「はぁ······はぁ······ッ!!」
今は誰もいなくなったオフィスで、茶髪で両サイドに髪を結ってツインテールにしている少女。
“高町なのは”は。
傷だらけの状態で、ボロボロでヒビまで入っている杖を目の前にいる『赤い服を着込んだ幼い少女』に向ける。
しかし、狙いが定まらない。
神経が麻痺して、なのははふらふらとした目付きで目の前にいる相手へと目をやった。
そこにあるのは鋭い目付きをしてこちらを睥睨するヴィータ。
長い三つ編みを腰の辺りまで伸ばした少女は気強そうな顔立ちをして、ゆっくりとした足取りでなのはに近付いてくる。
彼女は表情を崩さない。
ただ手に持っている武骨なハンマーを上へと掲げ、今まさに振り下ろそうとしている。その姿を見て、なのはは息を荒くする。
(こんなので······終わり? 嫌だ·······“ユーノ君”、“クロノ君”·············“フェイトちゃん”ッ!!)
「ッ!!」
ヴィータの体重移動によって強く握り締めたハンマーへ絶大な力が加わり、振り下ろされたハンマーは壁に背を預けて全てを運命に任せることしかできないなのはの頭蓋骨目掛けて、勢いの強い威力を発揮する。
直後だった。
なのはが予想していたような、轟音と衝撃はやってこなかった。
代わりに。
ガキンッ!! と。
金属同士がぶつかり合う音が目の前から聞こえてきた。
「······え?」
潰しにかかる威力を恐れて眼を瞑ってしまったなのはは、恐る恐る瞼を上へと開ける。
そこには、『金髪のツインテールの少女』がいた。
なのはへの攻撃を妨害するかのように、彼女の暗いマントが後ろで波だっていた。
「ごめんなのは、遅くなった」
と同時に、幼い少年の高い声がなのはの耳に届いたと思ったら、彼女の肩に暖かく柔らかい手が置かれた。
「······“ユーノ君”·······?」
頭に二本のアホ毛がある金色に近い茶髪の少年、“ユーノ・スクライア”がマントの着いた民族衣装を思わせる物を纏って、彼女にその翠色の瞳を覗かせる。
「ッ!! ·······仲間か·······ッ!?」
拮抗状態で杖とハンマーをぶつけ合っていたヴィータが奥歯をギリッと噛み締めると、一度飛び退き一歩後退する。
「······」
『Scythe form』
彼女の持つ『戦斧』のような杖が英語でそう告げると、斧部分が上へと動き、形態を変化させる。それはまさに『鎌』のような形と成る。
それを彼女は手で感じ取ると、彼女の赤い瞳が静かに揺れ、目の前の敵に視線を固定して静かにこう言った。
「······友達だ······」
◇◆◇◆◇◆◇
海鳴市、中丘町。
同じ都市でありながら封鎖結界に巻き込まれていない街の一角に、とある少女、“八神はやて”の家がある。
実は彼女、とある事情があり
家の外では『とある戦闘』が現在進行形で勃発中なのだが、当然ながら彼女は知るはずもない。彼女は夕飯のシチューを作るために少し低めのキッチンスペースのまな板の上で切った人参をステンレスボウルに入れると、よしっとガッツポーズを取って次の作業に移ろうとした直後。
ポケットの中に入れてあったスライド式ガラケーの携帯電話の着信音が振動と共に腰を震わせる。
「!」
ポケットからそれを取り出し、すぐさま通話ボタンを押して電話に耳を当てると、
「もしもし?」
『あ、もしもし? はやてちゃん? “シャマル”です』
「あ! どうしたん?」
彼女は首を傾げて耳と肩で挟んで携帯電話を固定し耳に当てたまま電動車椅子のレバーを引くと、電話口から聞こえてくる家族の声に耳を傾け、シチューを作る鍋のもとまで移動する。
『すみません、いつものオリーブオイルが見つからなくって······ちょっと、遠くのスーパーまで行って探してきますから』
「あ! 別にええよ? 無理せんでも······」
そう語る八神はやてだが、”シャマル“と名乗った女性は『ううん』と首を横に振るような声で言って、
『出たついでに······皆を拾って帰りますから』
「·····そうか!」
『······お料理、お手伝い出来ませんで······すみません』
「ハハッ、平気やって」
『·······なるべく急いで帰りますから』
「あ、急がんでええから······気ぃつけてな」
『はい、それじゃ··········』
