呪術廻戦リリカルなのは   作:織姫ミグル

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第二十九章

 

 

部屋の外は、狭い廊下のような作りになっていた。

 

淡色で構成された機械的な壁に床。五条はなんとなくスペースオペラなんかに出てくる宇宙戦艦の内部や、映画で見た潜水艦の通路を思い出した。

 

 

「へぇ、凄い内装だね。まるで宇宙戦艦ヤ■■みたい」

 

「え?」

 

「何でもないよ。それで、僕に話っていうのは?」

 

「······それについては母さ────艦長が着いてからお話しする、と」

 

「ん? もしかして緊張してる? 大丈夫だよ、取って食ったりなんてそんな外道なマネしないから!!」

 

 

なんて軽く話しかけてくるが、クロノとて素人ではない。

 

直感でわかるのだ。

 

この男は危険な存在だと。

 

この男は見た目や態度だけを見たら、どこからどう見てもテンションが高い大人にしか見えないだろう。クロノだって一応死線をいくつか乗り越えてきた身だ。よって大概の事件など彼にとっては仕事の範囲内。

 

そんな彼でも、抗えないほどの生存本能が告げている。

 

周囲の空気を歪めるほどの静かな殺意。クロノはまるで話し合いという、五条悟の巨大な臓物に放り込まれたような、そんな錯覚を覚えた。

 

息を呑む中、白い男は軽々と笑う。

 

まさに余裕、それを相応しい人物が持つとこうも心臓が締め付けられるのか。五条悟という男は今まで出会ってきた中でも別格の強さを感じ取れる。

 

 

「······本当になにもしないよ。安心して」

 

 

柔和な声だった。

 

人を安心させるような、優しい声色。

 

人間は心地の良い音を聴くとそれだけでリラックス効果を得ると言われているが、クロノにはむしろ逆効果に思えた。

 

人心掌握術。

 

その何者も安心させるような声の特殊性を利用して、人心を掌握しているのではないかという被害妄想までしてしまう。この男を目的の場所に運ぶまで常に殺される危険性があるという恐怖。

 

けれども五条は続けてこう言う。

 

 

「······辛いよね」

 

「!?」

 

「戦うことを強いられた環境にずっといたなら、嫌でも死という恐怖と隣り合わせだ。君みたいな子がそれを感じるにはとても早すぎる」

 

「え·······いや────」

 

「君が僕のことをなんだと思っているのかはわからないけど、敵意は本当にないよ。そんなに脈を早くしていると、君は自分で自分を苦しめるようになる。まだ若いから知らないことも沢山あるだろうけど、これだけは覚えておいて。たとえどんな強者に出会っても弱い所を決して見せちゃダメだ。本能に従うのは正しいことだけど、敵に弱いと思われたらおしまいだよ。戦う前に勝負がついてしまう」

 

「·······!!」

 

「ま、結果的には君を怖がらせちゃってるみたいだから説得力ないけどね!」

 

 

ケラケラと笑う五条は、まるで萎縮している生徒に優しい言葉をかける先生に思えた。

 

五条の目にはそんなにもクロノが弱々しく見えたのだろうか。

 

しかしわざわざ厚意を振り払う理由もない。

 

クロノは苦笑しながら、

 

 

「あ、えっと、はい·······ありがとうございます」

 

 

と言って共に歩みを進めていった。

 

何故か五条はずっとニヤニヤしていたが、まあそんなのはいつものことなのでさして気に止めなかった。五条は口笛を吹きながら、アースラの狭い通路に足音を響かせていく。そんな道中で、五条は不意に眉根を寄せた。てっきり艦橋らしき場所に向かうものだと思っていたのだが、クロノが途中で進路を変えたのである。

 

そのまま歩みを進め、数分後。

 

 

「こちらです」 

 

 

足を止めたクロノの前の扉を見て、五条はつい首を傾げる。

 

障子。

 

