呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第二十五章

 

 

己の弱さを自覚してでも、なおかつ前へ進もうとする者は成長する。

 

たとえ目の前の敵がどれだけ強大であろうと、複数の力が合わさればそれはもう最強と呼べるだろう。

 

確かに、高町なのは達には今までになかった自信のようなものが取り戻されていた。仲間達が共に肩を並べあったから、そこには確固たる芯があった。己の覚悟に自信を持つ者が手に入れることを許される精神の中心にある、強固な芯。

 

けれども、それだけで勝機が覆ることはない。

 

烏合の衆のように追加されたとて、怪物は余裕を崩さない。たとえどれほどの強い武器を手にして向かって来られたとしても、わざわざ御廚子を使うまでもない。

 

戦いの最中、勝手に吹き飛んでくれるような脆い壁なのだから。

 

しかし。

 

 

(何故俺は苛立っている······?)

 

 

思わず虚空を眺める。

 

少年の体を奪った怪物··········いや、もう一々遠回しで表現するのはよそう。

 

皆が認識しているんだ、目の前にいるのが虎杖悠仁ではないことに。

 

両面宿儺は千年前、呪術全盛の時代に何人もの凄腕の術師が総力をあげて挑んできたが全て返り討ちにした。宿儺の名を冠していくつもの時代を呪物として渡り歩いてきたが誰も消し去ることはかなわなかった。

 

紛うことなき、呪いの王。

 

そんな彼の視線が一瞬泳ぐ。

 

だから致命的に遅れた。

 

 

「ハアァァァアッ!!」

 

 

フェイトの斬り付けが迫ってくるのを。

 

だが簡単に当たるほど宿儺は甘くない。その気配を感じ取ってか宿儺はノーモーションで肉薄し、右腕の筋肉を膨張させ受け止める。

 

その腕からは血が僅かに垂れたが、一撃とは呼べない。

 

だから追撃を仕掛ける。

 

 

「ディバインシューターッ!!」

 

 

フェイトの背後から現れたなのはがレイジングハートに誘導弾を射出するように命令する。

 

通常であれば考えられない超々至近距離で数十発のミサイルが爆発するような攻撃。辺りに凄まじい爆風が撒き散らされ、視界に煙が溢れた。

 

 

「·······」

 

 

さすがに体勢を保つことができず、後方に吹き飛ばされてしまう。

 

と、宿儺は直撃を受けた拘わらず、その身には傷一つ負っていなかった。周辺の地面まで容赦なく粉々に打ち砕く一撃をもなかったことにしてしまうほどの回復力だが、それを目にしてもなのは達はなんの驚きもない。

 

むしろ他のところに目を向けていた。

 

さっきから宿儺はずっと腕を組んで何かを考えている。

 

 

(たかが餓鬼の言葉を気にしているのか? この俺が? 小娘如きの煽りに俺は苛立っているというのか·······いや、そんなことはどうでもいい。こいつらはただの暇潰しのおもちゃ。そう、殺すための道具に過ぎない。わざわざ餓鬼の言葉に惑わされる必要などない)

 

「まだまだッ!!」

 

 

宿儺の視界の中を、夥しい数のディバインシューターが埋め尽くす。

 

無論、こんなにも仲間が密集した空間でそんな弾幕を張れば、被害を受けるのは対象のみではない。辺りを囲っているなのは達の仲間にすら被弾する危険性もある。だが、なのはの魔法は正確に動き、宿儺のみにぶつかるように蛇のような動きで視界を撹乱し、目で追わせない速度で迫り来る。

 

 

「ふん」

 

 

宿儺はなんの小細工も入れなかった。

 

ただその弾幕が自分に向かってくるのだとわかっているのだから、一ヶ所に集まるのを見計らってその一瞬の隙を突けばいい。

 

宿儺は足元の地面を踏みつけると、その衝撃で亀裂が広がり、瓦礫がバネに弾かれるように浮かび上がる。

 

