「貴方の処分を言い渡します、グレアム提督」
静かで重いスーツの男の声が、軟禁されているギル・グレアム提督の鼓膜を震わせる。本局で治療を受けているリーゼ達は一命は取り留めたものの、未だに目を醒まさない。
そんな病室に今、数名の男達が居並び、リーゼ達の側にいるグレアムに視線を向けていた。その表情は一様に大人しく、まるで何もかも受け入れるような表情である。
当然の報いだった。
何故なら今行われているのは先の事件でクラッキングと捜査妨害、その上殺人未遂まで犯してしまったのだ。その不祥事に対する査問、グレアム提督はスーツを着た男の中でも特に重要な立位置にいるであろう者の厳かな調子の声を聞いて目を閉じる。
「ギル・グレアム提督、貴方は本日をもって時空管理局顧問官としての座を剥奪致します。表向きは貴方の希望辞職とさせていただきます。今後、貴方はこの時空管理局に関わるもの全てに触れることは赦されません」
「········」
予想通り。
グレアムは大人しく表情を変えることもなく細く息を吐く。
この査問はもう開始前からほとんど決められていたもの。形式上は弁護役として時空管理局本局運用部レティ・ロウランが列席はしていたが、ほとんど発言を認められない。これはあくまで、グレアムを懲戒処分にするための手順に過ぎない。
しかし、それだけの事をしでかしたのだ。当然の事だった。むしろグレアム自身、それを覚悟の上で起こした行動でもあった。
『闇の書』さえ。
全てを狂わせた『闇の書』さえ止められたのなら、もう全てを奪われても構わないと、禁忌にまで触れてしまったのだ。
だが。
グレアムの誤算は、あの少年。
『虎杖悠仁の介入』である。
その上。
あの少年が、自分達だけでなくあの『闇の書』さえも凌駕するほどの力を秘めていたということだった。
自分の故郷である地球にある海鳴市をほとんど全焼させ、『闇の書の呪い』である『ナハトヴァール』さえも焼き尽くすなんて。
とは言え、
過程は違えど、自分の目的は達成できた。
故に、悔いはない·······と言えば嘘になる。
「我々はこれからアースラへと向かい、今回の事件の重要参考人である八神はやての元に向かいます」
「·······あの子はどうなる?」
「貴方はもう時空管理局の関係者ではない。それを伝えることはできません」
「·······」
単調な電子音が鳴り響いた。
男が懐から取り出したのは、この世界では最新型であるPHS型の通信機器。それを耳に当てて言葉を聞くと『ああ、わかった』とだけ告げて閉じる。
そしてそのままグレアムから視線を外し、並んだ他の男達も部屋を出ていく。
その前に、男はこちらを振り向きもせずこう言った。
もう階級とか関係なくなったからなのか、敬礼もせずに、しかしせめてものという想いからなのか。
「少なくとも、悪いようにはしません」
それだけを言い残して、男はレティにだけは敬礼して部屋から出ていってしまう。
そんな光景を黙って見ていたレティは、グレアムに訊ねる。
「これからどうするおつもりですか?」
「どうもしないさ。私はもう全ての権利を剥奪された身。むしろこれだけの事をしでかしておいてこんな甘い処分で赦されるのかとも思っているよ」
「········」
「だが────」
「?」
グレアムは重たくため息を吐くと、
「心残りがあるとすれば、あの少年のことだ」
「·······復讐心でも?」
「まさか、私はむしろ彼の命を奪おうとしたんだ。それの報復は既にされている。されすぎていると言ってもいい。しかし、せめて彼にはこう聞きたかった─────『
「··············」
つい先程まで自分の我儘な計画を行わせていたはずの双子の姉妹は、手術衣を着せられ、いくつものチューブを口や鼻へ取り付けられていた。
時空管理局顧問官の権利を剥奪された男、ギル・グレアムはほぼ軟禁状態で二人の容態をずっと見ていた。
「······二人をこんなにするまで痛めつけるとは」
絞り出すように、グレアムは独り言を呟く。
「考えが甘かった。というよりも、自業自得だな」
レティがそこにいることすら忘れて、中年の言葉だけが続く。
「そもそも民間協力者に手を出すこと自体間違っていた。リーゼ······お前達に私の我儘を背負わさなければ、こんな目に遭わずに済んだはずなのに·······すまなかった」