現在の和風建築では明かりを通すように木枠に紙、主に和紙を貼っているパネル状の建具を指し、建具としての機能上は一般に引き戸の形式となっている扉のこと。

 

それが何故かSFの世界観の中にある。

 

元は艦内に合わせたデザインだったのだろう。

 

五条はここに来たばかりのため、アースラの内部構造について当然詳しくはない。強引にここに連れ込まれたので丁寧に案内をされる暇もなく、見たところといえば転送装置のある機体下部と出てきた先程の監禁室程度である。正直、今自分が艦のどの位置にいて、この部屋がどういった役割を持っているのかなんてことも正確にはわからない。しかしそれでも、どんなシェルターも追い越すほどの強度を持っていると思われる頑強そうな扉が並ぶ中、何故か和風の扉がある。

 

どのような意図を持って設えられているかは容易に推し量れた。

 

 

「······なるほど」 

 

 

察するような視線を送るも、クロノは答えず、障子の前に立ってこう言う。

 

 

「執務官、クロノ・ハラオウン。到着しました」

 

 

すると中からどうぞ~という女性の声が聞こえてくる。

 

その声と同時、その脆そうな障子が左右に分かれて開いていった。

 

 

「中へどうぞ」 

 

「お邪魔しまーす」

 

 

クロノが部屋に入っていく。五条は特に何も感じることなく客間に案内される気分でその背を追った。 

 

そしてすぐに、五条は眉を顰める。

 

なんとも奇妙な部屋である。部屋の手前と奥、全てが和風に整えられている。五条たちのいる手前側には水流で動いて音を出すししおどしがあり、水を使わず山や川を表現する枯山水まである。部屋の中央には大きな床几台があり、五条が座る場所とされる所にはご丁寧に座布団が一枚敷かれており、その前には茶碗が置かれている。

 

まるで、日本庭園のような空間である。 

 

桜まである始末だ。

 

おそらく造花だろうが、ここまで凝っていると流石にどうリアクションして良いかわからない。

 

そしてその部屋の中央。

 

五条が座るべき場所の向かい側に、緑髪の女性の姿があった。

 

クロノはそのまま女性の方へと歩いていき、彼女の後ろで待機する。記録を取る係として、何やら空中にモニタを表示して文字を打ち込んでいる。

 

瀟洒な座布団に座っている女性、リンディは五条の姿を確認すると、

 

 

「どうぞこちらへ、座布団をお使いください」

 

「あ、これはどうもご丁寧に」

 

 

カコン、と。

 

ししおどしが一定の間隔で音を鳴らす。

 

静寂な空間。

 

ある意味異質だった。

 

茶碗を挟んで、しばしの間無言で向かい合う。

 

五条は特に何も気にしてないのか『お先に』と言ってから『お点前頂戴いたします』と頭を下げると、軽く茶碗を上げ神仏に感謝を示した。左手に乗せて軽く右手を添え、ちゃんと茶碗の正面から飲まず時計回りに二度に渡ってずらし、口に含む。

 

凄い適応能力だ。

 

この状況に何の疑問も感じないのか。

 

そもそも作法を学んでいたのか、五条は何気なく茶道のマナーを守っていた。飲み終えたら飲み口を右手の人差し指と親指で拭って清め、懐紙で指を拭き取っている。

 

これでは、隣に置いてある好物の角砂糖とミルクを恥ずかしくて入れられない。

 

訊きたいことは山ほどあるはずなのに、いざ当人を前にしてみると、流石の艦長でも何と言っていいかわからなかった。

 

五条はさして緊張したふうもなく、和菓子を菓子楊枝を使って口に放り込む。

 

 

「大変結構なお手前でした」

 

「え!? あ、いえ、口に合って良かったです」

 

 

と、礼儀正しくお辞儀までしてきた五条についそう返してしまった。

 

心の中でほんの少しだけ日本文化に感謝しながら、リンディはコホンと一回咳をして喉を整えた後、ゆっくりと唇を動かす。

 

 

