔の向きすら変えないまま右手を上方へやり、鎌から放たれる魔力刃は右手の腹に。

 

皮膚に振れるギリギリのラインで、彼の掌がフェイトのバルディッシュの鎌を掴んでいた。おそらくフェイトのバルディッシュが雷光と化す直前に、少年の掌がバルディッシュの魔力刃を強引に掴んでいる。発射前に細工をされていたのだ。細かい斬撃をチェーンソーのように纏って刃に触れず掴んでいる。だからこそ特殊な雷光は、その矛先を微妙にずらされてしまった。

 

 

「来たか」

 

「悠仁ッ!! いや、“宿儺”ッ!!」

 

「介入したからにはしっかり踠き抗えよ。俺を殺さなければお前が助けたい人間は全員死ぬぞ」

 

「よくも······よくもアルフをッ!!」

 

 

二人の得物が振れた瞬間、凄まじい衝撃波が生じ、周囲の瓦礫は吹き飛ばされて少年の靴底が地面に沈み込む。

 

 

「つまらん」

 

 

バルディッシュの魔力刃の一撃を受け止めた少年が呟くようにそう言い、フェイトを弾き飛ばす。フェイトはくるりと身体を回転させると空中でピタリと制止した。

 

 

「貴様の動機はそれか? 今まさに死の瀬戸際に立たされている仲間のためではなく、もはや虫の息状態のあの駄犬がやられたからここに来たのか?」

 

「駄犬じゃない·······私の、たった一人の家族だッ!!」

 

「知ったことか。どちらにしても今は死ぬ直前なのだろう。死んでしまえばそれをどう譬えようと生き物の形をした肉塊だ。ただそれだけの存在。もはやそれ以上でもそれ以下でもない、人の形をしただけの紛い物のことなど気にする価値などないのだ。そしてそれはお前も同じ。自ら言っていただろう······使()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

「ッ!!」

 

 

そう言われてフェイトが視線を鋭くし、再びバルディッシュを振りかぶり、怪物に跳びかかる。

 

怪物はただ腕を垂直に構えただけで、横薙ぎに襲ってきたフェイトの斬撃を止めた。

 

けれどもフェイトの猛攻は止まなかった。

 

左から、右から、上から、下から、その場に残像を残すような速度で剣撃を繰り出す。

 

少年は終始真顔で、声を発することも億劫で、その速度に面倒臭そうに付き合い、バルディッシュの残光がチカチカと視界の中に輝くのを眺めながら対応した。

 

今までのフェイトと、明らかに気迫が、速度が違う。

 

明確な殺意を持って、全力で向かってきている。恐らく初手で切り捨てられていたであろう猛撃が、一瞬の間に幾度も幾度も繰り出される。

 

とはいえ。

 

それを上回るのが今回の相手。

 

そんな光の速度とも呼べる太刀筋を、人の動きとは思えない動きで全て正確に捉え、捌ききっていたのである。

 

人ならざる者と、速度魔法に特化した者の人智に及ばぬ戦い。

 

八神はやてらは、自分達に向けられているものでもないというのに、その凄まじい殺気と敵意に押し潰されそうになる。

 

 

「ここッ!!」

 

 

と、フェイトは上段から下段へ、大きく少年の腕を切り下げた。

 

一瞬、少年の身体ががら空きになる。

 

 

「ほう」

 

 

無論、それはバルディッシュを切り下げたフェイトも同じだった。だがフェイトは軽く身体を反らすと、一回転して再びバルディッシュを振りかぶる。

 

速度に特化していたからこその芸当。

 

それに半歩遅れた少年の身体は巨大な魔力刃にやられ、吹き飛ばされる。

 

 

「はぁ······はぁ·······ッ!!」

 

 

一撃を与えた。

 

目の前を見る。

 

前方にあるもの全てを屠り、虚空に巨大なその姿を屹立させたのである。一拍おいてフェイトが息を吐くと同時、その巨大な魔力刃が消え去り、バルディッシュから濃厚な煙が排出される。地面は抉られ、まるで巨大な怪物にでも齧られたかのような形になっていた。

 

これでいくらあの怪物でも─────

 

 

「なるほど」

 

「!?」

 

「口だけではないようだ」

 

 

が、その考えは一切油断を見せることもなく前を見続けていたフェイトの表情が歪んだ瞬間、霧散した。

 

抉られたはずの地面から歩いてくる怪物は赤いフードの中に入り込んでいた瓦礫の一部を取り除くと、フン、と鼻を鳴らして悠然と見てきたのである。

 

