五条悟は、現在この世界では最重要人物兼、超危険人物としても知られている。
地球という世界で暴れ回った両面宿儺と呼ばれる怪物をたった一人で抑え付け、しかも闇の書の闇である防衛プログラムを消し飛ばした未知の能力を所有する者として知られ、その圧倒的な力を目にしてしまった者の誰しもが彼を恐れた。
「結構良い別荘を持っているんですねぇ。時空管理局のお偉いさんだっただけはある」
「···········」
「全く羨ましいものですね。時空管理局顧問官という立場であったが故に退職後も優遇され、管理局からもこれ以上悪事を起こさなければ干渉されることはないんですから。僕もいずれ定年退職した時はそんな老後を過ごしたいもんですよ」
「そんなことより、何故ここへやって来たのか聞いてもよろしいかな? 五条悟君?」
「決まってるでしょ、悠仁の件についてだよ」
そんな彼が、今目の前にいる。
面と向かう者は平常ではいられないだろう。いつどんなことが彼の逆鱗に触れてしまうかわからない。
何より、ここは海外だ。
日本から遠く離れた国で、さらには観光客でさえあまり寄り付かない田舎。観光地として魅力的な光景もこれといってなく、珍しい物もそこまで見られない場所。
そもそも世界地図にも載ってなく、そこはただの自然の地としか描かれていない。
つまり、この場所は誰にも悟られない『架空の場所』として存在する。
まるで強い光によって浮かび上がる黒い影のように田舎としての辺境の地に寄り添っているが、決して表面からでは見る事も気付く事もできない、不可視の地。無害だと判断されたおかげで野放しにされ、それを利用して現在も管理局の目を欺き、偽りの情報を送り続けている。だが、管理局はもし彼がおかしなことを考えれば即座に行動を起こせる。だから必要とあらばその存在さえもなかったことにしてしまう、除名と監視処分という通り名をつけられた、永久排除という側面を持った暗黒の処刑場でもあるのだ。
いつでもどこでもその存在をなかったものにできる場所。
そうされても良いような不要となった者が送られる場所。
だから、管理局は敢えて彼を放置している。
魔法が使えなくなった者など、恐るるに足らないのだから。
その地諸共、消し炭にしてしまえば何の証拠も残らない。
「あれだけの地位についていた人間でも、管理局という組織は躊躇なくこんな所に放り捨てるんですねぇ」
「···········私のしたことは決して許されるものではないからね」
「私のしたこと、ねぇ」
五条悟はため息を吐きながら、思わず呟いた。
追放され、与えられた豪邸とは異なり、実際の空気は重くて暗い。
とても良い造りに見えても、ここは牢獄であり処刑場。監視されていないとはいえ、いつでもその存在を消せる焼却炉。
そんな地で過ごさせられる方は溜まったもんではないだろう。余裕がよほどあるのか、せめてもの情けか、何にしてもそんな場所に豪邸を建てて、地に堕ちた英雄様に与えるというのは趣味が悪い。それを分かった上で、五条はあんな皮肉に満ちた台詞を吐いたのだろうか。
まるで彼は、そんなグレアムに追い討ちをかけるように、
「悠仁の件···········それだけ言ったらこちらが聞きたい事は分かっているでしょ?」
五条は目の前の椅子に座りつつ、面倒臭そうな調子で声を放った。
だが、たったそれだけのことで五条の気配が凄味を増す。
場の空気がその一言で彼に支配された。それは一種の脅迫と呼ぶべき事態だった。勝手な意見は許さず、こちらが聞きたいことのみを答えさせる。声を聞いた者の口を見えざる手で摑み、強引に話させる。
そういう種類の凄味だ。
「··········」
グレアムという管理局で英雄扱いされ、元最高権力持っていた老人は僅かに黙る。
彼がどうやってここに来たのか、どうやって自分がここにいることを知ったのか、それはわからないが、五条悟という男を前にしてしまえば理屈なんてものが理解できなくても嫌でも納得してしまう。