つまり、返事は一つたりとも返ってこない。
「虎杖悠仁······一体君は何者なんだ」
グレアムは先程まで海鳴市で繰り広げられていた最凶同士の戦いを呆然と思い出す。
爆音、爆風、衝撃波は余波だけで凄まじく、辺りに散らばる瓦礫の量から考えて、一般人がそこにいたら何十、何百という人数が命を落としていただろう。
同じ人間であるにも拘わらず、圧倒的な破壊力と衝撃波によって、荒れ狂う威力の渦すら薙ぎ払って激闘を繰り広げる凶人達。狂笑が響き、悲鳴が響き、爆風が空気を切り刻んで景色を破壊する。攻撃の合間合間に複数の閃光が瞬き、その内の一つでも浴びれば致命傷となるであろう技が『闇の書』から出される。それもまた少年の圧倒的な大技によって次々と掻き消されていった。
映像から見ていると、それはもうビッグバンを彷彿とさせる。激突の末に複数の星が爆発し、空間がたわんで暗闇に呑まれ、その闇すら切り刻むように眩い閃光が生み出される。
あんな怪物の相手をしている片方は、自分がせめてものという想いから援助し続けていた幼き少女だ。
そんな彼女を弄ぶように、あの少年は躊躇なく攻撃する。
それだけじゃない、人間としてやってはならぬことさえも彼は躊躇わなかった。
捕食。
まさか人間が人間を喰うところを見ることになるなんて··········正直、見ていられなかった。
おそらくは現実逃避。
自分はなんてことをしてしまったんだろう、という責任感が彼を襲った。『闇の書』として覚醒した八神はやてが蹂躙されればされるほど、自分の犯してきた罪と罰が重責となってしまう。どこまで偽善をしてみようと、自分の行ったことは間違いだらけで、どんな方法でも最終的には彼女を苦しめる事態になっている。
形は違えど、彼女は痛みと悲しみで苦しんでいただろう。あの凶暴に変化した少年の手によって、一方的に痛めつけられていた。
たとえ『呪い』を切り離されても、悲劇は終わらない。
彼にとって全ては遊び。
その厳然とした事実に叩き潰されそうになりながら、そして同時に、駆け付けた高町なのはが見せた命懸けの『救い』を見て、そんなことしか考えられない自分の弱さにグレアムは打ちのめされそうにもなった。
何人増えようとも、とても割り込むことができない圧倒的な戦力差を眺めているだけで、凄まじい無気力感が傷ついた心に残った僅かな精神も削ぎ落としていく。
八神はやてが覚醒しても、少年にまた叩きのめされるだけで、これもやはり同じような表情を浮かべていた。
もう、見たくない。
全ては自分のせいだというのに、それを見ることを体が拒否していた。
────そんな時だった。
あんな手に負えない怪物が、
虎杖の正体と、あの未知の力について何か知っているような感じであったが、結局わからない。
知りたくても、自分はもうただの一般人。
自分の愚かさを呪う日が来ようとは············何もかも失ったせいで、知りたいものも知れない。
その事に、グレアムは思わず下を向く。
「···········そのことについてですが」
「?」
それらの独り言を聞いた上で、レティはグレアムに何かを手渡す。
差出人の名前は書いていなかった。一体誰からだ、と思ってレティに訊ねようとするも、彼女は彼に背を向ける。
「『闇の書事件』についての後始末が残っておりますので、私はこれで失礼致します」
「待ってくれ! これは?」
そう慌てて聞くと、彼女はかけている眼鏡の位置を正してこう呟いた。
「·······“クリスマスプレゼント”ですよ·······
それだけを言い残して、そのまま部屋から出ていく。
と思ったが直前に彼女は立ち止まり、先程の男と同様に振り返りもしないでこう最後に言い残していく。
「八神はやてさんのことについては心配しなくても大丈夫です」
「!」
「防衛プログラムの『ナハトヴァール』からは既に切り離され、それに加えて、
ではこれで、そう言って彼女は去っていく。
本来ならそれは関係者以外には伝えてはならない案件。
にも拘わらず、レティは彼と同じく独り言のようにそう言い残していった。
「·······」
グレアムは、こんな犯罪者にもそんな奇跡が起きて良いものなのかとさえ思ってしまった。
自分は二人も命を奪おうとした身であるというのに、許されないはずなのに。
と、また信じられないことが起こる。