恐らく、その剣撃さえも切り裂いたのであろう。その身体に傷らしきものはない。

 

 

「最低限殺意が湧いているわけだ。だが何度言わせる?」

 

 

怪物は静かに目を細めると、そのまま掌を手刀の形にして上に向かおうとした。

 

 

「させないッ!!」

 

 

しかしフェイトもそれを黙って見てはいなかった。再びバルディッシュを構えたかと思うと、瞬きの間に怪物に肉薄し、少年の胴に横薙ぎに斬りつける。

 

 

「いい加減気付け」

 

 

怪物は微かに眉を顰めると、先と同様何もない手でその一撃を受け止めた。

 

さすがの怪物の術式も、フェイトの魔力刃を完全には止められなかったらしい。激しい魔力の余波が火花のように散ると同時、少年の掌から髭剃りで皮を抉ったかのように血を噴き出させた。

 

いや、違う─────()()()()()

 

 

「!?」

 

 

掌で受け止めていたのではない、そして皮が抉られていたわけではない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そのままバルディッシュの魔力の刃を噛み砕くと、審判者は語る。

 

 

「これでは足りん、と」

 

 

怪物が冷徹な声でそう言うと、止めていた手刀が振るわれる。

 

 

「ッ!! バルディッシュッ!!」

 

『Defensor』

 

 

危険を察知したフェイトは即座に怪物への攻撃を止め、バルディッシュに防ぐではなく躱すことを命令すると、ブォンッ!! と、風を斬る音が鳴り響く。

 

それに次いで、ザンッ!! という空間が軋むような音が響く。

 

次の瞬間、怪物の振るった手刀の延長線上に、凄まじい衝撃波が走っていった。

 

 

「我が主ッ!!」

 

「ッ!!」

 

「なのはッ!!」

 

「フェイトちゃんッ!!」

 

 

その余波に煽られたなのは達は、各々庇う形で周囲に見えない魔力の障壁を構築し、幾分か辺りの空間を揺さぶる衝撃波を和らいでくれていた。

 

 

「大丈夫なのはッ!?」

 

「う、うん」

 

「我が主!?」

 

「だ、大丈夫や·······」

 

 

フェイトが即座にかけつけたことで鈍っていたなのはは助かり、シグナムが八神はやての前に立ってその余波を防いだくれたおかげで宙に吹き飛ばされずに斬撃から守ってくれていた。

 

更地の地面に深々と刻まれたクレバスを見て、なのは達は顔を真っ青にしていた。

 

 

「あり得、ない」

 

 

怪物の放った斬撃を見ながら顔を戦慄に染めた。

 

ガラ、と何かが崩れる音がした。

 

ヴィータとシャマル、それにザフィーラが吹き飛ばされてきた瓦礫の陰から姿を現す。どうやら、彼女らも各々防御を張っていたみたいだが、瓦礫の下敷きになってしまっていたらしい。

 

 

「さて、小手調べはこの辺りにしておこう」

 

 

もういい加減疲れた。

 

そう言うかのように少年の体は両手の人差し指と小指は折り曲げて、中指と薬指は立てて合わせた三角形を作る。

 

掌印。

 

それを結んだ少年は静かに詠唱を紡ぐ。

 

 

「─────領域展開─────」

 

 

刹那、少年が更地全域に響き渡るような水面に落ちる水滴音が伝ったかと思うと、次の瞬間、少年の足元の空間に放射状の波紋が広がっていた。怪物の声に呼応するように、その波紋の中心部から、あの巨大な寺のようなものがせり上がってくる。

 

鈍重な本体、その赤い寺の中から丸飲みにしようとする化物の口。それはまさに地獄の門。

 

門番のように立つ怪物は静かに目を瞑り、全方向に向けて空間を歪曲させた。

 

否、それを歪曲させるには明らかに何かが足りていなかった。

 

不完全。

 

顕現させたその寺は歪すぎて寺の形を保っていなかった。化物の口からまるで胃物を吐き出すかのように目や腕が吐き出され、天井画や天井飾りなどが剥き出し状態だった。

 

それもそのはず。

 

彼は本気を出せない。

 

何せ、魂がまだ四つしかないからだ。

 

何故か一本分余分に力を感じるが、それでも全力とは言えない。

 

それでもこの結界は外殻で覆わず逃げ道を与えない縛りが消え、効果範囲が広くなり、具現化された心象風景の中の必中効果は『闇の書』同様に半径約二◯◯メートル内に斬撃が繰り出される。

 