宿儺はまるで子供にデコピンするかのように瓦礫を軽くつつくと、的確に正確になのはのディバインシューターを消し飛ばした。一◯発、二◯発の魔力弾を消し飛ばし、四方八方に迫り来る全ての弾幕を瓦礫に着弾させ、空中で爆発させた。

 

そしてその爆風によって密集していた幾つものディバインシューターが誘爆していく。夜空を焦がす花火のように、激しい光が辺りを照らした。

 

 

「でやぁぁぁあああッ!!」

 

 

と、ザフィーラが先ほどのお返しと言わんばかりに襲いかかってきた。

 

宿儺は相変わらず何の興味も示さず、繰り出される拳を紙一重で避け、間髪入れずに繰り出されるザフィーラの拳を片手で捌いていく。

 

絶え間なく拳が繰り出されるのに対し、宿儺は腕一本で対応していく。眼前に迫るザフィーラの手刀を腕で受け止めて払い上げる。

 

ザフィーラはその勢いに乗じて飛び退けると難なく着地し、宿儺は見向きもせずため息をつく。

 

 

「はぁ·······うざ」

 

 

そう落胆した。

 

そして、一気に間合いを詰めたザフィーラが横一文字に鋭い蹴りを入れる。胴を蹴り千切るような一撃を宿儺は軽やかな動きで避け、素早く体を回転させるとザフィーラの背中に強烈な一撃を叩き込んだ。

 

 

「がぁッ!?」

 

 

ザフィーラの体がクロノが発生させた氷の柱へと吹き飛ばされる。氷の柱が倒れる音と共に土煙が舞い上がる。

 

 

「ついてこれるか餓鬼共?」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

宿儺の体が消える。

 

そして足元の地面が地雷を踏んだかのように爆発した。

 

宿儺はザフィーラを追って氷の柱の合間を駆け抜け、あっという間に追い付いた途端に拳を振るう。ザフィーラは両腕をクロスしてガードしようとするがその一撃が重すぎた。強烈な一撃に骨に罅が入り、ザフィーラの体を強張らせる。

 

吹き飛ばされそうになる中、宿儺はザフィーラの足を掴むと引き戻し、腕を消し飛ばすほどの蹴りを浴びせてきた。

 

 

「ぐぁ·······ッ!?」

 

 

どうにか致命傷は避けたものの、その威力は殺げない。ザフィーラの体がまたもや氷の柱を次々と突き破って吹き飛ばされる。

 

 

「ザフィーラッ!!」

 

 

はやての声が聞こえる。

 

目の前で行われる攻防はまさに瞬きする間もなかった。一瞬でも気を抜けば両者を見失ってしまう。

 

 

「人の事を心配している場合か小娘?」

 

「!?」

 

 

眼前に現れた宿儺にはやては遅れてしまい、防御が間に合わなかった。

 

 

「我が主!!」

 

 

と、眼前に迫っていた拳を誰かが弾いた。

 

下段から上段へ、あたかも風が吹くかのように振り上げられた刃によって、はやての頭を打ち抜こうとした宿儺の肘から下が縦に裂ける。

 

 

「シグナム!!」

 

「ご無事ですか我が主!?」

 

 

などという会話をしているが、現在は戦いの真っ最中。それを忘れてはならない。

 

 

「いい動きだ」

 

「ッ!!」

 

 

鋭い蹴り。

 

それを受け止めるシグナムだが、その一撃の重さに体が支えきれずに浮かび上がる。それでもシグナムは主を守るために吹き飛ばされないように地面にレヴァンティンを突き刺して両足で着地する。

 

 

「主人想いなのはいいことだが、助太刀に入ったところで足手纏いにしかならんのでは意味がないぞ?」

 

「舐めるなッ!!」

 

 

シグナムが宿儺の拳を背後に飛んで避ける。

 

宿儺の拳が地面を大きく抉る。地面に拳を打ち込んだ体勢のまま、シグナムを目で追った宿儺がその姿を捉え飛び掛かる。剣で受け止めるシグナムは攻撃に中々移せない。

 

拳と剣がぶつかり合い、周囲の大気が振るえる程の衝撃がなのは達の心臓にまで伝わってくる。

 