それだけの力を有していると、頭が勝手に受け入れてしまうのだ。
だから提督であったグレアムといえども、五条悟という規格外の存在の前ではただの老人に成り下がる。
しかし。
それでも快く思わない人物がいた。
「ちょっと、いきなり来て一体何なのアンタ?」
「··········父様を誰だかわかっててそんな口聞いてるの?」
聞こえてくる二つの声。
猫耳を頭から生やした女性達。
アリアとロッテ。
彼女ら自身もそろそろ我慢の限界だった。だが、本能では五条悟に対しての畏怖の感情はあるらしく、口を挟むことがここまで勇気のいることだとは思わなかった。
万全の状態でもおそらく変わらなかっただろう。
健康を害さない程度に、かつ精神を削る程度に体全体がボロボロになっているせいか、アリアとロッテの顔色は悪い。髪や肌からも艶が消え、パサパサとした質感に変化しつつあった。腕や足、あちこちにベルトや金具で強めに固定された様子が見えるが、それでもアリアとロッテはジロリと五条を睨みつける。
しかし当の五条は気にも留めない。
「悪いね、こっちはハナから畏敬とかそんな気持ちなんて持ち合わせてねーんだよ。どこの誰であろうと、僕からすれば“僕の大事な生徒に手を出しただけの加害者”でしかないんだ」
「「ッ!?」」
なんて事もない口調で、五条は答える。
しかし、
直後にブワッ!! と不可解な破裂音が響き渡る。
本人は普通に言っただけだろうが、その声を聞くだけでこの場の空気を粉々に砕くような重みがあった。実際、付近の梢に留まっていた小鳥がその空気を感じた瞬間に危険信号を発して急いで飛び立っていく。
敵意を向けられている状況に対し、五条は真顔で何の反応もしない。ただ両者の緊張と余裕の態度が、この理解不能の攻防の結果を示していた。
空気が変わり、あっという間に五条悟が支配する空間へと戻っていく。
「やめなさい二人とも」
一触即発となりそうな空気であったが、グレアムの一言で二人は黙る。
アリアとロッテは護衛のような立場でグレアムの後ろに立っていたが、そう言われた瞬間に彼から一歩分だけ距離を取る。
「無礼を働いてすまない··········二人は病み上がりのため、まだ落ち着きを取り戻していなくてね」
「ま·········あんな事があった後ですから」
五条はグレアムの背後にいるアリアとロッテを見る。
虎杖悠仁─────この場合は両面宿儺か。
奴にやられたというのに、二人とも死んでいない。片腕両足を切断されたと聞いていたが、二人は平然と立っている。
だが、二人は一見すると元通りになったように見えるが、見かけだけだ。
それに気付いていた五条はグレアムに世間話でもするように、
「二人の腕と足·········宿儺にやられたって聞きましたけど、
ピクリ、と。
グレアムの瞼が一瞬痙攣するように動いたのを、五条は決して見逃さなかった。目隠しをしていてもわかるほどの明らかな動揺。グレアムは悟られないようにしていたが、五条悟という人間には嘘といったものは通用しない。
五条が先程述べた─────無事にドナーを見つけられた、という言葉の意味。
ドナーということは、二人に手足を提供した者がいるということだが、これは明らかに現代医療の域を超えている。
二人の腕と足は、
その真実を見抜いた五条に、グレアムは低い声で答える。
「·········わかるのか?」
「どれだけ同じ見た目でも、
皮肉に次ぐ皮肉。
そう。
二人の手足は、魔法で再生させたとかそういうわけではなく、自分達自身の細胞から生まれたクローンの手足をもぎ取って繋げ合わせたのだ。
明らかに人間の尊厳に反する行為。
これが壊れたおもちゃと同じ商品を買って付け替えたというレベルだったら笑えていただろう。しかし、二人が行った医療行為は生物の在り方を否定する行為だった。
何もかもお見通し五条に、グレアムは観念したように真実を告げる。