八神はやては冷蔵庫から隠し味用の北海道バターを取り出すと同時に携帯電話を通話を切った。はやては鍋のシチューをかき混ぜるためのおたまを巧みに操り、今夜の夕食の最終調整に取り掛かる。
◇◆◇◆◇◆◇
「·······」
一瞬の静寂。
ビルの屋上、そこに緑色の服を着込んだシャマルは、携帯電話としてのツールが備わっている『指輪』を見つめるとゆっくりと顔を上げて。
一瞬、
空の彼方で何度もぶつかり合う光を見つめ、今にも涙を溢しそうな表情をしながらその光景を眺める。
彼女の手には、先ほどまで赤い服を着込んだ幼い少女のヴィータが持っていたはずの『金色の十字架が刻まれた本』があった。
「そう·······なるべく急いで、確実に済ませます」
そして彼女は右手の人差し指と薬指に嵌められた『指輪』に語りかける。
「『クラールヴィント』······導いてね」
『······Ja·······』
そう呟くと、彼女の指に嵌められていたリングの二つの宝石が浮かび、やがてそれは巨大な『鏡』になる。
◇◆◇◆◇◆◇
巨大な戦艦、『アースラ』に映るメインモニターには砂嵐が舞っていた。
「ッ!!」
それを見ていたこの戦艦の艦長である”リンディ・ハラオウン“提督は奥歯を噛み締め、息を呑む。
そして別室では、情報処理を主な仕事としている時空管理局執務官補佐の“エイミィ・リミエッタ”は、隣に立つ時空管理局執務官“クロノ・ハラオウン”と共に画面に表示される膨大な量のテキストを、滝が流れるような速度でスクロールさせながら解読していく。
「アレックス! 結界の解析、まだ出来ない!?」
『解析完了まで、あと少しッ!!』
全てを読むのに一分もかからなかった。眼を閉じて反芻するのには三十秒。眼を開いて自分の記憶と画面を照らし合わせるのには一秒ほどで完結した。
「······術式が違う······『ミッドチルダ式』の結界じゃないな」
そう呟いた少年クロノに賛同するように、画面に表示されている羅列を見てエイミィが頷く。
「そうなんだよ······どこの“魔法”だろ、これ?」
エイミィが困惑した声色でそう言うも、現地で行われている戦闘風景はいつまで経っても表示されない。
クソッ、とクロノは吐き捨てる。
たとえどれだけの優秀で優れた魔法の実力を生かして、単独で戦闘行動などが行える権利を持っているクロノであっても、現場に行かなければその実力は発揮されない。
◇◆◇◆◇◆◇
それは現場にいるなのはも同じだった。
ビルの屋上で傷を負った彼女はヒビだらけの杖、『レイジングハート』と共にその様子を見守る他なかった。
「フェイトちゃん······アルフさん·····ユーノ君ッ!!」
彼女は今ビルの屋上で展開されている緑色の魔法陣の上に立って、回復に集中していた。高町なのははただ立って薄い膜で覆われた魔法陣の上で傷を癒すことしか出来なかった。
同じ『魔導師』の自分が指をくわえて見ることしか出来ないなんて、歯を食いしばって心の何かを折る。
高町なのはには現時点でも詳しい情報は掴めていない。
何一つ聞かされていないのだから判断できるはずがない。
だが、もう我慢の限界だった。
「助けなきゃ······」
『······Master······』
その想いに応えるように、ヒビ割れた杖は告げる。
『······Shooting mode ejaculation······』
すると、彼女の持つ杖のレイジングハートの先端からピンク色の翼のようなものが展開される。
「レイジング······ハート?」
『Let's shooting ”Starlight Breaker”!』
“スターライト・ブレイカー”。
空気中に漂う魔力素を集束してぶっ放す最大砲撃。
しかし、ヒビだらけの状態でそれをぶっ放せばどうなるかある程度予想はついていたなのはは首を振る。
「そんな·······ッ!? 無理だよ、そんな状態じゃッ!?」
『······I can't be shoot!』
主人の心配など無用とでも言うかのように、相棒の杖は撃てますとだけ告げた。だがしかし、それでも杖の主人は相棒を心配する。
「あんな負担の掛かる魔法·······レイジングハートが壊れちゃうよッ!!」
『I believe master』
「······ッ!!」
『Trust me······my master』
自分の主人の実力をわかっていた相棒は、だからこそ、信じて欲しかった。
彼女はもう知っている。
少女の実力を、彼女の手にある才能を!