宿儺は本気だ。

 

命を狩り取るために容赦などなかった。

 

自身の力を存分に引き出し、その実力の差をビリビリと肌に感じさせる。

 

 

「うおぉぉぉオオオオッ!!」

 

「そんなものかッ!?」

 

 

シグナムの剣を宿儺が手首で受け止める。

 

そして容赦なく乱打される拳をシグナムが剣で受ける。そのうちの一つが右の耳をかすめ、血がたらりと垂れていた。

 

 

「ハハッ!!」

 

 

宿儺の一撃がシグナムの脇腹を擦める。

 

たったそれだけなのに血飛沫が散る。シグナムは懸命に痛みを堪えると、剣を横に構えて一回転するように宿儺の腕を切り落とそうとする。それを平然とした顔で受け流した宿儺はシグナムの真似をして縦に一回転して踵落としを彼女の左肩に浴びせた。

 

ボキッッッ!! と。

 

肩が外れるどころか骨が折れるような音が聞こえてくる。

 

 

「ッ!?」

 

 

宿儺の両目が無機質にシグナムを見やる。

 

 

「治せ········治してみろ、お得意の魔法で」

 

「ぐ·······ッ!!」

 

 

シグナムは左肩に手を当てて具合を確かめるが、触れただけでもわかる。

 

もう剣は両手では振れない。

 

それがわかった途端、自分は充分な戦力になり得ないと悟った。元々剣というのは両手で持って構えるもの。そうでなければ最大の力を発揮できない。

 

だが、

 

 

(隙を作ることには成功したッ!!)

 

「デュランダルッ!!」

 

 

直後、宙に幾つもの氷柱が生成されるのを目撃すると、それは宿儺に向かって放たれる。シグナムを巻き込んでまで雨のように降り注ぐ氷柱は攻撃力は弱いものの確実にダメージは与えられる。

 

宿儺は目だけは守ろうと手で庇いながら上を見ると、クロノが青い杖で魔法陣を作り出しているのが微かに見えた。

 

 

「しぶといな」

 

 

宿儺はそう評するが、まだ攻撃は終わっていない。

 

宿儺に加え、クロノからのダメージを負いながらもシグナムは構わず生き残っている右腕でレヴァンティンを構え、その無防備な顔面に一撃入れるように大きく振りかぶる。

 

横凪ぎに一閃、渾身の一撃を込めた剣が宿儺の首を断つ─────寸前で宿儺の手がレヴァンティンを押しやった。

 

逸れた剣は宿儺の手の腹へ突き刺さる。

 

入った一撃。

 

しかし。

 

 

「まぁまぁだ」

 

「なッ!?」

 

 

斬られた瞬間から傷は再生しており、レヴァンティンの刃は宿儺の掌を通り抜ける。再生が早すぎて切断すら不可能だった。

 

よって。

 

 

「惜しかったな」

 

 

ドシュッ!! と。

 

シグナムの腹に宿儺の腕が貫通する。

 

 

「·······がッ·······!!!!!」

 

 

これでシグナムは戦闘不能。

 

シグナムはレヴァンティンを落とし、力が全て抜けたように地面に倒れていく。手についたシグナムの血を舐めとりながら周囲の状況を確認する宿儺。

 

残るはあと六人。

 

ぺっ、とあまり良い味ではなかったからか唾液ごと吐くと、宿儺は指の一本一本の関節を鳴らす。

 

手早く片付けよう────と、考えた途端。

 

チカッ、と。

 

宿儺の顔の横で小さな光が瞬いた。

 

そう思った時には既に宿儺の眼前で光の筋が交差し、さらに彼の周囲には鎖状の複数の光が蜘蛛の糸のように張り巡らされている。

 

ギリギリという不穏な音が響く。

 

その音の正体は。

 

 

「チェーンバインドッ!!」

 

 

桜色の鎖。

 

空気を引き裂きながら、宿儺を囲む鎖が凄まじい速度で襲いかかる。七方向から同時に迫る鎖は、足首から心臓までありとあらゆる箇所を切断する勢いで宿儺の動きを止めようと狙いを定める。