「“プロジェクトF”········かつて“とある科学者”が構築したものを、別の者が引き継いで発展させた生命操作技術。クローニングした素体に記憶を定着させる事により、従来の技術では考えられない程の知識や行動力を最初から与える事が出来る計画から作られたものだったが、彼女達のコピーには記憶どころか命すら吹き込まれていない、形だけのものだ」
「なるほど、
「········」
「だけど、これは明らかに生命への冒涜だよ。悠仁の件といい、
もはやそれだけだった。
見過ごせない行為をしでかしたというのに、五条は相変わらず気にも留めていない。
むしろ。
そんなのはどうでも良いように無視し、早く本題に入ろうとでも言うかのように、強引に話の軌道を修正してくる。
「そんなことより、さっき僕が言った悠仁の件だ。これだけで僕が何を聞きたいのかわかると思うけど、これ以上の説明はいる?」
グレアムは首を振って、
「説明も何も、そのことは“彼女”から聞かされているはずだと思うのだが?」
「あぁ、やっぱり分かってないんだ」
「?」
五条はくつくつと笑う。
「もちろん、そのことの説明は受けてるよ? “せめてもの罪滅ぼし”·······いやぁ、その自己犠牲精神には感服しますよ」
けどね、そう五条は低い声でこう続ける。
「それでアンタの罪が許されるなんてのは、とんだ勘違いだよ。偽造工作の実行犯として罪を背負い、僕らを庇って死刑の偽造に加担したことは感謝しますが、それでもアンタらが悠仁の命を狙ったことには変わりはない」
「·······」
「今ここでアンタをこの手で·······ってことも勿論出来るんだけどさ、僕が手を出すまでもなく、いずれ管理局達が真実に気付いてここに嗅ぎ付けてくることは承知の上だよね? つまり、その事が明るみに出れば、悠仁はまた狙われることになるんだ。どこの世界に逃げても、虎杖悠仁という人間が生きている限り、管理局は執拗にあの子を追いかけてくるだろうね。もしかしたら·······
五条が何を言いたいのか、グレアムはようやく理解できた。
だから。
グレアムの表情が変わった瞬間、五条は今まで以上に笑い、ポケットからあの “特級呪物”を取り出して見せる。
「この世界のどこにも存在しない場所から僕らがこうやって来れたってことはさ·······そっちだって出来るってことだ。魔法の力でどこまで出来るのかは知らないけど、別の世界に移動できる技術を持っている以上は不可能ではないってこと。実際、
呪いではなく、五条悟の特殊な目でも理解できない力が込められた特級呪物。
それを使って虎杖達はこの世界にやって来たということは、つまりこっちの世界の人間も同じような物があったら虎杖達の世界にやって来れるということだ。
ここまで説明してわからないのであれば、グレアムは自身が犯した罪の意識を軽く見ている。
そして。
五条は自分の頭を叩いて見せて、自分のしたことの罪の意識をもっと自覚させるように残酷に笑って言ってみせた。
「もし悠仁を狙って僕らの世界に来ようものなら、こっちだって容赦はしない。これでもまだ自分の犯したことの重大さがわかってないなら、痛い目見るよ? ギル・グレアムさん?」
「·······ッ!!」
そこまで言われて、グレアムは息を呑んだ。
もしかしたら、五条がわざわざここに来たのはそれが狙いだったのかもしれない。
接触すること自体がどちらにとってもハイリスクである。グレアムが偽造工作に加担している以上、管理局が知れば彼は更に重い罪に問われる。そして五条がここにいれば、管理局はまだ虎杖達が生きていることを知ることになる。
そうなったら、虎杖達がまた狙われることになるのは間違いない。
別世界を渡れる技術があるということは、いつか虎杖がいる世界にまで追いかけてくる可能性があるのだ。
しかし、五条はそれでも構わなかった。
理由は簡単、負けるつもりなんてないから。
