呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

28 / 38
第二十七章

 

 

夜の海に幾条もの光が煌めく。 

 

それは魔法を携えた少女達が放つ、魔力の輝きである。

 

さらに、負の感情が込められて生成された、超異能の結晶。

 

人智の及ばぬ『二つの異能』

 

魔法と呪術。

 

それらが『闇の書の呪い』を完全に祓うために、一時的に交差する。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

魔法を携え僅かな力しかなくとも少しでも削ろうとする少女達は、その空白を感じさせぬほどの精妙さで以て魔法を操り、次々と『ナハトヴァール』を包囲していった。

 

 

オ、ォ、ォォォオオオオオオッッッ!!!!!

 

 

『夜天の魔導書』から切り取られた『ナハトヴァール』は、まさに襤褸のような姿となり、無造作に備えられた『触手』を振り払った。

 

空間そのものを侵食して削り取られるかのような衝撃波が少女達を襲う。

 

 

「ッ!! 切り離されたと言っても、私達の手じゃほとんど太刀打ちできないみたいだね」

 

「確かに力は切り取られたけど、元の力が強すぎるというのもある。弱体化じゃなく、暴走したと考えたほうがいい。油断せず連携して少しでも削るんだッ!!」

 

「「「「「「「おおッ!!」」」」」」」

 

 

執務官として現場の状況を冷静に伝えるクロノの言葉に応えるようになのは達が声を上げる。 

 

 

「へぇ·······」

 

 

そんな戦場の中、そんな幻想的な光景を眺めている影が四つあった。

 

五条悟を始めとする、呪術高専一年生三人だ。

 

相手が『呪い』である以上、祓いに行くのが普通なのだが、彼らは様子見するようにその戦いを眺めていた。先程任せろと言ってたくせに、戦いが始まるとなのは達は五条達よりも先に率先して突貫していった。

 

その猛進な動きについ止まってしまった五条達は、彼女らの戦闘力に素直に感心していた。

 

 

「なるほど、あの子達もかなりの修羅場を乗り越えて来ているようだね。年齢の割に戦い慣れてる」

 

「だとしても、体力的にももう限界だと思います。戦う前から疲弊してる」

 

「どっかの誰かが派手に暴れまわったせいでしょ。本当、迷惑な話よね~」

 

「本当ニ申シ訳アリマセン」

 

 

カタコトのように謝る虎杖に、五条は肩を竦めながらふっと頬を緩めてみせた。

 

 

「いいさ、何の問題もない」 

 

 

そう言って、五条は教師らしく生徒ら三人にこう問うてくる。

 

 

「さて、ここでクエスチョン!! 僕らが今するべきことは?」

 

 

それに答えたのは三人の中で一番聡明な伏黒だった。

 

 

「相手が『呪い』である以上、呪術規定にのっとって呪いの力で祓います」

 

「ピンポン! 大正解!! では、現在そんな呪いが鉄壁の防御を張ってる。全部で四層、それを破壊しなきゃコアを露出させられない。並みの攻撃じゃ通らないだろう。それで、今僕らがやれる役割は?」

 

「·······コアを露出させるために──────」

 

「俺達四人で叩き潰すッ!!」

 

 

虎杖の言葉に、五条はニヤリと笑った。

 

期待通りの答えに、一笑した。 

 

そう、答えは単純だった。

 

いつものように、みんなで力を合わせて呪いを祓う。もしも仮になのは達が全快であったとして。『闇の書』を『闇の書』たらしめている『呪い』の部分を破壊する事はできないだろう。もしも死にもの狂いで負の塊を削り飛ばしたとして、その決死の一撃で『呪い』が消える事はないだろう。所詮は疲労の中で出し切っている馬鹿力の筋力。これまでの壮絶な攻防を茶飲み話のようにやり過ごしてきた『呪い』にダメージが通るとは思えない。

 

だから。 

 

決着は、別の何かが担っていた。

 

 

「それじゃ────────」 

 

 

その瞬間。 

 

虎杖が岩のように拳を握り締め、伏黒が影絵を作るために両手の親指を交差させながら手の甲を外側に向けて四本指を立てることで翼を表現し、釘崎は三つの釘を指の間に挟んで。

 

そう。

 

あの時からみんなの覚悟は決まっていたはずなのだ。様子見してしまったのは、まさにそのイカれ具合を今一度計るためだ。『呪い』の力は、心の在りようで如何様にも形を変える。負の感情を怒りで巨大にしている状態で呪力を手に入れたなら、それは全て無駄遣いに終わる。けれど、それを意識して負の感情をコントロールできたのなら、絶大な破壊力を得る。

 

恐れ。

 

怒り。

 

悲しみ。

 

そもそも何を恐れる必要がある?