 

色から察するに、これはあの忌々しい小娘の魔法。

 

その発動速度からして、もしかしたら拳銃の弾よりも早いかもしれない。

 

もちろん、宿儺は避ける隙もなく、その鎖に絡め取られる。

 

 

「ほう」

 

 

直後だった。

 

轟!! と。

 

闇を引き裂いて、前後から同時に少女達が宿儺へ叩き込んでいく。

 

音速の限界を超える。肉体そのものを凶悪な武器に変えた、規格外の攻撃。ヴィータはその派手なハンマーを大きく振りかぶり、フェイトは雷光の如く素早い一撃を、高町なのはは槍と化したレイジングハートをその胸に突き刺す。

 

直球、三つの攻撃を対処不能なものを、念押しで重ねてきた。下手人の頸を落とすどころか肉体全部を粉々にするほどのオーバーキル。

 

 

「全く」

 

 

だが、宿儺は呆れたように息を吐いただけだった。

 

パキンッ!! と冷たい音が響き渡る。なのはが展開した拘束魔法を引き千切ると、宿儺は嗤って対応した。

 

激しい火花が散る。

 

ヴィータの重いハンマーを右手で止め、高町なのはの鋭い槍を左足の裏で何ということもなさそうに受け止め、フェイトの俊敏な動きを左手を突き出して掌に出現させた『口』で白刃取りにして制した。

 

宿儺は少女達に挟まれたままそれぞれを片手片足で捌いてしまっている。

 

 

「これで終わりか餓鬼共?」

 

「·······まだだよ」

 

 

応じたのは高町なのは。

 

受け止めたことに何の驚きもなく、冷静に告げる。

 

 

「私達はただの前振りだよ」

 

 

まさに一瞬だった。

 

瞬きの間も与えず、闇を引き裂く天の槍が宿儺へと襲いかかっていく。

 

 

「!?」

 

 

一撃が放たれた頃には遅かった。宿儺を中心とした光の柱が命中後に球状の衝撃波が展開され、追い討ちをかける。なのは達は既に退避し、仲間からの直撃は避けられた。

 

仲間達が繋いでくれた一瞬の隙、それを見逃さないように空中で待機していた八神はやてがさらなる一撃を見舞ったのだ。

 

戦争といえば剣だが、処刑となればその限りではなくなる。頭を落とす斧に胸を貫く槍、そしてとある宗教では天罰として神から光の柱が落とされたという。

 

クラウ・ソラス。

 

八神はやての持つ魔法。

 

元々宿儺は魔法の耐性はない。

 

呪力としての耐性はあっても魔法に縁がなかった世界で育ったため、魔法の構造や理屈すら理解していない状態だ。それに加え宿儺は両手片足が塞がっていた。そこからさらに急所を狙う光の柱は防ぎようがないのだ。魔力で重量を増大した魔法なら、このまま全身を粉々にできる。

 

だがそれでも足りない。

 

宿儺という怪物が規格外である以上、これだけの攻撃で致命傷になるとは思えない。

 

言ってしまえば、宿儺はこの世界にとってはイレギュラーな存在。譬えるのならば、普通の日常系のような作品に場違いな異能を使うバケモノが投げ込まれたと思ってくれて良い。流血沙汰とは一切無縁の作品に、バトル展開が当たり前の世界からやって来た者は、たったそれだけで無双できる存在となる。

 

つまり。

 

()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ッ!!」

 

 

宿儺は天に向けて人差し指と中指を伸ばして不可視の斬撃を繰り出す。

 

瞬く間に八神はやてが放った魔法は切断され、それはすぐに彼女の元へと到達する。

 

 

「させないッ!!」

 

 

八神はやての前に緑の魔法陣が展開される。

 

バックアップのプロフェッショナルであるシャマルが防御壁を張ったことで斬撃を弾いた。

 

だが、

 

ここで少女達は気付く。

 

 

(あの斬撃が回復している!?)