どれだけの強者を寄せ集めて攻められても、五条悟という現代最強の呪術師には到底敵わない。この世界で測られた観測器のカテゴリーが、それを証明している。オーバーSSSの力がある奴に挑むなど、どれだけ無謀なことであるか理解できない愚か者はいない。
両面宿儺と五条悟という規格外の力がある奴が二人もいる以上、あっちの世界には自分達が想像もできないような猛者共が普通にいるということぐらいわかるはずだ。
だから。
五条は敢えてここに姿を晒したのだ。
無防備に、しかし一切の隙を見せず。
たとえそうなっても余裕で返り討ちにしてやるという意思を見せつけるように、そして全てが無駄なことであると自覚させるように、引導を渡してきたのだ。
こっちにやって来れば、全面戦争では収まらない、と。
これで諦めないのならば、皆殺しは覚悟しておけ、と。
「ま、僕らとしてもそんなことは望んでないし、そうならないように祈るしかないよねぇー」
五条はどこか他人事のように、唇を歪めて笑いながら両手を広げて見せる。
「別にこちらはこの世界を征服しようとか、そんな幼稚なことは考えておりませんのでどうか安心してください。まぁ、どうするかは管理局次第ですが、僕から言えることは『余計なことはしないでさっさと忘れてもらった方が良い』ってことですね。そっちが何もしないのならこちらも何もしません。だからどうか、良い友好関係を築いていきましょうね?」
「·······あぁ、そうだね」
ここまで言われても、グレアムは怯まなかった。
五条はグレアムの何を観察しているのか、やがてゆっくりと姿勢を崩して力を抜いた。
「さてと、言いたいことは言ったから、僕はこの辺りで退散させていただきますよー」
五条悟はそう言いながら席を立った。
それだけの動きなのに、グレアムの背後にいる二人の使い魔は肩を震わせる。
それで。
グレアムは座ったまま、しかし視線だけを彼に向ける。
「君は─────」
背中を見せている五条に、グレアムはこう訊ねた。
「何故、あの少年のためにそこまでする?」
「簡単なことさ」
対し。
五条はなんてことのないかのように、空を見上げながら笑って、こう答える。
「
次の瞬間。
五条は術式を発動させ、虚空へと姿を消した。
本当に姿を消したのか、あるいはそういう風に見せかけたのか。
グレアムは考えなかった。使われた力の術式が解析できなくても問題はない。どの道、あの男は自分の先を行く者だ。
そんな人間かどうかも判断できない相手に、グレアムはつい羨ましく思った。
「私も·······そんな事が言えるほどの力があればな」
英雄と謳われた彼でも、救えなかったものは数え切れない。
魔法という力を手にした時は、なんでもできると思っていた。しかし現実は甘くない。いくら魔法といえど、御伽話の中に出てくるような万能の力ではない。死者を蘇らせたり、時を超えて過去をやり直したり、願いを叶えたり、そんなものは夢物語の中でしか許されない。
あれほどの力があれば、なんてことを思ってしまうのは未熟者だ。
しかし。
それほどの力を持つ者と巡り会えた少年のことが、グレアムはどうしても羨ましかった。
「君のこれからに幸多からんことを願うよ·······虎杖悠仁君」
そう言って、グレアムは使い魔達と共に家の中へと入っていく。
こんな人間が、今さらそんな事を思うなど筋違いだと分かっていても。
それでも、一度は命を狙った一人の少年の行く末の幸せを、祈りたかった。
◇◆◇◆◇◆◇
接客って意外と大変だよね。
色んな人が来るわけだし、その人によって好みが変わるから注文内容は当然変わるわけだし。
「はい、サンドイッチとコーヒー、合計で九六◯円になります」
「あ、ここってカード使えますか?」
「あぁ、はい。使えますよ」
レジカウンターでお会計の対応をしているウニ頭。
複雑な手順を踏んでカード決済対応の機械の電源を入れると、光ったらカードの挿しこみお願いしますと言い、暗証番号が入力されている間は見ないように背中を見せる。