「時空管理局提督兼艦長をやってるリンディ・ハラオウンです。早速で申し訳ありませんが単刀直入に聞きます······貴方は一体、何者なんですか?」

 

「専門学校の一年生を担当している教師の五条悟です」

 

「いえ、そういうことではなく─────」

 

「以後お見知りおきを」

 

「あ、はい·······こちらこそ」 

 

 

リンディは頬を搔きながら、膝に手をついて軽く頭を下げた。なんだか、そんな五条の軽薄な態度に図らずも肩の力が抜けた気がする。

 

 

「では五条さん······貴方は、虎杖君は“人間”なんですか?」 

 

「ん? どういう意味でしょうか?」

 

「貴方達からオーバーSSSクラスの魔力値が計測されました。正直言ってあの数値は異常です。人間として、生物としてあり得ない数値なんです。虎杖君に至っては最初魔力はFと出ていたのに『闇の書』と対峙した時、魔力が急激に上がっていました。何よりそんな彼を止めた貴方も規格外です。『ナハトヴァール』を消し去るほどの威力、どう考えても人間が成せる業とは思えません。だからハッキリと聞きます。貴方達は、本当に“人間”なのですか? それとも────」

 

 

単刀直入に、単純明快に。

 

もっとも気になっていることを問う。 

 

本当は別の存在なのではないか、ということを遠回しにして聞きたかったが、それを言ってしまうと何故か自分がもう虎杖達を信用できなくなる気がしたので、言おうとした瞬間に黙ってしまう。

 

すると五条がニコリと笑って、肩をすくめながら鼻を鳴らしてきた。

 

 

「そう······って言ったら素直に信じてくれるんでしょうか?」

 

 

是非もない。リンディはこくりと頷く。

 

 

「······そう言うのでしたら、信じます」

 

「へぇ······ご自身の目より他人の言葉を信じるだなんて、艦長という立場を任されているあなたのような賢明な人間がすることとは思えませんが?」

 

「······私は虎杖君を巻き込んでしまった責任があります。たとえ虎杖君が重い罪を犯したとは言え、その身柄を預かっている以上、最後まで信じなければならないという責任があるのです」

 

「悠仁の事を相当信頼しているんだね。裏切った、ということを考えなかったんでしょうか?」

 

「なのはさんのデバイス、レイジングハートさんが声紋分析をした結果、あれは虎杖君ではないと判断しました。憶測ですが、おそらく虎杖君は二重人格、解離性同一性障害なのではないかと考えています。あの時はまさに人が変わったかのように言動も行動も変わっていた。敵にも拳を振るうことを躊躇うような心優しい子が、急に人を殺めるなんて考えられません」

 

「そんな都合の良い解釈でいいんですか?」

 

「·······少なくとも、私は虎杖君を信じます。だから私はいち早く貴方達を保護し、虎杖君に埋め込まれている発信器も届かない部屋に案内したんです」

 

「······」 

 

 

五条は強めな口調でリンディにそう問いかけているのに、彼女は視線を離さず真っ直ぐに見つめてそう貫き通した。

 

五条は手のひらを膝の上に落ち着けると、無言でリンディの目を見つめ返してきた。

 

そして数秒の間視線を交わらせたあと、ふふっと小さく笑みを溢してくる。

 

 

「あの子も僕も歴とした人間だよ。少なくとも、僕はそう思っている······けれど、世間から見たらそうはいかない。僕はどう思われても構わないけど、あの子は今、自分自身の中にある『呪い』に蝕まれてるんだ」

 

「それは一体どういう意味で?」 

 

「本来は機密事項なんです。誰にも漏らさないということを約束していただけますか?」

 

「······はい、外部には決して漏らしません。約束致します」

 

 

五条の言っている意味があまりよくわかっておらず、リンディは眉を顰める。

 

いつもなら冗談でも一つ言って場を和ませようとして滑らせるというのがお決まりの五条だったが、今回ばかりはその疑問も当然といった様子で言葉を続けた。

 

 