 

 

気付いた時にはもう遅い。

 

それ以上に早く、宿儺が動いた。

 

 

「終わりだな」

 

 

手の形を閻魔天の掌印へ。

 

 

「次は領域を閉じる、逃げ道はない」

 

 

言葉と共に、宿儺が一気に呪力による結界を広げる。

 

真球のようなものがなのは達を飲み込み、完全に外の世界との繋がりを隔絶する。

 

 

「先の宣言通り、八つ裂きでは済まさん。貴様等を切り刻んだ後、外にいる奴等を一人残さず皆殺しにしてやろう」

 

 

途中でなのは達は悪足掻きのようにバインドの鎖を放ったが、それでも宿儺の動きを止めることはできなかった。

 

既に始まっている。

 

世界を切り刻むための領域が。

 

 

「─────領域展開─────」

 

 

もう防御の結界を張る魔力は残っていない。

 

宿儺を囲うように地面から牛の頭骨が溢れ、調理器具ではなく、もっと残酷な拷問道具でも収められているような厨子が出現し、その口から大量の鮮血を吐き出す。

 

硝子を思わせる無機的な表面。

 

空を仰ぐように広がっていく血のような空。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

なのはは目を見開き、喉を絞った。 

 

なのはだけではない。

 

フェイトもはやても、他の騎士達も同様に顔を驚愕の色に染めている。 

 

だがそれも無理からぬことではあった。何しろ、宿儺の背後に禍々しい厨子が出現した次の瞬間、それを中心として、まるで世界が別世界に変わったかのように周囲の景色が様変わりしていったのだから。 

 

乱戦によって破壊された街並みが、煙を上げる廃墟が、斬り裂かれて更地となった世界が─────いや、それどころか、雲のたなびく冬空までもが別のものに変貌していく。

 

得体の知れない現象に、なのは達は最大限の警戒と共に辺りを見渡した。

 

地平線の先まで広がっている、地獄の世界。

 

今までの領域展開とはわけが違った。

 

まるで世界の外装が剥がされたかのような、途方もない異世界。

 

 

これが本来の使い方だ。

 

 

むしろ領域を閉じずに発動していることの方に驚くべきなのだ。それなのに通常の使い方をして驚く方がおかしいと言える。

 

閉じない領域なんてそもそも不可能。

 

それを当たり前のようにやっていたからなのは達は凄さに気付かなかっただけで、本当ならばあんなものは人間業とは呼べない神業的な常識外の領域なのだ。

 

しかし今はそれどころではないだろう。

 

たとえ万全で防御を張れたところで、完全となった領域展開には敵わない。

 

もはやそれはミキサーではなく、円形のクレーターを生み出すほどの小惑星の激突にも似た破壊力を秘めていた。消耗しきっているなのは達では太刀打ちできるわけがない。仮に耐えたとしても、その次にはまたあの『炎』が放たれるだろう。

 

そうなったら今度は『闇の書』が張っていた結界もろともまとめて破壊される。

 

莫大な速度で結界が覆われていく。

 

宿儺の心象風景で構成された帳によって厨子が顕現し、全てを消し去る準備が整う。

 

 

(まずいッ!!)

 

 

どれだけ魔力を練ったところで宿儺のあの必中に耐えられない。

 

宿儺のあの技を目の当たりにしたなのは達は覆っている結界から外に出ようと試みるが、それはほぼ無理である。

 

どこまでも果てしなく広がる異世界は、謂わば蓋が閉じられた鍋の中のようなもの。

 

食材は自分の力でそこから脱出することはできない。

 

呪力で構築した生得領域内で必殺の術式を必中必殺へと昇華する呪術の極致、それを叶えるために相手を閉じ込めることに特化した結界は、内側から出るには自分も領域を展開して綱引き状態にして必中効果を消すか、より洗練された領域を展開する必要がある。

 

だが、宿儺の領域に対抗できる結界術は、現時点で一つのみ。

 

それにここは呪術の概念すらない。

 

領域の発動方法とか全くわかっていない。

 

じかに受けたなのは達だからわかる。

 

─────詰み。

 

今度こそ命はない。

 

なのははおろか周辺にいるフェイトやはやて、ヴォルケンリッター達でさえ殲滅されてしまう。

 

 

(何か──────ッ!!)