だが、今の少年の身体ではこの高度な領域を維持し続けることはできない。

 

約六◯秒。

 

制限時間は一分。

 

とにかくそれに耐えるしかない。戦闘終了後にたとえ一人でも残っていれば消耗した少年に致命傷を負わせると思っていたからだ。

 

しかし、これは防御の魔法陣では防げない。

 

 

「みんなッ!!」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

「結界を張って防いでッ!!」

 

 

なのはが皆に提示した戦闘条件は、無理難題にもほどがあった。

 

そもそも彼女達の魔法が彼の『呪い』に有効かもわからないのに、そこへさらに攻撃を必中させるものから身を庇いながら耐えろと言うのだ。

 

しかし、やるしかない。

 

全員が魔力を集中させ、身体の周囲に球状の防御膜を張ると同時、それは発動された。

 

 

「─────伏魔御廚子─────」

 

 

ズバババババババババババババババババババババババババババババババババババババ────────ッ!!!

 

 

瞬間、少年の後方に聳え立っていた巨大な寺院が、凄まじい音を発し始めた。

 

規則的に連なった見えぬ斬撃が幾重にも重なり、周囲に撒き散らされる。戦場の空気が切り裂かれ、その余波が身体中に振動が伝わってきた。

 

 

「「「「「「「ッ!!」」」」」」」

 

 

思わず、筋肉を膨張させる。

 

だがそれは、その凄まじい斬撃に耐えかねての行動ではなかった。空気を通ってなのは達の鼓膜を揺らした音が、そのまま彼女らの頭の芯を侵食するかのように染み込んできたのである。

 

そう。

 

まるで両手で掌印を結んでいる彼の姿が、『神への祈り』に見えた。

 

手を合わせる姿、その『願い』に応えるように攻撃は必中される。しかしその攻撃がなのは達に当たる直前で何重にも張られた防御結界が不可視の斬撃を弾く。それが、衝撃波からなのは達を辛うじて守ってくれている。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

耐えろ。

 

各々がそう『願い』、少年の願望を打ち負かすかの如く防いでみせていた。

 

と、

 

 

パリンッ!!

 

 

耳の奥に響くような空気が割れる音を、自分達の周囲に張られた結界から発せられる。

 

と、同時。

 

怪物の領域展開による斬撃が止み、僅かになのは達を守るバリアジャケットもその余波に当たり、切り裂かれて破かれた部分から赤い液体が滲み出る。

 

だが耐えた。

 

それに気付いたみんなが怪物に向かって走り出す。

 

一人でも良い。

 

誰かがその無防備となった体に致命傷を負わせられればそれで良い。

 

全員で一斉に仕掛ける─────ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────「(カミノ)」────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(フーガ)

 

 

瞬間。

 

なのは達の視界が、真っ赤に染まった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

アースラの艦橋に、けたたましいほどのアラームが鳴り響く。その音を聞いて、リンディやエイミィは体をギョッと動かした。

 

それは────通常では使用されない、最厳重レベルの緊急事態通告だったのである。

 

 

「何!?」

 

 

言いながらスクリーン上に目を向ける。

 

だがそこに映っているのは真っ赤すぎてもはや白くなっていた。他の画面にも異常は見受けられ、全てが同じ色に染まっていた。

 

と、リンディが訝しげに眉根を寄せていると、別室でコンソールを操作していたエイミィが思わず息を漏らした。

 

 

「どうしたの········?」

 

『こ、これはッ!?』

 

 

エイミィが、微かに指先を震わせながらリンディに音声を送ってくる。

 

 

『リンディ提督·······まだ【闇の書】にまとわりついていた【呪い】って発動してないですよね?』

 

「何言ってるの? 確かにそっちの方が緊急事態だけど今は虎杖君の方が────」

 

『それ、なんです』

 

 

エイミィがごくりと喉を鳴らしてから唇を動かした。

 

 

『か、観測器のカテゴリーが─────限界値を示しています········ッ!?』

 

「!?」

 

 

その言葉に、リンディは目を見開いた。

 

するとそれに合わせるように、サブモニタに表示されていた外部の映像に、異常が現れ始める。

 

なのは達がいる海鳴市が真っ赤に輝き────その光が放射状に天に向かって伸びていたのである。

 

 

「ま、まさか········ッ!?」

 

 

恐れていたことが現実になってしまった。

 

 

「『オーバーSSSランク』·······!?」

 

 

リンディは呻くように言って、隣に置いていたミルクと砂糖入りの緑茶が溢れた。

 

 

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