「あの子はごく平凡な家庭に生まれた紛れもない人間。普通の青春生活を送っていた彼だけど、つい最近あの子は『特級呪物』を飲み込んでその身に『呪い』を宿したんだ」

 

「???」 

 

 

リンディは五条の言ってることがよくわからず首を傾げて、呆然とするように頭を真っ白に染める。

 

 

「両面宿儺······平安の時代に存在した『呪いの王』。腕が四本に顔が二つある仮想の鬼神とされているけれど、そいつは実在した人間だよ。ま、わかりやすく譬えるならポ■モンのカ■■■ーを想像していただければ。そいつは死後、『呪物』として四本の腕にあった合計二◯本の『指』を残して現代まで生き永らえた。強力過ぎる故にいくつもの時代を死蝋として渡り、僕らはそれすらも破壊できなかった。その内の一本を、あの子は取り込んだんだ」

 

「······この世界で言うロストロギア、のようなものでしょうか?」

 

 

ロストロギアとは、次元世界に流出した技術や知識、物品のことで、具体的には滅んだ世界や古代遺跡からの発見される『進みすぎた技術や魔法』のことである。

 

少なくともこの世界ではそうである。

 

 

「それで、その太古の遺物を取り込んで、虎杖君は呪われてしまったと?」

 

「まあ、そうだね。けど正確には、呪いの力を持った人間って言った方が適当かもしれないね」

 

「何が違うんですか?」

 

「呪われた人って言うと、大体は怪死者・行方不明者、所謂被害者の方の人間の事を指すんだ。そのほとんどが人の肉体から抜け出した負の感情、『呪い』の被害。けれどあの子はそれを上手く制御し、呪いを力として受け入れたんだ。呪いに対抗できるのは、同じ呪いだけ。だから彼は『呪い』に殺されそうになった時、自分の学校の先輩と僕の生徒である恵を助けるために自ら『呪物』を取り込んだ。その結果、あの子は人間としては見られず、『呪い』として“殺す(祓う)”をこと命じられている。ま、ざっくり言っちゃうと『死刑』だね」

 

「!?」

 

 

言葉の途中で、リンディは不意に眉を顰めた。頭の中に、ふっととある情景が思い出されたのである。

 

それは、『怪物』だった。

 

先程まで、『闇の書』と戦っていた脅威の怪物。 

 

燃え盛る街の中で、刺青まみれの顔面に狂笑している虎杖。

 

明らかに常軌を逸したあの姿。

 

あれこそが、

 

 

「じゃあ、あの姿が────ッ!?」

 

「そ······両面宿儺。彼を死刑にまで追い込んだ『呪い』だよ」

 

 

五条のその真剣な表情に、リンディは思わず身体を反らしてしまった。

 

ある意味で、リンディの勘は当たっていた。二重人格と言えるかはわからないが、あれは間違いなく虎杖悠仁という人間ではなかったのだ。彼の中に潜む、両面宿儺という『呪い』。それが入れ替わって虎杖の身体を乗っ取ったんだろう。

 

死刑を宣告されるというのも納得がいく。

 

あんな化物、誰がどう見ても早く殺した方が良いと思うだろう。誰彼構わず殺意を向け、圧倒的な力を以って景色ごと破壊するあの凶悪さ。そんなものを放っておく方がどうかしていると思う。何より、『闇の書』さえも凌駕してオーバーSSSクラスにまで到達しているとなると、現存の魔導師をいくら召集しても足りない。

 

だから虎杖の人格が出ている時こそ殺せるチャンス。その両面宿儺が出てきた場合は手が付けられない。けれども虎杖の時ならば、簡単に抑えつけ、安全にその生命活動を停止させられる。

 

しかし気になることがある。

 

 

「ですが五条さん」

 

「ん? どうかしました?」 

 

 

五条が顔を上げてリンディの方を見返してくる。

 

 

「虎杖君はその呪いを制御できる──────って言ってましたよね。ですがあの時は制御から外れ、両面宿儺という人は好き放題に暴れまわっていました。あれはどういうことなんでしょう?」