 

五条悟がいれば。 

 

みんながいれば。

 

自分達は間違いなく『最強』だというのに。 

 

光躍る戦場の中、虎杖らは互いに微笑み合うと、

 

 

「行こっか、みんな」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

ァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

怒り狂うかのような女性の甲高い咆吼と共に、幾条もの衝撃波が放たれる。

 

『ナハトヴァール』が備えた触手は、魔法生物のもの。その性質は空気を、海面を、無造作に叩きつけながら荒れ回り、なのは達に襲いかかった。

 

 

「くッ!! フェイトちゃんッ!!」

 

「ッ!! もう体力が·······ッ!!」 

 

 

凄まじい威力を持った衝撃波をバルディッシュでどうにか斬り払う。腕に伝わる重い衝撃に、フェイトは思わず顔を顰める。

 

虎杖の暴走によって力を切り取られたはずの『ナハトヴァール』は、しかしなのは達と、互角以上の戦いを繰り広げていた。 

 

まさしく負の感情を無造作に撒き散らすように、どんどんと周囲の空間を侵食する。『ナハトヴァール』は触れるもの全てを呑み込む侵食領域と、超常的な膂力は純粋にして明快な『負』のみで、なのは達を追い詰めていくのである。

 

なのはの弾幕も、フェイトの斬撃も、はやての光線も、クロノの冷気も、ヴィータの鉄槌の攻撃も、ザフィーラの鋼の拳も。

 

全てを一撃の下に叩き伏せ、一切の抵抗を無駄と断ずるかの如く吼えてみせる。 

 

その様はまさに枷から放たれた獣。

 

『ナハトヴァール』から発される禍々しいばかりの威容に、少女達は思わず息を吞んだ。 

 

無論、なのは達の目的は『ナハトヴァール』を倒すことではない。コアを送還する、それだけを目的として戦ってはいるが、このままではジリ貧だ。

 

むしろ魔導書から切り離される前よりも、荒々しさが増した気さえする。それどころか切り取ったことによって『ナハトヴァール』を本気にさせてしまったのかもしれない。或いは、あの『闇』こそが『呪い』を抑え込む枷だったとでもいうのだろうか。と、なのは達が頭を掠めた笑えない想像に汗を滲ませていると、管制人格であるリインフォースがホログラムと化して皆に念話を送る。

 

 

『やはり無理だ。【闇の書の呪いナハトヴァール】は侵食暴走体。コアを露出させるための防御を破るには力不足過ぎる。このまま長引けば、先に皆の力が尽きてしまう。そうなれば、もう打つ手はない·······ッ!!』

 

「それでも、やらなきゃ·······ッ!!」 

 

「うん······ッ!! 私達の世界が消えるかもしれないんや。たとえ命を賭してでも──────ッ!!」

 

「貫き通すッ!!」

 

 

なのは達は眉をひそめながら、呻くように言葉を返した。 

 

しかしリインフォースとて、なのは達の不安を煽ろうとしているわけではない。彼女の言はただの純然たる事実だ。そんな中、ヴィータはあまりの苦戦に舌打ちをすると、大きく声を張り上げた。

 

 

「高町なのは! フェイト・テスタロッサ! このままじゃ埒が明かねぇッ!! 私が一発でかいのをお見舞いするから、遅れるなよッ!!」

 

「うんッ!!」

 

「わかったッ!!」

 

 

ヴィータの呼び掛けに応え、なのはとフェイトが元気よく頷く。

 

なのはは目を瞑って意識を集中させるとレイジングハートを頭上に掲げた。すると、なのはの意に従うように、杖の形を成していたそれは姿を変えていき、巨大な砲門を形作る。

 

レイジングハートが誇る、最大火力形態。

 

魔力を収束し、それを放つ発射体勢に入る。

 

 

「鉄槌の騎士ヴィータと、鉄の伯爵グラーフアイゼンッ!!」 

 

 

そしてそれと同時、ヴィータは空中に赤い三角形の魔法陣を展開させてアイゼンを振りかぶる。それは次第に大きくなっていき、まさに鉄槌に相応しき武骨なハンマーへと化す。

 

 

「轟天爆砕!! ギガント、シュラアァァァアアアアアアクッッッ!!!!!」

 

 