ぴくりと、リーゼ達に残っている片腕の指先が動いたのだ。ほんの小さな震え。それが全ての引き金になったかのように、リーゼ姉妹は閉じた瞼をゆっくりと開けた。
こんなあり得ない事態が連続的に起こるのも無理はない。
今日は『奇跡の日』
どんなに罪を犯しても、悔い改める気持ちがあるのならば、誰に対してもそんな事が起きてもおかしくはない。
クリスマスに、贈り物をもらった。
それは、八神はやてとリインフォースも同じだった。
◇◆◇◆◇◆◇
全ての問題が解決したわけではない。
そもそも驚異となる二つの異物が見つかっていない。
一人は虎杖悠仁。
民間協力者で、魔力Fクラスの低級な存在だったが、現在はオーバーSSSクラスの化物級の重要指名手配犯として捜索している。提供されたアースラの監視映像も全てチェックしたが、肝心の最後の『ナハトヴァール』との戦いでその後何処へ行ったのかの特定は出来なかった。
理由は簡単、映像が酷く乱れていたからだ。
それが、もう一人の驚異。
『銀髪の目隠しの男』だ。
オーバーSSSの虎杖をも凌駕するとなると、奴一人で全ての世界を滅ぼすことも可能とも言ってもいい。顔写真や周囲に残された魔力痕のサンプルも届けられたが、果たしてこの情報をどこまで信じて良いのか、管理局の裏側で蠢いている者達も測りかねた。何故なら、届けられたデータは全て『UNKNOWN』と表示されたからだ。ただでさえ情報が少ないのに、残された僅かな痕跡すらも不特定なのでは詰みだ。
とはいえ、だ。
中途半端な結果しか確定していなかったとしても、『管理局の頭』は構わない。
重要事項は別にある。
『奴らの存在を一刻も早く排除せねば』
時空管理局、最高評議会。
中央会議室。
その部屋がどこにあるのかは誰も知らない。
ドアも、階段も、エレベーターも、そこへ行き着くための通路も、誰も知らない。そこが建物として機能しているのかどうかすら、誰にもわからないのだ。いや、そもそもとして誰も侵入することは許されないのかもしれない。出入りすることができる、というよりかは知っているものは本当にごく僅か。一人くらいしかいないのかもしれない。
情報としてまず少なすぎるというのが、最硬の要塞として成り立つ必需条件だった。
そんなまずどのレーダーにも地図にも映らない頑丈なセキュリティを誇る建物の中······もはやそこが建物として存在しているのかすら曖昧だ。
それだけ、そこは異質だった。
室内と呼ぶにはあまりにも広大すぎる空間には一切の照明がなく、それでいてその空間には幾つもの地面が宙を浮遊し、星のような光に満たされている。空間の四方を埋め尽くすように設置されている無数のモニタが瞬く光であった。大小数万にも及ぶ機械類からはさらに数百万にも及ぶコードやケーブル、チューブ等が伸びていて、まるで樹木の根のように地面に張り、それらは全て中央にある『巨大な三つのビーカー』へと集まっていた。
直径は一メートル、全長は五メートル程度か。
そのビーカーは強化ガラスで覆われており、円筒の器には、黄色い液体で満たされている。魔法と科学の融合体なのだろうか。なんにしてもその液体はただの液体ではない。中のものを生かすための培養液といったところであろう。
その中には、『剥き出しの頭脳』が浮いていた。
それはまさしく人間の脳。
己の生命活動を全て最先端の技術に任せて生き長らえているそれら三つは、とあるモニタを見つめていた。赤みがかった短髪に身体中に刺青が入った少年と『闇の書の管制人格』が対峙している映像を眺め、皆が動揺したような感情を抱いている。
一方的な蹂躙。
あらゆる常識を打ち破るほどの圧倒的な力。
全ての可能性を秘めた存在感。
それらは恐れていた。
驚異を取り除かなくては、と。
それはすなわち、どうしようもない災害から身を守るために何をすれば良いのかという結論が絶対に出ない話と同義だ。雨が風が山の噴火が大地の揺れが、どれだけ人を殺そうとも天変地異に挑む馬鹿はいない。大災に遭ったことを深く恨んでも何も解決しない。
それをわかっていての会議か。
『奴らは行方を眩ませた。生死も不明の状態なのに排除とはどういうことだ?』
『その存在そのものを消してしまわねばならぬということだ。命だけではない、名前、姿、生死さえもなかったことにしなければならない。生存してようがいまいが、元から存在していないということにせねば、これが公に出た場合の人間社会に及ぶ影響はどれ程になるか想像もつかん』