「········」
少女の頭に相棒との訓練を思い出す。
あの訓練も。
あの出会いも。
あの信頼を。
その全てを杖に乗せて、彼女はその想いを背負うことにする。
「レイジングハートが私を信じてくれるなら、私も信じるよ!」
高町なのはの前に遮蔽物は何もない。覆われた結界はあるのに、それを撃ち破る可能性を彼女は持っている。常識的に考えれば、もう限界の相棒を酷使したくはない。
だが、
高町なのはという、『魔法少女』の異名は。
その常識を軽々と撃ち破る。
「ッ!!」
彼女の目の前にピンク色の魔法陣が展開される。それを合図に、彼女は頭の中で上空で戦っている仲間達に念話を通じて脳内に直接語りかける。
『フェイトちゃん、ユーノ君、アルフさん! 私が結界を壊すから、タイミングを合わせて転送をッ!!』
『なのは······』
『なのは······大丈夫なのかい?』
『········ッ!!』
仲間達からの心配の声が頭に響いてくるが、彼女は問題ないかのような声色を頭に浮かべて語る。
『大丈夫······スターライト・ブレイカーで撃ち抜くからッ!!』
そして彼女は杖を構える。彼女は一人、力を入れて眼を向けると、『魔力』を注ぐ。
結界を撃ち破る。相棒との信頼の強さを、その全てを注ぎ込む。
「レイジングハート······カウントを!」
『All right』
彼女の持つ杖先から球体が収束されていく。それはカウントを数えるごとに、大きくなっていく。
『Count·····“nine”、“eight”、”seven”、“six”、“five”、“four”、“thre·······”』
「!?」
『·······“thre······“ threeeeeee········』
発動まであと三秒の時、相棒のレイジングハートの機械音声が途切れるように低くなっていく。
「レイジングハート·····大丈夫!?」
『·······No problem······』
体勢を持ち直した相棒は、そこでまたカウントを再開する。
『Count·····“three”、“two”、“one”······』
ゼロ、そう告げる前になのはは相棒の杖を掲げ、発射体勢に備える。
その時。
ドクンッ!!