 

 

歯噛みするなのはの横で、フェイト達の顔は絶望に染まっていない。

 

 

(諦め─────ッ!!)

 

 

高町なのはは、レイジングハートをしっかりと握り締める。

 

破壊の渦を展開する宿儺。

 

いつの間にか彼の服装は変わっており、着物のような格好になっていた。

 

それを見上げ、睨み付けながら、彼女達は瓦礫だらけの広場を強く踏みしめる。一息に魔法を発動すると、それを水平に構える。

 

防御、そんなもののための挙動ではない。

 

全ては反撃へ。身体中にある全ての魔力を収束させて即席で術式を組み、最後の悪足掻きをする。

 

 

(諦めないッ!!)

 

「─────伏魔御廚子─────」

 

 

不可視の斬撃が嵐のように吹き荒れた。

 

フェイト・テスタロッサ、八神はやて、クロノ・ハラオウン。

 

シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。

 

そして、高町なのは。

 

彼女達の目が、耳が、鼻が、舌が、肌が、細胞が。

 

全て原子レベルになって。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

死。

 

その一文字の単語すら理解できなかった。

 

そもそも五感が死んでいるのだから、あるのは無だけだ。

 

更地に残っている瓦礫の吹き飛ぶ音も、それらを消し去る衝撃波も、舞い上がる粉塵も、鉄臭い匂いも、何かがミクロ単位にまで細切れになることさえも、何もかも感じられない。

 

死、とは。

 

無、とは。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

「········え?」

 

 

真っ白に塗り潰されたはずの五感が戻るのに、しばらく時間が経った。

 

そして少女達は知る。

 

消え去ったはずの五感が回復しているということに。

 

 

「なん、で?」

 

 

宿儺の放つ領域展開は必ず当たるはず。なのはを含む、フェイトにはやて達でさえも例外なく命を残さず奪い尽くしてもお釣りが返ってくるほどの破壊力を秘めていた。

 

─────だというのに。

 

 

ボンッ!!

 

 

「········???????????????」

 

 

宿儺は理解が追い付かなかった。

 

いや、

 

というより、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

まるで円周率を無限に数えているような気分だった。無理数で小数点以下に規則性のない数が永遠に続くため、それでも諦めずに終わらない計算を強引にしているような。

 

ハッとなのは達、幼い少女達は目撃した。

 

一瞬、ほんの一瞬とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

宿儺含め、なのは達が『それ』を受けた時間は延べ◯.◯◯◯◯◯◯◯◯◯二秒にも満たない。呪術に縁のないなのは達にも後遺症が残らないほどの『何か』が入り込み、時間にして半日ほどの情報量が流し込まれた。

 

なのは達は、()()()()

 

まるで今の時間で睡眠をしたかのように、欠伸までしてしまった。

 

宿儺は。

 

この現象を知っている。

 

そんな馬鹿げたことができる人間を、彼は一人だけ知っている。

 

 

「·······ッ」

 

 

五感が戻る。

 

その頃には自分の放った嗚咽が耳に入り、全身へ蜘蛛の巣のように張り巡らされた動脈と静脈、そして神経の流れが不気味な脈動や苦痛と共に意識の表面へ浮かび上がってくる。体のあちこちが小規模の爆発を起こしていると悟った。

 

まさに一瞬の出来事なのに、もう呪力を消費している宿儺にはそれで充分だった。

 

全身の至る所から血が噴き出し、無数の傷口を内側から押し広げられる。

 

それをきっかけにするように、全ての感覚が息を吹き返した。

 

悪夢のような宿儺の斬撃があったにも拘わらず、正真正銘、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────()()()()─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

眠気の中で聞こえた、『男の声』

 

直後、天空が大きく開く。

 

地獄のような禍々しいものがばっくりと裂けて、方々から巨大な亀裂が生まれて上書きされるように割れていく。

 