この話し合い一つ一つに、生と死の天秤が揺れているという事実に、慇懃無礼な者達は気付いているのだろうか。
苦労知らずの者ほど、それが如何に不毛な話し合いなのか理解できない。
トップ同士でも、それはわかっている。
だがその存在を目にしてしまったのだから後戻りはできない。何もできず指をくわえて見ているくらいなら、全ての不安要素を消し去るためにこちらから喰ってしまう方が良い。
「失礼致します」
突如入ってきた女の声。
時空管理局最高評議会の秘書、そう呼ぶべき女性が宙に浮かぶ足場を利用して近付いてきた。
「皆様、メンテナンスのお時間です」
『ああ、お前か』
『会議中だ、手早く済ませてくれ』
「はい」
それだけで空気が変わる。
言ってしまえば、彼女の手が自分達の命を繋げる生命維持装置。主導権を持っているとも言ってもいい。けれども彼女にはそんな思惑などない。だから彼らも彼女のみここに入ることを許したのだから。
彼女は彼らの前にあるコンソールを叩きながら会話を聞く。
『提供された映像に細工はなかった。つまり、あの銀髪の男が持つ力によってほとんどの情報が阻害されたということ。目視で見ても虎杖と同じくオーバーSSS以上であることは確実だろう』
『だとしてもどう対処する? 二人のオーバーSSSなど、どれだけの強者を集めようと敵うまい』
「······お悩みのようですね」
『ああ、今までにないほどだ』
『アースラから提供された情報はこれが全てか?』
「ええ、これで全てです」
『くれぐれも他世界に流出させぬようにしろ。これが世に出てしまえば、混乱どころの話ではない』
「勿論です」
彼女は顔を上げ、
「秘匿義務は、必ずお守り致します」
笑み、と呼ぶにはあまりにも魅惑的だった。
その奥に潜む冷酷な性質を見抜くには、彼らには盲目過ぎる。
◇◆◇◆◇◆◇
『“両面宿儺”·······と言っても無知なお前らには伝わらんか』
そこには一人の少年が二人の少女の肩に手を置いている姿が映し出されていた。
男は羽織っている白衣のポケットに両手を突っ込んだまま流れるように映し出される様々な資料に目を通していた。何万文字も書かれているその資料は、『日本書紀』だった。
男の後ろで一緒に見ている薄紫の長髪をした女性は、そんな辺境の世界の歴史など調べても、と。どこか怪訝な目をしていた。
しかしそれとは対称的に、男は狂ったように笑い声を上げていた。
「素晴らしい、素晴らしすぎるッ!!」
「······“ドゥーエ”から届いた映像に第九七管理外世界地球の歴史書ですか。何か良い発見でも?」
「ああ! 発見、発見だらけだ!! もうこれ以上ないくらいにあらゆる可能性が満ち溢れているッ!!」
どうやら紙に書かれているものをデータ版にしたらしい事が、データの端に書かれた引用文献に変換文字にしたことから窺える。
資料の内容は専門的で、自分達では理解できない言語の言葉もかなり多い。彼は自分の持っている知識をフル稼働させて、何とか自分で読める言葉へと変換していく。
表示されている『日本書紀』にはこう記されていた。
【六一五年、飛騨国に一人有り。“宿儺”と曰ふ。其れ為人、体を一にして両の面有り。面各相背けり。頂合ひて項無し。各手足有り。其れ膝有りて膕踵無し。力多にして軽く捷し。左右に剣を佩きて、四の手に並に弓矢を用ふ。是を以て、皇命に随はず。人民を掠略みて楽とす。是に、和珥臣の祖難波根子武振熊を遣して誅さしむ】
「両面宿儺······現在は岐阜県の北にある飛騨という国にいたとされる、顔が二つの『何か』。結合双生児のようにそういう奇形の人間がいたと考えられるのが普通だが、それだけでは納まらない。まぁ、この資料を読む限り『神』、もしくは『鬼神』に近い存在だったと考えるべきなのかもしれない」
四世紀から五世紀の時、仁徳天皇の時代。
宿儺は怪物紛いの凶賊として語られているが、美濃・飛騨の現地での両面宿儺への信仰には根強いものがある。高山市郊外、丹生川村の『千光寺』は両面宿儺を『御開山様』と伝え、宿儺を刻んだ円空仏も伝わっているとされている。また同じく丹生川村の善久寺も宿儺を開基とし、その近くには祖難波根子武振熊に攻められた宿儺が立て籠もり、ついに首を括って死んだという洞窟、両面窟がある。