そんな二人の動きに勘付いてか、『ナハトヴァール』がピクリと動きを止めた。すると防御結界を強化したのか色が濃くなる。ヴィータのグラーフアイゼンが激突するが、出力不足なのかぶち破るには至らなかった。

 

本能か。

 

知性か。

 

何が『ナハトヴァール』に確信を与えているのかはわからなかったが、明らかに屈指の破壊力を持つであろうヴィータとなのはにフェイトを脅威と見抜いている。そしてなんとも口惜しいことではあるが、『ナハトヴァール』の障壁は、なのは達の予想よりも遥かに凌駕していた。

 

このまま砲撃を放ったところで、恐らく防がれるとなのはとフェイトの脳裏を掠める。如何に最大威力の一撃とはいえ、通らないのでは全て無意味だ。いや、それどころか砲撃を放った後、なのはとフェイトは体力を全て使いきって疲弊してしまい、数瞬の隙が生じてしまう。その空隙は致命傷となり得る。

 

ならば、

 

 

「クロノ君ッ!! ザフィーラさんッ!!」

 

「任せろッ!!」

 

「おおッ!!」

 

 

なのはが叫ぶと、青い杖を構えたクロノと、拳を合わせるザフィーラがいた。双方、特に細かな指示を発したわけでもないのに、『闇の書の呪い』の死角に位置する場所に陣取っている。

 

 

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンとデュランダル······全力で行かせてもらう」

 

 

目を閉じ、詠唱を唱える。

 

 

「悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて、永遠の眠りを与えよ」

 

 

デュランダルに莫大な冷気が収束される。

 

 

「凍てつけ!!」

 

『Eternal Coffin』

 

「縛れッ!! 鋼の軛ッ!!」 

 

 

次の瞬間、周囲の気温が瞬時に下がったかと思うと、『ナハトヴァール』を海ごと凍りつかせるように、氷の鎖が完成した。そしてそれと同時、ザフィーラの魔法が目標を突き刺し動きを拘束する。

 

バリア外にある触手の動きを止め、撃ち抜くための障害を一時的に繋ぎ止める。

 

 

ァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

一時的とはいえ、拘束された『闇の書の呪い』が咆吼を上げ、身を捩るように暴れる。だが、その隙を逃す高町なのはとフェイト・テスタロッサではなかった。

 

収束し終えた砲門を『ナハトヴァール』に向け、吼える。

 

 

「エクセリオン・バスタァァァアアアッ!!」

 

「射ぬけ、雷神ッ!!」

 

『Jet Zamber』

 

 

星と雷。

 

二つの砲門に圧縮された濃密な魔力が一気に放出され、虚空に二本の閃光を走らせる。まだ濃い夜空が、燃え上がるように鮮明に色づく。純粋な火力でいえばトップクラス。全力全開の一撃が、寸分の狂いもなく、海に磔にされた『闇の書の呪い』に襲いかかる。

 

星をも穿つ光。

 

雷神の閃光。

 

桜色に染まった魔力と雷を帯びた魔力の奔流が『ナハトヴァール』を吞み込み、防御の一層を抜けていく。恐らく現在この場にいる魔導師の中で最高の威力を誇る、魔力を結集した一撃。通常の生物であれば塵すら残らない強力無比な破滅の光。

 

如何に強大な防御力を誇る『ナハトヴァール』といえど、さすがに一層は持たなかったようだ。とはいえ、アレのコアを露出させるにはまだ足りない。これだけやってもまだ一層。

 

あと三層。

 

それには圧倒的に力が不足していた。

 

シグナムは虎杖に貫かれた腹の傷がまだ充分に癒えていない。肩すら外れているので剣さえ握れない。よって、不覚に思いながらはやてに守られている身だ。全員力を使いきった。

 

もう、あとは。

 

 

「なのはッ!?」 

 

 

と。 

 

不意に響いたフェイトの叫びによって、なのははようやく気付いた。未だ空に痕跡を残し続ける魔力の奔流。その目映い柱の中から、黒い影が飛び出してくる。

 

 

「全員避けろぉぉぉおおおッ!!」 

 

 

クロノは全員に響き渡るように悲鳴染みた叫びを上げた。

 

だが、なのはは間に合わない。全力の一撃を放った一瞬の弛緩。明らかに疲弊しきったなのはの意識に身体が追いついていなかった。

 

 

グオォォォオオオオオオッッッ!!!!!