 

 

五条はふうむと顎に手を当てると、人差し指をピンと立ててみせた。

 

 

「もしかしたら、悠仁のうっかりミスってことだったりして!!」

 

「·······そんな事で納得できるとでも?」

 

「ま、そうだよね。そう考えるのが自然ですよ。冗談はさておき、それについてはハッキリ言ってしまうと僕にもわからないですね。何しろ両面宿儺は『呪いの王』であり、奴がどんな力を秘めているのか僕達にもまだわかっていません。一体どんなずるい小技でも使ったのか、悠仁の制御から一時的に外れるための都合の良い“縛り”でも事前に科していたのか。どちらにせよ、奴は誰よりも規格外の力を持っています。下手するとこの僕よりもね」

 

「·······そう言えば、貴方の事も聞いてませんでしたよね。貴方のあの力は一体何なんですか?」

 

 

そう言う五条悟も、規格外の力を持っている。

 

ナハトヴァールのコアをアルカンシェル前まで運ぶために、彼は紫色の物体を出現させてそれを放った。海が割け、海底を露出するどころか抉り取り、一気に吹き飛ばしたあの力の秘密はなんだったのか。

 

五条はそれに対してあっけらかんと言った。

 

 

「無限·······工学の話になるんで割愛しますけど、僕の持つ呪いの力はその無限を具現化させる事で、あらゆる干渉を防ぎ時空間を支配することができるんです」

 

「·······えっと、つまり?」

 

「基本的な力のみを説明すると、僕と対象の相対距離を無限にするということです。つまりどんな速さで攻撃をしようと、僕との距離を無限にして接近する物体の速度を限りなく零に近づけることによって、最終的には僕にたどり着かなくしてしまうんです」

 

「???」

 

「まあ言ってもわかんないと思うので、ただ僕は最強だっていうことだけを覚えていただければ!!」

 

「は、はぁ」

 

 

五条は軽々しくそう言うが、ほとんど理解できなかった。どうもこの人の人柄がよくわからない。掴み所がないと言えばそれで済むのだが、それはそれで五条悟という異質な存在を一生理解できなくて恐怖を覚える。

 

だが、これだけはようやく理解した。

 

まだ成人にもなっていない虎杖が何故あそこまで命を懸けられるのか、今までずっと疑問だったのだが······ようやく腑に落ちた。

 

だから、と五条が続ける。

 

 

「最強故に、僕はあの子の監視役に選ばれてね。あの子が何かをしでかした時、責任を負うのは僕の仕事。だから······既に事を起こしている彼を、本当なら僕が殺さなきゃならない。それは、貴方も心の奥底ではそう思っていたんでしょう?」

 

「!!」

 

「けれどね、リンディさん。ここだけの話、僕はあの子を死刑にするために助けたんじゃない。未成年、つまりまだ子供なんですよ。確かにあの子は赦されない事をした。ですが彼があんな危険な力を手に入れたのは、人を助けたい、そんな自己犠牲精神からなんです。人を助けるために自ら凶暴な呪いを取り込んでしまうような心優しい男の子を殺してしまうなんて、僕にはできません。本音を言っちゃうとね······」

 

「······」

 

「だからさっさと本題に入りましょう─────あなた方はあの子をどうするつもりなんでしょうか?」

 

 

自嘲気味に肩をすくめながら、五条が苦笑する。

 

監視を任されていた身としてもう事が起きているという事で、管理不行き届きということで彼も処分の対象となるだろう。

 

だが、リンディはそれに返すことができなかった。今し方五条から聞かされた情報が、無茶苦茶にリンディの頭の中を叩く。

 

死刑。

 

たった一人の男の子が背負うには重すぎる罰。

 

しかし、彼はそれだけの事をした。

 

言い逃れようのない、赦されることはない。

 

残酷で、最も重い罪。

 

『殺し』を。

 

 

「·······」

 