それでピーッと決済が無事されたことを確認すると、レジから吐き出されるレシートを抜き取って渡す。
臨時バイトで雇われた男子高校生の伏黒恵は、マニュアル通りに店から出ていくお客に頭を下げる。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
「すみませーん! 注文お願いします!!」
「はい、ただいま」
レジ打ちに加えお客の接客まで、それら全部を完璧にこなしていく伏黒。別に喫茶店で働いた経験はないものの、映画やドラマで得た知識、さらには日頃からブラックのコーヒーを嗜んでいる彼はよくカフェに行くため、その時の店員さんの動きを観察していたからこういうことは初めてであっても慣れっこであった。
注文を聞き、それを厨房の方に伝えるとしばらく待ち、商品が乗せられたトレイを受け取るとお客様の元へと運んで行く。
「お待たせ致しました。コーヒーとシュークリームセットです」
ごゆっくりどうぞ、と即座にお辞儀して去っていく伏黒。
何でもかんでも素早く対応して終わらせるため、お客様達もあまりの接客対応の手際の良さに驚いている。
それでつい、面白がった女子高生達が伏黒を呼ぶと『スマイル一つ』なんてふざけた注文をしてきたら、
「本日は大変ご好評につき売り切れてしまいました。またのご来店の際にお出しできるように致しますので、どうかまたいらしてください」
って返す始末。
即座に適応できる彼は、とにかく判断が早い。
初めてのバイトも、ちょっと困った注文にも、伏黒恵という少年は上手く対応する。
あらゆる事象への適応、その能力が備わっている彼には死角などないのだ。
「あ、伏黒君! 一旦こっちに来て手伝って!!」
「はい」
レジの奥、ガラスショーケースの前にいる眼鏡に三つ編みの快活な女子高生店員の“高町美由希”に呼ばれ、伏黒はそちらへと向かう。
見ればガラスショーケースの中の商品が少なくなってきたから補充をするみたいだが、それをどうやら自分にやらせてくれるのだろうと悟った伏黒は、すでにその手に商品を潰さないように柔らかい素材で作られたトングを持っていた。
まだ何をするのか指示していないのに察していた伏黒に、流石の美由希も苦笑いだ。
「こちらを並べればいいんですね?」
「う、うん。お願い」
伏黒はそう言われると在庫が少ない商品を確認し、まずはクリームがあまり使われていない物からガラスショーケースの中へと補充していき、最後にショートケーキなどのクリームが外側に剥き出し状態になっているものを並べていく。
それでテキパキとあっという間に仕事をこなしてしまったため、追加注文もなく、お客や店員側にも余裕が生まれてしまった。
レジ奥で静かに佇んでいる伏黒に、美由希は話しかける。
「仕事はどう? 伏黒君?」
「まあ、普通です」
常に冷静に振る舞う伏黒であったが、上手く会話が出来たことが嬉しかった美由希は肯定するようにコクコクと頷く。
「伏黒君が丁寧に仕事をしてくれるから、お店も助かってるよ」
「はあ·······そうですか」
「前にもこういうバイトをやってたの?」
「いえ、全くないです」
「え? その割には手慣れてたよね?」
「ドラマとかで見たことを真似しているだけですよ。あとは俺もコーヒーが好きでよく喫茶店に行くから、その時の店員達の動き方とかを暇つぶしに観察してたっていうのもありますね」
「へ、へぇ〜」
実は美由希、高校二年生で伏黒よりは一つ年上のため可愛い後輩ができて嬉しい感覚であったが、先輩として優しく教えていこうと思った矢先に彼が何もかもこなしていくため、出番が少なく少々寂しげであった。
伏黒はこれといって表情も変えないし、仲良くできるかどうかも不安だった。
せっかく暇な時間もできたし、できればこの好機を逃さずに彼との距離が詰められたらいいなと思っていたが、中々共通の話題が見つからない。