 

 

世界を震わす吼え声と共に、漆黒の砲撃がなのはに迫り来る。

 

 

「なのはッ!!」

 

「なのはちゃんッ!!」

 

 

一拍遅れて、皆が悲鳴染みた声を上げる。

 

けれどその身は、無防備にもその砲撃に呑まれる。

 

落ちていく。

 

高町なのはは、

 

その『呪い』に呑まれて。

 

闇の底へと落ちていく。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「··········あれ?」 

 

 

次の瞬間、なのはは自分の喉からそんな素っ頓狂な声が漏れるのを聞いた。 

 

しかし、それも無理からぬことではある。 

 

頬に、胸に、腹に、手に、足に、一滴の血も流れてはいなかった。

 

何しろ、今まさになのはを呑み込もうとしていた漆黒の砲撃が、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え!?」

 

 

あり得ぬ事象に思わず顔を上げ、ようやくなのはは気付く。

 

寸前で止まった攻撃。

 

そこに、『一人の男』の姿があることに。

 

 

「全く」

 

「!?」

 

「まだ若いのに、君らはよく無茶をするねぇ」

 

 

彼の長身を覆う鎧は、謎の力に満たされている。

 

軽薄と静謐。

 

その両方を合わせ持つ、銀髪の男が高町なのはの盾となるように目の前に立ち塞がった。

 

 

“無下限呪術”。

 

 

それは文字通り、『無限』という概念を現実にする術。

 

五条悟という人間を最強たらしめる相伝の術式である。規格外の破壊力を持つからこそ、そのコントロールには原子レベルに干渉する、綿密な呪力操作が必要となる。時空間を支配するほどの演算、まともに扱えば脳が焼き切れる負荷は免れない。

 

それを可能にするのが、五条の透き通る『青い瞳』。

 

普段は目隠しで封じている、五条のもう一つの武器。あらゆる術式を視認し、呪力を高解像度で観測できるその眼は、あらゆる『呪い』を丸裸にする。無下限呪術のコントロールを可能とする唯一の才能。

 

最強の破壊力を持つ術式。

 

そして繊細な操作を可能とする眼。 

 

五条家の歴史の中でも数百年ぶり、無下限呪術とその眼を併せ持って生まれた、特別を宿命づけられた存在。

 

それが、五条悟。

 

正真正銘、どんな相手をも凌駕する『現代最強の呪術師』である。

 

 

「あとは任せなさいッ!!」 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

五条はそう言うと、肩の具合を確かめるように腕を回し、隣に立つ虎杖と釘崎に、鵺の足に掴まっている伏黒に言った。

 

 

「じゃあまず僕からだね」

 

 

五条が人差し指を一本立てると、後ろにいるなのはに振り返りもせず尋ねる。

 

 

「ところで君は『無限』って何だと思う?」

 

「え?」

 

「理屈を説明すると、どこまで行っても果てが無いことを言うんだけど、特徴は何と言っても数や量というものに限りが無いこと」 

 

 

ぼんやりと宙に浮かぶなのはの思いに微笑むように、五条は人差し指を伸ばして前を見る。

 

瞬間、空間を流れる『無限』が一点へ集中した。

 

 

「それで無限はね、至る所にあるんだ。僕の力はそれを現実に持ってくるだけ」 

 

 

開示。

 

情報を晒せばそれだけデメリットが生まれると思うがそれだけではなく、何らかの不利な制限を課すことも『縛り』として機能する。一般論としては、自身の術式など手の内を明かすと不利になるため、それにより“縛り”が生じて能力の底上げが起きる。

 

ゲームの縛りプレイみたいなものだと思って良い。

 

何か制限を設けてゲームをクリアすれば、それだけに見合った褒美や実績が与えられるように、術式の開示や自身への制限も“縛り”によって呪力を高めるなどの効果を齎す。

 

五条悟の人差し指、そこへ無限が集められた瞬間、何か溶接のような眩い閃光が生まれる。 

 

虚空。

 

無限はその名の通り無限の可能性を持つ。無限を圧縮される事でその力は無限大となり、あまりの圧縮率で凝縮された無限は、摂氏一万度を超える高熱の塊と化す。

 

赤く染まる。

 

無限が膨張し、一気に発散する。

 

 

「“術式反転”─────“赫”」

 

 

言葉と同時。 

 

音はなく、いきなり紅色に光る塊が発射される。

 

それだけで結界の一層が簡単に吹き飛んだ。

 

爆発だとか、粉砕だとか、そういう次元の現象ではない。瞬時に現れた無限の質量が、内部から結界を破裂させた。

 

 

「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」

 

 