 

リンディは深く目を閉じ、一呼吸分の間を空けると静かに目を開けて、監視役である五条悟に虎杖悠仁の今後の処分を言い渡す。

 

五条悟はそれを聞いて、思わず鼻で笑った。

 

その処分内容は─────

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

あれから時間は経っても、未だに数多くのチューブや電極に繋がれたまま、一人の女性が仰向けに寝かされていた。口元には透明なマスクがつけられていて、血液も栄養も機械の力を借りて外から循環させている。もしも今、彼女を取り囲む無数の機械を一個でも取り除いたり壊れたりすれば、たったそれだけで連鎖的に全身の臓器が停止し絶命するだろう。

 

 

「アルフ·······」

 

 

機械だらけのベッドの横で丸い椅子に腰掛けたまま少女は呟いた。金髪のツインテールの少女、フェイトはたった一人の家族の使い魔の名を呼ぶ。しかし瞼を伏せたまま、彼女はその声に応えることができない。無菌にするための範囲魔法、紫外線ライトによって毒々しいくらい清潔な空気で満たされている、規則的な電子音とポンプを収縮する音に支配された病室。

 

医師の診断では、幸いにも首元の細胞がほとんど傷付けられてなかったらしい。斬り口の組織を全く潰すことなく斬られたことによって最先端の回復魔法によって掻っ切られた部分を修復し何とか一命は取り留めたものの、失血がひどかったせいで出血性ショックという状態になり、予断を許さない状態とのこと。

 

ヤクザが切り落とした小指を再び繋げるという知識はあっても、あれと比べたらわけが違う。

 

命に関わる体組織がやられたのだ、そうなるのも無理はない。

 

 

「·······ッ!!」

 

 

わかっている。

 

歯を食い縛ったって、奇跡が起きるわけでも、状況が覆るわけでもない。

 

それでも、

 

 

(·······宿儺ッ!!)

 

 

鉄の味が滲むほど強く食い縛るフェイト。

 

犯人は生存。

 

手の届く距離にいる。

 

しかし、

 

 

(·······悠仁)

 

 

何か良心とは違う、だが限りなく私情に近い何かがフェイトの怨恨を抑えつけている。やろうと思えばできるはずなのに、あの少年と一緒に過ごした思い出が邪魔をして、その考えを阻害する。

 

善悪好悪の区別が曖昧になっていき、あの少年のことをどう捉えて良いのかわからなかった。

 

少年には助けてもらった恩がある。魔力を奪われて敵の前で意識を手放しそうになった時、危険なのに駆けつけてくれて、そして降り注ぐ魔法から傷だらけになってでも自分を守ってくれた。

 

なのに、

 

あの夜彼は人が変わったように自分達を襲い、海鳴市のほとんどを壊滅、そして全焼させた。

 

あの時の言葉が、フェイトの頭を過ぎる。

 

 

意気地無し(クソガキ)

 

 

悪意の塊。

 

人間から選択肢という選択肢を取り上げて、仲間を見捨てさせるという道を進む以外何もできなくさせる、究極の悪趣味。人を人とも思わぬ目で自分達を見てきて、まだ幼い子供に酷な選択をさせるという趣味の悪い思考回路。

 

あれは虎杖悠仁ではないことは、わかっている。

 

けれどあの化け物の姿を思い出す度にどうしても虎杖悠仁の姿が重なってしまって、同一人物だと考えてしまう。

 

複雑な気持ちで胸が苦しくなる。

 

地球に来た時に図書館で借りた、とある小説の物語の内容を思い出す。

 

長身で人当たりの良い寛容な性格でさまざまな特許を獲得した有名な博士が、自ら開発した薬によって邪悪な存在であるもう一人の存在へと姿を変え、欲望の赴くまま悪行に手を染めていたというお話。

 

負の感情。

 

憎悪や殺意。

 

純粋な本能。

 

虎杖悠仁の中に潜む邪悪な存在。

 

恩人と怨敵。

 