美由希は短時間で頭をフル回転させて、伏黒との会話を楽しもうと何か話題を考えていると、
「そういえば、伏黒君達って呪術っていう呪いの力を使える人達なんだよね?」
「まあ、はい」
「呪いってどんな感じなの? やっぱり難しいお経みたいな文章を読んだりとか、映画とかでよくある『お前を呪ってやる〜』みたいに人を呪えるの?」
「そういうことをする奴もいますが、呪いの力と言っても実際は超能力みたいな感じの力で。それに俺達は人を呪うよりも呪いを祓うことを中心にしていて、呪術規定があるから詳しくは話せませんが」
「へぇ〜、人助けの組織って感じなんだ」
「ざっくり言ってしまうとそうですね」
「凄いね〜」
その言葉を聞いた美由希は、伏黒達のやってることがかつて自分達もやっていたことに似ていると親近感が湧いたのか昔の思い出を語りだす。
「私達もさ、実はそういうことをしていてね」
「そうだったんですか?」
うん、と頷く美由希は、
「大変なことがいっぱいあったよー、スライサーっていう凄腕の剣士と“殺し合ったり”」
「え?」
「他にも“忍者”、“霊”や“妖怪”、“退魔師”に“超能力者”、それに“吸血鬼”なんかとも色んなことがあってさー」
ポツリと呟かれたそれらの言葉に、伏黒がブッ!? と凄まじい息を噴き出す。
その様子に美由希は眉を顰めていたが、伏黒は『さらっととんでもないこと言ったな·······』という目でこちらを見てきている。明らかに今言っていたものの中に人外が混じってたし、凄いと自分達のことを称賛していたが人の事言えないような事件に巻き込まれてるじゃないかと呆れていた。
なんて話をしていると、お店の入り口のベルがカランカランと鳴り、新しいお客様がやって来きたことを知らせてきた。
「すみません! 誕生日ケーキの予約をしたいんですが、ここってそういうのやってます?」
「あぁ、はい。やっていますよ」
すぐさま仕事モードに切り替える伏黒。
入ってきたお客様が求めている誕生日ケーキの予約内容を聞くために、メモを用意してどんなケーキにして欲しいかを質問していく。
「誕生日はいつなんですか?」
「えっとぉ〜·······明日なんだけど、出来るかしら?」
「大きさにもよりますが、今から作れば大丈夫ですよ。それで、どなた宛てでしょうか? あと、どんなデコレーションにしますか?」
「もうすぐ一歳になるのよねぇ〜、だから盛大にお祝いしたくってね!! ただアレルギーがあるから特定材料抜きで作れないかしら? あと、
「·······ん?」
人が? 食べられる? 材料で? 作って? 欲しい?
·······どういうことだろうか。
っていうか一歳になる奴ってことはそいつまだ赤ちゃんなのではないだろうか? 消化器官が発達してきた一歳頃ならば砂糖や油分を控え、アレルギーに配慮して作られた乳幼児向けのケーキを用意すればいいのかと思ったが、人が食べれる材料って何だ?
「人が食べれる材料、というのは······つまり相手はまだ一歳の赤ちゃんだから、お腹が壊れないように砂糖や油分を控えたケーキを作って欲しいと?」
違和感を感じた伏黒は、一応その解釈で間違いないかを訊ねてみたところ、
「違いますよぉ〜! うちの子ったらとにかくケーキが好きでね、でもアレルギー持ちだからあまり“餌”として出せないから可哀想なのよ〜。だからこういうめでたい時にこそケーキをあげたいと思ってね!!」
「え、餌?」
今明らかに“餌”って言ったよなこの人。
いよいよ頭がオーバーヒートしそうになってきたが、その単語を聞いて相手が誰なのかを察した伏黒はそいつが一体誰なのかを聞いてみる。
「あの、もしかしてその誕生日のお祝いをしたい相手というのはまさか······『ペット』ですか?」
「えぇそうよぉ〜!! ギョク君ったらアレルギー持ちなくせにケーキが大好物でねぇ〜!!」
アッハッハッハッ!! と笑う奥様。