という物音がなのはの耳に入った。
いや·····違う。
「ッ!?」
彼女は血走ったような眼をして呻き声をあげる。残りカウントはもう済んでいる。収束も準備バッチリだった。
なのに。
彼女はその腕を止めてしまった。
いや、止めざるを得なかった。
何故なら。
「なの······はッ!?」
上空で戦っていたフェイト・テスタロッサも、そこの光景に眼を奪われてつい攻撃の手を止めてしまう。
絶叫する暇すら与えない苦痛が、その腕が、高町なのはの心臓を鷲掴みにする。
避ける術などない。
彼女はただ、胸の中心から生えている緑色の服を纏った腕を呆然と眺めていることしか出来ない。その腕の先には、『ピンク色の小さな球体』がある。
『
それが耳に入る前に、血の巡りを逆流するような衝撃がなのはの胸に襲い掛かった。胸に受ける苦痛で、背が大きく後ろへ仰け反る。胸の内側で嫌な音が聞こえた。彼女の足が、その苦痛に耐えきれず体勢を崩してしまう。
「······ッ!!」
それでも、少女は手を放さない。
相棒の信頼を絶対に裏切らない。
だが、
あと一歩、あと一歩のところだったのに。
その杖が振り下ろされることはなかった。
(ごめん······レイジングハート)
脳が情報を処理しきれないまま、彼女の瞳は虚空を見つめて、あと一歩で破壊できそうだった結界を眺めた。
しかし。
少女はその先にある結界を捉えていなかった。
今まさに。
「うぉらああああああああああッ!!」
バギン! と。
少女の生えている腕から悲鳴が炸裂した。
『ああぁぁぁあああッ!?』
なのはの胸に生えていた腕は虚空へと消え去った。強烈な痛みで悲鳴がどこかで絶叫したような気がしたが、『少年』は気にすることなく、今にも倒れそうな少女の体を支えて持つ。
「おい! 大丈夫か!?」
「······え?」
聞こえる声を目指して首を傾けるなのはは、自分の足が地面から離れている実感をそこでようやく得る。
しかし、彼女のそういった行動は無駄に終わった。
ガクン、と。
力尽きたかのように全身を脱力させたからだ。
全ての力を失った高町なのはは、『少年』の腕に抱かれて意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆◇
彼は考える。
無駄でも無理でも、分不相応でも。
自分のこの手で、大切なものを守り抜くような存在に。
この世界がどれだけ呪いに満ちていようと、救いはなくて、初めからヒーローになれるような人間はいなくても。
だからこそ、その場に居合わせた人間がやらなければいけないのだ。
主人公のような、行いを。
「······テメェ、何者だ?」
少年は振り返る。
そこにいるのは、大昔のワンピースの原型みたいな赤い衣装を身に纏った、幼い少女。彼女の手には、全く似合わないほどの武骨なハンマーが握られている。
(······は? 子供?)
つかなんで空に浮いてんだ? という疑問の眼差しを向けても、少女の表情は変わらない。
その手に持つハンマーを片手に睥睨し、疑心と逆鱗に満ちた瞳を少年に向けている。
「·······妙だな、お前から感じる『魔力』·······他の奴らとは違うみたいだ」
魔力?
またしてもわけのわからんことを言う少女に、少年は呆けたように首を傾げる。
だがしかし、考えている余裕はない。
明らかに尋常ではない所にいることだけはわかっている。
少年は、虎杖悠仁は少しだけ黙って全てについてを考えた。
それから言った。
「ナニ? その変な格好········?」
ブチリッ! と。
少女のこめかみから痛い音が聞こえてきた気がした。少女は唇をわなわなと震わせ、それに合わせて体まで震わせる。
まるで怒りに満ち溢れているかのようだった。
彼女にとって、その言葉は最大のタブーだったのだろう。
そして。
「ッ!!」
「おわッ!?」
ドゴォッ!! と。
彼の立っていた足場に放射状の亀裂が走り回る。周囲のビルが軋んだ音を立て、建物の骨格の歪みに耐えきれなくなったように大量の窓ガラスが砕け散って破片の雨をばら撒いた。
いきなり振るわれたハンマーに驚く虎杖は余裕でそれを躱して隣のビルまで跳躍するが、少女の思わぬ行動に少年の肺が変な風に動く。
およそ少女が出せる威力じゃないことを確信した虎杖は、それを確認した直後頭がグチャグチャに混乱する。
「ちょっ!? 待っ!? タイムタイムッ!!」
「お前みたいな魔力じゃ大した足しにもならないだろうけど······お前の魔力、『
頭が空白になった。
どうやら彼は、いつの間にかわけのわからん戦場の場に巻き込まれたらしい。