まるで雷鳴のように、一瞬遅れて轟音が鳴り響く。目元で巻き起こる光を突き破る衝撃波に、なのは達のバランス感覚がわずかに崩れる。ぐらりとよろめいたなのはは、チラリと『ナハトヴァール』を見た。

 

硬く閉じた瞼を貫通するような閃光。耳を覆う両手を突き抜けるような轟音。全ての可能性を秘めた一撃。

 

正真正銘の、無限の塊が発射されたのだ。

 

光も音も遅れる閃光の中、

 

ドゴォォォオオオオンッッッ!!!!! という花火工場が爆発するような直撃音が響き渡った。

 

驚愕に染まる頃には既に悲鳴を上げることは許されず、圧倒的な破壊力を目撃するだけで精一杯だった。

 

 

「えッ!?」

 

 

なのはは全身の血管にドライアイスでもぶち込まれたような悪寒を覚えた。 

 

ゾグン、と。

 

得体の知れない感覚に全身の水分が汗となって蒸発するかと思った。

 

 

「次、野薔薇! 恵!!」

 

「はいッ!!」

 

「了解ッ!!」

 

 

カァンッ!! と。

 

少女の手元から槍のように青白い火花が散った瞬間、レーザーのごとく一直線に釘が突き進む。避ける、なんて事ができるはずがない。何せ相手は雷撃の如き速さで放ったのだから。

 

だがバリアに到達しただけで、それ以上は貫けなかった。

 

さらに攻撃を加えなければの話だが。

 

 

(それ)、抜いた方いいわよ」

 

 

言う前に、釘崎は指を軽くパチンッ!! と弾く。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

それだけで、

 

もう一層のバリアに罅が入る。

 

 

「なッ!?」 

 

 

初め、目の前の光景に一番驚いたのは、なのはよりもはやての方だった。 

 

はやては釘崎の力がどんなものかを分かっていない。けれど、ただの金槌で放った釘など銃弾よりも弱いはず。だがしかし、その正体不明の力に更なる力が込められた途端に、あの強固な障壁に罅を入れた。

 

 

“簪”。

 

 

釘に呪力を込め、その釘に込められた呪力を敵に追加して発射する術式。一度に複数個の釘を飛ばすことができるため、敵によっては致命傷になり得る一撃。

 

けれども、それだけではバリアを貫くには足りない。もう一押し、更なる攻撃が必要だ。

 

 

「あとは任せるわよ伏黒ッ!!」

 

「ああッ!!」

 

 

伏黒は顔面に髑髏を模した仮面をつけたような怪鳥の足に掴まりながら、両手を組み合わせて掌印を結ぶ。

 

 

「─────領域展開─────」

 

 

掌印は薬師如来印。

 

瞬間、海面に皆既日食並みの巨大な本影が落ちたかと思うと、それは円形状に大きく広がっていく。

 

沼、にも見えるそれは『闇の書の呪い』の足元に広がり、僅かにその中に沈み込む。

 

 

「─────嵌合暗翳庭─────」

 

 

その声のみを残し、伏黒は眼下の『闇の書の呪い』目掛けて高速で攻撃を開始した。一瞬後、身体に凄まじい衝撃が襲う。

 

不完全。

 

まだ彼の領域展開は外郭を構築することができないのだ。だから建物の壁や相手の領域など、既存の結界で支えてもらうことで展開することができる。

 

今回は、『闇の書の呪い』のバリアを利用して領域を発動。

 

だがそれによって起こる拒絶反応。

 

領域というのは一定の力を超えた瞬間、頭脳に負荷がかかる。伏黒の頭脳は瞬きの間さえなくその速度を超え、鼻から血を噴き出す。強固な外装を誇る戦闘機でさえも四散しかねない反動の中、しかし伏黒は、叫び出したくなるほどの高揚感に満たされていた。

 

 

(イメージしろ、自由にッ!! 限界を超えた、あの時の自分を·······想像しろッ!!)

 

 

身体が軽い。

 

手足がはち切れんばかりに力が漲る。この世の全てが止まって見える。 

 

影に染まる伏黒の世界。彼は今紛れもなく、この漆黒の世界の支配者だった。

 

十種影法術。

 

顕現の際は動物を模した手影絵を作ることで、その動物に応じた姿の式神が召喚されるが、領域が展開された今、どんな式神もその手間を省き呼び出すことができる。

 

『ナハトヴァール』が伏黒の攻撃に気付いた時にはもう遅い。その影から生えてくる動物の形となったものから放たれる無造作な攻撃に、周囲のバリアはどんどん蝕まれる。

 

 

ッッッ!!!??