そんな笑い声が店内に響き渡るが、目の前で接客をしている伏黒はついに思考を停止して頭を真っ白に染める。
どう対応したら良いのか分からずその場でただ静かに立ち竦んでいたが、隣にいた美由希がそんなユニークなお客様の要望には応えられないと代わりに言ってくれた。
申し訳ありませんがここは予約は承っていますがペット用のものはご用意できません、と。美由希自身も非常に困ったような顔をしてそう言った。
接客って意外と大変だよね。
こういう困った注文をしてくる人もいるわけだから。
「············」
伏黒恵が初めて適応できなかった瞬間。
色んな人がいるよねって話。
◇◆◇◆◇◆◇
「うん、ちゃんと完治している。今日からもう外を歩いても大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
今はもう日も暮れて、診察時間だってとっくに終わっている。
もう見た目はピンピンしているものの、一応ユーノは今日まで救急患者であったのだ。クリスマスイブの闇の書の暴走に巻き込まれたものの、そこで負った傷は闇の書の手によるものではない。
凶暴な怪物へと変貌した、虎杖悠仁。
彼によって顔面は見るに堪えない姿へと変えられたものの、最新医療兼高度な回復魔法によって今では元通り。しかし、ユーノが虎杖に対する信頼度は元通りにはならない。
あんなに優しい性格をしていた彼が、自分達を傷付けるなんて。
ユーノを診察していた医者は、そんな顔をする彼に心配そうな表情を浮かべつつ、
「一歩間違えれば、いくら先進医療技術でも君の顔は元通りにはならなかった。それくらいの深傷だったんだ。しかし、彼に潰された部位がわずかに逸れていたおかげでこうやって元通りになったわけだ」
「? はい?」
いきなりそんなことを言われて戸惑うユーノ。
医者は続ける。
「人の頭は体全体を統率する重要部位の一つ。でも、進化の過程で人間の体は表情や脳の発達が重視され、防御力よりも機能性が優先されたこと、そして顔の骨が比較的薄く、重力の影響で骨密度が低下しやすく、とにかく衝撃に弱い。けれど、君は鼻が折れたくらいで済んだんだ」
「えっと、それはつまり?」
「つまり、手加減されていたってことだよ。君の苦しむ様子を面白がって敢えて加減したのか、それとも何らかの原因が理由で最大限の力を発揮できていなかったのか。いずれにしても、君は運が良かった。もしあの時それ以上の力で踏みつけられていれば···········いや、そもそも道路に押し倒された時点で君は死んでいたかもしれない」
医者の言った言葉は単なる診察の過程での原因追及によるものであろうが、その一言にゾッとした。
医者が言うと、その裏側に秘められた破壊力が違う。
虎杖悠仁のことは後から聞いたが、宿儺という怪物が表に出てきた時にユーノは顔面を鷲掴みにされて押し倒され、そのまま踏みつけられた。あの時は本当に死にそうになったが、実際に死んでいたかもしれないのだと言う。そうならなかったのは宿儺が手加減したのか、もしくは体の適応が追いついていなかったのか。
『首を切断するつもりだったんだが、まだ体が順応できてないな』
あの時、アルフを攻撃した時に言っていた言葉。
あれはおそらく、虎杖の体がまだ宿儺の力を拒んでいたということだろう。宿儺は殺すつもりだったが、虎杖が無意識下で奴を抑え付けていたのだ。
アルフは今も意識不明の重体であるが、首が飛ばなかったのは虎杖の体が宿儺という怪物を拒否していたため。
だから、あの時自分も死ななかった。
医者はあくまで憶測を述べただけで、それにおそらくは虎杖の事情は聞いていないだろう。しかし、それを聞いただけでも事件の裏の重要な秘密の一部を知れた気がした。
これを重要な秘密と言って良いのか分からないが。
「虎杖さん··········」
診察室に沈黙が下りる。
真実を求めるためには、判断するための材料が少なすぎる。
あの事件の真実を知るには本人に聞くのが一番だが、今の彼にそんな度胸はない。