その他にも美濃・飛騨では多くの古寺が両面宿儺を開基として『宿儺様』などと尊称されている。
さらに高山市南方の位山について、南北朝時代の飛騨国司・姉小路基綱は自ら選んだ和歌集の裏書に、この山の主が『両面四手』であり、しかもそれが『神武天皇へ王位たもち給ふべき神』であったとも記されている。
「素晴らしい存在だ! そんな神のような者が現代に現れるとはッ!!」
「にわかに信じがたいですね。そんないるかどうかもわからない存在がこのような少年の姿をしているとは······」
薄紫の長髪をした女性は映し出されている『闇の書』との戦闘映像を見る。展開された複数の魔法陣を謎の斬撃を用いて消し去り、さらには『闇の書の呪い』である『ナハトヴァール』をも焼き尽くすほどの高火力を誇るあの炎の一撃。
瞬間観測値はオーバーSSS。
ありえない事態だ。
限界を越えた数値など、本当なら測れないのだ。視力検査が二・◯までしか測れないのと一緒で、人間には測れる許容量が決められている。そんな数値が出るなど、もはや人間を辞めている。まさしく『化物』、そう表現するしかない。
「彼の力は全世界をも脅かす驚異になるに違いない。何より私が興味を抱いたのは彼のリンカーコアにある魔力反応だ」
「魔力反応?」
「これだ」
コンソールを叩いて映し出された映像には、虎杖悠仁の心臓部。
その中にあるリンカーコア。
そこにある、影。
それは細長く、重なっているので明確な個数はわからないが数本あるように見える。
譬えるなら、『指』
先端には尖った爪先のようなもの、そこから連想されるのは人間の指。
「······これは」
「ああ、恐らくこれが彼の力の秘密だ。測った結果、一つだけでも『Sクラス』。ロストロギア級の力を秘めている」
女の眉がピクリと動く。
『ロストロギア』
その言葉と、映像の中で同じくロストロギアである『闇の書』を凌駕している虎杖の姿がカチリと重なったような気がした。
「······つまり」
「ああ、大方君の予想通りだよ·······“ウーノ”」
そう呼ばれた彼女は、映像に映る虎杖と、『日本書紀』に記されている両面宿儺という仮想の偶像の写真を見る。
「両面宿儺······もし仮にそれが本当に存在していたのならば、千年以上も昔の話。たとえ長命でもそこまで生きられる生物はどの世界にも存在しない。であれば、考えられる可能性は一つ······
「ハハッ! 流石だウーノ!! 私もそう考えているッ!!」
ほとんど憶測だったが、彼も同じような考えだった。
「となれば、そのロストロギアがまだあるとして、それを手に入れて誰かに移植すれば両面宿儺の力を得られる、と?」
「いや、たとえ仮にそのロストロギアが見つかったとしても、その受け皿となる適合者はそう簡単には見つからない。臓器移植と同じさ、器を見つけるのもそう簡単ではない」
臓器移植の場合、提供する人、つまりドナーの臓器と移植を受ける人であるレシピエントの相性をみる組織適合性検査が行われるが、ロストロギアとなれば適合性は未知なる領域だ。たとえ術前に検査を行うことで、超急性拒絶反応の回避、拒絶反応の軽減、レシピエントの同種抗原に対する免疫応答の推測することができても、リンカーコアとロストロギアはまだまだブラックボックスだ。
Sクラスのロストロギアなんて、八神はやてでさえその力に耐えきれず両足を麻痺させてしまうという状態にまで陥ってしまう。
何より、両面宿儺という存在もいたかどうかわからない。神とまで呼ばれる者の欠片なんて、言ってしまえば聖遺物だ。人が辿り着ける位置を遥かに越えた存在、天上の世界だ。
つまり、虎杖悠仁が特別なのだ。
そんな神の力に選ばれた少年は、何の拒否反応もなくその身体を保てている逸材。
「是非とも欲しい所だね。彼を」
「しかし彼は行方不明。何より映像から見るに制御不能なのではないかと言われております」
「管理局の考えは?」
「最高評議会は彼を驚異と認識し、生存を確認次第即殺害をするように命じております」
「·······今確信をしたよウーノ。老害の考えとはどんな痴呆よりも恐ろしい」
「至急、ドゥーエに手配を──────」
「いや────」
だが、彼は手を広げてそんな薄紫の女、ウーノの動作を制止した。
「もう処分は決定した、ならばどう足掻こうと虎杖悠仁は手に入らないも同然。であれば、別のことに目を向けるのが最善だ······まずは“器”を手に入れる所から始めよう」