善と悪。

 

この組み合わせは危険だ。光と闇を同時に持った者の存在は周囲の人々を混迷させ、正常な判断ができなくなってしまう。味方かどうかわからなくなり、さらに凶暴な性質を持った側面が脅威のレベルを無尽蔵に肥大化させかねない。虎杖という正の人格の中に、人間として裏表のない凶暴性を煮詰めたような危険な性質を有している。

 

その存在が、どうしても認められないのだ。

 

何故か。

 

勧善懲悪の裏に、悪逆無道な存在がいるからだ。

 

まさしく、両面的。

 

二面性の怪物そのものだった。

 

 

「フェイトちゃん·······」

 

 

と、そこには音も立てずに入ってきた少女がいた。

 

いや、几帳面な彼女の性格からしてノックはしたのだろう。

 

ただ自分が気付かないほど、意識を脳内に集中させていたのだ。心配そうな目でこちらを見つめてきて、フェイトは害のない笑みを高町なのはに見せた。

 

 

「どうしたのなのは?」

 

「え、えっと·······これ、アルフさんに」

 

 

気遣ってくれたんだろう。なのはの手にフルーツが詰まったバスケットがあり、見舞いの品として持ってきてくれたのだ。

 

 

「ありがとうなのは」

 

「う、うん·······フェイトちゃん、大丈夫?」

 

「うん。私は、大丈夫だよ」

 

「で、でも─────」

 

「本当に大丈夫······大丈夫だから」

 

「······」

 

 

フェイトはそう言うが、なのはにはお見通しだった。無理をしているということを。

 

考えが甘かったのかもしれない。

 

改めて突きつけられた現実に、なのはは心を抉られる。いくら現実逃避しても、真実を捻じ曲げても、どれだけ想いがあっても、叶わないものは叶わない。おとぎ話じゃないんだから、何でもかんでも都合良く物語が進んでくれるはずがなく、その簡単な真実は、高町なのはの心を上から下へと叩き潰す。

 

虎杖悠仁は殺人鬼だ。

 

たとえそれが意図してないものでも、虎杖の身体は間違いなく管理局局員達を殺害した。

 

 

「······」

 

 

もう、あの少年とは一緒にいられないかもしれない。

 

あの少年といても良い理由が一つも思い浮かばない。

 

両面宿儺という邪悪な存在は結果的に『闇の書事件』を終わらせたが、しかしそれ以上の存在が現れたということで世界は彼を脅威と見做すだろう。正義感あふれる少年がどれほど優しくても、どれだけ心を許しても、両面宿儺がいる限り、彼という存在はあってはならない。

 

すなわち、それが何を意味しているのか、なのはは先程伝えられたことをフェイトに教える。

 

 

「ねぇ、フェイトちゃん······」

 

「うん?」

 

「······悠仁君達の処分が、さっき決まったよ」

 

「!!」

 

 

なのはは。

 

その内容を聞いた時、何の感情も湧かなかった。驚きすぎて脳の許容量を超えたからとかではなく、素直に言ってしまうと納得してしまったからだ。

 

それがどれほど悲しいことか。

 

責任者であるリンディも、自分で言ってて何の違和感も感じていなかっただろう。なのはに先に話した時も、胸に苦い想いも湧かず淡々と伝えてきていた。一緒に戦った仲間であるはずなのに、そのことを忘れてしまったかのような錯覚まで感じてしまった。

 

─────それでも『この気持ち』を拭い去ることができないのは、彼女らの中にまだ彼らに対して希望のようなものを抱いているからだろう。

 

だが今は、『この気持ち』を抑える。

 

なのはは、リンディから伝えられたことをそのまま伝える。

 

冷徹に、虎杖悠仁が犯した罪を分析した上で、あくまでもドライにこう告げた。

 

 

「─────秘匿死刑─────」

 

 

聖なる夜に、『闇の書』という『呪い』は祓われた。

 

けれども、二つの異能が合わさることは決してない。

 

 

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