たとえ裏で抑え付けていたとしても、自分を踏みつけたのは虎杖悠仁の体。
その姿を目にしたら、嫌でもあの姿が思い出されるのだ。
両面宿儺という、誰も勝てないほどの規格外の脅威性を秘めた怪物の姿が。
◇◆◇◆◇◆◇
恐怖を感じれば、その畏れから呪いの怪物は生まれる。
だから、基本的に呪霊ってのはその恐怖の対象の特徴が反映される。
バッタならバッタの姿、ゴキブリならゴキブリみたいな姿。
つまり。
人間が人間を畏れるなら、
「
薄汚い下水道。
そこではずっと『誰か』が武器の手入れをするかのように、材料を手に持っては武器を製造する。一つ一つ手に取り、もう片方の手に持っている資料を参考にいろんな形に変える。
短剣・剣・杖・鈍器・斧・弓・槍・カタール・本・爪・鞭・楽器・忍者刀・風魔手裏剣・銃など。
何ならトライデントとかアスクレピオスの杖みたいな架空の伝説武器まで製造してみせている。何の特殊能力も宿っていない、ただのハリボテであるが、小さな駒サイズのものから形成される武器は変幻自在。
『奴』の術式は想像力が鍵となる。
より正確な形を思い浮かべるほど、その形は明確となり、本物のような見た目となる。インスピレーションを受ければ受けるほど想像力が膨らみ、最終的には殺傷力のある兵器を精製する。
無論、無から何かを作れるわけではない。
作るには材料がいる。
しかし幸いにも、『材料』はそこらを歩けば沢山いるから気軽に調達できる。
ある程度手に入れたら離れてを繰り返さないと
今日は来たる『計画実行日』のための準備をしていたが、なかなか納得のいくものが作れない。陶芸家とか絵師が上手く作品が作れず、スランプ状態に陥ってしまう気持ちが何となくわかった気がした。
『彼』はつまんなそうに、手に持っていた参考資料を顔に乗せてハンモックに寝転ぶ。
想像力は武器だ。
それが足りていないと負けてしまうのは、以前『宿儺の器』と戦った時に痛いほど思い知らされた。
この世に生まれ落ちた際はまだ想像力が足りてなくて、仲間の呪霊達よりも劣っている感じがしたが、幸運にもこの国はファンタジーな世界のお話を作るのに特化していた。
フィクションの映画に退屈しないアニメ。
それを参考に色んな武器を生成したり、能力を再現したりもした。
頭の触角からビームを放つピンク色の魔人、果実を食べたことでゴム人間と化した海賊、腹の中に虫の卵を埋め込んだ副料理長、頭を乗っ取って人を捕食する寄生生物、武器をイメージすることで数分だけ複製する魔術を扱う正義の味方を目指した英霊など。
自分の力を最大限に引き出せるようなものがこの世に溢れており、それらは全部参考にした。
対象に触れることで武器を補充したり、腕を巨大化させたり伸ばしたり、武器の保管を腹の中で済ましたり、体の一部を刃物といった凶器に変形させたり、その武器の構造を理解し正確なものを作り出すためのインスピレーションを得たり。
どんな架空の能力も使い方次第で再現できるので自分の術式と相性が良く、だから『彼』の趣味は映画鑑賞や読書だ。
あらゆるフィクションに目を通すことで、『彼』の戦闘能力は上がっていく。
しかし、なかなか上手くいかない。
顔に乗せている参考資料の武器の種類という図鑑を見ても、あまり良い作品は作れない。
自分で納得のいく武器が作れずについため息をする『彼』は、つまらなそうに顔に置いている資料を上に持ち上げると、
「
以前、誰かが所有していたであろう高級腕時計をつけた自分の腕が目に入ると、『彼』は約束の時間が迫っていることを思い出す。
ハンモックから降り、失敗作の武器をそこらに放り投げると、金属製の冷たい音が下水道内に響き渡る。
カン、カンと。
そんな風に無造作に捨てた張本人は、特に気にすることもなく立ち去っていく。
そこに捨てられていった武器は数知れず、跳ねるように地面へと転がっていった先には、山積みになった武器があった。