「ですが」
男はウーノが言ってくるのを遮断する。
彼女の言いたいことはわかっていた。
この虎杖悠仁がロストロギアである可能性がある以上、彼が本性を現した際に対応をするだけの戦力を用意しておく必要がある。だが、オーバーSSSランクの規格外の化物に対応するだけの人員と装備を秘密裏に準備するというのは非常に困難だ。どちらかというと不可能に近い。
潜入させている“彼女”になんとかしてもらいたいところだが、今騒ぎを起こしたらこれからの計画が水の泡となってしまうだけだ。
男はコンソールを叩いてまた資料に目を通す。
スラスラと捲り、彼は唇の端を歪めた。
「ほう、面白い資料が残っているな。信憑性は薄いとはいえ、一パーセントでも確率が残っているのならば調べてみなくては······なあウーノ、最近こんな所にいてばかりで退屈だろう。気晴らしに旅行にでも行ってみたくはないかね?」
「······」
言うと、ウーノはぴくりと頬を動かした。
予想通り、期待通りの反応である。
彼はくつくつと、愉快そうに笑った。
その資料は────────
その『保管場所』というものだった。
◇◆◇◆◇◆◇
時を少しだけ遡って。
場所はわからない。
いくつかの椅子と机があるだけだった。
ホテルとかに置いてあるような柔らかい素材で出来たソファではなく、もっと簡易的な、それこそ業務用の鉄パイプの椅子だった。
少年はごそごそとビニール袋に両手を突っ込みながら、
「釘崎~、お前寿司弁当と肉丼どっちがいい?」
「んな呑気なこと言ってる場合じゃねぇだろうがッ!!」
「え? じゃあ俺寿司弁────────」
「寿司弁当は私が貰うッ!! アンタはそっちの冷や冷やの肉丼でも食ってろッ!!」
室内には四人。
部屋にはせめてものという気持ちからか大型テレビがあるが、生憎それは何の番組も映さない。それもそのはずでそれは連絡用のモニターであるため、もはやただのお飾りでしかない。
釘崎は虎杖から寿司弁当を奪い取ると早速蓋を開けて割り箸を二つに分けてガツガツと食い始める。
案外、ストレスに弱い娘なのかもしれない。
「しかし、何の説明も逮捕状の提示もなく即監禁だなんて、人権問題になるのでは」
「いや、まだマシな方だよ。留置所や拘置所に入れないということは、僕らを保護観察ということで様子を見てるんだと思う」
と、目隠しをしている彼らの担任の五条悟が冷静にそう考察する。
彼らは事件解決後、即座に捕まり、問答無用でわけのわからない場所に放り込まれた。外の様子はここからではわからない。索敵の能力も持ってそうな五条でも位置がわからないとなると、完全にお手上げだ。
五条はわざとらしく手を上げてニカッと笑い、
「ま、何とかなるでしょ。心配しなくても君達のことは僕が守るから、安心して監禁されてるといいよ」
「······どこに安心要素があるんですかそれ」
紙コップに入れられたコーヒーを啜る伏黒。彼らとは対照的に無言で弁当に喰らいつく虎杖と釘崎は、とにかくストレス発散のために何かしてないと落ち着かないらしい。
最低限の権利とやらを本当に下の下にしか保証していないのだろう。暖房はあるはずなのに冷たい空気が漂うのを見ると、彼らはまさしく常識外の存在らしい。
時計もない窓もない部屋に押し込められた虎杖達は大人しくしてようと考えていると、
ビーッ!! と。
扉からロックの解除をする音が響き渡った。
壁に背を預けたままの五条は特になんてこともない表情で入ってくる人物を見る。
見た目だけなら一◯歳にしか見えないが、おそらく実年齢はもう少し上。
それなのにこの身長なのか、と。
実は五条さんアイマスクの奥で憐れみの目を向けている。
「······えっと、確か虎杖の担任でしたね」
「うん、君は確かクロノ君だっけ? そんなに小さいのにもうこんな組織のお偉いさんなんだねぇ~」
五条は気軽な調子で入ってきたクロノの頭を気安く撫でる。
そんなクロノは、五条悟という人間から滲み出る『異質』さに緊張を抱き、
「着いてきてください」
「オッケー! 悠仁達はお留守番?」
「はい、提督が貴方に極秘で話がしたいそうです」
波乱の予感があった。
立場的には彼らは下のはずなのに、それでも主導権が奪えないというこの事態に、クロノは内心恐怖を抱きながら五条悟を連れて部屋から出ていく。