 

 

足元に蛙のような影が競り上がってくる。それを振り払おうとして暴れまわるも、領域の中にいる以上逃れることはできない。

 

そして。

 

バチィッ!! と。

 

帯電した怪鳥がバリアに何度もぶつかる。

 

必殺の威力を持つ一撃が、伏黒の目前でいくつも同時に放たれる。通常であれば避けようのない距離。極死の間合い。次の刹那には、『ナハトヴァール』の障壁は複数の部品に分かたれていただろう。

 

 

「クハハハ·······ッッッ!!!!!!」

 

 

気分がハイになる。

 

躁状態。

 

双極性障害の一つの状態で、負の感情が充分に込められている。気分が異常に高揚し活動的になり、睡眠不足でも平気で、考えが次々と湧き出たり、金銭感覚が狂うなど、様々な症状が見られる状態だが、呪力へと変換されるその状態は効果を存分に高める。

 

帯電した鵺は空中で身を翻らせると、また一度、また一度とぶつかるが、貫くには程遠い。

 

ならば。

 

 

「更なる破壊力を·······ッ!!」

 

 

伏黒は格納能力を持つ影から細長い物体を取り出してゆく。 

 

形状はヌンチャクよりも大きい。

 

いわば三節棍。 

 

特殊な効果を持つわけではないが、破壊力だけなら絶大なものを誇る。その分、扱う側にも技術と膂力を求める武器。故に、伏黒がそれを振るうことで、その武器はその性能を十全に発揮する。

 

今にも飛び掛からんとする肉食獣の如き威圧を見せる伏黒は三節棍を構え、鵺から放り出されて飛び出していく。

 

呪具。

 

呪いを宿した武器のことを指す。

 

術師同様に四から一までの等級に分けられており、等級の高い呪具ほど大きなアドバンテージとなる。

 

その中でも最高位。

 

特級に分類されるものは億は下らない。

 

特級呪具────

 

 

「“游雲”ッ!!」

 

 

淡く輝く瞳が、残光を微かに棚引かせる。 

 

初撃だけでドッガァァアッ!!という硬い手応えを見せつける。

 

打撃、打ち下ろし、打ち込みからの『玉犬渾の爪』。

 

『玉犬渾の爪』はあの樹木の呪霊にさえも傷つけ、さらには八十八橋に現れた特級呪霊さえも祓った。その一撃は折紙付き、そこに加えて特級呪具。

 

 

「これだけの破壊力があれば、罅まみれのお前のバリアを壊すことくらい訳ないさ」

 

 

伏黒は『ナハトヴァール』への惜しみない賞賛と共に、手にした游雲を繰り出した。

 

浮かび流れる雲────その名を冠する無敵の突撃棍。その先鋭的なフォルムに合わせるようにして風が渦を巻き、破壊の嵐が生じる。

 

バキンッ!!

 

障壁は軋ませながら、ついに限界を迎える。

 

出番の終わった伏黒は顕現させた鵺に掴まり離脱する。

 

だが、あと一枚残っている。

 

 

「あれが恵の領域展開·······不完全とは言え、よく出せたね。けれど無理した分はあとで説教しないとだね。ま、あとまだ一枚目残ってるわけだけど、行けるよね? 悠仁?」

 

「押忍ッ!! いつでも行けますッ!!」

 

 

奇妙な浮遊感。

 

思えばこの世界に来た時、高度八◯◯◯メートルもの距離を問答無用で一気に落とされたりしたが、五条悟の無下限呪術によって濃密な風に囲われながら空を飛ぶというのは久しぶりだった。

 

 

「それじゃ、最後の一撃よろしくぅ悠仁ッ!!」

 

「押忍ッ!!」 

 

 

五条の言葉に虎杖は頷くと、そして風の結界を纏わせたまま、その身を『ナハトヴァール』の方を目掛けて飛び出していく。

 

否、落下させる。

 

と言った方が近かっただろうか。凄まじい風が身に纏ったボロボロの制服をバサバサとはためかせる。本来なら失禁してしまいそうな浮遊感。

 

だが、これくらいで虎杖は怯まない。

 

たとえ海面に叩きつけらるかもしれないという可能性があろうと、それだけでは虎杖は死を恐れない。

 

 

「ッ!!」

 

 

手足を突っ張って姿勢を安定させ、ぶれまくる視界の中、その『呪い』の姿を捉える。 

 

そして。

 

 

「ハァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!!!」

 

 

力の限り声を張り上げ、叫んだ。

 