その向こうから現れるのは、“宇宙空間”だった。

 

一瞬とはいえ、それを目にした者達全員が理解するための頭の機能を失った。

 

なのは達は眠くなっただけみたいだが、宿儺は違った。

 

宿儺は、術式の刻まれている脳、大体右脳の前頭前野といったところ。そこが焼け切れ、領域が崩壊するほどダメージを負った宿儺は血の涙を流してその場に膝をついた。

 

 

「·······あァッ········?」

 

「「「「「「「「!?」」」」」」」」

 

 

驚愕するなのは達に、血まみれの宿儺は呆然としていた。それは誰の耳にも届かない。そうしながら、宿儺はもたれかかるように鮮血を地面に散らせる。

 

力が尽きたわけではない。

 

彼もまた、悪足掻きをしようとしているのだ。

 

 

()()

 

「!?」

 

()()()()()()()()()()()!!」

 

 

満身創痍の高町なのはは、隣に降り立った『黒いアイマスクを付けた銀髪の男』に言われると、疑問を抱くのは後回しにし、ただコクリと頷くと、レイジングハートを握り締め構え直すと、

 

 

「はいッ!!」

 

 

元気よく返事をし、トドメの一撃を入れるための起動準備に入った。

 

 

「起きて·······悠仁君ッ!!」

 

『A.C.S. Stand by』

 

 

なのはの足元に魔法陣が展開される。レイジングハートの杖先が変形し、その先端には魔力で作り出した鋭い槍があった。

 

 

「アクセルチャージャー起動、ストライクフレイムッ!!」

 

『Open』

 

 

弾倉に残っているカートリッジを全て使いきり、レイジングハートが翼を広げる。

 

 

「エクセリオンバスターA.C.Sッ!! ドライブッ!!」

 

 

咆哮と共に、なのはが爆発した。

 

魔力を帯びた槍を構えた少女の小柄な体が、一気に加速し宿儺へ突き進む。

 

 

「ッ!!」

 

 

宿儺はこれを回避しようとした。

 

しかし、

 

 

カァンッ!!

 

 

という甲高い音が響くと、宿儺の足元に『釘』のようなものが打ち込まれ、一時的にその場に縫い止められる。

 

動きを封じ込められ、それを振り払うために釘を抜き取ろうとした所、

 

 

────「鵺」

 

 

バチィィィ!!

 

 

と、何かが閃光と共に通りすぎるのと同時、身体中に電流が走ったような感覚が襲ってきた。

 

その衝撃が真上から落ちれば頭蓋骨の粉砕は避けられないほどの一撃。

 

ぐらぐらする頭を必死に動かして視界を確保する頃には、

 

 

「ハァァァアアアアッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

身動きが取れない時間は、わずか数秒。

 

しかしそれだけあれば問題ない。

 

 

小娘ェッッッ!!!!!

 

「ハァァァアアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 

両者の雄叫びが炸裂する。

 

次の一撃を避けられぬと分かり、なお己の内の芯を揺るがさず、むしろ突撃してくるなのはに対して大きく振りかぶろうと力を加えるための戦意ある叫び。

 

なのはの頬に宿儺の拳が突き刺さる。

 

そして──────

 

 

ドッスゥゥゥウウウウウッ!!

 

 

閃光は宿儺の胸に突き刺さり、背中から矛先が飛び出し、今度の今度こそ『呪いの王』が決めたルールの勝敗を決する音が響いた。

 

 

「がぁぁぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!???」

 

 

直撃を受けた宿儺の体は更地の地面の上を何メートルも転がり、吹き飛ばされてそのまま氷の柱へと突っ込んだ。

 

あまりの衝撃に体の中の酸素を全て吐き出してようやくその動きを止めた。

 

宿儺は·······そのまま気を失った。

 

それで、なのはやフェイト達と、はやてらを取り囲む守護騎士達の間の戦況は傾いた。

 

試合は終わる。

 

たった一人の少女の一撃が、一◯◯◯年以上勝ち続けてきた怪物を捻じ伏せたことで。

 

 

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