なのは達の目に映ったのは、拳。 

 

武器が無かろうと、虎杖はいつものことをやるだけだ。負の感情、目の前の相手を倒すために、ただ、殴る。咄嗟に『ナハトヴァール』は防御力を高め、それで受けきるつもりだ。単なる打撃であれば、難なく防ぎきれただろう。

 

だが、

 

『ナハトヴァール』が読み違えたのは、虎杖の負の感情───その純度。 

 

絶対の殺意。

 

不可能性の排除。

 

その相手を『倒す』という意志が、研ぎ澄まされた集中が産みだす。世界の全てを捻じ伏せるほどの全能感。そのゾーンに至った時、呪術師が引き起こす現象がある。 

 

呪力を乗せた打撃を放つ時、打撃との誤差◯.◯◯◯◯◯一秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み。

 

それを成し得た時、()()()()()()()

 

その現象の名を───────

 

 

 

 

 

「“黒閃”ッ!!」

 

 

 

 

 

そんな薄い防御壁など、紙切れも同然。

 

防御を貫き、最後の一枚の障壁を虎杖の拳が捉える。空間さえも罅割れるような衝撃が、漆黒の余波をまき散らして激しく破壊する。

 

人が殴った光景とは思えない。 

 

見る者を圧倒する、巨大な砲撃音にも似た衝撃波。高町なのは達の顔を驚愕に染めるには充分すぎた。

 

生命の否定。

 

死の実感。

 

マイナスに傾いた力の波動が、『闇の書の呪い』を圧し潰さんとしてくる。

 

そして。

 

そして。

 

 

「先生ッ!!」

 

「うん」

 

 

実際問題、彼が今何を思っているのかは、ひょっとしたら当人にも把握できていなかったかもしれない。

 

だが。

 

少なくとも今考えているのは、悪巧み。

 

 

「生徒の前なんでね」

 

 

最後の役割は。

 

 

「カッコつけさせてもらうよ」

 

 

担任が請け負うのが決まりだ。

 

 

「さてと」

 

 

彼がこの世界に何をするかは彼次第。

 

彼の性格を一言で表すと、軽薄。

 

しかし。

 

その奥にあるドス黒い強さ。

 

ぱんっ!! と瑞々しい音が弾ける。

 

五条悟が両手を合わせた音だった。

 

彼は凄絶な笑みを浮かべてこう呟く。

 

 

「少し、乱暴しようか」

 

 

五条悟という現代最強の呪術師によって。

 

これからこの世界に、神話の一頁が刻まれる。

 

 

「“位相”」

 

 

人間の頭では決して理解できない、しかし単なる爆発音とは明らかに違う、禍々しい感情が込められた負の連鎖。

 

 

「“黄昏”」

 

 

かろうじてそれは形を成し、現世に具現化される。

 

 

「“知恵の瞳”」

 

 

力の塊に戻る。

 

莫大な量のエネルギーに。

 

それはまさしく『日食』だった。

 

 

「“位相”」

 

 

ぶつかり合う。

 

呪術を極めることは引き算を極めること。

 

 

「“波羅蜜”」

 

 

呪詞、掌印など。

 

術式を構成あるいは発動させるまでの手順をいかに省略できるかで術師の腕は決まる。

 

だが五条はそれをしない。

 

 

「“光の柱”」

 

 

青に赤を混ぜたらどうなるか。

 

光の三原色は赤、青、緑であり、それらを混ぜることで様々な色を表現できる。

 

 

「“九綱”」

 

 

呪詞。

 

 

「“偏光”」

 

 

掌印。

 

 

「“烏と声明”」

 

 

詠唱。

 

 

「“表裏の狭間”」

 

 

儀式。

 

蒼と赫。

 

順転と反転。

 

引き寄せる力と弾く力。

 

全ての手順を一切省略せずに、それぞれの無限の衝突により発生した仮想の質量を押し出す。

 

出し惜しみはしない。

 

五条悟が現時点で持てる全ての力を、『呪い』にぶつける。

 

出力最大。

 

二◯◯パーセントの、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

(むらさき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!! と。

 

光も音も消えた。

 

海面が罅割れた。

 

もはや暗黒にも見えたそれは、全てを呑み込み無に帰す。純粋すぎて恐ろしい暗闇。目を閉じていても眼球を焼き尽くすほどの莫大な熱量が、不自然な夜をさらに暗黒に染め上げる。

 

本来であれば、半径数十キロが無となっていただろう。

 

単純な爆発とは違う『特殊な力』による規格外の爆発だ。

 

これまでのなのは達の攻撃が豆鉄砲に見えるほどの破壊力だった。つい先程までそこにあったはずの『呪い』が海面ごと綺麗に無くなっていた。破壊の一つ一つは海底をも抉り取る完全なる球体。風穴は一秒間に四◯◯◯発の勢いで増殖し、亀裂を生み出しながら吸い込まれていく。

 

景色が歪む。

 

まさに旧約聖書のモーセの海割りのような光景。

 

空間そのものの壁をぶち抜く勢いで、破壊不可能と無限再生機能が備わった『ナハトヴァール』を容赦なく抉り飛ばしていく。

 

そして───────

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「本体コア、露出。捕まえ······たッ!!」

 

 

離れたところで『旅の鏡』からこちらの状況を覗いていたシャマル。

 

全ての神経を索敵スキルに注ぎ込んでいたシャマルは、極小サイズにまで破壊されたコアを見つけ出すことに成功する。

 

すぐさま手を翳す。強制転移魔法を発動させる。

 

 

「長距離転送! 目標······軌道上ッ!!」

 

 

コアを上と下から挟むように緑色の魔法陣が現れる。たった一人でも転送魔法発動の負担がかからないほどに小さくされた『ナハトヴァール』は、直後に円柱状の巨大な仮想空間、その壁一面が青白い輝きを放つ。重力を無視して周囲の物が宙に浮かんでいく。

 

膨大な力は指向性を伴い、円柱状空間にあった全てを射出する。

 

雲をぶち抜き、中心から吹き散らして。

 

天を焦がす一条の光が、惑星から飛び出した。

 

そして───────

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「コアの転送、来ますッ!!」

 

「転送されながら、生体部品を修復中·······は、速いッ!?」

 

「魔力充塡開始、『アルカンシェル』用意! 目標、前方─────『コア』!!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 

リンディの声に弾かれたように、局員達が一斉にコンソールを操作し始める。 

 

 

「ファイヤリングロックシステム、オープン! 相手はあの闇の書よ。念のため、命中確認後に安全距離まで退避します。準備を怠らないで」

 

『了解ッ!!』

 

 

エイミィが言ってくる。

 

リンディが一瞥すると、そこにはエイミィが退避行動を取るためのプログラムを入力していることがわかった。 

 

リンディは眉を寄せ、

 

 

「速攻で片を付けて、()()()()()()()()()()()()()()ッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

「ハッ!」

 

「魔力充塡完了!! アルカンシェル、いつでも撃てますッ!!」

 

「目標、予測地点に到達ッ!!」

 

 

リンディの言葉を聞いて、兵器のロックシステムの解除キーを射し込む。

 

画面の目標に狙いを定めた。

 

 

「アルカンシェル──────発射ッ!!」 

 

 

リンディの声が艦橋に響き渡ると同時、アースラの前方に備えられた砲門から、目映い光がった。 

 

艦載用の大型顕現装置並列駆動によって生成された膨大な魔力の塊。それは触れるもの全てを反応消滅を起こさせ無へ帰す破滅の光である。

 

タイミングは完璧。

 

どれだけの知性を持つ生命体だろうと、身動きができない宇宙空間ではまず避けきれないだろう。

 

無論相手が無限再生機能を持つ以上、油断大敵だ。

 

宇宙空間で静止したとしても、その速度は尋常じゃない。

 

次の瞬間、

 

砲撃から放たれたアルカンシェルが『ナハトヴァール』を包む反応消滅に触れ、魔力光を火花のように辺りに散らした。

 

そして───────

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

一二月二五日。

 

早朝。

 

 

【闇の書事件終結】

 

 

『夜天の魔導書』の守護騎士シャマルの手によりコアを捕獲、軌道上で待機していたアースラのアルカンシェル前まで転送され反応消滅を確認。

 

沿岸部の海鳴市で若干の水の被害が確認されたが、幸いにも『闇の書の結界』が維持されていたおかげで死者が出るに至らなかった。

 

同海域において、生存者はクロノ・ハラオウン執務官、高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやてと守護騎士のみ。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

時空管理局本局より追加の捜索隊が派遣されたが、殺害容疑で処刑対象となっている“虎杖悠仁”が発見されることはなかった。

 

提供されたアースラの映像も確認したが、目隠しをした男の原理不明の力の影響によって不明瞭であったため証拠不十分とし、アリバイを立証できなかった。

 

 

このことにより。

 

 

虎杖悠仁とその一派を。

 

 

重要指名手配犯として捜索する。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。